俺は段数が10段くらいの小さな階段に腰掛けたまま、ただ目の前の光景をボーッ、と眺めていた。
「くっ……!」
「———ハ」
目の前では人影が踊っている。
近づいて離れ、離れてはまた近づいてを何度も繰り返す。
踊り手はエヴァとネギ君。
『別荘』での修行の仕上げとして実戦稽古をしている最中だ。
二人の表情は対照的で、エヴァは余裕の微笑を覗かせているのに対し、ネギ君の表情は焦燥に駆られている。
それもその筈。
いくら修行での事とは言え二人の実力差は圧倒的。更に、エヴァは『別荘』の空間内ならばある程度の力が回復している。
そんなエヴァに今のネギ君の勝ち目などはあり得ないだろう。
そこに更に躍り出る影が二つ。
茶々丸とチャチャゼロだ。
ネギ君の死角から猛スピードで迫る。
そんな二人の登場にネギ君の気がエヴァから一瞬だけ逸れた。
「……奇襲程度で集中を乱すな」
一瞬とはいえエヴァにしてみれば致命的な、度し難いほどの隙。
彼女は魔力の篭もった右手の一撃をネギ君に叩きつけた。
「ぎゃうっ!」
エヴァの強烈な一撃にネギ君が悲鳴を上げる。
ネギ君は寸前でガードしたようだが、その一撃はガードもろとも小さな身体を派手に吹き飛ばした。
地面を滑る彼に更なる追撃が迫る。
茶々丸とチャチャゼロによる左右同時の挟撃。
倒れたままのネギ君にはかわしようもない絶対的なタイミング。
———が。
「———『風花・風障壁』!!」
そのままの姿勢で張り巡らした防御障壁で防いだ。
強襲した二人の一撃はその壁に阻まれ彼に届く事は無い。
しかし、そこで思った。
「———あ、詰んだか。コレは」
階段に腰掛けたままそう呟く。
そんな呟きと同時に茶々丸とチャチャゼロは障壁が無くなった瞬間にネギ君を地面に押し付けていた。
今のは悪手だ。
その場凌ぎだけを考えて次に繋がる動きをしていない。あれでは格好の的だ。
戦いの基本は動き続ける事。戦いの流れに逆らう事無く常に移動を続けるのが基本だ。
今のような流れでは、防御して立ち止まってしまうよりならば、かえって攻撃を喰らって吹き飛ばされた方がまだ『マシ』だっただろう。
「どうした、たった12秒だぞ。3対1とはいえせめて一分は持たせろ。この程度ではあの白髪の少年など相手にもならんぞ」
エヴァが倒れ付したままのネギ君に向かって歩きながら言う。
腕を組んで歩くエヴァはどこか楽しげに見えた。
……根っからの苛めっ子気質と言うかなんと言うか……Sっ娘め。
「———更にいくぞ」
「うひゃ!?」
ネギ君の下に辿り着くのと同時に、つま先で引っ掛けるようにして倒れたままのネギ君の身体を蹴り上げた。
エヴァはそれを追う様に地面を蹴ると、空中でネギ君の胸元に手を置き、ニヤリと薄く笑った。
「……うわー、エヴァのヤツも容赦ねーなあ」
上空にいる二人を見ながらそんな感想が零れる。
エヴァは手から一瞬だけ電撃のような物を迸らせると術を紡いだ。
一瞬、どこかで見た光景だと思ったが、それは京都での事件の折にエヴァがフェイトと言う少年に放った術式だとすぐに思い至った。
その効果は、極々短い時間だが相手の動きを電撃により麻痺させる事が可能だ。
その結果、それを受けた相手は次に来るであろう一撃を防ぐことが出来ない。
「———来たれ、虚空の雷、薙ぎ払え! 『雷の斧』!!」
ドン、という激しい音と共にネギ君に扇状の大きな雷が直撃した。
見た限り手加減してるっぽいがあれはキツいだろう。
「ううぅ……痺れる〜」
「今のが決めとしてそれなりに有効な、雷系の上位古代語魔法だ。……ちなみに、今のはサウザンドマスターが好んで使っていた連携の一つでもある」
「え……父さんが?」
「覚えておいて損は無いぞ? まあ、今のお前には無理だがな」
にしてもエヴァもよくやる。自分が得意な分野は氷系とか闇系とか言ってたくせに他の系統の術をポンポン簡単に使うんだから器用なもんだ。
俺にもそんな万能性があればいいとか少し羨ましく思ったり。
「じゃあ回復したら次の実戦稽古に移るぞ」
「ハ、ハイ、師匠! ……でも次のって?」
「ん? ……ああ、言って無かったか。ほれ、そこで暇そうにしているヤツが相手だ」
そう言ってエヴァは俺を親指でくいくい、と指差した。
「……暇そうって……」
自分が呼びつけたのに酷い扱いもあったもんである。
「———っと」
エヴァが唐突にふらり、と貧血のように揺らめいた。
あ、これは……。
「ちっ……、魔力を使いすぎたか……。士郎スマンが———」
「分かってる。ほれこっち来い」
エヴァがトテトテと歩いて来て俺の隣に腰掛ける。
