超side
タカミチの問題発言の後、明らかにこの場の空気が変わったネ。それまでは余裕を持った牽制のし合いだったのが、殺伐とした雰囲気へと硬化したヨ。
その殺気の発生源は小柄な白髪の少年だったネ。
他の明日菜やジョンの二人はふざけた身体能力は別として明らかに表の人間だが、この子は違うヨ。私とよりも深い闇の社会の住人だネ。
まずはこの少年を始末することが先決ネ。その後に葱丸の安否を確かめなければならないヨ。万一あのはた迷惑なご先祖がこんな時点で息絶えたら、私の存在が不確かになってしまう。私の為だけにでも長生きするんだヨ、ご先祖様。
そこまで予定を立てると、すぐに思考を切り替えて少年を排除する行動に移る。彼のデータはほとんどないが、私の攻撃に躊躇いはない。こんな場合に頼りになる時空跳躍弾があるからダヨ。
仮にこの少年が後の世界に重大な影響を与える人物であったとしても、この弾による攻撃ならばほんの数時間だけ未来に跳ばすだけで私の計画から除外することができる。更に、彼の命を奪うわけでもないので歴史に与える影響も最小限で済むヨ。
非殺傷武器としてこれほど優れているのもそうはないネ。
カシオペアを起動させ、少年の背後をとった。この擬似瞬間移動の利点は、瞬動などと違い『気』や『魔力』の変動がない為に、相手から読まれることがない点だヨ。
今も無警戒のバックから時空跳躍弾を撃ち込んでも、少年は反応することさえできないようだネ。カシオペアを使った攻撃を防御できないのはともかく、反応すらできないとはちょっと拍子抜けだヨ。
これで一人目は片付いたと思ったが、そうは問屋が卸さなかったネ。
指弾のように背を狙って指で時空跳躍弾を弾いたのだが、その弾丸が彼の防御障壁に激突したのだヨ。まあ、そこまでは予想の範囲内ネ、魔法使いはほぼ全員が防御の魔法障壁を常時展開しているヨ。そのために魔法障壁ごと強制的に転移させる時空跳躍弾を開発したのだかラ。
しかし、この少年の場合は弾丸が障壁にぶつかった瞬間に更に幾つもの障壁が次々と出現したのだヨ。私の自慢の弾もさすがに全ての障壁まで取り込むことはできず、何枚かの障壁を消しただけに終わったヨ。
これまで、このカシオペアと時空跳躍弾を使えばどんな魔法使いが相手でもあっさり勝てたネ。
だから油断もあったかも知れないヨ、こんな異常な程の密度と数の魔法障壁の結界を持った魔法使いなんて想定していなかったネ。しかも、私の攻撃を受けて少年が振り返るまでの間に削ったはずの魔法障壁の数が回復しているんだヨ!
これから推測すると、彼は魔法障壁を何重にも纏っている。しかも、その障壁を使い捨てのようにダメージを受ける度に切り捨てることによって、本体まで攻撃が伝わることを防ぐわけカ。そして、消滅した障壁は短時間で復活するということだネ。
なんて厄介な相手ネ! 後ろへとバックステップで距離をとりながらも舌打ち隠せない。
せっかく麻帆良の魔法先生達との戦闘を最小限に抑えられたのに、こんなところで伏兵に出くわすとは考えていなかったヨ。
ゆっくりと振り返るその姿に苛立ちを感じる。よほど防御力に自信があるのかガードは甘かったが、こちらの手の内を垣間見せたこれからは、さっき程簡単には一撃を当てる事はできないだろウ。
仕方ない、明日菜達と手を組むか。
独力で難しいなら数で押すのが一番ネ。幸いここにいる二人はクラスメートと知り合いだし……、こらジョン、何で君は私に銃口を向けているのカ?
「ジョンよ、銃を向ける相手を間違っていないカ? 君はその子を逮捕しようとしていたんだろウ?」
「ええ、それはそうですが……」
ジョンの返答は歯切れが悪いが、銃を構える手に一切のぶれはない。
「いきなり喧嘩を始めたのはあなたですし、ちょっと伺いたいこともあるもので」
「何カナ?」
「超さんが火星人というのは本当ですか?」
「ああ、そうだヨ」
「何の為にわざわざ地球にいらっしゃったんです?」
「よりよい未来を作る為ネ!」
「……それは火星人にとってより良い未来なのでは? 地球のことは私達地球人に任せてもらえませんか」
「ジョンは火星の状況を知らないからそんな事が言えるネ! 私は例え皆に悪だと認識されようが、悪を行い善をなすヨ!」
「あの、お取り込み中悪いんだけど……」
議論が白熱しだしたころ、申し訳なさそうに明日菜が声をかけてきた。ああ、すまないネ。どうしても譲れない点だったので、君達を無視して盛り上げってしまったヨ。それで、何アルカ? え、ちょっと待つネ。それよりなぜ明日菜は十字に架けられた格好で縛られてるのかネ?
