※この外伝にはネギま! のキャラクターは出てきません。
※この外伝を読まないでも「改造人間にされたくない」はお楽しみいただけます。
ジョンside
僕は野次馬から現場を守ろうと奮闘している警官に、インターポールの手帳を掲げた。急ぎ足で通路を進み、すばやく黄色いテープをくぐり抜けると事件のあった部屋へと入った。出た。
いかん、僕は血の臭いに敏感なのだ。ちょっと深呼吸して心を落ち着けよう。フッフッハー。フッフッハー。
先ほど通った警官が妙な目でこちらを見つめてくる。野次馬の中からも「生まれそうなのかしら」と意味不明の言葉が交わされている。
よし、リフレッシュ完了。改めて現場の扉を開いた。同時に固形化しそうなほど濃い血臭が漂ってくる。
玄関から一歩も踏み出さずに死体が見える。男女一体ずつ、仰向けになり胸部を大きく切り開かれている。
「おやおや、インターポールのお偉方が、わざわざこんな現場にまで足を運ぶってのはどういう風の吹き回しで?」
皮肉っぽい声を遺体の側からかけてきたのは、僕とも顔見知りの所轄の警部補だった。たたき上げのせいか外様であるインターポールは彼に嫌われているらしい。
「内臓を抜き取られた死体が発見されたと報告があったので、僕の追跡している組織と関係があるのではないかと現場に伺いました」
警部補は眉を跳ね上げ、タバコをくわえたまま薄い唇を吊り上げた。
「ほう、もしよろしければ追っている組織とやらを教えていただけますかな? それとも天下のインターポールのエリート様は我々警察によこす情報などありませんかな?」
「もちろんOKですよ」
僕は穏やかに了承する。手柄の一人占めなんて柄じゃない。
「僕の追っているのも、この事件の犯人もおそらく同一犯だと思われます。この発見現場と死体の状況からしてこの事件がキャトル・ミューティレーション(動物の一部が鋭い刃物で切り取られている現象)であることは明白です。したがって当然犯人も宇宙人ということになります!」
僕の断言に警部補はくわえていたタバコをポロリと落とした。周りで作業を続けていた鑑識の職員も、呆然と僕の顔を見つめた後に同僚とひそひそと賞賛の言葉を交わしているようだ。
ふふふ、単純な推理ですがここまで感心されるとさすがに照れますね。サービスにこれからの捜査方針もアドバイスしておこう。
「宇宙人が犯人なのですから、UFOを片っ端から調査していけば容疑者の特定は容易でしょう」
僕の指示を受け、感に堪えたように首を振りながら警部補は僕を部屋から追い出した。おそらく手柄を取られるのを嫌ったのだろう。
まあ、いい。犯行現場を離れても、空を見上げればUFOが、野次馬の中にはメン・イン・ブラックがすぐにみつかる。
どれでもたどっていけば犯人は捕まえられるさ。
とりあえず僕は目に付いた、ダークスーツにサングラスのメン・イン・ブラックを監視することにした。男は僕の尾行などまったく気づいてもいないようで、背後に注意することなどなく自然に歩き出して目的地だろう倉庫にたどりついた。
ま、確かに自分が尾行されるなど想像もしていないだろうな。僕がこの男を選んだのも『野次馬の中で一番服が黒かったから』なんだから。
男の後をつけて、僕も倉庫の中の気配を窺う。やばい。こういうのは楽しい。鼓動がスピードアップしてテンションが高まる。
重い扉を体重をかけて開き、中へと滑り込む。室内ではグッドタイミングと言うべきか、意識を失っている男女にさっきの黒服の男がナイフをふりかざしている場面だった。よし、現行犯だ!
「武器を捨てて投降しろ! インターポールだ!」
銃を構えて決め台詞を口にした。くー決まったな!
