「———んで、アキラ。どうすんの?」
「…………は?」
唐突に、目の前に座った親友……明石夕奈が訳のわからない事を言い出した。
時刻はオヤツの時間、天気は快晴。
学園祭が近い事もあって、部活がお休みの今は、クラスの出し物の準備の前に一息入れようと、学園から程近いカフェでコーヒーを飲んでいる時だった。
「どうするって……何が?」
「そんなん決まってるじゃん」
ゆーなはそう言うと、ニシシと意地の悪い笑い方をする。
……今までの経験上、ゆーながこう言う顔をする時は、大抵碌でも無い事を言う時だと決まっている。
私は少し諦観した心持でコーヒーカップを口につけた。
「衛宮さんだよ、エ・ミ・ヤ・さん。学園祭、一緒に回ろうって誘った?」
「———ぶッ!?」
と、唐突に何を言い出すんだゆーなはッ!?
気管に入ったコーヒーでケホコホとむせる私を余所に、ゆーなはそんなの知ったこっちゃないとでも言うように、目を爛々と輝かせて話を続けた。
「おんや、その反応……さてはまだ誘ってないなッ!?」
「あ、当たり前でしょッ、その前になんで誘うこと前提で話が進んでいるんだ!?」
「ダメだよアキラ〜、そんなノンビリとしてたら青春は終わっちゃうよ?」
「…………」
……前々から思ってはいた事なんだけど。
なんでこの子は時々人の話を聞かなくなるんだろう? 後、たまに暴走するし。
「……ふん。そんなの、好きな人もいないゆーなには言われたくない」
私は両手でコーヒーの入ったカップを口元に持っていきながら少し反撃をする。
言われっぱなしは面白くない。
「ぐ……ッ、ア、アキラって、偶にだけど突っ込みキツイよね」
「……そうかな?」
私的には思ったことそのまま言ってるだけなんだけど。
ゆーなは若干憮然とした様子で、胸の前で腕を組んだ。
「いやまあ、確かに事実なんだけどね、私に好きな人がいないって言うのは。お父さんの世話をしなくちゃいけないってのもあるっちゃあるんだけど……」
ゆーなはそう言うと、頬杖を着いて大きなため息を吐いた。
ゆーなの言っているお父さんの世話と言うのは、家の話だ。
ゆーなの家は早くにお母さんを亡くしており、お父さんと二人の父子家庭なのだ。今でこそ寮暮らしのゆーなだが、休みの日などは大学教授の仕事で忙しいお父さんの代わりに家事をしに帰るという家庭的な一面も持っている。
なので、以外と言ってしまえばゆーなに失礼だが、ゆーなはこう見えて炊事洗濯掃除などが普通以上に出来る。
男の人は家庭的な人が好きだというし、そういう面に関してゆーなは大層受けが良いだろう。
更に言えば、見た目だって十二分に可愛いし、性格だって明るくて優しいし、それに……おっぱいだって大きい。
「…………」
なんとなく自分の胸元に視線を落とす。
……うん、負けてはない。
些細なこととは言え、女の子にだってプライドと言うか、譲れないものはあるのだ、うん。
それは兎も角として。
「でもほら、ウチ等って良くも悪くも女子校じゃん? どうしても男の子との接点が無いって言うか、縁遠くなっちゃうから、仕方ないって言えば仕方ないんだけど、分かりやすく言えば……好きになることが出来ない状況?」
ゆーなはそう言うと、頭の後ろで腕を組んで首を傾げた。
私に聞かれても困るんだけど、ゆーなの言っている事は理解できる。
女子校ともなれば、当然のごとく男の子と接触する機会が極端に少ない。決してゼロじゃないけど、それでもせいぜい部活で一緒になるか通りがかりに偶々会う程度が限度だ。
そんな状況下で男の人を好きになるとすれば、一目惚れか余程強烈な出会い方をしなければならないだろう。
なるほど、ゆーなの言う好きになる事が出来ない状況と言うのも的を得ているように思う。
でも、
「……ネギ君は?」
「んにゃ? ネギ君?」
ゆーなは頭の後ろで手を組む姿勢そのままで目をパチクリと瞬かせた。
はて、そんなに以外な例だったかな?