なんでも、エヴァはある程度の魔力があれば吸血が可能らしい。なので俺から血を吸う事によって魔力を回復しようという話だ。
俺が腕を差し出すと、エヴァは舌でペロリ、と舐めた後に噛み付いた。
「……ん」
微かに声を漏らして俺の血を飲み下していく。
その間、俺はエヴァの旋毛をボーッと眺めていた。
「———うむ。大分回復したか。士郎、助かったぞ」
「いつもの事だろ。気にすんな」
そうか、と満足そうにエヴァが頷く。
「え……? 暇そうにしてるヤツって……え、衛宮さんですか!?」
と。
今まで事の成り行きを見守っていたネギ君が我に返ったように声をあげた。
「ありがたく思う事だな。士郎のような経験則の塊のようなヤツはそうそうお目にかかれんからな。坊やにも勉強になる事が多いだろう」
「あ、ありがとうございます」
「うむ———っと。そうだ士郎。刹那はどうした? あいつも来るんだろう?」
「その筈なんだけどな……。一緒には来なかったのか?」
「来てればいるだろうが。……ハン。大方、ガキ共を巻くのに手間取ってるんだろうよ」
エヴァが座りながらやれやれと肩を竦めた。
なるほど。確かに最近、刹那はアスナ達と仲が良くなってきたので一人で行動し辛いんだろう。
「ま、そのうち来るだろ。それまで休んでようぜ」
「そうだな。———茶々丸」
「はい。マスター」
エヴァが目配せだけでお茶を要求した。
「あ、俺も、」
「待たんか」
手伝う、と言って立ち上がろうとしたらエヴァから手を掴まれた。
「お前は血を少し失ったばかりなのだから座っておれ。それにここには茶々丸の姉がいるから手伝いは不要だ」
「……そうか。それならいいけど」
浮かした腰を再び下ろす。
血を失ったといっても大した量じゃないから問題ないんだけどな。
でも、折角エヴァが俺を気遣ってくれているんだ、ここはご好意に甘えておこう。
「あの……刹那さんもって?」
そんな事をしていると階段の下の方にネギ君がやって来ていた。
「ああ、その事か。ネギ君は俺が毎朝刹那と鍛練しているのは知ってるよな」
「ええ、刹那さんから聞いています」
「その鍛練の事で、俺達がいつも鍛練してる場所じゃ流石に出来る事が限られてるからな。これを機会に俺達もたまにはこっちに混ぜてもらおうって話になったんだ」
「そうだったんですか」
なるほど、と頷くネギ君。
しっかし刹那のヤツ遅いなあ……。そりゃ、ここは時間の流れが外とは違うのは理解してるけど、それでもここに入ったのはエヴァ達と一緒だ。つまり学校は終わっている時間の筈なのだがまだ来ない。ここに入って結構時間立ってるんだけどな……。
「あ、そうだ衛宮さん。僕、衛宮さんに聞きたい事あるんですけどいいですか?」
「俺に? 答えられる事なら答えるけど……なんだ?」
「はい。あの……衛宮さんのスタイルは何だったんですか? やっぱり『魔法剣士』ですか?」
「———魔法剣士?」
はて、何の話だろうか? スタイルってのが何なのか分からないし、そもそも魔法剣士って何だ? ゲームのキャラクターとかだろうか。
と。
俺がネギ君の質問に軽く混乱していると、エヴァが耳打ちするように顔を寄せた。
「———スタイルと言うのは戦い方の事だ。簡単に言ってしまえば、いま坊やが言った魔法剣士とは前線で戦う速さ重視のタイプ、そして魔法使いタイプと呼ばれる後方から強力な術を放つタイプがある。他にも色々あるが今坊やが聞きたいのはそう言うコトだ」
ああ、なるほど、そう言うコトか。
魔法剣士に魔法使い、ね。そういった括りになれば俺も魔法剣士に当て嵌まるんだろうけど……。
「俺のスタイルは———魔術使い、かな」
あえてそう言う事にした。
それは俺が目指すモノで親父が貫き通した道だ。それ以外には考えられなかった。
「魔術使い———ですか? それはどういう戦い方なんですか?」
興味深そうに聞いてくる。
……うーん、改まってそうやって聞かれると即興で考えただけに困るんだけど。
「そうだな……『魔』法を『術』として『使』うモノかな?」
なんとなく思いついた言葉遊びだが存外に悪くない。
「……? えっと、それはどういう?」
「そのまんまの意味だよ。魔法はあくまで手段。魔法だけにとらわれず、他に使える物があればそれを使うって事さ」
「———へー、そういうのもあるんですね。参考になります」
ま、口からでまかせなんだから余り参考にされても困るわけなんだが。
ところがネギ君は「魔術使いかぁ〜……」と、意外と真剣に思いを巡らせていた。
って、ネギ君、結構本気で考えてないか?
