ネギside
今の俺はやつれたというよりすさんだ顔をしているだろう。前回の警察署におけるテロ事件からさらに三日過ぎ、ようやく俺はインターポールのウェールズ支局にたどりついた。
その間組織に見つからぬよう、人目をしのんでいたのだ。もちろんご飯など食べられない、カツ丼以来絶食中だ。
さまよっている間に色々考えたのだが、やはり俺一人ではどうしようもない。秘密組織に対抗するには公的機関が一番だが、警察は頼りにならないことがわかっている。そこで、思いついたのがインターポール(国際刑事警察機構)だ。
世界中に対するネットワークは警察以上だし、『紅き翼』に対する情報漏洩は証人保護プログラムで対抗することにする。
FBIで有名なこのシステムだが、インターポールでも似たような証言者を犯罪組織のお礼参りから守るためのシステムがあるらしい。その一番の要点は証言者がどこにいるかわからなくすることだ。秘密組織に追われる俺のためにつくられたようなシステムだ。
もちろん、この証人保護プログラムを受けるためにはそれなりの価値を持った情報を示さねばならない。俺は取調べ官に話すべきことと、口外できないことを頭の中で選別しはじめた。
さすがに自分が改造人間らしいということは秘密にしておかねばならない。へたしたらここでも人体実験されてしまう。したがって、話すべきなのは最初の村と研究所が焼き払われたことと三日前の警察署のテロ事件だ。どちらも俺は巻き込まれただけで、タカミチが悪いんだとアピールしておこう。
取調べ室に入ってきた大柄な白人男性を立ち上がって迎えながらそう整理していた。
「……なるほど、君はこの一週間以内に二つの重大事件に巻き込まれたというんだね」
礼儀正しく許可を求めてからタバコを吸い出した取調べ官――ジョンと呼んでくれと名乗った男は背伸びをした。表面上はひょろっとした長身でありながらあまり頼りになりそうに無いタイプだが、俺の話しに時折挟み込まれた質問は全て的確なポイントを突いていて、隙をみせたら俺の秘密まで暴かれそうな鋭さをもっている。
「本来なら『失せろ』って放り出さなきゃいけない立場なんだよなぁ」
と続けてぼやく。なぜだ? と訝しげな視線に気づいたのか、タバコを灰皿にねじりつぶして説明した。
「君の言っている、火災にあった村とテロにあった警察署のどちらも公式には確認できないんだ。ちなみに電話で聞いてみたが三日前の事件はガス管の老朽化による事故で決着しているし、その日は迷子も眼鏡を掛けた東洋人も記録上はゼロになってるね。つまり、僕からしたら君が嘘つきになるわけだよ」
顔色を変える俺に対して苦笑して「待て」と掌をあげた。
「本来ならって言ってるだろ、僕が担当官になってネギ君は運がよかったんだよ。他の職員じゃ信用してもらえなかっただろうけど、僕の個人的な情報網はそれらしき事件があったことをキャッチしている。まあ、表ざたには出来ない程度の信憑性しかないけど信じるよ。何しろ僕は……」
意味ありげに言葉を区切ると、前髪をかき上げて微妙にポーズをとりながら宣言した。
「Xーファイルの元メンバーだったからね」
「……あの、X-ファイルってなんですか?」
俺の質問に「知らないの!」と心外そうにジョンは応じた。彼の説明によると、FBIの中にある課の一つで超常現象を対象に捜査する部署だったらしい。そんな経歴をもっているのなら、俺の話しを真面目に受け取ってくれるかもしれない。だが、全てを相談する前に彼の言葉は続いた。
「最近は一日に何十回もUFOをみつけられるようになったんだけど、なぜかFBIから外部にでるように進められてね……」
ちょっとさびしそうにうつむく。――やっぱり相談はやめとこう。
「友達と一緒に、ほうきに乗った美少女型のUFOを見たのが最初だったんだけど、僕以外はみんなその記憶をなくしていたんだ。僕自身その後の事ははっきりしないんだけど、あれは絶対UFOを見たから記憶を消されたんだよ」
そう言えば、UFOの秘密を守る組織でメン・イン・ブラックっていうのがあるって噂を聞いたことがあるな。でも、ほうきに乗った女の子なんて非常識すぎるぞ、まるで魔女っ子じゃあるまいし見間違いだろう。やはり、身元の保証をしてもらう以外のことは期待しないほうが良さそうだ。
そんなこちらの内心を読み取ったのか、唇の端に皮肉な笑みをのぞかせる。
「ま、そんなに露骨に失望しなさんなって。信憑性を問わなければ流れてくる情報もあるんだから……例えば『紅き翼』の事とか」
ジョンはウィンクした。俺は驚きのあまり体が硬直する。まだ『紅き翼』のことは一言も喋ってないぞ! なんでジョンはその名前を口に出したんだ?
