学園長side
モニター内ではワシの友人でもあった英雄の面影を持つ少年が、うちの孫の護衛役と会話を交わしている。
未熟者めがさっさと捕えんか! そやつは現在この麻帆良を揺るがしている事件の最重要参考人なんじゃぞ。
ああ、何を固まっているんじゃ、ワシらはそんな子供に孫の木乃香との仲介なんぞ頼んでおらんわ。机に拳を叩きつける。
む、いかん。あの少年ネギ・スプリングフィールドはこっちの監視はお見通しだったようじゃな。ワシが観察していたのを見透かしたように、監視カメラ越しに視線が重なり合った。
このカメラは東の空に視覚阻害の処理をしておった物じゃ。それに対して「また来週」じゃと? ふざけおって、超君と組んでの麻帆良祭でのテロと木乃香の誘拐未遂じゃ足らんとでも言うつもりなのかのう。
あざ笑うが如く監視カメラの死角へと消えていく小柄な影に、ネギに対しての苛立ちを抑えこめなんだ。
もはや手段を選んではおられん。あの小僧を捕まえるのが先決じゃ。
『生死は問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』
学園内の全ての魔法関係者に響き渡るほどの広域念話を放つ。ここまで強力な念話だと侵入者や超君達にも伝わってしまうが、そちらへの牽制も込めての通信じゃ。先手を取られてばかりじゃったが、ネギを追い込むことで戦場を彼を中心としたこちらが設定した地点に誘導できるじゃろう。
なんだかんだ言ってもここはワシらの本拠地、地の利はこちらが持っている。
矢継ぎ早に指示を出して、ネギを囲い込むように人員を配置する。超君の襲撃の間隙を縫うように魔法先生・生徒を再編成するのは大変じゃが、そこんとこはしずな君にお任せじゃな。
深く椅子の背もたれに体重をかける。微かに軋む音を耳にしながら、タカミチは何をしてるんじゃと不審に思う。しばらく前から連絡も取れんが、こんなアクシデントの為に呼び寄せたんじゃぞ、あやつは。
どこで油を売っているのか知らんが、早いところネギにぶつけんといかんな。
頭は忙しく働かせているが、椅子から身を起こす意思が中々おこらん。これが年齢をとったということかのう……。
誰にも漏らす事のできない愚痴を胸に収め、熱く淹れられた煎茶に手を伸ばした瞬間にその念波が入った。
『タカミチ先生が学園内でまた暴走の模様! 魔法生徒数人を含む学生に脱衣・殴打などの暴行を加えています! 早く応援を!』
「ぶふぉっ! あ、熱ちち」
モニターを切り替えると、全体的に黒くなったタカミチが魔法生徒らと大立ち回りをしている所が映った。
あの男は何をやってるんじゃー!
タカミチside
祭りの喧騒にも邪魔されることなく、麻帆良の教会の鐘の澄んだ音が響く。
腕時計に視線をやると、ちょうど正午だった。
見回りは休憩してお昼にするか。久しぶりに『超苞子』に顔でも出して、美味しい食事と元生徒の元気な様子を覗いてこよう。
足を世界樹付近にある屋台村の方面へ向けると、鐘の音だけではない爆発音と振動が届いた。
同時に慌ただしく魔力と気のぶつかり合いが起こる。微かに火薬の臭いが漂うところからしても、これは紛れも無く襲撃だな。
世界樹の魔力の最も高まるこの日を狙って襲ってきたのに違いない。
舌打ちしながら周囲の気配を探る。学園長からの指示があるまでは、陽動だろうがとにかく目についた敵を倒す『サーチ・アンド・デストロイ』に専念しよう。一般人として麻帆良に来ているのに、あまり勝手な行動はまずい。
サングラスの奥からいくら探しても見えるのは『田中さん』と呼ばれるロボットだけだ。
僕の相手にはなり得ないが、こう数が多いと面倒になってくるな。作業的なロボット破壊に嫌気が差してくると、ちょうどいいところにあからさまに不審な少年が現れた。
服装は一昔前の番長じみた学ラン姿だが、微笑ましいと言うにはその少年の纏っている『気』の量が尋常ではなかった。
どうもネギ君を相手にしたトラウマか、このぐらいの年代の少年に対して苦手な感覚があるな。気を引き締めよう。
