葱丸side
「え?」
消滅寸前のヘルマンが最後に残した言葉に俺は首を捻った。
サウザンド・マスターが村の襲撃に無関係だと? 何を言ってるんだろうか、あの男が現場で自白したのは俺が証人である。反論の余地などある筈が無いのだ。
なのになぜこんなデタラメな話を去り際に置いておく必要が……あった。
こいつだ。今の言葉は俺に対してのものじゃなく、袖をつかみ瞳を輝かせて「ほら、ナギはそんな奴じゃなかっただろう」と揺さぶってくる金髪のちびっ子に向けて喋っていたのだ。
エヴァさんの動作は可愛いのだが、返り血で全身が赤く染まっているのがマイナスポイントとなりどうも萌えられない。
しかし、その戦闘能力は悪魔型の改造人間を一蹴するほどのものだ。『紅き翼』陣営が取り戻そうとするのも判らないではない。
それにしても……頭の中を整理しつつエヴァさんと目を合わせる。
「エヴァさんは怖くないんですか?」
「はあ? 何がだ?」
俺の質問に揺さぶるのを止めて「急に話を変えるな」と口をとがらせる。
「いや、話を逸らしてるつもりはないんですが、エヴァさんは部下の死に際までも、自分に有利な遺言を残させるサウザンド・マスターの力が怖ろしくはないんですか?」
「……葱丸よ、どうしてそういう結論がでたのか教えてくれ。ヘルマンははっきりと自分が貴様の村を破壊した実行者で、ナギは無関係だと断言したではないか」
「異議あり!」
人差し指を天に向けて伸ばす。彼女を指差すのは不味そうだからね。
「まず、そこが不自然だと思わないんですか? 彼はこのぐらいでは滅びない、いずれ復活すると言ってましたから、おそらくは再生怪人として蘇るんでしょうが……まあ、そこにも突っ込みたいですが重要なポイントは彼がまだ死んでないって事です。
死ぬわけでもないのに敵に機密を教える? 筋が通らないでしょう。だとしたら彼の残した情報はフェイクだと考えた方が自然です。
つまりサウザンド・マスターがあの事件の黒幕であり、かつヘルマンに対して強い影響力を持った人物であると推理できます」
「……考えすぎじゃないか?」
反論するエヴァさんの表情に少しずつ影が差してゆく。胸中に不安が兆して、俺とサウザンド・マスターのどちらを信じればいいか迷っているのだろう。
ならばここは押すべき場面だと、詐欺師の本能が訴える。かねてからの疑問をたてにサウザンド・マスターへの不審を述べた。
「だいたい彼を怪しい人物だと思わなかったんですか? エヴァさんから話を聞く限りでは、彼は学校を中退して攻撃手段も数個しかないそうですね。それなのにわざわざ『サウザンド・マスター』『千の呪文の男』という異名をもっているんでしょう?
これってストレートしか投げられないピッチャーが『七色の変化球投手』と呼ばれるぐらい変です。
おそらくは『サウザンド・マスター』というのは最初は自称だったんだと思います。
千も攻撃手段がある技巧派と見せかけて本当は数少ない手札での速攻力押し。それを成功させる為にわざわざ自ら大仰な異名を名乗ったのでしょう。
もし、他人が名づけるならそんな本性とかけ離れた二つ名がつくのは不自然です」
「む……確かに『千の呪文の男』というのはあいつに不似合いだな……。
普通は私の『闇の福音』や『人形使い』といった名は体を表す異名がつくものだが」
よし、のってきた。
「つまり彼が情報を使ったフェイクが得意であることは確実でしょう。
その情報の扱いに長けたサウザンド・マスターが部下に『あの事件にはナギは無関係だ』と言わせたってことは……」
「逆説的にナギの関与が肯定されるわけか」
エヴァさんの相槌に俺は頷いた。
「ここで気になるのはヘルマンがわざと消える寸前に喋ったというタイミングですね。さすがにあの後で拷も……ゲフンゲフン、尋問されればぼろがでると警戒したんでしょう」
「……そうだな」
俺の説明に納得がいったのか、うつむきがちに小刻みに頷きながら情報を整理しているようだ。
「そして怖ろしいと言ったのは、これがヘルマンの死に際に吐いた台詞だという事です。つまり、いくら復活するとはいえ部下の死を織り込み済み、いや強制していたのかもしれません」
「まさか、そこまでは……」
「ええ、僕も信じたくありません」
ため息がもれる。気がつくとエヴァさん以外にも明日菜さんや超さん葉加瀬さんが俺の言葉に注目している。
「もし、予想通りなら彼は部下に死ぬ事を事前に伝えて、なおかつそれでも作戦通りに遂行させたという事になります。
まさしく悪のカリスマと呼ぶにふさわしい人物ですね」
頭の中には「ウリィィー!」と叫ぶ某スタンド使いが映し出される。あんな奴と敵対したくはないのだが、俺の中のナギ像はほとんどディ○様とイコールで結ばれている。
「まあ、あの男は全方位にモテモテだったからな」
とどことなくブスッとした顔のエヴァさん。彼女もかなり面白くなさそうな表情だが、それ以上に深刻に落ち込んでいるのが超さんだ。
地面を見つめるとなにやら口の中だけでぶつぶつと呟いている。……かなり怪しいな。明日菜万引き事件……もとい誘拐事件は解決したんだから正直もうさっさと帰りたいんだが、そうもいかないようだ。
エヴァさんと明日菜さんと葉加瀬さんが無言で「お前が様子を窺え」とプレッシャーをかけてくる。男の子だからって俺の扱いがぞんざい過ぎるよ。
「あの、超さんどうかしたんでしょうか?」
「……まさかネギ坊主だけじゃなくサウザンド・マスターにまでタイムトラベルの悪影響が? それに世界を支配してる『紅き翼』ってもしかして私の先祖が魔法を独占している元凶なのカ?
