葱丸side
花火大会のクライマックスのような爆発音が響く中、麻帆良学園に一歩踏み入れて、いざ作戦行動開始だ! と拳を握り締めた。ここから俺の世界征服計画は幕を開けるのだ。
掛け声でもかけようかと気合を入れて振り向いた先には、なぜか巫女姿の眼鏡美人とゴスロリドレスの少女しか存在しなかった。
あれ? 男性陣のお二方は?
慌てて左右に首を振ると、そこには右の通りに疾走する小柄な学ラン少年と、左の通りの影へと消えてゆく白髪のブレザー少年が視界に映った。
……え? 何? まさか一歩目でもうバラバラですか?
救いを求めて千草さんに目をやると「あー」と艶やかな長髪をぼりぼり掻きながら「あいつら小学校中退やし、団体行動が苦手みたいやね」と何かを悟った表情で俺に対して首を振る。
「いや、団体行動が苦手ってレベルじゃないでしょう。ここまで早く作戦が崩壊するとは思いませんでしたよ。
すぐに彼らを呼び戻してチームを組み直さなければいけませんね」
すると不思議そうに目を見開いた月詠さんが、
「作戦が崩壊ってなんやの~、確かうちらはここに入ったら勝手にしてええんと違いましたか~?」
「……つまり、勝手にしろと言ったから彼らは勝手にしてると?」
「そうなんやない? ま、うちも勝手にするつもりでしたし~。ほな、またな~」
フリルの付いたスカートを両手で摘み、ちょこんと膝を折る。そのまま「♪辻斬り 辻斬り 楽しいな~」と鼻歌に合わせて正面の道へスキップして進みだした。
あああ、こいつら協調性がゼロだ。歩道にうずくまり、頭を抱え込みたくなったがそうもいかない。
彼女には俺のボディガードをしてもらわねばならないのだ。
なぜならば今俺はここの小学校の制服を着た『鬼斬 葱丸』ではなく、戦闘があっても耐えられるだけの装備を身に付け、髪や瞳の色も本来の姿に戻した『ネギ・スプリングフィールド』としてこの場に立っているのだから。
この姿ならばたとえ超さんの作戦が失敗しても、『葱丸』の情報は隠しとおせるかもしれない。
だが一方で、『ネギ・スプリングフィールド』は賞金首になっているために護衛役は必要不可欠なのだ。
この月詠は神鳴流の剣士と聞いている、つまり木乃香お嬢さんを守っている刹那さんと同じだ。これほどボディガードに適した存在もいないだろう。
スキップしながら猛スピードで遠ざかる月詠さんに追いつこうと、急いで後を追いながら千草さんに向かって叫ぶ。
「僕も月詠さんと行動を共にします! もし、木乃香お嬢さんか学園長を見つけたら連絡しますから、千草さんはどこかで他の二人と連携がとれないか試してください!」
そして更に脚に力を込めて加速する。まずい、これ以上離されると見失いそうだ。ゴスロリ姿で日本刀をぶら下げている少女が、周りに比較すると地味に埋没しそうな光景がこの学園の異常さを物語っている。
例えばこの大通りにも、まるでダー○・ベイ○ーに率いられた帝国兵の如く隊列を組んで田中さん達が行進している。それを遮るティラノザウルスが田中さんの大きく開かれた口から一斉に放たれるレーザーによって破壊された。
そんな光景に拍手する観客達はすでに洗脳されつくして『家畜化』しているのだろう。ちくしょう『紅き翼』め。俺が彼らを救い出し、もっとまともに再洗脳しなけば。
熱い決意を胸に秘め月詠さんの後を追うが、冗談みたいだが百メートル走で十秒のペースでも、スキップしたゴスロリドレスの少女に追いつけない。
向こうはこっちを相手にしてないはずなのに、ここまで捕まらないとだんだんとむきになってくるな。
もっともっとだ、もっと速く動け俺の体よ。光の速度を超えるんだ! と脳内麻薬がいい感じに分泌され、もうちょっとで『スピードの向こう側』に到達しようとしたときだった。
