大人の責任というものがあってね
禁煙区域は超えていた。
歩く、歩く、歩く。
ゆっくりと踏みしめる度に咥えた紫煙の煙が肺に満ちる、肺を蝕む香りがどうにも心地よく、体に害をなすと分かっていてもやめられないのが中毒者の性だった。
「フッ、相変わらず生ぬるい考えと行動を起こすものだな、タカミチ」
「性分でね。やめられないのさ、エヴァ」
不意にかけられたかつての同級生の言葉に、僕は苦笑を浮かべるしかない。
先ほど自分の元生徒たちに頼まれた買出し、それに付き合おうと言い出す彼女の真意は容易く読めていた。
彼女の行動はどこまでも自分本位。
自分を愉しませるために誰かをからかい、自分を喜ばせるために誰かに接触し、自分を救うために誰かに手を伸ばす。
己を全ての主体として動く、それが悪の矜持だと昔も今も彼女は公言している。
人が聞けば悪だと判断する、あるいは自分勝手な存在だと定義するだろう。
それは正しい。
どこも間違ってないし、僕もまた否定する気も無い。
けれど、僕はこう考えている。大切なのは主張だけではなく、その主張を抱えてどう行動するかだと。
「まあそれはかまわんがな。骨身にまで埋め込んだ主張を抱えた奴を屈服させるならともかく、説得する気などさらさらないからな」
軽く目線を向ければ、そこにはいつもどおり意地の悪そうな笑みを浮かべた金髪のエヴァンジェリン。
やれやれと僕はため息を吐き出す。
紫煙を輪に変えて吹きながら、肩をすくめて。
「相変わらずだね、君も」
「――十年ぽっちで在り方が変わるのは人間だけだ」
成長も、老いも出来るのは人間だけだと彼女は肩をすくめる。
そこに悔しがるような態度も、羨むような様子も無い。
かつて同級生だった頃に尋ねた記憶を思い出す――人間でなく辛くないのかと。
彼女は答えた。
――地を這う蟻に空を舞う鳥の気持ちが分からないように、空で喘ぐしかない鳥に地に墜落する恐れの無い蟻の気持ちは分からんさ。
別のモノと無理に同一化する、それに勝る侮辱は無い。
人間は人間だからこそ素晴らしく思える。
化け物は化け物だからこそ自己を尊ぶ。
他者と区別できるのは機能のみ、憧れは違いから生まれ、蔑みも違いから確立する。
そう告げて、同情も哀れみも侮蔑も憐憫も崇拝も差別も全て興味を持たず、生きた彼女はどこまでも変わらない。
ただ年月によって曇るか、磨かれるかしかない。鉱物のように。
「そうだね、僕としたことが無駄な質問だったかな」
煙草を咥え直す、外に視線を向ける。
麻帆良武道会、そこに集まった観客たちの数。それによって集う視線と人々の数。
これらを集めさせ、魔法や気を使わせようと図っているかつての生徒【超 鈴音】の意図をふと考えた。
(この程度の人数なら問題は無い)
“人数だけならば問題は無い“。
幾ら魔法を振るおうとも、怪奇現象が起ころうとも、所詮全世界の人口数の0.1%にも満たない見物人がいようが問題は無い。
例えるならばプールの水に零れた泥の一滴。
時間という水流によっていずれは拭い去られ、掻き消えてしまう誰にも気づかれもしない汚濁。
それが人間の数による圧倒性。
例えば一つの間違った論説と正しい論説がある。
そして、その論説を巡る会議の中があり、その参加人数千人の中で十人が正しい論説が主張しても、九百九十人の間違った主張が支持されれば瞬く間に掻き消えてしまう現実。
かつて歴史の中で天動説が有力だった時代に、正しい地動説を主張したように。
