「ちょっとネギ! どーすんのよ、こんなに一杯カード作っちゃって! 一体どう責任取るつもりなのよ!?」
私、神楽坂明日菜の修学旅行三日目の朝は、そんな怒号から始まった。
本来なら楽しい雰囲気であろうそれも、今はちょっとピリピリとした雰囲気が漂っている。
ソレと言うのも昨日の夜の騒ぎの原因であるらしい『仮契約』のあらましを聞いての事だった。
なんでも昨日の夜の騒ぎは、カモと朝倉が主犯だったらしい。
クラスの皆には豪華景品とネギの唇の争奪戦となっているが、本当の所はエロオコジョのカモの馬鹿が『仮契約』を強引に進めようとした事が起因だ。
「えうっ!? 僕ですか!?」
私の言葉にネギが慌てる。
……まー、今回に限っちゃ原因はカモと朝倉にあるんだからネギには直接関係ないのかも知れないけど、根っこを正せばコイツに辿り着くのは間違いないんだからしょうがない。私の怒りの矛先も間違ってないハズ……多分、恐らく、もしかして……。
と、とにかく! 私は間違った事言ってないと思う!
にも拘らず。
「まぁまぁ、姐さん」
「そーだよアスナ、儲かったってことでいいじゃん♪」
「朝倉とエロガモは黙っててー!」
主犯格の一人と一匹は反省の色がまったく見られないのはどういう了見でしょうか?
これじゃあ一人で怒ってる私のほうが馬鹿らしくなってくるじゃないの、もう……。
「本屋ちゃんは一般人なんだから厄介事には巻き込めないでしょ。イベントの景品らしいからカードの複製渡したのは仕方ないけど……マスターカードは使っちダメよ?」
「――そうですね、魔法使いと言う事もバラさない方がいいでしょね」
桜咲さんが私の言葉に唯一同意してくれる。
うう……ありがとう桜咲さん! 修学旅行初日の夜から思ってたけど……貴女、とても良い人ね?
今はその言葉の一つ一つが身に染みるようだわ……。
「で、でも……それを言ったらアスナさんも一般人じゃ……」
ネギがそんな事を言う。
……まったくもう……今更そんな事を言い出しますかね、このお子ちゃまは?
「今更私にそんなこと言うワケ? ネギ」
そんなお子ちゃまの額を一突付きしてやる。
ここまで巻き込まれておいて今更「はい、そうですか、それじゃサヨナラ」なんて言える訳ないでしょうに……。
でも今は、そんな事より……。
「……………………」
……この、ピリピリとした雰囲気を一人で作り出している人はどうにかなんないのかしらね?
その発生源は、私達からギリギリ声が聞こえるような距離で、壁にもたれ掛かって腕を胸の前で組んで、ブスッて言う感じで目を閉じているシロ兄……衛宮士郎その人だった。
なにもシロ兄だって起きた時からこんな風だった訳じゃなくて、私が朝起きていつもみたいに「おはよう」って言った時にはいたって普通だった。
――まあ、シロ兄の場合はいつだってムスッてしてる事が多いんだけど。きっとそれが地だし。
でも、今のシロ兄の場合はそう言うのじゃない。
朝一で、昨夜の事の顛末をカモと朝倉から無理矢理聞き出してるうちに、見る見るこんな風になっていってしまったのだ。
今では桜咲さんですら近寄るのを躊躇っている程、人を寄せ付けないオーラを醸し出している。その証拠に桜咲さんはシロ兄をしきりに気にしているものの何も声を掛けれないでいる。
シロ兄はそれを知ってか知らないでかは判断がつきにくいけど、ひたすら目を閉じて俯いていた。
…………あれ? もしかして……シロ兄、物凄く怒って……る?
そりゃシロ兄だっていっつも機嫌が良さそうにニコニコしている訳じゃないけど……いや、むしろニコニコなんかしてないか。無愛想って言うのが似合いそうな人だし。
でも、こんなシロ兄を見るのは珍しい。いや、初めて見るかも知れない。いつもは不器用ながらも遠くから見守ってますよー、って感じで、私もこのかもソレを頼もしく思ってこんなに慕ってるって言うのに、今は逆に突き放しているようにも見える。
んー……なにがそんなに気に入らないんだろ?
