超side
「えっと、僕の上に乗っかっているのは超さんなんですか? とにかく早くどいてください」
「ああ、すまないネ」
下敷きにした葱坊主の呻きに立ち上がろうとするが、意思に反して手足は震えるだけで力が入らないヨ。ハハハ、ここまで弱っているとは参ったネ。
そんな私の無様な姿をいぶかしげに覗きこんだエヴァが血相を変えた。どうやらすでに送電施設の破壊は終わり、彼女は全盛期の力を取り戻しているようだネ。だが、その彼女の幼い美貌が青ざめているヨ。
「ちょっと超、貴様かなり出血しているぞ! 茶々丸急いで手当てをするんだ!」
おお仮にも吸血鬼の真祖、流石に血の匂いには敏感ネ。いや、これだけべっとりと紅に染まっていては誰にでも気づかれるカ。
茶々丸が「超様、失礼します」と私を抱え上げ、改めて長椅子の上に横たえる。この飛空船のデッキにはベットがないので、ここで簡易手当てするのが精一杯だヨ。
ようやく私という重石から解放された葱坊主が「助かった」と呟いているが、失礼ネ、そんなに重くないはずヨ。
その間にも茶々丸の手により、ボディスーツを開かれて応急処置をされていた。ここまで意識が持ったのだから、自己診断では致命傷ではないと踏んでいるのだが……。
エヴァ曰く「私を含めここに居るメンバーで治癒術の扱える者は一人もおらん。少数精鋭、言い換えれば層の薄いという弱点がまともにでたな」とのことだヨ。
その通りだネ。返す言葉も御座いません。たそがれた私の姿に慌てたように彼女は言葉を続ける。
「ま、まあ、貴様の計画に従う覚悟のある人間なんぞここの坊やぐらいしかおらんだろうしな。仕方がないことではあるんだろうが……、下手をしたらここで貴様の野望は終わりだぞ。
それで茶々丸、こいつの傷の具合はどうだ?」
「軽度の打撲の他は、腹部への貫通銃創が認められます。幸いな事に臓器と動脈は逸れていますが、出血が多く楽観はできません。できれば即時入院して安静をお勧めします」
治療の手を止めることなく淡々と私の体について説明する。うん、戦闘から炊事に治療まで全部フォローできるガイノイドは今まで無かったはずネ。今治療できるだけでも茶々丸を作った甲斐があったってものダヨ。この分なら『おはようからおやすみまで暮らしを見つめる茶々丸さん』と宣伝すれば大ヒット商品になるのは間違いなしネ! いや、このキャッチコピーは全自動ストーカー型ロボットと間違われそうカ……。出血のせいか馬鹿な発想が浮かんでしまう、そんな事考えている場合じゃないヨ。
「なあに、すぐ死ぬって訳じゃなきゃOKネ。とりあえず止血だけでもしてくれればいいヨ」
と茶々丸に頼むと、心配気にこちらへやってきた葉加瀬を手の平を向けて押しとどめた。
「葉加瀬、予定よりも随分と早いが呪文詠唱を今すぐに始めてくれないカ」
「まだ世界樹の魔力はピークになっていませんが……」
「この段階の魔力なら全世界は無理でも、世界の九十パーセントはカバーできるネ。それだけの人間が魔法の存在を信じたら、それで目的は達成できるネ」
「しかし、超の今の状態じゃ……」
「頼むヨ、葉加瀬」
まだ食い下がりそうな葉加瀬をじっと見つめると、彼女は眼鏡の奥の目を徐々に伏せていき唇を噛み締めながらも頷いてくれたヨ。
「茶々丸にエヴァさん、超をお願いします」
と頭を下げるとすぐにパソコンに向かい必要なプログラムを起動させる。このへんの切り替えの見事さは流石理系だネ。
頼もしい友の姿に胸の底から熱い塊がこみ上げてくるヨ。
私は良い友達を持ったネ。
