葱丸side
皆さんは学園祭をどういうものだとイメージしているだろうか?
コンサート、模擬店、展示発表、どれも間違ってはいないだろう。
だがこの麻帆良の地においてはそれらは一つの単語に集約される。すなわち――サバト(狂乱の宴)だ。
俺が京都よりの来客を迎えることができたのは、麻帆良祭の二日目の夜になってからのことだった。
それまでは超さんの計画以上にクラスの出し物に時間をとられてしまったのだ。世界規模のテロを計画中にクラスの喫茶店の準備なんてしてる場合じゃないとも思ったが、超さんの「目立つ行動は避けて、一般生徒に溶け込むネ」との指令に逆らえなかったのだ。
おかげで準備を頑張りすぎた俺のあだ名が知らない内に「マスター」に決定されていた。
ちなみに初日にその喫茶に訪れてくれた知り合いの感想は「まあまあ飲めるネ」「うん、おいしいじゃない。あとは渋いおじ様がいれば完璧ね!」「べ、べつに貴様の顔を見に来たわけではない!」というものだった。
……誰がどの意見かは勝手に想像してくれ。
ちなみにうちのクラスの喫茶店は、客引きのために一時間ごとに料理勝負が開催されている。――うん、今俺に指を突きつけてきた左手にバラを摘んでいるこいつが今回のチャレンジャーだ。
「ふっふっふ、笑止! 喫茶店の看板メニューの一つでもあるカレーがこの程度の物で、我がクラスの喫茶店マスターを名乗るとは、インド人が許しても僕が許さない! 『マスター』の称号を賭けて勝負しろ!」
「……いや、お前に許してもらう必要はどこにもないんだが。
しかし、お前には三日前のジュース代をまだ返してもらってないという用があったな」
「何ぃ!? あれはおごりでは?」
俺達の小芝居にマイクを持った女生徒が割り込む。報道部に所属するアナウンサー志望の女生徒だ。ショートカットで眼鏡に小柄と姿だけは文科系なのに、この盛り上げ役を自分からかってでたツワモノだ。
「おーっと、なにやら揉め事発生ですね! 判ります、『なぜ僕ではなくあいつがマスターに?』、『あいつジュース代払わずに逃げやがった』そんな盗んだバイクで走り出したくなるような怒りはごもっともです。しかし、ここは喫茶店『巌流島』。
遺恨の全てを料理勝負で決着させましょう! この喫茶でのモットー『勝った者が正しい』と学園の標語『死して屍拾うものなし』に従ってオール・オア・ナッシング。『マスター』の称号とジュース代は勝者の手に!」
どうですかー! と観客を煽る。もちろん店内はおろか廊下や外の窓から覗き込んでいるギャラリーも、拍手と歓声でそれを後押しする。
……この学園のノリにも慣れてしまったが、やっぱり標語を選ぶセンスがどこかおかしいよね? そう感じる俺は少数派なのか、俺を置き去りにしてどんどんイベントが進行していく。
「それでは、チャレンジャーの希望により勝負のメニューはカレーに決定です!
制限時間は五分! お互いに用意したカレーを相手に食べさせるだけで、お互いが勝ち負けを決めること。負けを認めないようなあまり見苦しいまねはしないでくださいよ! あ、絶対にお客さんはつまみ食いなどしないように、危険ですよ!」
ざわ……ざわ……ざわ……「たった五分でカレーだと?」「客なのに食えないのか?」「……異端の感性……」
何やら観客が盛り上がっているが、お前らホントに五分で作った料理を食いたいのか? これまでに数回の料理勝負をしてその度に覚える疑問を頭の中から消去する。今回はジュース代百二十円がかかってるんだ、ちょっとは真面目にやらないとな。――そこ、せこいって言うな。
「まあ、マスターの称号なんぞいらんと言うよりもプレゼントしたいぐらいだが、これだけの客の前で負けるわけにもいかないな。
予告しよう、五分後にお前は『なんだとー!』と叫ぶこととなる」
俺の挑発にカチンときたのか、チャレンジャーが鼻息を荒くする。イベントとして料理勝負の時間とメニューは決められているが、勝負は真剣にやるためにこういった心理戦も必要なのだ。
「貴様……、もし僕がそんな言葉を吐いたら負けを認めてやるが、そうでなかったらこっちの勝ちだぞ!」
あれ? 五分五分なら俺の負けですか。返って不利になってしまったな。まあ、いい。我に秘策ありだ。
「では、双方用意はいいですね? じゃ、スタート!」
開始の合図とともに、俺は懐からレトルトカレーを取り出すと沸騰した鍋に放り込んだ。
観客からは「……レトルト?」との声も上がるが、小学生が五分でできる料理に幻想を持つなよ。俺はミスター味っ子じゃないぞ。
しかし、その中でただ一人勝ち誇った笑顔をみせる人間がいた。
「ふっふっふ、やっぱりそれかね! 君がレトルトを使い勝ち抜いてきてると聞き、それは卑怯だと対策を練ってきたのだよ。見るがいい!」