確かにネギ君は10歳と幼いが、年齢に見合わないほど大人びているし、私たちのクラスの宮崎や雪広のように、実際にネギ君の事が異性として好きな人がいるのだから、そんなに有り得ない例じゃないと思うんだけど。
「ネギ君、ネギ君かあ……」
ゆーなはそう呟いて、カップを手に取りコーヒーを口に含むと、口を開いた。
「ネギ君の事は嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、そういうんじゃないかなあ。今だって十分可愛いし、将来的にも絶対に超が付く位カッコ良くなるのは分かってるんだけど……ほら、人を好きになるってそう言うんじゃないじゃん? その人の将来を見込んで好きになるって、なんか違うと思うし……上手く言えないけど、———こういうのって好きになりたいから好きになるんじゃなくて、好きだから好きになるんじゃないかな。……いや、ホント上手く言えてないな私。自分でも何を言ってるかサッパリだ」
「…………ううん、分かるよ、なんとなく」
自分の言葉にアハハと笑うゆーなに対して、私は頭を振ってそう答えた。
———好きになりたいから好きになるんじゃなくて、好きだから好きになる。
確かに言葉の意味としてはおかしいのだろう。
強引な論法もいいところだ。
だけど、私は思う。
———だから、なのだと。
意味が通じない?
理屈が通らない?
そんなの当たり前だ。
理屈なんかじゃないんだから。
自分ですらどうにもならない感情に、理屈なんか通じる訳がない。
誰かを好きになるって言う事に理由なんていらないし、理由を付ける意味だって無いのだ。
だからこそ私はゆーなの言葉こそが正しいと思う。
好きだから好き。
それはもうしょうがない事なのだ。
……だって本当に好きなんだから。
「…………」
と。
気が付けばゆーながボーッとした表情でこちらを見ていたのに気が付いた。
いけないいけない。
どうやら深く思考し過ぎていたみたいでゆーなをほったらかしにしてしまった。
「…………」
しかし、これは何か様子が変じゃないか?
私を見たまま動かないし、心なしか頬が上気して赤くなっている。
……風邪?
「……ゆーな、大丈夫?」
私が顔の前で手を振ると、ゆーなは漸く我に返ったかのように気が付いた。
「———あ、ああ、ゴメンゴメン。……いやー、ビックリしたー」
「……?」
ゆーなの言葉に私は首を傾げた。
はて、今の会話の中でビックリするような発言なんてあったかな?
「最近、なんとなく感じてはいたんだけどねー。いやいや、まさかここまでとは予想外だった」
ゆーなは一人納得するようにうんうん頷いているが、当然私には何が何だかさっぱりだ。
するとゆーなは、そんな私を見て先程と同じような意地の悪い顔で……それでいて何処か優しい顔で笑うと、
「アキラ、最近すごく綺麗になったよね」
「……え? そ、そう?」
「絶対そうだよ。今だって私、本当にびっくりしたもん。こう、なんて言うのかな……物憂げな感じ? 良く分かんないけど、前よりずっと大人びて見えるもん」
「……そ、そう」
と、言われても自分自身ではピンと来ないんだけどな。
友達から綺麗になったと言われて嬉しい事は嬉しいんだけど、私には自覚が無いから何とも反応に困る。
そもそも、綺麗になんてなっているんだろうか?
私は元々、化粧といっても大した事はしないし……まあ、これは部活が水泳部なので、水に入ってしまうと化粧の意味がなくなるからって言うのもあるんだけど。
だからと言って、最近になって新しく始めた美容法なんかも別に無い。
さて、そうなってしまうと何かが変わったような心当たりなんて、全くないって言うのが本音ではあるのだが。
そんな風に首を傾げる私に、ゆーなは重い溜め息を吐いて頬杖を突いた。
「やっぱアレだねー……恋する乙女は綺麗になるって言うけど、本当だったみたいだね」
「…………」
……いや、うん、まあいいや。
今更そんな事無いって言えるような状況じゃないし、恋をしているって言うのも事実だし。
……けど、その台詞に対して私になんのコメントをしろと言うの?
