青山を潰し、かつネギの現在の能力を測る。随分と厄介な仕事だが、千草の本来の計画を遂行するだけなら、ネギは随分といい隠れ蓑である。フェイトはネギ達が泊まる宿の傍に生えている木々の上に立ち、計画の成り行きを見届けていた。
とにかくネギを中心にちょっかいをかける。そうすることで、千草の計画に必要な近衛木乃香への注意を逸らすのだ。
そして頃合いを見て、彼女だけを奪取する。後は眠った鬼神を復活させ総本山を叩き、依頼元である西の長が青山を呼び寄せたところで、ネギの力を試し、最後は鬼神、自分、今回の依頼の請負人の二人とともに青山を潰す。
作戦自体はシンプルだが、それゆえにはまりやすい。第一、細かい策略や策謀など、少人数である現状で立てられるわけがないのだから。
千草の計画と違うのは、可能な限り一般人を巻き込まないこと。そうすることで、こちらが隠密にネギの親書を狙っているということを植えつけるのだ。
それも随分首尾よくいっているネギを中心に警戒網が張られているのがわかる。
「問題は、彼だな」
青山。結局この日、彼は動くことはなかった。ネギ本人に害があるわけではないので当然だが、しかし親書が奪われるかもしれない襲撃を何度も行っているのに何のアクションも起こさないのは少しばかり違和感があった。
このことから、フェイトは青山の目的は親書ではなく、ネギにあると推測した。勿論、安易に決め付けるのは早計だが、それでもこの推測はあながち間違っていないのではないかと考えている。
尤もネギを表向き護衛している者が優秀だから手を出さないだけとも考えられるが。あれほどの熟練者だ。襲撃を察しただけで、その術者を捕捉することくらい可能なのに、特に何かするわけでもないのが証拠だった。
「ネギ・スプリングフィールドを見守っている……もしくは、経験を積ませようとしている?」
とすれば、あの戦いで自分をいつでも殺せる状況でありながら逃がしたのにも納得がいく。襲撃者である自分を、上手くネギにあてつけて、可能な限り実戦を体験させることで……どうする?
フェイトは無表情の奥で思案する。もし自身の予測が当たっていて、経験を積ませようとしているのなら、それは何故だ? 英雄の息子に相応しい能力を得てもらうためか?
いや違う。あの男はそんな殊勝な考えをもってはいない。そんなことを考えるような人間ではない。
「まぁいい……それもこの夜でわかることだ」
後ろを振り返ると、それに呼応するようにフェイトとそう背丈の変わらぬ少女と少年が現れる。
一人はフリルの沢山ついた可愛らしい白のワンピースを着た少女だ。だが見た目の愛らしさに似合わぬ冷たい刀を二本持っている姿はアンバランスではあるが、逆にそれがよく似合っている。
もう一人は学生服の少年。ニット帽を深く被り、やんちゃな色を瞳に宿し、口元はこれから始まる戦いを思ってか笑みを浮かべていた。
「それで、ウチらはどないすればいいのですか?」
「せや。まぁ依頼人の言うことやから言うこときいてるが、奇襲とかはあんますかんで」
「……何、君達には正々堂々と戦ってもらうさ。でも今夜は次に向けてのいわゆる下準備だから、ある程度手加減はしてもらうけどね」
そしてこの下準備。もしも青山が動けばそこで失敗だ、ということまでは言わない。そのときはまた別の手段でネギの能力を確かめればいいだけだ。
「これから君達には派手に動いてもらうよ。ただし、決して相手を追い詰めないこと。僕は遠くから援護くらいはするけど、軽く様子見という感じで考えてくれていい」
「へっ、自分は遠くから高みの見物かいな」
少年が呆れた風に呟くが、フェイトは気にした様子も見せずに宿のほうに向き直る。
「では、始めよう。戦いに気をとられすぎないようにしてね」
後は運を天に任せよう。フェイトは内心でぼやくと、夜の闇に溶けるように消えていった。
─
その襲撃は、予期していたものとは違うものだった。
襲撃は完璧というわけではない。むしろ、あまりにも下策であったために予想外すぎた。
ネギは周囲に張った結界に気を漲らせた何者かが触れたのを知覚して跳ね起きていた。時刻はすでに宿の誰もが寝ている時間帯ではあるものの、それでもその襲撃はあまりにも堂々すぎる。