「あれ~? 葱丸はん? うちについてきはったんですか~」
と背後から声をかけられた。む、いかん。速く走るのに夢中になって月詠さんを追い抜いていたらしい。慌てて踏ん張り急ブレーキをかけた。石畳とブーツからゴムの焦げた臭いと僅かに黒煙まで立ち昇っている。
自分でも時速何キロでてたか気になるが、それよりもまずは追いつかれて小首を傾げている彼女を相手にしなければ。
「え、ええ。月詠さんはお嬢さんも学園長も居場所を知らないでしょう? 僕がサポートに付けば、効率良く標的をさがせますよ」
俺の提案にますます傾けた首の角度が大きくなる。
「うちは別にそのお二人を探してどうこうしようって思ってませんよ~。それは千草はん達のお仕事でしょ~、うちはただ『神鳴流』相手に腕を振るいたいだけです~」
……いや、判ってたはずだろ。気を落すな、俺。こいつらが俺の指示に素直に従うと思ったほうが間違ってたんだ。それよりこいつらをどう動かして自分に都合のいい状況に持ち込めるかを考えなければ。
「――桜咲 刹那さん、でしたか?」
「なんや、葱丸はんも知っとったんですか~」
「ええ、京都でお会いした事があります。ちょうど月詠さんと同じくらいの年齢ですよね。
本家からは嫌われているはずなのに、その剣の腕をかわれて木乃香お嬢さんの護衛を任されるまでになった神鳴流の若手では第一人者ですね。もし、月詠さんと剣を交えても結果は判らないんじゃないですか」
彼女の足が止まった。柔らかな笑顔のまま表情筋は一ミリも動いていないだろうに、ストーブが熱を放射しているが如く怒りを物理的に体感できるほどに放っている。
月詠さんは黒を基調に白いフリルをふんだんに使用したドレスだったが、今は身に纏っているのは黒一色にしか見えない。再び歩きだしたが、今度はスキップをしていない。棒立ちになっている俺に一瞥もくれることなく傍らを通り過ぎようとした。
「戦えば結果は判っとる。それを証明するだけや」
余りに低い声に一瞬彼女の物だとは思わなかった。どうやら月詠さんは刹那さんに強烈なライバル心をもっているらしい。こいつは使えるぜ。
「刹那さんはお嬢さんの護衛でしたよね。ならばお嬢さんの元へ向かえば必然的に彼女とも出会うと思いませんか?」
再び彼女の足が止まる。
「どこや?」
「木乃香お嬢さんのクラスはお化け屋敷をしていました。ご案内しましょう」
三年A組のお化け屋敷は学園都市の奥にある女子中学校のエリアだ。そこまで行けば、世界樹までもう少し。月詠さんを案内するふりをしてちゃっかり護衛にしてしまおう。
「ただ馬鹿正直にお化け屋敷に突っ込んでいっても、お客や生徒が騒ぎだすでしょうからすぐに邪魔が入りますよ。
お嬢さんが一人に――まあ護衛の刹那さんは付いているでしょうが――なるまで機会を窺いましょう」
しばらくその場に佇み、暗黒のオーラを漂わせて考え込んでいた月詠さんがシュンと肩を落とした。
「なんでこないに手間がかかるんやろ? うちはただ先輩を斬りたいだけやのに……」
えぐえぐと眼鏡を外して涙目を拭う。えーと、ここで俺はしょんぼりした月詠さん可愛い! と萌えるべきか、いや人を斬りたいだけっておかしいだろ! と突っ込むべきかどちらが正解だろう。どちらを選択してもバッド・エンドへご招待されそうな気がするが。
「と、とにかく田中さん軍団が学園の警備網を麻痺させるまで、もうしばらく待ちましょう。
あ、ほらあそこに占いのお店がありますよ。時間潰しついでに今日の運勢でも占ってもらいましょうか」
「えぐえぐ……葱丸はんの奢り?」
「ええ、もちろん。なんなら月詠さんと僕の相性も占ってもらいましょうか」
