———鉄を打つ音が鳴り響いている。
どこからともなく響き続ける鉄の音。
いつからと知れず、次第に大きくなったその音は。
告げるように、駆り立てるように、終末を知らせる鐘のように。
繰り返し、繰り返し。
———響く、響く、響く。
知り得る事の無い楔を打ち立てるかのように。
途切れる事の無いその音は、一つ響く度にこの身を削って行く。。
◆◇—————————◇◆
「何? 最近夢見が悪いだと?」
朝食の席での会話、士郎は奇妙な事を言った。
「ああ、何か最近多いんだ」
士郎が味噌汁を啜りながら頷いた。
「ふーん……。で、それはどういった内容なのだ。悪夢なのか?」
「いや、それが覚えていないんだ……。どういう夢だったのか」
「は? 覚えてもいないのに夢見が悪い気がするのか? なんだそりゃ」
「む……。そんな事言われたって俺自身訳が分からないんだからどうしようもないだろ」
士郎が少しムッとしながら答えた。
しかし、この場合の私の反応は当然のものだろう。
士郎の言っている事は、目の前にある料理で例えて見るとすれば、食べた事も見た事も、ましてや聞いた事も無い料理を始めから不味いと言っている様なものだ。
「だったらお前はなんでその夢が悪いモノだと感じるんだ。覚えていないのだろう?」
「うーん……。そうなんだけどさ、目が覚めたときに落ち着かないって言うか、どことなくモヤモヤしているって言うか……」
士郎自身、自分の言っている事が釈然としない事に気が付いているのだろう。その口調もどこかたどたどしい。
「それは今でもか?」
「いや、今はなんともない」
「ふーん……。だったらそんなに気にする事無いんじゃないか? 人間、覚えている夢より忘れている夢の方が多いとも聞くしな」
夢などは所詮、過去の記憶を睡眠時に脳が整理しているだけの事に他ならない。その内容を覚えていないのも、それが過去の記憶と夢の内容が重なってしまうからだと何かの本に書いていたような気がする。
士郎の場合は、過去の記憶自体がバラバラだったり掠れていたりしているのでそれも関係しているのだろうが。
「いやまあ、それはそうなんだけどさ……」
士郎はそう言う物の、眉間に皺を寄せてウンウンと唸っている。
私はそれを見て、ふうと軽く息を吐いた。
やれやれ、士郎は相変わらず物事を考え過ぎる気質がある。
思慮が深いのは美徳だが、それも過ぎては悪徳にしかならないと言うのに。
「———ったく。ほれ士郎、朝から辛気臭い顔してるんじゃない。いつまでも眉間に皺を寄せていると元に戻らなくなるぞ」
私はテーブルから身を乗り出して、士郎の眉間の皺を指先でグニグニ揉み解す。
———む、なかなか頑固な皺だ。
「うん……」
士郎は腕を組んで目をつむり、私にされるがままになっている。まあ、私が眉間をいじってやっているせいでちっとも深刻そうに見えない訳なのだが。
はてさて。
それはそれとして、目の前でぶっちょう面したヤツをどうするか。士郎のことだ、気にするなと言った所で気にしてしまうのは目に見えている。そもそも、夢の内容と言った不確定な出来事をいちいち気にかけている様なヤツに、どのような言葉を言い聞かせて
みても気休めにもならんだろう。
「ふう……」
私はそんな士郎から一度視線を外し、なんとなしに窓の外を見やった。
今日も良い天気だ。
大きく開け放たれた窓からは暖かな日差しが降り注ぎ、家の中は暖房等のような人工的な温かさではない、自然な優しい温もりに満ちている。
森を吹き抜けてくる風は朝露を含みなんとも清涼で、軽く私の髪を揺らす程度のそよ風が心地良い。
「ふむ」
それ等を見てピンと来た。
