※この話には多少下品な表現があります。
※タカミチファンの方には、不快と思われる展開のためお読みにならないほうがよろしいかと。
タカミチside
精緻な彫刻が施された扉を開けられて進み出ると、爆発のようなフラッシュに晒された。マスコミがどれほど集まっているのかちょっと想像がつかないほどだ。
僕が一歩進み出ると潮が引くようにカメラマンが下がり、ようやく被告席への道が通じた。
目が眩むほどフラッシュを浴びせられるのには閉口したが、それに文句を言うほど子供ではない。何より、これは今までネギ一味と戦ってきた中で、積みあがられてきた冤罪を解く唯一の機会なのだから。
胸を張って右手を肩の高さまで上げ、左手を聖書の上に乗せる。己に恥じる所は無い。ただ事実を話せばいいだけだ。
「これから真実のみを述べる事を誓います」
一通り自分の身に起きた「なぜ周りの少女が次々と裸になっていったのか」を話し終えたが、周囲を囲む聖職者達の犯罪者を見る目付きは変わらない。たしか、学園長を通して根回ししているはずなのだが。僕の濡れ衣を晴らすのは、この場が一番効果的だと諭されてこんな被告席にやってきたんだ。もし、話が通じていないと厄介な目にあうかもしれない。
僕の周りの冷たい視線に居心地が悪くなる。それと中には悪意の気配ではなく、殺意を持った気配――いわゆる殺気が混じっている。
いきなり僕がここで襲われる事はないだろうが……。テレビカメラに囲まれた宗教裁判の席で、殺人事件はさすがに起こさないだろう。
そう楽観していたが、殺気の源を探り当てるとその緩んだ気持ちが吹き飛んだ。
僕から見て右手に当たる傍聴席のカメラマンだったが、カメラはともかくその視線と殺気は明らかに法王を貫いている。
法王の暗殺が試みられるのは、別に歴史上初めてではない。一説ではコメリカ大統領を超えるという影響力を持つ人物だ、彼を狙う者も多いだろう。しかも、これだけのマスコミの前で殺害が成功すると、神は法王を守護しなかったと全世界に喧伝され教会の権威は地に落ちる。
――まずい。背に冷や汗が滑り落ちていくのを感じる。僕が狙われるのは問題ない。咸掛法を使っていなくても銃弾ぐらいならば怪我をしないだけの防御力を備えている。
しかし、法王が狙われているならば話は別である。被告の立場に居る僕がテロリストに先制攻撃をするのは不可能、彼らが武器を取り出した後に射線上に入り法王を庇いながら襲撃者を倒さねばならない。
協力者が一人でもいれば簡単に彼らを押さえ込める。しかし、ここはバ○カンである、魔法使いは極少数しか存在せず、その数少ない一人は正面で目を爛々と輝かせているシスター・シャークティだ。
彼女らは僕が妙な行動をしないか監視しているのだ。連携などとれるはずもない。
どうするか裁判の流れに注意の半分をよこしつつ危険人物をチェックしていたが、心が決まるより早く彼らがそっとカバンから銃を取り出す姿が見えた。
警備は何をやっているんだ! 舌打ちしつつ体は法王を守るために動き出す。
「法王を守れ!」
叫び声を上げて警備に注意を呼びかけ、法王の前で壁となり銃撃に備える。本来なら先に暗殺者を倒せればモアベターなのだが、そこまでは障害物が多いのと傍聴席には他のマスコミ陣も多いので法王の保護を優先したのだ。
頭をカバーした腕と胸部に軽いショックを感じる。うん、たかだか九ミリ弾ぐらいだな、このぐらいな傷一つないだろう。マガジン一つ分は撃ち尽くしたと、僕が銃弾を受け止めて安心しかけた瞬間に後ろから衝撃を感じた。
――しまった! 他にも暗殺者が居たのか! すばやく反転すると、そこには杖を構えたシスター・シャークティが法王との間に体を割り込ませていた。
どうやら攻撃してきたのは彼女らしく、こちらを射殺さんばかりに睨んでいる。誤解だ! と叫ぼうとして違和感に気づく。
僕の服がない。
シスターが僕を背後から撃ったのは「武装解除」の呪文だったんだ。彼女の唇が僅かにつりあがり「ポケットがなければあなたの得意技は撃てないでしょう?」と冷たい言葉を吐く。
さらに後ろからはファースト・アタックの失敗から立ち直った暗殺者が、次の攻撃をしようとマガジンを込め直す気配がする。
八方ふさがりの中、自然に僕も笑みを浮かべている事に気がついた。ピンチだと? この程度で? どうも平和ボケをしていたようだ。あの大戦を思い出せ、このぐらいは日常茶飯事だったじゃないか。
「僕が『紅き翼』のメンバーから学んだ事は、最後まで諦めずにやれることをやる、だ」
シスターは無視し、素早く反転するとマシンガンを構えた暗殺者が正面にいた。こんな大きな武器を見逃すとはここの警備員はやる気があるのだろうか。
暗殺者は動揺もせずにマシンガンの引き金を引いた。僕が武器を持っていないのは一目瞭然だ、さっさと始末して本命の法王を狙うつもりだろうが、見くびりすぎだよ。