この時代に生きる者にとって、私は混乱を巻き起こすだけの存在でしかないヨ。しかし、その迷惑なはずの私の計画を手伝ってくれる葉加瀬も、手当てをしてくれる茶々丸も、心配気に眉を寄せ腕組をしているエヴァも、ついでになんとなくそこにいるご先祖も、皆私にはもったいないほどの素晴らしい友だネ。
この時代のこの場所にやってきたのは彼女達と知り合えただけでも成功だったネ。だが、それだけで満足するわけにもいかないんだヨ。
「エヴァ、そこの引き出しの中の箱をとってくれないカ?」
「ああ、これだな」
と手渡された小箱から錠剤とアンプルを取り出した。横たわった姿勢のまま水も含まずに錠剤を噛み砕き、アンプルを左腕の静脈に注射したネ。うう、血で鉄の味しかしなかった口中を苦味が刺すヨ。
腕から注入された液体が全身を巡るのもリアルに体感できるネ。まるで氷片でなぞられているように血管を走るその流れと一緒に熱と痛みが消えていく。
増血剤と魔法覚醒剤のダブルパンチだ、これはヤバイと自覚できるほど即効性があるネ。本来は後遺症が残るほどの危険な組み合わせだが、効果が切れるまでは無類の効果を発揮するヨ。
そして、今は健康の事など考えている場合ではないヨ。
その私の額にひんやりとする掌を触れさせて、茶々丸はフラットながら懸念を込めてドクターストップをかける。
「超様の体温は三十八度九分、ドーピングで誤魔化したとしても普段の行動は無理です」
「……だそうだぞ、本気ですぐに強制認識を開始するつもりか?」
エヴァも茶々丸の診断を受けて私に計画の確認をする。ふふ、こういう所がかわいいのダヨこのクラスメートは。自分には関係ないと割り切っているはずなのに、親しくなるとついお節介を焼いてしまう、いわゆる『ツンデレ』というやつネ。
私の時代にはもうすでに絶滅している『ツンデレ』を存続させるためにも、今回の計画を止める事はできないネ。
「ああ、葉加瀬の作業が終わり次第?と全世界に向けてメッセージを送るヨ」
「そうか……しかし、強制認識によって魔法の存在を認識させるだけで充分じゃないのか? それだけなら貴様はここで寝ていて、経過を見守っているだけでいいのだろう?」
エヴァは自分ではクールに振舞っているつもりだろうが、言動の端々から私の事を気遣ってくれているのが汲み取れるヨ。本当にこんなお人よしの賞金首がよく生き抜いてこれたものだネ。でも、今回に関しては心配されても困ってしまうヨ。
「やれやれ、本当はエヴァも判っているだろう? これから魔法界の存在を全世界に明かせば、間違いなく世界中が大混乱に見舞われるネ。だからこそ、セットでその情報を公開したのが私だと宣言する事が重要になるのダヨ。
そうすれば魔法使い側の暴露に賛成派も反対派も、そして一般人側の過激派なども私の存在を無視できないヨ。利用するにせよ抹殺しようとするにせよ標的は私になるネ。そうなれば他の地域での戦闘行為は減少するはずだヨ。
リスクはあるが、これが一番一般人に対する影響は少ない方法だネ。
渦の中心にいるほうが流れを把握しやすいし、他への迷惑も最小限に収められるはずだヨ。
エヴァの言う『誇り有る悪』ならば自分の罪から目を背けずに全て引き受けるんじゃないカ? だとしたら私を止めるはず無いネ」
「むう……」
不満げに頬を膨らませるエヴァに身を起こし微笑みかける。よし、さすが禁止薬物のスペシャルブレンドネ、ひとまず眩暈おきないぐらいには回復したヨ。
手際よく包帯を巻き終えた茶々丸も、痛みを与えないギリギリまで強く締め付けてくれたおかげで割と楽に体が動かせるネ。これならしばらく見栄を張る間は持つヨ。
「さて、それでは呪文詠唱の中心地で勝利宣言をさせてもらうヨ」
立ち上がろうとすると、目の前に自分よりも小さな掌が差し出された。葱坊主、これはなにかナ?
