葱丸side
俺が小学校で過ごした三年間では『紅き翼』がらみのあやしい出来事は何一つなかった。
そりゃ学園祭など参加するたびに「大丈夫かこの学園?」と首をひねる事は多々あったが、生死に関わる事態には遭遇せずにすんだ。やはり、世界樹と距離をとっていたのが勝因だろう。
そんな穏やかな俺の日常は、ある圧倒的な存在によって物理的に破壊されるとこだった。ここ笑うトコね。
世界一ため息の似合う男の真似をしたくなるほど、自分の思考が逃避してく。いかん。気持ちを切り替えて最初から思い出そう。
世界を支配している『紅き翼』への対抗策を考えていたのだが、彼らがそれどころか人類を絶滅させるつもりだったとは――。
そのことに気がついたのは、桜が散りはじめた四月のことだった。
月明りの中、俺はうつむきかげんで石を蹴りながら帰路をたどっていた。木乃香お嬢さんを観察にいったのだが、ガードが固い。と言うより、刹那さんが刀の柄に手をかけながらお嬢さんを見張っているので、正直近寄りたくない。
中学に入って刹那さんが麻帆良に来てから、お嬢さんの警備はますます厳しくなっていた。そもそもお嬢さんがめったに麻帆良から外出しない上に、外に出る時は黒服のSPがもれなくついてくる。その上刹那さんが加わるのだ。ちょっと手が出せないな。
刹那さんと接触することも考えたのだが、俺の正体がバレる可能性と天秤にかけて自重することにした。
だからと言って、活動費を減らすことないよね千草さん?
「バイトでもしないと、今月は苦しいな」
舌打ちする俺の耳に微かな悲鳴が飛び込んできた。これが男の声なら聞かなかったことにするのだが、女性の高いソプラノボイスによる助けを呼ぶ声だ。
とりあえず偵察に行って、危険があるようならそのまま引っ込んでおこう。懐から護身用の用具を取り出して、チェックする。よしOKだ。
俺は月の青い光の中、足音を殺しながら走り出した。
木陰から俺が発見したのは、幼い金髪の少女がもう一人の制服の少女の首筋に牙をつきたてている光景だった。桜が舞い落ちる中、抱き合う二人の少女の姿は幻想的でさえあった。
襲われているのが少女なのは判っていたが、襲っているほうがもっと小さな女の子なのは予想していなかったな。
単純な暴漢ならば助けに入るが、血を吸うってことはやはり彼女も改造人間なのだろう。うかつに俺が出るわけにはいかない。
それにしても、血を吸う怪人とはいったい何と合成されたのだろう。蚊か? それとも蝙蝠か? たぶん蝙蝠だろうな、その方が語呂がいい。
「あの少女が吸血怪人コウモリンか」
激しく地面を叩く音が響いた。見直すと怪人コウモリンが後頭部を押さえている。なぜか判らないが、すべって頭を打ち付けたらしい。
金髪でロリでドジッ子とはさすが『紅き翼』だ! ポイントを押さえてる。
「誰がロリでドジっ子で怪人コウモリンだ!」
あれ? 俺声に出してた? いや、それよりも怪人コウモリンに見つかってるじゃないか。
「だから私は怪人コウモリンなどではない!」
「え、すまない。気になったなら謝るが、それよりもそこの少女は大丈夫なのかね?」
俺の謝罪と疑問にフンと鼻息で返した。
「ちょっと血を分けてもらっただけだ。軽い貧血にしかならん」
「え!? でもまだ血が止まってないぞ」
俺の指摘に吸血少女は顔色を変えて、地面に横たわる少女を振り返る。
「嘘だろ!?」
「ああ、嘘さ」
答えて全力で右手に隠していた球を吸血少女に投げつけた。
距離は短い。敵はよそ見をしている。外しようの無い投擲だったが、相手に刺激物を詰めこんだカラーボールは当たらなかった。
もし命中していれば、目や鼻などの粘膜にかなりのダメージを与えられたのだが……。そんな愚痴がこぼれてしまう。
俺だって一通りは格闘技をかじってはみた。こっちの攻撃をかわされるのはいい。ブロックされるのもわかる。カウンターで反撃されるのも有りだろう。
でもバリアーで防ぐのは反則だよね?