そりゃ、この騒ぎの元凶のバカ一人と一匹のことで怒るのは分かるけど……これって本屋ちゃんに内容をバラさなきゃ良いだけの話じゃないのかな?
「――そ、そうですね。のどかさんには全て秘密にしておきます」
ネギが私達の言葉に頷く。
うん、やっぱりそうよね。秘密にしておけば良いだけの話なんだからそれで万事オッケーって感じなのに。
と。
「――本当か?」
今まで俯いてただけのシロ兄が徐に口を開いた。
そして、姿勢だけはそのままでネギの方を見てたりするけど……その目がいつもよりずっと鋭くて、ちょっと怖い。
……やっぱり怒ってたんだ。
「宮崎さんには秘密にしておくってのは本当だな?」
その強い視線のままでネギを見るシロ兄。
その目はふざけた様なモノではなく真剣その物だった。
「え、ええ……。関係ないのどかさんを巻き込む訳にいきませんから……」
ネギがシロ兄の迫力にちょっと押されながらも答えた。
シロ兄はそんなネギを少しの間見つめると、
「――はぁ……」
と、疲れたようなため息をついた。
それだけで今までのピリピリとした雰囲気は消えていた。
うわ……やっぱりシロ兄の雰囲気だけであんなに重い空気になってたんだ……。
……うん、シロ兄だけは怒らせないようにしよう。本気で怒ったらすっごく恐そうだし。
なんと言ってもシロ兄にはいつもみたいな不器用な優しさ、みたいな雰囲気が似合ってる。
それがあるからこそ”シロ兄”足り得るってもんだ。
「まあ、いいや。話、進めて」
言葉少なに続きを促がすシロ兄。でも雰囲気はいつものシロ兄のそれ。
うん、これこれ、このいかにもぶっきらぼうな感じ。
これこそシロ兄ってもんよ。
「おう、旦那。それじゃ続けるけどよ。まず姐さんにはこの複製カードを持っててもらうぜ」
カモが私の『仮契約』カードの複製を片手に言う。
複製カードって……。
「えー……そんなのいらないわよー。どうせ通信できるだけなんでしょー?」
それだけだったらハッキリ言って携帯電話で十分だ。
わざわざそんな怪しげなモノに頼らなくても……ねえ?
「違うって! 兄貴が居なくても道具だけ出せるんだよ! ぜってー役に立つって!」
カモが手をバタバタさせながら言う。
う~……そんなに必死に言うなら一回くらい……。
不承不承、カモの手からカードを受け取る。
「出し方はこう持って……、『来れ』(アデアット)って言うんだ」
「……え~……やだなぁ~~」
かなり気後れする。それじゃあまるで魔法少女じゃない。
子供の変身ごっこじゃないんだから……この年になってそう言うコトをするのは正直かなり恥ずかしいんだけど……。
ま、仕方ないか……。
「――『来れ』(アデアット)」
そう呟いた。瞬間――。
「わっ……」
光と共に現れたのは一昨日も使ったあのハリセン。
いや、疑ってた訳じゃないけど本当に出てみると驚いた。
でもこれって、実際……。
「――すごい!! 手品に使える!」
「ちゃんと使ってくれよぉ!?」
あはは、カモに突っ込まれた。
うん、でも、これは結構スゴイかも。
種も仕掛けも無いのにこういうの出せるなんて……。
「うわーー、すごいすごい! 私も魔法使いみたーい♪」
「しまう時は『去れ(アベアット)』だぜ」
なんか気持ち良いかも!
いやー、魔法なんて非常識って思ってたけどコレはコレで良いものかも?
「――はいはい。雑談はそこまでにして……。時間も無いんだし、今日の予定決めなきゃいけないんだろ?」
シロ兄がパンパンと手を叩いて脱線した話を修正する。
あ、そっか。そういうのも決めなきゃいけないんだった。
いけない、いけない。
考えてみればこのかの安全もかかってるんだから、私もちゃんとしなきゃね!