そうだ、古来から言葉で伝わらないのならば行動で、と相場は決まっている。
「よし。士郎、私は決めたぞ」
「決めたって……なにをさ?」
士郎は訝しげに私を見てそう言った。
その表情には凝り固まったかのようなしかめっ面が張り付いている。
「そんなもん、決まっているだろう」
私はそんな士郎の眉間に指を突き付けたまま、言った。
「———今日はピクニックだ」
「……は?」
そんな私の言葉に、士郎の表情は呆気に取られたのだった。
◆◇—————————◇◆
そんなこんなで急遽エヴァの提案で決定したピクニックではあるが、ハイそうですか、それじゃあすぐに行きましょうとはならないのが世の常なのである。何事も準備が必要って事だ。
ピクニックと言ったら欠かせない物が色々ある。
人数分の飲料が入るような大き目の水筒にレジャーシート、お弁当にそれ等を入れるバスケットケース。後は適当に遊べるような物があればベストだ。
些か手間が掛かるものの、エヴァの提案はいつまで経っても唸ってばかりいる俺を気分転換に連れ出そうと考えての事だろう。そう考えると、この程度の手間は何でもないように感じられる。
「んじゃま、俺は弁当でも作るか」
そう呟いた俺は、現在一人でキッチンに立っている。
茶々丸には『別荘』の方へ行って必要なものを取りに行ってもらっている。
何でも、以前は地下室に色々と置いてあったようなのだが、俺が地下室に住むようになってからはそちらの方に全て移してしまったらしい。
茶々丸が『別荘』から出てくるまで後一時間、それ位あればこちらの準備も粗方終わるだろう。
「さて、まずは……っと」
冷蔵庫を開け、材料を確認してみる。
「うーん」
基本的な物はそろっているが、些か不足しているのはご愛嬌と言った所。そもそも今日にでも買い物に行こうかと考えていたのだから当然だ。
「ま、そこを何とかカバーするのが俺の仕事ってとこか」
幸いにも基本的な物は揃っているのだ。あとは創意工夫でどうにかしようじゃないか。
「おにぎりとサンドイッチは外せないだろ。後はつまめるようなもんか……」
冷蔵庫を覗き込みながら頭の中で即興の献立をパズルのように組み立てていく。思ったよりは色々作れそうだが、ただ残念なのは手間の掛かった料理が作れない事か。
「おい、士郎」
と、俺が冷蔵庫から食材をヒョイヒョイと取り出していると、不意に背後から声が掛かった。
「ん? どうしたエヴァ」
俺は振り帰りながら答えた。
———と、そこには。
「喜べ。この私が手伝ってやるぞ」
「——————」
何か見慣れない物体が、偉そうに腰に手を当てて仁王立なんかしていました。
……や、別にその人物に見覚えが無い訳では無い。相も変わらず幼いくせに恐ろしいほど整いまくったパーツは、ソレがエヴァだと言う事を如実に物語っている。
「…………」
良い。ソレは良い。
不敵に笑うソレはエヴァ以外の何者でも無い。
特に腰に手を当てて偉そうに踏ん反り返っているその様はいかにも彼女”らしい”。
問題は———。
「ナニ……ソレ」
問題はエヴァの胸元から膝上までをスッポリと覆っている布。
一見するとエヴァに見えなくも無いが、問題はどう考えてもフリルだのレースだのがゴテゴテと付いた、やたらめったら高級そうなエプロンと言えるか微妙な物を羽織っているソレをエヴァと言って良いものか……。
そもそも、エプロンとは油などが飛んでも衣服が汚れないように着る物であって、決してソレ自体が汚れないように気を使うようなシロモノではない!
よって俺は、目の前の物体をエヴァが新手のファッションだの何だかのオプションによってバージョンアップしたモノと見たがコレいかに!?
