———私達が外に出るとそこは雨だった。
などと。
遠回しな言い回しをしてみた所でただ単純に、別荘に入る前から降っていた雨が未だに止まないだけだ。
考えてみれば一時間程度しか時間は経過していないのだから当たり前と言えば当たり前か。
「悪いな。傘の数が足りないのに貸せなくて」
士郎が我が家の玄関に立ってガキ共に向かって言う。
この家には基本的に私達が使用する分の傘しかないのだから数が足りないのは当然の事だ。そもそもこのガキ共が傘も差さずにやってきたのが悪い、自業自得だ。
「いいわよシロ兄。濡れて帰るから」
神楽坂明日菜が笑いながらそうやって言うが、士郎は相変わらずの心配顔。
……まったく、たかだか雨に打たれて帰る程度でそんな顔をするなというのだ。
「……ゴミ袋だったらあるんだけどな……いるか?」
「アホかお前は……」
素っ頓狂な発言をする士郎に、思わずため息交じりの突っ込みを入れる。
年頃の娘に対して、ゴミ袋に穴を開けた簡易雨合羽を被って帰れと言うか、お前は。
「む。アホとはなんだよアホとは。雨に濡れて風邪引くよりはマシだろ?」
「そんなんだからアホだと言ったんだ。そんな仮装をするくらいなら風邪でも引いてた方がマシだろうさ」
私には関係の無い事だがな、と付け加えておく。
そんな私に士郎は、「……そうかなあ、風邪引く方がどう考えても大変だと思うんだけど」等と、ブツブツ言っている。
はぁ……相変わらず女心の機微に疎いヤツだ。
そのクセに変な所では異常なほどのカンの良さを発揮するから厄介な事この上ない。
まあ、それも士郎が士郎たる由縁だと考えれば好ましくも思うが、それは取り合えず置いておこう。
「あはは、シロ兄心配し過ぎだってば。走って帰ればそんなに時間かからないし、寮に帰ったらすぐお風呂入って暖まるから大丈夫!」
「うーん……それなら良いけど、本当は良くないけど……とにかく気を付けて帰れよ? 道もぬかるんでると思うし」
「はいはい、わかってるわよシロ兄。———それじゃねエヴァちゃん。今度、テスト勉強の時間とか足りなくなったらまた『別荘』使わせてよ」
「別に構わんが……女には薦めんぞ。年取るからな」
「———う! そうか!」
「気にしないアルよ」
「あはは。別にいいじゃんアスナ。2、3日くらい年取っても」
「……若いから言える台詞だな、それ」
朝倉和美の言葉にため息と共に突っ込む。
やれやれ、年齢のことを気にかけるなど、年は取りたくないものだ。
だがまあしかし。
我が家の連中に限って言えばそれも当て嵌まらないんだが。
私は吸血鬼だから年を取らないし、茶々丸やチャチャゼロはそもそも肉体的成長と言う物が存在しない。
士郎は……はて、士郎はどうなんだろうな……。こいつはこいつで、こちらの世界に飛ばされた反動で肉体年齢と実年齢に開きがあるような事を言っていたしな、もしかするとこいつも年を取らないのかもしれない。……まあ考えても仕方ないことか。
「そんじゃエヴァちゃん、シロ兄、茶々丸さん。またねー!」
神楽坂明日菜がそう言って雨の中を他のガキ共と一緒になって、はしゃぎながら帰っていく。
その姿を見送る士郎は当たり前のように心配そうな顔をしていた。
「やれやれ、やっと五月蝿いのが行ったか……」
私はそんな士郎を差し置いて安堵のため息を吐く。
「楽しそうでしたが? マスター」
「バカを言え」
茶々丸の発言を軽くあしらってもう一度ため息を吐いた。
楽しそう?
この私がか?
冗談は休み休み言えというのだ、全く。
確かに賑やかなのは嫌いではないが、あの連中のソレは———喧しい。幾らなんでも限度を超えている。
女三人寄れば姦しいとはよく言うが、あの連中に限って言えば一人だけであろうとその表現が当て嵌まるような気がする。
ましてや、今の私はこの家にいる連中だけで大いに満足している。これ以上となると過剰摂取で悪酔いでもしてしまう。
「うん。俺にも楽しそうに見えたな」
「お前までそんな事を言うか」
出来る事なら、他の誰に何と言われようとも士郎だけには分かっていて貰いたかったんだが……まあ仕方ないか。
と。
そんな時だった。
「——————ん?」
一瞬。
本当に微かな感覚だが私の意識の端に何かが触れたような気がしたのだが……今は何でもない。
何だ、気のせいか?