チャレンジャーは見得を切って突き出した手には――やはり同じメーカーのレトルトカレーが。いや、あれは……
「まさか、俺のカレーよりも一個で二百円は高いデラックスバージョン!」
戦慄する俺に向かい「ふっふっふ、貧乏くさいカレーよりデラックスが美味いのは当然だろう。同じメーカーを使用する事によりそれが一層際立つ! 貴様には勝ちはない!」と高らかに哄笑を浴びせる。
くそ、まずい。こいつは奥の手を出さねばならないか。唇をかみしめていると周りからは「卑怯とか言って結局あいつもレトルトかよ」との否定的意見ももれてくるが、このままでは確実に判定で負けてしまう。
そうこうするうちに規定の時間が過ぎた。
「はい、そこまでです! ではまずチャレンジャーからのカレーをどうぞ」
俺に差し出された皿には具沢山のカレーライスが乗っていた。香ばしいスパイスが食欲をそそる香りを立ち上らせている。
うむ。目に見えるミスは無いか。そりゃレトルトを温めるのを失敗する奴はそんなにいないだろうしなぁ。スプーンにルーと白いご飯を乗せて味わった。
「スパイスの調合、野菜の柔らかさ、文句なしだ……」
俺からの賞賛を当然とばかりに胸を張って受け取る。「おーっと高得点の模様です!」「あいつじゃなくメーカーの手柄だろ」と外野の声は耳に入ってないようだ。
「さあ、君のカレーを出したまえ。それとも諦めてギブアップするかね?」
確かにお前はカレーよりも俺の料理を研究し対策を立ててきたようだ。仕方ない本気でお相手しよう。
「このぐらいで喜ばないでほしいですね。そりゃカレーは美味しかったですが、所詮はレトルト。想定内の味で驚きがない。
僕は言いましたよね。君は『なんだと!』と叫ぶだろうと」
「え? 君もレトルトだろ。一体何をするつもりだ?」
「論より証拠! これが僕のカレーです」
ナプキンを被せて隠していた皿をチャレンジャーに渡す。そこにはやはりレトルトから出されただけのカレーと……
「ご飯じゃなく『ナンだとー!』――ハッ!?」
慌てたように己の口を押さえるチャレンジャー。そう、俺はレトルトカレーとナンを組み合わせて提出したのだ。
「『なんだとー』と言ったら僕の負け。そう宣言してたよな」
「く……だが、あれは反則ではないのか!」
「ああ、もしカレーライス勝負だったら危なかったな。だが今回の規定ではセーフのはずだ。――そうだな、審判?」
と確認をとると大きく頷いて両手で丸をつくるアナウンサー。同時に崩れ落ちるチャレンジャー。
よしここで決め台詞だ。
「君の敗因はただ一つだ。君は僕をおごらせた……」
人差し指を顔の前で左右に振って敗者を見下ろすと、実況から勝利のアナウンスがなされた。
「今回のカレー対決はまたしてもマスター葱丸君の勝利です!」
大歓声と拍手が教室を揺るがす。「凄ぇ名勝負だったぞ!」「葱丸の連勝はどこまで続くんだ!?」「というか、葱丸のカレーは一口も食われてないぞ!」周囲の騒ぎは大きくなる一方だ。
俺が尻餅をついているチャレンジャーに手を差し出すと、それらが一際大きくなる。
紙一重の勝利だったが、勝ちは勝ちだ。
「ジュース代よこせ」
そんな風にクラスの活動で忙しくしていたのが良かったらしい。この期間中に増員された警備からは特に目を付けられることもなく、二日目まで過ぎていた。
しかしこれは俺個人に限っての話しらしく、エヴァさんのログハウスの近辺はガザ地区並みの監視がなされているそうだ。
超さんも無数に配置していた機械の『目』と『耳』の大部分を潰されてしまったとぼやいていた。
もちろんこの状況で二人と公然と会うことなど怖くできない。喫茶店での短い会話でしかやりとりはできなかった。
いや、俺も先輩方の催し物は見たかったんですよ? しかし、刹那さんや木乃香さんもいるクラスの出し物は問題外として、特にマークの厳しいエヴァさんと超さんにも接触は避けた方が良さそうだった。
そこで比較的心配のいらない先輩方二人を応援に行った。だが、そこでも俺は感性のズレを意識してしまう。
明日菜さんの美術部のテーマ『芸術は爆発だ!』はいいとして、葉加瀬さんの大学のロボット工学研究会のテーマ『実験は爆発だ!』はマズイのでは……とドキドキしてしまう。
展示してあるのも美術部は常識的な絵画などだったが、ロボット工学研究部は展示してある部品のほぼ全てにドリルと自爆装置が標準装備されていた。特に『ドリル&自爆装置付きのエアバッグ』とは本当に安全性を考えているんだろうか?
しみじみとこの学園は何かに――おそらくは『紅き翼』に汚染されていると実感したね。
これが祭りの二日目までの俺の行動だ。嵐がやってくるのはこれからだった。