術式兵装『風精影装』。
闇の魔法を見よう見真似で作り上げた新たな切り札は、正しくは術式兵装と呼ぶにはあまりにもお粗末な代物だ。
まず、スペック上の向上は一切ない。細かい違いをあげるなら、風の精霊を取り込んだことで、杖もなく自由に空を飛ぶことができるが、その程度だ。
実質、ネギ自体に変化はない。どころか、五感の内四つがほとんど使い物にならなくなっており、内、嗅覚、聴覚は完全に奪われた。味覚も怪しく、戦闘に重要な視覚も左半分が闇の中。さらには強引な術式を構築した代償に、脳が沸騰して、絶え間なく激痛を訴えている。
能力の向上という点では、ネギの闇の魔法は失敗したといってもいい。生きているだけで、ただ己をぼろぼろにしただけだ。
それでも曲りなりにも闇の魔法を模倣したこの術式は、充分以上の能力をネギに与えていた。体に纏う魔力の風、意志をもつ緑色の大気は、ネギの意識下に隷属されていた。
ここに、百の柱にて絶殺を行う。咸卦の光を宿したネギは、光を飲み込む瞳でフェイトを見つめ、指先を突きつけた。
「お前を倒すぞ、フェイト・アーウェルンクス」
「あぁ、あの忍者少女が名前を呟いていたね……それで? 大口はいいけれど、勝てると思っているのかい?」
だとしたらおかしい話だと、フェイトは咸卦の光と緑色の風を纏ったネギを見据えて、呆れた風にため息を漏らした。
だがその内心は決して油断していなかった。ネギと真正面から対峙しているのがその証拠。フェイトが恐れたのはネギの爆発的な成長力なのだから。
故に全力を出す必要がある。構えを取ったフェイトに対して、武術の心得がないネギは不恰好に構えるだけだ。
この期に及んで近接戦闘を行うつもりなのは、目に見えて明らかだ。策があるのだろう。何かしら、その身に纏う風を使った何かが。
──どうでもいい。ならば、その希望をへし折るため、また真正面から叩き潰すだけだ。
「来るといい」
フェイトの呟きは、鼓膜の弾けたネギには届かない。だがしかし、立ち上る魔力に反応して、ネギは足元に風を集めると、それを足場に飛び出した。
たちまち間合いは埋められて、その感情が込められたネギの拳が大きく振り上げられて放たれる。見え透いたテレフォンパンチ。先程と威力も速度もまるで変わらない拳を、フェイトは冷めた眼差しで見つめ、違和感に驚く。
ネギの拳がぶれていた。いや、ネギの体そのものがぶれていた。まるで幾つもの影を重ね合わせたように、像が定まらないネギの一撃。風を操った光の屈折による一種のカモフラージュか。一瞬の間にその現象の謎を把握したフェイトは、ならば像が重なるその中心に視線のピントを合わせて、ネギの拳に掌を走らせた。
他愛ない。この程度の児戯を行うなら、光を風で屈折させて透明にでもなったほうがまだ有効だった。そう内心で吐き出すフェイトは、遅くなった時間の中、ぶれたネギの拳にそっと掌を、合わせた。
ぶれている拳に、掌が重なったのだ。
「な?」
「おぉぉぉぉ!」
違和感に驚くその僅か、雄叫びを上げたネギの拳が、フェイトの掌を弾いてその顔面に炸裂した。
そのときありえぬ現象が起きる。
一撃ではなかったのだ。着弾したネギの拳は、驚くことにぶれた数の分だけフェイトの顔面に炸裂する。その数およそ十。一点に間髪入れず直撃した、咸卦法で威力を何倍にも増加されたネギの拳は、堅牢なフェイトの障壁を歪ませるほどの威力だった。
「な、に……!?」
フェイトは吹き飛びながら困惑する。風を屈折させただけのはずだった。だが実際はぶれたように見えた像すらも『虚像ではなく実像』。水面に落ちていくフェイトを追うネギは未だにぶれたままだ。
咄嗟にフェイトは石の剣をネギの周囲に展開した。無詠唱のためその数は百ほどだが、先程までのネギならば充分に落とせる数、それを問答無用で殺到させた。
