フェイトside
僕達は麻帆良市郊外の目立たないビジネスホテルに逗留している。
本来ならもっと学園の近くに拠点を構えたいが、足でまといのいる現状ではこれ以上の接近はできない。僕一人ならば学園内でさえ侵入するのが苦ではないのだが……。
とりあえず千草の指示に従いおとなしく連絡を待つ事にした。
周りの空気は祭りに染まっている中、じりじりするだけの時間が過ぎてようやく麻帆良祭の二日目の夜がやって来た。
ばらばらに行動していた各自が千草の部屋へと集まってくる。小太郎と月詠などはどこで買ったのか綿飴をなめてお面を斜めに被り観光気分のようだった。
僕達が彼女の部屋へ入ったのは、千草が連絡員を迎えるちょうどその時だ。
現れたのはあるていど僕が予想していた少年だ。ヘルマンからの報告から推測していたが、やはり君だったかネギ君。
千草に会釈をした彼は、周りを見回して視線を僕に固定した。口と目を大きく開けた表情が満面の笑みへと移り、駆け寄ってくる。
「フェイト君! また逢えるなんて、思ってもみなかったよ!」
歓声と共に抱きついてくる。
無意識に避けてしまった。仮想敵の一人であるネギ君にここまで歓迎されるとは思案の外だった。
抱きつきそこねた彼は、床に打ちつけた鼻を押さえて不思議そうに僕の顔を確認する。
「フェイト君……、だよね?」
そのボーイソプラノには不安と疑問がてんこ盛りに感じ取れる。さて、この場合はどんな対応が相応しいだろうか。
僕がデフォルトの無表情からどの表情を選ぶべきか躊躇していると、ネギ君は聞き捨てなら無い事を喋り始めた。
「は!? まさかフェイト君は三人目なのか? 前の二人の記憶をなくして『たぶん、三番目だから』とか『私が死んでも代わりはいるもの』とか言うつもりはないよね!?」
「ネギ君のことは覚えているが、僕を三番目などとよばないでくれないか」
彼の言葉を反射的に強い語調で遮ってしまった。なぜ僕の本名や死んでも代わりがいるのを知っているのか、情報を集める観点からすれば喋らせるだけ喋らせたほうがいいのだが、『三番目』などと自分が呼ばれるのは我慢がならない。
よほど嫌悪感がでていたのか、ネギ君も「あ、すまない」と頭を下げる。
そこまで素直に謝罪されたら追及しづらいか……それにしても、なんでネギ君が僕の本名『テルティウム(ラテン語で「三番目」を意味する単語)』だと知ってるんだろう。
「ネギ君なんで「えーと、お取り込み中えろうすいませんが、お二人は知り合いなん?」……」
千草が余計な口出しをしてきた。彼女は今まで麻帆良における協力者について頑として口を割らなかったのに、その協力者であるネギ君を僕が知っていたら面子が立たないのかもしれない。
そういう目で彼女を観察すれば微妙にいつもより口調が速かったり、額に汗をかいているように見受けられる。
まあ、ここで余り波風を立てるのもよくないだろう。
「ええ、以前にちょっとした事件でご縁がありまして」
「あの時はもうフェイト君とは会えないかと思いましたよ」
とネギ君も大げさに胸を撫で下ろしている。僕の口ぶりに空港での事件はこの場で口外すべきでないと感じ取ったらしい。焦点をぼかした受け答えをしてくれている。
さすがにこの時点で、僕が致命傷をおっても別の体で蘇る人形だということがばれるのは好ましくない。
もしそれが千草などに暴露されれば、間違いなく一番危険な場所で使い捨ての役目になってしまう。そうなれば自由な行動時間など無きに等しい。
「そうか、あんさん達は知り合いやったんか。えろう世間は狭いどすな。
それで三番目とかいうんはどういう意味や?」
「何の意味もありません」
きっぱりと断言する。『完全なる世界』で名づけられた本名をここで明かすわけにはいかない。言下に切り捨てられた千草は訝しげな視線を僕からネギ君へと移す。
ネギ君喋るな。なぜ君が僕の本名を知っているのかは置こう。しかし、ここでは口をつぐめ。そう殺気をこめて彼を睨む。
さすがにあからさまな殺気に反応したのか、かれは了解したようだ。頬をかきながら子供だましの言い訳を始めた。