「見て解からんか? コレはエプロンだ」
「……ア、ソウデスカ」
いやまあ、最初からちゃんと認識はしていたんだが余りにも見慣れない亜ヴァの格好に思考が変な方向に走ってしまったようだ。反省。
「けど手伝うって言ったってな……エヴァ、料理の経験は?」
「は? そんなもんある訳ないだろ。何故にこの私がそのような事をしなければならん」
「……そんな偉そうに言われてもこっちが困るんだけどな」
でもそこら辺は予測の範囲内だ。
エヴァは元々お姫様な訳だし、そう言ったものに携わるような事もなかったのだろう。今までエヴァとの暮らしで見てきた感じだと、身の回りの事は侍従の人に任せるのが基本だったと思える事が多々あった。
「ま、ソレはソレでいいか。エヴァは手伝ってくれるんだよな?」
重要なのは過程では無く、今そう感じていると言う事。
少しでもこの瞬間を楽しく過ごして行きたいと言うその心。
「ああ、その通りだ。さあ言え士郎。私は何をすれば良い?」
「うーん……そうだな。ここは基本から行くか」
「ふむ。基礎は確かに大事だな。何、任せておけ。刃物の扱いならばそこそこの心得があるぞ」
「あー……、言っとくけどなエヴァ。刃物って言ったって武器とかと包丁は全くの別物だからな」
「む?」
エヴァが俺の言葉に小首を傾げて押し黙る。
どうやら俺の指摘の意味が分からないらしい。
「別物とは……こんな物、ただ切るだけだろう? それの何が違うと言うのだ?」
「…違う。全然違う。カニはカニでもタラバガニとズワイガニくらい違う」
「……?」
ハテナと、またしても可愛らしく小首を傾げるエヴァ。
———くっ、分からなかったかこの例えが。
ちなみにタラバガニとはカニとか付いているが、実はヤドカリなどと同じ異尾下目なのである。
閑話休題。
「……なんにしても違うって言う事。例えば肉なんかはちゃんと筋を見ながら切らないと食べる時に食感が硬くなるし、料理する時だって味の染み込み具合とかが変わってくるくらい重要なんだぞ」
「ほうほう」
エヴァが感心したように腕を組みながら頷く。
「エヴァだってどうせ食べるなら美味い方が良いだろ?」
「それは無論そうだが……ならば私は何をすれば良いのだ?」
「んー……そうだな」
せっかく手伝ってくれると言うエヴァの好意を無下には出来ないし、かといって不慣れなエヴァに包丁を使わせるような真似をして、怪我でもされようものなら折角の楽しい気分に水を差してしまいかねない。
そうなると……だ。
「良し、おにぎり作るか」
「おお、確かにおにぎりとか言うと基本的な感じだな!」
「だろ? よし、それじゃあエヴァは手を洗って準備してくれ。俺はご飯持ってくるから」
「うむ。心得た」
鷹揚に頷くエヴァに内心で微笑ましく感じながら炊飯器の蓋をパカリと開ける。
すると炊きたてのご飯の良い香りが、大量の湯気と共に立ち昇った。
俺はそれを軽く堪能してからしゃもじでご飯を掻き混ぜ、内釜ごと炊飯器から抜き取る。
「よーし、ご飯はいいぞ。そっちは準備出来たか」
振り返りながら言うと、エヴァは「うむ」と頷いた。
キッチンテーブルの前に二人で並び立つ。
目の前には、ご飯、海苔、塩、中に入れる具材。それに水を入れたボール容器。
準備完了だ。
「よし、それじゃ作るか。まず作り方はだな……」
「む。馬鹿にするなよ士郎。いくら私が料理に関して疎いと言ってもソレくらいは分かるぞ」
「お、そりゃ失敬」
俺がそう言うとエヴァは、「フフン」と誇らしげに胸を反らした。
でもまあ、それくらいは知っていても不思議じゃないか。
なんと言っても目の前の女の子はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。御歳数百歳を数える大人の女性なのだ。
———とてもそうは見えないがな!
ともあれ、それだけ生きていればおにぎりの作り方程度知っていても可笑しくない。
エヴァは俺の言葉に気を良くしたのか、上機嫌でご飯の入った釜に手を入れた。
「こんなもん、ただ手で握って固めるだけだろう。誰にだって出来るに決まって、」
———ただし、手に水も付けない、乾いた手のままで。
「…………」
「————」
瞬間、時が止まったような気がした。
「…………………」
「———————」
何故か互いに無言で見詰め合ってしまう。
エヴァの切れ長の大きな瞳の中には俺が映っている。そして俺の瞳の中にはエヴァが映り込んでいるのだろう。
木々に囲まれたこの家は、黙っていると恐ろしいぐらいに静かだ。聞こえるのは小鳥の囀り、梢を微かに揺らす優しい風の音———そして、互いの呼吸する音くらいだろうか。
「…………………」
「———————ぁ」
エヴァが潤んだ瞳で俺を見上げ、悩ましげな吐息を吐いた。
俺はその様子に思わず息を飲む。
———思えば予感はあった。俺は気が付かないフリをしていただけで、こうなるという予感は確かにあったのだ。
いつも君の事を近くで見ていたからこそ、分かっていた。
いつも君を近くに感じていたから、知っていた。
「あ……」
エヴァがもう一度声を漏らした。
大きな瞳がこれ以上ない位に潤み、その頬は上気して赤みをさしている。
溜めに溜めた想いが、溢れ出そうとしていた。
そして今、万感の想いを込めて、その口を開いた。
「熱ーーーーーーッい!!」
「ぎゃーーーーーーッ!? 顔にっ、米がっ、お百姓さん達の魂が熱いッ!?」
エヴァはあろうことか、その手に持ったご飯が纏わり付いて離れないと知るや手を思いっきり振り回しやがった!