というよりも誘っているのか。結界にぎりぎり触れたところで止まっている二つの気は、ネギを誘うようにその密度を増大させている。そのまま隠れているなら、宿もろともあぶりだしてやると、言外に言っているようですらあった。
「ネギ先生……!」
慌てた様子の刹那がネギの部屋に入ってきた。遅れて楓と明日菜も到着する。状況はわかっているし、気の猛りからして一刻の猶予もない。相談する余裕等あってないようなものだった。
相手のやり口は下策だ。いや、下策と断ずるにはやり口が上手いと刹那は思う。今日の襲撃を見る限り、一般人には手を出さないと、そう決め付けてしまった。だから結界もあくまで万が一のためというだけだったのだが。
「やられた。外回りの警戒もしっかりとするべきでした」
刹那は苦虫を噛み潰したように苦しそうに顔を歪めて呟いた。だが反省する暇はない。敵は外にいて、威嚇だとはいえ気を充実させて宿を狙っている。
「打って出るしかないでござるな」
楓の観念したような言い分しか選択肢はなかった。そしてそこには当然ネギもいなければならないだろう。一般人へ危害を及ぼさないために、ネギには囮になってもらわなければならない。
「まだこちらの戦力はあちらを上回っている。伏兵がいる可能性もあるが……やるしかないでしょう」
刹那は夕凪を片手に窓に寄った。玄関から堂々でる必要もない。ネギ達もその後に続くようにして窓に寄る。
「……ふぅ」
ネギは瞼を閉じて体内で魔力を練り上げた。収束する魔力の波を知覚して、それらを全身に循環させる。
魔力による身体強化。気を扱う要領で行うことにより、詠唱なくネギの身体は淡い光を放って魔力によって強化される。さらにカードを取り出すと、明日菜へ魔力供給も行った。
「いけます」
淡い光に包まれたネギが言い、明日菜はハリセンを片手に窓の向こうを見つめた。
相手の強攻策は愚策だが、愚策は決してただ愚かというわけではない。時として行われる蛮勇は、己の力に自信があるからこそ。
行こう。仲間の先陣を切って、刹那と楓が窓から飛び出す。それを追うようにしてネギと明日菜も外に飛び出した。
「へぇ。こりゃまた結構な人数やなぁ」
外に出たネギ達を待ち構えていたのは、学ランを着た少年と、ワンピースを着た可愛らしい少女だ。
同時に、刹那は少女の持つ二刀と立ち振る舞いから、少女が神鳴流の使い手であることに気付く。背筋を伝う嫌な汗を感じながら、しかし表面上は冷静さを失わずに夕凪を抜いて構えた。
「あらー。もしかして神鳴流の先輩ですかー? ウチは月詠って言います。以後よろしゅう」
「……やはり神鳴流の剣士だったか。皆さん、彼女は私が相手をする。三人は……」
刹那は月詠と名乗った少女と対峙しながら、その隣の少年を見た。視線に気付いた少年は小さく笑みを漏らすと、被っていたニット帽を脱ぎ捨てた。
「え、犬耳!?」
明日菜が驚きの声をあげるが、それにも慣れているのだろう。少年は右手に気を収束させて「ただの犬やないで。狗神使いの犬上小太郎や!」そう叫ぶと同時に、召喚した黒犬の群れをネギ達に向かって殺到させた。
「悪いが、先に術者のチビ助を狙わせてもらうで!」
同時に少年、小太郎も召喚した犬とともに地を這うようにして襲いかかる。狙いはネギ一人、常人では反応しきれない小太郎の動きに──反応する。
突き出された拳を、ネギは杖で受け止めた。障壁頼りの偶然ではなく、しっかりと小太郎の動きを見た上での判断だ。
「へぇ! やるやないか!」
己の動きに対応している。そのことをこの一合で理解した小太郎は、勢いのままネギもろとも後方に飛んだ。
「ネギ!?」
「待つでござる!」
慌ててその後を追おうとした明日菜を楓の緊迫した声が引きとめた。何で? と問いかける余裕すらない。冷や汗を流す楓の視線の先、現れたのは白髪の少年、フェイトとその後ろで式神を展開した千草だった。
「……明日菜。女性のほうは頼んだでござる」
「えぇ!? ちょ! 私があんな……」
「あの少年は……まずい」
余裕のない楓の言葉に、明日菜はフェイトを改めて見つめ、彼が吐き出す気配が、あの夜に現れた二人の化け物と重なった。
思わず、悲鳴が零れそうになって、何とか息を呑んで踏み止まる。一瞬で理解した。あの少年は危険だ。だからこそ楓は一人で何とかしようと思い。