「———エヴァ。俺、マズイ事言っちまったかな?」
思わずエヴァに小声で聞いてみる。
俺のせいで変なことにならなきゃいいけど……。
「気にする事は無いさ。お前の言う魔術使いなる物がどのようなものか明確には分からんのだ。放っておいても害はあるまいて」
「そっか……ならいいけど」
安堵のため息を吐く。
どうやら可笑しな事にはならないみたいで安心した……。
と。
そんな時だった。
『———な……ど、どどど、どこなのよここーーッ!』
そんな絶叫が聞こえた。
今の声って……。
「アスナ……だよな? 何だってアスナが来てんだ?」
「…………はあ。大方、刹那が振り切れなかったか勝手に着いて来たんだろうよ。全く、人の家に勝手に入って来おってからに……」
深々とため息を吐くエヴァ。
あー……なんて言うか納得。俺もそんなイメージが簡単に浮かんできた。んでもって、どうせアスナと刹那だけじゃなくて他にもゾロゾロ来てると俺は見た。
「…………ほらね」
遠くの出入り口を兼ねる魔法陣の付近には、刹那にアスナ、更に、このか、綾瀬さん、宮崎さん、古菲さん、朝倉さんと言った面々がいた。刹那以外はここに驚いているらしく、ビックリした表情で周囲を見回している。
……まあ、刹那は刹那で疲れ切った顔をしてるからここまでの道中も大変だったんだろう。
「……ったく、仕方無いな。———おーい、こっちだこっち!」
大声で叫んで手を振る。
イキナリ大きな声を出したので、隣に座ったエヴァが手で耳を押さえながら、恨めしそうに見上げてきたが気にしない。
俺の声に気が付いた刹那を始めとした面々がゾロゾロと歩いてくる。
「…………し、士郎さん。エヴァンジェリンさん。申し訳ありません」
「あー……いい、いい。言わなくても分かってる。どうせ貴様がこっそり来ようとしたらいつの間にか後を付けられてたとかそんなんだろ?」
「……全く持ってその通りで。不甲斐ないです」
エヴァの言葉にしゅん、と落ち込む刹那。
まあ、刹那には似たような過去があるからそんなんだろうとは思ってたけど。
「で? アスナにこのかに他の連中も。……なんだってこんなトコに来たのさ?」
「な、なんでって……私は最近ネギがやたらと疲れて帰って来るからどうしたんだろうって思って。それでエヴァちゃんとネギを尾行してたら、同じ方向に行く刹那さんがいたから無理矢理くっついてきたんだけど……」
「ウチもウチもー」
「わ、私も……です」
「同じくです」
「私もネ」
「私は面白そうだったからかなぁー」
うんうん。なんだかんだと言いながらもネギ君、愛されてるじゃないか。
まあ、そういった事情だったら仕方無いのかもしれない。
……それはそれとして。
「———最後のヤツ、帰れ」
「ひどッ!?」
朝倉さんが声をあげる。
全く……なんだよ面白そうだから、って。俺達は別に遊びでこんな事やってるんじゃないってのに……。
「———士郎。帰したくても帰せんだろうが」
エヴァがやれやれといった風に首を振りながら言う。
俺もそんな気分だよ……。
「知ってるけど言ってみただけ。……ったく。お前等、言っとくけどここからは丸一日出れない仕組みになってるからな」
「ええーー!?」と、驚きの声があがる。
それもそうか、俺だって初めて聞いた時は驚いたし。
「じゃ、明日まで出れないアルか?」
「聞いてないよっ」
「明日の授業どうするんーっ」
ワイワイと騒ぎ立てる3-Aの面々。
取り合えずニ番目に言ったヤツ。それ、勝手に入って来たヤツが言う台詞じゃないぞ。