ネギは反応こそ出来たものの、十本ほど打ち落としたところで剣に体を串刺しにされる。急所すらも貫いた石の剣は、人間ならばどう足掻いても必死。
だというのに、ネギはまるで剣など突き刺さっていないかのように動き出した。そのとき、脱皮でもするように緑色をした透明なネギが、剣が刺さった状態で五体、ネギの体から抜け落ちて消滅する。
「そういうことか……!」
フェイトはその現象を見て、ネギがどうしてぶれているのか、その現象の正体に気付いた。
術式兵装『風精影装』。これは術者の身体能力などの向上は出来ず、与えられるわかりやすい能力は、自由に空を動けることだけだが、この能力の真髄は別にある。
掌握した風の精霊。今回は百柱。この分だけ、ネギは己の体の内側に十秒間だけ、本人と寸分の差がない影分身を展開することができるのだ。だがこの影分身は楓が使うものとは違って、術者と同じ動きをするだけの分身でしかなく、さらには魔法を詠唱しても、本体のみしか魔法は放てない。
あくまで、術者の身体能力を模して、術者と同じ動きをするだけのものだ。それ以上でも以下でもない。
しかし、本来なら術者が受ける攻撃を、影分身で受けるだけのデコイとして使うこの術式は、咸卦法という究極技法によって使用方法は一転する。膨大な身体能力を術者に与える咸卦法によって、今やネギの身体能力はスペックだけなら神鳴流の一流剣士にすら匹敵するほどだ。
そんなネギと同じスペックを持つ影分身による、一点集中の同時攻撃。しかも攻撃の直前は分身が僅かに外に漏れることで打点をばらばらにすることが出来て、それが全て実体であるために、受けることは至難。
まさに今、近接戦闘という限定された状況下において、ネギは一流の魔法使いすら凌ぐ能力を得ていたのだった。
「フェイトぉぉぉぉぉ!」
それらの事柄を本能で理解したネギは、能力を最大効率で運用してフェイトに肉薄する。距離を開けることは出来ない。そしてフェイトであればすぐにでもこの能力の対抗策を思い浮かぶだろう。
その前に全力で殴り続ける。先程の剣によって削られた影分身を補充したネギは、口から出血しているフェイトもろとも、湖に激突した。
何度目になるかわからない、今日一番の巨大な水柱が発生する。外の轟音すら聞こえなくなる静寂の水の中で、ネギは己の周囲に風を展開して水による動きの阻害を排除。目の前のフェイトの胸倉を分身もろとも掴むと、空いた右拳で壮絶な追撃を始めた。
「らぁぁぁぁぁぁぁ!」
水の中で空気が弾ける。一打ごとに十。十打ごとに百。百打重ねれば千。右腕一本で弾幕を展開していく。
人間には考えられぬ壮絶な打撃が、周囲の水を弾き、二人はそのまま湖の底に着地した。
湖がその一点のみ割れていた。古の賢者は海を割ったというが、ネギの拳はその領域に届いているのか。
まさに神の領域。拳という野蛮な武器一つで、ネギはフェイトに思考させる隙も与えず追い詰めていく。
だがフェイトもただやられるだけではない。両腕で体を庇い、一撃ごとに軋む障壁に魔力を補填しながら、冷静に反撃の隙を伺っていた。
油断しないと決めながら、この様だ。結局、フェイトは何処かでネギはただの少年でしかないと見下していたのだろう。
そのツケがこの状況だった。ガードをした腕がそのまま急所になったような錯覚。咸卦法の出力と、闇の魔法の特異性。この二つが見事に嵌まったネギの実力は、既に学園の魔法先生の平均を遥かに凌ぐ領域に到達していた。
だがそんなことはどうでもよかった。
勝つのだ。
その意志と渇望だけが、脳髄を狂わせる激痛の中でネギを突き動かす。
勝たなければいけない。絶対に勝つしかない。勝つ。僕は負けない。敗北が惨劇に繋がるなら、僕はもう二度と負けるわけにはいかない。
「ぃぎやぁぁぁぁぁ!」
今も紅蓮と光に飲まれる、無力な人々の怨嗟の叫び。それを代弁したような雄叫びだった。
打つ。
ひたすら打つ。
反撃させぬ。打つ。
