今日も今日とて良い天気だ。
太陽は燦々と大地を暖め、身体を撫でていく風は爽やかそのもの。
そんな天気だけで気分が良くなるような日差しの下をテクテクと歩く。
隣にはエヴァと茶々丸、いつものメンバー。
風が吹く度に二人の長い髪がサラサラと風に踊っている。
そんな光景が余りにも穏やか過ぎて、このままどこかでノンビリと日光浴でもして過ごしたいくらいだ。
とは言っても、今は店の休憩時間であって、休日ではないのでそうそうノンビリとしてもいられないのだが……今日は目的地があるのだ。
「……それにしても携帯電話かー」
空を見上げながら呟いた。
そう、今日の目的は携帯電話を買うこと。
ことの始まりは昨日の夕食での席の事、エヴァが携帯電話を買いに行こうと急に言い出したからであった。
俺としても別に反対するような事でもないので、こうやって休憩時間を使って買いに向かっているのだ。
でも、考えてみれば今時だと持ってないほうが珍しいのではないだろうか?
そう考えれば今になって言い出すと言うのも遅かったのかもしれない。
「うむ。私はそうでもないのだがお前には必要だろうと思ってな。だったらついでに私のも揃えようと考えた訳だ」
「俺としては何で今まで買わなかったのかっていう方が不思議なんだけど」
「……まあ、別に必要に迫られるような事もなかったからな。そう言うお前だって買うとは言い出さなかったではないか」
「無ければ無いで何とかなってたしな」
だろう? と、エヴァが頷いて先導するように先を歩く。
それにしてもこの時間帯はやっぱり人が多い。
放課後を楽しむ学生達で活気に満ちている。
色々な店のショーウィンドウを覗きながらも金の髪を見失わないようについて行く。
「そう言えば茶々丸は?」
「……と、言いますと?」
首を傾げる茶々丸。
「いや、だから携帯電話。お前も買うんだろ?」
「あ、いえ……私は……」
茶々丸はエヴァの方を気にしながら言葉を濁す。
その様は子供が親にモノをねだっているようにも見える。
エヴァはそれを見てやれやれ、といった風にため息をついた。
「……別にかまわんだろ。それにダメだと言った所で士郎に何を言われることやら……」
「——————あ」
表情にあまり出ないので分かりづらいが、雰囲気で何となく喜んでいるのが分かる。
……それは良いとして、何でそこで俺の名前が出てくるのだろうか。
茶々丸が喜んでいるなら別にいいけど……。
「お、ここだな」
エヴァが立ち止まり店先を眺める。
俺もそれにつられて店先を流し見た。
なるほど。
一般的な携帯電話販売店でメーカー直営のショップではないらしい。
そのお陰で色んなメーカーの機種が所狭しと並べられている。
ガラス越しの店内では学校帰りであろう学生達が、商品を眺めながら楽しそうにおしゃべりしているのが見えた。
そんな学生達を眺めながら自動ドアを潜る。
店内は空調でも利いているのか、外気とは少し違う乾いたような空気が流れてきた。
「おー、流石に種類が多いんだな」
思わず感嘆の声を上げる。
メーカー、携帯電話制作会社によって種類も色も様々で、パッと見た感じでは区別がつきそうも無い。
これで機能とか値段とかもあるんだから目移りしてしまいそうだ。
「エヴァは何か目当ての物とかあるのか?」
物珍しそうにキョロキョロ見回しているエヴァに聞いてみる。
「お? 私か? いや、コレと言った物は無いが……まあ見て回ろうではないか」
「ん、そうだな」
「はい、マスター」
三人で店内を見て回る。
最新機種、更にはソレらからは一つ、二つ前のモデルが値札と一緒に機能が表示された立て札がズラリと並ぶ。こうして近くで見てみるとホントに個性的なのが多い。
折りたたみ式、スライド式、小型、薄型、多機能等等メーカー同士の開発競争が激しいのが良く分かる。
「お」
そんな中で一際俺の目を引くのがある。
他の機種とは明らかに一線を画するような無骨なデザイン。
ソレは別に、他の機種に比べてデザインが優れているというわけではなく、方向性が逆を向いているといった感じだ。
赤、白、黒と三種類のカラーバリエーションがあるらしく、その赤いヤツを手にとって見る。
「へー、こういうのもあるんだ……」