圧倒的な数と風潮の中では正しいという武器は瞬く間にへし折れ、錆付くのが現実。
(しかし……)
昔の時代ならばともかく、今は多数の人間に情報を伝播出来るネットという道具がある。
それを使われれば少々厄介なことになるが。
(――八割方は無駄だろう)
ネットという道具を使っても、僕は無駄だと判断する。
いや、無駄という言葉は正しくない。正確に言えばほぼ無意味に等しい。
たとえ麻帆良の先ほどの試合を動画で流そうとも、映像加工技術がこの世に存在する限り、先ほどのが映像加工による動画だと一報されれば瞬く間に信憑性は劣化する。
実際に目で見たものがいるだろうが、先ほどの論説通り主張は通らず、へし折れるのみ。
あとで実際に参加した僕やネギ先生、他の魔法生徒も試合の内容や技術に問われても「あれは加工した映像と技術によるパフォーマンスです」と答えれば問題は無い。
例えしつこく非現実的なものだと立証しようとしても、麻帆良の進んだ……一部こちらで進めさせた科学技術は、先ほど程度の映像や実際の現象を捏造することも出来る。
実際に存在するものの立証は容易いが、存在してないものを立証するのはとても難しい。
この世界は科学技術によって文明は成り立ち、人々の生活は存在している。
魔法世界の人たちはそんなこちらの世界にある種の嫌悪を抱いているようだが、僕は自分の生まれた世界のあり方を信奉しているし、嫌悪もしていない。
魔法も科学も幾月を過ごし、幾人もの先人たちが苦難と発見と努力を費やした結果生まれた歴史によって進歩した技術。
科学と魔法。
水と油。
石鹸水でも使えば混ざり合うことは可能だが、この二者の存在はそれほど容易く混ざることは出来ないだろう。
(国際的な場所で発表でもすれば劇的な反応は見込めるだろうが、起こるのは化学反応のような事態だけだ)
先人たちが石を持ち、追いやった魔女や魔法使いの存在と技術。
互いを排斥し続けた果ての文明。
技術は混ざることは可能だが、異なる文明同士は容易く分かり合うことなど出来ない。
人間も馬鹿ではない。互いの存在を永劫に隠し通すなど不可能だと分かりきっている。
かつてのアメリカ大陸の発見時のように知識無き先住民と理解無き開拓民が出会えば互いの排除か、侵略の一歩を辿るのみ。
歴史を見返せば所詮人間、どうなるかなんて分かり易過ぎる。人は過去に学ぶものだ。
今現在は一部政府機関による極小規模の技術交流と、捏造した魔法由来の成分や魔力反応の類似ケースの発見を進めているぐらいだ。
強い反応を起こす未知ではなく、緩やかな発見と確立による理解の進歩。
あの経済大国であるアメリカでさえも、劇的な利益確保よりも恒久的なメリットを得られる道を選んだ。
そのためにリスクの低いモデルケースの確立と魔法技術の理解方法を進めているほどにだ。
十数、数十年以内で魔法技術が世界標準となることは無理でも、いずれ次の世代、次の次の世代には互いの融合が進んでいるはずだろう。
だというのに。
(何故こんな急進派のような真似事をする?)
魔法文明と科学文明の融合。
緩やかな魔法由来概念の発見と交流、それらのモデルケースとしても存在する麻帆良。
かけ離れ過ぎた技術の根元、魔法概念の発表だけは禁じ、一部特権として交流技術を振るっていた超鈴音。
いずれ来る魔法と科学技術の交流土台として将来を約束され、本人もその未来を望んでいたはずだが……
(欲でも掻いたか? それともただの夢想の果ての暴走か?)