この拳で打つ。
打撃。
重なる打撃。
これが打撃。
「負けるか! 負けない! 勝つんだ! 勝つんだ! 僕はぁぁぁぁ!!」
ネギを中心に湖がどんどん押しのけられていく。ネギの執念が自然すらも崩していた。
だからわからないのか。
だから気付かないのか。
その執念。
人の業。
全てが積み重なったネギの全力は、今も砲撃を続けるスクナと全く同じ天災となっていることに。
気付いたところでどうだというわけではないが。しかしネギもまた一歩一歩、その領域に近づいていた。
修羅の領域。
修羅場へ。
「それで?」
フェイトはネギの拳を受け止める両腕の向こう側で、冷めた視線を送った。
ネギの動きが僅かに止まる。ガードされているとはいえ、今や容易に受け止められるものではないネギの拳を受けていたというのに、フェイトの表情に一切の動揺は見られなかった。
直後、地面が隆起して、幾つもの土の槍がネギの体に突き刺さった。
縫い付けられた肉体から、ネギは影分身を引き剥がして離脱する。だがその間にフェイトはネギから距離を離して上空に飛んでいた。
「逃がすか!」
おいやられた水が大波となってネギに襲い掛かった。濁流を掻い潜ってフェイトを追うネギに対して、フェイトは黒光りする剣を空に展開して迎え撃つ。
「千刃黒曜剣」
風を突き穿つ黒の弾丸がネギを襲った。降り注ぐ刃の雨。逃げ道など当然ない弾幕結界を、ネギはデコイを使用して強引に突破する。
迫れ。この拳さえ届けば勝てるのだから、愚直でもいい。この道を行くのだ。
光を飲み込む瞳の奥に、確固たる決意を秘めてネギは飛ぶ。だがまるで闘牛士のようにフェイトはネギの突撃をかわして、何度も剣の雨を放った。
削られていく。ネギのデコイは、すなわち火力とイコールである。つまり削られれば削られるだけ弱体化するのだ。
その弱点にフェイトも既に気付いていた。もしくはネギに無詠唱で撃てる火力のある魔法があれば、戦いの行方は違ったかもしれない。しかし所詮、ネギはつい先日まで、戦い方も知らない素人だったのだ。むしろここまで戦えたことが奇跡であった。
だが奇跡は続かない。戦闘の経験値。積み重ねた技量の差。それらがネギにはあまりにも欠落していた。
「さて、君のそれは何処まで続くのかな? 百? それとも二百? いや、あるいはもう底が見えているかもしれないね」
フェイトの独白はネギには届かないが、構わずにそのぼやきは続く。
「なんであろうが、無限ではないだろ?」
そしてフェイトの言葉は事実だった。確実にネギを貫く黒の弾丸は、ついにデコイの底が尽きたネギの肩を貫き、そのまま地面に縫い付けた。
「ぐ、あぁぁぁぁ!」
落下の衝撃よりも、貫かれた肩の激痛よりも、動けなくなった己が何よりも許せなかった。痛みなんて度外視だ。勝たないといけないのに届かない。負けたら全てがおしまいだというのに動けない。
悔しかった。
結局、届かない自分が悔しかった。
「うぅぁぁ……!」
「……君は頑張ったよ。正直、予想を超えたといってもいい」
だから、障害になるのだ。フェイトは再度刃の軍勢を展開した。動けないネギに確実な敗北を突きつける。つまりは死を。絶対の宣告から逃れようと、ネギは足掻くものの、突き立った刃はネギを逃さないように地面にしっかりと固定されている。
「さよならだ」
そして断罪の刃は落ちた。夜に溶けながら夜を斬り裂く弾丸が、抗う暇すら与えずに、ネギの視界を埋め尽くし。
それよりも早く、ネギの前に細い背中が立ちふさがった。
「やぁぁぁ!」
ハリセンを振りぬいた明日菜の手によって、弾丸が霧散する。それでも撃ち漏らした弾丸に激突するクナイ。放たれた方向を見れば、血染めになりながら、力を振り絞ってクナイを放った楓。
そして驚くフェイトを他所に、湖が再び爆発した。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!」