「ああ、もう! 勝手に入ってきてゴチャゴチャとうるさいな! 安心しろ。ここで一日過ごしても外では一時間しか経過しない。これを利用して坊やには毎日、丸一日たっぷり修行してもらっている」
「……てことは、ネギってば一日先生の仕事した後に、もう一日ここで修行してたって事なの?」
「教職の合間にちまちまやってても埒があかないからな」
「———てことはネギ坊主。一日が二日アルか!?」
「大変すぎやー!」
はー、やれやれ……。一気に騒がしくなっちまったな……。
「マスター、士郎さん、お待たせしました」
「ああ、サンキュ茶々丸」
「うむ」
茶々丸から貰ったお茶で一心地つく。
それだけで気分が落ち着くのが分かる。
……さて、色々と予定外の出来事があるけどこのままじゃ埒が明かないし、そろそろ本来の話に戻らなければ。
「よし、ネギ君。そろそろ始めるか」
「あ、はい。分かりました」
階段から腰を浮かせて立ち上がる。
こうやってノンビリもしてらんないしな。
「あれ? シロ兄にネギ、何かすんの?」
「ん、ちょっと手合わせをな」
疑問顔で俺を見てくるアスナの脇を通り抜けながら答える。
でも、手合わせって言ったって何も考えてなかった。ただ打ち合えば良いって訳じゃないんだろうし。まさか刹那とやってるみたいに竹刀でバシバシやり合うって訳にいかないし……って、ん、待てよ? 刹那?
「………………」
刹那の顔をジッと眺める。
……まあ、元々そのつもりでここに来たんだしな。
「士郎さん?」
———ふむ、悪くないかも。
「よし、刹那も一緒にやるか」
「———え、一緒って……ネギ先生と一緒にですか?」
キョトン、とする刹那。
そんな彼女を差し置いて、みんなの顔を見回す。
「そ、二対一だ。構わないだろ? 勿論ネギ君は魔法を使っても良いし、刹那もドンドン技使って良いからさ」
「えっと……衛宮さん、いくらなんでもそれはどうかと……」
ネギ君が手を上げながら質問する。
刹那と組んでの二対一というのが気に入らないのだろうか?
「ん? じゃあアスナも加わればいいのか?」
「そうそう。私も加われば……って、私も!? 無理無理、シロ兄相手に戦うなんてそんなの無理よ!」
「戦いじゃなくて鍛錬な。大丈夫だって、俺も使うのは竹刀だし。それにアスナが刹那に剣道習ってどれだけ上達したか興味あるし」
「うーん……シロ兄がそこまで言うなら……」
「あ、あの、僕が言いたいのはそうではなくてですね……大丈夫なんですか? そんなにたくさんの人と同時に打ち合って」
あ、そう言う事か。
俺はてっきり戦力的に不安なんだとか思ってた。パートナーなんだからアスナと一緒に戦うのがメインなんだろうし。
「大丈夫だって。京都でだって多対一だったんだから」
「確かにそうですけど……」
それでもネギ君はどこか不安気に俺を見上げる。
「……坊や。その心配は無用と言う物だ」
「師匠?」
と。
エヴァが座ったまま呆れたようにため息を吐いていた。
「今の坊やと士郎とでは天と地ほどもの実力差がある。それを今更少しばかり人数が増えて背を伸ばした所で全く届かんさ。……ウダウダ言ってないで全力でぶつかってみろ」
「……わ、わかりました」
エヴァに言われてようやくネギ君が頷く。
……俺、そんなに頼り無く見えるのだろうか? これでも君等よりは年上なんだが……。
「エミヤさん、エミヤさん。ちょっと良いアルか?」
「ん?」
どこかワクワクしているような弾んだ声に振り返ると、古菲さんが声に負けないような表情で俺を見ていた。
「私も参加して良いアルか?」
「参加って……鍛錬に?」
