葱丸side
雨の中、傘を差してのんびりとエヴァさんの家に向かう。俺は雨が嫌いじゃない。辺りが静かになるし、クラスメートも外に遊びいこうとに誘ってこなくなる。
インドア派のためスポーツに誘わないでほしいのだが、俺の人間離れした身体能力に気づいた運動部の連中が「一緒に全国を目指そう」とやかましい。
もし、俺が入部したら試合には勝てるかもしれないけど、ドーピング検査には引っかかっちゃうんだよな。なにしろ改造手術には禁止薬物の投与がてんこ盛りのはずだ。
当然入部する事など問題外だ。断固として拒み続けるとようやくあきらめたのか勧誘もまばらになってきた。
その結果、俺にも安息の時間が与えられるわけだ。最近はちょっと忙し過ぎだよな。京都まで行って千草さんと打ち合わせとか、超さんからの指示の雑用をこなすので毎日精一杯だ。
もうじき世界の支配者になる、葱丸様をもっといたわれって言いたいね。
今日はエヴァさんと茶々丸さんが夕食までご馳走してくれるそうだ。寮の食事も悪くはないんだが、久しぶりの豪華な食べ物の予感に昼食は抜いてきました。
「お、ここだったな」
ようやくたどりつき、扉をノックする。この前の俺との戦闘の爪あとは完全に消去されている。エヴァさんの家の窓ガラスが新しくなっているぐらいは驚くまでもないが、爆撃とブリザードで荒野になっていた森が、次の日には完全に復元されていたのには開いた口がふさがらなかった。
この学園にはまともな樹木が存在しないのか? それとも荒事の後始末をする始末屋ががんばったのか? あるいは一晩で森をつくれるシシガミ様でもいるんでしょうかね?
もしいるんならこんな学園よりも砂漠か焼畑の跡地で活動してもらいたいものだ、地球の温暖化と砂漠化が次代の支配者としては心配です。
人に厳しく・地球に優しい独裁者を目指そうと決意を固めていると、扉が開き茶々丸さんに招き入れられた。
「葱丸様、ようこそいらっしゃいました。マスターと明日菜様もお待ちかねです」
「茶々丸さん、こんにちは。ああ、明日菜さんも同席してるんですね」
居間ではエヴァさんと明日菜さんが面白くなさそうな顔で、お菓子を口に運んでいた。
この独特の薬っぽい香りからして、お茶うけは八橋だな。
二人のいる居間に溢れる人形の群れの中から、一体だけチャッキー人形以上の殺気をまきちらしている投げ覚えのあるヤツが混じっているが、視線を合わせてはいけない。
「こんにちは、エヴァさんに明日菜さん。そういえば修学旅行に京都へいかれたんでしたね、お土産ですか?」
俺の挨拶に明日菜さんは「よ!」と手を上げたが、この家の主は視線をよこして「ふん」と鼻息で答えやがった。
そんなエヴァさんを横目で見て、明日菜さんは「気にするな」とばかり上げた手をひらひらと振った。
「こら、エヴァちゃん。いくら一緒に京都に行けなかったのが悔しかったからって、葱丸君にまで八つ当たりすることないでしょ」
と人差し指で彼女の頬を突っつく。子供扱いされたと思ったのか「うがー!」とエヴァさんが吼える。
「だ、誰が悔しいと言った!? 金閣寺も銀閣寺も奈良の大仏も写真で何度も見たことがある! 京都の料亭の懐石料理だって茶々丸に旅行期間中ずっと作ってもらっていた!