水柱を振り払って飛び出したのは、背中から美しい二枚の白い羽を広げた刹那だった。遮二無二、一瞬の隙をさらし、さらにスクナとの距離が離れたこのタイミング。千草に捕まった木乃香目掛けて飛んだ刹那は、狂ったように砲撃を命じる千草を追い抜いて、木乃香を奪い取った。
「なっ……」
「お嬢様は返してもらったぞ!」
刹那は驚愕の表情を浮かべた千草にそう言うと、体を震わす砲撃を続けるスクナから瞬動を使って強引に離脱を果たした。
木乃香を庇いながら地面に落ちた刹那は、苦悶の表情を浮かべながらも、胸の中に抱く木乃香が、苦しそうながらも息をしているのに安堵した。
もしもあのままスクナの制御に木乃香の魔力を使い続けていたら、そのまま木乃香は魔力枯渇による死を迎えていたかもしれない。
だから確実に奪い去る機会が欲しかった。例え、人々が阿鼻叫喚に陥ろうとも、刹那はそれを堪えて千載一遇のときを狙っていたのだ。
──これでは青山を詰れはしないな。
刹那は自らの恥ずべき行いにそう自嘲した。だが刹那にとって、神鳴流であることよりも、大切な幼馴染を守ることのほうが大切だった。
ならばそれは人間として正しいあり方だ。何をしてでも少女を守るという強い決意。それがあれば自分はこの忌むべき羽だって広げられる。
そのまま起きない木乃香を抱きしめている。刹那がそうしている時と同じくして、ネギは明日菜のハリセンで拘束を解かれて立ち上がり、信じられないといった様子で明日菜を見上げた。
「一人でかっこつけんじゃないわよ! バカネギ!」
振り返らずに明日菜は声を荒げた。それは耳の聞こえないネギに、何故かその魂に直接響きわたった。ネギの胸の内側にある契約カードの影響か。ともかく、明日菜の魂からの絶叫は、黒く落ちていたネギの魂をぎりぎりで繋ぎとめる。
「でも、僕、もう負けないって……だから、僕、勝つから……」
「それがかっこつけてるって言うのよ!」
明日菜はフェイトから一時も視線を放さずに、そのまま思いのたけを吐き出した。
「一人で出来ることなんてホンのちょっとだけ! それにアンタはただでさえガキンチョなんだから、もっと周りに頼りなさい!」
「だけど、僕……」
「私は!」
勝利という執念、それを口にしようとしたネギの言葉を遮り、明日菜は振り返らず。
「アンタのパートナーでしょうが!」
その背中で、不屈を叫んだ。
「あっ……」
心の底から吐き出された明日菜の言葉がネギの心に染み渡る。それに合わせるように、全てを飲み込むような闇色の瞳が徐々に明るさを取り戻していった。
すっかり。
さっぱり忘れていた。
ネギは明日菜の背中を見た。細くて、でもとても頼りになる、強くて優しい背中だ。少女の可憐な背中は、どれだけ強くなろうとも、ネギよりも強く気高い。
誇りのある姿だった。
神楽坂明日菜に、ネギは太陽を見つけた。
「……はい」
そうだ。
そうだよ。
勝つのが目的ではない。
僕は、もう失わないように守るんだ。
それでも足りない部分は、頼りになる誰かが助けてくれる。タカミチが、明日菜のことを報告しなかったことを怒ったときに、言ってくれたではないか。
頼っていいのだ。
自分は子どもで、そんな人間に出来ることは少なくて、だから誰かの手があるのだ。
「ネギ! アンタにとって私は何!?」
明日菜が叫ぶ。
差し伸べられる手がある。
楓も言った。
超えなくていい壁もある。
刹那は言った。
ネギは未熟だと。
だから。
助け合うことで、僕は、僕らは進むんだ。
「明日菜さんは、僕のパートナーです!」
「……よく言ったでござる」
ネギの宣誓に突き動かされたのか、体に剣が刺さったままでありながら立ち上がった楓がネギの隣に立つ。
刹那も遠くから、ネギを見て頷いた。
そう、少年は一人ではない。
孤独の修羅では、ないのだから。
「僕達は……負けません」