「いえ、二人で行きましょう。私のこれ、魔法とかそういうのにはとっても強いんだから」
そんな彼女を一人で行かせるわけにはいかないと明日菜は隣に並びハリセンを構えた。魔法を完全に打ち消せる明日菜のハリセンは、確かにこの状況下、敵がネギと同じ魔法使いであるとするならば、充分に役に立つ。
「……それでもあの少年は危険でござる。出来る限り、後ろの女性の相手を意識するでござるよ?」
「了解!」
気の強い返事を聞くと楓は先行する形で瞬動を行った。相手に行動を感知させぬほど巧みな踏み込みは、フェイトの傍に居た千草との距離を一瞬で詰め、さらにその背後を取った。
千草には何が起きたのかすらわからないだろう。式神に命令する暇すらなく、楓の手刀千草の首筋目掛けて放たれ、それを予知したフェイトが無詠唱で放った石の槍が、その一撃を妨害した。
「ぬっ!?」
「中々やるけど……悪いが、慢心は先日捨てたばかりでね」
槍を回避するために後ろに飛んだ楓をフェイトが襲う。互いに瞬動で交差して、障壁とクナイが激突した。
それだけで楓は、フェイトが己では時間稼ぎ程度しか出来ない相手であることを悟る。刹那と二人がかりであるいは、といったところだが──
「奥義、斬岩剣!」
「ざーんがーんけーん」
互いの刀から発せられた気と気がぶつかり合って大地を破裂させる。刹那と月詠の戦いはほぼ互角、いや、慣れぬ二刀を相手にしているせいか、刹那の表情は苦悶の色を浮かべていた。
助勢は望めない。なら今自分に出来るのはぎりぎりまで戦いを長引かせて応援を待つことだけだ。
覚悟を決めた楓は、何処からか取り出した巨大な手裏剣を片手にフェイトに向き合う。明日菜は共に戦おうと言っていたが、瞬動で戦線を延ばしたため、これで丁度全ての局面で一対一が成立したことになる。
「……わからないな。君くらいの実力者なら、今のぶつかり合いで戦力差はわかっていそうなものだけど」
フェイトは逃げようとしない楓が不思議で仕方なかった。互いの戦力は、フェイトが頭一つ以上抜きん出ている。幾ら楓が頑張ろうとも、状況は厳しいものに違いなかった。
だからといって追い詰めれば、今も何処かでこちらを見ているだろう化け物を起こすことになるのだが。そんなぼやきは心の奥底にしまい込む。
「生憎と、拙者、お主よりも強いお方に心当たりがあってなぁ。アレに比べれば、まだこの状況は楽でござるよ」
「奇遇だね。僕も最近、人生で最大級のピンチを潜り抜けてきたばかりなんだ」
ほぅ。と僅かに目を開いた楓は、すぐに笑みを浮かべると「では、拙者達は似たもの同士でござるなぁ」そう嬉しそうに呟いた。
フェイトはそんな楓の言葉に首を傾げ、それもそうかと納得した。
「甲賀中忍、長瀬楓。参る」
「フェイト・アーウェルンクスだ。覚えなくて結構」
「そうもいかぬでござるよ!」
楓の内側から気が膨張する。手加減抜き、相手を殺傷する覚悟で全力を振り絞った楓は、さらに三体の影分身を展開した。
さて、どの程度いけるでござるかな?
胸の奥、強敵に挑む喜びをかみ締めつつ、楓は圧倒的化け物の口元へと、分身共々殺到した。
─
「とりゃあ!」
可憐だが気合の篭った叫びと共に、明日菜のハリセン、ハマノツルギが千草の召喚した猿の式を一撃で送り返した。触れただけで問答無用。抵抗すら許さずに式を消す明日菜を相手にする千草の表情は歪む。
相性が最悪だ。千草の本領は、前衛を盾にした火力重視の殲滅呪文を叩きつけることだ。西洋魔法使いと同じく、彼女もまた後衛を得意とするが、今回は相手が悪い。
「もういっちょ!」
猿を落とした明日菜は、その勢いのまま着地と同時に隣に居た熊の式にハリセンを振りかぶる。魔力供給をえた肉体は、通常でも身体能力の高い明日菜の能力をさらに向上。式が腕を振りぬき明日菜を吹き飛ばそうとするが、その腕を掻い潜り、気持ちいい音色を奏でて熊の腹部を打った。
やはり一撃。上と下で泣き別れになった熊が符に戻った。冗談にもならぬアーティファクトの威力をまざまざと見せつけられた千草は、符を放ちながら後退するものの、全て明日菜のハリセンが無力化する。
「くぅ!?」
「逃がさないんだから!」
そして素の身体能力も差が開いている。数メートル以上空に舞った明日菜は、そのまま重力に身を任せて飛び蹴りを千草に目掛けて放った。