「どうしたエヴァ」
私のイキナリの沈黙を訝しく思ったのか、上を見上げてみると士郎が私を見ていた。
その顔を見ながら考える。
「…………いや」
———そうだな。士郎が初めてここに来た時のような大きな違和感も感じないし……。
「なんでもない」
結局、私はそう結論付けた。
考えてみれば、たとえ、何かの間違いで何者かが結界内に侵入していたとしてもその時はその時だ。
———叩き潰してやればいいだけの話。
侵入者がどんな力を持っていようとも関係ない。
私には士郎がいる。
私には茶々丸がいる。
私にはチャチャゼロがいる。
私には———家族がいる。
ならば私は一人で最強である必要が無い。
全員で最強であればそれでいい。
そして。
「さあ士郎、夕飯の時間だ」
それは士郎が私の側にいる限り実現し続ける。
誇張でも比喩でも何でもない。
ただの真実。
だから———。
「はいはい。分かってるよお姫様。今日は何が食べたい?」
今日もお前の美味い食事を楽しませてくれ。
◆◇—————————◇◆
———と、言う訳で。
いつまでも士郎の過去の感傷に浸っているわけにもいかないので、まずはメシだ、メシ。
士郎自身が己の過去を悔いていないのに、私だけがソレに引き摺られて辛気臭くなってしまっては士郎が気にしてしまう。
「ほい、お待ち。熱いから気をつけて食べろよ」
そんな士郎の言葉と共に食卓の中央にドン、と置かれたのは天ぷらの盛り合わせ。
「ふむ」
海老、イカ、キス、カボチャ、蓮根、茄子、サツマイモ、ししとう等等、種類も多種多様で目にも楽しい。
そして、たっぷりと大根おろしの入った器の横には、士郎特製ブレントの天つゆ。もちろん生姜のおろしも忘れていない。
更に特筆すべきは、それらとは別の器に寄せられている———塩。
それもただの塩ではない。抹茶の入った塩だ。
———ふ。流石は士郎。分かっているではないか。
私は天つゆで食べるのも勿論好きだが、たまには塩のみでというシンプルな食べ方も恋しくなるのだ。
それを特に何も言わずに理解しているとは……こいつ、さてはエスパーか? 魔術師とかじゃなくて。
エスパー士郎。
何だろう。妙に語感が良いな、おい。
「それでは……」
そんなエスパー士郎が席に着きながら言う。
私、茶々丸、チャチャゼロの順で顔を見回しながら。
そして。
『———いただきます』
と。一切の乱れなく全員でそう言った。
このお決まりの挨拶も、最初の頃こそバラバラだったが、最近では一糸乱れぬユニゾンを可能としていた。
士郎がここに来るまではこの挨拶自体使っていなかったのだが、今ではこの挨拶を言わない方が落ち着かないくらいだ。
「さて、まずは———」
箸を手に取りながら最初に狙いをつけたのは———海老。
丸くなることなくピン、と背の伸びた様が美しい。
ソレを大根おろしのたっぷり入った天つゆにくぐらせて口へと運ぶ。
「———うん、美味い」
文句無しだ。非の打ち所が無い。
衣はサクサク、海老はプリップリ。
鰹の出汁と昆布の出汁が合わさった天つゆとそこに溶け込んだ大根おろしとの絶妙なコンビネーションはそれこそ世界だって狙えるだろう。……なんの世界かは知らないが。
「そっか。そりゃ良かった。たくさんあるから一杯食べてくれ」
「言われずとも」
士郎が満足そうな顔で言うので私も目一杯の笑顔で返してやる。
「しかしアレだな。こうして美味い天ぷらを食べているとアレが欲しくなるな」
「アレ?」
士郎が首を傾げる。
む。流石に分からなかったか。
「こうして最高の肴が目の前にあるのだ。だったら足りないのは———酒だろう」
「は? 酒? ってことは日本酒か?」
「当然。……あるだろう? 料理にだって使うしな」
「そりゃあるけど……またか?」
「む。またとは何だ、またとは。人をアル中みたいに言うな。私はただこうして、最高の料理が目の前に並んでいるのに飲まないのはかえって失礼な気がしただけだ。……最高の料理で酒を楽しまないのは料理に対する侮辱だぞ?」
「いや、『ぞ?』とか言われても俺には良く分かんないんだけど……ま、いいや。飲みたいって言うなら別に止めやしないよ」
そう言って呆れながらも士郎は席を立って準備に向かう。
むう、私としては最高の褒め言葉だったのだが士郎には伝わらなかったか。