「ふふ、君の反応で確信できた。『紅き翼』がさっき言っていた事件やその後始末に関わっているらしいが、確証がなかったんでかまをかけさせてもらったよ」
そういうことか、内心で舌打ちする。ポーカーフェイスの技術を磨かねばいけないな。そんな俺に少し居住いを正してジョンが語りかける。
「この『紅き翼』などに関する情報は正直な話、噂と誇張が多すぎるんだ。やれ一人で山を崩したとか数人で一国の軍を壊滅させたとか、とても信用できない情報が多すぎる。比較的信用できそうなのは百万ドルの賞金がかかった連続殺人犯を捕まえたとか、国際的な犯罪組織をつぶしたとかだな」
「意外ですね……まるで、正義の味方みたいじゃないですか……」
ジョンの説明に少し『紅き翼』に対する認識が変化した。俺が自分の考えを修正しようかと迷うより先に、きっぱりと否定された。
「いいや」
ジョンが断言した。
「こいつらはあくまでも凄腕の始末屋にすぎない。いくつもの組織をつぶしているが、なぜ彼らがその犯罪組織を知っていたと思う? トカゲの尻尾きりだよ。『紅い翼』が通った後はぺんぺん草も生えないほど破壊されている。廃墟になったアジトを捜査しても彼らとのつながりを示す証拠はおろか、やられたはずの組織のボス達までまるで魔法でも使われたように記憶を失っている。――ちょうど今回の警察署テロ事件のようにな」
俺は頷いた。記憶の上書きは実験段階だが、短期的記憶を消すのはすでに実用段階に入っているらしい。おそらくジョンさんも空飛ぶ怪人か何かを見て記憶を消されたんだろう。
とにかく相手は大きすぎる。遠回りに見えるが、情報を蓄えて証拠固めをじっくりするべきだろう。
しかし、それはジョン達の仕事だ。俺はまず日本に帰り、自分の故郷がどうなったかを確かめねばならない。俺は家族のいない一人ぐらしだ――おそらくそれが拉致するのに都合がよかったんだろう――が、友達はいたし、遠縁の親戚や借りていたアパートなどどうなっているか気になる。
俺がそう告げると、ジョンはちょっと力なく同意した。
「そうだね。君が日本へ行きたいと言うなら証人保護プログラムの規定に従って、適当な戸籍とパスポートを用意して日本へ出国させるよ。本来ならここに残ってほしいけど、四歳の子供にそこまで無理はいえないよ……ところで君本当に四歳?」
苦笑しながらもすぐに手配しようと確約した。
タカミチside
ネギ君を警察署で見失ってから四日後、僕は空港の喫煙室でマルボロをくゆらせていた。結局ネギ君は見つからず、僕もその任を解かれ帰国するように促されたのだ。
本来なら僕はまだ捜索を続けたかったのだが、警察署の一件で僕をウェールズに置いておくと厄介なことになると思われたらしく、言外に「邪魔だからはよ帰れ」と追い出されたようなものだ。この国を出るまでは魔法による監視までつき、これ以上の面倒ごと起こすならオコジョ妖精への変身の罰も要請されかねない。
身の回りの物にしても、いつもは白いスーツだからと黒いスーツに眼鏡ではなく度入りのサングラスを渡された。前回あまり大規模に人目にさらされたので、少しでも印象を変えてくれということらしい。全く面倒なことだ。そう思いつつ甘い煙を肺に吸い込んでいると、さんざん探した後諦めたばかりの探し人を目の前に発見し咳き込んだ。
「ネ、ネギ君?」
咳の音を耳にしていたのか、ネギ君とその傍らに立つ白人男性がすばやく向き直る。二人はこちらを確認すると顔を引きつらせた。
「怪人デスメ……いや、怪人デスサングラス!」
「こんなとこにもメン・イン・ブラックが!」
……二人とも何を言っているんだろう。頭痛を感じるがこのチャンスを逃すわけにはいかない。獲物が自分からやってきてくれたんだ。思わず実力行使をして捕まえたくなるが、騒ぎを起こさないよう監視されていることを思い出して出来るだけ友好的に話しかけた。
「ネギ君、何か誤解があるようだね。少し落ち着いて話し合いをしないかい?」
ネギ君はちょっと迷うそぶりを見せたが、隣の男をちらりと見上げてうなずいた。
「フライトの時間が迫ってるのであまり長くは出来ませんが」
フライト? ネギ君はウェールズから出国するのか? そんな情報初耳だぞ。焦りが胸中をよぎった。そんな僕の先手を取るようにネギ君が尋ねてきた。
「『紅き翼』の目的はなんですか? やはり秘密結社らしく世界征服をめざしてらっしゃるので?」
「馬鹿なことを聞かないでくれ! 『紅き翼』は立派な魔法使いとして世界が平和になるように活動してるんだ!」
ネギ君がうさんくさそうに「世界平和? 魔法使い?」とつぶやいている。僕が「信じてくれ」と力説すると、
「では、魔法を使ってもらえますか?」
と言ってきた。僕のコンプレックスにジャストミートだよ。
「すまないが、僕は魔法を使えないんだよ」
「……へぇ、そうなんですか」
