千草side
嫌味なほど約束の時間ぴったりに喫茶店向かいの席に座った葱丸を見据え、人払いの結界を起動させると今週届いたふざけた手紙を指で示す。
「で、これはどういう意味やのん?」
うちなんか、お嬢さんの修学旅行に照準をしぼった襲撃の準備でてんてこ舞いやのに、こんな訳わからん報告よこしよって。
まさか、この子遊んでるとちゃうやろな?
「今週の報告ですけれど」
眉を寄せて落ち着いて答える葱丸に対し、さらに苛立ちがつのる。うち、馬鹿にされとるんか?
「へえ、ほな、あんさんは美少女型のロボットと戦っとる最中に『紅き翼』のメンバーで『デスメガネ』の高畑はんを身ぐるみ剥いで学園から追い出したと。
そして、今現在は未来から来た火星人と共同して学園と戦っとると、そう言うんか?」
「ええ、まあ、事情を四捨五入するとそうなりますね。ただし、未来の火星人というのは彼女の自称ですから確かめる術はありませんが」
うちが信じてない雰囲気をさすがに察したのか「詳しい報告書です」とファイルを差し出した。なぜか一枚目に「インターポール日本支局麻帆良支部」と赤く大書してあり、「アイズ・オンリー」と判子が押してある。これ、そんなにヤバイ書類なん? それとも葱丸が自分にはこんなコネもあると間接的にプレッシャーをかけてるんやろか。
ざっと目を通してみるが、彼の話との矛盾点はないようや。高畑はんが学園を首になったのも事実らしい。
ま、高畑はんほどの大物が異動になったら、すぐに関西呪術協会の方でもチェックが入るはずや。
そんなに簡単にばれる嘘を吐く意味があらへんな、だとするとこの葱丸は実力であの戦力評価AAプラスの高畑はんを退けたいうんか!
対面してコーラを飲んでいる弱冠十歳の化け物から視線を逸らすと鳥肌を立てながら、さらに報告書を読み進める。高畑はんは戦闘に巻き込まれた二人の少女と葱丸との暴行容疑で麻帆良学園を追われたらしい。その少女も大方このイケズの仕込みやろ、ほんま性根がまがっとるわ。
しかし、これで高畑はんを敵の戦力として計算しなくて済みそうや。A組の担任はシスター・シャークティとやらに代わってはるが、うちが知らんいうことは、さほど名が売れてへんいうことや。高畑はんよりは数段落ちるやろ。
他に気になる点は、
「この火星人というタワケモンは信用できるんか?」
「正体は不明だが、協力する価値はあると僕は判断しました」
なるほど、この少年には敵味方の判断を間違うような可愛らしいとこはない。そのぐらいの甘さがあればずいぶんとうちも楽やのに。
あのフェイトとかいうガキもそうやし、最近の子供っちゅうのはほんま末恐ろしいわ。
けど、うちも負けられへん。そんな子らをどう使いこなすかが腕の見せ所や。
「なるほど、あんさんの行動についてはよう判った。でもほんまは手紙のことを問いただすだけとちゃう。今日来てもらったんは……今度の修学旅行での戦争準備や」
葱丸にまずはうちが立案した襲撃計画を説明した。この計画には目的が二つある。
東から西への親書を奪取する事と、木乃香お嬢さんを誘拐する事だ。
その為に、初日と二日目は嫌がらせじみた威力偵察を行い、三日目の自由行動の日に決行する。
そう説明したうちの立案に対する葱丸の対応はなぜか喧嘩腰だった。
「なんなんですか、それは!?」
彼の発する怒気に思わず身を引いていた。膝がテーブルに当たり、グラスが高い音をたてる。
「……すいません、興奮してしまって」
葱丸はしかめっ面を崩さずに形ばかりの謝罪をすると、うちの作戦の全てを否定した。
「この京都での襲撃は意味が無いですね。全てキャンセルです」
「な、なんでや!?」
うちが寝ずに金策に駆け回り、仲間を集めて、ようやっと喧嘩を売れそうな所まできたんやで! ちょっとやそっとじゃ納得できへん。
「まずは親書についてですが、これは周りに内容がばらされて困る性質のものではありませんでしたよね?
極言すれば『仲良くしよう』と書いてあるだけのセレモニーの色彩が濃い親書です」
「それはそうや。だからこそ食い止めなあかんとちゃう?」
「だとしたら別に親書が一通しかないとは限らないわけですよね? 例えば――何十通も用意しておいて、一番最初に西の長が受け取ったものが『本物の親書』となる――といった可能性も考えられます。
この場合、僕らが何通親書を奪ったとしても、公式には『ダミーに引っかかった』ことにされてしまいます」
……それは考えてへんかったわ。もし高畑はんが旅行に同行するなら、十中八・九は彼が所持してたんやろうけど、先生陣が小粒になったさかい余計にわからんくなってしもうた。
「次に、木乃香お嬢さんの誘拐についてです」
そっちも駄目出しすんの? これほど重要な話なのに焦る表情を見せることなく、葱丸はコーラをすすってから口を開く。
「まずは前提条件に疑問があります。僕は木乃香お嬢さんは麻帆良にはいない。つまり、麻帆良に在学中なのは替え玉だと確信しています」
「な、何やて!」
「常識的に考えておかしな点が多すぎるんですよ。今時人質ってのはまあいいとしましょう。
しかし、麻帆良にいる木乃香お嬢さんは裏の世界について何一つ知らないそうですね」
「ああ、そない聞いてるけど……」
「日本を二分する巨大組織の宗家の一人娘。しかも、千草さんのお話によると素質は最高レベルだとか。そんな女の子に裏の技術を全く教えないという事があるでしょうか?
