「……あ、あの! わ、私……ッ!」
が。
次の瞬間、それは起こった。
『きゃぁぁああああ!!』
耳を突き抜ける女性の悲鳴。
その声にそちらを振り向いてみれば、建物の一角に立て掛けられていた数十にも及ぶであろう鉄パイプが、何かの拍子で一斉に倒れかけているのだ。
一本一本の重さも相当な物なのだろう。
その音はカラカラと言うよりは、むしろゴンゴンと重いものがぶつかり合っている音だ。
それらが一斉に倒れようものなら、それだけで一大事。
しかし、それだけならば確かに騒ぎにはなるものの、元に戻してやればすぐに元の喧騒に掻き消されるであろう程度の小事でしかない。
だが。
それも。
音を立てて崩れ落ちていく鉄パイプの束。
―――その下に、一人の小さな女の子がいなければ、だ。
突然の出来事にその場にいた誰もが時を忘れたかのように立ち尽くしか出来なかった。
遠巻きに見ている人も、近くにいた人も、出来た事といえば声を発する事だけ。
いや、遠くにいた人はまだその余裕があったかも知れないが、近くにいた人達はそれすらも出来はしない。
そして、それは私も同様だった。
距離にしておよそ10m。
そんな近くにいたと言うのに、体は全く動かなかない。
頭の中で、危ないとか、助けなきゃって考えが目まぐるしく動いているのに、それを体が拒絶する。
後から考えると、これは人間の生存本能によるものだと私は思う。
身近にある危険に、頭で行動を起こそうと思っていても、体がそこに行こうとするのを拒否しているのだ。
誰だって、自分が傷つくのは怖いもの。
その恐怖に、咄嗟の出来事なら尚更判断なんか出来るわけが無い。
そしてそれは、迫り来る鉄塊の真下で呆然とそれを見上げている少女にとっても同じこと。
その身に迫る危険に、思考が追いついていない。
だが、そんな中。
ただ一人の例外があった。
ダンッ、と。
地面を強く蹴る様な音が私のすぐ横からした。
そして渦中に飛び込んでいく人影。
―――衛宮さんだ。
誰もがその光景に目を奪われる。
降り注ぐ鉄の雨に怯む事なく速度を保ち、小さな女の子の元に辿り着いた衛宮さんは、女の子を抱きかかえると逃げるのは無理だと判断したのかその場で蹲った。
その決して大きくは無い身体で、女の子を守るようにすっぽりと。
そして。
轟音。
鉄の塊が降り注いだ。
「……え……みや……さん」
もうもうと立ち昇る土埃を前に、私はぺたりと地面に力なく座り込んでしまっていた。
全身の力が抜け落ち、目の前の光景に思考が停止している。
その光景を目の当たりにした誰もが最悪の事態を想像し、動くことも、口を開くことすら出来ず、辺りは痛いほどの静寂に包まれている。
空気が重い。
誰もが押し黙り、世界は音を失ったかのように思えた。
だが。
ガラン、と言う音がした。
その場の視線が一斉にそちらを向く。
音はそのまま続き、ガラガラと瓦礫を押し崩すような音が響き渡る。
そして、
「…………ふう。怪我は無いか?」
女の子を抱きかかえた衛宮さんが、鉄パイプの山の中から姿を現した。
瞬間。
―――歓声。
割れんばかりの歓声が辺りを包んだ。
そのどれもが衛宮さんを称えるものばかり。
鳴り止まない万雷のような拍手。
そのうち我に返った数人の男の人達が、瓦礫を退けるのに手を貸すと、それを掻き分ける様に一人の女性が現れた。
おそらくその女の子の母親なのだろう。その女性は女の子を強く抱きしめると、涙を零しながら衛宮さんに、ありがとうありがとうと繰り返していた。
衛宮さんはそんな女性に苦笑を返すと、女の子の頭をポンポンと優しく撫でて立ち上がった。
そんな様子に周囲の人々からワッという歓声が再び上がる。
けど。
私は、そんな様子を座り込んだまま呆然と見ていることしか出来なかった。
周囲のように熱に浮かされるのでもなく、ただ純粋に目の前の光景が理解できなかった。
駆け寄ることも。
安堵の息を吐く事も出来ずに、一つの疑問がこびり付いて離れない。
(……どうして、間に合うことが出来たの?)
