某超大国コメリカの高官side
手にした書類の内容の薄さにため息が漏れる。その内容も『金髪魔法少女のアニメ番組リスト』やら『世界は火星人に侵略されている』とかいったキワモノばかりだ。これで誤魔化せるとでも思われているなら、相当なめられているな。
「こんな趣味に走ったデータはどうでもいいんだ。『魔法界は存在するらしい』とか『魔法使いは秘匿されている』という情報は、あの電波放送以来皆が共有している。
私が知りたいのはその中身の『魔法界があるならどこにあるのか』と『魔法使いとやらはどんな奴らか』そして『強い金髪幼女とは誰か』だ。
こんな国防上重大な情報を今まで放置してきたのか? だとしたら責任追求は免れんぞ。
誰でもいいから魔法について詳しい人材はおらんのか?」
秘書官は緊張した面持ちを崩さずに望み薄だと語った。
「は、おそらくは言動から魔法使いの関係者ではと目星をつけていた者達は、皆行方がわからなくなっています。ほとんどが魔法界とやらに退散したのでしょう。他国の関係者らしき人物達はガードが厳重でして……」
「ではウチの協力者にその方面に精通している者はおらんのか?」
その質問になぜか秘書官は目を泳がせる。ふむ、珍しいなこの冷徹なまでにクールな男が挙動不審になるとは。
「一応ウチからインターポールへ出向した者がおりますが……。私からしたらお勧めしかねる男です」
「とにかく情報が必要なんだ。使えるならどんな奴でもかまわんさ。
それでそいつは今どこにいるんだ?」
「麻帆良です」
「ほう、あの電波放送のグラウンド・ゼロにいたのか。ますますいいな、そいつを呼び寄せて今回の説明と今後の対策を聞いてみようか。……そういえば、そいつの名前は?」
「ジョンです。その『火星人の侵略』のリポートを提出した男ですよ」
シスター・シャークティside
「シスター・シャークティ。正直に答えてください。今回の麻帆良の地における事件についてあなたは関与していないのですね?」
「はい、私は何もしていません」
震えそうになる声を何とか抑制し、枢機卿の質問に答える。
ここで怯えてはならない。なぜ私が○チカンで異端審問にかけられているのか不安もあるが、何せ魔女狩りをした実績のある組織に付け入る隙は見せられない。
主はきっと私をお見捨てにならないはず……。
「ほう、あなたの布教している麻帆良から異端とされる『魔法』とやらの情報が世界中を飛び回っているんですがね」
どこかねっとりとした口調と視線で枢機卿が私をねめつけた。
「ま、いいでしょう。それについての話は後ほどで。それではあなたのその日の行動をもう一度お願いします」
「はい。あれは麻帆良祭の最終日でした……」
とあの混乱した一日を語り終え、グラスに入った水を飲み干す。もうすっかり温くなってしまっているが、文句を言える立場ではない。
その様子をじっと疑い深そうに睨んでいた枢機卿が鼻を鳴らす。
「そんなヨタ話を信じろと? とうてい信頼に値しませんな! 大体あんな日本などという極東の……」
「もうよい」
枢機卿の非難は威厳に満ちた言葉によって制止された。止めたのはヨハネ・パ○ロ十三世、さすがにキリスト教圏で彼の言を無視できるものは存在しない。
直ちに「はっ!」と畏まるが、枢機卿は不満げにこちらを棘を含んだ視線を投げかける。
「シスターの言葉を信じるならば、『世界に異端の教えが流された時』あなたは麻帆良では警備をしていて性犯罪者と対峙していたのみ、ということで魔法などについては何も知らないと、そうですね?」
「ええ、その通りです」
主よ、お許しを。ですがこの嘘は大勢の命を救うためには必要な物なのです。もし魔法界が存在するのが公式に認められたりしたら、異端認定をまるごと魔法界が受けかねない。
下手をして魔法界に対しての十字軍などを起こされたら、どれほどの被害がでるか想像もつかないのです。
まだ老境にまでは入っていない法王は私の返答に微笑みながら頷いた。どうもこのお方は魔法界についてご存知ではないのかと思う。その上で私の嘘を許容してくれたのではないだろうか、それぐらいの器の大きなお方だ。
「なるほど、そうであれば仕方ありません。一旦落ち着くまでは今回の魔法についての異端審問は棚上げにしておきましょうか」
「しかし、法王様! これだけ世界に動揺が広がってしまっては、何も知らないでは済まされません!」
悲鳴を上げる枢機卿にも理はある。この混乱する事態に対して声明の一つも出さないままでは、世界宗教としての鼎の軽重が問われてしまう。
法王もその事に頭を悩ませているようだった。
心労のせいか皺深くなった額に手を当てて俯いていたが、ふいと顔を上げた。
「シスターが追っていたのはタカミチと言う卑劣な犯罪者でしたかね。ではその方に罪を贖ってもらいましょうか。
タカミチという者に破門を、え? 彼は洗礼を受けていない? では異端認定をしてここで宗教裁判を受けさせましょう。麻帆良での騒動の首謀者の一人として○チカンが処罰するとマスコミにリークしてください」
