千草side
あれから半端もんの監視をしても何も尻尾をださへん。せいぜいいつもより浮わついとるぐらいで、うち以外にはだれも変わっているとは思ってへんな。
機密情報を探るとか、誰かの尾行をするとか怪しい行動を一切せぇへんのや。
うちもあんまり気の長い方やないから、しびれ切らして直接半端もんに当たってみることにした。
「桜咲、ちょっとええか」
「何でしょう」
不思議そうな表情でうちの手招きに答える半端もんに、単刀直入に尋ねる。
「この前の日曜に、結界のすぐ外であんたとお茶飲んでた子供はどういう関係や?」
「え? ああ、おにぎり君のことですね。道に迷っていたのを助けてあげただけです」
……おにぎり? この半端もんもおかしなニックネームつけるもんやな。それに、やはりあの子がネギで自分とどういう関係かは簡単に口を割らんやろな。
「それで、次に会うのはいつや?」
「多分ですが、今度の日曜になると思いますが」
「ならその日は、うちがあん子の相手するわ。お前は修行でもしてきぃな」
不満げな半端もんを気にせず言い捨てる。この総本山ではうちの方が立場が上やから文句も言えへんやろ。
この半端もんは顔に感情が表れすぎる、とても内密な話をできる相手じゃあらへん。
そのおにぎり君とやらと直接、相対して利用できるかどうかの判断をせなあかんな。
少なくとも交渉のしがいがある子やとええけどな。
週末になるのが待ち遠しかった。こんなにわくわくするのは久しぶりやな。日曜になると朝から待ち合わせの場所に敷物を敷いて座っていた。
昼前になってやっと人の気配が近づいてくるのを感じ取った。
気配を殺そうとか、足音は立てずにとか、目立たない色の服でとかいった潜入工作のイロハも知らない様子にちょっと呆れてしまう。
どこから見ても街中によくいる極普通の少年で、変わっているのは首にクマ避けなのか大きな鈴をつけているぐらいやった。
……このぼん、ホンマにネギ・スプリングフィールドやろか? 自分が追われているとゆう自覚がないんちゃう?
「ようおこしやす」
「うわ!」
うちの歓迎の言葉に驚いたのかおにぎり君は叫び声を上げた。……うちはお茶をたてる準備までしてるのに、気づいていないなんていくらなんでも油断しすぎや。
あまり、長く付き合う相手でもないかもしれへんな。ま、使い捨ての道具の一つとしてとりこんでおきまひょか。
「うちは天ヶ崎 千草いいます。それで、あんさんは『ネギ・スプリングフィールド』と『鬼切 葱丸』とどっちで呼ばれたいんや?」
「何をおっしゃっているのかよく判りませんが、僕の名前は葱丸ですよ」
柔らかな笑みを作って葱丸は答えた。へえ、思ったよりも冷静やな。評価を星一個ぶん上げとこか。
「それで、千草さんはいったい何の御用で僕をお呼び止めたんでしょうか? 関西呪術協会に弓引こうとしているお姉さんが」
「こふっ」
飲みかけたお茶が気管に入ってむせた。鼻からの噴出だけは、京女の意地にかけて防ぎきったんやけど、ちょ、ちょう待ちぃな! なんでそんなんわかるんや。うちの表情から言いたい事を読んだのか、葱丸は淡々と続けた。
「僕が『ネギ・スプリングフィールド』であることを知り、なおかつここで一人で待ち受けていた事実からの演繹です。ここで待っていたということは、あなたが関西呪術協会の一員であることに間違いはない。そうでない人間は排除されますから。
次に呪術協会に忠誠を誓っているならば、協会に連絡を入れて多人数で捕獲しようとするでしょう。僕が怪人デスメガネの手から逃れたことも承知しているでしょうし、絶対に一対一になることは避けるはずです」
葱丸はうちが用意した茶碗を手に取り、口を湿らす。その行動一つにも、たとえ毒が入っていても自分には効かないという圧倒的な自信を表している。
「したがって、あなたは協会に知られては拙い、個人的な用件で僕に会いに来たことになります。それが協会に対しあまりよろしくないを企みだろうと推察しました」
……なんちゅうガキや。子供と思て甘く見たらあかんな。うちと対等なレベルの相手やとおもわんと。
「で、うちの計画を見抜いた名探偵はんはどうするつもりなんや?」
「そうですね……」
葱丸はあごに指をあてて数秒間動きを止めると、
「とりあえず、関西呪術協会にクーデターでもおこしてお姉さんの物にしませんか? 応援しますよ」
と事も無げに告げてきた。……あんさんマジか? 家族を大戦で失ったうちも協会の弱腰にいらついとったけど、そこまでは考えてへんかったわ。裏切るとかそんなんやなしに一気にクーデターかいな!
茶飲み話に、これほどの大事を相談するようなガキに深入りするのは危険な気がする。でもここで手ぇ引いても、こん子が捕まったらうちも足引っ張られるちゃうんか。ガキやと侮っていたら、いつの間にかチキンレースにつき合わされとるみたいや。
ええい! うちも女や、一発賭けてみよか。
「だったら契約成立や。役に立ってもらうで」
葱丸の小さな手と握手をした、うちの内心にうかんだのは……まるで悪魔との契約やな、と。
葱丸side
首からクマ避けの鈴を提げ、汗をたらしてようやく刹那さんとの待ち合わせ場所にたどりついた。
「ようおこしやす」
うわ! なぜ和服の眼鏡美女がこんな所で茶席を開いているんだ!?