———おっと、そうだ。
「士郎」
私は士郎の背中に呼びかけた。
「ん?」
「———熱燗で」
「……了解。だとすると徳利でお猪口だろ?」
「当然」
私がそう言うと士郎は小さくため息を吐いてから言った。
「別に良いけどあんまり飲みすぎるなよ? 二日酔いになっても知らないぞ。酩酊してグロッキーになったエヴァなんて見たくないぞ、俺。酔いどれ幼女……シュールにも程がある」
「分かっている。私としてもそんな醜態をお前に見せたくなどないさ。自身の限度は弁えている」
———多分。
それより誰が幼女か、誰が。
そんなこんなで待つこと数分。
士郎が適温になった徳利とお猪口を持って戻ってきた。
「ほい、熱燗一丁ー」
「うむ。手間をかけさせてスマンな。さ、それでは夕餉を楽しむとしようじゃないか」
私がそう言ってお猪口を手にすると、茶々丸より早く士郎がすかさずに徳利を持って私の器を満たした。
こういう所も本当にマメなヤツだ。普段は無愛想なくせに。
「スマンな」
「あいよ」
私が礼を言っても士郎は例のごとく愛想無く答えるだけ。
そんな行動と態度がちぐはぐな士郎に思わず笑みが零れてしまう。
「どうしたエヴァ。なんか嬉しそうだけど?」
「ん? ああ気にするな。大した事じゃない」
そう。
別に大した事じゃない。ただそんな朴訥なお前を好ましく思っただけ。
士郎は私の答えに少し首を傾げていたが。
「そっか。まあエヴァが喜んでくれているなら何だって良いけどな」
と言って食事を再開した。
「——————っ」
……まったく。
士郎は口下手なせいか、やたらとストレートに物事を言う傾向が強い。だから、今のように突拍子もなく私の感情を揺さぶる台詞をサラリと言うコトがままあるから参る。
———別に困ったりはしないが。全然。全く。これっぽっちも。
ソレはさて置き。
私も早く食事を再開させないと折角の料理が冷めてしまう。
特に揚げ物は冷めてしまうと美味くなくなるからな。そうなってしまっては作ってくれた士郎に申し訳ない。
まずは酒で口を潤してからゆっくりと味わうとしよう。
———と。そんな時だった。
「——————む」
杯を口に運ぶ途中で止めてしまう。
「……どうした? 俺、なんかまずったか?」
そんな私を見て士郎が心配そうな顔をした。
「いや。違う……」
そう。別に士郎が何らかの不手際をした訳でも、この酒が変な訳でもない。
それらとは全く別種の感覚が私の動きを止めているのだ。
頭の片隅で突然として発生した靄のような感覚が私を落ち着かなくさせる。更には私を強制的に動かそうとする使命感のようなモノが沸き起こる。
この感覚は———。
「ちっ———侵入者か」
思わず悪態を吐いてしまったが、ソレも仕方の無い事だろう。
比喩でも何でもなく、文字通り目の前にご馳走がぶら下げられているのにお預けを喰らっている状況なのだ。
どうやら先程の感覚は正しかったらしい。どうやったかは知らないが、私の感覚の隙間を掻い潜って潜り込んで来たようだ。
だが今は内部で魔法でも使用したのか、その気配をもはや隠しようが無いほどにハッキリと知覚できる。
……くそっ、ナギのヤツもなんてメンドウな呪いをかけて行きやがったのだ。おちおち食事も楽しめないではないか。
全く、色々な意味で厄介なヤツだ。
「———侵入者だって!?」
私が頭の中でへらへらと笑うナギのバカを罵っていると、士郎が私の言葉に反応して急に立ち上がった。
「おいエヴァ。それってまさか、この前の白髪の……フェイトってヤツじゃないだろうな!?」
「さてね。そうであるかも知れんがそうでないかも知れん。ここからでは判断できんな。……まあ、どちらでも構わないが」
「どちらでも構わないって……な、何落ち着いてんだよ!? 早く行かないと大変な事になっちまうかもしれないんだろ!?」
士郎が私に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
全く……コイツは何処まで行っても他の誰かが一番なんだな。
歪と言うか異常と言うか……。
だがそれもまあ、あのような過去を経験しておきながらその在り方が変化しないのだから最早どうしようもないのだろうが……な。