『耐水、耐圧に優れつつも最低限の機能を確保しました! たとえ火の中水の中、どんな場所でも通話可能。ヘビーデューティー主義のアナタにピッタリ!』
そんな売り文句が書いてある。
……耐水、耐圧は良いとしても火や水の中は流石に言い過ぎだろうとかはスルーしておく。
他の機種のように綺麗に磨かれているのではなく、いかにも頑丈そうなデザインが特徴的だ。
うたい文句の頑丈さを重視しているのか、他の機種と比べてみると明らかに重量感があったりもするが、その方がそこにあるという事を忘れないで良さそうだ。
「なんだ士郎。もう決めたのか?」
他の機種を弄っていたエヴァが俺の手元を覗く。
茶々丸も俺の隣で同じ物を手にとって眺めていた。
「ん、そうだな……俺の場合だと水仕事とかあったりするから、こういったヤツの方が壊れにくそうで良いんじゃないか」
弄ってみると、メール、カメラとかの機能もあるし十分だろう。……それらを使うかどうかは別として。
「うん、俺はこれにする」
「———では私もこれにします」
隣の茶々丸が俺に追随するようにそうやって言った。
エヴァの「何ぃー!?」と言う声を無視して茶々丸の方を見ると、その手には俺が持っている機種の白バージョンが握られている。
確かに純粋なイメージが強い茶々丸に白は似合ってるけど……。
「そんな簡単に決めても良いのか? や、俺が言うのもなんだけど……他にも色々あるからそれを見てから決めても良いんじゃないか?」
「いえ、私はこれで」
頑なにその機種を放そうとはせずに、胸元でギュッと握り締めている茶々丸。
……気に入ったんならソレはソレでいいけど。
「———な、ならば私もこれだ!」
「何ぃー!?」
今度は俺が驚く番だった。
慌てて後ろを見ると、エヴァが持っているのは俺と同じタイプの黒い機種。
「お、お前もか!? 何だって皆して同じ機種選ぶのさっ」
エヴァは俺に黒い機種を見せ付けるようにして見上げていた。
……って、え? なんで涙ぐんでるんだ、エヴァ!?
俺、なんにもしてないよな!?
「あ、あのー……エ、エヴァ……さん?」
「……私の勝手だろう……悪いか?」
「いや、別に悪くなんかはないけどさ……」
頭の後ろを掻きながら答える。
他にも良さそうなのたくさんありそうなんだけど……まあ、本人達がそれで良いって言うなら……いっか。
『ありがとうございましたー』
店員さんの挨拶を背に、何故か涙目になったエヴァの手を引いて買い物を終えた店を出る。
そして、そのまま携帯電話の入った同じ袋をぶら下げながら三人で『土蔵』へと帰った。
エヴァ達はいつもの席に座ると、早速袋から携帯電話が入った箱を取り出して、それを開けていた。
「おー、これが私の携帯か……」
光に反射させるようにしてしみじみと見ている。
「エヴァ、それよりも説明書見て使い方覚えろよ」
「む……わ、分かっている」
俺に言われて袋に入った説明書を取り出す。
隣に座った茶々丸は本体だけ取り出すと、後は綺麗に箱を袋へと戻していた。
「あれ? 茶々丸は見なくても良いのか?」
「はい。これ位の機械でしたら私にマニュアルは必要ありませんので」
カウンターテーブルの上に携帯をちょこん、と置きながら言う。
なるほど。
考えてみれば超ハイテクの塊の茶々丸に聞く内容じゃなかったか。
「おい士郎。不良品だ。ボタンを押しても何も反応せんぞ」
「……違うって。それはお前が電源入れてないだけ。———ほら、説明書にも書いてるだろ?」
「む、そうか……」
そうやってエヴァが携帯電話のボタンを押し込むと、携帯電話から軽快な音が聞こえてくる。電源が入ったらしい。
それにしても、エヴァは機械の類が苦手のようだ。遠坂みたいに敬遠してる訳じゃないが、イマイチ慣れてないって感じだ。
それでも、こうやって覚えようと努力している辺りは遠坂より将来性を感じる。
「ふむ、こっちが通話ボタンでこっちが終了ボタンか……かけるときは番号を押してから通話っと……」
説明書と睨めっこしながら必死に使い方を覚えているエヴァは微笑ましい。この分ならすぐに使い方を覚えるだろう。
「士郎、お前の番号を教えろ。一度かけてみる」
「あいよ。いいか? 言うぞー。090——————」