何度だって立ち上がってみせる。守りたい人がいる。守ってくれる人がいる。全てがネギを取り巻いていて、ならば一人で何か出来るだなんてきっと嘘っぱち。
そんな彼らの絆に当てられたのか、フェイトは表情を小さく緩めたように見えた。
だがそれとこれとは違う。光を取り戻したのなら、その光ごと砕くのみ。
「悪いが、仲良しこよしは──」
おしまいだ。
そう告げるよりも早く、魂を震わせるおぞましい絶叫が響き渡った。
誰もがその発生源を見上げる。その先には、夜空を見上げながら、ようやく術者の束縛より解放された鬼神の姿があった。
魂から恐ろしいと感じる雄叫びの正体は、スクナがあげる歓喜の声だ。狭き封印から開放され、矮小な人間の支配から抜け出した鬼神は今こそ最大。今や京都中に巻き上がっている負の感情を吸い上げて、さらに巨大となったスクナは。
「え?」
すぐ傍にいた千草に、おつまみでも食べるように噛み付いた。
その口が何度か咀嚼を繰り返し、喉が動く。断末魔すら食い尽くされた。京都を地獄に陥れた術者の最後は、そんなあまりにもわかりやすい蹂躙によって完結した。
フェイトを覗いた誰もが、単純明快すぎる凄惨な光景に言葉を失った。
スクナの目が次の標的を狙って怪しく輝く。その両目が、この場で最も魔力の多い木乃香を見据えた。
「くっ!」
刹那が夕凪を構えて眠る木乃香の前に立つ。だが月詠との戦い、フェイトの一撃は、想像以上に刹那の体力を消耗させていた。
それがわかっているのか。スクナは刹那など障害にすら感じず、その四つの腕の一つを、眠る木乃香目掛けて延ばした。
そして、鈴の音色は響き渡る。
「ッ!?」
最初に反応したのはフェイトだった。遅れて、スクナの腕が最初から繋がっていなかったかのように、肩から斬れて湖に沈んだ。
四つの腕が三つに減る。痛みすら与えぬほどに鋭利な斬り口は、誰にでも出来るような技ではない。
戦慄する。
驚愕する。
圧倒的な火力を遠距離から叩きつけた。そしてフェイトは自らが持つ最大の札も晒した。
だというのにお前はいる。
凛と歌って立っている。
「……生き延びたのか」
フェイトが呟く声は、鬼神の怒りの声に遮られた。その怒りの全てが、この状況に現れた規格外に向けられる。
体中が土と泥に汚れ、火傷の跡が幾つも残っている。だというのに足取りは確かで、薄汚れた乞食のような服装ながら、手に持つ刀は妖艶とした色気を放っていた。
ここに、舞台を演出した脚本家にして、機械仕掛けの神の役を担う男が現れる。
だからここからは素晴らしい絆の入り込む余地などない。
いっそ、断言しよう。
ネギが得た絆など、その才能には全くもって意味がないと声を大にして叫ぼう。
その果てがここにいる。
その終末がここにいる。
何処までも己と向かい合い、周囲の全てから影響を受けず、ひたすらに天才の才能を磨き続けた人間がここに立つ。
凛と歌え、斬殺の音色。死ぬ間際に放たれる美しき音色よ。
「間に合った」
間に合えた。
底のない黒い瞳がスクナとフェイト、そしてぼろぼろのネギを最後に捉えた。
食指は──何故だろう。今は動かない。だが熱に狂った男にはそんなことはどうでもよかった。
楽しいのだ。
とてもとても。
涙が出るほど楽しいんだ。
「く……ふぃ」
得体の知れぬ鳴き声が男の口から漏れた。肩を揺らして、眼前で敵意を撒き散らす極上達を前に、表層に現れている自意識なんてたちまち吹き飛んだ。
やっぱしあの時、君を逃がしてよかった。そのおかげでこんなにも楽しいことが起きている。麻帆良に着てから、楽しいことばかりで幸せすぎだ。この地獄に、この修羅場よ。めくるめく夢のはざまに、修羅の雄叫びを響かせる。
あぁ、この気持ちをなんと表現しよう。喜びを表すには言葉が足りない。何から語ればいいのかもわからなくて、嬉しさが充満して。
願うのは、そう。
「斬って、斬って」
ばーらばら。