僕にはとても信じる事ができません。
それに警備にしても、呪術協会からついてきたのは脱退した刹那さんだけでしょう?
いくら麻帆良の警備に信を置くにしても警戒心が薄すぎます。しかも、その刹那さんでさえも同室ではなく教室でさえ距離をとっているという始末。
これはもう、囮としか考えられません」
「どういう事や?」
「つまり、本物の木乃香お嬢さんは京都に匿って置いて、麻帆良には顔を同じ様に整形して偽りの記憶を載せた少女を『近衛 木乃香』として入学させる。
この時わざと西は警備に手を貸さないのがポイントでしょう。せいぜいがいつでも使い潰せる刹那さんが自らついていったぐらい。彼女は西でも有名な『木乃香お嬢さんびいき』ですから、彼女が従えば誰も疑わないでしょう。」
「それはそうやけど……」
実際にうちもあの半端もんが、お嬢さんの後をカルガモの子供のようについていくのを当然やと思っていた。
「そして刹那さんには『お前みたいなモンがお嬢さんに近づくな』と無言のプレッシャーをかけているのでしょう。それは木乃香お嬢さんが替え玉だと刹那さんにばれない為の策であると共に、木乃香お嬢さんの単独行動が多くなり囮として一層役に立ちます。
刺客が木乃香お嬢さんを襲っても、警備の責任は麻帆良にある。それを突破されても刹那さんがいる。それさえ超えて木乃香お嬢さんに危害を加えても、本人じゃないんだから見殺しにするでしょう。いや、ことによったら死んでくれた方が都合がいいかもしれません。
西の損失は替え玉と脱退者だけで、東に対しての交渉で大いに優位に立てるでしょうね。おまけに、宗家に対して叛意を持つ実行者を特定できる。
もしかしたら、木乃香お嬢さんが襲われるのを今か今かと待ち構えているかもしれませんね」
恐ろしい。人の命を将棋の駒程度にしか思っていない呪術協会の上の方も恐ろしいが、この幼さでその思考に完全に馴染んでいるこの子の方が寒気がする。
「……うちは掌の上で踊らされてたいうんか……」
つい力なくこぼれた問いに葱丸が冷静に答える。
「正確には、千草さんではなくスポンサーになった方々が標的でしょう。はっきり言って西の現状では、長がこんな策を巡らして数を減らそうとするほどに抵抗勢力が多いのでは?」
無言で頷く。はっきり言って長の方が少数派や。うちがみつけたスポンサーも対東強硬派とはっきりしてたお人やもん。
「では、千草さんも京都の作戦を中止して、僕達の計画に一口乗りませんか?」
急に子供っぽく誘ってきた。一体どんな計画やねん。
長年温めていた計画を実行まえに叩き潰されたショックで力の抜けた体に、葱丸の計画が沁み込んでいく度に力が湧いてきた。
確かに麻帆良蔡の時ならば、結界も薄くなるはず。集めたメンバーと葱丸を加えれば麻帆良に侵攻するのも不可能ではないかも――。
べ、別に葱丸にびびって賛成したんやないで! 勘違いしたらあきませんえ!
葱丸side
ふう、ギリギリで待ち合わせの時間に間に合った。この喫茶店はわかり辛くて遅れそうだったから必死に走って到着したんだ。
なのになぜ千草さんは時計を見て舌打ちしますかね? 「遅れたんだから、あんたのおごりよ!」とどっかの団長みたいなこと言うつもりじゃないっすよね。
俺が注文したコーラが来ると、千草さんは黒いオーラを滲ませながら手紙を人差し指でつつく。
「で、これはどういう意味やのん?」
「今週の報告ですけれど」
そうとしか答えようが無いんだが。あ、千草さん疲れてるんだろうな、目の下には隈があるし肌につやも無い。湯治でも勧めてみようか。
俺が彼女の健康に気を使っているのに、なぜかグチグチと報告書に文句をつけだした。
面倒なのでジョンから無断で借りたレポートを渡す。受け取った千草さんは何度も頷きながら最後まで読み通した。
ちらっと俺を見て慌てて目をそらしたのは、たぶん疲労のせいで八つ当たりしたのが恥ずかしかったからだろう。いや、全然気にしてませんって。
ようやく納得してくれてたのか、彼女は呼び出した本当の理由を口に出した。
「今度の修学旅行での戦争準備や」
は? 何を仰ってるんですか? 呆然としてるうちに説明はどんどん進み、いつの間にか俺も襲撃のメンバーに数えられているのが判明した。
「なんなんですか、それは!?」
思わず怒りの叫びが飛び出した。超さんと協力してやっと『紅き翼』から逃れるどころか、世界を支配できそうにすらなっているのに、なぜ京都の局地戦で命を張らねばならない! 断固として拒否するぞ。
「……すいません、興奮してしまって」
頭を下げつつもフル回転させる。とにかくこの作戦を止める口実が必要だ。不安材料を探せ、無ければでっち上げろ!