瞬動を使ってその少年の前に立ちはだかる。
ほう、ざんばらな髪の上には犬のような耳があるが、これは作り物ではないな。ということは獣人か、どうやらビンゴのようだ。
「すまないが、ちょっと話を聞かせてもらえないかな」
「なんや、あんたは?」
いきなり目の前に現れた僕に対して、警戒はしても驚きはない。この子は間違いなく裏の住人だ。
「ここの警備の一員でタカミチだ。いや、君らにとっては『紅き翼』のタカミチの方が通りはいいかな」
僕の名を聞いた少年の瞳に驚愕の色が混じる。
「あんたはセクハラでここを追放されたんやなかったんか?」
「一体どこでそんなデマを――いや、なんでそこまで事情に詳しいか侵入した理由共々話してもらおうか」
「あんたに話す義理はないな」
なぜか嬉しそうに話し合いを拒むと、微笑というより牙をむき出しにすると小さいが固く鍛えられた拳を突き出した。
「けどコイツでの話し合いなら、望むところや」
やれやれ、苦笑いを浮かべて首を軽く振りポケットに両手を入れる。
「なんや、やらへんのか? タカミチいうたら関東では屈指の実力者や聞いとったでぐぇ!」
地獄車のように回転しながら後ろへ吹き飛ぶ。彼は勘違いしていたようだが、このポケットに手を入れるのが僕のファイティングポーズなんだよ。
それにネギ君と会って以来、子供に対しても油断など一切するつもりはない。今の一撃にしても君から宣戦してきたんだから不意打ちが卑怯だとは言わせないよ。
とっさに顎先だけはずらして受けられたが、ダメージは大きいだろう。まだ彼は地に伏せたまま立ち上がれない。念の為にもう二・三発追い討ちをかけておこう。ふん。
おお、面白いぐらいにバウンドしている。ネギ君と戦った時もこのぐらい容赦せずに叩きのめしておくべきだったんだ。
暗い考えを胸に秘めたまま土と血にまみれた少年へと歩み寄る。うつ伏せになった彼の体をつま先でひっくり返そうとして、思い直すと膝をついて手で仰向けにする。いかん思考がダークサイドに堕ちかけてるな。
試合を終えたボクサー並に腫れた顔を見下ろす。
「手荒な歓迎だったかもしれないが、恨むのなら君をここに送り込んだ人達にしてくれ。では、まず……」
「俺は仲間を売ったりはせぇへん」
ぺっと血の混じってピンクの唾を僕の靴に吐く。なるほど仕方がないな、これを吐かせるのはまた情報部門の仕事だ。そう自分に言い聞かせて彼を魔法教師の詰め所にでも運ぼうとした。
「何をしてるんです!」
突然女性の悲鳴が届いた。声の主は僕の受け持っていた生徒で那波 千鶴だ。以前から勇気のある子供に優しい子だったが、こんな場面では会いたくなかった。中学生には見えない大人っぽい柔和な美貌の眉を吊り上げている。
その肩にすがり付いている赤毛にそばかすの印象が残るのは村上 夏美で、こちらは血まみれの怪我人が怖いのか腰が引けている。必死に千鶴君の制服を摘んで「チズ姉、あの人クビになったはずのタカミチ先生だよ」と囁いている。
「彼はこの麻帆良で犯罪行為をしていたんだ。その容疑で補導しただけだよ」
となんとか穏当な言い訳をひねり出したが、千鶴君には通用しなかった。
「タカミチ先生。あなたはセクハラでこの麻帆良からどこかへ赴任させられたそうですが、なぜこの学園で補導ができるのです?
いえ、例えあなたの言葉が本当でもまだ幼いその子にそこまで暴力を振るう必要はなかったはずです」
つかつかと僕に言い放つと、横になった学ラン少年の顔をハンカチで拭う。
「かわいそうに、こんなに顔を腫らして……。この子ぐらいの子供に酷いことをしますね。
彼は一体どんな犯罪を犯したというのですか? その答えによっては民間人がこんな暴行を加えているのを黙認はできません。警察に連絡させていただきます」
「彼はこの真帆良の地に不法侵入したんだ、それに……」
「不法侵入!? 彼ぐらいの年齢の子供が、無断でお祭りに参加したのがそんなに悪いことですか!?