俺が番号を読み上げていくとエヴァはそれを声に出して「0、9、0っと……」、と確認しながら両手を使ってポチポチ押していく。
そして番号の入力が終わったのだろう、エヴァは耳に携帯を押し当てた。
「…………」
「…………」
待つこと数秒。
「———む?」
エヴァが小首をかしげた。
「おい、士郎。なにやら電波が届かないとか電源が入っていないとか抜かしておるぞ、この機械」
「……って、そういやそっか。俺の携帯もまだ箱から出してなかった」
そりゃ繋がらないわけだ。
「エヴァ、一回止めて」
「ん? ああ」
俺もカウンター内に置かれた袋から自分の携帯を取り出す。
うむ、この無骨な感じ、良いかもしれない。
そんな感想を抱きながら自分の携帯の電源を入れる。
「いいぞー」
「うむ。それではもう一度番号を教えてくれ」
「いや、それ発信履歴に俺の番号残ってるから」
「発信———履歴? どうやって見るのだ、それは」
エヴァが適当にカチカチとボタンを押している。
まだそこまでは読んでなかったか。
「じゃあちょっと待ってろ。今俺からかけ直すから」
不在着信からエヴァの番号を出し、発信ボタンを押す。
俺だって何も昔の人間じゃない、これ位の操作なら説明書を見なくてもフィーリングで何とかなるのだ。
数瞬待つと、エヴァの携帯電話から電子音が鳴った。
よし、これで俺の番号が最初の画面に表示されるだろう。これで登録しやすい筈だ。
そして、終了ボタンを押そうとして、
「それが俺の番号だから登録、」
「———もしもし?」
「って、出るなよ!?」
思わず突っ込んでしまった。
俺はただ番号を教える為に鳴らしただけから出ても意味が無いだろうに……。
「む。何だ、出てはダメだったのか?」
「ダメって事無いけど意味は無い。目の前にいるのに電話で話すのって不毛だし」
それと無駄に通話料がかかるとか考えてしまう俺は貧乏性なのだろうか?
「取りあえずその番号で登録して。説明書見ながらやれば分かるだろ?」
「ん、ちょっと待て」
エヴァはそう言うと説明書をパラパラとめくる。
俺はそれを横目に茶々丸の方へと向き直る。
「茶々丸。お前の番号とかも登録するから教えてくれ」
「それでしたら携帯電話を私に貸して下さい。その方が早いでしょうから」
「? いいけど」
取りあえず素直に渡す。
すると、
「—————ぉお……」
ピピピッ! と猛烈な勢いで指先を動かして二つの携帯電話を同時に操作していく茶々丸。
俺はその光景に圧倒されて声が出なかった。
「———終わりました」
「あ、ああ……」
差し出された俺の携帯電話を呆然としながらも何とか受け取る。
画面を開いて確認してみるとそこには確かに『絡繰茶々丸』の文字。更に『エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル』の文字もあった。ついでに登録してくれたんだろう。
「サンキューな茶々丸。帰ってからでも登録しようと思ってたから助かった」
「いえ、お礼を頂くような事では……」
遠慮気味に首を横へと振る。
その横では未だにエヴァが説明書片手に携帯電話と格闘していた。
暫くして。
「出来たぞ!」
と、エヴァが叫んだ。
そして、登録したであろう画面を見て頷いていた。
「よし、ではかけるからな」
「おう」
待つこと数瞬。
俺の携帯が電子音を鳴らし着信を知らせていた。
「うん、ちゃんと登録出来たみたいだな。なんだ、飲み込み早いじゃないか」
「…………おい」
何故かエヴァが携帯を耳に当てたまま半眼で睨んでくる。
そして未だに着信を知らせる俺の携帯。
「ん? どうした」
「……何故電話に出ん」
「や、だって目の前にいるし……って、これさっきも言っただろ?」
するとエヴァが何故かプルプル振るえ出した。
そして、
「私からの電話には出れんと言うつもりかっ!」
「ええーーっ!?」
そこで怒るんですかーっ!?
なにその、私の酒が飲めんのかーーっ、みたいなノリ!
「ええい! 何でも良いから出ろ! 意味も無く出ろ!」
「意味も無くは出んわ!」
「それで、『お、今、俺上手い事言った』とか思ってるんじゃないだろうな!」
「思ってねぇ!?」
凄い言いがかりだ!