結果。
炊き立てで粘り気が強いアキタコマチ(我が家ではこの銘柄が定番なのだ)が俺の顔面目掛けて飛来、面白い位顔中にべったり張り付いた。
「アツッ、熱っ!?」
「熱……っ、いやなんかむしろ痛くなって来た!?」
一人は手にご飯を貼り付け、片や顔にご飯を貼り付けキッチンで身悶える馬鹿二人の姿がそこにはあった。
「…………お二人で何をしていらっしゃるんですか」
そこに掛かる冷ややかな声。
振り返るとそこには、何とも形容しがたい表情で立ちすくし、多分に呆れの感情の篭った瞳で俺達を眺める茶々丸の姿。
「ちゃ、茶々丸、良い所に来た! 私の手に付いたコレを何とかしてくれ!」
「あ、卑怯だぞエヴァ! 災いの元凶が最初に助かろうなんて!」
「ふはははっ! 卑怯は褒め言葉だぞ士郎っ、むしろ狡猾と言ってもらいたいものだな!」
「いや、何言ってんのお前!?」
ぎゃーぎゃーと醜く言い争う俺達二人。
そんな俺達を茶々丸は冷めた瞳で見て一言。
「…………マスターはそのボールの水で、士郎さんは水道でお顔を洗えば良いのではないですか?」
「…………」
「…………」
…………。
うん、そうですね。
茶々丸の言葉に二人揃って大人しく張り付いたご飯を洗い流す。
いやホント、何やってたんだか。
「どうぞ」
「お、ありがと」
茶々丸から差し出されたタオルで顔を拭く。
いやヒドイ目にあった……って、おや?
「あれ、そう言えばなんで茶々丸がもう帰ってきてるんだ。もう一時間経ったのか?」
確かに馬鹿騒ぎしてはいたが、そこまで時間が経ってはいなかった筈だ。
「ああ、その事ですか。確かに大半の荷物は『別荘』の中に移しましたが、全てを移した訳では無かったもので……」
茶々丸はそう言って、手に持っていたものを掲げて見せた。
そこにはバスケットケースやレジャーシート等がきちんと準備されているようだ。
「流石茶々丸。準備がいいな」
「……いえ、別にお褒めいただくような事では。それよりおにぎりを作っているのですか? お手伝いします」
茶々丸はそうするのが当然と言うように、自然の流れで傍らにあった自分のエプロンを身に着けると、作業に加わるべくキッチンテーブルの前に並んだ。
流石に三人も並ぶと若干手狭な感じだが、エヴァが小柄なので出来なくも無い。
「よし、じゃあ今度こそちゃんと作ろう。いいかエヴァ、まずは手を水で濡らしてだな」
「うむ、流石に同じ轍は踏まないぞ」
そうしてくれると助かる。
俺も、顔面で熱々の料理を受け止めるのは、いい加減勘弁願いたいのである。
「そしたら、指先で適度に塩を取ったら掌にまぶして、ご飯を手に取る」
「ふむふむ」
エヴァは言われた通りに手順を辿ると、小さな手でご飯を掴みあげた。
今度はあらかじめどの程度熱いか分かっているからか、熱いものの、両手でお手玉をするようにしてご飯から伝わってくる熱を凌いでいた。
「あつつ……で、士郎、次は?」
「そしたら後は簡単。少しだけ力を込めて回転させながら、掌で三角を作るように形を整えてやれば……ほら、出来た」
そうして出来たおにぎりに、海苔をクルリと巻いて皿の上に置く。
流石にこれまで何回も作ってきただけあって、ここら辺はもうすでに流れ作業のような物で、特に意識をする事も無く出来てしまう。
それを傍らで覗き込むように見ていたエヴァが「おぉ」と感嘆の声を上げた。
そして、実際に自分でやってみようとするのだが、
「……ぬっ、……この、……ていっ」
妙な掛け声を上げながら悪戦苦闘中。
ああ……そう言えば最初はそうなるんだよな。
昔の桜もそうだったが、綺麗な三角にしようとするほど、余計に力んでしまい、結果、歪なおにぎりが出来てしまうのだ。
「……よし、出来た!」
エヴァが完成したおにぎりに海苔を巻きながら、嬉しそうに言う。