「大変な事、ね……私としては別にどうでもいい事なんだがな」
そう嘆息して、ちびりとお猪口に口をつける。
実際、これは私の本心だ。
私は、私の世界……つまり今ここにある空間が脅かされない限り、他はどうとでもなれと半ば本気で考えている。
守るべき物とそうでない物との区別はつけているつもりだ。
……だけど。
「———エヴァ」
士郎が私を鋭い視線で見ている。
(……お前は違うんだろうな)
———守るべき物は自分以外の誰か。そんなお前だから……。
「……はあ」
私はため息を一つ吐いた。
全く、本当に仕方の無いヤツだ……。
「わかったわかった。わかったからそう睨むな士郎。お前にその視線で見られるのは落ち着かない」
「———あ、わ、悪い……」
「かまわん。お前がそういうヤツだとは理解しているからな」
私はそう言い残すと席を立ち、ドアへと向かって歩く。
そして黒衣を右手に呼び出しながら、振り返らずに背後に語りかける。
「さあ着いて来い正義の味方。悪い魔法使いが舞踏会場へとエスコートしてやる」
◆◇—————————◇◆
「…………ん」
私、神楽坂明日菜は雨音のような物を聞きながらボンヤリとした意識と瞼を開けた。
「———って、アレ?」
私、いつの間に寝てたんだろ?
直前までの記憶では、私は寝たようなつもりは無かったんだけど……。
「ソレにここ何処よ……」
ハッキリしてきた意識で辺りを見回してみれば、ここは部屋の中なんかじゃない。
私は間違いなく部屋にいた筈なのに、今は何故か外にいる。良く見てみればここは大学部で使う学際のステージの上のようだった。
———ますますもっておかしい。私はこんな場所に用事なんか無い。雨だってまだ降っているんだから散歩って訳でもないし。
そういえば、雨が降っているせいか、やけに寒い。
身体に直接当たる雨粒がいやおう無しに私の体温を奪っていくのがわかる—————ってちょっと待って。
…………”身体に直接”?
「…………」
私は何やらとんでもなく嫌な予感と共に自分の身体を見下ろした。
するとそこには……。
「———きゃあー!? なな……何よこの格好ー!?」
何故かとんでもなく派手な下着姿の自分の身体がそこにあった!
うわー! なんなのよこの状況は!? 私、何だって外なのに下着でいるわけ!? それに何なのよこの下着っ、ガーターだのレースだのやたらと派手だし! こんなの私持ってないわよーー!?
うわー、尚更意味わかんなーーい!!
私は余りにも身に覚えの無い展開と、外だってのに下着姿でいる羞恥で混乱する頭で、取り合えずこの格好はマズイ! と考え、咄嗟に手で身体を隠そうとした。
が。
「な、何よコレ……」
私の手は動かなかった。いや、動かなかったと言うのは正しくないかもしれない。———動かせなかった。
私の手首は何やらゼリー状の奇妙な物体が絡み付いていて、どんなに引っ張ってみてもまるで切れそうに無い。
……格好自体は良く分からないけど、この状況って———私、もしかして捕まってるの?
「———ハッハッハ、お目覚めかね、お嬢さん」
唐突にすぐ側から声がかかった。
それは別にイキナリ現れたんじゃなくて、私がひたすらに混乱していたから気が付かなかっただけだろう。
声のした方をみると、そこには壮年と言った感じの男の人が立っていた。
歳は良く分からないが、顔に刻まれた皺や白くなったであろう顎を覆う髭が年齢を感じさせる。
かと言って、弱々しい感じはまるでせず、高い背や力強さを感じさせる眼から、お年寄りと言うよりは老紳士といった風貌だろうか。
……もう少し若かったらさぞかし渋いオジサマだったろうに……。
が。
その老紳士風の男は私を見て、
「ハッハッハ。囚われのお姫様がパジャマ姿では雰囲気も出ないかと思ってね。少し趣向を凝らさせてもらったよ」
———なんて、トンデモナイコトを言いやがった!!
「なんなのよこのエロジジィーッ!!」
「ろもっ!?」
私はそのエロジジィの横っ面目掛けて思い切り蹴りをお見舞いする。
———ハ、ハズかしい!
この格好もハズかしいけど、少しでもこのエロジジィのことをもう少し若かったらシブかったかもとか考えた自分がハズかし過ぎる!!
しかも何!? この変態の言うコトを考えればコイツ……私を剥いたってコト!?