と、思ったけど……、
「僕としては今日のうちに関西呪術協会に行って親書を渡してきたいと思ってます」
「そっか……まあ、時間もあと今日と明日しか残ってないんだからそうだよな……」
「ええ、できるだけ速く届けないと妨害も大胆になっていくと思いますし……」
「そうだな、それは俺もそう思う。で、その呪術協会の場所は確認済みなのか? 経路を確認しておいた方がいい」
「はい、今地図を出します――」
うっ……、なんか難しい話になるみたいだ……。
シロ兄とネギは地図を見ながら、ああでもないこうでもないと話し合っていた。
……こういう展開になると私の出番はないのよねー……。
まあ、私なんかが出しゃばるより、シロ兄とネギで考えた方が確かなんだから特に異論もないけど。
やがて、話し合いが終わったのか二人揃って地図から顔を上げた。
「じゃあルートはその通りで。後は人員の配置なんだけど……ネギ君はどう考える?」
シロ兄が生徒に問題を出題するようにネギに問いかけた。
あはは、ネギはそうは見えないけど先生なんだからこういう構図もなんだか面白い。
そういえばシロ兄は最初、ネギに経験を積ませる気でいたとか言ってたっけ? って事は今の質問もその延長線上みたいなもんなのかな?
この期に及んでまだそんな事をやってるシロ兄が少し微笑ましい。
ま、シロ兄らしいっちゃらしいけども。
「……そうですね。僕が考えるに、このかさんには衛宮さんと刹那さんが付いてもらって、僕とアスナさんで親書を届けに行くって言うのが一番だと思いますけど……」
うん、まあそうなるわよね。人数的にも。
私はネギのパートナーだから一緒に行くのは当然だし、シロ兄と桜咲さんがこのかの護衛に付いてくれるんならこれ以上心強い味方はいない。
シロ兄はネギの答えを聞いて、「ふむ……」と頷いて顎に手をやって考える仕草をすると、ネギ、私、桜咲さんの順番に見回した。
「うん、半分正解だけど不正解ってとこか」
「? えっと……当たってるけどハズレですか?」
ん? どういう事だろう? 私が考えても何も問題ないと思うけど……。
……まあ、成績が悪い私の考えている事が当たるかどうとか言うのは別の話として……。
「ああ、半分正解って言ったのは俺がここにいなかった場合の話だ。その場合は戦力的にもこのかの護衛に刹那。親書を届けるネギ君にアスナがついていくのが正解だからな。……まあ、それ以外に選択肢はないのかもしれないけど……」
「――なるほど……そうなると正解は?」
「このかには刹那。そして親書を届ける方にネギ君、アスナ、俺……まあ、ホント言うとアスナには残ってて貰いたいんだけど、言っても聞きそうにも無いしな……」
シロ兄が私をチラリと見る。
当然です。
いや、流石シロ兄。分かってる~♪
あれ? でもそうなると……、
「で、でもそうなるとこのかさんの方が手薄になってしまうんじゃないですか?」
そう、それ!
桜咲さんが一人でこっちは三人って……バランス悪くない?
けれどシロ兄はなんでもないかのように言う。
「そんな事無いさ。考えても見ろ。刹那はれっきとした剣士。いわゆる戦いのプロだ。それに比べて君達は力はあるにしても素人。だったら俺が素人の方に付くのは当たり前だろ?」
――ん?
でもそう考えると……シロ兄は桜咲さんのお師匠さんな訳だから……。
「それならシロ兄がこのかを守って、私、ネギ、桜咲さんで親書届けに行ったほうがバランス取れるんじゃない?」
そう、エヴァちゃんの事件の時見たけどシロ兄はとんでもなく強かった。
そして桜咲さんのお師匠さんってことは桜咲さんより強いんだから、シロ兄がこのかの護衛に回ったほうがバランスは取れるんじゃない?
