「――そこまでだ! お嬢様を放せ!!」
暗い森を抜けて、俺達は漸くその背中に追いついた。
目の前には修学旅行初日に見た、妙齢のメガネ女と白髪の少年がいる。
「――なんや、またあんたらか」
女は俺達を嘲笑うように、見下した目をしている。
そしてその背後には着ぐるみのような式神がこのかを抱えて立っていた。
このかは両手両足を縛られ、口には何かの札のようなもので塞がれていた。
意識は失っておらず、俺達を見ると声も出せないのに何かを訴えるようにもがいている。
ソレを見た全員がピリピリとした気配を発しているのが感じられる。
「天ヶ崎千草! 明日の朝にはお前を捕らえに応援が来るぞ。無駄な抵抗はやめ、投降するがいい!」
「ふふん……応援がなんぼのもんや。あの場所まで行きさえすれば……」
あの場所。
やはりどこか明確な目的地があるのか。
「――それよりも」
そう前置きして女は俺達を見渡した。
そして不敵に笑う。
「あんたらにもお嬢様の力の一端を見せたるわ。本山でガタガタ震えてれば良かったと後悔するで」
女はそう言うと、傍らのこのかの胸元に術符らしきものを貼り付ける。
すると、それは淡い光を放って、このかは呻き声らしきものを漏らした。
「――貴様! お嬢様に何を……!!」
「待て刹那! なにか様子が変だ」
このかの異変に激昂する刹那を抑える。
それを見た女は楽しそうに口元を歪めた。
そして――、
「――オン」
と、唱えた。
異変は瞬時に。
女を中心に光の柱が地面から立ち上ったのだ。
それは時間と共に数を増していき、今では数え切れない程の光の柱が俺達までもを取り囲んでいる。
「キリ、キリ、ヴァジャラ、ウーンハッタ――」
女は唱え続ける。
――これは、真言(マントラ)か?
俺がそう思ったのと同時に、光は光度を増して輝いた。
瞬間、
「――なっ!?」
驚きの声は誰のものか。
けれどそれも無理は無い。
立ち上る無数の光の柱。
そこから――異形が現れた。
人間とは異なる進化を遂げたであろうと思われる牙、角、体躯、容貌。
多種多様な種族がいるのだろう、大小様々な背格好は俺の腰程までしかないモノから3mに届こうかと思われる巨躯までと幅広い。
手には各々が得物を携えたその様を一言で表すならば、
「――鬼」
正にそれだった。
「ちょっとちょっと! こんなのありなのーー!?」
アスナが怯えているのが分かる。
無理も無い。いくら強がっていると言ってもアスナは普通の女の子、驚かない方がどうかしている。
「――やろー、このか姉さんの魔力で手当たり次第に召喚しやがったな」
カモがぼやく。
そうか、あの術符はこのかの魔力を引き出す為のものか。
このかの力がこれ程までとは……聞いてはいたが目の当たりにしてみると度肝を抜かれる。
「……か、数え切れない位いる……」
ネギ君の息を飲む声。
その声に釣られる様に周囲を見渡す。
俺達はいつの間にか無数とも思えるほどの異形の軍団に取り囲まれていた。
「……あんた等にはその鬼どもと遊んでてもらおか。神鳴流は手強いようやし訳の分からん兄さんもおる……ウチからのプレゼントや。黙って受け取っとき。ま、ガキやし殺さんよーに”だけ”言っとくわ。安心しぃ」
ほな、と言って女は俺達を置き去りにして姿を消した。
そしてその後に白い髪の少年が続く。
その去り際に、
「……懲りもせず足枷をつけて来るなんて……よっぽど君は死にたがりらしいね」
なんて言い残して行きやがった。
それに舌打ちして答える。
俺だって、本当はアスナだけでも置いて来たかったのだ。
しかし、あんな所に一人で置いてくる方がよっぽど危険だ。アスナ自身、行くと言って聞かなかったのもある。
だから俺も連れて来たと言うのに……裏目に出たか。
「ま、待て!!」
刹那が追い縋ろうとするが、周りを大軍に囲われてはそれもできない。
周りを見回して舌打ちをしていた。
『何や何や。久々に呼ばれた思ったら……』
『相手はおぼこい嬢ちゃん、坊ちゃんかいな』
『悪いな嬢ちゃん達。呼ばれたからには手加減できんのや。恨まんといてな』
あちこちから嘲る声が聞こえる。
人語を話しているが、あまりにも野太い声は鬼の声そのものだ。
「――シ、シロ兄……こ、こんなの……流石に私……」
アスナが俺の服の裾を握った。
見るとアスナは、顔面を蒼白にして恐怖で噛みあわない奥歯をガチガチと鳴らしている。
いつも気丈なだけにその姿は痛々しい。
くそっ! やっぱり置いてくるべきだったか……!
