エヴァside
「ナギが……生きてる……」
葱丸からのその知らせは衝撃的だった。今が戦闘の直前だとか、もっと早く教えてほしかったとか些細な事は忘れて、ナギとの思い出が脳裏にプレイバックされる。
本当に生きているのだろうか? あの大戦を終結させた英雄が。あの誰をも惹きつける魅力を持ったカリスマが。あの私を落とし穴の罠にかけニンニク責めにしたあいつが。そして、十五年もの間真祖たる私をこの学園に縛り付けた男が。
……あれ? なんであんな目にあわされて、これほど待たしている相手を気にかけなければいけないのだろう?
「ゴホン、その、もういいかね?」
こちらが悩んでいるのに空気を読まずに声をかけてくる馬鹿がいる。潰すぞ。チラリと視線をやるだけで石仮面じみた顔が一瞬で青白く変化し、腰が引けて口をつぐむ。どこを潰されるか本能的に察知したようだ。
ふん。分をわきまえて最初からそうしていろ。
「それにしても、ナギの奴が生きていたとしたら十五年もの間、私を学園に縛りつけて放置しておいたというのか……。
そんな事あるわけない! それはナギや『紅き翼』が光の当たる場所ではなく、闇の組織というお前の前提にたっている仮説にすぎん。
あいつらは……まあ、一時期『平和の敵』と疑われたこともあったが、立派なマギステル・マギのはずだ!」
無意識の内に手が固く握り締められて、爪が肉にまで食い込むが痛みなど感じない。葱丸の話を受け入れたら私の十五年は無駄だった事になる。
あの男は戻ってこれないのではなく、単に私の元へ来なかっただけということなのか。だとしたらそれは私を裏切ったという事に他ならない。
ナギ……お前は……、
「しっかりして下さい、エヴァさん!」
体を葱丸に揺さぶられた。この少年の父親ゆずりのいつもの人を食った態度が消えて、真剣な表情で私の瞳を覗き込んでいる。
「エヴァさんよく考えて下さい、あなたの知っているナギという人物はあなたを放っておいて十五年も過ごしているような男でしたか?
僕の知っているあの男はそんな事はしません。おそらくは想定外の事件に巻き込まれたのだと思いますが、エヴァさん自身がどうお考えしてるかが一番大切なんです」
はっと我に返る。この『闇の福音』がなにを動揺しているのだ、他人の意見に左右されるのが『誇りある悪』のあるべき姿なのか。握り締めた拳に更に力を込めて、自分に対する喝とする。
地にしたたるほど血が流れるが、この程度で自分を取り戻せるなら安いものだ。
「いいや。私の知るナギ・スプリングフィールドという男は、十五年もの歳月を待たせるような薄情な男ではなかったな」
いかにも同感と言わんばかりに葱丸が頷いた。
「その通りです。あいつがそれほどの時間を与えるとは思えません」
おい、微妙に話が噛み合ってないぞ。
「エヴァさんのような貴重な人材を学園で長年飼い殺しにするはずないでしょう。さっさと洗脳して支配下においておくはずです!」
……貴様らスプリングフィールド一族は私を一体どうするつもりだ? 一遍きちんと話し合わなければならんな。
「さあ、落ち着いたらさっさとそこのヘルマンって奴を倒しましょう。
汎用人型決戦兵器エヴァ出撃です!」
「いや、葱丸よ。お前には後で話があるからな」
こめかみの血管がひくついているのが自覚できる。いかん、ストレスが爆発しそうだ。誰かいい八つ当たりの対象は……すぐ目の前にいるな。
「歓迎するよ。ヘルマンだったか? 貴様とは面識はないはずだが、よくぞ今宵は私のサンドバックになるためにわざわざ来訪してくれたな、感謝するぞ」
「む、あれ? 私の相手はネギ君のはずだが、君は明日菜姫の身が心配じゃないのかね?」
「くくく、豚のような悲鳴をあげろ」
ヘルマンとかいうサンドバックがなにやらあたふたと言い訳しているが、聞かなければいけない義理は私にはない。
「茶々丸、超に連絡しろ。『プランA実行』だ」
間をおかず学園の明かりが全て暗闇に塗りつぶされ、私の全力が出せる闇の世界へ移行した。モニターしていたにしろさすがに超は仕事が速い。張り巡らされた封印が解け、体中に力と魔力が巡りだす。
この感覚を人間で解説すると、凍死しかかった人物が温泉に入れられて体温を回復して生命を取り戻していく過程のようだ……とそんな体験をした奴はあまり多くはいないだろうが。
極上のワインを飲み干した以上の高揚感が満ち溢れてくる。湧き上がる力と共に空へ舞い上がり、踏み潰されるのを待つ虫を見下ろした。
「くっくっく、この私に喧嘩を売るとは愚か者が。仲間のナギの分まで愚行の報いをうけるがいい!