「でもそれなら尚更だよね、ライバルだっているんだしモタモタしてたら取られちゃうよ?」
「ライバルって……」
衛宮さんは物じゃないんだから取られるってわけでもないだろうに。
けど、そう言われると思い当たる節があるのは確かだ。
例えば、
「……桜咲とか?」
思い起こすのは衛宮さんと初めて出会った時に見た、教室では見たことも無い楽しそうな桜咲の表情。
京都で衛宮さんに聞いた時は付き合ってるわけじゃないみたいだけど……。
それでも私には分かってしまう。
彼女は私と同じような感情を抱いていると。
ゆーなはそんな私の言葉を聞くと、キョトンとした表情になった。
「桜咲って……刹那さん? え、あ、嘘、刹那さんもそうだったのッ!?」
真顔で驚くゆーな。……あれ、ライバルって桜咲の事じゃなかったのかな?
「……いや、私もよく分からないけど……そうなんじゃないかなって。なんとなく」
「はあ〜、そうだったんだ。私、刹那さんとあんまり話さないからなあ……」
眉間に皺を寄せて腕を組みながら唸るゆーな。
えっと……後、他に該当しそうなのは……。
「……じゃあ、神楽坂や近衛とか?」
この前の喫茶店でのやり取りを見た感じ、二人とも衛宮さんの事を兄として慕っているし、衛宮さんも二人のことを妹のように可愛がっているように見えた。
二人の態度も単純に表面だけを見れば、桜咲よりもよっぽど分かりやすく衛宮さんに好意を抱いているように感じるんだけど。
「あ〜……、アスナとコノカかぁ……。確かにあそこら辺は衛宮さんと特に仲良いよねえ。なんて言ったって『シロ兄』に『シロ兄やん』だもん。それにコノカは別として、アスナがあそこまで男の人に対して素直になってるのなんて初めて見たし。……でも、私の見た感じだと二人とも本当にお兄ちゃんとして衛宮さんの事見てるんじゃないかな。そりゃ、好きか嫌いかで言ったらきっと好きになるんだろうけど、方向性が違うと思うのよ、私は」
「……そっか。うん、でもそれは何か分かるかも」
言われてみれば、確かに二人の態度は想いを寄せているというよりは、懐いているという方がぴったりな感じはする。
もしも衛宮さんを異性として意識しているのだとしたら、あそこまで明け透けな態度は取れないだろう。……体験者は語る、なのだ。
「まあ、今の段階では……って、前置きが付きそうな感じではあるんだけど」
「……むっ」
そ、それは十分に有り得る。
感情なんて移ろいやすいものだし、親愛の感情が恋愛感情に変わってもおかしくない。
そうなると衛宮さんのとの距離が近い分、神楽坂達の方が有利になるのかも……って、私は私で何有利とか考えてるんだろう。……駄目だ、なんかゆーなに洗脳されて来ている。
ええと……何の話だっけ? ———ああ、そうだ、確かライバル云々だった。(洗脳完了)
桜咲でもない。
神楽坂でもない。
近衛でもない。
……はて、後は誰がいるんだろう? もしや私の知らない人なんだろうか。
「じゃあゆーなの言っている……その、ライバルって誰なの?」
するとゆーなは、テーブルから身を乗り出し、私の耳元で囁くような仕草をした。
些か芝居がかった行為だが、その表情は思いのほか真剣だった。
そして、
「———ズバリ、エヴァちゃんね」
私に突きつける様に、そう言った。
「……エヴァ? それってウチのクラスの……」
「そう、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルちゃんね」
ゆーなは、「ふん」と鼻息荒く再び椅子に腰を下ろして腕を組んだ。
私はそれを眺めながらクラスメイトである少女を思い浮かべていた。
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
騒がしいクラスの中で、物静かな彼女はある意味浮いた存在だ。
金色の長く美しい髪を持ち、幼い外見ながらも、まるでビスクドールのような可愛らしい容姿をした少女。
だが、その愛らしい外見に相反するように、学校には登校してくるものの、授業をサボることが多く、出席していても机に突っ伏して寝ているか、退屈そうに頬杖を突きながらボーっとしているかのどちらかだ。そのくせに成績はそんなに悪くないと言う。
口数が少なく、たまに口を開いたとしても一言二言の結論を口にしてそれっきり。
妙に冷めた態度と瞳をしていることが多く、その様子は目に映るもの全てがくだらない物だと考えているようにも見える。
……そんな彼女が、衛宮さんを?