意味不明なことでエヴァが怒って、俺がそれに言い返すとまたしても意味不明な事に怒るエヴァ。
そんな感じで会話は訳のわからない方向に全力で転がって行った。
そのうち何が原因で始まった言い争いか分からなくなっていく。
……そんなこんなで不毛な会話は開店までしばらく続いた。
何はともれ…………なんて言うか平和な俺達だった。
◆◇—————————◇◆
「はぁ……無駄に疲れた」
「私もだ……」
取り合えず夕食と言う事で用意したのはスモークチキンとフルーツトマトのパスタ、それにコーンポタージュ、サラダ。
エヴァは疲れたようにフォークをクルクル回して、パスタをからめている。
茶々丸はいつものように上品にサラダを食べていた。
先ほどのエヴァとの言い争いは最終的に、『携帯電話の着信音で歌を流すのはどうなんだ?』と言う所まで飛躍した。……俺達自身そこに到った経緯は謎だし、気にしたら負けだと思った。
大して意味があるものじゃないと思うし。
店内は夕食時とあって学生さんをメインに席が埋まりだしている。客層としては8:2位で女の子の方が多い。店のすぐ側が女子中等部の学生寮なんだから当然といえば当然だが、お酒を出すときは先生達や大学生の人達でごった返す。
余談ではあるが、エヴァもお酒を飲むので、何気に専用ボトルとか結構店の棚に納まっていたりもする。
外見的には問題あるかもしれないが、実年齢で言えば全く問題ないので好きにさせているが。
「で、どうだ? 携帯の使い方は大体覚えたか?」
「通話機能は大方、と言った所か。メール機能はこれからだ。まあ、そんなに急いで覚える必要も無いだろう?」
「まあ……俺は通話の方をメインに使うだろうからな。そもそもメールを打っている自分が想像できない」
「———確かに……」
「言えてますね……」
エヴァと茶々丸に思いっきり納得されてしまった。……自分で言い出しておいてアレだけど少し悔しかったり。
「いいんだよ俺は。それより店の番号は登録したか?」
「はい、私は済ませました」
「む、私はまだだったな……士郎、番号は?」
「ん、———これ」
メモに書かれている番号を渡すとエヴァはソレを打ち込む。
その様子を眺めて何となく疑問に感じた事をぶつけて見た。
「なあ、エヴァ」
「ん〜?」
手元の携帯電話から目を離さずにエヴァがノンビリした風に応える。
「お前、ずっと両手で操作する気か?」
別にどうでも良いことなのだが、ちょっと気になったので聞いてみたかったのだ。
エヴァは先ほどから片手ではなく両手で携帯を操作していた。俺としては両手の方が使い辛そうに見えるんだが。
「仕方なかろう。私は手が小さいからこうでもしないとやりにくいのだ」
「ふーん、そんなもんか」
確かにエヴァの手は小さい。
体の大きさを考えるとそれが普通なのだろうが、改めて見てみるとやっぱり小さい。
その小さな手では携帯電話位でも両手でないと扱い辛いのだろう。
「あ、そうだ。話は変わるけど、ネギ君の鍛練はどうだ? 毎日やってるんだろ?」
「ああ、ソレか……鍛練云々の前に時間が足りなさ過ぎる。教職の合間なんぞにやってるもんだから2、3時間がいい所だからな。こんな物では埒が明かない」
「まあ、一応先生だしな……」
一応ではなくきちんとした先生なのだが。
だからこそ尚更時間も取れないか……。
「だから鍛練に『別荘』の使用を考えているのだが……どう思う?」
携帯電話の操作が終わったのか、ソレから視線を上げてエヴァが俺を見上げた。
「ああ、なるほど、それは良い考えじゃないか」
むしろそれ以上に良い手はないだろう、と思う程である。
『別荘』であれば時間の問題も解決するし、周囲に迷惑をかけることもない。魔法がバレる心配もないしうってつけだ。
「ふむ。では、そうするか。……ククク、あそこだったら思う存分坊やを痛めつけ……じゃなかった。鍛え上げられる」
「…………」
———えー……本音というか邪念が漏れ出してますよエヴァさん。
そう言うコトは思ってても言葉にしないように。
……や、本当にちゃんとやってるんだよな? 大丈夫だと信じてる反面、少し不安に思ってみたり……。
「そうだ士郎。お前もたまには鍛練を手伝え。お前が店を終わる時間と『別荘』に入る時間を合わせよう」