しかし過去を悔いても今更どうする事も出来ない。
今は出来ることをしないと……。
「……アスナ、俺の側を絶対に離れるな。大丈夫。絶対にお前達を日常に返してやるから」
勿論このかもな、そう言ってアスナの震える手を握ると、幾分か震えが収まった。
アスナに言った言葉は同時に自身への戒めでもある。
そうだ。俺にはこの子達を日常に帰すと言う大きな使命があるんだ――!
「兄貴、時間が欲しい。障壁を!」
「OK! ラス・テル…………」
ネギ君が術を紡ぐ。
確かに今は少しでも時間が欲しい。
このまま無闇に戦っても埒が明かないからだ。
「――我等に風の加護を! 『風花旋風風障壁』!!」
瞬間、俺達は竜巻の中心に立っていた。
激しい旋風が俺達を取り囲み外部からの異物を寄せ付けない。
「こ、これって!?」
「風の障壁です。ただし2,3分しか持ちません!」
「よし! 手短に作戦立てようぜ!? どうする、こいつはかなり不味い状況だ!」
カモの言うコトは尤もだ。
俺達は大軍に囲まれ、この場所に釘付けされている。
そして運良くここを抜けたとしても、向こうにはあの白髪の少年がいるのだ。
「――二手に別れる。これしかありません」
刹那が言う。
確かに簡単に言ってしまえばそれしかないのだが……。
「けど刹那。その場合、どういう編成にするって言うんだ」
問題はそこだ。
現状であの白髪の少年を抑える事が可能なのは俺ぐらい。
けどその場合こちらが手薄になってしまう。
いくら今の刹那が強いといってもこの数を相手にするのは無茶だ。
例えそこにネギ君やアスナが加わった所でソレは変わりはしない。いや、酷かも知れないが、むしろ足手纏いにしかならないだろう。
だって言うのに、
「……私が一人でここに残り鬼達を引き付けます。その間にお三方でお嬢様を追って下さい」
なんて言いやがった。
「ええっ!?」
「そんな刹那さんっ!」
当然、アスナやネギ君も驚く。
刹那はそんな二人を見て苦笑いを浮かべる。
「……任せて下さい。ああいう化け物を退治調伏するのが元々の私の仕事ですから……」
刹那自身、無理だと理解しているんだろう。
その言葉は強がりにしか聞こえない。
それでも俺を見た。強い瞳で。
「――士郎さん、許可を。貴方が私にこの場を任せてくれると言うならば、その期待に全霊を持って応えましょう」
だからその間にお嬢様を。
刹那の瞳はそんな風に語っていた。
俺はその瞳で刹那の想いを再認識した。
刹那は本当にこのかが大切なんだ。それこそ命を掛けられる位に。
「…………」
……そんな刹那の想いを無駄になんてできない。
だからこそ俺は刹那の意思を汲み取って……言った。
「できるか馬鹿」
予想外の答えだったのだろう。
刹那がぽかん、とした顔をしている。
「――っ。し、しかしそれではお嬢様が……!」
刹那が俺を見る。
なぜ許可してくれないのか、と。
それが最善の手だ、と。
……こいつ、本気で言ってんのか……。
「あのな刹那。誰もそんなこと望んじゃいない。お前が犠牲になるとか、このかが助けられないとか。――いいか、両方だ。俺達は誰一人欠ける事無く帰るんだ。それ以外の考えなんて始めから却下だ、馬鹿」
「――――」
刹那が目を丸くする。
そんな考えは始めから無かったとでも言うように。
「――はは……シロ兄らしい」
アスナが震える声で笑う。
「はい、衛宮さんらしい、です」
それに釣られるようにネギ君も笑った。
張り詰め過ぎていた空気が少しだけ緩む。
刹那にもそれが伝わったのか、少しだけ呆れながら、それでも笑って「わかりました」と頷いた。
「で、旦那。俺っちも旦那の考えに賛成っすけど……どうするんで?」
「……ああ」
少し考えて要点を纏める。
別に難しい事は無いのだ。やる事は一つだけ。
このかの救出。
この一点だけだ。
あいつ等が何を考えて何をしようとしてるかなんて事は知った事じゃない。
あいつ等はこのかの力を必要としているのだから、このかさえ奪い返してしまえば全ては破綻する筈だ。
要はこのかを取り返したらさっさと逃げれば良い。
それ等を踏まえた上で言えば、別にあの白髪の少年と戦う必要だってないんだ。
即ちコレはスピード勝負。
救出と言ってぞろぞろと着いて行っては、かえって邪魔にしかならない。少人数であればある方が有利なのだ。
「…………」
立ち並ぶ面々を見る。
最適なのは……誰だ。
アスナを見る。
「…………?」
俺の視線を受けてアスナが小首を傾げた。
この子は最初から除外。『仮契約』によって多少力が使えると言っても只の女の子なんだから。
次は……俺。