なんとか彼女をコントロールできそうだと安堵の息を吐いた。それはまさしくほんの一時の安心だったのだが。
この『紅き翼』に指名手配されている俺の元の姿では、どこから見られているのか判らないオープン・カフェより、テント風の模擬店の方が都合がいい。
模擬店舗のテント入り口のカーテンを開けて、まだ目を擦っている月詠さんの薄い背中を押して中へ入る。
雰囲気をそれらしくするためか、室内の照明はロウソクのみで薄暗く、部屋の中央に置いてあるテーブル付近しか照らしていない。
そこにはロウソクの揺れる炎を反射し玄妙に光る水晶玉と、ボーっと頬杖をついていた占い師が待っていた。お客が来たと気がついた彼女は、まだ幼子のように涙を流している月詠さんに退くこともなかった。
「ようこそ、占い研究部の占いの館へ~」
そう歓迎する占い師の少女は黒く美しい長髪に、人を和ませる笑顔の白いローブを着た女子中学生だった。俺は彼女をよく知っていた。隣の月詠さんも知っていた。ぶっちゃけそこにいたのは近衛 木乃香さんだった。なんでここにいるんですかあんたって人は!
「で、何を占いましょうか~?」
木乃香お嬢さんの質問に、俺達の硬直がとれた。隣の月詠さんと顔を見合したが、すでにそこにいたのは涙目の少女ではなくドレス姿の斬殺魔だった。
「うちが代わりに占ってあげるわ。あんさんの残りの寿命は一秒です~」
「へ?」
「あああ、まずいです月詠さん!」
「お嬢様に手をだすな!」
混乱する場面に叫びと共にいきなり飛び込んできた少女に、月詠さんだけでなく彼女を押し留めようとした俺までがテントごと白刃に真っ二つにされるところだった。
神鳴流の剣士はみんな見境がないのかよ! 神鳴流の師範代よ剣技より自制心を鍛えようよ。
このままではまずい、なし崩しに戦いが始まってしまう。ここは一旦退いて――そこまで思考を進めた時、お嬢さんを背後に庇ったセーラー服の見覚えのある少女が呟いた。
「まさか……葱丸君?」
――バレた! 刹那さんが一目で何年も会っていない俺を見分けるとは予想外だ。せっかく葱丸とネギは別人と偽装していたのに、この赤毛にブラウンの瞳の姿が葱丸とばれてしまったら、身元が割れたも同然だ。
ならば、不本意だがここで始末をつけるしかない。
「月詠さん! お嬢さんは俺が相手をしますから、あなたは刹那さんを処分してください!」
ここに至り、ようやく俺も腹が決まった。大声で月詠さんに殺害命令を出すと、ヘッドセットの無線を千草さんに合わせて叫ぶ。
「千草さん。お嬢さんを発見しました! もう戦闘も開始されました。至急他の連中も連れて応援にきてください!」
邪魔なテントの残骸を蹴飛ばし、刹那さんとお嬢さんが月詠さんに対峙してるのを距離をとって回り込む。その僅かな間に日本刀を武器とする少女達は、輪郭がぼやけて機関銃のような連続音が響くハイスピードの剣戟の応酬をしている。
おそらく、俺の戦闘力では戦闘用改造人間同士の戦いに参加はできない。ならば、少しでも月詠さんの有利になるように動かねば。
幾通りかの戦術を思い浮かべていると、ようやく千草さんからの返事がきた。
「わ、判った。今、二人と連絡をとって……なんやて!? ちょっと、あんたら一体何を……」
ヘッドセットから届く焦った彼女に待ったをかける。
「落ち着いてください! 千草さんが慌てたら連携がとれないじゃないですか。それと、『なんやて』は負けフラグが立ちそうなので言わないでください。それで、どうなりました?」
「……フェイトはんは魔法生徒とインターポールの捜査員、小太郎はんはあんさんが倒したはずのタカミチと魔法先生達とそれぞれ戦闘中やそうや」
「なんやてー!!」