「もうあたしは捕まっちゃたんだけど、本当に気がつかなかったの!? 特にジョンさん、あたしを生贄にするつもりで、さりげなくこのフェイト君の行動スルーしてなかった!?」
「ハハハ、ソンナコトナイデスヨ」
「君達……特に明日菜姫はこんな状況でも余裕だね。だが、君達につきあっていると僕までおかしくなりそうだからここで失礼するよ。
ジョンとそこの女性は好きなだけお互い議論を続けていればいい」
呆れたように少年は肩をすくめ、石らしき質感の触手に後ろ手に縛られた明日菜へ寄り添った。その一瞬の油断したタイミングを逃さず、バカレッドのハイキックが少年の側頭部に炸裂したヨ。
おお、縛られた上半身は動かせないため不自然な動きのはずなのに、蹴られた彼は宙を舞っているヨ。どれだけのパワーの持ち主なのかネバカレッドは?
見事に蹴られた当人である少年も、受身は取ったとはいえ十メートル以上も吹き飛ばされたネ。にもかかわらず無表情を保ったままとは茶々丸より人間味が足りないヨ。だが、その鉄面皮に唯一色をつけているのが鼻から流れる一筋の紅の血だヨ。
精巧な人形じみた少年が流す鼻血とのギャップは面白いが、それよりも注目に値する事実があるヨ。
それは『明日菜の攻撃は少年に当たる』という事ネ。
ならばそれを利用しない手はないネ。幸い今の蹴りで彼女と少年の距離が開いた、これなら余裕で明日菜を確保できるヨ。
私は、カシオペアを連続使用して彼女に接近すると、強引に触手を引きちぎり囚われの姫を奪い返して少年との間合いを離す。
明日菜にしつこくまとわり付いている石を振り払い、固められていた両腕を開放したヨ。彼女は「この服は買ったばかりなのにー」と涙目になっているが、とりあえずは無傷なようネ。
これなら戦力になってくれそうだヨ。
「明日菜、ちょっとあの子を退治するのを手伝ってもらうヨ。さっきまでの私の攻撃は体に当たる前に全部防がれてしまったヨ。でも明日菜は多分、誘拐しようという都合上だけどあの子に触れるみたいだネ。
だから、私が注意を引き付けてこの弾丸で明日菜に止めを刺してもらうヨ」
「と、止めって……しかも、銃の弾なんて渡されてもあたし困るわよ。
本当にあの子を殺す気なの?」
「ああ、その心配してたのカ。大丈夫その弾の安全性はバッチリネ。撃たれた相手の健康に影響がないのは証明済みネ。それに明日菜に渡した分は、銃で撃ってほしいわけじゃなくて……」
と手早く作戦を伝達したヨ。こういう即興で作戦を立てるのが得意なのもまた超家代々の伝統ネ。過去の時代に思いつきで行動してはすぐに作戦の修正を迫られていた当主からの遺伝だそうだが、この才能の元祖も戦歴から考えてサウザンド・マスターが有力ネ。全く色んな物を子孫に押し付ける厄介なご先祖ネ。
内心でサウザンド・マスターに対する愚痴をこぼしながらも、明日菜に対する作戦の説明に遅滞はないヨ。簡潔に彼女にしてほしいことだけを伝える。明日菜は「ほ、本気?」と信じたくなさそうだったが、急に耳が遠くなって聞こえなかった事にするヨ。
さて、ではロックンロールネ!
私の瞬間移動に用心したのか、自分からは距離を詰めようとしてこない少年にまたカシオペアを使って真上に出現したヨ。
そのまま頭頂部に蹴りを入れようとしたが、すぐに足が鉄でも蹴ってしまったような痺れと金属音が響き打撃が進まなくなったネ。
少年の頭まで約一メートル。つまりここが、あいつの魔法障壁の一番外側って事ネ。
私は少年の真上の障壁に立つ格好で、両手に持った武器を振り下ろした。
「食らうネ! 必殺のバカレッドアタッーク!」
「せめて名前で呼んでー!」
足首を私に掴まれてあられもない姿の明日菜が、ハンマーの如く振り回されながらも涙目で抗議した。
おお、この状況で文句が言えるとは思ったよりも冷静なのカ? 流石の神経の太さに感じ入ってしまうヨ。
その潤んだ瞳の懇願ポーズのまま、明日菜は猛スピードで奴の魔法障壁をすり抜けた。足を掴んでいた私の手は勢い余って障壁に打ち付けてしまったのに、予想通り彼女は一切影響を受けていないようだネ。
標的の少年は、いきなり瞬間移動で現れた私にも動じなかったが、明日菜の体が私によってフルスイングされて自分に迫ってきたのには目を見開いたヨ。
だが、もう遅いネ。明日菜の拳からは渡した弾丸が突き出している、それに触れただけで勝負は決まってしまうヨ。
確かにこの少年の防御力は類を見ないほど高いが、それに頼っていたのかよけるスキルはあまり洗練されていない。それが短時間ながら交戦した観察から出した結論だヨ。
だから――この一撃は当たるはずネ!