頭に浮かんだのはそれだけ。
どうしてあの場面から間に合うことが出来たのだろうか。
あの一瞬で、だ。
それは物理的な速度ではなく、思考の速度での話。
衛宮さんのした事は確かに称えられる事だろう。
その身を顧みず、一人の小さな女の子を窮地から救ったのだ。なるほど、小説やドラマにも出てくるようなその光景は、これ程分かりやすい美談も他に無い。
……だけど、実際にそれを成そうと思って出来る人がこの世に本当にいるだろうか?
良く考えてみてほしい。
自身の命を懸ける、その意味を。
確かにそう言う気概の人はいるだろう、命懸けで誰かを救うと言うのは多くは無いが少なくもない位には聞くこともある。
結果として、実際にそうなった人も中にはいることだろう。
だけど、あの場面で実際にそれを行える人がいるのだろうか?
咄嗟の出来事。
自分もその渦中にいて、思わず庇ったとかではない。
目で見て。
判断して。
そして駆け出す。
飛び込んで助けられる可能性は少なくて、自分も助かるような可能性はもっと少ない。
賭けるものは自分の命で見返りはゼロ。
考える時間も迷っている時間も無い。
いや、考えるという事をした時点でもう間に合わない。
考える時間もなく、命を懸ける決断をしなければならない。
迷っている時間が無いとはよく使う表現だけど、この場合は本当の意味で時間がゼロ。
見て、行動に移すまでの時間がゼロ。
……それは最早、条件反射でしかない。
条件反射で命を捨て、動き出していなければ間に合う事の不可能な出来事。
……それを成した。
それはつまり―――最初から……いや、考える以前に、本能として自分の命の捨てているという事に他ならないのではないか?
「…………ッ」
気が付けば私は、地面に座り込んだまま自分の身体を掻き抱いていた。
……寒いわけでもないのに身体が小刻みに震えて止まらない。
カチカチと噛み合わない歯が嫌な音を響かせる。
『……ドウシテ震エテイルノ?』
ダメだ。
それを考えてしまってはダメだ。
もし、考えてしまったら――
衛宮さんは座り込んでいる私に気が付くと歩み寄って来る。
その間にも周囲からは賛辞が浴びさせられ、衛宮さんは照れくさそうに頭を掻いていた。
……この人達は気が付いていない。どうして気が付かない。目の前で起こった出来事の異常性を。
『……ドウシテ異常ダナンテ思ウノ?』
いけない。
それに気が付いてしまってはいけない。
もし、気が付いてしまったら私は――
……私は、人が他人を助ける行為は結局のところ自己満足だと思っている。
誰かの為になりたい。
誰かの支えになりたい。
そう言う考えは確かに崇高だと思うが、そう言った気持ちが生じるのはやっぱり自分がそうする事で気分が良くなる、もしくは気が楽になると言った見返りを求めているからだと私は考えている。
それを打算だとか、偽善だ何だと言うつもりは全く無い。
人間は多かれ少なかれ欲を持って生きているんだから。
衛宮さんは私の前に立つと、大丈夫かと声を掛けて来る。
私はそれに答えることが出来ず、ただ震えたまま顔を上げるのみ。
……だけど、この目の前の人にはそれが無い。
見返りを求めないとか、そう言うことを言っているんじゃない。
―――見返りと言う存在自体をまるで最初から知らないかのように、迷わずに命を捨てた。
迷い無く命を放棄した。
……そして、私は遂にその考えに至ってしまう。
―――この人は、本当に人間なんだろうか。
―――怖い。ただ、ひたすらに彼が……衛宮さんが怖い。
本当に迷うことなく命を捨てる事が出来るなんて、そんなの、死にながら生きているのと同じじゃないか。生きる事を知らないのに生きているなんて、人間に出来ることなんだろうか。
出来るとすれば、それは……人間じゃない、もっと異質な何か。
これじゃあ、まるで―――。
一度考えてしまうと、もう駄目だった。
考えは止まらず、身体は更にガタガタと振るえ全身は総毛立ち、涙すら出てくる。
「……どうした、立てるか?」
そう言って差し出されるその右手がまるで、
『ソウ、ソノ右手ハマルデ』
まるで、
―――人間以外の、恐ろしい化け物の手のように見えて。
「――――――嫌ァ!!」
バシン、と。
気が付くと私は、差し出されたその手を手の甲で強く払い退けてしまっていた。
その音は意外なほど高く響き、その強さは思いのほか強く私の手を痺れさせた。
そして、その衝撃に自分のしてしまった事の重大さを嫌でも思い知らさせる。
―――私、今……一体何をした?