右手をブリーフに突っ込み、そこから居合い拳を放つ。
反撃されるなど想像もしていなかったのだろう、暗殺者は撃っていたマシンガンの弾共々後ろの壁にめり込んだ。
衝撃のあまり建物が軋みを上げるほどの猛スピードで吹き飛ばしたが、命に別状がないといいな。
頭の片隅だけで彼らへ気遣いを終え、再び身を翻してシスターと法王へ向き直る。
「近づかないで! このストリーキング!」
シスター・シャークティの叫びに自分の下半身を見下ろした。
――ブリーフまで無くなっている。
さっきの居合い拳はさすがにただの綿素材には耐え切れなかったようだ。でも、最初に『武装解除』で服を脱がせたのはあんたでしょうが。
文句を言おうと一歩進み出ると「ひぃ」とシスターは身を強張らせる。これは説得不可能かと絶望し天を仰いだ時、僕達の上の繊細な絵画が描かれた天井にヒビが入っているのに気がついた。
もしかして、さっきの暗殺者と今度の天井落下の暗殺計画は二段構えか! 瞬動を使い、法王とシスターを抱きかかえて避難させようとする。
「危ない!」
「キャー!」
やけに女らしい悲鳴をあげて僕の腕を振り払ったシスター・シャークティは、頭上から落ちてくる瓦礫には反応できなかった。彼女の右手を残して完全に埋もれてしまった瓦礫の山に「主よシスター・シャークティの魂に安らぎを……」とどこか虚ろな声で祈りをささげる法王。
天井の残骸に埋没した彼女は気の毒だが、仮にも魔法使いなら死にはしないはずだ。
そう見切りをつけて、僕は法王の目を覗き込んだ。この混乱した一瞬以外に彼と差し向かいで話したとアピールする時間は無い。
「法王様、僕は無実です。誓って恥じるような事はしていません」
法王も瞳を逸らさない。彼とは直接の面識はないが、彼が魔法界――いや、学園長からの要請で僕の冤罪を晴らすという筋書きになっているはずだ。
法王が何か答えようとした瞬間、今までに経験のない苦痛が襲ってきた。
枢機卿side
異端審問の場へやってきた男は、マスコミの多さにも設備の荘厳さにもまるで動揺を見せていなかった。
これだから田舎者は鈍いと言われるんだ。あの男――タカミチだったか? の余裕は鈍感なだけだと決め付ける。私でもこの豪華な場所に立ち入れた時は、その威厳に打たれて小さくなっていたものだ。東洋から来た性犯罪者が自分以上に堂々としているなど認められるか。
本来ならばこんなチンケな犯罪者など、あの瘴気を漂わせるシスターに去勢させればそれですんでいたのに、なぜか自首してきたとかで公開裁判になってしまった。
裁判の内容は論評に値しない物だった。タカミチは全てが誤解で、悪いのはネギという名の少年だと主張する。
しかし、エヴァンジェリン・明日菜・高音という少女達は自分で脱がしたと認めているあたり、彼の中ではどう整合性がとられているのだろう。
ましてや、そのネギ少年を自らの手で倒したと言うのを聞いて「それは口封じでは」と突っ込みを入れたくなった。
おそらくタカミチにとって『紅き翼』の元メンバーというのがプライドの源泉であり、それに反するものは全て『悪』に思えるのだろう。
とんでもない間違いだ。『悪』とはキリスト教の敵を意味する言葉だ、そして敵かどうかを判断するのはこの私だ。
勿論、上司に法王様はいるが、実務的な仕事は全部私の管轄だ。つまり、私の敵は神の敵であり『悪』ということになる。
うむ、間違いない。タカミチという名のこの悪魔め!
私が一向に改悛の情を見せないタカミチに憤っていると、そばにいるシスター・シャークティがそっと小さな棒のような物をどこかへ向けるのに気がついた。できれば、彼女を視界に入れないようにしていたのだが、目に付いてしまったのは仕方がない。
どこを指しているのか視線でたどると、そこには不審な動きをするカメラマンがいた。
もしや、あれはテロリストか! そう思い至った瞬間、シスターの手からつむじ風のような表現しがたい何かが飛び出した。
詳細は判らないがおそらく神をも恐れぬテロリストを制圧するための攻撃に違いない。
今までの仲たがいはさておき、彼女のこの一撃で無力化が成功すればいいのだが。
そんな私の願いははかなく消えてしまった。あの性犯罪者がシスターとテロリストの間に入り、シスターからの攻撃を自らの背中で受けたのだ。やはり書物で読んだ通り、日本人は強い攻撃は背中で受け止める伝統があるらしい、立派な『任侠立ち』だった。
やはりこのタカミチという男はテロリストと共犯だったらしい。背中に浮き出す鬼の面のようなビルドアップされた背筋を見つめて舌打ちする。
待て――背筋? なぜこの男はブリーフ一枚になっているんだ? いつの間に、何が目的で裸になっている?