リク・ラク……ええい、省略……
『終わる世界』!」
「いきなり超必殺技かね!?」
驚いたサンドバックの叫びと「ちょ、僕達まで攻撃範囲に入ってます!」とそれ以上に切羽詰った葱丸の悲鳴が響いた。
そして彼の後ろにはなぜかクラスメートが二人もいる。それに気がついたのは呪文を解き放った後のことだった。
葱丸side
エヴァさんの様子がナギの名前が出ると共に明らかに変化した。やはり、自分をハントしこの学園に軟禁している相手に無関心ではいられないだろう。虚ろな目をしてぶつぶつと口の中でつぶやいている。
だが敵を前にしていつまでも呆けているわけにもいかない。俺はやや乱暴に彼女の体を揺さぶった。
「しっかりして下さい。エヴァさん!」
光を無くした瞳に語りかける。
「エヴァさんよく考えて下さい、あなたの知っているナギという人物はあなたを放っておいて十五年も過ごしているような男でしたか?
僕の知っているあの男はそんな事はしません。おそらくは想定外の事件に巻き込まれたのだと思いますが、エヴァさん自身がどうお考えしてるかが一番大切なんです」
弾かれたように彼女は俺を見上げると、力強く反論した。
「いいや。私の知るナギ・スプリングフィールドという男は、十五年もの歳月を待たせるような薄情な男ではなかったな」
うん。あいつはそんなに甘いタマじゃない。
「その通りです。あいつがそれほどの時間を与えるとは思えません」
俺があの村から抜け出したときには、三日後にはウェールズ中の警察署に手配が回っていたんだ。
「エヴァさんのような貴重な人材を学園で長年飼い殺しにするはずないでしょう。さっさと洗脳して支配下においておくはずです!」
これほど戦闘能力に優れた人物を、中学生にして長年の間戦いに使わないなんて宝の持ち腐れだ。兵器ってのは戦場で使ってナンボだろ。
もし『紅き翼』が持て余しているのなら、代わりに俺が使い潰してみせましょう!
「さあ、落ち着いたらさっさとそこのヘルマンって奴を倒しましょう。
汎用人型決戦兵器エヴァ出撃です!」
「いや、葱丸よ。お前には後で話があるからな」
エヴァさんが唇を吊り上げて牙をのぞかせると、ヘルマンへ正対した。よし、これだけ焚きつけておけば戦意は充分だろう。
エヴァさんとヘルマンが会話している最中に、超さんと白衣に三つ編みにした少女の二人組みがそっとやって来た。
軽く目礼を交わすと、超さんが俺に「この子が茶々丸の生みの親の一人で葉加瀬 聡美ネ」と紹介してくれた。なんの為にここに居るのかと尋ねたら、
「この時代の最高レベルの実力者であるエヴァの戦いを見に来たに決まってるネ」
とのことだった。すると何らかの合図があったのか「お、さっそくプランAの発動ネ」とボタンを押した。
同時に周囲から光が消えた。街灯までつくことなく夜の闇を照らすのは、半月の月と星明りのみだ。超さんは「これを今使うと、本番の麻帆良祭では別の手を考えないと駄目ネ」とため息を吐く。おそらくは前回のジョンと同様に送電施設にちょっかいをかけたんだろう。
その暗闇と静寂の中を破り、エヴァさんの体から金属的な高い破壊音が響き、大きく矮躯をのけぞらせていた。
次の瞬間に爆発するかのように彼女の体が――いや実体ではなく存在感が拡大した。サイズは変化していないにもかかわらず、明らかに一回り大きく感じさせる体で、顔を天に向け哄笑する。
「くっくっく、この私に喧嘩を売るとは愚か者が。仲間のナギの分まで愚行の報いをうけるがいい!」
……まるで満月に吠える狼だな。俺が呆然としていると、葉加瀬さんと超さんががん首を揃えてエヴァさんを観察していた。
「あれがエヴァの本当の姿……」
「もう誰にもエヴァは止められないネ……」
あんたらどこの特務機関の職員だよ。などと俺がつっこんでいると、戦況はエヴァの先手必勝で終わりそうな雲行きになった。
膨大なエネルギーがその手に集中していくのが素人目にも判る。あれならヘルマンを倒すのは当然として、半径一キロはクレーターができるのではないかと思えるほどの迫力だ。
……ん? 半径一キロ?
