葱丸side
「確かに暗いのにはっきり見えるなぁ」
思わず感心してしまう。今俺達はエヴァさんの別荘から出て森の中にいるわけだが、まだ朝日も差し込んでいないのに周囲の視認に不便は全く感じない。吸血鬼には天然の暗視スコープが付いているようだ。
「当然だろう、夜行性の吸血鬼が鳥目だったらどうしようもないだろうが」
とエヴァさんも呆れた口調だ。他の超さんと茶々丸さんはごそごそと何やら作業をしている。俺達は超さんの「作戦を立てるには情報が必要ネ! そしてこの別荘は時間の流れが変だから外界と通信システムが繋がらないヨ。早急に出るのが得策ネ」とのアドバイスに従いあの別荘から顔を出したのだ。
おそらく二人は情報を収集しているのだろう。その考えを裏付けるように歓喜に満ちた叫びが響いた。
「繋がったネ! これでなんとかなるヨ」
と超さんが目を糸のように細めて胸を張る。そう言って指差したのはノートタイプのPCだった。確かこれはアンブレラ社のPC「バイオ」の後継機の「ハザード」だったかな? 性能は高いがあんまりウイルスにひっかかる率が高いのと、妙な機能がついているせいで生産中止になったはずだが、さすがにマニアでもある超さんは確保していたらしい。
「ほら、何処見ているネ。ネットでも盛り上がっているようだヨ」
「あ、すいません。どれどれ……」
と画面を覗き込む。うん、今日検索されたキーワードランキングでは俺達の起こした騒動と関係ありそうな単語が上位を独占しているな。だが、『金髪幼女』と『魔法少女』が一位と二位なのはおかしくないか?
エヴァさんも一目見て「この国には馬鹿ばっかりか」とうめき声を上げている。
「ま、まあこの金髪幼女がエヴァさんだとバレたわけでもありませんし、気にしない方向で」
「そ、そうだな」
と気を取り直し、『金髪幼女』のキーワードをクリックする。
すると「世界最強はどっちだ!?『殴ったら児童虐待だぞ!』金髪幼女VS『最強の格闘技は俺達だ!』UFC王者スレ」とか「金髪幼女はみんな俺の嫁パート二十三」といったスレッドが表示されている。
「本当に馬鹿ばっかりだ……」
「否定できないのが悲しいですね」
頬を引きつらせ、他のキーワードである『魔法界』をクリックすると、今度は「三十四才で童貞だけど魔法界に行けますか?」や「『格安』リアル魔法少女に会いに行こう! 魔法界ツアー『皆で逝こうぜ』」といった表示で埋め尽くされた。
「……滅んでしまえこんな国」
「駄目ですよ、滅ぼすんじゃなくて支配しなきゃいけないんですから。お願いですから、機嫌をなおしてください」
真顔で毒を吐くエヴァさんのご機嫌を必死で取り繕おうとする。しかし、この国を支配するんだから滅ぼさないでとは説得方法としてどこか妙だな。
俺達が肩を寄せ合っていると、超さんが眉をしかめてPCの電源の横にあるボタンを押した。
「やっぱり、ネットだと信頼性の高い情報は得ずらいネ。いっそ、テレビでも見たほうが手っ取り早いヨ」
と薄型テレビを組み立てる。その横で「ハザード」が爆発音と共に黒煙を上げつつ分解されていく。
「……この自爆ボタン付きのPCってどういうコンセプトで作られているんでしょうね」
「結構合理的だヨ? ボタン一つでデータは完全に消去され、部品はリサイクルしやすいよう分別されて吹き飛ぶようになっているネ。
何より自爆ボタンとはロマンじゃないカ! それに『わが社の製品全てに地球に優しい自爆ボタンがついています』とはなんてクールな宣伝文句ネ! 思わずこのハザードも予約して買っちゃったヨ」
科学者の趣味は一般人と百光年は隔たっているようだ。
惚れ込んでアンブレラ社の大株主にまでなったという超さんの科学者のロマンを聞きいていると、おそらくこの場で一番冷静な人物が声をかけて来た。
「マスターに葱丸様に超様、チューナーの準備が出来ましたので受信を開始します。それと現在は午前四時、日本の放送局はまだ放送してないのでコメリカのニュース専門局からどうぞ」
とまるでここにいない誰かに説明してるような丁寧な解説を入れてスイッチを入れる。ブツン、と軽い雑音の後すぐに画面は男女二人の政治家が討論しているスタジオを映し出した。
『では、あなたはこのまま魔法界の奴隷制度を放置しておけと言うの? 彼らの中には魔法が使えないだけで奴隷商人に誘拐された人間もいるわ。そんな風に人権を踏みにじっておいて「他国の事に口出しするな」と笑っているのよ!