「…………えっと」
衛宮さんは払い退けられた手のやり場に困り、困惑顔で手を握ったり開いたりを繰り返していた。
そしてその表情が先ほどの、酷くつらそうで、今にも倒れてしまいそうなのを、必死に隠し通そうとしている様な表情と被って見えてしまう。
必死に取り繕っていた仮面が、私が手を払いのけてしまった事でボロボロと崩れ落ちていくかのように。
脆く、心が崩れ落ちる。
まるで、砂の城のように。
「―――っ!」
その表情を見て、私はハッと息を呑み、全身の血の気が引くような感覚を味わった。
……その表情をさせたのは、この私だ。
何があったか分からないが、必死に隠していたその表情をもう一度曝け出させてしまったのはこの私だ。
「――――――ああ、そっか。うん、そうだよな……やっぱり」
衛宮さんは払われた手を見てそう呟くと、消えてしまいそうなほど儚く笑った。
……違う。待って。本当に、今のは違うの。
私、あんな事するつもりは―――!
「……大河内さん」
「……あ、あの。い、今のは……ち、違、」
「今日はありがとう。お陰で色々楽しかった」
弁明にもならない弁明を口にする私を他所に、衛宮さんは一人で語る。
それは別れの言葉。
今日と言う日を締めくくる言葉。
「……それに、今までも色々と世話になった」
それは別れの言葉。
永遠の別れの言葉。
決別の言葉。
一歩、
二歩、
三歩、
衛宮さんはこちらを向いたまま後ろ歩きで私と距離を取った。
たった三歩。
距離にして三メートルにも満たない距離。
たったそれだけの距離の筈なのに、それが何故か永遠に届かない距離のように感じる。
「……あ、あの……衛……宮さん?」
私が何とか声をしぼり出すと、衛宮さんは閉じたり開いたりを繰り返していた手をギュッと強く握り締めた。
様々な感情を握り潰そうとしているかのように強く、強く。
様々な感情を押し込めるかのように硬く、硬く。
「……全く、こんな事にならないと気が付けないなんて……本当、俺もどうかしていたんだな、きっと」
独り言のように呟く衛宮さんは、どこか自虐的とも思える笑みを零した。
…………違う。
この人は化け物なんかじゃない。
化け物なんかである訳がない。
だって、こんな、今にも泣き出しそうな表情で笑う人が、化け物なんかである訳ないじゃないか!
何を考えているんだ私は―――!!
「……あ、あのッ」
それでも身体が、本能が拒絶する。
どんなに感情でそれを否定しようとも、一度感じてしまった恐怖に、身体がすくんで動かない。
三歩分の距離が縮まらない。
三歩分の距離が遠すぎる。
そしてその距離から、もう一度だけ衛宮さんが私を見た。
感情の篭っていない瞳。
けれど、その奥に微かだが何かの色があった。
悲しさ?