知能の高い人間にありがちな暴走。
少し前にある確かな土台よりも、先に見える自分の能力を高く定義した輝ける未来――ただし他者の存在を捨て置いた果て。
生ぬるい思考で脳を埋め尽くした、或いは決して分かりことの出来ない信念を抱えた急進派の行う手口にも似た今回の行動。
幾多の警告を無視し、慎重派のガンドルフィーニ先生にさえ記憶消去という忌むべき処置すらも提案させる状況。
(評議会に入り込んだクルトのようにならなければいいが……)
思考的停滞を続けている評議会。
そこを動かすためにと評して、一人権力を掴む為に姿を消したかつての親友を思い出す。
立場の差異、身に背負い続けた責任の差異、言葉を交わすこともろくに行っていない友人。
いずれ彼とは対峙しなければならないだろう、そんなことをふと考えた時だった。
「――また英雄にでもなろうとしているのか、タカミチ?」
エヴァンジェリンの声、同時に足首に軽い痛み。
気がつけば足首を軽く蹴られていた――どうやら少し考え事をしすぎていたらしい。
「ああ、すまないエヴァ。少し考え事をしていてね」
「不向きな行動はやめておけ。ナギのような阿呆と違って、無意味に世界を震撼させるだけの影響力は貴様にはないのだからな」
説教でもするようにエヴァが口ずさむ。
面倒くさそうに髪を掻き揚げ、横に立っていた茶々丸に団扇で扇がれ、横を歩くチャチャゼロに『ケケケ、下っ端ハ手ノ届ク範囲ニ気ヲ配リナ』と笑われた。
「そうかもね」
僕は英雄にはなれない、立派な魔法使いにもなれない。
いや、なる気も無いというべきか。
憧れは胸にあり、目指すべきものはそれに近いがなろうとは思わない。
吸い尽くしかけた煙草の端を掴み、胸ポケットから取り出した防水性の携帯灰皿に吸殻を捻り込んだ。
一呼吸。
ゆっくりと息を吸うと、不意にエヴァンジェリンが目を向けて。
「ところでタカミチ」
「? なんだい」
「――何故“全力”を尽くさなかった? 貴様、瞬動を封印していただろう」
「……」
僕は軽く息を止める。
「それに【アレ】と、“あの生ぬるい殴り方”でなければ、ぼーや程度数秒で終わらせられただろうに」
そして、僕は新しい煙草を取り出し、咥えた。
百円のどこにでもあるライターを取り出し、先端を火で炙る。
ゆっくりと紫煙を肺に満たしながら、口を開いた。
「咸卦法は使うつもりはない。それに、あの“殴り方”は威力があり過ぎる」
下手すれば殺してしまうほどに。
それはよろしくなかった。
「手を抜いたのか」
「全力と本気は違うさ。僕なりに本気で戦った、全力でないとしても手は抜いていない」
咸卦法と“居合い拳の本質“を使わず、瞬動も封印したのはただの自分なりのルール。
積み重ねた年月。
重ね続けた経験。
それらを使えば圧倒的に戦えるだろう、あの子の知らない技など両手に余るほどにある。
だが、それでは意味が無い。
僕が本気で戦うために、彼と勝負するためにかけた勝手なルール。
試合という枠組みだからこそ決めたやり方。
「ふん、まあいいがな。それだけ手加減したお前に、善戦も出来ないようなボーヤだったら見捨てるしかない」
「厳しいね」
「私は優しいと自分を偽った記憶は無いぞ?」
そうだった、と僕は相槌を打ちながら紫煙を吐き出す。
苦く口内を痺れさせる煙草の味。
青春の味に似ている、そんな似合わない感想を抱いた時だった。
«――高畑先生»
(ん?)