幸いにして魔法界はこちらの世界の国連や軍事同盟には加盟してないし、彼らの国に侵攻したとしてもそれを規制する条約はないわ。イクラやアフケガニスタンを攻めるよりずっと大義名分が立つわ!』
とキツイ顔立ちの黒人女性が捲くし立てる。
『放置しろとは言っていない。ただ魔法界には人間に似た容姿の獣人とやらが居ると聞く。それらの人々の扱いをどうするのかという法整備まで考えてから……』
太った白人男性の発言途中に、慌ただしくキャスターが割って入る。手にしたペーパーを早口で読み上げる。
『あ、ただ今緊急ニュースが飛び込んできました。日本の京都に怪獣が出現したもようです。私にも信じられませんが、これはジョークではないそうです。
え、あ、繋がりましたか? はい、では京都からライブでお届けします』
カメラが切り替わり、薄明かりの中ライトを浴びた女子レポーターが緊張した顔付きでこっちを見つめる。
『はい、こちらは日本の京都の山中からお届けしています。早速ですが、皆さんご覧になれるでしょうか?』
と人差し指で真っ直ぐに指し示したそこには――巨大な怪物が猛り狂っていた。
『あれはキ○グ・コングでもゴジ○でも松井でもありません! 日本の昔話しにでてくる『鬼』です! 三センチボーイに倒されたとかピーチボーイに島ごと殲滅されたとかの逸話が残っていますが、本物はこれほど凶暴な怪物――いえ怪獣です!』
実況する彼女の声は緊張と恐怖からか掠れている。
薄明かりにうかぶ鬼はざっと身長(怪獣の場合は体長かな?)二十メートルを超えている。その怪獣の足元や空中でも和服姿の人々が何とかしようと頑張っているようだが、鬼からしたら豆粒の大きさの為に効果の程は皆無だ。これはもう軍隊で対処しなければならないレベルだろう。
『あの怪物に刀などで戦っている前近代的な集団は警察でも自衛隊でもラスト・サムライでもありません。『関西呪術協会』と『京都神鳴流』という団体らしいです。
あ、入手した情報によるとこの『関西呪術協会』は元『紅き翼』のメンバーの一員がトップであり、この鬼も彼らが責任を持って封印・所有していたようです。しかし、鬼を起動させたのは元『紅き翼』の娘であるとのこと。
おそらくはコメリカの魔法界へ宣戦布告に対する抗議としての暴動と思われます。
ここからは未確認情報になりますが、トップの暴走を諌めようとした部下達がクーデターを起こしたとの噂も……』
……そう言えば京都でクーデターを起こすとかいう計画もあったなぁ。千草さんは元気でいるようどすな、頑張っておくれやすぅ。そんな感想を抱きつつ無言で画面を見入っていた俺が呟いた。
「チャンスですね」
「「「はあ?」」」
訝しげな表情の三人に説明する。
「これはチャンスです。現状では僕達はどこからも敵視されていますが、この鬼を倒せればまず『関西呪術協会』と『京都神鳴流』に恩がうれます。
そして、この局はコメリカから全世界へネットワーク中継されているのが重要です。この事態を上手く収めれば世界中に僕達は争いを望んでいるのではないと認識され、しかもまだ幼い子供だと思わせる事ができます。
とりあえず僕達は外面は良いですから、テレビ画面に映りさえすればコメリカの子供に甘いお国柄を利用できます。絶対に「こんな子供達を賞金首にするのはやり過ぎだ」と人権団体が騒ぎ出しますよ。
それと、もしできるならテレビを通じてエヴァさんの魔眼で視聴者に向けて僕らに好意と従属を刷り込めれば最高ですね」
