葱丸side
貧乏ゆすりをがまんして、腕時計で時間を確認する。十二時十分前だ、さっきから何度確認しても故障したのかと思うほど針が進んでいない。
これってやっぱり緊張しているんだろうか? 周りはどうかと横目で窺っても、京都から千草さんが選び抜いたメンバーの誰一人として俺のようにそわそわしている者はいない。
それどころか不敵な笑みを浮かべているようだ。平均年齢に突っ込みたい点はあるが、彼らが歴戦の兵との言葉に嘘はなさそうだな。
今俺達は麻帆良学園の正門前で合図を待っているところだ。昨夜の打ち合わせが簡単すぎたのか、作戦が始まるまでは彼らに同伴することになったのだ。
本来ならば、世界樹を使用しての世界中にアジテーションの準備にかかっている超さんにべったりと張り付いていたいのだが、千草さんが「本当に学園内に入れるか保障が欲しい」とのことでいわば人質にされたようなものだ。
まあ、俺は学園の出入りに不自由したことはないし、警備の方もかく乱用に『田中さん』があれだけいればそっちで手一杯だろう。
つまり侵入するのに問題はない……はずだ。
一応念のため確認しておこう。
「最後の確認をしておきましょうか。あと……五分後に作戦開始の合図である爆発音が届くはずです。
それと同時にこの正門の警備装置も無効化されますから、あなた達みたいな無許可の人間でも侵入が可能です。
そして、内部に招き入れた時点で僕の仕事は終わり。あなた達はご自分達の作戦に専念してください。
これから忠告とお願いをしますが、もし気に入らなければ従わなくても結構です。しかし、注意していただけるとより大きな収穫が見込まれるでしょう。
まず、僕達の破壊活動は世界樹を中心としたもので、その多くはサングラスに黒服を着たロボット『田中さん』によるものです。これは無視していればあなた達に向かってはきません。
そしてあなた達の目標が『木乃香お嬢様』か『学園長』かは知りませんが、できるだけ騒ぎを大きくして敵を引きつけていただきけると、こちらの作戦との相乗効果が期待できます」
ずいぶんと虫がいい提案とも思うが、全員が俺の瞳を見つめ返してしっかりと頷いた。
千草side
葱丸はんがなんやら言うてはるけど、うちらには関係あらへんな。こっちはこっちで好きにやらせてもらうで。
文句は言わせへん。葱丸はんの言葉を鵜呑みにしたらアカンとこの前思い知らされたばかりや。
何が『麻帆良の木乃香お嬢はんは替え玉』や! 裏を取ろうと情報を集めても出てくるのは、この学園にいるお嬢はんが本物だという証拠ばかりや。
そんな事している内に、修学旅行中の襲撃計画が間に合わなくなってしまったやんか!
ま、そんな計画を立てていたと上から睨まれる事もなかったから密告はせえへんかったようやけど、全面的に信用するなんてできへんわ。
その為に学園内に侵入するまで付き合わせたんや。
この中にさえ入れれば後はこの子につきあう義理はあらへん。さっさとお嬢はんを連れて逃げさせてもらうで。
この学園の結界はかなり厄介な代物やけど、それが解除されているならば符術による転移は可能や。
つまりお嬢はんさえ捕捉できれば京都まで跳べるんや。その為に六百万もはたいて特別製の超長距離跳躍の符と誰も知らん着地点を用意しといたんや。
ま、その符の定員は二名までやから他の者は捨てていかなあかんけど、しゃーないわ。
葱丸もフェイトも小太郎も月詠もそれまでは役に立ってもらうで。
頑張りぃやあんたら。うちらが脱出するまででええし、それから後は知らんけど。立派に捨石としての務めを全うせんとあかんで。
真剣に手筈を確認する葱丸に「成仏しぃや」との内心を押し隠し頷き返した。
フェイトside
やれやれ、なぜ僕が葱丸君の作戦に従わなければいけないのかね? そんな理由なんてどこにもない。
正直に言えばこの学園内に入ることすら、僕にとってはさほど難易度の高い作業ではない。
しかし、無理に侵入すれば必ず警備に気づかれて騒ぎになってしまう。そんな状況ではうまく目的――明日菜姫を手に入れられるかは五分五分の賭けになる。
ならばもうしばらくは大人しくしておこう。
なに姫の確保に成功さえすれば後はどうなろうと関係ない。東と西が争いあって共倒れにでもなってくれようが結構だ。