このかの救出だけを一番に考えれば、それ以外は無いのかも知れない。
例え、あの白髪の少年に妨害されようとも、戦っている間にこのかを逃がす位の事は出来る筈だ。他の連中が出てきたとしても、防戦に徹すればなんとかなるだろう。
だが、そうしてしまうと、その間にこちらの鬼達に残された面々が全滅させられる可能性が高いのだ。
この鬼達は外見こそ恐ろしく、固体によって力のバラつきもあるが、一体一体は刹那に遠く及ばない。それこそ100や200だったら問題なく叩きのめすだろう。だが、今の数はそれ所ではない。数え切れないので正確な数は分からないが間違いないなく500~1000を遥かに上回っている。
幾ら刹那でも到底耐え切れるものではない。そこにネギ君が加わってもその結果は変わらないだろう。
よって、俺がここを離れるわけにはいかない。
「…………」
続いて刹那を見る。
現状で言えば最適。
白髪の少年に拮抗するのは無理でも、刹那の実力なら防戦、逃げに徹すれば少しなら何とかなる。
加えて、刹那にはあの”翼”がある。スピードも申し分ないだろう。その点は俺以上に有利だ。
刹那自身は躊躇するかもしれないが、あの翼は今回のようなスピード重視の作戦には最適なのだ。
……だが、問題もある。
それは刹那のこのかへ対する”想い”だ。それ自体が悪い事だとかは言わない。むしろ良いことだと思う。
けれど、このかに何かがあった場合、その強い想いが逆に仇になる。
刹那のこのかを想う気持ちは容易く刹那を暴走させてしまうだろう。
側にストッパーでもいれば話は別だが……却下だ。
そうなると――、
「ネギ君、いけるか?」
消去法になってしまうが……この子にかけるしかない。
「僕……ですか?」
「ああ」
ネギ君の力では白髪の少年に遠く及ばないが、逃げるだけなら何とかなるハズだ。
戦うわけじゃないんだ、魔法を目くらましや撹乱に使えば不意をつく事も出来るだろう。杖で空だって飛べる。
その間にこのかを連れて俺達の所まで戻ってきてくれれば、後はどうとでもなる。
「悪く、ねぇな……」
カモも同じような考えに到ったのだろうか、賛同を示した。
「問題は姐さんへの魔力供給か……。いくら旦那がこっちに残るって言っても、姐さんの力を上げておくに越したことはねぇ。兄貴、魔力供給を防御とかの最低限にして最大何分まで伸ばせると思う?」
「う……術式が難しいけど5分……いや10分……ううん15分は頑張れる!」
「15分か……短いが仕方ねぇ。――旦那」
カモが俺を見る。
俺はそれに頷き返すと説明を始める。
「よく聞くんだ、皆。鬼達は俺と刹那、それにアスナでなんとかする。その間にネギ君はこのかの救出を最優先にして奪取に向かう。このかを取り戻したら即離脱。白髪の少年には絶対に構うな。その後は俺達に合流。俺が殿を務めている間に本山へ戻り、篭城戦だ。時間は明日の朝帰って来るって言う西の術師達が来るまでだ」
「……そう上手くいくでしょうか?」
刹那の疑問も確かだ。
穴だらけでその場凌ぎなのは俺でも分かっている。
「分の悪い賭けだってのは俺も分かってる。けどそれ以外に手は無い筈だ……」
「俺っちも同感。他に代案があるか?」
刹那が少し考える仕草をする。
しかしすぐに頷いた。
「…………分かりました。それで行きましょう」
「決まりだな!! よし、そうなったら”アレ”もやっとこうぜ! ズバッと、ブチュッとよ!」
カモが興奮気味に言う。
”アレ”って…………何の事だ?
「アレって…………まさか」
アスナには心当たりがあるのか、このような状況だと言うのに、カモをジト目で見る。
けれどカモはそれを意に介さず続けた。
「キッスだよ、キス! 兄貴と『仮契約』!」
「――――は?」
『えええぇぇーーーっ!?』
疑問は俺。驚きは刹那とネギ君。
それを尻目に踊り出さんばかりに興奮して言うカモ。
『仮契約』って……アレか。ネギ君とアスナがしているヤツ。
エヴァから借りた本に書いてあった内容だと、魔法使いと仮にとは言え、契約を結ぶ事によって『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』と呼ばれる存在になるらしい。その『魔法使いの従者』となった存在は、主である魔法使いから魔力提供を受ける事により、肉体的にも精神的にも大幅に強化されると言う事だ。、また、それによって個人によって違う『アーティファクト』と呼ばれる特殊な魔道具が与えられ、例えばアスナのハリセンがそれにあたる。その他にも通信など色々な事が可能らしい。だからこそアスナもそこそこ戦えている訳なのだろうが……。
――――今か?