「あ、その様子だとやっぱり気が付いてなかったみたいだね。いや、私もこの前偶然見るまでは思っても見なかったことなんだけどね……」
「……って言うと?」
「うん。この前アキラが部活だった時、私一人で衛宮さんのお店に遊び行ったんだけど……その時、衛宮さんとエヴァちゃんが話してるの見かけたんだ」
それはまあ、そういう事だってあるだろう。
思い返してみれば、初めて衛宮さんの店に行った時は既に彼女も来ていたし、女子寮の前にあるせいか私たちのクラスにも衛宮さんのお店の常連という子達が結構な数いる。
その例が先ほど名前の出た、神楽坂と近衛なのだが、そこは割愛しよう。
そして、その傾向が特に顕著なのが彼女……エヴァンジェリンだ。
彼女は学校が終わると、ほぼ間違いなく衛宮さんの店に直行して、毎日のように通っていた筈だ。
通っていた、と過去形の表現になるのは、最近では放課後にネギ君と連れ立ってどこかに行っているようだからだ。
それでも店に通うのは変わらず、ネギ君と行動をともにしている日を差し引いて漸く神楽坂達と同程度の頻度に落ち着く。
更に、カウンター席の一番奥側とその隣の席は誰かが明言している訳でもないのに、エヴァンジェリンと、彼女の友人の絡繰茶々丸の専用席扱いとなっており、どんなに店が混んでいようともその席だけは彼女達以外が腰を下ろすことが無いと言う話は有名だ。
だからこそ、そんな常連が話をしている位だったら別に不思議な事でもないし。
「でね。その時は、あ、またエヴァちゃん来てるなー程度にしか見てなかったんだけど……」
ゆーなはそこまで言うと、一旦言葉を区切って目を閉じた。
そして、
「———あの子、笑ってたんだよね」
「……え? 笑ってたから……どうかしたの?」
「いんや、それだけだよ。エヴァちゃんが衛宮さんと話して笑ってた。それだけ」
「……えっと、それがそんなに重要な事?」
「そりゃ重要だよ。じゃあアキラ、逆に聞くけど……アキラ、エヴァちゃんが笑ってるのって見た時ある?」
「……そんなの当然…………って、アレ?」
当然あると言いかけて、言葉が止まった。
ずっと同じクラスだったんだ。笑った顔の一度や二度、見ている筈だろうからこそ言葉が先に出たけど、思い返してみると……なかったのだ。
私の記憶の中に、彼女が笑っている姿など、唯の一度も存在していなかった。
思い起こせる姿はいつもの憮然としている表情や、つまらなそうに頬杖を突いている姿ばかり。
「ね、見たこと無いでしょ? そんなエヴァちゃんがさ、衛宮さんの前だとすっごく綺麗に笑ってるんだよね。偶々見かけたんだけど、思わず見蕩れちゃったもん、私」
「……そう」
その光景を思い浮かべ、胸の奥がチクリとした。
「———でね、それ見て思ったんだけど……ぶっちゃけ、あれはヤバイわ」
「……ヤ、ヤバイ?」
「うん、アレは色々とヤバイ。本当にヤバイ。笑った時のエヴァちゃんが滅茶苦茶可愛かったってのもあるんだけど、何より……あの笑い方。アレはもう———愛しちゃってるね!」
「あ、愛ッ!?」
いきなりテンションが上がったゆーなの発言に思わず驚きの声を上げてしまう。
……あ、愛って。
「英語で言えばラブよ、ラブ! もう下唇噛んじゃうくらいのラヴッ!」
「———あ、ごめんゆーな。今のでなんか冷めた」
「なんでッ!?」
そして一気に下がった。