今までさんざん鏡の前で見得を切る練習をしたかいがあった。銃口を黒服の男にポイントしたまま感激に身を震わせていると、後頭部に冷たく固いものが押し付けられた。
「武器を捨てるのはお前だ」
背後から現れた男は僕の銃を奪うと、自分の銃から僕の銃へと持ち替えて得意げに喋り始めた。
「インターポールの旦那とはごくろうさんだ。あの二人と旦那を始末するのにありがたくこの銃は使わせてもらうぜ。明日の朝刊を『錯乱したインターポール捜査員、二人を射殺して自殺』のニュースが飾るようにしてやるよ」
なぜ、犯人は己の有利を確信すると口が軽くなるんだろう。疑問をおぼえながらも、振り返りつつ右フックで殴ろうとした。その僕の額に男は銃口を突きつけた。防弾チョッキを考慮して、警官を撃つ時は頭を狙えという暗黒街の掟を守っている。僕の右拳が当たる前に、押し付けられた銃の引き金が二度三度と引かれる。
勝利を信じ口の端を吊り上げたままのおしゃべりな男は後ろに吹き飛んだ。
うむ、会心の手応え。顎にひびぐらいは入っただろう。上半身は弛緩しているのに、下半身はピクピクと小刻みに痙攣している。
完全にKOされた男の懐からそいつの銃を奪い取る。そして、僕の銃もきちんとホルスターに戻した。
「僕の銃に弾丸は入ってないんだよ」
そうウインクして告げると、どさくさにまぎれて逃げようとしていた黒服の男へ、仲間の銃で狙いをつけた。
「ホールドアップだ。今度の銃には弾丸が入っているよ」
僕のにこやかな勧告に、男は素直に従った。
「ジョン捜査官、今回はお手柄でした」
「事件が発見されたその日の内に解決するなんて、凄いスピード解決ですね」
記者から浴びせられるフラッシュと質問に頬が緩む。別にこういった風に注目されるために捜査したわけじゃないが、やはり評価されるのは悪い気がしないものだ。
「いえ、今回の事件を早期に解決できたのも、所轄の警察とスムーズに連携がとれていたおかげです」
このぐらいは、警察に対してリップサービスしておいても罰は当たらない。警部補は苦い顔をしているが、まさかこう言われて文句も付けられまい。
胸を張って記者達に対して宣言した。
「インターポールと警察がある限り、どのようなUFOや宇宙人が侵略に来たとしても何の心配もいりません!」
インターポール・ウェールズ支局長side
あの馬鹿! マスコミの前でインターポールや警察がUFOの捜査してるなんてカミングアウトする奴がいるか!?
こめかみの血管がはち切れんばかりに膨張しているのに、へその裏辺りが石でも詰まっているように重く痛む。
「さっさとジョンの奴を左遷しろ!」
「しかし、今回の事件を解決したのは間違いなくジョンで、マスコミからの注目度も高いです。左遷なんかさせたら、マスコミに痛くも無い腹を探られますよ」
胃の痛みがさらに増す。なんて扱いに困る奴なんだ!
「じゃあ、栄転でも何でもいい! とにかくこのウェールズからできるだけ遠い所へ赴任させるんだ。北極か南極でもかまわんぞ!」
顔色を青く染め、各地のインターポールのデータを参照していた秘書が答えた。
「欠員補充を求めている中で、ウェールズから直線距離にして最も離れているのは、日本の麻帆良にあるインターポール支局です」
「じゃ、そこ」
「いいんですか、こんな決め方して……」
深呼吸して呼吸のリズムを整える。ホルスターの銃を抜き、弾丸が入っているのを確認するといつでも撃てるように安全装置を解除し、その銃を握り締め秘書を睨みつける。大丈夫、俺は冷静だ。冷静だって言ってるだろ!
「確かに急な赴任というのは色々と面倒があるだろう。だがこの場合最も重要なのは、あいつが俺の目の前からいなくなることなんだよ! 判ったら、とにかく麻帆良に放り出せ!」
「サー・イエッサー!!」
秘書だけでなく部屋にいた全員が敬礼して答えた。
ふう、これで胃薬の数を減らせるな。
ジョンside
日本行きの辞令を受け取ったのは、ようやく取材の波が落ち着いたころだった。
その辞令の内容を要約すると「日本の麻帆良支部へ赴任して、後は好きにしろ」というものだ。
ふふ、とうとう僕もフリーで動くのを公式に認められるようになったか。出世には興味がないが自分の興味がある事件にだけ集中できるのは嬉しい。
麻帆良という地名にも覚えがある。超常現象のよく起きる土地として、オカルト雑誌に何度も特集が組まれていた場所のはずだ。ぜひ一度は訪れてみたかった土地の一つだった。趣味と実益の幸運な一致だな。
僕は荷物をまとめて、スーツケースに放り込みながら、ちょっとした違和感を感じていた。
奥歯に食べかすが挟まったようなおさまりの悪さだ。日本について何か大切なことを忘れているような……。
手を休めることなく考え続けていると、脳裏にいくつかの単語がうかんできた。日本・京都・野菜・子供・葱……連想ゲームのようにいくつかのキーワードから答えが導きだされた。
何で忘れていたんだろう。ぴしゃりと平手で額を叩いた。
日本料理の真髄を味わわせてくれる京都の料亭を教わっていたんだった。そこは子供はお断りという格式の高い店で、精進料理は天下一品だそうだ。
京野菜かぁ、美味しいんだろうな。実に楽しみだ。
気がかりがなくなり、僕は鼻歌を歌いながら引越しの準備に専念し始めた。