「京都での護衛ですか?」
何度目になるかわからぬ俺の言葉に、これまた何度目になるかわからない「頼めるかのぉ」という学園長さんの言葉。
「辞退します。俺は、青山ですから」
だから、俺は頭を下げてその依頼を断った。
事の始まりは、ネギ君が修学旅行で京都に行くことになったからだ。それで、西の呪術協会に和平の使者としてネギ君を送ることになったのだが、東の魔法使いであるネギ君を狙う西の強硬派が出る可能性がある。
それの護衛のため、俺が選ばれたわけだが、流石にそれは拙いというものだ。
「しかし、そういう話でしたら、俺を解雇したほうがよろしいでしょう」
続けた言葉に、学園長さんと、その隣にいつも通りに立っている高畑さんが驚いた表情を浮かべた。ん? そんなに驚くことだろうか?
「以前も話しましたが、俺は青山です。少なくとも、西の上層部は俺の存在を公にしないように、上手く隠して……神鳴流以外の一般の術者は、多分俺を知らないでしょうけれど。上があなた方にまで情報を隠し通した俺の存在を、あなたがたが知っている。これは、色々ないざこざを引き起こす恐れがあります」
そんなことを話しながら、一方では随分と話せるようになったなぁと我ながら感心。
ともかく、俺という存在がいる以上、西との和平は難しいと言っても過言ではあるまい。
「そういうわけにもいかんよ青山君。君の事は鶴子ちゃんにも頼まれていることじゃからのぉ」
「俺如き一個人よりも、組織として、周りの人を優先すべきかと……」
「そういうわけで、これじゃ」
学園長さんは机の引き出しから一枚の手紙を取り出した。それを高畑さんが持って、俺に渡してくる。
「これは?」
「親書じゃよ。鶴子ちゃんと前々からやり取りはしていてのぉ。これまでの君の働きと、現在従事している表の仕事の評価を記した。そして現在、英雄の息子、ネギ・スプリングフィールドの護衛を勤め、一定以上の成果も残しているともな。それに君の言うとおり、君の存在はどうやらあちらでも一部の者しか知らず、であれば、その一部を納得させれば、問題はないということじゃ。そしてその一部の中でもトップの男に関しては、ある程度裏は合わせている」
「つまり、俺に和解を?」
「そういうことじゃ。君には先に京都へ向かってもらい、西の長、君の兄でもある近衛詠春と接してもらい、彼ら上層部が集まる場所で、公に和解をしてもらう……勿論、ただというわけにはいかなかったがの」
なるほど、それで護衛ということか。
「そして俺は、和解の証として、ネギ君を無事西の長の下へ送り届けて、無事、西と東の和平を成立させると……そういうことですね?」
「そして、こちらに帰ってきたところで、改めてネギ君を守り、西と東の和平を成立させた立役者の一人として、君を正式に他の魔法先生や生徒に紹介する手はずだ」
基本は西と東の和平ということだろうが。その上で、俺のことを考えてこんなやり方をしてくれたのだろう。当然ながら、そう簡単にいくわけもなく、無事に和平を成立させなければ、結局俺は表に出されるだけ出されて、追い出されるということになるだろう。
そのことがわかっているからか。学園長さんと高畑さんの顔は心苦しそうだ。
「気にしないでください。俺の苦労は所詮、身から出た錆ですからね。むしろ、俺に汚名返上の機会を下さって、感謝の極みであります」
頭を下げて、手紙をポケットに丁寧に仕舞い込む。
「では、頼まれてくれるかの?」
「はい。不肖ながら、この青山。ネギ君の京都護衛、任せていただきます」
─
とはいえ。
まぁそれでも緊張するものである。
「どうした兄ちゃん? 今日はちょっとぎこちねぇじゃねぇか」
錦さんがそんな俺の精彩を欠いた動きに気付いて、お昼休み、いつも通りにご飯を食べながらそんなことを聞いてきた。
恥ずかしい。無表情が取り柄だというのに、己の内心を読まれるとは、よっぽどよく見られているんだなぁとちょっと嬉しかったり。