「へ? 俺もか?」
思わぬ提案に少し間の抜けた返事をしてしまう俺。
「ああ。何も毎日と言う訳ではない。そうだな……一週間に一度程度でいいから坊やと手合わせをしろ。私や茶々丸、チャチャゼロだけでは偏りが出てしまうかも知れんからな。あの坊やにも良い経験になるだろう」
「別に良いけど……」
経験、ね。
ネギ君の力になるんならそれ位いいか。一週間に一度位なら何とかなるし。
「それにしても……エヴァ、お前ちゃんと師匠やってるじゃないか」
弟子の為にスケジュール立ててたり、練習相手を探したり。
楽しんでいる節も多々あるが、これなら立派な師としてネギ君に教えて行く事だろう。
俺がそうやって言うと、エヴァは弄っていた携帯電話をカウンターテーブルの上に置いてそっぽを向いた。
「…………ふん。ただの暇潰しだ。お前が家に帰ってくるまでやる事も特に無いしな」
と、エヴァ。
照れくさいのだろう、横を向いた頬が微かに赤い。
「お、お前だって刹那の師だろうがっ。師などと呼ばれて浮かれているんじゃないだろうな?」
「俺の場合はその真似事。刹那には技とか教えてる訳じゃないし、ただ手合わせして修正点あれば少しアドバイスする位だから。だから俺の場合は正確には師弟って言うよりも、ただの練習相手って方が近いんじゃないか?」
「……刹那のヤツはお前に心酔してるように見えるがな。……士郎、お前、その台詞を刹那に言ってやるなよ? 流石に不憫に思える」
「分かってるって。ただ上手い言葉が見つからなかったからそう言ってるだけ。俺だって教えられる事があれば教えるつもりだからな。不肖の師として頑張ってるさ。そういうんじゃなくてさ……ほら、エヴァとネギ君の場合だと魔法使いっていう同じジャンルだろ? だから教えられる事も多い。そうなると自分の分身みたいに思えて結構感情移入するんじゃないか?」
「そんな訳ないだろう。私はあの坊やが修行に着いて来れなくなる様な事があれば容赦なく見捨てるし、弟子だからと言って甘やかして手伝いなどしたりはせん」
「……って、言う奴の方が熱中するモンなんだけどな」
「……お前、からかって楽しんでるだろう?」
エヴァが恨めしそうに俺を見る。
むむ、少し悪ふざけが過ぎたか?
「はは、悪い悪い。お詫びに食後の紅茶に良いやつ淹れるから機嫌治してくれ」
「……お前は取り合えず紅茶を出せば私の機嫌が治る、とでも思ってるんじゃないだろうな?」
「じゃあいらないか?」
「……貰うが」
そっぽ向いたまま言うエヴァについ吹き出してしまい、また睨まれた。
ま、何にしてもエヴァは面倒見が良いって事だ。それを本人が自覚しているかどうかは知らないが決して悪い事じゃないだろう。
「うし、ちょっと待っててな。この間仕入れたばかりのを出すからな」
背後のカウンターの棚にある箱を取り出す。
そこには仕入れたばかりの高級茶葉が眠っている。コストが高過ぎて店では出せないが、試飲して気に入ったので50グラムだけ買って来た———言ってしまえば俺個人の買い物で、基本的に身内にだけ飲ませる為に買ったものだ。
「うむ。楽しみに待つとしよう」
後ろからエヴァの楽しそうな声。
コレだけで機嫌が治るのだ。結局の所、俺もエヴァもただじゃれ合っているだけ。だからこそ茶々丸も見てるだけで止めようとしないし、俺もエヴァも怒ったりしない。
そう考えるとまた笑いが込み上げてきそうだったので、何とか我慢して平静を保つ。
そうやって準備をしている時だった。
チリン、と言う来客を知らせるベルが店内に響いた。
「いらっしゃいませ———って、ああ、君か」
「お邪魔するよ衛宮さん。件の報酬を貰い受けに来た」
来店したのは龍宮さん。
報酬と言うからには京都での事だろう。手伝ってもらったかわりに10日間俺の店で飯を提供するってヤツ。
俺的には、次の日から来るのかな、と思っていたからコレでも遅かった位だ。
「いらっしゃい、龍宮さん。勿論忘れてないから安心して食べていってくれ」
「それは僥倖……っと、コレは思いもよらぬ先客がいたな」
龍宮さんはそう言うとエヴァを見て軽く驚いていた。
あれ? 確かエヴァと彼女はクラスメイトだった筈……何をそんなに驚いているのだろうか?