「そうネ! いやー、この前見たときからエミヤさんとは一度手合わせしてみたいと思ってたアルよー」
にゃはは、と笑う。そんな感じで誤魔化しているがソワソワして待ちきれないといった感じが伝わってくる。
更にもう一人追加か。
「いいよ、それじゃネギ君たちの方に入ってくれ」
「おお! 言ってみるものネ、アリガトアルーっ!」
ヒャッホーと喜び勇んでネギ君の所に走っていく。今にも小躍りしそうなテンションだ。
そんな後姿を見ながら苦笑を覚える。
さて、俺も準備するか。
予め持ってきておいた手荷物を取りに向かう。
「……衛宮さん、いいんですか?」
「んー? 何がさ?」
と。
竹刀袋から竹刀を取り出していると綾瀬さんから声がかかったのでソレに応える。
「いえ、私自身、戦いとかの事はよく分からないのですが、古菲さんは前年度の『ウルティマホラ』のチャンピオンですよ? 加えてネギ先生や他の方も相当の実力者だと聞き及んでますです。そんな方々のお相手を一人でなさるなんて……可能なのですか?」
「ああ、チャンピオンね。そういやこの前もそんなこと言ってたっけ。んー……ま、何とかなるだろ」
しゅるしゅる、と袋の中から竹刀を抜く。
通常サイズより若干短いソレを二刀。
今回は一本ではなく二刀を選択。流石に刹那もいてこの人数相手だと一本では裁ききれないだろうからだ。
「ず、随分と適当なのですね。……いえ、これは素人の浅薄ゆえの余計な詮索と言った所でしょうか。私は黙って見ている事にしましょう」
では、と言って宮崎さん達の下に帰っていく。
ふむ。彼女なりに心配してくれたんだろうか?
「———よし! 準備いいかー? 始めるぞー」
それを嬉しく感じながらも気合を入れて立ち上がる。
そして、両手に竹刀を持ちながら準備をしているネギ君たちに声をかけた。
「あ、はーい。準備できてますよー!」
手をブンブンと振っているネギ君。
それに伴ってアスナ達もそれぞれ配置に着く。
一番後方にネギ君。それを守るようにアスナがハリセンを持って構えている。そこから数歩分の距離を前に進んだ位置に更なる壁、つまり、最前線の位置に刹那、古菲さん。刹那が半歩分だけ下がった位置にいるのは竹刀を持った刹那のリーチと、無手の古菲さんのリーチ差を考慮しての事だろう。
「エヴァ」
俺の声にエヴァが無言で頷いて片手を掲げた。
それだけで緩んでいた空気がピンと張り詰めたモノに変わるのを感じる。
「——————」
綾瀬さん達の息を飲む気配すら伝わってくる。
目の前には程よい緊張感を纏った四人が俺を見ている。
俺は片目を瞑り眼前を見据えた。
「……始めろ」
エヴァの声を合図に、ゆっくりと左右の手を上げ、構えをとる。
……さて、
「———さあ、来い!」
どこまで走れるかな?
◆◇—————————◇◆
「———さあ、来い!」
士郎さんがそう声を張り上げたのと同時に、私と古は地を蹴った。
左右に別れ、挟み込む形で士郎さんを強襲する。
作戦としてはこうだ。
初手で私と古の手数で士郎さんの攻撃手段を封じた後、アスナさんが加わり足も止める。そこにネギ先生の魔法を打ち込むという単純な物だった。当然、このような急場しのぎの作戦が通じるような甘い相手ではな無い事は十二分に理解しているので、殆どは各個人のアドリブ任せだ。
「———破ッ!」
「はっ……!」
古の中段突きに合わせる形で上段で竹刀を打ち下ろす。
縦と横の同時攻撃。
例え左右に持った竹刀で防ごうとも、そこには必ず隙が生まれる。いくら士郎さんといえども。この打ち込みには揺らがざるを得ない筈———!