僕達『完全なる世界』の目指すものは、この日本の東西のいさかいなんて小さいものではなく世界を終わらせることなんだから。
その為にも明日菜姫は是非とも必要だ。
他にも月詠なんかもこちらの陣営にスカウトしたい人材だ。小太郎や千草は扱いづらそうだから今日で消えても惜しくは無いのだが……。
そして問題なのが葱丸君だ、未だに彼という人物が把握しきれていない。
あのサウザンド・マスターの血を引いているというだけでスカウトする価値は十二分にあるのだが、彼の目的がなにか理解できないため仲間に加えるには不安がある。
やはり、姫を入手したら禍根を断つためにも、葱丸君には永眠してもらうのがいいだろう。
タカミチを破り、ヘルマンの魔の手も退けたとなると尋常な実力ではないが、今の僕のボディを使い潰す覚悟で戦えば負ける要素はない。
なにしろこちらは最悪でも相打ちでいいのだから。新しいボディができるまで多少の不便をかこつが、それだけだ。
とりあえず、葱丸君や千草に協力するふりをして明日菜姫を探す。
見付けたらすぐに眠らせて魔法界へと転移させる。それを終えてやっと後始末――葱丸君や千草に小太郎などの処理となる。
葱丸君がこの麻帆良祭で何をするつもりだったか興味はあったのだが、どうせそれは遂行されることのない運命だったようだ。
もうしばらくで、さようならだね葱丸君。そう一人ごちながら彼の瞳に笑い返し頷いた。
小太郎side
くっくっく、面白くなってきたで。こんどのヤマはごっつい危険な香りがするやんか。
オレの経験で似たものを探すと、西洋魔法使いの賞金稼ぎグループに追い詰められた時とに感じた、血と火薬の混じったツンと鼻に突き刺さる臭いや。
ただしあの時以上に危険を知らせる臭いは濃厚だった。――まだ敵陣に侵入さえしていないのに!
体が小刻みに震えて乾燥した唇をなめて潤す。これはビビッてるんやない、興奮して武者震いしてるだけや。
他のみんなは、ちらちら腕時計に目をやる葱丸以外はいつもとまったく変わりが無いな。
特にフェイトと月詠の二人は神経が太いんじゃなくて、無神経で鈍いだけやないか? と眉に唾をつけたくなるほど無表情とにこにこ顔を崩さない。
こんな奴ら正直苦手や、金に困らんかったら組みたくない奴らだけど、そんな贅沢言える身分でもないしな。それに、これまでもっと気に食わん奴らとも面白ない仕事をさせられた事も腐るほどあった。
ま、こんな面白そうなヤマに呼んでくれただけでもラッキーや思う事にするわ。
日本における西洋魔法使いの本拠地『麻帆良学園』か……ここで大暴れできるなんて自分の力を計る最高の機会や。
本場の西洋の魔法使いがどんなもんか確かめさせてもらうで。オレがこれまで倒してきた魔法使いとやらは、接近してドツキ合いに持ち込めばすぐ「助けてくれ~」と泣き出す奴らばかりだった。
ここには『マギステル・マギ』や『紅き翼』や『魔法先生・生徒』がぎょうさんおるらしい。あ、『紅き翼』のタカミチ言うんは葱丸にやられたんか。
それでも戦う相手に不自由はせんやろう。
いつのまにか震えが止まり、唇から自慢の牙(犬歯やない!)がのぞく。
早くオレを戦わせろや! 我慢していないと勝手に獣化が進行しそうや。たらたらと続く葱丸の演説に耳が引くついた。
やけに真面目になって念を押す葱丸に対して苛ただしげに首を上下させると、ふとこいつの戦闘能力に興味が湧いた。……『紅き翼』のタカミチよりも強い言うてたな、こいつ。
オレ達の戦闘前の態度に満足げな葱丸を観察する。今はこいつの言う事を聞かなあかんけど、歳も同じくらいやしこれからもかち合うことは多いやろ、どっちが上かきちんと決めとかんとな。
「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」
月詠side
葱丸はんがごちゃごちゃ何やら言うてますな~。うちには関係あらへんけど、ちっこいのに頑張りやさんやな~。こんなちびっこいのに『紅き翼』のメンバーを倒した言うけどほんまかな~? ちょっと試してみたいわ~。
でも、もうちょっとの間は我慢です~、この学園内に入ったら思う存分人を斬っていいんやから。
最近は稽古ばかりで実際には人を斬ってへんから、腕がさび付いてきたようで嫌な感じやね~。妖怪なんぞを斬るのもええけど、やっぱり日本刀は人を斬る為の物やから長い間斬ってないとこっちもさび付いてしまうわ~。