うっわ、あり得ない絶対あり得ない!!
今まで他の男の人に裸を見られた事なんて一度も無かっ…………。
「—————あ」
———な、無くは無いけど!
シロ兄とか高畑先生とかに見られたりはしたけども!!
「いやいや、ネギ君のお仲間は生きが良いのが多くて嬉しいね。ハッハッハ」
「鼻血流して何気取ってのよ!」
ダラダラと鼻血流しながら笑っているエセ紳士に突っ込む。
くっそー……なんか私こんな役ばかりね、最近。……なんだか泣けてきたわ。
「———って」
———コイツ、今なんか変なこと言わなかった?
「あんた今、ネギの仲間って言った?」
そう。今、コイツは間違いなく”ネギの仲間は生きが良いのが多い”って言った。
———”多い”。
その言葉が意味する事はつまり。
「アスナーッ!」
「アスナさん!!」
「!?」
と、私がそんな事に考えを巡らせていると、聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。
「彼女達は観客だ」
エセ紳士がそんな事を言っていたがそんな事はどうでも良い。
私は慌てて声のした方を振り返った。
そこには。
「アスナ、大丈夫ー!?」
「コラーッ、エロ男爵!!」
「ここから出すアルヨー!!」
「みんな!?」
このか、本屋ちゃん、ゆえちゃん、クーちゃん、朝倉が一つの水の幕のような物の中に捕らえられていた。
「ネギ君の仲間と思われた7人は全て招待させてもらった」
———7名。
その言葉はおかしい。
一つのの水牢に捉えられているのは5人。そして私。じゃああと1人は———?
「!!」
私はまさかと思い、首を左右に大きく回して辺りを探る。
すると。
「刹那さん!? そ、それにあれは那波さん!? なんで!?」
二人が別々の水牢に捕まっていた。
「退魔師の少女は危険なので眠ってもらっている。そちらのお嬢さんは成り行きの飛び入りでね」
「……!?」
成り行きって……なんで那波さんが!? 彼女はまったく無関係の筈なのに。
それに、まさか刹那さんまで捕まっているなんて思わなかった。刹那さんはとっても強いのに捕まっているなんて……まさか、コイツ凄く強いんじゃ……。
だとしたらこの状況は非常にマズイ。
こんな事を解決できる人物は殆どいない。一番身近にいるネギだって、刹那さんを負かすほどの相手に私抜きでは危険すぎる。
そうなるとこの状況を打開できる人なんて誰もいない。
「——————あ」
———いや、そんな事は無い。
私は知っている。
私は確かに知っている。
こんな時に一番頼りになる人を、私が知らない訳が無い!
「このか、シロ兄は!?」
そう。
その人はいつもぶっきら棒で無愛想だけど、本当はとっても優しくて、私達が困った時にはいつだって颯爽と現れて助けてくれる”正義の味方”みたいな私の大切なお兄ちゃん。シロ兄こと衛宮士郎だ。
そうだ、シロ兄さえいてくれればこんな状況、すぐにどうにかしてくれるに違いないんだから!
だけど。
「…………」
このかが無言で首を横に振る。
それはつまりシロ兄を見ていない、もしくは分からないという意味だ。
……ああもう! シロ兄ってばこんな一大事に何処行ってるのよっ……もしかして気が付いてないのかな……それともどっかに出かけちゃってるのかな……。
内心、ちょっと動揺する。
いつも頼っている人物がいざと言う時にいないという事がこんなに不安なんだとは思っても見なかった。
すると。
「……シロ……ニィ……?」
エセ紳士が私達のやり取りを聞いて考えるような仕草をしていた。
ブツブツと口の中で何かを繰り返して、まるで響きを確かめているような、そんな感じの。
そして顔を上げて、言った。
「もしやそのシロニィなる人物は、エミヤシロウという人物かね?」
……考えてみればコイツ、私達の事を捕まえておきながら、なんでシロ兄の事を知らないの?
私達の仲間って事は当然シロ兄だって含まれるって言うのに……もしかして、シロ兄の事を良く分かっていない?