見本になるほど綺麗なパンチが入った。
明日菜の顔面に。
おや? どこで計算を間違えたカ?
俊敏な動きでカウンターを入れた少年は、落ちてきた明日菜の体を抱きとめた。彼の腕の中の明日菜は完全に失神しているのか、時折手足がひくりと痙攣しているだけだヨ。
アイヤー、ここまで接近戦も優れているとは想定外ネ。
カシオペアによる奇襲と、明日菜の特殊能力を組み合わせれば失敗しないはずだったのに。
計画がものの見事に失敗に終わった瞬間、自分が集中力を失っていた事に気がついたヨ。真下にいる少年は前髪の影で薄笑いを浮かべているネ。
つまりこれは隙と見せかけた罠だったのカ? 自分を装甲が厚いだけの亀と思わせて、私が接近させるよう誘導したというのカ?
知能戦では誰にも負けるつもりはないが、これが実戦経験の差って奴かネ。だとしたらここに留まっているのはマズイ。ほらやっぱり槍がもうそこまで――。
そこまでで止まったネ。
そう認識した瞬間、硬直した体が勝手にジャンプをしたヨ。
それにしても今のは危なかったヨ。いくらスペックが上とはいえ私はまだ机上論で考える癖があるネ、虚を突かれて思考が停止してしまったヨ。実戦では何が起こっても動きを止めたら駄目だといい教訓になったヨ。
でも、なんで槍がストップしたのカ?
その疑問はすぐに解けたヨ。
少年の目の前には魔法障壁が発生し、銃弾を受け止めていたネ。その銃弾と少年の距離は前回よりはるかに接近しているヨ。これはたぶん明日菜効果だネ。
おそらくはその銃撃によって集中が乱され、私への攻撃が中断されてしまったのだろう。
彼は私を仕留めそこなったのが気に入らないのか、その邪魔をした男――ジョンに不機嫌な顔で睨み付けたヨ。
「君も無駄な事を止めて逃げ出せば、別に見逃してやっても良かったのに」
「いやー、流石に現場に居合わせて殺人を止めようとしないと、インターポールとしても面子が立たないよ」
「なるほど、彼女を助けるためには僕を殺してもしょうがないという事かな? 銃を撃つからには殺す決意を持ったという事だね」
「いや、そんなつもりはない。今のは峰打ちでござる」
「……銃撃に峰打ちなんてないヨ」
義務感にかられ仕方なくつっこんだが、この男が絡んでくると一気に緊迫感が薄れていってしまうヨ。
と、その時少年に抱えられた明日菜が「ん……」と身じろぎをした。少年がジョンの銃弾に無意識に反応してしまったせいで、彼女を抱えたバランスが崩れたらしいネ。
それぐらいなら別に大勢に影響はなかったのだが、明日菜の手から弾がゆるやかにこぼれ落ちた。
銃弾はそのまま少年の爪先にコロンてな感じでぶつかったネ。
「「「あ」」」
三人の口がOの字になったヨ。えーと、足を中心として少年だけに時空跳躍弾の効果が発揮されたようネ。彼の体が漆黒の球状に覆われているヨ。
こうなってしまえば捕らわれた人間はもう三時間後へ運ばれるしかないネ。抱いていたはずの明日菜はいつの間にか地面へと横たわり、少年からはもう触れることも出来ないようだネ。
少年もそれを悟ったのか、無表情を崩してジョンに呼びかける。
「この借りは返させてもらうよ」
「ああ、インターポールの留置所はいつでもフェイト君を待っているでござるよ」
「いや、二人だけの世界を作らないで私も頑張ったアルヨ。それにジョンはどこの国の人カ?」
急に男達でハードボイルドな雰囲気を作り出した為に、念のために自分もアピールしておいたが黙殺されたヨ。
私の活躍の場がつぶされたり、明日菜が出落ち担当だったり、ジョンに見せ場を取られたりもしたが皆が無事なら無問題ネ。
暗黒のフィールドに包まれこの場から消えていく少年を見つめながら、まあ結果オーライだと自分を慰めたヨ。
なのにジョンよ、なぜ私にまた銃を向けるのかネ?
「超君、火星人についてもう少し詳しく情報を貰いたい。優等生の君は大人しく付いて来てくれるよな?」
「今日は忙しいので後日でいいかネ?」
「いや、是非とも今日は付き合ってもらおう」
もうこいつ相手にしないで帰ろうカナ。侵入者は撃退したし、誰も文句は言わないよネ? 溜め息と頭痛をこらえていると、ふいに明日菜が目を覚ましていきなり叫んだ。
「そんなジョンさん! あたしより超の方がタイプなの!?」
……いや本当に帰っていいカ?