それにって他に何かあるんですか。こんな小さな子供を痛めつける正当な理由があるなら言ってごらんなさい!」
むう、千鶴君は魔法を全く知らない生徒のため説得材料が見つからない。魔法界の常識に照らせば、結界を破って敵の領地内に侵入するのは重罪なのだが彼女に理解を求めるのは酷だ。
ましてや千鶴君は善意でやってるから更に始末が悪い。どうしたものかと首を捻ると、すぐそばまで助け舟が来ていた。
「ああ、そこのウルスラ学園のお嬢さん。ちょっと彼女を説得してもらえるかな。何か誤解しているみたいでね」
と駆けつけてきた魔法生徒に千鶴君の相手を押し付ける。僕よりも適任だろう。
しかし、二人組みの魔法少女は目を見交わすと高校生ぐらいの――ああ、ガンドルフィー二先生の指導下の高音君という生徒だった――が僕に厳しい目で「動かないで下さい」と制止した。相棒で年少の佐倉 愛衣君は千鶴君の話に頷きながら耳を傾けてはこちらを怖々と窺っている。
どうも場の空気が不味いと口を出そうとしたが、高音君の余りに憤懣やるかたなしという表情にきっかけがつかめない。
「どうして高音君はそんなに怒っているのかね?」
「お分かりになりませんか? いえ、きっとあなたにはお分かりにならないのでしょうね。勝手な憧れとは承知していましたが、私も『紅き翼』のようなマギステル・マギになりたいと夢見ていました。
その『紅き翼』のメンバーでもあるあなたが性犯罪で麻帆良から追放されるなんて……学園長は庇ってましたが、シスター・シャークティから話を聞いた人間は皆あなたに幻滅いたしましたわ」
ここでもまたあの事件が足を引っ張るのか。頭痛を覚えながらまず高音君から誤解を解こうとするが、そこに愛衣君から鋭い声がかかった。
「お姉様、彼女の証言によるとタカミチ先生がその少年を暴行し、どこかへ連れ去ろうとしていたようです!」
「「な!?」」
その場にいる全員が僕から身を遠ざけて、胸の前で手を組むなどの防御体勢をとっている。魔法生徒の少女二人はもちろん戦闘体制だ。
「タカミチ先生! あなたはこの少年をどうするおつもりでしたの?」
「どうするって……」
高音君の詰問に口ごもる。千鶴君と夏美君のいるここで魔法界のことを話すわけにはいかない。
「前回の事件でも、少女二人の他に小学生の男児も犠牲になりかけたとか。もしや、あなたはこの子に対して口ではいえないような事を……」
「いや、まあ確かに一般人の前では口には出せないが」
戦慄している互いの手を握り合っている魔法少女組は放っておいて、一般人の二人から片付けていこうと決めた。なに、彼女達は最悪でもこの場から立ち去ってもらえば、あとは魔法界の常識で事を運べる。
できる限りフレンドリーな態度でお帰りを願おうとしたのだが、近づこうとする度に千鶴君と夏美君は子供を抱いて後退していく。そこまで怖がらなくてもいいのに。
「……姉ちゃん達ありがとな。でも、もうええ。あの男には通用せん」
学ラン少年がかすれた声でストップをかけるが、千鶴君は毅然と胸を張って僕に向き合い譲る様子はない。まいったな、話し合いが通じそうな雰囲気ではない。
嘆息し天を仰ぎかけたくなる。いや、まだだ。ここで説得を諦めたらまたジャングルの奥地へ逆戻りだ。「千鶴君、これは必要なことなんだ。僕には一切後ろ暗い所はない信じてくれ」と肩に手を優しく置き、瞳を合わせる。
もう少しで心が通じそうになった時に、後ろからささやかだが殺気が襲ってきた。体の軸をずらすだけで避ける。
魔法生徒の魔法だろうが、練度が低く気配も駄々漏れだった。奇襲のつもりだろうが、実戦ではまだ通用しないレベルだ。
余裕をもって振り返ると、かわされるとは思ってなかったのか杖を振り下ろしたままで固まっている愛衣君と黒い影の使い魔らしき物を従えた高音君が突っ立っていた。これで力量の差を知ってくれただろう。