「———エヴァンジェリンさんは士郎さんの身内の御方だ。何も驚く事はない。それより急に立ち止まるな龍宮」
「あれ? 刹那?」
背の高い龍宮さんの影に隠れて分からなかったが、刹那も一緒に来たようだ。
そういえばルームメイトとか言ってたし、不思議に思うことでもないか。
「よう刹那。お前も飯食いに来たのか?」
俺が手を上げて挨拶すると、刹那は生真面目に一礼して返してきた。
「こんばんは、士郎さん。龍宮から誘われたので御迷惑になるかもしれないと思いながらもお邪魔しました」
「折角来てくれたのに迷惑なんて思う奴がいるか。刹那ももっと気楽に来てくれていいのに」
考えてみれば刹那は余りこの店には来ない。遠慮してるんだかどうか知らないが、二週間に一回来るか来ないかくらいだ。学生だから節約してるんだろうなと思いながらも、不思議に思っていたものだ。大体、ウチの店はそんなに高くない筈だし、学生さんで常連のお客さんだって結構いる。
例を挙げれば、まずエヴァ、茶々丸……まあ、ここら辺は家族なんだし、お金は貰ってもいないのでお客としてカウントしていいのか微妙だが。
後はよく来る順番で行くと、アスナ、このか、ネギ君、雪広さん。それに必ずグループで来店してくれるお客さんとして、大河内さん、明石さん、和泉さん、佐々木さんの仲良しグループ。後は……そうそう、最近になって高音さんと言う高等部の子と佐倉さんと言う中等部のコンビが良く来店してくれてたっけ。
「ま、いいや。取り合えず好きな席に座ってくれ……って、カウンターしか空いてないか。構わないか?」
「私は何処でも構わないさ。刹那は?」
「私もです」
二人はそう言って椅子に座った。
俺から見れば一番壁際の席がエヴァだから順に、茶々丸、刹那、龍宮さんと並ぶ。
「さて、注文は何にする?」
お冷をテーブルに並べながら尋ねる。
刹那は「そうですね」と呟いてメニューを眺めたが決まらなかったのか、エヴァと茶々丸の前に置かれた皿を見た。
「———私はお二人と同じのをお願いします」
「ん、了解。龍宮さんは?」
「ふむ。では、私も同じ物を貰おうか」
「よし、じゃあ少し待っててな」
全員で同じメニューか。それなら大して時間もかからないだろう。
「それにしても……衛宮さんが彼女達の身内とはね」
「ああ、エヴァ達のことか? 身内っちゃ身内だな。そんなに意外だったか?」
「いやいや、むしろ納得といった所だ。刹那の師にしてあの実力……なるほど、そう考えれば不思議ではないか」
龍宮さんが俺を見ながらそんな事を言う。
彼女の言い方を考えると昔のエヴァを知っているのだろう。無論、年齢から考えれば、エヴァが封印されたのは15年も前の話なので、その時、彼女は生まれたばかりであろうから話に聞いた程度なのだろうが。
俺は料理から目を放さずにそんな事を考える。
「そう言えば古菲さんはどうしたんだ? あの子にもお礼するって言ったんだけどまだ来てないんだよな」
「ああ、彼女は恐らく勉強でそれどころではないのでしょう。そろそろ中間テストの時期ですから」
「中間テストね……ご苦労様としか言い様が無いな。二人は成績良いのか?」
俺がそう聞くと刹那は「うっ」と、言葉詰まらせて、龍宮さんはため息を吐いた。
この反応は……答えを聞くまでも無いな。
「そ、それよりエヴァンジェリンさん、ネギ先生の鍛練はどうですか?」
グリン、と首を捻って俺から視線を逸らす刹那。
……逃げたな、苦しい方向転換だが。
ま、いいや。
「なんだ貴様も気になるのか?」
エヴァは頬杖をつきながらやれやれ、といった感じで刹那を見た。
俺は料理の合間に淹れてた紅茶をエヴァと茶々丸の前に置く。
「丁度今その話をしていた所だ。……そうだな、別の側面から考えるのもありか。刹那。貴様の目から見た士郎の指導ぶりはどうだ?」
「士郎さんのですか?」
む、それは少し気になる話題だ。
いつもの鍛練を刹那がどう感じてるかは聞いておきたい。
「私としては光栄の一言しか出ません。鍛錬中、士郎さんは多くを語りませんが、その一挙手一投足が私には目を見張らんばかりの技術の塊です。そのお陰で今の私があると言っても過言ではないでしょう」
刹那はやや熱が篭もったように力説している。
そうやって言ってくれるのは恥ずかしくも嬉しいんだけど……刹那、エヴァが言ってる事はそういう事言ってるんじゃないと思うぞー?