だって、なんかいきなり胡散臭いんだもん。少し前までは真面目な話してたっぽいのに。
「うぅ……、なんか最近アキラのハードルが高いよぅ……。と、兎に角っ、そんな感じで最大のライバルはエヴァちゃん! 今はまだお人形さんみたいな感じだけど、クラスで一番基本スペック高いのって実はあの子だもん」
「……スペック?」
「そう、スペック。いっつも不機嫌そうな顔してるから皆気が付いてないと思うけど……まあ、私も気が付いてなかったんだけどね。ぶっちゃけ……エヴァちゃんって超絶美少女よ? 成長期が来るのが遅いのかわかんないけど、今は小さいからまだ騒がれてないだけで、この先成長して私達くらいの身長になったら……」
ゆーなはそうしてゴクリと生唾を飲み込んだ。
そんなゆーなに習って、私も少し想像してみる。
人形のように作られたかのごとく精巧に整った顔立ち。白磁のようにシミ一つない肌。流れる黄金の髪。切れ長の瞳から覗く碧眼。
それらが順調に成長して行ったら……。
「…………」
た、確かに物凄いレベルの美少女が頭の中で完成してしまった。
そりゃ、私の勝手な想像の産物なんだろうけど、それから多少ずれたところで、それでも絶世の美少女と呼んでも良いレベルだ。
そんな少女が衛宮さんに想いを寄せている?
……強敵なんてもんじゃない。ほとんど倒すのが不可能な位圧倒的な存在だ。
「想像した? 想像しちゃったでしょ?」
「……うん。なんか凄かった」
と言うか、ゆーな風に言うなら今だって十分にマズイレベルなんじゃないかな?
だって、彼女の場合は冷めた表情がマイナスになっているだけで、元の素材は変わらない。
しかも、ゆーなの話では衛宮さんの前だとそれもなくなり、笑顔を見せていると言う。
……それって、普通に美少女なんじゃ……?
「だからさ、アキラ。遠慮とかしてたら手遅れになっちゃうよ?」
「……べ、別に、遠慮しているわけじゃ……」
そう、別に誰かに遠慮しているじゃない。
話はもっと単純で、私に意気地がないだけ。
二人になったらどんな会話をすればいいか、何処に行けばいいか、どんな表情をすればいいか。
そんな事ばかりが頭の中でグルグル回って、どうしようもなくなってしまうんだ。
押し黙った私を見て、ゆーなは大きな溜息を吐いた。
「……んもう。アキラは他人のタメなら大胆になれるのに、自分のためとなるとトコトン内気ちゃんだよね」
「……ぅ、ごめん」
「でも、ま、私はそんなアキラが好きなんだけど。良し、ここはこの親友……心の友と書いて心友のゆーなちゃんにドーンと任せなさい!」
「———ゆーな」
自分の胸を叩いてそう宣言するゆーなに思わず、ジーンと感動してしまう。
ああ、私はなんて良い友達を持ったんだろう。
私は友達の大切さに心から感謝して、
「———と、言うわけで……そこを通りすがっている衛宮さ〜んッ! こっちこっちぃ〜!!」
「——————へ?」
———友達の残酷さに絶望した。
「……えっと」
ゆーなはすっごく良い笑顔で私の後ろの方に向けて手を振っている。
私は怖くて振り返れない。
……ちょ、ちょっと待って? 幾らなんでもこんな都合よく衛宮さんが歩いているわけないよね? だってここ、衛宮さんのお店からは離れているし、なによりここは学園間近の男子禁制女子校エリアだし!
ゆーな流の冗談だよねッ? ねッ!?