「よっ!」
が、士郎さんはしゃがんだだけでソレを苦も無く回避した。
「なっ!?」
「ナヌ!?」
想定外の行動。少なくとも両手で持った竹刀で受けられるか、いなされるかと予想していたがソレを上回る動き。
当然、打ち下ろした竹刀は止まらない。士郎さんを狙った筈の切っ先は空振りして古の打ち込んだ腕を打ち据えて、
「おっと。流石に急造のコンビだとやりにくいか、刹那?」
バシン、と。
寸前で士郎さんの掲げた竹刀で受け止められた。今更この御方の実力には驚いてもいられないが、わざわざ私たちの同士討ちを庇ったりする、その士郎さんらしさに戦いの最中だと言うのに思わず苦笑する。
「……かもしれせん———ね!」
「おっと!」
士郎さんに止められたままの竹刀を、逆の回り方で大きく身体ごと一回転させて切り上げるが、そんなものは難なくかわされてしまう。
私が竹刀を振りぬいた形でいる間に、古が士郎さんの懐に入り込み接近戦を挑む。
「いくアルヨー!」
「おう。来い!」
古が中国武術特有の動きで士郎さんに張り付いて、目にも止まらない連撃を繰り出す。
無手で戦う場合の有利な点はその手数の多さにある。特に、その動きの奇抜さにおいて中国武術ほど多彩な格闘技は他に類を見ない。
また、得物を持った人間は密着するような格闘技に接近を許すと弱い。間合いが違うのだ。得物を持てば相手の射程外からの攻撃も可能だが、密着するような接近戦では、それこそが死角になる。そもそも回転数が違う。リーチの長さはそのまま小回りがきかない事に直結する。勿論、その間合いを埋めるような技術も存在するが、根底として得物を持った者は接近戦において不利になるのだ。
———だと、いうのに。
「おお、凄い技術だな。拳法ってのは思いもよらない角度から攻撃が来るから面白いよな」
「はぁ、はぁっ…………邪っ!」
……かすりもしない。
それどころか古の動きを間近で見て、観察するかのような余裕すら見てとれる。
……相も変わらず凄まじい。体捌き自体の速度は私とそれほど変わらないというのに、私では理解不能なレベルでの見切りを見せる。
こうやって端から見ていると改めて感嘆する。古の攻撃をまるで誘導しているようにも見える動き、あれは分かっていても対処できないのだ。誘導されていると分かっていてもそこにしか打ち込める隙が無いから結果として打ち込んでしまう。まるで予定調和の舞踏。まさに士郎さんの掌の上で踊らされている。
「———せ、刹那っ、ボヤっと見てないで手伝うネ! 最初から敵わないとは思ってたアルが———実際に戦って見るとトンデモないネ……! アスナもネギ坊主も加わるよろシ!」
古の叱責で士郎さんの動きに見惚れている自分に気が付く。はっ、となって頭を振る。
ネギ先生とアスナさんを見ると、顔を見合わせて士郎さんに向かって走っていくところだった。それに習うように私も地を蹴る。
「私は右側を潰します! アスナさんは左、ネギ先生は後ろをお願いします!」
「オッケー、刹那さん!」
「わかりました!」
前後左右。
士郎さんを取り囲んで動きすら封じる。これなら流石の士郎さんといえども、有効打は無理でも一撃くらいなら!
私、古、アスナさん、ネギ先生。各々が持ち得る最大の力で士郎さんに連撃を打ち込んでいく!
だっていうのに。
「アスナ、お前の腕の振り方だと隙が多過ぎるからもっとコンパクトにした方がいい。ネギ君もだ。拳法を習い始めて間もないのは知ってるけど、技と技の繋ぎ方があまりにも中途半端だ。反復練習あるのみだな。古菲さんは技は完璧だけど出力不足。や、女の子があんまり力持ちってのもどうかと思うけど……。刹那は相変わらず良い打ち込みだけど、これじゃあいつもと変わらないぞ? 折角この『別荘』使わせてもらってるんだからお前の技使って本気で来い、本気で」
平然とした顔でアドバイスなんかしている……。しかも的確に。
無論、その間も私達は打ち込む手を一時も休めたりなどはしていない。むしろ士郎さんが語っている間隙を狙って打ち込みの速度は激しさを増していた。
だが、士郎さんはその全てを捌き、いなしている。それも一度の反撃もせずに。
私の竹刀を誘導してアスナさんの持つハリセンを防いだり、ネギ先生の打ち込みを絡め取って古の方に転がしてみたりと、完全に手玉に取られている。実力差は身をもって知っているがここまで余裕を見せられては一度くらい驚いた顔も見てみたいと思うものだ。
「古! 一瞬で良い。隙を作ってくれ!」
「……か、簡単に言ってくれるアルね。……でも、わかたアル、一瞬だけな———らっ!」
古が力強く大地を踏み締め、渾身の掌底を放った。踏み締めた石畳がその衝撃に耐えられず粉々に砕け散る程の一撃。
士郎さんはそれを胸の前で交差させた竹刀で受け止め、自ら後方に飛ぶ事によってその衝撃を緩和させる。士郎さんなら難なくかわせる一撃だった筈だろうが……わざと受け止めたのだろう。恐らく、私が何かをするのを期待して。それ位の事を理解できる程度には士郎さんを知っているつもりだ。
……全く、そのような期待を持たれては不肖の弟子としてなんとかして応えたくなるではありませんか。
瞬動で後ろに大きく飛び退いた士郎さんに肉薄する。
「——————」
士郎さんがニヤリ、と笑った。
それを見て私も微笑む。
「神鳴流奥義……」
———行きます、士郎さん!