自由落下と肉体のスペックが混ざり合い、ありえぬ速度と軌道を描いて蹴り足が飛ぶ。直撃すれば、確実に落ちる。千草の予感は正しく、ぎりぎりで間に合った回避の直後、地面に当たった足は小規模ながらクレーターを作った。
「わひゃ!?」
これに驚いたのは千草ではなく明日菜である。ノリと勢いでやってみせたが、まさか爆弾のような威力をはじき出すとは思わなかったのだろう。
当たれば、死ぬ。同時に理解したのはその事実だ。千草もまた術者の端くれであるため、ある程度の身体強化はしているため、一撃で死ぬということはないだろうが、明日菜が自身で生み出した威力は、彼女にそう思わせるには充分だった。
「ん?」
クレーターの中心で動きを止めた明日菜を千草はいぶかしむ。明日菜が持つアドバンテージを考えれば、息をつかせぬ勢いで畳み掛けるのが定石だが、こちらの動きを誘っているのか。
いや、悩むべきではない。フェイトが作戦前に言っていた言葉が正しいのであれば、いずれにせよ青山は現れる。その前に、上手くこちらの意図が親書のみと刷り込ませなければならないのだ。
だから、攻める。千草はとっておきの札を取り出すと煙幕の向こう側に投げた。
「行け!」
号令と共に札から吐き出されるのは、膨大なまでの水だ。明日菜が居る場所の真上に投げられた札から流れ落ちる水量は、常人では受け止めた瞬間押しつぶされるほど。
「えぇ!?」
こちらも悩む予知などなかった。煙幕が晴れたと思えば空を埋め尽くす濁流に、明日菜は悲鳴をあげつつも全力でその場を蹴って離脱する。僅かに遅れて大地に叩きつけられた水は、その勢いで周囲一帯を水に飲み込み、明日菜も一時的に濁流に飲み込んだ。
だがこれは所詮一時しのぎ。千草は得られた僅かな時間を使って、再び式を召喚すると、一匹の肩に乗り空に飛んだ。
「三枚符術!」
空から落とす本命の札。アーティファクトに消されるならば、それを上回る紅蓮を持って、敵ごと燃やし尽くすのみ。
「京都大文字焼き!」
地に落ちた札が爆発四散したかのようだった。燃え広がる炎は、流れた水によって湿った地面すら炎上させて、熱にあぶられて霧となった水もあわせて明日菜を包み込んだ。
悲鳴すら燃える。紅蓮に飲まれた少女に対して憐憫の念は浮かぶけれど、近くに青山が居るかもしれないという恐怖が、千草に生易しい感情を振り払わせる。
例え肉体を強化しようともこの熱量の直撃は無傷ですむはずがない。だがそれでも、魔に連なるものを消し去るあの武器があれば、充分生きていられるはずだ。宙に浮かびながら、式と共に燃え広がる炎を注視する。
そうすればやはり予想通り、霧と炎を吹き飛ばして明日菜が現れた。それはいい。そこまでは予想通り。だが、千草は驚きに目を白黒させた。
「なっ」
「危ないじゃない!」
炎から脱出した明日菜は、服の端が所々焦げているものの、肉体そのものは全く持って無傷で健在だ。明日菜自身も混乱はあるが、しかし魔法が無害にしかならぬことを確信したその瞳には、漲る自信がはっきりと見えた。
最早、目の前の中学生はただの中学生とは認識できない。千草は唇をかみ締めて明日菜の脅威を改めて把握する。
「なら、おいでやす!」
虚空に浮かんだ千草が持てる札をばらまくと、そこから無数の式が現れた。最初に出した可愛らしい式ではない。どれもが武器を携えた、殺傷用の式。
術が駄目ならば、肉弾戦で押し切る。千草は空から指揮者の如く式を操り、明日菜へと襲い掛からせた。
「多いなぁ!」
だが怯まない。怯えない。空から降りてくる式の群れと、それらが持つ、人を殺すため作られた刀剣類を見ても、明日菜は真っ向から挑む。
千草を殺すかもしれない恐怖はまだある。それでも戦わなければ、戦わないと。
また、失う。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
己の奥底に眠る本当の恐怖を振り払うように自身を奮い立たせる。握る太刀は覚悟の証。失わないように、離さないように。
だから、我武者羅に前を向け。
後書き
次回は刹那vsツッキーとネギvsこた。
オリ主が仲間に加わりたそうに彼らを見ている!
仲間に加えますか?
>はい
いいえ