「緊急事態だ! 手札は多い方がいいだろうがよぉ!!」
勢いに任せて押し切ろうとカモが叫ぶ。
けど、なにやら刹那は何かを気にしている感じだった。
「……い、いえ。しかし……私は……」
なにやら落ち着かない感じだ。視線を彷徨わせては時たま俺の方を向くと慌てて明後日の方向を見る。
……どうしたんだろうか。
そりゃ、キスなんて一大事で落ち着けって方が無理かもしれないし、刹那には想い人とそうして欲しいと思うけど、カモの言い分も分かるつもりだ。
手札が大いに越した事はない。
俺だって魔術師だ。
元いた世界でも似たような事を……。
「…………?」
――したんだっけ?
それはそれとしても、手札が少しでも多い方が良いことに変わりは無い。それが分からない刹那でもないと思うんだが……。
刹那は何かを気にしてか、しきりにチラチラと俺の方を気にしている。
多くの人に見られているという状況が落ち着かないのだろうか。
「ん? なんだ、旦那の方が良いのか? 俺っちとしては兄貴の方がありがたいんだが……」
「――い、いい、いえ!? そんな恐れ多いッ!!??」
カモの言葉に可哀想に思える位慌てる刹那。
何を言ってるんだか……ったく、そんなわけないだろうに。
「カモ、こんな時にあんまり刹那をからかってやるな。純情な子なんだから。ネギ君に比べて俺が良いなんて事ある筈ないだろ? それに俺には『仮契約』なんてできないぞ」
「できないって旦那……なんでまた?」
「まあ、そう言う体質で……」
あながち間違っちゃいないだろう。
出来るかどうか知らないが、俺はそもそも魔法使いじゃなくて魔術師だ。
根底からして違うんだから同じ術式が俺にも当てはまるとは思えない。
かと言ってそれを説明する訳にはいかないが。
「さあ、そろそろ時間だ。どうするかは二人が決める事、俺は後ろを向いて見ないようにしてるから早く決めた方が良い」
そう言って後ろを向く。
その間際。
「――――ぁ……」
刹那が一瞬だけ悲しい顔をしていたような気がするが、見間違いだろう。
背後からは俺を見ているような視線を感じる。
そして、
「……すいません、ネギ先生」
「い、いえ……あの、こちらこそ……」
そんな声だけが聞こえた。
そして次の瞬間。溢れんばかりの光が周囲を包んだ。
風の壁に包まれて狭い空間を染め上げる暖かい光。
恐らく『仮契約』の儀式が終わったのだろう。
それでも俺は振り返らずに弱まりだした風の向こう側を警戒する。
「先生……このかお嬢様を頼みます」
「……はい」
希望を託す者と希望を叶える者、そんな両者の声が聞こえた。
「風が止む! 来るわよ!」
アスナが叫んだ。
その言葉の通りに風は勢いを失い、今にも止んでしまいそうだった。
「…………」
ネギ君が俺の隣に並び立ち、飛び出す準備をする。
その背中に最後に語りかけた。
「――ネギ君。もう一度言うが白髪のヤツとは絶対にやり合うな。一撃離脱を心掛けてこのかを取り返したら全力で逃げるんだ。……いいな?」
「はい!」
強く頷いて術を紡ぐ。
そして、今――戦いの幕が開いた。
「――『雷の暴風』ッ!!」
ネギ君から放たれる雷撃が鬼達を飲み込んで行く。
ネギ君はそれに紛れるように杖に跨ると、文字通り高速で飛び出して行った。
『オヤビン! 逃がしちまっただ!』
『……20体は喰われたか』
『やーれやれ、西洋魔術師にはわびさびってもんがなくてアカン』
そんな声が聞こえる。
鬼達は飛び出して行ったネギ君を見ているようだった。
「――行くぞ」
一歩、足を前に踏み出す。
眼前には視界を覆いつくさんがばかりの鬼の大群。その様はまるで、ここが地獄なのではないかと思ってしまうくらいだ。
両手には夫婦の双剣がすでに握られている。
こうなった以上、前にいる鬼達は既に日常への帰り道を塞ぐ障害でしかあり得ない。
ならば蹴散らすまで。
――――さあ、出番だ。日常への道を切り開こう。
「――刹那、二段構えだ。アスナを中心とした円で攻めるぞ。俺が前に出て大方を蹴散らす。取りこぼしは任せた」
「はいっ!」
「アスナ、お前は自分の身を守る事を第一に考えろ。……大丈夫、怖がる必要は無いさ。妹分であるお前に届く前に俺が全部蹴散らしてやっから」