俺の投げた球は少女に届くことなく、その前方で見えない障壁にぶつかり破裂していた。
「くくく、貴様いい度胸をしているな」
金髪の少女が改めてこちらを睨み付けた。まずい、文字通り目の色が違う。瞳が血の色に染まり、小柄で起伏の無い体が何倍にも膨れ上がって見える。彼女から皮膚に痛みを感じさせるほどの殺気が押し寄せる。
「この私が『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと知って喧嘩を売っているのだろうな?」
――この改造人間の名前はエヴァというのか。その名を耳にした瞬間、俺の頭が高速で回転し始めた。
エヴァside
ほんの僅かに威圧を込めて視線を投げかけると、その子供は体を震えさせた。いきなり奇襲技をかけてくるのには、実戦慣れしてると感心したが、攻撃方法をみても所詮は一般人か。できれば子供に手を出したくない、さっさと記憶を消して放り出そう。
そう決意して足を踏み出すと、震える声が届いた。
「エヴァだと!?」
驚愕と恐怖がそのつぶやきには込められていた。こんな小僧でも私の名を知っているとは、やれやれ、魔法界だけでなくこっちでも恐怖の対象になってしまったようだな。仕方が無い、元とはいえ六百万ドルの賞金首などそうは――。
「エヴァは確かお嬢様と同じ三年A組のはず……ということは十四歳……紅い目……俺の攻撃を防いだバリアー……同じ十四歳の木乃香お嬢さんにしか動かせない巨大ロボット……」
乱入した少年はなにやら意味不明な言葉を並べ立て、ブツブツとつぶやき続けている。なんだこいつは?
「お前達は世界を支配するだけじゃあきたらずに、人類を絶滅させるつもりか!」
――はあ? 何を言っているんだ、こいつは? 私も今まで「人殺し」とか「魔王」とか呼ばれたことはあるが、『人類絶滅』など企んだことは一切ないぞ。
「おい、貴様……」
「サードインパクトは防いでみせる!」
決意を秘めた目で私を正面から見据えてくる、その表情にどこか懐かしさを感じた。訳のわからないことを言っているが、こいつとどこかで会ったことが有るのか?
少年はボクシングのサウスポースタイルをとった。右手を前にした拳を主体にとした構えだ。その右手にパチパチと音をたてて雷が集まっていく。
ほう、どうやら素人ではなかったらしい。随分とタメに時間がかかってはいるが、集められた魔力は中々のものだ。さて、これからどういった攻撃をしてくる?
少年はそのまま単純に右の拳を引き絞り、左手の中から何かを地面に叩きつけた。
「必殺 ブラックカーテンアタック!」
その叫びとともに足元から黒煙が立ち込める。おそらく視界を閉ざしてあの右を打つという計画だろうが、わざわざ叫んでから攻撃してくるならカウンターで迎え撃ってやろう。一歩後退し、煙から身を遠ざける。
……来ないな。煙の中からいつ飛び出してきてもいいように迎撃態勢をとっていたのだが、なかなか攻撃がない。あれほどの魔力のこもった一撃だ、私でも念のための注意は必要なのだが。
――まさか! はっとして背後を振り向く。前方に注意を向けておいて、後ろのまき絵を奪還する作戦だったのか!?
……考え過ぎだった。まき絵はすやすやとおやすみだ。
煙が晴れるとそこに少年の姿はすでに無い。どうやら完全に撤退したらしい。
必殺という掛け声も、あれほど光らせた右拳も、倒れている少女でさえも己が逃げるためのフェイントに使うとは!
これほど虚仮にされたのは、あのサウザンドマスター以来だな……ん? あの顔、あの表情、あの魔力、あいつは、
「ふはは、ネギ・スプリングフィールドめ親子共々亡くなったかと思っていたが、こんな所にいたのか! 喜べネギよサウザンドマスターの代わりに、心ゆくまで血を吸わせてもらうぞ!」
満月に向かい、久方振りの腹の底からの哄笑を放った。
葱丸side
ヤバイ、ヤバイよあいつ。生身でATフィールドを張れるなんて無茶苦茶だよ。
俺は全力で駆け出して、少しでもキリング・フィールドから離れようとしていた。
後ろからはエヴァの高笑いが響いてくる。なんで獲物に逃げられたのにあんなに楽しそうなんだよ!?
くそ、悔しいがまったく彼女に勝てる気がしない。だが、エヴァにはこの髪と瞳を黒くした姿を晒してしまっている。
このままでは間違いなく『紅き翼』による包囲網が敷かれてしまうだろう。ここまできたら俺一人の手に余る。信頼できる人間に相談し、協力してもらうしかない。
幸いな事に、頼りになるかはわからないが、こんな物騒な問題を持ちかけられる心当たりが二つほどある。両方に助けを乞おう。
まずは、最近に日本へやって来たインターポールのジョン。彼なら相談に乗ってくれるはずだ。
そして、もう一つは以前からさがしていた「正義の味方」ってやつだ。改造人間と秘密組織があるなら、正義の味方もいるだろうと探し回ってようやく見つけた戦隊だ。
こっちはまだ調査中でどんな連中かよくわからないが、緊急事態の発生だ早く連絡をつけなければ。
確かええと『麻帆良戦隊バカレンジャー』という奴らだったよな。話のわかる奴らだといいのだが。
打てるだけの手を打ち、己の命を守り『人類補完計画』を止めなければ。俺の双肩に人類の未来がかかっているのかもしれない。そのプレッシャーに身の引き締まる思いだった。