「ちょ、僕達まで攻撃範囲に入ってます!」
エヴァさんの手から爆音と共に圧縮されたエネルギーが放たれた。勿論俺にはなすすべがない。核ミサイルが落ちてくるのを一般人が発見したとして、どんな迎撃ができるというんだよ。
観念して固くまぶたを閉じようとした耳に、焦ったヘルマンの声が届いた。
「あ、悪魔のいや『バカレッドのバリアー』!」
彼も必死のそぶりで腕をかかげてエヴァさんから放たれた怖ろしいほどの力の奔流を受け止めていた。ヘルマンの叫びからもしや明日菜さんの身を盾に使ったんじゃないかと心配したが、そこまで外道ではなかったようだ。
がんばれヘルマン! 君のバリアーで俺達も守ってくれ! 隣の理系少女達は自分達の危険もかえりみずに「凄いデータです!」「この時代の達人たちはみんな無茶苦茶ネ」と喜んでいて役に立ちそうにない。
待つほども無く光と音の乱舞は終了した。『バカレッドのバリアー』が守ってくれたのか俺達やヘルマンを中心にしたステージ辺りは無事だったが、周りはブリザードにあったように破壊されつくしている。
空中に浮いたままのエヴァさんは目を丸くして「なぜ生きてる!?」と驚いているが、あんた俺達まで始末する気だったのか?
それに全員が無傷とはいかなかったようで、うめき声がする方向を探ると明日菜さんの口からもれていた。気遣わしげな視線を送ると、「平気よ」と縛られたまま明らかにカラ元気を張っっていた。
「ペンダントがちょっと熱くなっただけでもう心配いらないわ。
それよりも! バカレッドって何なのよ~! ヘルマンが知ってるってことは学園外にまでそれ広がってるの!?」
さすがレッド、突っ込むところはそこですか。殺されかかった事や謎のペンダントの究明よりも自分の異名を気にするあたりが実にバカレッドらしい。
場違いな感心をしていると、背筋に冷たいものが走った。いや、そんな可愛いものじゃない、下品だがドライアイスの剣でグサリと浣腸されたらこうも感じるだろう。上空から小柄な鬼に睨みつけられていた。
金髪が逆立ち、瞳はサーチライト以上に赤く輝いている。
「葱丸よ、その明日菜のペンダントが邪魔だ。次の攻撃は当てないでやるから貴様が奪い取れ」
「サー・イエス・サー!」
エヴァの命令を反射的に敬礼と共に受諾していた。今の彼女に抵抗するのは得策ではないと判断したからで、べ、別に怖かったからじゃないんだからね! と無意味に一人ツンデレってみる。まあ、明日菜さんも縛られているだけで他に敵はいないみたいだし、エヴァさんがヘルマンの相手をしてくれてたら簡単だな。
……この時点では、明日菜さんを拘束しているゼリー状の物質がスライムという敵であることに、まだ俺は気がついていなかった。
だから三秒後にスライムに丸呑みされたのは、俺の責任ではない事を強く主張しておきたい。