「ではせめてそこまでエスコートさせてください。肩をかしますよ」
……ふふ、やはり私のご先祖様ネ。止めるどころか手助けをしてくれるとは、信念の強さがうちの一族は違うネ。しかし、いくら世界を敵に回す覚悟は決めていても自分の直系の祖先が己の行為を認めてくれるようで少しだけ報われた気がするヨ。
「ありがたく貸してもらうヨ。あの印が見えるかナ? そこまで頼むヨ」
「はい、了解です」
差し伸べられた手を取り、ゆっくりと立ち上がる。うむ、腹筋に力を入れなければなんとか歩くぐらいの行動に支障はないヨ。
私よりも低い位置にある肩にもたれかかりながら、二人三脚のようにリズムを合わせて歩を進める。魔方陣の中心となる円のそばにはすでに葉加瀬とエヴァに茶々丸と役者は揃っているヨ。
さあて、では始めるとするかネ。葉加瀬は呪文詠唱で忙しそうなので茶々丸に確認する。
「茶々丸、呪文詠唱の進行は?」
「あと四十五秒で終了します。世界樹の魔力を使って魔法界について強制的に認識させると同時に、三十秒間だけ上乗せしてそこに立つ者の言葉を刷り込むのは予定通りです」
「よし、それで問題ないネ。そのままで進めてOKネ」
強制認識魔法の中心点となる円の中に立ち、葱坊主の肩をから重心を己の足へと移す。よし、足元もしっかりしてふらつきも無いヨ、これなら全世界に向けたメッセージで恥ずかしい所を晒すのは回避できそうだネ。
「あと十秒、五秒、四・三・二……」
茶々丸のカウントダウンに合わせて大きく息を吸い込んだ、こういうのは第一声が肝心ネ!
キューに合わせて演説を始めようとしたが、口から出たのは「アイヤー」といううめき声だったヨ。
なぜかというと、隣に立っていた少年に突き飛ばされたのだヨ! 何をするのかご先祖様! 床に倒れた衝撃でうめき声しか出せない私を尻目に、葱坊主は世界中に向けて語りだした。
「世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!」
葱丸side
いきなり俺にボディプレスをかけてきた超さんには驚いたが、それ以上に驚かされたのは彼女が血まみれで立ち上がれない程のダメージを受けている事実だった。
エヴァさん、あんたは彼女が怪我をする危険性はほとんどゼロって保障したじゃないか! 彼女に文句を言おうか迷ったが、真剣な表情で超さんの治療を見つめている幼女に抗議するのははばかられた。
まあ、問題はそれよりも中華娘の具合だよな。この子の体調いかんで世界征服の予定が狂ってしまう。
血だらけで手当てを受けている少女よりも、自分の計画を心配しているのはまるっきり悪役の心理だけど、これから世界を支配している秘密結社のボスになる男に良心を求められても困るよなぁ。
だって、悪の組織の首領に就任予定の人間がそんなのを大事にするのも変だしね。
改造人間を使い捨てにする『紅き翼』を潰すために、己の良心を捨てて『紅き翼』の新首領になるってのはどっか根本的に間違っているような気もするが、そこはスルーしておこう。
だって、ほらとりあえず俺の命の危険性はぐっと下がるし、火星人だ未来人だの地球は色んなのに狙われているそーだ。だから、今更野菜とのハイブリット改造人間を頂点とする秘密組織が増えたくらい無視してもいいよね?
その秘密組織が現在世界を支配しているぐらい些細な問題さ! よし自己正当化の自己暗示は終了だ。この事は世界を俺の元に跪かせてから考えよう。……あれ、すでにラスボス風の思考になってるか?
俺が葛藤に悩んでいる間(具体的に言うと世界征服しますか? イエス・ノー どちらかに丸をお付けください。といった悩み)にも超さんの治療は進んでいた。
血の気が失せた顔で気丈にも微笑む彼女は腕を震わせながらも上半身を起こした。
「さて、それでは呪文詠唱の中心地で勝利宣言をさせてもらうヨ」
うん、ここは手助けしつつ中心地の場所を特定するべきだな。では、お嬢さんお手をどうぞ。
「ではせめてそこまでエスコートさせてください。肩をかしますよ」
俺が差し出した手を取り、どこかほっとした雰囲気を漂わせて超さんが立ち上がる。肩を貸すと言うよりもむしろ肩に乗っかられている感じだ。くそ、身長が低いのがこんな所で仇になるとはな。
一歩一歩踏みしめながら、超さんが誘導する中心点であるポイントにたどり着いた。その周りにはエヴァさんに茶々丸さん葉加瀬さんと勢ぞろいしている。
ちぇっ、こんなことなら汎用人型決戦兵器エヴァさんか汎用人型キッチン兵器茶々丸さんに運んでもらうべきだった。彼女達なら超さん程度の重量は苦にならなかったのに。
まあいいだろう、目的である超さんの世界に向けた宣言の最前列をゲットできた。ここからならば一足でそのステージへ進入できる。
だが、ここで予想外の事実が葉加瀬さんの口から明かされた。どうやら世界中に洗脳電波を放送できるのは僅か三十秒だけというのだ!