「……うん、シロ兄」
両手に握った干将莫耶を強く握り眼前の鬼達を睨む。
腰を落とし、力を込めて爆発の瞬簡に備える。
『こいつはこいつは……勇ましい連中やな……』
多勢に挑むと言う俺が可笑しいのだろうか、鬼達は笑った。
――笑いたきゃ今のうちに笑っとけ、次の瞬間には笑えなくしてやる。
思考は瞬時に切り替わり、立ち塞がるもの全てを薙ぎ倒す機械へと変わり果てている。
体内の魔術回路は既に運転を開始。
後はアクセルを踏み込むだけだ。
「俺もあんた等に恨みなんて無いけどよ……俺には守るべきモノがあって、あんた等はその障害でしかないんだ――」
前傾姿勢になり、太腿に力を込める。
その姿は号砲を待つスプリンターにも見えるかも知れない。
始まりを告げる拳銃は己の内に。
心の中で撃鉄をあげて引き金に手をかける。
「――障害は取り除く為にある……だろう?」
引き金を引き、弾丸の勢いで鬼達に突っ込む。
さあ、鬼退治といこうじゃないか――――!
◆◇――――◇◆
「おおおおおおぉぉぉーーーーっ!!」
両手の干将莫耶を振るう、振るう、振るう――!!
迫り来る鬼達の額を斬りつけ、目を突き刺し、首を跳ね飛ばし、頚椎を破壊する。
思考はより速く。振るう腕は更に速く。
躊躇なんかしない。最小の動きで最大効率の屍を積み上げていく。
どれ程時間が経っただろう。
倒した鬼達の数は300まで数えていたが、それ以降は覚えちゃいない。
鬼達は倒されると煙のようになって消えていくので数も確認できないからだ。
どうでも良いことか……どっちにしろ俺は全てを倒すまで止まれないんだから――!
身体を独楽のように回転させ、周囲の鬼を切り刻む。
それで7体、また煙へと変わっていく。
「――ふっ!」
一瞬だけ出来た空間で、最大の魔力を干将莫耶に叩き込んで左右に投げ放つ。
岩をも容易く砕く一投は鶴翼の軌跡を描いて鬼達を削り取りながら飛んで行く。
「――投影・開始(トレース・オン)」
武器を手放した俺を見て好機と思ったのか、殺到した鬼達をもう一度創り上げた干将莫耶で叩き斬る!
大きな鬼が頭上から大きな棍棒を振り上げ圧壊せんと叩き落す。それを、左手に持った莫耶で得物ごと叩き切って、右手の干将で心の臓を一突き。
鳥のような頭をしたヤツが、背後から横薙ぎに大きな剣で俺の首を飛ばそうと迫る。俺は低空の前方宙返りをしてそれをかわすと、回っている視界のまま、その勢いを相手の顎を踵で蹴り上げる力に変換。仰け反った所を視界が天地逆のまま両手を交差させ、Xの字に身体を引き裂く。
着地と同時に長い槍が心臓を貫こうと突き込まれる。身体を僅かに傾け、槍の柄の部分を脇で挟み込むと、その勢いを更に倍加させて反対側にいた鬼の顔面に突き立てる。そのまま棒術の要領で持ち主から奪い取ると、喉目掛けて柄頭を突き込んだ。
長柄の槍を脇に挟んでいる為に動けないでいる俺目掛けて、またも無数の鬼達が我先にと迫る。
それを、
「はっ――」
『なっ!?』
まるで棒高跳びだなと内心思う。
俺は長い槍を地面に突き刺し、それを利用して棒高跳びのように鬼達の遥か上空にいた。
突然目標が目の前から消え、戸惑う鬼達。近距離にいればいるほど、さぞかし消えたように見えた事だろう。
そしてそこに迫るもう一つの俺の武器。
干将莫耶。
俺の手にあるもう一つの番いを求めて、大きな弧を描き再度飛来する。
だが、飛来した干将莫耶にとっても突然消えた俺の動きは予想外だったのか、飛んできた勢いをそのままに俺の下を通過してもう一度飛んでいく。
そして、
「――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」
瞬間、巻き起こる爆炎。
二箇所で同時に起こった爆発に戸惑う鬼達。
それを尻目に、槍の上でそのしなりを使って跳ぶと、刹那達がいる所に一度戻る。
「二人とも、無事か?」
俺がそう聞くと二人は呆けたように只、頷くだけだった。
揃って目を丸くして俺を見てる。
「……えっと……シロ兄が強いってのは知ってたつもりだったけど…………シロ兄、人間?」
