ジョンside
「……でこれが麻帆良に送る電力の源ですか」
「ええ、このブレーカーが麻帆良への送電施設の生命線になります」
僕と案内役の作業服の男は、低い駆動音の響く中で巨大なブレーカーの前で立ち話をしていた。葱丸君の依頼に応えるために、麻帆良学園への送電施設を見学していたのだ。
こういった施設への対応にはインターポール捜査員という肩書きが物を言う。頼んだ翌日にはもう見学の許可が下りていた。
簡単に重要な場所まで見せてくれるのはラッキーだが、悪戯防止なのか巨大なブレーカーの右に『触っちゃイヤン』左に『これに触れる者全ての望みを捨てよ』と張り紙があるのがここも麻帆良なんだなぁと思い知らされる。
「では、ここのブレーカーが落ちてしまうと麻帆良は大混乱になってしまいますね」
「ははは、大丈夫ですよ。病院などの一刻を争う重要施設には、バックアップ用の発電機があります。それに年一回はメンテナンスのために大停電を起こしているので、皆さん慣れたものですよ」
「そうですか」
やや安堵して息を吐く。それなら頼まれた通りに電源を落としても、短時間ならばさほど市民生活に影響はないだろう。
「それでは、この施設の警備状況をチェックさせてください」
「ええ、うちの警備は厳重ですよぉ。ほら、目立たないように防犯カメラはあんな風に観葉植物の陰に隠してます。そして警備員の見回りは一時間に二回、わざと半端な七分過ぎと三十三分に巡回してます」
いや……なんだか後日忍び込むのが、後ろめたくなるほど熱心に説明してくれる。潜入しやすいのはいいのだが、よく今まで事件が起こらなかったなこの施設。
軽い罪悪感を無視して潜入の手筈を考えていた。
僕は一通り見学させてもらい、潜入する目星をつけ停電させる計画を作り上げた。あれだけ丁寧に案内されたら失敗する方が難しそうだ。
そして、葱丸君からのもう一つの依頼――情報収集に乗り出した。
とは言っても、インターポール捜査員専用派パソコンの回線で検索をかけるだけだ。それだけで表の情報はほぼ全て、裏の情報もある程度は入手できるのだ。
このインターポール用のサーバがハッキングされたらえらいことだな。
と、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの結果がでたな。
「なになに……五百年以上前に生まれ、数十人以上のハンターを返り討ち……。
元六百万ドルの賞金首で『闇の福音』と呼ばれる……これどこの都市伝説だよ」
余りの荒唐無稽さに頭を抱えてしまう。これじゃこの写真では小学生並みの少女は怪物ってことになってしまうじゃないか。
あ。本当に吸血鬼って書いてあるぞ、信憑性薄いなー。確か吸血鬼は鏡に映らないから、写真にも写らないってジョークがあったけど、彼女はしっかりとクラス名簿にも載ってるしなぁ。
うわ、それに十五年前に死亡ってある。倒したのは――『紅き翼』ですか。
これは葱丸君の言った通りのようだな。おそらくは暴走する彼女の行動をかばいきれなくなった『紅き翼』が、事態を沈静化させるために公式上は死亡扱いにしてもみ消したんだろう。
ため息をつきつつエヴァ君と倒したハンターのナギという男の写真をプリントアウトする。葱丸君にも確認してもらおう。
プリンターから二人の写真を取り、次に打ち込む検索ワードは『バカレンジャー』だ。
今度はヒット数がやけに少ないな。
「ええと『ちうの部屋』内の雑談のところで話題になったことがあるんだな。ではポチッとな」
とクリックする。期待を裏切られて、出てくる情報は断片的で、バカレンジャーの個人を特定するのはちょっと無理だった。しかし、このホームページの主人の長谷川 千雨と同じクラスであることだけは絞り込めた。
三年A組かぁ、エヴァ君といいバカレンジャーといいまともなクラスとは言いがたいな。うん、ちょっと調べただけでもやっぱりこのクラスは中学の二年を通じて成績はほぼ最底辺。問題児ばかりを集めて隔離するクラスなのだとわかった。
ごく一般人で、コスプレイヤーなだけらしい長谷川君には迷惑な話だな。
個性的すぎるA組の生徒名簿をながめて、誰がバカレンジャーなのかを推理する。
……いや、ノーヒントじゃ無理だな。いっその事、勘に頼って当たってみるか。電話での聞き込みなら外れても冗談にすればすむし、僕の勘は鋭いと極一部では評判なんだ。
クラス名簿を睨みつけ、怪しげな人物を特定しようと勘を働かせる。とりあえず、エヴァ君と絡操君と長谷川君は除外して、僕の第六勘が訴えるのは――こいつだ。
携帯からその相手へとコールする。