よし、こうなったら彼女達に千鶴君達の記憶消去を頼もう。魔法の使えない上に、記憶消去の符も所持を許されなかった僕よりも適任だ。
「ほら遊んでないで、高音君は千鶴君達の記憶消去を頼むよ」
その瞬間、比べ物にならない程の殺気が背後から吹き付けてきた。反射的にバックステップを踏み、魔法生徒達と攻撃をしてきた者が同時に視界に収まるポジションを占める。
後ろから平手で叩こうとしていたのは千鶴君だった。不思議な事に下着姿になって全身を朱に染めている。
何が起こったんだ? 愕然とする間もなく彼女が肌を隠す仕草をしながら僕を糾弾する。
「こんな小さい子だけでなく私まで毒牙にかけるつもりですか!」
「いや、そんなつもりは……」
弁解する時にはすでに何が起こったかは把握できていた。愛衣君の放った『武装解除』の魔法が僕が身をかわした事によって千鶴君に命中し、その武装と服を消滅させる効果を発揮したのだ。
だが、事態を理解したからといって、これからどうすればいいのかの方針はたたない。一般人の彼女達に「愛衣君が魔法で服を消してしまったんだ。あ、僕は無関係だよ」と言ってどれほどの信憑性があるだろう。
せめてもの希望を託して高音君達にすがるような目で見つめる。だが返ってきたのは、
「記憶消去ですと……犠牲者の後始末を『マギステル・マギ』を目指す者にさせるおつもりですの?」
「お姉さま、先生方に連絡はとりました。ここは撤退しましょう」
と敵意とおびえに満ちた答えだった。いけない、前回のネギ君との戦いと同じレールに乗ってしまったようだ。
「ま、待ってくれ」
「ひぃ!」
「今度は愛衣にまで手を出すつもりですか!?」
引きとめようとする僕に、高音君から影の攻撃が伸びる。これぐらい避けるのは造作ない。一番興奮している高音君を眠らせれば愛衣君も協力するしかないと納得してくれるはずだ。それから彼女の魔法を使い事を収めよう。
瞬動で高音君の後ろをとり、居合い拳ではなく軽い手刀で首を打ち気絶させる。いくらなんでもこれでレベルの差を思い知ったはずだ。
僕の目論見通り、妹分である愛衣君は悲鳴を上げた。
「ああ、お姉様がまた裸に!」
……あれ? 予想した悲鳴と少し違うな。だがその言葉通り、倒れた高音君はなぜか見事なプロポーションのヌードを惜しげもなく晒している。
「タカミチ先生……あなたって人は本当に……」
「待ってくれ、これは何かの間違いだ。僕はそんなつもりじゃ」
「では、どんなおつもりだったら女の子の服を次々と脱がす理由になるんですか」
千鶴君の鋭い追及につい及び腰になってしまう。
「いや、だから元々僕はその男の子を捕まえようとしただけでね」
「ああ、そうや。そいつの相手はこの俺や」
「えー! やっぱりタカミチ先生って男の子も女の子もイケたんだー!」
額に汗して説明しようとする努力が、口を挟む少年と夏美君に台無しにされた。特に夏美君などは「やっぱパルの描いた本は実話だったんだ」と聞き捨てなら無い事を言っている。
とにかくこの混乱しきった現場をどうにかしなければならない。珍しく神頼みをしかけたが、日頃の行いが良かったのか空気を変えるだけのインパクトのある念話が流された。
『生死は問わぬ! 警備員はネギ・スプリングフィールドを捕獲せよ!』
「なんじゃそらー!」
魂からの突っ込みと思える悲痛な叫びが上げられた地点に、全員の視線が注がれる。
そこにいたのは僕をこの学園から追放した元凶であり、自身の故郷の村を破壊した悪魔召喚士でもあり、木乃香君への誘拐未遂犯であるネギ・スプリングフィールド君だった。
叫んだ後もぜいぜいと荒い呼吸をしていたが、こちらがじっと彼に注目しているのに気がつくと、しゅたっと右手を上げた。
「は、はろ~」
「「「ハロー」」」
「じゃ、そーゆーことで」
「「「ちょっと待て」」」
君を逃がすわけにはいかないんだ。主に現在の僕の立場の為に。