そ、そんな! あの男が宗教裁判だなんて! 私の告発によってあの男が火あぶりにされるなんて事態だけは避けなければならない。
タカミチの戦闘能力を考えればそう簡単に捕まるとは考えづらいが、そんな事になれば神に申し開きができない。
「待ってください!」
「今度は何ですか? シスター・シャークティ」
枢機卿のうんざりしたような素振りにもめげずに、声を張り上げる。
そう、タカミチを火刑などに処させる訳にはいかない。なぜなら――
「主は私にタカミチを『ネジキレ』と仰せになりました。是非とも彼への処罰は私にお任せを!」
「……判りました。シスター・シャークティ。その提案を許可しましょう。主と聖霊の名において、あなたへ祝福を。アーメン」
全員で「アーメン」と唱和している中で、さっきまで私を嫌らしい目で眺めていた枢機卿が妙に内股になり、目を合わせまいとしているのが不思議だった。
近衛 詠春side
「それで、麻帆良の世界樹が消えたというのはどういう事ですか!?」
「落ち着いてください。長がそのように取り乱しては下の者に示しが付きませんぞ」
とたしなめる側仕えの襟首に掴み掛かりたいのを抑え、深呼吸して精神の安定を取り戻す。
「では詳細な報告をしてください」
「はい。では三日前の放送以来、在日コメリカ軍が出動準備をしていたのはご報告しておりましたが、今回は三機の戦闘機がスクランブル発進したようです。その内の一機のミサイルが誤作動を起こし、世界樹に直撃・炎上させたそうですな。
ところが、世界樹の付近では偶然にガス漏れがあり住民が避難したところでした。その直後にミサイルが打ち込まれ、さらにタイミング良く近くで訓練していた自衛隊が封鎖と治療・搬送と大活躍したために死者は勿論、重傷者すらいません」
報告を聞く内に腹を焼く憤怒は消え、力の無い笑いがこみ上げてくる。
「なるほど、全ては計画通りということですか……」
「ええ、日本政府も公式には事故で処理して抗議もしていませんし、二国間ではすでに通達済みだったのでしょうな」
さすがに沈痛な面持ちで側仕えも頷く。もっともこの男も対東の強硬派であるためどこまで本心か判らないのだが……。
「木乃香と義父はどうしています?」
「は、木乃香お嬢様は護衛の桜咲と、こちらが派遣していた天ヶ崎 千草のグループがここへ護送してくるそうです。近衛翁も関東の拠点の一つで今度の不手際の後始末に追われているようです」
「そちらの心配はいりませんか」
懸念の一つが解消され、ほっと安堵の息を吐く。それに、こちらから麻帆良に向かわせていた人物――天ヶ崎がいるなら信頼度の高い情報が得られるはずだ。すると、その隙を狙ったかのように新たなニュースを持って巫女の一人が飛び込んできた。
「長! コメリカ合衆国が魔法界に対して宣戦布告しました!」
「なんですと」
どうしてそんな急展開になるんだ!
「は、コメリカ側はどうやら魔法界についてある程度情報を得たらしく『現代において奴隷制度が横行するなど言語道断! これは第二次奴隷解放戦争である!』と初の黒人大統領になった御仁が演説しています」
全身から力が抜けていく。一体誰のせいでこんな事態に陥ってしまったのだろう。眩暈と頭痛に頭を抱えたくなるが、組織のトップとしての誇りがそれを許さない。
とにかくコメリカへの対応をどうするか考えねば。関西は魔法界と繋がりが薄いために、これを期に魔法界を切り捨てろという一派も出てくるだろう。
しかし元『紅き翼』としてそんな事は容認できない。だが、この元紅き翼という事実が、先だっての放送により疑惑の目で見られる原因にもなっている。
八方塞がりだ。せめて麻帆良から木乃香達が帰ってきて、天ヶ崎の報告で事態がはっきりすれば――。
その淡い期待を覆すかのように、また慌ただしい足音が近づいてくる。本来和風建築では廊下を走るなど礼儀にもとる行為だが、今はそんな細かい事を言っている場合ではない。
また厄介事がおきたのだろうか。頭だけでなくシクシクと痛みだした胃の辺りをなでながら「入りなさい」と入室の許可を与える。
「どうしました」
「はい、木乃香お嬢様達をお迎えしに行ったんですが、怪我をした桜咲しか来ないんです! 彼女によると天ヶ崎達にお嬢様を誘拐されたとか……!」
「なんですとー!」
葱丸side
「むにゃむにゃ、僕とオコジョで鴨葱鍋を作る? なぜオコジョなのに鴨なんですか、意味不明です……。
ああ、エヴァさん僕の兄弟を切り刻み熱い油でいためつけて熱湯でゆでるなんて……ニンジン! 白菜! お前らの恨みは必ず晴らして……」
「……おいこいつはどんな夢を見てるんだ?」
「おそらく鴨と葱にニンジンと白菜などを炒めているところからすると、鴨南蛮のレシピでしょう」
「では、なぜ料理に恨みなどという単語が出てくるんだ?」
「さあ、葱丸様ですから」
「……ああ葱丸だからか」