それならいっそここでネギ坊主を始末したら……いや、そうしたらここで死ぬネギ坊主の生まれなかった子孫がネギ坊主を殺すというパラドックスがおこるネ。私にもその結果は予測不能ネ。もう少し時期をみて……」
なんかもれ聞こえてくるだけで俺の死亡フラグがビシバシ乱立しそうな独り言をつぶやいてらっしゃる。
「超さん、本当に大丈夫ですか?」
弾かれたように顔を上げた超さんはキョロキョロと首を巡らして、皆が引いてしまって側には俺しかいないのを確認した。
「い、今の聞いてたカ?」
凄く真剣に尋ねてくる彼女に対して「全然聞こえませんでしたよ」としか答えられなかった。
だってそうだろ? いくらなんでも「僕を殺そうかどうしようか迷ってるみたいですね」とか言えないよな。それこそ口封じも兼ねて殺しのターゲットになってしまう。
「そ、そうカ、いや何でもないアルヨ。ハハハ」
うわ、凄ぇうさんくさい誤魔化し方だ。でも一応は空元気とはいえ調子が戻ったようで、エヴァさんも葉加瀬さんも安心したようだ。
殺人の標的になりかけた俺としてはちょっとぐらいは追求してみたいが、そんな事を言い出せる雰囲気じゃなくなってきた。
それに考えてみれば、世界を支配している悪の組織に狙われているのは昔からだし。今更また命を狙う者が現れたところでそれほど変わらない……あれ、何で涙が出てくるんだろう。
「こ、こらネギ坊主。どうして泣いているのカ?」
「いえ、ちょっと発作的に世界よ滅んでしまえと呪いたくなっただけです」
「あ、ああそれなら大丈夫……なのカ?」
グダグダになりかけていた状況に業を煮やしたのかエヴァさんが「そろそろ帰るぞ!」と怒鳴った。
確かにこんな所にいるよりエヴァさんの家の方がずっと居心地はいいだろう。超さんも「そうネ」と頷いた。
葉加瀬さんも明日菜さんも異存はなさそうだ。それに長居をしては学園側にも騒ぎを捕捉されてしまう。いやまだ見つかってないのがおかしいぐらいだ。
では、さっさとエヴァさんの家に移動しようとして、ようやくスライムがまだのたうっているのを思い出した。あのカラーボールのレシピは『インド人もビックリ』から『スライムでも悶絶』とネーミングを変更しよう。
エヴァさんは指を弾くのと共に小声でなにか呟くと、スライムが一瞬で氷漬けになりそれが粉々になった。まるでその形のガラスを割るのと変わらない手軽さだ。
スライムが砕けると同時にスパイスの香りが辺りに広がっていく、どうやらハバロネ君はまだ元気に頑張ってくれていたらしい。
「これは……カレースライムだったのか?」
?マークを頭上に浮かべた彼女の手際の良さとその敵に対する容赦のなさに内心ビビリながらも、エヴァさんだけは味方につけなければと心に誓った。
もしエヴァさんを仲間にできれば、これほど信頼できる味方はいないだろう。もし、いるとすれば、かつて俺を守ってタカミチと敵対し命を落としたフェイト君ぐらいか……。彼の事を思い出すといまだに胸が痛む。
いや、待てよ。フェイト君と言えばヘルマンと同じ様に死体が光の粒子状に分解されて消滅していたよな。だとすれば彼も復活できるんじゃないのか? 再生怪人としてフェイト君がカムバックしてくれればなによりなんだがな。
しかし、さすがにタカミチと戦った後では『紅き翼』はフェイト君を復活させようとは思わんだろう。やはり期待薄か……。
帰り道で「いいデータが集まった」と喜んでるのは葉加瀬さんだけで、他のメンバーは一つの事件が終わったのに浮かない顔をしている。
エヴァさんは「ナギの奴……」とグチり、超さんは摘んだ花で「ヤル、ヤラナイ、……」と占いをしてるようだ。何を占っているのか知りたくないが生き残る可能性五十%のロシアン・ルーレットをしてる気分になる。超さん君は占いなんかに頼らない科学的な子のはずじゃなかったのか?
常に元気な明日菜さんまで、寒そうに俺のジャケットで肩をすぼめて「今回といい高畑先生といい、渋い中年男に脱がされてるのに全然喜べないわね……」とため息を吐いている。
本当にこの面子で『紅き翼』に対抗できるのか不安が残るなぁ。
この不安は、約一ヶ月後の麻帆良祭襲撃計画にフェイト君が参加しているのを発見し狂喜するまで続くこととなる。