「む。ヒドイな、アスナ」
結構失礼な事を言うアスナだった。
大体、そんなこと言ったら本気中の本気のエヴァだったらもっとスゴイってんだ。あの夜のエヴァは力だけは本気だったようだが、むしろ楽しんでいた感があったから、本当だったらもっともっと凄かった事だろう。今にして思えば、アレは俺もエヴァもお互いにじゃれ合ってただけなのかもしれない。
「……だって……ねえ?」
「え、ええ……今のを全力と考えると、私と初めて手合わせした時、どれ程加減されていたのかがハッキリと分かりました。――改めて感服しました。流石、士郎さん。貴方を師として教えを請えるのは私の誇りです」
アスナが同意を求めると刹那もそれに従っていた。
お前もか……。
いや、刹那はそう言うけど……今だけだと思う。
刹那もそうだけどネギ君だって将来的には俺を超える事だって出来る筈だ。
資質で言えば二人は俺の遥か上を行っている。あとは時間と鍛練の問題だろう。
現に、刹那はわずかな期間で面白いくらいに腕前を上げたんだから。
……でも、今はそれでいいか。
俺はこの子達が力を付けるまでの宿り木となろう。
いつか飛び立つ日が来るその時までは、どんな雨風にだって耐えていく大きな木になろう。
そして、向かい風になろう。
高く高く……誰にも、何物にも負けない位の高さで飛べるように、空高くへと舞い上がらせる向かい風になろう。
「しかし……こうも圧倒的だと私がいる意味がありませんね……」
刹那が困ったような、寂しいような、なんとも言えない表情で笑った。
……何言ってるんだか。
「そんな事無い。お前がいるから俺は後ろを気にせずに戦えてるんだ。だから”いる意味が無い”、なんて事はあり得ないんだからな」
「――ありがとうございます、士郎さん」
刹那が花が咲いたように微笑む。
だけど俺は事実を言ったまでだ。
刹那がいるからこそ思いっきり戦えてる。刹那がいなかったら、俺はあんなに突っ込んで行って戦うなんて戦法取れないんだから。
刹那がアスナを守っていると確信できるからこそ、俺は後ろを気にせずに戦える。
「――あのー……、でも……私は?」
「あー……」
アスナが気まずそうに恐る恐ると手を上げた。
………………ヤバイ。なんて言ったら良いかわからない……。
でも黙ってるわけにはいかないし……。
「そのー……なんだ。……え、がお? ……そう笑顔……笑顔! うん、お前の笑顔を守れるからこそ俺はこんなにも頑張れるんだ!」
「…………それって役に立ってないって事?」
「い、いや! そんな事無いぞー、笑顔のパワーはスゴイんだぞー」
「……シロ兄、私の目を見て言って」
「………………う」
「………………」
「――っ」
「………………………………」
「………………………………うぅ」
「………………………………………………………………」
「…………ごめんなさい」
「……良いわよ、ホントの事だし」
ちょっと涙目でプイッ、とそっぽを向くアスナ。
別に悪いことじゃないだろ!? 普通の女の子なんだからさ! むしろ戦えてたら俺が引く!
……や、ちょっとでも戦えてる辺りで十分過ぎるくらい引くんだけどさ……。この子、何者なんだろ?
『……なんやゴッツイ兄さんがおるなぁ……』
『……オ、オヤビン……鬼が、鬼がいますぜ……』
『――本物のワイ等が言う台詞やないけどな』
『……何体喰われた?』
『えっと……分かりまへん。とにかくぎょうさんやられましたわ』
鬼達の怯む声が聞こえる。
まだかなりの数が残っちゃいるが……もう一息か。
俺は再度、四肢に力を込めて突撃をかけようと思考を切り替える。
その時、
――遠くで大きな光の柱が上がった。
「――なんだアレ」
「あ、あの光の柱は!?」
俺も刹那も立ち尽くしてその光景を見る。
なんだ、あの光は。
「――」
……待て……。
あの光の柱、規模こそ桁違いだけど――さっきの鬼達の召喚と同じなんじゃないか!?
だとしたらマズイ。
単純に規模だけを比べたとすれば、先程の光の数十倍もの大きさの光の柱。そしてもし、その大きさが召喚するモノの大きさに比例していたら――?
もしもこの予想が当たっているのだとすれば――!