「ん、明石さんか。どうした?」
そして何故か聞こえる男性の声。しかも聞き覚えがある。
何で!? って、考えてみれば、衛宮さんは学園広域指導員なのだからどこでも立ち入り出来るし、この時間の見回りは衛宮さんの日課だったっけ……!
私はそんな事を頭のどこかで考えながら、予期せぬ衛宮さんの登場におもいっきり動揺する。だってほら、見てみて? 手に持ったカップの水面がすっごい波打ってる。零れていないのが不思議なくらい。冷静に色んなことを考えているように見えて、その実、全然冷静なんかじゃない。
「それに大河内さんも、今帰りか?」
「……こ、こんにちは」
スタスタとテーブルに歩み寄ってくる衛宮さんの方を直視することが出来ず、なんとか挨拶だけ返す。
今の今まで話題の中心だった人の顔が見れずに思わず俯く。
……うぅ、私、今、絶対に顔が赤くなってる。だって顔が凄く熱いもの。首筋にもジワジワと汗が浮かんでくる。
その状態で何とか横目だけで衛宮さんの様子を盗み見る。
衛宮さんはいつものようにお店でしている格好だった。
まるで鴉の濡れ羽色のような輝きを放つ滑らかな生地を使った黒のベストとパンツ。真っ白なウィングカラーのシャツは最近の気温の上昇に合わせて半袖に衣替えをしている。そして胸元を飾る、真っ赤な大粒のルビーをあしらった紐ネクタイが光を反射して、存在を自ら主張するかのように強い輝きを放っていた。
「いえいえ、私等はこれから学園祭の出し物の準備あるんで、その前の休憩って感じですよ」
「出し物……ああ、そうか、確かメイド喫茶かお化け屋敷のどっちかだったか?」
「ありゃ、衛宮さん知ってるんですか? まあ、結局はお化け屋敷になったんですけどね」
「……へえ、そうなんだ」
ゆーなと話している衛宮さんが少しだけ残念そうな顔をした。
……あれ、もしかして衛宮さん的にはメイド喫茶の方が良かったのかな?
「そう言う衛宮さんは学園祭、なんかしないんですか?」
「いや、俺は特に何も……指導員の仕事もあるし。強いて言うなら見回りがてら色々ぶらつこうかと思ってる」
「———へえ、なるほどなるほど。そうなんですか」
衛宮さんのその言葉に、ゆーなの瞳が怪しく光った。
そして、私にやたらとウィンクを連発してくる。
……私に誘えって合図しているんだろうけど、そう言うのは衛宮さんの見えない所でやるべきだと思う。衛宮さんが、なにやってんだこの子って顔してるから。
けれど、確かにゆーなが合図している通り、話の流れ的にも今誘うのが一番なんだろう。先ほどの会話で浮かんだ、エヴァンジェリンの事が私を焦らせる。
取る取られる云々は兎も角として、いつまでもウジウジと考えてばかりいるだけでは何も変わらないのは事実だし、何もしないで諦めるよりは、私は当たって砕ける方を選びたいのだ。
「……あ、あの、衛宮さん」
「ん?」
衛宮さんがゆーなに向けていた顔を私に向ける。
それだけで心臓は早鐘を打ち、手の平は汗ばんでくるけど、お腹にグッと力を込めてみると、その顔から視線を逸らさないでいることが出来た。
「……学園祭、一緒に、回っても……いいですか?」
言葉は途切れ途切れ、それに小さな声だったが———確かに言えた。
今の私のありったけの勇気を振り絞った言葉。自分の言葉。
「……学園祭を、一緒に? いや、別に俺は構わないけど……見ていて面白いもんでもないぞ? 見回りって言ったって、所詮揉め事処理なんだから」
「……え? ———ああ、いえ。そう言うことではなくてですね……」
衛宮さんはどうやら、私が衛宮さんの仕事振りと言うか、見回りの様子を見学したいのだと勘違いしているようだ。
……京都でも思ったんだけど、どうして衛宮さんはこうも物事の受け止め方が微妙にズレているんだろ? 普通に一緒に遊ぼうと誘われているって思わないのかな?