「えーと、なんて言うか、アニメでフェイト君と似た人物がいましてそれが三番目とか十七番目の使徒だとか……」
「はぁ、もうええわ」
疲れを見せ付けるように溜め息を吐いて千草が遮る。まあ、余りに拙く即座に嘘だとばれる程度の話だが、これで意外とネギ君は作り話が苦手なのだと発見した。
空港で一直線にタカミチに殴りかかった事といい、サウザンド・マスターに似ず、いや大戦で造物主に真正面から喧嘩を売っていたから彼に似たのか? 素直で熱血漢らしい。
「それならフェイトはんはともかく他の二人を紹介するわ。犬上 小太郎と月詠や二人とも若く見えるけど、あんさんやフェイトはんと同じく凄腕なのは保証するで。
ほいでこちらがネギ……やのうて鬼切 葱丸はんや。『紅き翼』のタカミチはんを学園から叩き出したほどのお人や。
年も近いようどすし、お互い仲良うしておくれやす」
「よろしく」
とネギ、いや葱丸君が手を差し出すものの小太郎はうさんくさそうにその手を見つめ、月詠はぼーっと彼の立ち姿を観察している。
所在無げに手を戻した葱丸君に月詠がおっとりと尋ねる。
「葱丸はんは魔法界と関東からも手配されとった、ネギ・スプリングフィールドとちゃいますか~?」
「違います!」
「ほんまに~?」
「ほんまにです~」
吊りこまれておかしな返事になっていく葱丸君に小太郎が「ケッ」発達した犬歯を除かせ吐き捨てる。
「英雄の息子かそのそっくりさんかは知らんけど、魔法使いってのは前線に立たずに安全な後ろでこそこそするだけなんやろ。
どっちにしろ気に食わんわ」
不機嫌そうな少年に千草が気になる情報をもたらした。
「葱丸はんはそうでもなさそうや、今日も麻帆良祭で戦って十連勝もしはったんらしいどすな」
全員から「へえ」という視線を向けられた彼は少し迷惑そうだった。
「まあ、そんなこともありましたが大した事でもありませんでしたしね。軽く料理しただけですよ。それより、よくそんな細かいイベントまで調べてますね」
「そりゃこれだけの祭りなら、情報源はいくらでもありますよって。
大した事ないといながらも『無傷の十連勝』『何でもありで華麗に勝利』『マスターの称号は不動のもの』とけっこうな噂になってるようやで」
へえ、流石に今日の葱丸君の動きは知らなかったがそんな事していたのか。犬上君も「何でもあり……バーリ・トゥードで無傷で十連勝か」と葱丸君を見る目が変わったようだ。侮りが消え、警戒が表に出てきている。
同様に月詠も弛んだ雰囲気はそのままだが、瞳は潤みを増して薄い唇を舌がチロリとなめて興奮を表している。
二人のバトル・ジャンキーは葱丸君をお気に召したようだった。
確かに何でもありの戦いで傷一つ負わずに十連勝するのは至難の業だ。ましてや彼は麻帆良学園で身を潜めている立場だ、目立つ魔法など使えば即警備に捕らえられるだろう。
さらに麻帆良では格闘のレベルが高いらしく、一般人にも『気』の使い手がいると聞き及んでいる。
それらの悪条件にも関わらずに『目立たず』に『魔法を使わず』『相手を軽く料理した』とさらりと流せるのは、相応の実力の裏付けがなければ無理な話だ。
葱丸君か……空港で出会った時は魔力が大きいだけの子供だったが、どれだけ過酷な修練と厳しい逃亡生活をしていたのかが窺えるよ。
もしかしたら、僕の宿命のライバルとしてこれから何度も立ち会う事になるのかもしれないな。
そんな予感が作り物のはずの胸をよぎった。
葱丸side
千草さんに連れられて彼女の仲間と顔を合わせた瞬間に、俺は自分の目を疑う事になった。
まさか、彼が生きているとは!
「フェイト君! また逢えるなんて、思ってもみなかったよ!」
突き上げる歓喜に身を任せて、力一杯フェイト君の細身の体を抱きしめようとした。
それが――かわされた。しかもタックルをいなすような鋭いステップワークと体捌きで。
ど、どうしてそこまで完璧な対応で俺との抱擁をさけるんだ?
「フェイト君……、だよね?」
いくらなんでもそっくりさんじゃないよな。一卵性双生児でもここまで似せるのは不可能だろう。いや、それよりも空港で助けてくれた時から五年は過ぎているのに、なぜ彼は成長をしていないんだ?