「また、今度は十日ほど、休みをいただくことになりまして」
そう申し訳なさそうに言った俺に対して、錦さんは「またか」と呆れた風にため息を吐き出した。
「ったく、どうせ休みじゃないんだろ? 以前も一週間休んだと思った次の日は、目元が隈で酷くてげっそりこけてて、次の一週間は戻ってきたら体中包帯だらけだ……何してんだか知らねぇけどよ。無理だけはするんじゃねぇぞ? 俺らはおっさんとおばさんだらけだから、若い兄ちゃんに付き合うなんて無茶はできねぇけど、皆心配はしてるんだ」
この阿呆が。錦さんは明るく笑いながら俺の肩を軽く小突いた。
いや、ホント申し訳ない。そんなに心配をかけていたことが恥ずかしくて、心配されていることが嬉しくて、小突かれた肩は妙に熱い。
「上の兄に、久しぶりに会いに行くことになったんです」
だからこの際だ。俺は洗いざらい全部を話すことにした。
「へぇ、いつごろから会ってないんだ?」
「おそらく、かれこれ十年近くは……そもそも、あまり兄との交流は幼いころからあまりなく、どうにも緊張をしてしまって」
真実と嘘を少々。本当は青山と恐れられる俺が、あの土地に再び赴いて余計な混乱を招かないかという不安が一番なのだが。
錦さんは俺の話を聞いて少し考え込んだ。嘘も混じった俺の話を真剣に聞いてくれて、やっぱし恥ずかしくて、だがやっぱし嬉しくて。ホント、俺はここに来てからいい上司に恵まれた。
「まぁ難しいことは言えねぇが、とりあえず会ってみて酒呑めば、大抵のしがらみってのはなくなるもんさ。兄ちゃんもここに来て、随分と変わってきたからな。今なら、色々と見えてくるものがあるんじゃねぇか?」
言われて、思い返す。
ここで生活してから巡り合ってきた色々な人。そのどれもが、この第二の人生で初めての経験ばかりで、前世があるとはいえ、人格と知識しか持ち越せなかった俺には全てが新鮮だった。
充実しているのだろう。一人、青山という天才と遊び続けたのとは違う楽しさは毎日あって、それが俺をどんどんと変えていく。
「そうですね。今なら、色々なものが見えます」
ふとした拍子にすれ違う子どもの笑顔。毎朝清掃に励む俺達に挨拶してくる学生達。
知り合って、話した人達ばかりではない。そうした見知らぬ人との接触は、俺の中に着々と積まれていっている。
「俺は、ここで変わっています」
全部が全部。素晴らしい世界。
「こんなにも人と出会えた。そのきっかけの一人である錦さんと知り合えて、俺は本当によかったです」
そうして俺は、錦さんのほうを向いて──
ありゃ、今、刀持ってないんだった。
─
相棒となる刀を鍛える最後の仕上げのとき、青山はありったけの気を全て注ぎ込むことにしている。そうすることで、その刀をほとんど自分と同一とするのだ。
だが十代目に至るこれまで、青山の気の最大出力を注いで、全てを飲み干した刀は存在しない。ほとんどが半分以上外部に散乱してしまうのだ。
そのたびに青山は使用する刀をより禁忌の類のものにしていく。そして先代に至っては、ついに妖刀と呼ばれる刀を青山は己の気の色に染め上げた。
だから、今回の刀も、見た目は神鳴流が使う長大な野太刀に仕立て上げているが、その大元となる芯には、人を斬り続けた危険な妖刀を使用している。
まぁその仕立ての段階で、今回は随分と手こずったのだが。そんなことを思いつつ、青山は屋根裏に潜り込んだ。
そこは、屋根裏一面に封印の札を敷き詰めた空間だった。青山が持てる技術の全てを費やして作り出した特性の密室は、十一代目の放つ危険な妖気はおろか、青山の全力の気の放出にすら、一度だったら耐え切るほどだ。
そんな強力な防御結界を構築しなければならないほど、これから青山が行うことは周囲への影響が大きい。
いつも通りの無表情で、青山は札で埋め尽くされた鞘からゆっくりと十一代目を抜く。それだけで、未だ残っている妖気によって、刃鳴りが何度も何度も響き渡った。
斬らせろ。
人を斬らせろ。
生き血を吸わせろ。
斬り殺せ。