「……黒いネ」
「私はこの幼い容姿を利用するのは好きではないのだが……」
「さすが葱丸様、素晴らしく汚い策です」
三者三様の意見だが、どれもへこみそうなのばかりだ。まあ、こいつらから評価されているとは思わなかったここまでひどいとは。
首をぶるぶると振り、嫌な感慨を吹き飛ばして話し合いを続ける。
「ですからエヴァさんはアダルトバージョンではなくそのままで出撃してください」
「判ったよ! 全く……父親とは大違いだな、あやつは光の道を進めと言ってくれたのに……」
なぜか僕よりも落ち込んでいるようだったので発破をかけよう。なにしろこれから鬼退治にいくのに、一番の戦力である彼女がスランプだなんて危険すぎる。
「エヴァさん、これが光の道でしょう?」
「え?」
しっかりと彼女の華奢な肩を掴み、瞳を覗き込む。こーゆーのは気迫が肝心なんだ。
「これまでのエヴァさんは表向きは死んだものとして扱われ、学園外に出ることもできず全力を振るうことなど許されなかった。
ところが今のあなたは、自由に外を歩いても力を存分に使っても制止する者はいません。さらに今回テレビに映れば世界的な知名度もハリウッドスター以上に上がるでしょう。
麻帆良での番犬生活と比較してみればどちらが光の道かは明らかです」
「……そうか?」
まだ納得しかねているらしく可愛らしく小首を傾げているエヴァさんに、これはまずいと肩を抱き寄せ森の出口を一緒に眺める。
「ほら、天も僕達を祝福しているんでしょう。文字通りの光の道ですよ」
ちょうどタイミング良く日の出になり、森から闇を駆逐していく。うっそうと木々が生い茂るここから先は、真っ直ぐな道がどこまでも伸びてそこに徐々に光が差し込んでゆく。
隣の少女の肩を抱く手は離さずに、くさい台詞で誘いかけた。
「エヴァさん一緒に光の道を歩きましょう」
「……うん」
こくりと頷いたエヴァさんと共に、俺達は光の道へ歩を進めた。
焼けた。
「熱い! 熱いぞ、コンチクショー!」
「ああ! 葱丸よ、貴様の足が燃えているぞー!」
踏み出した途端に朝日を浴びた俺の右足が炎を吹き上げる。木陰に引っ込みエヴァさんと二人で必死で消火活動に励んでいると、超さんと茶々丸さんの声が届いた。
「やっぱり、吸血鬼化したばかりでは朝日の中を歩くのは自殺行為ネ。葱丸に先行させて良かったヨ」
「マスターも御自分がハイ・デイライトウォーカーですから、うっかりしていたんでしょう。ああ、あんなに楽しそうに消火作業を」
「茶々丸よ、これが楽しそうに見えるなら貴様のカメラ・アイは分解洗浄するぞ!」
てめえも予想してたならアドバイスぐらいしろー! 足の痛みと仲間の情けなさに涙が出て、俺の気力を削っていく。このまま死んだら恨むぞ、お前ら。
「ははは、燃えたよ、燃え尽きた。真っ白な灰になるんだ……」
「葱丸ー! そんな七十年代のボクシング漫画のような台詞を吐くなー!」
「そうです葱丸様。現状でその台詞を吐くと死亡フラグと認識され、実際にそのまま白い灰になる確率が……」
「茶々丸、そんな統計まで持っているのかネ!? どーやってデータを集めたんだヨ?」
――光の道を歩くのは一歩目で挫折した。どうやら俺達が光の道とやらを歩めるようになるのはまだまだ先の話しのようだ。
そのころにはきっと世界を征服しているだろう。灰になっていなければだが。