「――どうやらクライアントの千草はんの計画上手くいてるみたいですな~。あの可愛い魔法使い君は間に合わへんかったんやろか~……」
場にそぐわない暢気な女の子の声が聞こえた。
そこには修学旅行の初日に少しだけ見た事のある、小柄で可憐と言う言葉が似合いそうな少女が立っていた。
「ま、ウチには関係ありまへんけどな~……刹那センパイ♪」
「――月読!!」
刹那はその少女を見た瞬間警戒を強めた。
なるほど……見た目は少女そのものだが相当の使い手だ。
刹那の警戒も頷ける。
「――くそっ」
どうする?
事態はここに来て最悪と言っても過言ではなくなった。
光の柱。
新手の少女。
……ネギ君の所に加勢を送るか? なにが起こっているかは分からないが想定外の出来事が起こっているのは間違いない。
もしかしたらネギ君だけではきついかも知れない。
でもその場合、誰を送る?
俺が行くか?
鬼達は数を減らしたと言ってもまだ相当の数が残っている。
刹那一人では苦しい数だろう。
加えてあの少女。
幾ら刹那でも鬼達からアスナを守りながらでは無理がある。
刹那を行かせるか?
俺ならアスナを守りながらでもあの少女と戦う事は可能だ。
それに刹那ならいざとなったら飛行もできるので機動力としてもネギ君と相性がいいだろう。
……よし。
「刹那、お前はネギ君の加勢に向かえ」
「――! し、しかしそれでは……っ!」
こちらが手薄になる、とでも言いたいのだろう。
「いいから行け。俺達なら問題ない。それともアレか? 刹那は俺が信用できないか?」
「そ! そのような事はっ」
「だったら偶には俺にも師匠らしい事させてくれ。――任せろ、お前の師はそんなにも柔なのか」
「――士郎さん」
ぐっ、と俺を見つめる。
それを視線を逸らすことなく受け止める。
「……わかりました、この場をお願いします」
「任された」
託された信頼を余すことなく受け止める。
そして俺も信頼を託した。
「――じゃ、じゃあ私も、私も行く!」
が、突然アスナがそんな事を言う。
「お前も行くって……な、何考えてんだ! お前は普通の女の子だろ!? ここにいるんだ、俺が絶対に守ってやるから、だから!」
「……うん。シロ兄の気持ちは本当に嬉しい。――でもね、シロ兄。ネギのヤツは一人なの。あんなガキのクセしてこのかを助けようと一生懸命に頑張ってんのに。そして私はそんなアイツのパートナーなの。シロ兄や刹那さんみたいに全然強くなんて無いけど、私はアイツのパートナーなのよ……っ。だから行かなきゃ! 私、役立たずかもしれないけど、何もしないでいるだけなんて出来ないっ! シロ兄が私を守りたいって言ってくれてるみたいに、私もアイツを守りたいのよ――!!!」
「――アスナ、お前……」
言葉が……無かった。
少し勝気だけど普通のか弱い女の子だと思ってたのに……こんな強さがあるなんて。
この子は俺なんかが思ってるよりもずっと大人なのかもしれない。
「…………シロ兄」
アスナは俺を真剣な瞳でずっと見ていた。
そこに宿るのは揺ぎ無い決意の炎。
…………ったく、なんで俺の周りの女の子ってのはこうも強情なのが多いんだよ。
「刹那。悪いがアスナも連れて行ってやってくれ」
「シロ兄!」
「……宜しいのですか?」
「ああ。コイツの事だ、どうせ言っても聞かないだろうし、下手したら一人で飛び出して行きそうだ」
アスナの頭を乱暴に掻き回す。
それをアスナは目を細めながら「えへへ」とか笑いながら受け止めた。
……わかってんのかコイツ。自分がどんだけ無茶な事しようかって事が。
「分かりました。アスナさんは私が必ず」
刹那がそう言った瞬間だった。
――それは現れた。
「――くそっ、嫌な予想ってのは当たるもんだな」
思わず毒づく。
遠くに視線を合わせると、光の柱の中には巨大な人のようなシルエットが浮かんでいた。
その大きさはここからでは分からないが、その上半身だけで馬鹿げたことに数十mはありそうだ。
人と違うのは手が四本に顔が前と後ろ両面に在ると言うコト。
今までの連中を鬼と呼ぶならアレはさしづめ鬼神と言った所か。
「時間が無い、急げ刹那、アスナ!」
「はい! 明日菜さん、行きます!!」
「う、うん!」
二人は走り出す。
その背中を追う人影が一人。
「センパイ、逃げるんですか~?」
小柄な剣士の少女、月詠だ。
執念のようなものを発しながら刹那に追い縋ろうとする。
それを、