仮に強さを数字で例えてみるとして、シロ兄が10、桜咲さんが5、ネギが3で、私を2として考える。そう考えればシロ兄は一人で10で、私とネギと桜咲さんを足した数と一緒なんだからどう考えてもその方が計算上でも正しい筈。
でも、
「……アスナ」
って、シロ兄にため息混じりで呆れられた。
え!? な、なんで? 私、なんか計算間違えてる!?
それでもシロ兄は私を諭すように優しく言った。
「……それじゃあ、刹那の心が置いてけぼりだろ?」
「――――あ」
……私、馬鹿だ。
そうだ。桜咲さんはずっとこのかを影から見守ってきたんだ。
それなのに、こんな非常時に側にいれないなんて……悔しいなんてモンじゃない。
だって言うのに私は計算とかしてなくて……。
「ゴメン、桜咲さん。私、好き勝手言っちゃって……」
「い、いえ! 謝らないでください! 謝って頂く様な事でもありませんし、本来ならそうする事が最善なのですから」
「うん、ありがと」
桜咲さんは笑って許してくれた。
だったらそれ以上に謝っても逆効果ってモンだと思う。
――それにしても、やっぱりシロ兄はスゴイ。
強いとか弱いとか、そんなの関係なくスゴイと思う。
戦力バランスー、とか言ってるのにそこに個人の感情まで入れて考えるなんて……。
うん、やっぱりとっても頼りになる人だ。それでこそシロ兄って呼ぶ甲斐もあるってもんだ。
「士郎さん……ありがとうございます」
「礼なんか言うなよ。当たり前の事なんだからさ……」
桜咲さんがお礼を言うとシロ兄は照れたように鼻をかいた。
あはは、それが当たり前に出来るからこそシロ兄はすごいんだけどね?
「こほん……それに刹那は君らが思ってるよりずっと強い。それは俺が保証する」
「……えっと、そんなに?」
思わず聞いてしまう。
一昨日見たから桜咲さんが凄く強いってのは知ってるけど……。
桜咲さんを横目で盗み見る。
背は私より小さいし、見た感じも華奢だ。
力も多分私より弱いと思う……私が体力バカとかは言わない方向でっ。
そんな子がそこまで強いと言われても正直信じられない。
「そりゃな。刹那は元々才能もある。鍛練もキッチリしてる。そんなヤツが弱い筈が無い。そうだな……例えば刹那一人とアスナ、ネギ君の二人がかりで試合したと考えてみろ。1分持てば良い方だ。正直、話にもならないと思うぞ? それだけ刹那は強いんだ」
うわ、シロ兄がベタ褒め! 桜咲さんもちょっと赤くなってるし!
はぁー……でも、シロ兄がそう言うんだったら……そうなんでしょうねー。
ネギはシロ兄の言葉を聞いて少し考えたようだが、すぐに考えが纏まったのか「うん」と頷いた。
「――分かりました。では衛宮さん、僕達と一緒に来て貰えますか?」
「ああ」
シロ兄は短く答えると、桜咲さんの方を向き、真面目な口調で言った。
「――いいな、刹那。お前の”力”でこのかを守ってやれ」
「――はい!」
桜咲さんは力強く答える。
あー、なんかいいなぁ~、ああいうの……。
こう……師弟の信頼ってでも言うの? 見えないけど固い絆で繋がってるって感じ。
……私も修学旅行から帰ったらシロ兄から剣道教えて貰おうかなー?
「よし、それじゃいったん別れて準備が整い次第、大堰川の橋に集合。刹那はこのかの護衛に全力を挙げるように!」
『おーー!』
シロ兄の号令に手を上げて答える。
さて、それじゃあ私も頑張りましょうか!
◆◇――――◇◆
「――早いな、ネギ君」
「あ、衛宮さん!」
俺が適当に朝食を済ませてから集合場所に向かうと、そこには既にネギ君が待っていた。
俺も結構急いだつもりなのにそれより早いとは……気合が入っている証拠だろう。
「と……アスナは……まだ来てないか」
辺りを見回して見てもそれらしき人影は見受けられない。
ま、女の子は準備に時間がかかるって言うし……こんなもんだろ。
「この親書を渡せば東西は仲良くなるんですよね……」
ネギ君が親書を見ながら嬉しそうに言うが……果たしてどうだろうか?