「この京都での襲撃は意味が無いですね。全てキャンセルです」
「な、なんでや!?」
なんででしょう? 理由があったら教えてほしいです。俺もどこにたどり着くかわからないまま、千草さんの作戦反対キャンペーンをとにかく喋りだした。
「まずは親書についてですが……」
とにかく思いつくまま話し出す。
「別に親書が一通しかないとは限らないわけですよね? 例えば――何十通も用意しておいて、一番最初に西の長が受け取ったものが『本物の親書』となる――といった可能性も考えられます。
この場合、僕らが何通親書を奪ったとしても、公式には『ダミーに引っかかった』ことにされてしまいます」
うん、親書が何個もあるかはおいといて囮を使うぐらはやるだろう。それよりも強奪に成功なんかしたら――犯罪者になってしまうじゃないか!
俺が何とか隠れていられるのも、賞金がかかっているのが裏の世界だけだからだ。万一強盗として指名手配なんかされたら、こんな変装ぐらいじゃ誤魔化せない。
警察はとにかく人数が多い上、インターポールともつながりがあるためにジョンも頼れない。『紅き翼』ともつながりがあるために逮捕即洗脳開始だろう。
俺は警察を敵にまわす訳にはいかないんだ、今はまだ。
「次に、木乃香お嬢さんの誘拐についてです」
これに反対する理由あったっけ? 僅かでも思考する間を取るためにコーラに手を伸ばす。炭酸でゲップが出そうになるが表面上はクールでいなければ。
「まずは前提条件に疑問があります。僕は木乃香お嬢さんは麻帆良にはいない。つまり、麻帆良に在学中なのは替え玉だと確信しています」
「な、何やて!」
あ、彼女さんが驚くと反対に落ち着くな。それに「何やて」は負けフラグが立つ台詞ですよ千草さん。
つい口からこぼれた『木乃香お嬢様替え玉説』を喋りながら大急ぎで構築せねばならない俺にとって、相手が動揺して自分は落ち着いている事しか有利な点はない。
ここぞとばかり、木乃香お嬢さんについての不審な点を上げ連ねていった。警備が薄すぎるとか、刹那さんとの距離がありすぎるとかだ。
そうすると、いつの間にか話の流れで、学園内にいる『木乃香お嬢様』は顔を整形され記憶まで植えつけられた可哀相な少女ということになってしまった。
くそ……関西呪術協会め、『紅き翼』に協力する組織ってのはみんな腐ってやがる! ……あ、いかん。俺まで自分で作ったでまかせに酔ってしまいそうになったじゃないか。
「もしかしたら、木乃香お嬢さんが襲われるのを今か今かと待ち構えているかもしれませんね」
次第に千草さんの肩のこわばりが抜け、うつむきがちになっていった。信じられないが説得に成功したらしい。俺は詐欺師としても食っていけるんじゃないかな。
「……うちは掌の上で踊らされてたいうんか……」
ええ、今もまさに俺の掌で踊ってくれてます。ついでにもう少し手伝ってくれると有り難いんですが。
「では、千草さんも京都の作戦を中止して、僕達の計画に一口乗りませんか?」
暗い顔をした彼女が小首を傾げると、今度は俺の方から麻帆良蔡に襲撃時期と場所を移そうと提案した。
「麻帆良蔡の時期がベストの選択です。学園外からのお客が多いためにチェックが甘くなる上、戦闘が始まれば学園側はお客の保護に人手をとられます。
こっちは周りの迷惑を考えずに攻撃に専念できます。内部の僕達と外からは千草さん達で理想的な挟撃ができますよ」
まだ、こちらの真の目的が世界樹による全世界への洗脳放送であることは秘密にしておこう。
瞳に力強さと輝きを取り戻した千草さんに、再び同盟の手を差し伸べた。陽動に使える手駒は多いに越した事はないし、千草さんが木乃香お嬢さんを捕まえようが、学園長の暗殺に動こうがこっちの作戦に悪影響はない。
ぎゅっと柔らかな掌に握り返されて、俺以外からもつくづく彼女は『都合のいい女』扱いされているのだろうと思う。
もし作戦が順調に成功して俺が世界の支配者になったら、西日本は千草さんに上げるから恨まないでね。
この勧誘時点では、彼女の仲間がフェイト君や狗族のヤンチャ坊主に神鳴流の切り裂き魔といった交渉のできない面々で、メリット以上にデメリットが大きくなるのは想定していなかった。