たった三十秒では超さんの演説が終わるのを待つなんて悠長な事はやっていられない、合図と同時にステージとマイクを奪わねばならない。
オリンピックの短距離でスタートを待つランナー並みの反応が必要だ。全身の神経を研ぎ澄まし、葉加瀬さんのカウントダウンのリズムを計る。
「あと十秒、五秒、四・三・二……」
どきやがれ! 全力で超さんを突き飛ばす。うん、快心のショルダータックルに彼女は「アイヤー」と吹き飛んだ。そんな腹から血を噴出して、俺を見上げている少女と周りで固まっている少女達を無視してシャウトする。
「世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!
そして人々よ我々『紅き翼』と改造人間に逆らう事は許さん――グハァ!」
コスプレ大会で優勝したネットアイドルside
今年の学園祭は例年にも増して派手っつーか非常識だった。特に超主催の武道大会に出場してたメンバーの奴らは、すぐにK-1なりUFCなりにオファーを出せ。
リアルで映画のマトリックス並みのアクションができる奴らはどこでもチャンピオンになれるぞ。こんなトコで遊んでいる場合じゃねーだろ。
ま、所詮人事だから関係ないはずなのに、うちのクラスメートを含めハイスペックの無駄遣いをしてるみたいで腹が立つな。
眼鏡を曇らせて屋台でラーメンをすすりながら愚痴っていると、頭に妙な電波が沁み込んできた。
ここは『日本で麻帆良である』。それと同じぐらいの自然さで『魔法界は存在する』『魔法使いは秘匿されている』といった知識が脳裏に刻み込まれる。
「え? ちょ、あれ? 何これ?」
自然と「あー魔法があるなら、あの武道会も納得だ」と頷きかけて愕然とする。何だよこのどっかからか湧き出てきた知識は!
く、だが魔法が存在すれば今まで不審に思っていた事が氷解するんだ。しかし……、そこで周りの反応に気づく。ラーメンをすすっていた他の客も、麺を茹でていた店主も皆が呆然と顔を見合わせている。
えっと、もしかして皆も電波を受信したのだろうか?
その疑問を解くよりも早く、電波の続きが飛び込んできた。
『世界を支配している秘密結社『紅き翼』の全ての構成員と改造人間達よ! 頭に叩き込むのだ、これからはこのネギ・スプリングフィールドが新たなるボスとして君臨する!!
そして人々よ我々『紅き翼』と改造人間に逆らう事は許さん――グハァ!』
『ああ! 葱丸の腹に穴が!? 衛生兵、衛生兵!』
『葱坊主! もしかして私の代わりに悪役を買って出たのカ――』
『葱様を襲撃した相手は前担任教諭の高畑氏、東南東上空三十メートルです』
『タカミチー! 貴様ー!』
『うわ金髪幼女強い』
ブツン。
……何これ?
えっと、脳みそに飛び込んできた情報を総合すると。
魔法界は存在するらしい。そして魔法使い達はそれを隠していたようだ。そして魔法使いと改造人間達の組織『紅き翼』は世界を支配しているそうだ。
そこのボスであるネギとやらをうちの首になった元担任が暗殺しかけたらしい。まあ、立体映像でも「タマとったる!」と宣言してたしなぁ。
そして金髪幼女は強い、と。
よし、疲れているみたいだしカウンセラーに会いに行こう。
私は現実逃避しこの日はホームページを更新しなかったのだが、混乱は麻帆良だけではすまなかったのだ。
……この日、ネットとリアルでも史上最も?マークが飛び交う一日となった。