その通りになるのが一番良いのだが、物事は往々にしてそんなうまく運ばない。
親書を届けたとしてもお互いの軋轢が無くなるとは、俺にどうしてもは思えないのだ。
……だけど、嬉しそうに親書を見るネギ君を見るとソレを言うのも憚られた。
「――ネーギ先生♪」
と、背後から声がかかった。
いかんな、最近考え事に集中しすぎてそれ以外が疎かになる事が多い。自重しなければ。
でも、今の声……誰だ?
アスナはネギ先生なんて呼ばないし、そもそも声が違う。
首を捻りながら背後を確認して、
「――ハ」
また目を背けた。
……いや、最近多いなこう言う後ろを向いたら驚くって言うパターン。
俺としては振り向いた先が予想と違う、なんて展開望んじゃいないんだが……なんとかならんもんか。
――って、現実逃避してる場合じゃないか。
俺は無駄と知りつつも目をこすって、嫌々目の前の光景を確認した。
そしてその光景は――ああ、やっぱり変わらないか……。
「シロ兄……現実から眼を背けちゃダメよ……」
ウルサイな、アスナ。
俺はこの理不尽な現実を認めたくないだけなんだよっ。
つーか、まだ誰がそこにいるって認めてないのに普通に話しかけないでください!
「もういい加減認めよう? ホラ、目の前の光景は嘘じゃないのよ」
俺の肩に手を置き慰めてくれるアスナ。
……お前、なんかキャラ変わってないか?
――ああ、もう! いいよ認めてやるよ!
やけっぱち気味に立ち並ぶ面々を見る。
――まず、アスナは良い。元々ここに集まる約束してたんだし。刹那、このか……まではまだ認めよう。一応、今回の関係者だ。
でも……その後の……宮崎さん、そのペアの小柄な女の子、初めて見るメガネの女の子。
(…………なんでここにいるかな—……)
俺達、これから結構危険な所に行くってのに……。
ああ、ネギ君、君からも何か言ってやってくれ。
「わぁ~~、皆さんかわいいお洋服ですねー!」
――いや、そうじゃなくて。
そりゃ皆かわいいとは思うけど、今はそんな場合じゃなくて。
「――じゃなくて! なんでアスナさん以外の人がいるんですか~~っ!?」
そうソレ。俺が言いたかったのは正にソレ。
ネギ君が大きな声は出せないので、小声で叫ぶと言う器用な真似を披露してくれた。
「……俺も聞きたい。つーか、言わなきゃ怒る」
するとアスナは申し訳無さそうに片手で拝むような格好をして、
「ゴメン。パルに見つかっちゃったのよ……」
と、謝った。
って、お前が原因かよ!
……はぁー……アスナもワザとじゃないし起きちまった事はしょうがないか……。
「ネギ先生、そんな地図持ってどっか行くんでしょー? 私達も連れてってよー」
メガネの女の子がそう言う。
って、言われてもな。
「えー。5班は自由行動の予定無いんですか?」
「ないです」
「ネギ君と……あや? シロ兄やんや。やほ~♪ うん、二人も一緒に回ろ~♪」
このかがパタパタ手を振るので苦笑交じりに返す。
仕方ない。無理に断るとかえってややこしくなりそうだし……。
「とりあえず適当な理由でも付けて途中で抜け出そう」
そうやって二人に言う。
二人はそれに頷いて仕方ないといった顔をした。
「よーし! んじゃ、レッツゴー!」
メガネの女の子の掛け声で歩き出す。
さて、適当な所で巻かなきゃな……。
――で、歩き出したのはいいんだが。
俺はネギ君たちのグループから数歩下がった位置を歩いていた。
本当ならネギ君たちの側にいて抜け出す手筈を相談したいんだけど……。
「…………ほっ」
二歩分ほどネギ君達との距離を詰めてみる。
すると、
「――っ!」
ビクッ、と身体を堅くする宮崎さん。
……これだ。
なんかさっきから妙に警戒されていると言うか、怖がられていると言うか……俺、なんかしたかな?