混乱しかけた頭脳がシスター・シャークティの言葉でまた動き出す。
「ポケットがなければあなたの得意技は撃てないでしょう?」
そうだ! その通りだよシスター。彼がどんなつもりで服を脱いだのかは不明だが、ボディビルの大会に出場中のような格好では武器も隠し持っていないはずだ。甘かったがこの時点ではそう考えてしまった。
だが、パンツいっちょのタカミチはこんな時でも不適な余裕は崩さない。
「僕が『紅き翼』のメンバーから学んだ事は、最後まで諦めずにやれることをやる、だ」
そう言い捨てるとくるりとこちらに背を向けた。
同時に破壊音が響き、彼の向いた方向から凄まじい砂埃が漂ってくる。
私の目にははっきりと見えた。タカミチが背後を向く寸前にブリーフに手を突っ込んだのを。さらに、そのブリーフから飛び出した物がこの破壊をもたらしたのも。
タ、タカミチ。君は何をどこから発射したのかね?
びびってしまった私をよそに、タカミチが再びこちらへ向き直る。その股間からはらりと落ちるブリーフが一枚。うん、ブリーフ君、破れたとしても君は悪くない。バズーカ並みの威力の攻撃をブリーフの中から撃つ、あの男が非常識なんだ。
現実逃避気味に宙に舞うブリーフに哀悼の言葉を捧げていると、いつの間にかタカミチが法王を横抱きにしている。その隣には瓦礫の山と、そこから伸びるシスター服の右腕だけがじたばたと暴れている。
マズイ! 法王を人質に捕られた! とっさに彼を食い止めようとしても、一瞬の躊躇が仇になり法王を無傷で取り戻すのは難しい。
私に限らず警備の者にもタイムラグがあったのは、皆内心では――こんな裸人に近づきたくないという無意識下の硬直だろう。むしろ、裸の男に嬉々として突っ込む人間の方が少数派のはずだ。
タカミチは法王を優しく床に降ろすと、胸を張って主張した。
「法王様、僕は無実です。誓って恥じるような事はしていません」
……駄目だこいつ、早く何とかしないと。
この男は真性の変態でどんな羞恥プレイでも恥ずかしいと思わないに違いない。だからこそ「恥じることはしてない」とのうのうと言えるのだろう。
想像してほしい――全世界に放送されるテレビカメラとキリスト教を代表する法王の前で、素っ裸のまま仁王立ちで「恥ずかしくない!」と断言する男を。
この場に居る全員が、どうすべきか必死に頭を巡らせているといきなり露出狂のテロリストが「はうっ」とうずくまった。
どうしたのか? 皆の視線とカメラがズームしていくその先には、地面から生えた手が彼の股間を握っていた。
即座にその手に筋肉が盛り上がり、シスター・シャークティが「ぷはっ」と地上に顔を出す。同時に自分が何を手がかりにして浮上したのか理解したようだ。その硬質の美貌が嫌悪と驚愕に歪んでいく。
それを離しては駄目だ! そのまま……
「「「捻じ切れ! ネジキリシスター!」」」
おそらくこの神の家でここまで絶叫がハーモニーを奏でたことはないだろう。そして叫ぶ男の誰もが腰が引けているという情けないポーズがシンクロすることもこれからないだろう。
私達の魂の叫びにシスターは頷いた……ようだった、だがその姿はタカミチと共に再び崩れ落ちてくる天井の砂煙に消えていった。
学園長side
「ああ、タカミチか。テレビで中継を見ておったよ。よくあの場から脱出できたな。しかし……法王にテレビでお主を無実と宣言させる計画は、もはや完全に不可能じゃな。
今までの罪がどうこういう問題じゃなく、貴様が『変態』じゃと世界中が思っとる。
……ああ、ああ、判っておる。シスター・シャークティに連絡が付けられなかったのは、こちらの落ち度じゃ。
とにかく、今のお主を公の場で使う訳にはいかん。しばらくは前にNGOで居た場所でほとぼりを冷ましてくれ。あそこならテレビの前で裸体を晒したと聞いても受け入れてくれるはずじゃ。
それと……前より声が高くなったようじゃが大丈夫か? ああ、すまん。そんなにムキにならんでもよかろう。それではな」
受話器をおいてため息を吐く。まったくこのごろはままならぬ事ばかりじゃ。麻帆良は封鎖され、魔法先生・生徒をまとめるだけで手一杯。他の事にまわせる人材がいない。タカミチが冤罪と証明できれば助かったんじゃが……。
椅子の背もたれに体重をかけ、そのまま目を閉じる。誰か代わってくれる者がおらんかのう……。
それにしても、タカミチの奴。
「半分になったか」