「—————百烈桜華斬!!」
幾つもの剣戟が死角無く士郎さんを打ち据える!
全方位全てを埋め尽くしたソレを、
「ハッ———たっ……!」
両手に持った竹刀で打ち落としていく。
……他の人間ならば驚きこそすれ、この御方相手なら驚きも少ない。
ここまではある意味予想通り、問題は———ここから!!
「神鳴流奥義……斬空閃!」
竹刀の切っ先に乗せた『気』を士郎さん目掛けて飛ばす。
士郎さんは先ほどの百烈桜華斬の処理に追われて手一杯の筈。もしかしたら———。
「……っと!」
やはり甘くは無い。
一直線に士郎さん目掛けて飛んだ『気』は首を傾けただけでかわされてしまう。
「———斬岩剣!」
更に畳み掛ける。
———これが、私の選んだ手段だった。私の持つ技、奥義を惜しみなく使ったこれ以上ないほどの連撃。これが通じなければ……もう。
至近距離から打ち込んだ技は、片方の竹刀だけでその切っ先を逸らされ、勢いで両腕が跳ね上がる。
「……いや」
通じる通じないではない。
すべきことは今自分にできる事の全てを打ち込むのみ。
———ならば!
「神鳴流奥義!」
今、私が出せる最強の力をここに!
「———極大雷鳴剣!!」
———次の瞬間。
爆音。
閃光。
放った奥義による極大の雷光が視界を埋め尽くす。
正に目の前に雷が落下したかのような耳を打ち抜くような轟音とともに。
「…………」
奥義によって抉られた地面から舞い上がった土埃が視界を奪う。
……どうだ? 私は士郎さんに届いたのか———?
固唾を呑んで土埃が収まるのを待つ。
……風が吹いた。
舞い上がった土埃を纏めて攫っていく。
そして、
「———うん、今のは良い攻め方だ。反撃の糸口を与えずに圧倒する。流石刹那だな。ただ惜しいのは連続技として使うには繋ぎと順番が今一つだったな。考えは合ってると思うぞ」
その人は立っていた。無傷で……。
「……はあ、私としては最大限の攻勢だったんですがね。———やはり通じませんでしたか」
もはや笑うしかない。ここまで差を見せ付けられては悔しさすら浮かんでこないのだ。
やれやれ、私は本当にトンデモナイ御方に教えを請うているようだ。誇らしい事ではあるが、それを再認識した。
「———衛宮さん! まだ終わってませんよ!」
と。
そんな時だった。
ネギ先生はそうやって叫ぶと、
「———『戒めの射手』!」
魔法を放った。
それは予想外だった。私が意識を離していた事もある。もう終わったと思っていた節もあったからだ。その証拠に古もアスナさんも敵わないとばかりに肩を竦めて私たちを見ていたのだ。
そんな中でたった一人、諦めることなく挑んで行くネギ先生の闘志は賞賛に値するだろう。
放たれた魔法が士郎さんへと迫る。
そんな単発の魔法だけではこの人には通じない。容易く回避するだろう。
士郎さんは、当然のように迫り来る魔弾を眺め、頭の後ろを竹刀でコリコリと掻いていた。
「……うーん。それはそうなんだけどさ」
困ったようにそう呟いて私をチラリと流し見る。
その間にも魔弾は近づいている。
そして、
「———悪い、刹那」
———私の手を引いて盾にした。
「……って、えええええぇぇっ!?」
な、何をなさりますか士郎さーーんっ!?
突然の出来事に混乱する頭で士郎さんを振り返ってみても、士郎さんはすっごく良い顔で笑っているばかり。
……それを見て思った。
「……あ、ダメだ」
次の瞬間、私はネギ先生の魔法によって雁字搦めになってうな垂れるのであった……。