幾ら考えてもそんな事ないと思うんだが……。
そもそも、俺は宮崎さんを知ってるけど、今まで話した事も無ければ会った事も無い筈だ。
だと言うのにこの怯えよう……男性恐怖症?
……多分、合ってると思う。
恐らく軽度の物で、今も男性の旅行客らしき人とすれ違ったが大して反応していない。
多分、明確な意思で自分に近づく男が苦手なんだろう。
……まあ、だとしたら近づくのは可哀想か。
いいや、適当な隙を突いて二人を連れ出すとしよう。
「シロ兄やん、どうしたん? そんな離れたところ一人で歩いて」
「なんでもない。気にすんな」
このかと刹那がグループから抜け出して俺のほうまで下がって来た。
刹那はちゃんとこのかの側をはなれないようにしているようだ。
そのせいかこのかも、何かいつにも増して上機嫌だ。
うん、善きかな、善きかな。
こんな事件の最中だと言うのは分かっているけど、これを切欠に仲直りできれば、俺の苦労も少しは報われるってもんだ。
「あ、なんやシロ兄やん機嫌良さそうやな~」
「ん? 分かるか?」
そんなに顔に出てんのかな? ま、だからってどうにもしないんだけど。
「うん、シロ兄やんって、いっつもムスーッてしとるんに、今はこう……ニコニコーって」
このかが自分の顔をムニムニ手で動かして、人差し指で目を吊り上げたり、唇を下から指で押し上げて”へ”の字みたいにして見たりして百面相をした。――って、ソレ、俺の真似か?
このかの顔は面白い位に表情を変えるが、このか本来の愛らしさは微塵も失われていない。
そんなこのかが微笑ましくて、思わずその頭にポフポフと手を置く。
「あはは、そっか。……うん、ちょっと嬉しい事があってな」
このかはソレを「えへへ~」といつものポワポワとした笑顔で受け止めた。
刹那もその様子を微笑ましそうに眺めて笑っている。
……うん、こんな笑顔を見れるんならこれ以上の報酬はないよな。
「――おーい、このかに桜咲さーん! あっちにゲーセンあるから京都記念にプリクラとろー?」
と、前を歩いた集団から声がかかった。
「ほら、呼んでるぞ。行って来い」
「あ、えーなー、ソレ♪ せっちゃん、ウチらもとろー♪」
「あ、いえ、私は――」
このかが刹那の手をとり強引に連れて行こうとする。
刹那はイキナリの事に戸惑い気味だ。
と、このかはその前にもう一度振り返り、
「あれ? シロ兄やんは行かんの?」
と、言った。
そうやって誘ってくれるのは嬉しいが……。
「俺はいいよ。どうもあの手の娯楽施設のピコポコした雰囲気が苦手で……」
俺はどうもあの手のモノが苦手だ。
独特の雰囲気といい、物凄い電子音といい……できる事なら遠慮願いたい。
それにそろそろ予定を行動に移さないと時間的にも苦しいコトになってくる。
「俺はそこら辺で時間潰してくるから皆で行って来ると良い」
「え~……つまらんなぁ~。でも苦手なモンに無理矢理連れてくのも可哀想やしな。ほな、ウチらは行って来るな♪」
再び刹那の手を引くこのか。
そして俺の前を立ち去る瞬間、一瞬だけ目が合った。
「――――」
強い意志の篭もった瞳で頷く刹那。
俺もそれに無言で頷き返す。
そうして小さくなっていく背中を見送った。
うん、あれなら何があってもこのかを守るだろう。
……さて、俺も動くか。
「……ネギ君」
ゲームセンターに入る前にネギ君を捕まえて、小声で話しかける。
それに気が付いて、隣にいたアスナも耳を寄せた。
「俺はさっきの橋の所で待ってるからなんとか抜け出して来てくれ」
「はい、わかりました」
「オッケー。じゃ、また後でね」
踵を返し、人波に隠れるようにその場を後にする。