……あれ? でも、どうなんだろ。衛宮さんの口ぶりだと、一緒に行くこと自体は構わないらしいし、この場は取り合えず頷いて置いた方がいいのかな……。
「……あ、やっぱりそうです。それでも良いんで一緒に行きたいです」
結局、私はそうやって返事を返した。途中経過は兎も角、結果として同じなんだし……別に良いよね?
「そうか、なら良いんだけど……じゃあ、いつ行く? まさか三日間ずっとって訳じゃないだろ?」
「……えっと」
そこで私は少し考える。
……初日はクラスの出し物の係りだから外せないとして、二日目か最終日の三日目のどちらかなんだけど……ここは二日目の方が良いのかな。最終日ともなると衛宮さんも忙しいはずだし、クライマックスの最終日ともなれば、私もクラスの打ち上げとかで抜け出せなくなる可能性が高い。
「……そ、それじゃあ二日目なんてどうですか?」
「二日目か……ああ、それなら大丈夫だ」
衛宮さんのその言葉に、二日目以外は誰か他の人と一緒に回る予定なのだろうか、と邪推してしまう自分がひどく醜いものに感じられて少し嫌になる。例え、他の日は別の誰かと一緒にいようとも、私がどうこう言えるような立場なんかじゃないのに、自分勝手が過ぎる。……私、こんなにも独占欲が強かったんだ。
「それなら二日目に。待ち合わせは……そうだな、分かりやすく午後一時に俺の店の前でいいか?」
「……は、はい。よろしくお願いします」
言いながら、ペコリと頭を下げる。
そうだ。他の日はどうであれ、一日は私のために空けていてくれるんだ。それ以上を望むなんて、浅ましいにも程がある。
そんな私の考えを他所に、そうして約束を取り付けた衛宮さんは、店があるからとそのまま足早に去って行ってしまった。
その遠ざかる背中を何となく眺めていると、先ほどから傍観に徹していたゆーなから声が掛かる。
「やったじゃんアキラ! 学園祭中のデートを受けてくれるなんて、衛宮さんも脈有りなんじゃない!?」
「……どうだろ。衛宮さんの場合、今年が初めてみたいだからそう言うの分かってないと思うし。それに、衛宮さんはデートとか意識してないみたいだったから」
「ん〜……確かにそこら辺は微妙だったけど。でもでも、受けてくれたって事は絶対に悪く思われてはないって!」
「……そうかな」
「そうだよ。アキラはもっと自分に自信持っていいんだよ」
「……そうだね」
ゆーなの励ましの言葉に、幾分か心が軽くなる。
でも、自分に自信を持てと言われても、考えてみれば衛宮さんの中での私の立ち位置ってどこなんだろう。
友人?
お店のお客さん?
ただの顔見知り?
……どれも曖昧だ。これが神楽坂達辺りなら、妹という私にも分かりやすい立ち位置が出来ているんだろうけど、私にはそれがない。
フワフワと足場が落ち着かない。不安定だから不安になる。
……だから私は、その足場をもっとしっかりとした物にさせたい。
「それにしても……」
その声で、考えから抜け出し目の前を見ると、ゆーながニヤニヤと笑っていた。
「二日目なんて今年の世界樹発光現象の開始予定日じゃん。きっと暗くなればムードもたっぷり……もしかして『決め』に行っちゃう?」
ゆーな自身も本気で言っている訳ではないのだろう。からかうような声色はどこまでも軽かった。
———だけど、私は。
「……うん。私、衛宮さんに告白する」
「——————」
絶句。
軽口に返した私の発言に、ゆーなから返って来た表情はそれ以外の何でもなかった。
そんな何も言えないで口をパクパクさせているゆーなを他所に、私はもう一度衛宮さんが立ち去った方角へと視線を向けた。
「……うん、決めたんだ」
麻帆良学園中等部、三年A組、大河内アキラ15歳。
生まれて初めて好きな人が出来ました。
決戦は学園祭二日目。
———私、今度……告白します。