「もしもし、そちらは超君ですか。こちらはインターポールの……」
葱丸side
今夜エヴァさんの家に出撃することにした。
今日エヴァさんと絡操さんが欠席したと聞き、調子が悪い可能性があることと、ジョンからいつでも停電にできると頼もしい言葉でOKをもらったからだ。ただ続けて「火星人とバカレンジャーにつながる情報を入手できそうだ」と叫んでいたのがいささか不安材料だが。
はやく計画を決行しなくては、あの男は火星人調査へ出発しかねない。
エヴァさんについては不確定な情報が多く、実態はつかめなかったそうだ。数百年生きてるとか、数十人を殺したとかの噂を拾ってきたが、まあロボみたいなもんだしなぁ……。
一つだけめぼしい情報といえば、十五年前にエヴァさんを倒したことになっているのが『ナギ・スプリングフィールド』だということだ。渡された写真で確かめたが、間違いなくこいつは俺の村を壊滅させたリーダーだ。
エヴァさんといいこのナギといい都合が悪くなったら「死んだふり」をするのが『紅き翼』の得意技らしい。このナギも十年前に死亡と記録されているが、俺と会ったのがその後だから明らかにこの記録が偽装されたものだと判る。
スプリングフィールドを名乗っているんだから、俺はおそらくこいつに製造されたんだろう。こいつ俺の改造手術や、証拠隠滅のため村一つを消滅させ、エヴァの死亡偽装による賞金詐取などどれほど後ろ暗いことをやっているんだろう。
だいたい身にやましい事がなければ死んだふりして実は生きてる、とかする必要はないんだから。
まあ、とにかく今はエヴァ戦だけに焦点を絞って考えよう。
手持ちのカードは少ない。俺は結局、自分がどう改造されたかわからずに、オリンピック級の身体能力の他は『稲妻パンチ』以外に必殺技がない。
ジョンが停電させてATフィールドを無効化しなければ勝算はゼロだ。しかし、こちらの策がうまくはまれば電力不足で動けないエヴァさんを『後は止めを刺すだけ』という状態に持ち込める。
身動き一つできない少女に襲い掛かる完全武装の少年……完璧に悪役だな。
勿論そうなるのが理想的だが、実戦ではどんなアクシデントがあるかわからない。
とりあえず、対エヴァ戦よりも以前から、対デスメガネ戦を想定して吟味を重ねていた戦闘用具を身に着け始めた。
まず染めていた髪を赤毛に戻し、帽子の中へたくし込む。コンタクトも外して元の『ネギ・スプリングフィールド』の容姿にした。これで目撃者がいても、エヴァさんを倒したのは『葱丸』ではなく『ネギ』ということに公式上はごまかされるはずだ。
戦闘服としてシャツの上に防弾チョッキを着て、対刃素材のジャンバーをはおる。性能のわりに軽い・安い・暖かいの三拍子そろった優れものだ。こーゆーのをフリーマーケットで売っている、麻帆良大学の科学部は太っ腹だよな。
そして、ジャンバーの袖口と襟元にカミソリの刃を縫い付けておく。漫画にあった小細工だが、襟をわしづかみにするような輩には効果絶大だ。チクチクするのが難点だが、用心するに越した事はない。
できればヘルメットまで被れれば万全だが、さすがに不審に思われるだろうと断念した。
防具はともかく武器の方は寂しい限りだ。大振りのサバイバルナイフに特殊警棒だけ。他には小道具として閃光手榴弾に発煙筒にカラーボール(中身は唐辛子やコショウ・杉花粉を混ぜたもの)と対デスメガネ用の小物をいくつか。
最大の破壊力を持つのが『稲妻パンチ』なのが泣ける。ダメ元でジョンに銃を貸してくれと頼んだが「僕も弾をもってないし……」と落ち込まれた。
いろいろと不安もあるが、今更後戻りはできない。作戦が上手くいくことを信じて見切り発車だ。
目立たないヘッドセット型の無線でジョンに連絡を入れる。携帯は停電になると使えないかもしれないからと渡された物だ。
「ジョン、それでは出発しますが、そちらの準備はいかがですか?」
『OKだ。君の号令があり次第、麻帆良を闇に染めてあげるよ』
まるで悪い魔法使いのような台詞をはく彼を信頼するしかない。
「頼みますよ、停電させるのが作戦の要なんですから」
『判ってるって、せっかく火星人の尻尾をつかめそうなんだ。こんな所でミスをしちゃいられないよ』
「はいはい、この件が終わったら祝杯を挙げた後で手伝いますよ」
ふう、これ以上交信しているといらん死亡フラグを立てそうだな。そんな弱気になりかかる自分を叱咤する。大丈夫だって! 俺の直感はゴーサインをだしている。
春とはいえ、夜になると涼しさより風は冷たさを感じさせる。その冷えた夜気を胸一杯に吸い込んで、肺が空になるまで息吹として吐き出す。
――よし、出陣だ。