ネギ君の視線が氷点下までさがっている。マルボロからニコチンを補給し話題を逸らすために気になっていたことを尋ねる。悪魔を召喚し村を破壊したのがネギ君か否かだ。
「ネギ君一つだけ確認しておきたいことがある。君はあの村が壊滅した日に罪をおかしたのかい?」
違うと言ってくれ。僕の願いもむなしく彼はかえって不思議そうに返事をした。
「あんなのも罪って呼ぶ気ですか? 何度でもやってやりますよ」
あの悲劇を繰り返す気なのか!? 彼が正気なのか疑ってしまう。
「村の人々がどうなったか知ってるのかい? 心が痛まないのか!」
「悪いのは救助しなかったそっちでしょう。私が手を下したみたいな言いがかりをつけないでください」
あくまでもネギ君は自分の非を認めようとはしなかった。
「確かに直接手を下したのは呼び出された悪魔達だが、ネカネ君まで犠牲になってるんだぞ!」
「だれです、それ?」
唯一の肉親のはずのネカネ君までも切り捨てているのか……。もはや肉体言語――拳で語るしかないだろう。指に挟んでいたマルボロを唇に移し、両手を勢いよくポケットに突っ込んだ。
ネギside
ジョンに連れられて空港へと出かけた。ここまで彼と出会ってからたった一日しか経過していないことを考えると、想像以上にションはやり手なのかもしれない。日本へ帰りたいと言ったらパスポートに新しい戸籍など即座に準備されていた。まるで、未来の猫型ロボットのようだ。
スムーズに物事が進行すると鼻歌も出ようってもんだ。俺がコブシを効かせた「津軽海峡冬景色」をがなっていると、なんとなく気になる咳の音がした。
無意識の内に振り返り咳の主を確認すると、そこには黒一色に服装をチェンジしたタカミチがタバコを手に咳き込んでいた。デスメガネからデスサングラスへレベルアップしたらしい。
「こんなとこにもメン・イン・ブラックが!」
あんまり馬鹿なことを言うジョンにかるく目配せをし、応援を至急呼べとアイコンタクトをとった。そして素直にタカミチの要求どおり話合いをすることにした。この空港内ではさすがに一般人が多すぎて、出来れば大惨事になりかねない戦いは避けたい。
そんな思惑もありタカミチの話に乗ったのだが、彼が言うには『紅き翼』は世界の平和を守るために戦う正義の集団らしい……人体実験はするけど。そして彼らは怪人ではなく魔法使いらしい……彼は魔法がつかえないそうだが。
こんなヨタ話で俺を納得させるつもりなのか? 表情に呆れの色が表れたのか、逆切れ気味に村がつぶれた日に罪をおかしたのかと問い詰めてくる。罪って何だ? もしかして脱走したことが罪に当たるとでも言う気かよ。
「あんなのも罪って呼ぶ気ですか? 何度でもやってやりますよ」
脱走しなければ死か洗脳かロクでもない未来しかない。それぐらいなら何回でも逃げてやる。俺が宣言するとタカミチの顔色が変わった。
「村の人々がどうなったか知ってるのかい!? 心が痛まないのか!」
なんてこった。やっぱり研究所付近の村は、逃げ出した怪人や始末屋によって処分されたらしい。人事ながら可哀相でしかたがない。でも、それを俺のせいにするかぁ。
「悪いのは救助しなかったそっちでしょう。私が手を下したみたいな言いがかりをつけないでください」
俺に逃げられた見せしめに全滅させたのかもしれない――その想像はしたくなかった。
「ネカネ君まで犠牲になってるんだぞ!」
「だれです、それ?」
ふんふん、『紅き翼』では下級怪人を悪魔と呼んでるんだなと話を聞いていたら、いきなり知らない人名を出されて眉を寄せた。いや、ホントに『ネカネ君』ってだれ?
俺が尋ね返すと、タカミチは表情を消して両手をポケットに突っ込んだ。間違いない前回見たこいつのファイティングポーズだ。
応援はまだかと横目で眺めると、ジョンが微かに首をふった。もう少しかかるらしい。
舌打ちした俺の横目に、白髪の学生服を着た少年が映った。
空気を読まないでやってきた少年side
タカミチとおそらくサウザント・マスターの子供であるネギが口喧嘩をしてるのを発見できたのは運が良かっただけだ。
この人形のプロトタイプができたので、試運転がてらデータ採取もかねて『紅い翼』に所属していた戦力評価でAAのタカミチを観察にきたのだが……なんだろうこのカオス状態は。
タカミチもネギも僕の接近に気がついたのかこちらに注意を向けてくる。
「「誰だ?」」
二人の声が重なって僕に誰何をしてきた。まあ、ここはちゃんと名乗って僕の名を覚えてもらうのも悪くはない。
「僕の名はフェイト。フェイト・アーウェルンクスだ」
口上とともに丁寧に一礼する。それを見た彼らはなぜかお互いに指差して叫んだ。
「「こいつの味方か!?」」
……だから何なんだろうこのカオス状態、誰か説明してくれないかな。出来立てのボディの中で一人つぶやいた。