出来上がった形は。まあ定番と言っても良いほどの歪な形。
三角と言うには角が多すぎて、丸というには形が歪み過ぎていた。
「お、上手いじゃないか」
けれど、俺は心の底からそう思った。
確かに形は歪んでいて、とてもじゃないが綺麗とは言えないが、そんな上辺だけの物よりずっと大切な物が詰まっている。
……そう、心と言う物がきちんと込められていた。
そう考えると妙に心が穏やかになって、自然と頬が緩むのを感じる。
「……茶々丸。悪いけどオカズの下拵えを頼む」
「はい? ———ああ、なるほど。了解しました、お任せ下さい」
俺の言葉に一瞬だけ首を傾げた茶々丸だったが、嬉しそうに微笑むエヴァを見てすぐに俺の言いたいことを理解してくれたらしい。
茶々丸は頷くと、材料を揃えるべく冷蔵庫の方へと向かった。
「よし、じゃあエヴァ、おにぎりはお前に任せて良いか? 俺は茶々丸とオカズ作るからさ」
「うむ。私に任せておけ」
早速二つ目を作り始めたエヴァが、こちらを向く事無くそう言った。
その横顔は真剣そのものではあったが、何処か嬉しそうに微笑んでいる。
「よし、頼んだ」
「頼まれた」
エヴァの若干弾んだような声を背にして、茶々丸の元へと向かう。
「……お一人で大丈夫でしょうか」
茶々丸が声を潜めて尋ねて来る。
茶々丸は、流石に初心者相手にイキナリ全て任せるのは些か不安らしく、チラチラと横目でエヴァの様子を伺っていた。
「別に失敗したって良いんだ。大事なのはエヴァが作って、それを皆で食べるって言う事。味や形は二の次だろ」
まあ、美味しいほうが良いには決まってるんだけどな、と俺。
茶々丸はそれを見て、何処か穏やかな様子で「そうですね」と頷いて、下拵えを始めた。
さてさて、これは俺も気合入れてオカズを作らないといけないな。
何と言ったって、エヴァの手料理なんてそうそう食べれるような物じゃない。だったらそれに負けないような物じゃなきゃ、エヴァにも失礼ってモンだ。
———そうだろ、俺?
◆◇—————————◇◆
「———おい士郎、早く行くぞ!」
ドアを潜り抜け、眩しい日差しの中で、真っ白なノースリーブのワンピースと、大きな麦わら帽子を被ったエヴァが弾む声で俺を呼ぶ。
自身の手で作ったおにぎりの詰まった小さなバスケットケースを両手で持ち、そよ風に黄金の髪を靡かせながら、満面の笑顔で振り返る彼女。
「ちょっと待てって、今荷物詰め終わるから」
遠くには夏の到来を告げる大きな入道雲。
夏というにはまだ風が心地よくて、春というには強い日差しが木々の影を地面に色濃く映す。
そんな穏やかな風景。
「早く行かなくては夕方になってしまうぞ!」
「大丈夫だって。まだ10時も回ってないんだから」
俺はそんな風景が眩しくて、思わず目を細めた。
日差しが眩しくて目が眩んだのではない。
日差しを浴びて、こちらを向いて微笑む彼女の笑顔があまりにも眩しいから目が眩んだのだ。
「茶々丸、戸締りは?」
「はい、大丈夫です士郎さん」
俺は荷物を持って立ち上がり、ドアをくぐって眩しい風景の中へと足を踏み入れた。
上を見上げて見れば、空がすごく高い。
「———よし、じゃあ出発だ」
「ああ!」
「はい」
俺の声に、二人から気持ちの良い返事が返ってくる。
はてさて、突然振って沸いたようなイベントだが、どうやら俺も行く前から自分で思っていたより楽しみにしているようだ。なんとなくだが心が軽い。
目指すは図書館島。
こんな天気の日はきっと気持ちが良いだろう。
「———さて」
目線を前に向けてみれば、エヴァと茶々丸が待っている。
そんな風景にもう一度だけ目を細めて、二人の下へと歩き出す。
そうして二人と共に肩を並べて歩き出した頃には、朝起きた時の、鬱屈したような気分は綺麗さっぱり消し飛んでいたのだった———。