「……いや、そうではなくてだな。私はどういう内容の鍛練をしているんだと聞いたんだ」
「え……あ、そ、そういう事でしたか」
エヴァが呆れたようにそう言うと、思い違いに刹那は顔を赤くしてしまう。
それを見ていた龍宮さんはくくく、と笑うが刹那に睨まれると肩を竦めて見せた。
刹那はこほん、と咳払いして改めて言い直す。
「……内容は以前と同じ様に打ち合いをして、修正点があれば指摘、と言った感じです」
「それは士郎が全力の状態でか?」
「……それはないですね。もしも士郎さんに全力で打ち込まれては私は一瞬で屈服させられてしまうでしょうから。そうですと『打ち合う』といった表現になり得ませんから」
「なるほど。士郎、お前はどういったレベルを想定して相手をしているのだ?」
エヴァが紅茶を飲みながら俺を見る。
どういうレベルって……。
俺は出来た料理を刹那と龍宮さんに出しながら考える。
「うーん、基本としては刹那の一段階上のレベルを想定してやってるんだけど……それがどうかしたか?」
それも最近では刹那がメキメキ力をつけてきているせいで、見極めとか色々と大変になってきているんだけど。
それはそれとして。
「いやな? 以前から気にはなっていたのだ。技術を口で伝えるのが苦手なお前がどうやって刹那に教えているのかとな。お前は口の上手い方ではないし、それに打ち合うのが基本と言っていただろう? 実力差が開いた者がどうやって下位の者に教えているのかと考えてこの前もお前達の鍛練風景を見に行こうかと思ったのだ」
この前と言うのはネギ君が朝錬をしているのを初めて見た朝の時のことだろう。
そうか。あの時、朝出歩いてた理由はそんな事があったのか。
それにしても下位って言い方だと刹那が気を悪くするんじゃないか?
そう思ってそちらを横目で窺う。
「…………」
けど刹那はそんな事を気にした風も無く、むしろそれを誇ってるとでも言うような満足した顔でパスタを食べていた。
「しかし一段階上か……なかなか上手い事を考えたじゃないか」
「そうか? 俺の場合は受け売りなんだけどな」
無論、誰と言われればセイバーの受け売りである。
セイバーみたいに上手く出来てるかは分からないが、少なくとも役に立つような事は伝えることが出来ているらしい。そう考えると俺も安心できる。
「そう言うエヴァはどうやってネギ君を鍛えるつもりなんだ? さっきはそこを聞こうと思ったけど話が逸れちまったからな」
「……最初に話の流れを逸らしたのはお前だったろうに———まあ、いい。まずは基本から鍛え直す。今のままでは話にならんからな」
「基本って……ネギ君は向こうの学校でちゃんと学んできたんだろ? それを基本から鍛え直す意味ってあるのか?」
「当然意味はある。学校のカリキュラムが悪いとは言わんが、基本として、どうしても万人向けの内容になってしまうのは否めないだろう? そういう意味ではあの坊やの才能に学校程度で習う内容では追いつかんのだ。……忌々しい事だがな」
エヴァは「これだからあの血族は……」とぼやいて紅茶を飲む。
なるほど。天才相手に教える内容としては足りなかったという事か。
エヴァがそういう言い方するってことはネギ君の才能を認めてるって事なんだろう。だからこそ弟子にする許可を出したんだろうし。
それにしても鍛練か……俺も刹那もあの林の中での鍛練で出来る事もいい加減限られてきてるんだよな。
「……って、そうか」
上手い事を思いついた。
「なあ、エヴァ。さっきの俺も一週間に一回はネギ君の練習相手になるっていうアレあるだろう?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「うん。良かったらそれに刹那も混ぜてやっていいか?」
何で今まで思いつかなかったんだろう。そうすれば刹那も思いっきり動けるのだからこれ以上の場所は無い。
「私は別に構わんが。……その前にお前は刹那に説明してやったらどうだ? 見ろ、話に着いて来れてないではないか」
「———あ」
エヴァに呆れるように言われてから刹那を見ると、自分の名前が出てきたのに話が見えず、キョトンとしていた。
「悪い悪い。刹那、俺、これから一週間に一回くらいだけどネギ君の練習相手になる事になったんだ。だからそこにお前も一緒にどうだ?」
「はあ、ネギ先生の練習相手ですか。それは構いませんが……何故です?」
「場所がエヴァの『別荘』なんだよ。あそこなら普段出来ない事もできるだろ? だから良いかと思って」
「ああ、そう言う事でしたか。それでしたら私はありがたくお付き合いさせていただきます。お心遣い、感謝いたします」
刹那は律儀に頭を下げて礼をする。
そんな所はやっぱり変わらないんだろうなと内心思う。
なにはともあれ、コレで今後の鍛練内容も随分充実した内容になる事だろう。
と。
「———先ほどから見させてもらったが……。刹那、お前は随分と衛宮さんに心酔しているんだな。いや、普段のお前を見れば十分に予測できた事ではあったが、まさかここまでとは……正直、驚いたよ」
今まで黙って料理を食べていた龍宮さんがからかうように刹那を見て言った。その唇の端は楽しげに緩んでいる。
「む、何だ龍宮。何か含みのある言い方だな。師である士郎さんを敬うのは当然のこと。それの何が悪いか」
「いやいや。誰も悪いなどとは言ってないさ。ただ、そうしていると年相応の姿に見えると思っただけだ」
「? なんだ、その年相応と言うのは?」
「言葉のままだよ。常に気を張っているお前も悪くないが、そうやって衛宮さんと話している姿は……」
龍宮さんはそうやって言葉を途中で切ると、そこから繋げる言葉を捜すように俺と刹那を交互に何度か見てから言った。
「そう。お前のその姿はまるで、恋す———」
「———っ!?}
と。
龍宮さんが喋っている途中、刹那は何を思ったのか、フォークで巻き取っていたパスタを龍宮さんの口に突っ込んだ。
……な、何やってんだ?