もしかしてここにいる彼はクローン人間なのか? ならばますます『綾波 レイ』と同じ境遇だ。
「は!? まさかフェイト君は三人目なのか? 前の二人の記憶をなくして『たぶん、三番目だから』とか『私が死んでも代わりはいるもの』とか言うつもりはないよね!?」
そんな台詞聞いたら泣いちゃいそうだ。一つ間違えれば俺もその立場にされたんだからな。そんな俺の感傷は鋼の強さで断ち切られた。
「ネギ君のことは覚えているが、僕を三番目などとよばないでくれないか」
死に臨んでも表情を変える事の無かったフェイト君が心底からの嫌悪感を表に出している。――そうか、そりゃそうだよな。人間を番号で識別するなんて扱いされれば怒るのは当たり前だよな。俺も自分が『ネギ』と名付けられていると知った時は、「俺って一束いくらで売れるんだ?」とグレそうになったもんな。
すまないと心から頭を下げた。するとそこに千草さんが「知り合いやったの?」と口を挟んできた。
むぅ、まさか『僕をかばってフェイト君は命を落としたんです』とはいえないしなぁ。じゃここにいる彼は何だよ? って話になってしまう。適当にお茶をにごして答えた。
千草さんは俺の気のない返答に諦めたのか、溜め息まじりに仲間の紹介に戻った。
「それならフェイトはんはともかく他の二人を紹介するわ。犬上 小太郎と月詠や二人とも若く見えるけど、あんさんやフェイトはんと同じく凄腕なのは保証するで。
ほいでこちらがネギ……やのうて鬼切 葱丸はんや。『紅き翼』のタカミチはんを学園から叩き出したほどのお人や。
年も近いようどすし、お互い仲良うしておくれやす」
「よろしく」
と握手をしようと手は差し出したものの内心は疑念が渦巻いている。小太郎君は学ランを着たいかにも腕白そうな少年で、月詠さんは眼鏡にゴスロリ調のドレスを身に纏った柔らかな雰囲気の少女だ。しかし、いくらなんでも若すぎやしないか? フェイト君の戦闘能力に疑問の余地はないが、この二人はどうみても小・中学生だ。
というか、この部屋にいる人間で一般的に『子供』とみなされないのは千草さんだけだろう。彼女を抜けば平均年齢が一桁になりかねないグループが戦闘集団として機能するのだろうか。
俺の手を握る者は誰も居ずに、なんだかバツが悪い思いをして引っ込める。
うう、確かに疑いの眼差しで見たのけれどそんなに嫌わなくてもいいじゃないか。苦笑いで表面上は誤魔化して小太郎君と月詠さんの警戒心バリバリな態度に不満を持つ。
これだからしつけの悪い子供は……え? 二人とも孤児なの? それじゃ仕方がない……って俺を含めてここにいる全員が親がいないのか。なんだか汎用人型決戦兵器を持つ某組織が仕組んだように胡散臭い状況だな。
ピリピリとした小太郎君とぽやぽやした月詠さん。雰囲気は正反対だがお互いに苦労したんだろう、この年で親をなくした上に実戦をこなせるまで腕を上げるのは尋常な努力ではすまない。
この作戦に乗るくらいだから『紅き翼』に恨みがあるのは想像できるのだが……もしかしたら、この子達みたいにかの組織を狙う野良の改造人間はけっこういるのかもしれない。なにしろ都市を丸ごと組織の拠点にしているんだ、そこからドロップアウトしていく者も少なくはないだろう。
そんな思索を進めていると、月詠さんが「ネギ・スプリングフィールドとちゃいますか~?」などと尋ねてきた。
もちろん肯定できるわけがないが、貼り付けたような笑みのまま何度も質問する彼女に冷や汗が止まらない。
そんな窮地を見かねたのか千草さんが救いの手をくれた。
「……今日も麻帆良祭で戦って十連勝もしはったんらしいどすな」
と麻帆良祭に話題をシフトしてくれたのだ。
「まあ、そんなこともありましたが大した事でもありませんでしたしね。軽く料理しただけですよ。それより、よくそんな細かいイベントまで調べてますね」
俺もこんな事なら口が軽くなる。レトルトを温めるのが軽い料理に当たるのかわからないが、皆が「ほう」と感心した素振りなのがくすぐったい。
「……大した事ないといながらも『無傷の十連勝』『ナンでもありでカレーに勝利』『マスターの称号は不動のもの』とけっこうな噂になってるようやで」
ホントに大した事ないんだけどなぁ。三人のちびっ子の俺を見る目が違っている。もしや、俺におさんどんをさせる気じゃないだろうな!?
かすかな困惑を隠して、俺は明日の計画について語り始めた。
超さん曰く――「十二時の合図の後は好きにやるネ」とだけ。