寂しさ?
諦観?
未練?
そのどれもが混ざり合ったかのような色。
だが、一度、衛宮さんが強く目蓋を閉じ、もう一度開いた時に宿っていたのは―――無色の感情。
そして、
「―――大河内さん。君はもう、俺に関わらない方が良い」
その言葉は、鋼のような響きだった。
硬く。
冷たく。
無機質で。
人間味を感じさせない声。
「……っ……ぁ、ぅ」
その声に、一度否定した筈の感情までもが揺り起こされてしまった私は、声を上げる事も出来ず、ガタガタと震える身体を一層抱きしめながら何とか顔を上げた。
「…………」
涙でぼやけた視界の向こう側で衛宮さんが私に背を向ける。
まだ手を伸ばせば何とか届く距離。
駄目、今このままこの人を行かせてしまったら……。
「…………って」
私は込み上げる恐怖心を必死に堪えながら腕を伸ばす。
出した声は喉が潰れたかのように音になどなってはいない。
それでも。
「……って……!!」
伸ばす。
言う事を聞かない足を無視して、這いずる様にして右手を必死に前へと伸ばす。
今を逃してしまってはもう二度と届かなくなる。
そんなありもしないような強迫観念じみた感情が微かに身体を前へと進ませた。
お願い。
待って。
行かないで。
そんな声にならない声を身体を前へ進める力に変える。
私、まだ貴方に言いたい事が……伝えたい事があるの!
まだ始まってもいないのに終わらせる事なんて出来ない!
だから。
―――だから、お願い。神様、どうか私のこの手をあの人の右手に届かせて!
目一杯に、肩も、肘も、指先に至るまで前へと伸ばす。
あと数センチ。
それだけで届く。
―――だけど。
「……じゃあな」
指先を掠めるようにその右手が、その背中が遠く離れていく。
立ち止まる事も、振り返る事も無く離れて行ってしまう。
「…………ぁ……ぁあ」
次第に人込みに紛れて行くその背中を、私は手を伸ばしたまま見送る事しか出来ない。
ただ止まる事のない涙を流し続け、震える体で蹲り、その場から動く事も出来ないままに。
口から言葉は紡げず、いつからかしゃくり上げる様な嗚咽ばかりが零れ行く。
……何を。一体、何をしているんだ私は。
優しい人を傷つけて。
差し出された手を払い退け。
恐怖を感じて震えている。
そして、あの人が離れて行った事に本能が安堵している。
―――気が付けば、私は声を出して泣いていた。
周りの事なんか気にする余裕もなく。
そんな事をしても時は戻ったりしないのに。
……衛宮さんが戻ってくる事はないのに。
悲しいのか。
悔しいのか。
寂しいのか。
情けないのか。
……それとも怖いのか。
ごちゃ混ぜの感情に任せ、ただただ泣き叫ぶ。
座ったまま立ち上がる勇気もない、臆病者の私。
「―――最低だ、私」
……そして私は、初めての恋がもう叶わない物なのだと知ったのだった。
たった三歩。
届きそうで届かないその距離は。
私の指先をすり抜けて。
決して届く事の無い距離に成り果てた。
麻帆良の学園祭に夜はない。
そう言われれば思わず納得してしまえるほど、深夜だと言うのに学園都市全体は色鮮やかなイルミネーションに彩られ、闇を打ち消すかのような光に溢れていた。
―――しかし。
ここに、夜の帳に潜むような人影がある。
夜に紛れるのではなく、闇に溶け込むかのように立つ数人の人影。
それらの一つが口を開いた。
「ハカセ、準備は整ているカ?」
「―――はい、現在稼働率76%。明日、12時までには全機稼動状態となります」
「……ウム。本来なら、ネギ坊主は全てが終わるまで閉じ込めておく予定だたのだガ……」
「仕方ないですよ。経緯を聞いてみれば『彼』の言う事ももっともですし……止むを得なかったとは言え、やはりネギ先生にカシオペアを預けたままなのは失敗でしたね」