「……ど、どうした刹那?」
「い、いえ! 何でもありません、お気になさらないで下さい士郎さんっ!」
「…………?」
刹那がワタワタと慌てるように片手を振って取り繕うような仕草をするが意味が分からない。
もう片方の手は、未だに龍宮さんの口を封じるように口内に差し込まれたままだ。
……正直、俺の視点からでは刹那がフォークで龍宮さんを脅しているようにしか見えません。
ちょっと想像してみる。
口の中には他人から差し込まれた突起物があり、それを握る人物はなにやらのっぴきならない状態らしく慌てまくっている。
「…………うわぁ……」
怖っ!
特にフォークって辺りが暗に刺しますって語っているようで怖っ!
「———いや、今のは私の失言だったか。刹那、分かったからこの物騒な物を退かしてくれないか?」
「あ、す、済まん!」
刹那は慌ててフォークを引っ込めると、真っ赤になって縮こまってしまった。
対する龍宮さんは何食わぬ顔で口の中にあるパスタをモグモグと咀嚼していた。
……スゲェ。あの状況下でここまで平常心を維持できるとは。俺も見習いたい物だ。
それでも流石に焦ったのだろう。
額から流れ落ちる汗を見逃さない俺だったりした。
「で、結局なんだったんだ? 龍宮さんが何か言いかけてたみたいだけど……」
つーか、刹那は何をそんなに赤くなっているんだ?
会話の流れを思い返してみてもそんな風になる所なんて思い当たらないんだが。
「ふっ。いや、今のは忘れてくれ。私も要らん事を言って刹那に恨まれたくは無いしな。———ご馳走さま、衛宮さん。非常に美味しかったよ」
龍宮さんはそうやってニヒルに笑うと席を立った。
「わ、私もご馳走さまでした! そそ、それでは私達はこれから用がありますのでこれで失礼します!」
刹那はそうやって一気に巻くし立てると、耳まで真っ赤にしたままで龍宮さんの手を強引に掴むと、物凄い勢いで帰って行ってしまった。まさに脱兎の如くとはこの事だろう。
「…………」
まあ、俺としてはそんな展開に着いて行けずに呆然と見送るしか出来なかった訳なのだが。
つーか、刹那、会計していかなかったよな……別にいいけど。
「……な、何だったんだ一体」
「———さてな。……私としては何やら面白くない事が起きているような予感がするんだがな」
エヴァが扉の方を半眼でジッと眺めながらポツリと呟いた。
何やら感じ入る事があるのか、なんとも言えない微妙な表情だ。
「なんだ、エヴァは思い当たる節があるのか?」
「……いや、思い当たる節と言うか何と言うか、些細なことと言うか私にとっては重大な問題と言うか……」
「?」
なんとも要領を得ない。
エヴァ自身も何やら明確な答えがあるわけじゃないらしく、両手を組んではむむむ、と眉間に皺を寄せて唸っている。
「何はともあれ、アレだ、士郎。お前はもう少し周囲に気を使った方が良い」
「は? なんだそれ? 俺、なんか周りに迷惑になるような事しちまってるのか?」
「……いや、そうであるようなそうでもないような……。と、ともかく!」
バンバン、とカウンタテーブルを叩くエヴァ。
「私はなにやら不穏な空気を感じる! お前はその様々な”脅威”に気をつけていれば良いのだ!」
わかったな! と叫ぶエヴァの剣幕に押されて思わずコクコクと首を縦に振る俺。
……で、その”脅威”って———結局なんなのさ?