頭蓋の中で響くような声――念話の特徴。
聞き覚えのある声色に、僕は少しだけ眉をひそめて。
「お呼ばれか。行ってこい、どうせお前がいても空気を汚すだけだ」
「酷いなぁ、一応禁煙地区だと吸うのは控えるよ?」
「服に臭いが染み付いているだろう? 前からいっているが、私は煙草の類は好きではない」
シッシッと冷たく手を振る元同級生に、僕は少しだけ傷ついたふりをしつつ念話の聞こえた方角に足を向ける。
一瞬頼まれていた買出しのことを思い浮かべるが、「高畑先生。皆様から頼まれていた買出しは私が済ませておきます」僕の思考を読み取ったようなタイミングで、茶々丸がフォロー。
(やれやれ、敵わないね)
元生徒にまで気を使われる、それが嬉しい反面教師としては情けない。
そして足早に立ち去る時、僕は聞いた。
「ステージの最上でまた会おうか」
広がるのは暗闇の奥底。
広々とした下水路に、奥へと繋がる道。
「いやはや驚いた。こんな大規模な下水道が麻帆良の地下にあったとは僕も知らなかったな。」
学園に携わるものとしてある程度の地理は頭に叩き込んでいるが、これほど大型の下水処理施設があったという記憶は無い。
学園長ならば把握はしているかもしれないが、会場横にあった超君たちの部屋から直通でここへの通路がある。
なるほど、これは確かに……
「怪しいね」
『怪しさ満点です!』
僕の頷きに、答える声が一つ。
視界の片隅にふよふよと浮かぶ手の平サイズの少女――桜咲君の式であるちびせつなというらしい。
先ほど受けた念話――桜咲君からの声を聞き、秘密裏に探っていたらしい彼女の式からの誘導で僕はここに降りていた。
『えっとそれでこの奥に大きな格納庫のような空間となんか機械でいっぱいの部屋が』
「何かの研究施設かな。この地域に対して施設提供の届出はなかったはずだが」
『おそらくそうだと思います……私、機械は苦手なのでハッキリとはわからないですけど』
どことなく舌っ足らずなちびせつな君の言葉に頷きながら、僕は癖のように顎に指を当てた。
(単独の式でそこまで見れた、か。これで専門技術の知識があれば解析される可能性があるにも拘らず放置していたということは――)
片手に余る程度の可能性と予想を立てつつ、僕はふと思いついたことを口に出した。
「そういえばちびせつな君。自立型ということは本体とは繋がってないのかい?」
一回戦が終わったばかりで、次はすぐに桜咲君の試合だったはずだ。
意識が結合していればそれはそれで試合の妨害になってしまう可能性がある。
『只今、私、完全にスタンドアローンです♪ 不用意に念話を行うと相手に察知される可能性もありますので、繋がってないんですよー♪』
どことなく胸を張り、歌うように答えるちびせつな君。
そんな彼女の態度は、担任として対面していた時の桜咲君とは印象がまるで違う。
本体の彼女はもっと感情を抑えて、理知的な態度を装っていたはずだが。
「ふむ。本体と違って明るい感じだね、君は」
『ちょっとバカなのでー』
てへへとはにかみながら、手を後ろ頭に持っていくちびせつな君。
『ですけど』
「ん?」
でも、と言葉を一瞬だけ途切れさせると、ちびせつな君はどことなく遠い目を浮かべて告げた。
『私は本体の無意識の一部から写し取られた式です。バカなのはしょうがないですけど、本当は本体ももっと明るくて、素直ないい子なんですよー』
それは正真正銘の本音だったのだろう。
術者の無意識を写し取り、自身の分身として行使する式。
そlれが告げた言葉は、本体自身が言ったのも同然の真実だった。
「……なるほど、それじゃあ僕も彼女の見方を少し変えるべきかな?」
『先生と生徒じゃなくてもー、タカミチ先生は大人なのでネギ先生とか本体にもっとアドバイスしてあげてくださいねー。見栄張ってますけど、凄い寂しがりやですから本体』
「そうだね、そうしよう」
素直は何にも勝る賢者。
こんな短いことでもまた僕は何かを学ぶ。
自分がまた未熟だと痛感する。
『あ、そういえば最近本体がですねー、同じ部活の――』
「っ、静かに」
ちびせつな君が何かを告げようとした瞬間、僕はその口を止めた。
ポケットから手を抜く、わずかな違和感、背筋にぴりぴりと走る違和感――第三者の気配。
大気の震えは呼吸の音のみ。
銃撃も覚悟はしていたが――訪れたのは言葉の震えだけだった。
「やれやれ、こんなところにまで来てしまったカ」
「ネギ先生に貰ったダメージは大丈夫ですか、高畑先生?」