……だとしたらコイツは致命的なミスをした。
だって、シロ兄は私のお兄ちゃんである———”あの”シロ兄なんだから。
「……そうよ、シロ兄は衛宮士郎よ! いい、良く聞きなさいよエロジジィ!? アンタなんかね、シロ兄にかかればあっと言う間にケチョンケチョンのボッコボコなんだから!!」
私は絶対的な自信と信頼を込めて言った。
そうだ。シロ兄がこんな状況を見逃す筈が無い。きっと今にも現れて、あっと言う間に解決してくれるんだ。
———だって、言うのに。
「———くくく……ハーハッハッハ!」
目の前のエセ紳士は事もあろうかイキナリ笑い出しやがった。
「……なにがおかしいのよ」
その笑いが、まるでシロ兄の事を笑っているようで頭にカチンと来る。
「ククク……いや済まないね、突然笑い出したりなんかして。しかし、私としてもまさかこんな所でその人物の情報が聞けるとは思わなかったのでね」
「その人物の情報?」
「その通り。私はある人物から仕事を依頼されてここに来たんだがね。『学園の調査』が主な目的だが……その依頼内容には『ネギ・スプリングフィールドと』キミ……『カグラザカアスナが今後どの程度の脅威となるかの調査』も含まれている。———そして最後に『可能であるならばエミヤシロウなる人物の所在の確認』と言うのがあってね」
「え———わ、私!?」
……コイツ、何を言ってるんだ?
「まあ最後のは依頼と言うよりは可能であるならばといった、おまけのようなものだったので達成されなくてもさして問題は無かったのだが……いやはや、奇しくも達成されてしまったようだね」
エセ紳士は頼まれてもいないのに一人でペラペラ喋り続けているが、私はそれどころじゃない。
コイツの言動から考えると、このエセ紳士も魔法関係の人で間違いないと思う。
それならシロ兄やネギといった魔法使いのことを調べていてもそんなに不思議じゃない。
———でも、何で私まで?
「ど、どういうことよ!」
「———おっと、おしゃべりはここまでにしようか。……どうやら来たようだ。———ただ、ネギ君に関しては個人的にも思い入れがあってね、彼があの時からどの程度”使える”少年に成長したかは私自身、非常に楽しみだ」
「え……?」
男の声に顔を上げ、視線を空へと向けた。
するとそこには、箒に跨った小さな人影がこちらへと迫ってきていた。
それは、
「———ネギ!!」
同居人である小さな魔法使い。
ネギ・スプリングフィールドだった。
「アスナさん! それに皆さんも!」
「おいおい……あのおっさん、エライ派手にやってくれてるやないか」
ネギが箒から降りると、その後ろからどこか見覚えのある顔が姿を現した。
アイツは確か……そう、京都で私たちを襲ってきた連中の一人で、確か名前は犬上小太郎。
シロ兄が言うには、アイツはどうやら単純に利用されていただけらしく、そこまで危険な奴ではないと言っていた。ようは子供なのだとも。
しかし、今なぜにアイツがここにいるんだろう?
たしか今は京都にあるこのかの実家に拘留されている筈。
いや、今はそんなことよりも……、
「ダメよネギ! こいつ、きっとすごく強い! 刹那さんだって捕まってるくらいだもの、あんただけじゃ無理よ、シロ兄を呼んできて!」
「…………ダメです。そうこうしている間にも皆さんが危険な目に遭うかもしれないんです。そんなこと、それこそ許されることじゃ在りません。それに安心してくださいアスナさん、僕は一人じゃありません」
「……え?」
「せやで姉ちゃん。アイツには借りがあってな、共同戦線っちゅうヤツや。ホンマは二対一とか好かんのやけど……ま、相手が女を人質に取るような、男の風上にも置けんヤツや……問答無用のボコボコでも構わへんやろ」
そう言うと小太郎は、握りこぶしをバキバキ鳴らしながら獰猛な笑みを私の傍らに立つ男に向けた。
確かに、京都での実例からも小太郎が強いって言うのは分かっているし、そんなヤツがネギと一緒になって戦うんなら勝率だってグッと上がるんだろう。
だけど、だけれど!
ネギはいつも無茶ばかりするんだ。
京都でだって、シロ兄からあれほど白髪のガキとは絶対に戦うなって言われていたのに、このかを助ける為に結局は戦うはめになってしまった。最終的にはこのかを助けることに成功したけれど、その過程でネギは魔法を受けてしまい、その石化の魔法の侵食によってかなり危なかった。
その時のネギの苦しそうな顔が私の頭からどうしても離れない。また、あんな風に無茶をするんじゃないかって思うと、どうにかしてやらなくちゃって考えてしまうんだ。
だから私は、叫んだ。
今にも始まりそうな戦いを目の前にして、祈るような気持ちで目を閉じ、心の底でその願いを叫んだ。
———助けて、シロ兄と。