「行かせるかよ」
その前に立ち塞がる。
月詠は急停止して、不機嫌そうに俺を見た。
「あん、お兄さん、どいてくれませんか~? ウチ、センパイに用事あるんですけど~」
「……悪いな、ここから先は行き止まりだ。回り道もない。君にはここで引き返してもらう」
剣を構える。
さて……ああは言った物の、結構難しいぞ、これ。
負ける気はしないが問題はその数だ。
馬鹿正直に俺目掛けて来てくれる分には構わないが、鬼達全部がバラバラになって動き出したら流石に取りこぼしが出てしまう。
だからと言って、今、刹那達にこいつ等を追いつかせる訳にはいかない。
……やるしかない。
そう、覚悟を決めた時だった。
「――傭兵は入り用かな?」
そんな声と同時にパスッ、と言う微かな発砲音が連続して聞こえた。
放たれた音は的確に鬼達の急所へと命中しその数を減らしていく。
『これは……術を施された弾丸…………何奴!?』
鬼が騒ぐ。
しかし、俺には想像がついていた。
「龍宮さん……」
現れたのは想像通りの女の子。
長身と浅黒い肌に長い髪を夜風に舞わせた龍宮真名、その人だった。
その手にはライフルのような物が握られている。
「こんばんは、衛宮さん。余計なお節介かも知れないが……仕事の押し売りに来た。雇ってくれるかな?」
冗談めかした風に言う。
そしてその長身に隠れていたのか、背後からもう一人、女の子がヒョコリ、と顔を覗かせた。
「うひゃー♪ あのデカいの本物アルかー? 強そアルねー♪」
小柄で無駄の無い身体をチャイナ服に包んだ可愛らしい女の子だった。
……あれ、この子、確か図書館島に行った時に見た子だ。
確か……そう、古菲(クー・フェイ)って子だ。
「――君達、どうしてここに……」
「なに、今言ったようにお節介の押し売りだよ。それに先程綾瀬から連絡があってね、私も級友に頼られたとなっては無碍にできないのさ」
龍宮さんはどこまで本気なんだか、やれやれ、と肩を竦める。
「おー! そこにいるのはテンチョーさんアルねー。こんな所で奇遇ね~♪」
緊張感を感じさせないで手をパタパタと振る。
なるほど……どういう経緯でここを知ったか分からないけど”助っ人”ってわけか。
確かにこの子達二人の力を合わせればここにいる連中をこの場に釘付けに出来るだろう。
この際しかたないか……。
「……押し売りって言ってたな。それは幾らでだ?」
「ほう? 買ってくれるのかい? いや、それはありがたい。私としてもここまで来て無駄足で帰るのは気が引けててね。そうだね、押し売りだし初回って事でサービス料金だ。そちらの言い値で引き受けようじゃないか」
「生憎持ち合わせが少ない身でな。……うちの店で一週間、食事を無料で提供するってのはどうだ?」
「…………………」
「…………………」
「…………十日だ、それで手を打とう」
「はは、了解。デザートも付けよう」
「……ふっ、是非も無い」
「そっちの君もそれでいいか?」
「おろ? 私もアルか? それは嬉しいアルね~♪ 勿論乗ったよ!」
こんな状況だと言うのに笑い合う。
――さて、それじゃ。
「二回戦と行こうか――!!」
◆◇――――◇◆
剣をひたすらに振るう。
無数の剣戟で無限と思われた軍団を有限にまで引き下げる。
時折攻め込んでくる月詠とはまともにやり合わず、打ち込まれる剣を全て流しては放り投げた。
鬼達の数は見る見るうちにその数を減らしていく。
その殆どが俺である事に変わりは無いのだが、二人の力も決して小さくはない。
龍宮さんは手にした得物をライフルから二挺拳銃に切り替え、弾幕を張って鬼を蹴散らしていた。
もう一人の古菲と言う子は、中国拳法の八卦掌や形意拳をベースとした体術を駆使して、自分の倍はあろうかと言う鬼達を吹き飛ばしている。武器を持つ鬼達には手にした子母鴛鴦鉞(しもえんおうえつ)と呼ばれる双器械を両手に構えて防ぎ、攻撃をしていた。
こちらの状況は助っ人の登場で好転している。
だが、遠くには未だに聳え立つ鬼神が見える。
それに内心で焦りを覚える。
――刹那はまだ着かないのか?
――皆になにかあったんじゃないのか?
――白髪のアイツにやられてしまったんじゃ?
不吉な考えが頭をよぎっては離れない。
見えないと言うコトがここまで不安になるとは……。
そんな時だった。
『――坊や、聞こえるか? 坊や』
耳に馴染んだ、鈴のような”アイツ”の声が頭の中に響いたのだ。