入り口から現れたのは――現在探していた少女、超鈴音。
通路の奥から現れたのは――現在ここにいるはずのない少女、龍宮真名。
気配は希薄、かなりの隠行を積んでいるようだ。
「ふむ。ダメージは粗方回復しているよ、龍宮君。それとこの施設、学園に届出があった記憶はないのだがどういうことだい、超君?」
軽く振り返る。
左に龍宮君を、右に超君に添えるように。
(しばらくここに引っ込んでいてくれ)
『むぎゅぅ!?』
同時に、ちびせつな君は無理やり胸ポケットに押し込む。
これから起こるだろう事態……出来れば避けたい展開に備えるために。
「おっと、これは失礼ネ。少々提供されていた施設だけダト、私の目的を達成するには不足だったネ」
キュィインとどこか唸り声にも似た機械音。
全身からそんな音を響かせて、指先から黒い艶めいたレザーに電子部品の接続が見られる手甲を翳しながら、超包子の手伝いをする時によく見たエプロンドレスを着た超君。
ゆったりとした服装に、袖のない衣服――その内側に装着した装備類を隠すには最適な衣装。
「目的? 与えられた権限と予算だけでは足りない規模の研究なら然るべき手続きをすれば、協力も出来たと思うが」
僕は答える。
呟きながら、左右に視線を散らす。
龍宮君は先ほどの試合と同様の格好――ただし手には仕事道具だろうバイオリンのケース。万全の装備。
「ノン♪ 私の目的はもう研究ではないネ、“その段階は突破している”」
「突破? つまりあとは結果を出すだけということかい?」
「イエス」
ニッと少女が笑う。
かつて担任として過ごした中で何度となく見た彼女の笑みだが、それは今現在の状況ではそぐわないもの。
「元担任には申し訳ないが、私には時間がないネ。明日学祭が終わるまでの少しの間、大人しくしていてもらうヨ♪」
「なるほど、僕が邪魔か。だから“誘い出したのかい?”」
ちびせつな君があっさりと偵察に成功し、通路を見つけた。
それだけで疑惑は十分。
慎重に計画を描くものならば、対策は幾らでもしているはずなのに何もなかったということは――
「その通り、大まかに見てネギ先生辺りが来ると思っていたけれど一番の障害を排除する機会が来るとは、恵まれているネ♪」
「ふむ。で、龍宮君は?」
超君の行動は分かった。
だが、龍宮君との繋がりの理由が読めない。神社の貸し出しなどで繋がっていたのは予想出来ていたが……
「仕事さ。私はただ雇われただけだよ、先生」
表情を変えず、淡々と告げられた。
「――」
予想はしていたが……思わず僕はため息を吐く。
「まったく……変わらないなぁ、君たちは」
軽い頭痛。
彼女たちの担任をしていた時に何度となく覚えた痛みと疲労感。
やれやれという印象。
『た、ため息吐いている場合ですか!? どうするんですー!』
胸ポケットの中から慌てる声。
まあ気持ちは分かるが。
「人は簡単に変わらないさ。というわけで、先生? 大人しくしていてもらいたいんだが」
「大人しく投降してくれないかネ?」
二人の言葉はある意味優しく聞こえる。
だがしかし、その裏にある気配と動き方ですでにやる気だと分かりやすいほどに理解する。
だから僕は――
「ノーだ」
手を握り締める。
ゆっくりと踵を上げて、腰を軽く落とし、呼吸を整える。
「どうやら僕にはまだやるべき仕事があるようでね」
「仕事? 教師としての義務は既にないだろう」
引き抜かれた銃口、龍宮君の構え。
まったくどうして――
「大人の責任というものがあってね」
軽く踵を踏み鳴らす。
煙草が無性に吸いたくなった。
「子供が間違った道に進もうとしているのを止めるのに、教師も何も関係ない」
全身を脱力させる。
気はまだ発しない、最大の落差を与えるために。
「そして、一つ教えなければいけないことがある」
拳は緩く握る。
これから起こすことに僅かに躊躇いを、そしてそれをかき消すように覚悟を決めて。
「?」
「なにかネ?」
「君たち程度で、僕を相手にする間違いを教えよう」
子供を殴る、その憂鬱さを振り切り、加速した。
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次回は本編、そしてその後の閑話の続き予定です。
タカミチ先生は原作よりも少し違うスタンスの予定です。
優しい人ですが、無意味な甘さは無い予定です。
居合い拳のおそらく正しい使い方が次回出る予定です。