「それで、あんさんは『ネギ・スプリングフィールド』と『鬼切 葱丸』とどっちで呼ばれたいんや?」
まずいな、初っ端からペースを握られっぱなしだ。少しは巻き返さねば、このまま脳改造へご招待されてしまう。お茶を勧めてくる千草さんに対し冷静な顔を取り繕い、はったりを効かせるために思い付きをべらべらと並べ立てる。
「それで、千草さんはいったい何の御用で僕をお呼びしたんでしょうか? 関西呪術協会に弓引こうとしているお姉さんが」
俺のいきなりな爆弾発言に千草さんは咳き込んだ。そりゃそうだろう、いつの間にか自分が反逆者にされているのだから驚いて当然だ。しかし、ここで引いては駄目だ。この会話が録音されているだろうとを考えて千草さんもグルのように話をもっていけば、彼女も証拠として今の会話を録音したものを提出しにくいはずだ。むせているうちにたたみこむんだ!
緊張でかすれた喉をお茶で潤して最後に駄目を押しておく。
「したがって、あなたは協会に知られては拙い、個人的な用件で僕に会いに来たことになります。それが協会に対しあまりよろしくないを企みだろうと推察しました」
ふう、これだけ吹いておけばさすがに俺を上層部に引き渡すのは、自分の身の危険にもつながると判断してくれるだろう。後は彼女がここで俺を始末しておこうと決意しないのを祈るだけだ。
「で、うちの計画を見抜いた名探偵はんはどうするつもりなんや?」
え? 何? 俺のでたらめが当たっちゃた? もしかして本当に千草さんはそうゆう人なの? い、いかんもっとインパクトのある発言をして彼女をひかせなくては。
「とりあえず、関西呪術協会にクーデターでもおこしてお姉さんの物にしませんか? 応援しますよ」
精神的応援、つまり「がんばれ~」と声をかけるだけならいくらでも。
「だったら契約成立や。役に立ってもらうで」
目を据わらせた千草さんが右手を差し出した。反射的に握りかえして……え? ちょっと待てよ握手したってことは契約成立したってこと? 応援だけのつもりが、役に立ってもらうってどういうことだ。
相手は西日本を支配している巨大組織だよ、クーデター起こすのならもっとこう悩むとかないの? そんなに簡単に決めちゃ駄目だろう。「考えさせて」とか返答してくれたら、さりげなくフェードアウトしていったのに。
かといって今更「僕ホントはこんなキャラじゃないんです」と泣きをいれても通用しないだろう。このまま演じ続けるしかない、がんばれ俺! 葱丸はやればできる子のはずだ。
軽く咳払いをして動揺を静める。
「では、関西呪術協会の内部情報をできる限り詳細に教えてください」
「せやな」
と千草さんから得た情報はなかなか豊富かつ具体的だった。なるほど日本の裏社会では東と西に二分され、東がやや優勢ってとこなのか。西のトップが『赤き翼』からの天下りなのは承知しているが、東にも元メンバーの「怪人デスメガネ」がいる。コネという点ではほぼ五分だが、積極的に海外からの受け入れに力をいれている東が力を増しているらしい。
西の頭の娘――「木乃香お嬢様」――は東へと人質として送られているそうだ。まるで江戸時代だな、ひでーもんだ。
俺が憤慨していると千草さんが「そやない」と手を振った。なんと木乃香お嬢さん以外では、『大機神 リョウメンスクナ』とやらを動かせないらしい。危機管理の一環としての東行きらしい。
なぜに日本の技術者は特定の少年・少女しか操作できないロボットを開発したがるのだろうか。古くはジャイアントロボからエヴァンゲリオンまで巨大ロボットを子供に扱わせるのは、自爆ボタンや「こんなこともあろうかと」に並ぶ科学者のロマンなんだろう。
そのために、千草さんは木乃香お嬢さんを救出し、大機神スクナで東を制圧したいと熱く語った。しかし、この計画のネックは木乃香お嬢さんの確保が難しい点にあると言う。
彼女は東でもっともガードの固い『麻帆良学園』で厳重に警備されているそうだ。その麻帆良学園の守りは天下一品、今までにスパイが潜り込めたためしがないというまさに要塞と呼ぶべき学園らしいのだが……ん? 麻帆良?
「偶然ですが、僕の入学する小学校が決まったんですよ。奨学金をもらえるペーパーテストもクリアしましたし、小学一年から寮に住み込める好条件です。さすがに身寄りのない子供を今までも多数引き取っているマンモス校――麻帆良学園だと思いませんか」
そう、今日俺は刹那さんに麻帆良に行くことを報告しにきたのだ。まさか入学する小学校がそんな裏の世界の激戦地だとは想像もしていなかったのだが。
「なんや、葱丸はそこまで準備してから、うちに接触したっちゅうことかいな」
まさかそんなわけねーよ。はめられたのかと凝視する千草さんにポーカーフェイスで答える。
「当たり前でしょう。事前の準備が遠足でも交渉でも大事なんですから」
ああ、自分が二重人格になっていきそうだ。
「ふふ、あんさんにとっては遠足も麻帆良でのスパイも同じ扱いなんやな」
千草さんがまた訳がわからないことをのたまっている。下手したらデスメガネよりたちが悪いんじゃないか? 胃が痛いぞ、とにかくこんな危険人物とは早く縁を切りたい。
「これから、末長うよろしゅう頼むで」
「……こちらこそ」
こうしてなし崩しに天ヶ崎・葱丸同盟が組まれた。これから数年間に渡りこの同盟は続いていくことになる。