柄を通して青山の脳裏に響き渡る恐ろしい呪いの声。だがそれも、最初に比べたら随分と小さくなったものだし、大きかろうが小さかろうが、呪い程度では青山の精神は微塵も揺るぎはしない。
そも、斬るとは斬ることで、それ以外の意味なんてないというのに。こいつは何を言っている? 青山が十一代目の芯が放つ呪いから受ける影響など、そんなことを考えさせることくらいだ。
「くだらない」
青山が気を通し始めると、悲鳴をあげるように十一代目は繰り返し振動した。青山の斬るという意志は、殺人に酔った妖刀の存在すら意味をなさぬ。
そしてここからが本番だ。青山は小さく深呼吸をすしながら、そっと瞼を閉じた。
「……」
十一代目を胸の前に掲げる。未だ悲鳴をあげるその刀身にそっと空いた左手を這わせた。冷たい感触に落ち着きながら、指を僅かに切り裂いて血を滴らす。
そして、青山は己の血をその刀身に塗りつけた。血の線を引きながら、切っ先まで血を流す指でなぞる。うっすらと刀身に残る赤色。青山は刀身に鮮血が馴染んだのを、目を開いて確認した。
直後、青山の右手から、柄を通して膨大な気が十一代目に流れ出す。気を纏わせるのではなく、注ぐ。それは意味が似ているようで、まるで違う。表面を強化するのではなく、その内側を己の色に染めるという異常な行為。その刀の製作者の意志を食いちぎる恐るべき冒涜。
それを青山は平然とやってのける。製作者がどんな願いを込めて作った刀でも、青山は青山の意志のみを押し通すために蹂躙していく。
周囲の護符が一枚ずつ、ゆっくりと、だが確実に剥がれ始めた。落ちた護符は、虚空で真っ二つに分かれて床に落ちる。床に張られた護符は、そのまま分かたれるだけだ。
想像を絶する気が屋根裏という小さな空間を埋め尽くしていた。だがそれは十一代目がその身にためることが出来なかった気、つまりはただの余波でしかない。十一代目は苦悶する。許容量を遥かに超えた気の充実に限界を感じて、必至にその身体から外に受け流す。
同時に、その身に宿す意志すらも流されていった。己を守るために、己の存在を消していく。そんな矛盾した行為しか、今や十一代目に行えることはなかった。
構わず、青山は気を注ぐ。持てる気をこの僅かな時間で全て吐き出しているために、その顔はもう青より白に近くなっていた。意識は朦朧としだして、掴んだ刀の感触すら遠い。
それは、刀が己と重なっている証拠ともいえた。刀と自分の境界線が失われていく。流れる気が、刀という己を通して外に放たれていくのを感じる。
最後の仕上げを始めてから、まだ十秒も経過していなかった。それだけの時間で、刀と己は重なる。心身合一。刀を己となす極地。
そして、美しい鈴の音色が響いた。
「ッ……!」
青山は突如、体中から汗を滲ませて手をついた。肩で息をして、疲労は濃い。視界は霞んでいて、体中が重かった。
だが完成した。青山は右手に持った十一代目を見つめて、内心で笑う。
「よろしく」
答えは静かな音色。その身に宿した妖気は完全に洗い流され、透き通った清流のような涼やかな色が青山を歓迎する。
これで、ようやく準備が整った。手に持つ新しい相棒を青山は丁寧に鞘に仕舞い込み、屋根裏を抜け出す。
直後、屋根裏を埋め尽くしていた全ての護符が真っ二つに斬られて落ちた。
そんなことも気にせずに、青山は十一代目を片手に小屋を出ると、空を見上げる。
「……」
ここからだと、星はよく見える。その一つ一つを見て青山は何を思ったのか、ただ暫く空を見上げると、やがて静かに小屋の中に戻っていった。
こうして修羅は新たな刃をその手に持つ。ぎりぎりで間に合った相棒、何故ぎりぎりと思ったのか、それは言いようのない予感を感じたから。
きっと、楽しい旅行になるだろうなぁ。
そうして、青山は旅行を前にした子どものように、旅行先への思いを募らせながら眠りにつくのだった。
後書き
次回、京都へ。
なお、後書きは基本信用ならないことをここに書いておきます。