「起動実験は多くの魔力を持つネギ坊主にしか出来なかたからネ。まあ、コレくらいの誤差は必要経費として割り切ておくとするヨ」
「……超」
「ん? どうかしたカ、茶々丸?」
「あの……本当に『彼』もこちらに味方をすると?」
「勿論ネ、本人からの申し出だから間違いはないヨ。私としては今回のような状況で、この上ない戦力の上乗せが出来て助かるんだガ……ソレがどうかしたか?」
「……いえ。何でも……ありません」
そう言って、一つの影は首を横に振った。
その様子は、何でもないと言いつつ、どうしても納得しがたい何かを秘めているようだった。
「―――茶々丸、ソレは貴様が心配する事ではないぞ」
と、そこに新たな人影が現れる。
闇を体現したかのような圧倒的な気配を持つそれは、
「……ああ、アナタカ。今回は本当に感謝しているヨ、優秀な人材を貸してくれて」
「ふん、茶々丸は貸してやる、壊すなよ」
そう言って黄金の髪を持つ少女は不敵に笑って見せた。
しかし其れも束の間。
次の瞬間には苦味を噛み締めたような表情をして背後を振り返ってみせた。
「……しかし、お前は本当にコレで良かったのか?」
少女は暗闇の先を見据え、心配そうな声色で問いかけた。
そこには何も存在しない。
ただ、闇があるだけだ。
……いや。
闇の先から足音が鳴り響く。
硬質に響くコツコツという足音。
その足音の主は少女を目指しているようだった。
「―――ああ、そうじゃなきゃ意味がない」
少女の声に答えたのは少年の硬い声。
まるで鉄を思わせるかのように硬質な声だった。
「……っ。しかし、それならば何もこのような回りくどい手段を選ばなくても――っ! そうだ、お前はただ私に『やれ』と命じれば良いのだ、そうすれば私はお前の―――」
「頼む」
硬質な声の主が少女の言葉を遮った。
少女はその声を耳にすると、言葉の続きを紡ぐ事ができなくなり押し黙る。
「―――頼むよ。こうしなければきっと何もかもが駄目になる。意味がなくなってしまう。それだけはどうしても嫌なんだ……だから……」
「…………分かったよ。お前がそこまで言うのであれば……」
少女はその言葉にうなずく事しか出来なかった。
そもそもコレは既に散々話し合った結果だった。
どんなに説得しようと決して変わる事がなかった意思を、ココに来て変えさせる事など出来るわけがなかったのだ。
―――けれど。
「……話は終わったかナ? そろそろ時間ネ、出る事にしよウ」
「―――ああ、分かった」
「では行こうカ。……未来を作る為ニ」
その声を皮切りに、人影が一つ、また一つと黄金の少女の横を通り抜け闇に消えて行く。
少女はそれを振り返る事無く見送った。
そうして、最後の一人―――少年が横を通り抜けた時だった。
「……最後にもう一度だけ問うぞ。今ならばまだ戻れる。それでもお前は行くのか?」
「…………」
その声に少年は足を止めた。
そして数瞬の間、周囲には静けさだけがあった。
互いに振り返る事も無く。
互いに顔を合わせる事も無く。
ただ、背中合わせの姿勢のままで。
「―――それは違う」
少年はただ一言、そう言うと再び歩き出した。
迷う事無く。
ただひたすら真っ直ぐに。
悲壮なほどの愚直さで。
「…………」
少女には、それ以上かけるべき言葉など残ってはいない。
唯一出来る事といえば、少年が自分に願った事を成すだけ。
それだけだった。
少年は歩みを止めず、再び闇に解けて行く。
その寸前。
―――風が吹いた。
まるで、嵐の前触れのようなその風は思いの他強く、少女の金の髪を靡かせ―――そして、
「……もう、戻れない所まで来ちまってるんだ」
―――赤い外套が、風に舞ったのだった。