まだ紅葉の時期には早いし、鱧と京野菜も旬にはなってないはずだ! 餌を食べる鹿なんてまるで家畜じゃないか! ちっとも羨ましくなんかない!」
旅行コースを完全に把握しているようだ。俺と明日菜さんと茶々丸さんは顔を見合わせた。
「あの、ごめんね。まさかそんなに気にしてたとは思わなくて、これ鹿煎餅だけど食べない?」
「あ、僕も京都に行ってたんですよ。お土産はこちらも八橋ですけど召し上がって、修学旅行のことなんて忘れてしまいましょう」
「すいませんマスター。毎日修学旅行のしおりと地図を読んで『今、あいつらはここらへんか……』と呟かれてましたが、それほどまでに寂しがられていたとは予測不能でした」
茶々丸さんの言葉を聞き、気の毒そうにエヴァさんを見つめると、顔を真っ赤に染めてソプラノボイスで怒鳴りだした。
「お前ら出て行けー!」
「そんな!? 寮の夕食をキャンセルしてきたんですよ。エヴァさんは僕を飢え死にさするつもりですか」
「あたしはいいわよ。木乃香が料理して待ってるしね。それじゃ、またね」
あっさりと裏切って明日菜さんは帰る用意をしてしまう。恨めしそうに見つめる俺に対して面倒そうにため息をつくと、
「エヴァちゃん、あたしは帰るけど葱丸君にはちゃんとご飯食べさせてあげなさいよ」
とフォローをいれてくれた。それでもまだエヴァさんは不満げに口をへの字形にしている。
「葱丸君はまだ小学生で、子供なんだから大目に見てやんなさいよ」
「私からすれば、お前らみんな子供みたいなもんだがな」
ぼそりとつぶやくと、俺に顎をしゃくって椅子を示した。どうやら着席を許されたようだ。
明日菜さんとこっそり笑みを交わしあい、ようやく椅子にすわる事ができた。
「じゃ、あたしはもう帰るわね」
明日菜さんは入れ替わるように立ち上がると、見送ろうとする俺達を押し留めて「またね」と玄関から出て……行けなかった。
ちょうど扉を開けて、こちらに手を振ろうとした体勢から首を顔を右に向ける。
居間にいる俺達からは、扉の影になる場所にうさんくさそうな顔を向け、
「あんた誰よ?」
その問いかけと同時に、突然浴びせかけられた透明な液体に彼女は包まれていた。一言で表現すると『明日菜さんinゼリー』状態だ。
「何事だ!」
俺よりも素早くエヴァさんと茶々丸さんが異変に反応して、玄関にダッシュする。三歩ほどの間合いをおいて俺も続く。金魚のフンと笑うな、用心するのは当然だろ。
外に出た時は、すでに明日菜さんは十メートルは離れている場所で男に抱えられていた。
全身を包んでいたはずの液体は、今は手枷・足枷のように一部分だけになっている。
彼女を小脇に抱えた男は、その黒尽くめの姿からうやうやしく帽子をとり胸に当てて礼をする。
現れた銀髪と彫りの深い顔立ちに走るしわから、かなりのご年配のようだ。
黒いコートを雨と風になびかせて、少女を誘拐しようとしているその姿は映画でよく見るマフィアのボスのイメージそのままだ。
「おや? この家はエヴァンジェリン殿のご自宅でしたか。カグラザカ・アスナとネギ・スプリングフィールドが一緒にいたので、つい手出しをしてしまいましたが、まさかハイデイライト・ウォーカーのあなたまでいらっしゃるとは調査不足でしたな」
誘拐の現行犯であるにも関わらず、屈託の無い礼儀正しい口調で話しかけてくる。
名前をだされたエヴァさんは腕組みをして胸を張ってみせる。そんな格好してもバストサイズは大きく見えないよ。
「うむ、それでこの『闇の福音』を前にしてどうするつもりだ?」
揶揄するように甘い声音で尋ねる。俺にはわかる。猫なで声だが一皮向けばでてくるのは人食い虎だ、こんな時の彼女の相手にはなりたくない。
男もそれを敏感に察知したのか首を振って否定する。
「私の頼まれた仕事は、このアスナ君と君の後ろで震えているネギ君がどれほどの力を秘めているのか調べることで、エヴァンジェリン殿のお相手はいたしかねますな」
「ほう、私の客人をさらっておいてぬけぬけとぬかすものだ」
後方へと距離をとりつつ、男は俺に向けて眼光を光らせた。
「ネギ君。私の仕事は君に対してのものだと言ったはず。邪魔の入らないこの先にあるステージで君を待つ事にするよ。
勿論だが、警察や学園側に連絡を入れたりすると、彼女の身に好ましくない影響があるかもしないね」