だから、今回のお仕事ではたくさん人を斬ってええみたいでうきうきや~。
特に嬉しいんが、敵に神鳴流の剣士が二人もおることでそれが『桜咲 刹那』と『葛葉 刀子』のお二人や。
他にも西洋魔法使いの獲物はようけおるみたいやけど、やっぱり『真剣勝負』は剣士同士でないとできへんし、この二人はうちが貰うて他はお任せにしよ~。
みんなには迷惑かけるけど、うちがあの二人を斬れば結果オ~ライやな~。うんうん。
一人で頷いていると、葱丸はんがこっちを見ているのに気づいてサービスにようけ頷いてあげた。こくこく。
なんでか知らんけど、彼も首をこくこくとすると安心したように微笑んだ。やっぱ可愛らしいわ~。
そこに、小太はんがこっちは可愛らしくない三白眼で葱丸はんを睨みつけた。
「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」
ナイスアイデアや小太はん。
「それなら、うちも参加します~」
葱丸はんは隠しているつもりかもしれんが、間違いのう『ネギ・スプリングフィールド』や。それでなくともタカミチはん以上の強さと聞き興味があったのに、英雄の息子とやらがどこまでやれるか楽しみやわ~。
この戦いが終わってもまだお楽しみが残ってるんや。この作戦ははほんまにええお仕事やな~。
葱丸side
全員がしっかりと俺の目を見つめ返したのに口元が弛む。む、いかん、真面目な表情を作らなければ。しかし、これだけチームが一致団結していれば作戦の成功の可能性はかなり高いのではないか。
それはおそらく木乃香お嬢さんの誘拐か東のトップだとかいうここの学園長の暗殺だろう。普通に考えれば無謀なミッションだが、超さん率いる『田中さん軍団』による混乱中ならば不可能ではない、ましてやこんなに心を一つにしているチームであればやってのけるかもしれない。
物騒な事この上ないが、まあ他人事だしほおっておこう。
それよりも俺は早く超さんのほうに合流しなければならないのだが……。
また時計に視線を走らせるがあと二分だ。そんな時に犬耳をつけたコスプレ学ラン少年が空気を読まずに俺に牙をむき出して申し出た。
「それじゃ、葱丸。今回のヤマが無事に終わったら一遍オレと試合をせぇへんか?」
「え?」
「それなら、うちも参加します~」
い、いや小太郎君よ「今回の事件が終わったら……」とか言ったら危険なフラグが立っちゃいそうじゃないか! 月詠さんもそんな目を輝かせて賛成しないでも。
千草さんこのバトルマニア達どうにかしてください。冷や汗を流す俺から困惑の雰囲気を読み取った千草さんは、さすがに大人の女性らしく二人をたしなめた。
「こら作戦の直前に無茶いいなさんな。葱丸はんも弱ってるようやないか、な?」
と苦笑いを見せる。
「そんな試合の申し込みなんか、作戦が終わった後の打ち上げででも頼んだらよろしおす」
……え? 打ち上げとかあるの? 要人誘拐の後に? 思わず間抜け面をさらした俺に、眼鏡を光らせて千草さんが追求する。
「何や、葱丸はんは打ち上げに参加せぇへんつもりかいな……それともこの作戦が失敗するとでも?」
「も、勿論参加しますですよ」
と答えてしまった。まずい……死亡フラグに巻き込まれてしまった。こんな事ならお払いでも受けてくれば良かったかな。
……いや、俺にはまだこれがあった。備えあれば憂いなしってのは本当だな。
リュックから取り出した『親父の形見』の幅広でチタン製の防弾性にまで優れたライターを左の胸ポケットにしまう。ちょうど心臓をカバーする位置だ。
この『親父の形見』ってのは麻帆良のフリーマーケットにあるブランド名で、このライターを身につけておくと絶体絶命のピンチに陥っても「親父の形見のおかげで助かった」例が数多く報告されているらしい。
凄いぜ、麻帆良のフリマは! 今日から傭兵になろうと決心しても銃火器以外は一通り揃えられるそうだ。
俺も身につけたプロテクターなど他にも幾つか購入はしてあるが、願わくば使うような状況にならないことを……。
ふうと吐息をつくとまた腕時計を確認する。む、あと十秒も無い。
「皆さん、突入の準備はいいですね。それではカウントダウンを始めます。
五・四・三・二・一……」
ズズンと地響きと重低音が腹に届いた。
「スタート」