そして橋に辿り着いた俺は欄干に寄りかかって川の流れをなんとなしに見る。
……あぁー……良い天気だなー……。
しかし考えてみれば、こんな日中から厄介ごとになりそうなコトって初めてな気がする。
元いた世界では魔術は隠匿するものだから、日の高いうちから事を構えるヤツはいなかったし。
こっちの世界でもそうだと思ったんだけどなぁー……。
「――シロ兄ーー! お待たせーっ!」
アスナの声にそちらの方を向く。
思ったよりも早かったな。
「よし、じゃあ行くか」
「うん! チャッチャと親書とか言うの届けて厄介事を片付けるわよ、ネギ!」
「はいっ!」
――さあ、ここからは裏の世界の入り口だ。
この子達に危険が及ばないように俺が頑張らないとな。
◆◇――――◇◆
ネギ達一行が合流を果たしたその頃。
一人の少年が路地裏を走っていた。
その少年は、ネギがまだゲームセンターにいた頃にクラスの女の子に誘われてプレイしたゲーム機で対戦をした少年だった。
その少年は表通りを避け、路地裏に駆け込む。
「――やっぱ苗字スプリングフィールドやて」
日差しの薄いビルとビルの間に――それ等はいた。
一人は活発そうな瞳をし、学生服の前のボタンを一つも留めずに開き、ニット帽を被った関西弁の少年。まるで狼のような野性的な髪型に後ろ髪を一房だけ長く伸ばし、それを紐のようなもので結っている。背はそれほど高くなく、幼さの残る顔立ちは少年と言っても差し支えないだろう。
名前を犬上小太郎。
「フン、やはり……あのサウザンドマスターの息子やったか……。それやったら相手にとって不足はないなぁ……」
一人はスラリと背の高い、美しい女性。着物を改造した物だろうか? 肩口が大きく開いた和服を着崩し、蠱惑的な格好が整ったプロポーションを際立たせている。
だが、メガネの下の切れ長の瞳は見るものを凍てつかせる程に冷たく濁っていた。
それは、修学旅行初日に近衛木乃香を拉致しようとした女性だった。名前を天ヶ崎千草。
「フフフフ……刹那センパイもいはったなぁ~……。おとついの続き、早くしたいなぁ~……」
一人は髪の長い小柄な少女。上流階級の令嬢のような落ち着いた白いドレスに身を包んだ様はまるで人形のよう。ノンビリとした話し方が場の雰囲気にそぐわない。
しかし、その腰に帯びた二刀の刀がなんとも言えない迫力を醸し出していた。
名前を月詠。
同じく初日に遭遇した少女剣士であった。
そして――、
「――犬上小太郎。もう一人の……あの髪の赤い男は何者だい? あの気配……無視できない脅威になり得る」
最後の一人。
背が低く、真っ白な髪が目立つ少年。犬上小太郎と同じく学生服を着ているが、詰襟までボタンを全て留めた様はいかにも優等生のようにも見える。
しかし、特徴的なのはそんな事ではない。
”無”。
その少年を一言で表すならばそれ以外の表現は必要ないだろう。
感情を感じさせない目、表情、口調、仕草。
どれをとっても何も温度を感じさせない。その様はまるで人形のようだ。
名前を――フェイト・アーウェルンクス。
アーウェルンクス――ローマ神話において、災いを幸福に変えると言われる神の名前をした少年だった。
「ああ……あの兄さんか。あの兄さんの事についてはさっぱりや。かなりできるんは確かやけど……まるでつかめへん」
そう言うと、犬上小太郎は肩を竦めた。
それに白髪の少年、フェイト・アーウェルンクスが「ふむ……」、と顎に手を当て考える仕草をした。
そして、
「――わかった。犬上小太郎、予定変更だ。次の待ち伏せには僕も行こう」
――今、運命と言う名の少年が動き出す。