優しく礼儀正しく脅迫するとその場から雨に紛れるように消えてしまった。
横ではエヴァさんが「気配で判ったが、あいつ伯爵級だぞ……」と難しい顔で考え込んでいる。
うん。とにかく強そうな雰囲気はあったよね。
それにしても明日菜さん、あなた出落ちが多くありませんか? 俺と顔を合わせたと思ったら、怒涛のように喋った後にデスメガネなり今の誘拐犯なりと去って行く。まるで嵐のような少女ですね。
しかし、学園側に連絡するなと言うからには『紅き翼』とは誘拐犯は無関係なのか? だとしたら、わざわざ俺がでしゃばる必要はないな。
さて、茶でも飲みなおすか。玄関から中へ戻りながら、茶々丸さんに頼んだ。
「茶々丸さん。一杯あったかい紅茶をいただけますか。それと警察と学園側とジョンにも明日菜さんがさらわれたと連絡を」
「はい。かしこまりました」
ログハウスに入り紅茶をリクエストする俺と淡々と受け答えする茶々丸さんに、エヴァさんが訝しげな視線を投げかける。
「おい、あんなのでも一応仲間だろう? 助けにいかんのか?」
「仲間? 誰がです?」
肩をすくめた。手早く用意されて渡されたティーカップからは柔らかな香りが立ち上る。うーん、やっぱいい葉をつかってるわ。
エヴァさんは勘違いをしてるようだ、俺には仲間などいない。明日菜さんにしたって同じ野菜シリーズらしいがまだ顔見知り以上の関係ではない。というより彼女も改造人間の一人なら自力で脱出できるんじゃないかな。
紅茶の味をを楽しんでいると熱い飲み物を飲んでいるのに背筋に冷たいものが走った。まずい。エヴァさんの機嫌が急速に悪化している。
なぜだ? まさか明日菜さんを見捨てるつもりなのがお気に召しませんか?
まさか『闇の福音』と呼ばれ、元六百万ドルの賞金首がそんなに甘いはずないのだが。
頭が高速回転して思考が巡る。大前提として俺達は仲間じゃない。従って俺と明日菜さんは仲間じゃない。だから俺が明日菜さんを見捨てても問題ない。うん、三段論法にも適っている。
しかし、エヴァさん視点からしてみると、俺達は仲間じゃない。従って俺と明日菜さんもエヴァさんも仲間じゃない。だからエヴァさんが俺を見捨てて『紅き翼』側についてもなんら裏切りではない。……嫌な結論が出てしまった。
こういう時は大前提を覆すしかない。
「HAHAHA、ジョークはこれまでにしてさあ行きましょう! なにしろ僕と明日菜さんとエヴァさん達は固い絆で結ばれた大切な仲間なんですから!」
俺は勢いよく紅茶を飲み干すと、豹変した俺のノリについてこれないのか口を開けたままのエヴァさんに力強く断言した。
「エヴァさん、俺達は仲間です!」
エヴァさんは目をそらし「ま、まあそこまで言うならしかたないか……」と赤く色づいた顔で納得してくれた。
……よかった。俺の演技がワンピースのナミ編のゴム人間のパクリだとばれたら素直に頷いてくれなかったかもしれない。
このまま熱血のノリで押し通そう。そう決意し、エヴァさんの細く小さな手を引っ張る。
「さあ! 仲間を助けにレッツ・ゴーです!」
エヴァside
……仲間か。私の手を握り駆け出した少年に思いを馳せる。
この私に面と向かって「仲間だ」と言ったのはこいつが初めてだな。
あのサウザント・マスターでさえも、保護者ぶった事はあっても仲間に受け入れてくれた事はなかった。ヤツの仲間とは『紅き翼』のメンバーだけで、他の人間は救うべき対象でしかなかったのだろう。
ふん、この『闇の福音』がずいぶんと見くびられていたものだな。
だがこのネギは、いや葱丸は私を仲間と呼んでもう一人の仲間である明日菜を助けようと走りだしている。
くくく、まるでオママゴトのようじゃないか。元賞金首と現賞金首のすることかね?
でもまあ、そんなに悪い気もしないし付き合ってやるか……。
その、まあ『固い絆で結ばれた大切な仲間』とまで信頼されたらしょうがないよな。女・子供である明日菜を見殺しにするのも信条に反して寝覚めが悪そうだしな、うむ。
別に葱丸が頼んだから一緒に行くんじゃないからな! そこのところだけははっきりしておくぞ。
……だから茶々丸「マスターがあんなに楽しそうに」見えるのは絶対にバグだからな。録画するのはよせ。