「――ふん、神楽坂明日菜か」
逃げ回る坊やを追っている内に、私達は学園都市の端にある橋まで連れ回されていた。
這いずり回る坊やを眺めていると、坊やのパートナーである神楽坂明日菜が現れたのだ。
「――カモ!!」
「合点、姐さんっ!」
なにやら奇妙なオコジョがヤツの肩に乗っている。
……ああ、確か坊やの使い魔だったか……。そういえば一度見た事があったな。
その一人と一匹は私目掛けて走り寄って来る。
どんな策を用意したのかは知らんが……目障りだ。
それをゆっくりと視界に捕らえ掌をかざす。
「――動くな」
瞬間、魔力によって張り巡らせた『糸』によって身動きを封じる。
『糸』は五体全てに絡みつき、指一本すら動かすことは出来ないだろう。
「――っ!? ……ちょ、ちょっと……な、何よこれ!! か、体が動かない!?」
「……あ、姐さん……これは下手に動かない方が良いッスよ……!」
「――そんな事言われなくたって……う、動きたくっても動けないわよ――!!」
まるで蜘蛛の巣にかかった虫けらのように足掻き付けるが、微塵も動けはしない。
「――囀るなよ羽虫が。貴様等ごときが加わった所で、この私に勝てるとでも思っているのか?」
「そ、そんな……の、やってみなくちゃ分からないでしょ!? 『仮契約』さえすればアンタなんか――!」
身動きが出来ないにも関わらず、気丈にも私を睨みつける。
その瞳はまだ希望が残っていると信じ込んでいる目だ。
あり得ない可能性に縋る姿ほど滑稽な物はない。
だが『仮契約』だと?
こいつ等……未だに『仮契約』を結んでいないと言うのか?
茶々丸の情報だとすでに『仮契約』を結んでいるとの話だったが……。
しかし……そうか。
「ああ……そういえば貴様も”あの場”にいたのだったな。……ならば貴様等にも責任の一端を担って貰おうか」
パチン、と私が指を鳴らすと『糸』が解れ開放される。
「――きゃ!? あ、あれ……動く……」
「おい、神楽坂明日菜に使い魔。貴様等、やる事があるならばさっさとやれ」
「え?」
訳が分からないといった顔で私を見る。
だが、私はそれに構わず背を向けてその場を離れる。
「ちょ、ちょっと……カモ! これどう言う事よ!? 私、訳分かんないんだけど……」
「お、俺っちに聞かれても……でもこれはチャンスだ姐さん! 今の内にちゃちゃっと『仮契約』を済ませちまいましょうや!!」
「う、うん……!」
ダッ、と坊やの下へと駆け出す。
茶々丸はそれを眺めたまま呟いた。
「マスター、何を?」
「何、奴らにも恐怖を植え付けて置こうかと思ってな……」
ククク、と薄く笑う。
そう、真の恐怖とはただ奪うだけではない。
与えて、奪う。
希望を抱かせておいてそれが役に立たない事を思い知らせてやる事で、真の絶望は与えられるのだ。
――さあ、早く出てくるがいい。
すると柱の陰から溢れんばかりの光が突如として放たれた。
終わったか……。
私がそう思ったのと同時に、柱の陰から坊やと神楽坂明日菜が姿を現す。
「――良かったな、坊や? お姉ちゃんが助けに来てくれて……。なんならもっと甘えていてもいいんだぞ? 何、私の目は気にしないで思う存分抱きつくなりしていればいいじゃないか、ん?」
「うぐっ……」
坊やは私の言葉に頬を紅く紅潮させる。
それは怒りによる物か恥じらいによる物か……まあ、どちらでも構わない。
「何言ってるのよ! これで2対2の正々堂々互角の勝負でしょ!?」
「互角? ――馬鹿が……貴様等と私達を同列に数えてるんじゃないよ。それに勘違いするなよ? これは最初から勝負なんかじゃない、ただの制裁だ」
「せ、制裁って……アンタ何様のつもりよ! なんでネギがそんな物受けないといけないのよっ!」
「――――ふん。もう一度、説明するのも腹立たしい……全てが終わってからそこの坊やからでも聞くと良い。……もっとも、生きていればの話だがな」
私の言葉に反応して二人は身構える。
「……茶々丸、お前は神楽坂明日菜と遊んでやれ」
「…………YES、マスター」
無言で対峙する。
沈黙が辺りを支配した。
音があるとすれば風の音くらい。
その風が睨み合う二組の間を駆け抜けていく。
髪が風に乗って流れ、私の視界を塞ぐ。
その瞬間、
「契約執行90秒間!! ネギの従者『神楽坂明日菜』!!」
それを隙と見たのか、坊やが先に仕掛けてきた。
弾ける様に突っ込んでくる神楽坂明日菜を、茶々丸が迎撃に出る。
坊やはそれを尻目に術を紡ぐ歌を歌う。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風の精霊17人! 集い来たりて――」
ふん、雷属性の魔法か……あの年で器用な事だ。
ならば――、
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。氷の精霊34頭。集い来たりて敵を切り裂け」
「っ!?」
坊やの驚く顔が見える。
それもそのはず、私が出す魔弾は同位とは言え、坊やのそれの倍の数。
「『魔法の射手・連弾・雷の17矢』!」
「『魔法の射手・連弾・氷の34矢』」
幾重もの閃光が迸る。
異なる魔弾は互いにその存在を喰らい合う。
だが坊やの魔弾は私のそれの半分。
残りの半数が坊やを襲った。
坊やは迫り来る脅威に耐えるように目を閉じてしまう。
だが、
「――え?」
その魔弾が坊やを襲う事はなかった。
外れた……のではない。外したのだ。
「フフッ……どうした、坊や。もっと撃って来たらどうだ? もしかしたら一本くらい届くかも知れんぞ?」
「――っく! ラ……ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 光の精霊29柱――」
「――詠唱が遅いぞ。リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。闇の精霊58柱。集い来たりて――」
坊やの詠唱を追い抜き、またしても倍の数の魔弾が周囲に漂いだす。
それを見て坊やは慌てて詠唱を速めるが、
「――『魔法の射手・連弾・闇の58矢』」
「『魔法の射手・連弾・光の29矢』――!!」
襲い掛かる闇の魔弾を前に、ギリギリのタイミングで魔法の発動をさせるが、その数はまたしても倍。
そしてそれはまた、互いに打ち消しあい、――残りは坊やのギリギリを掠めて外した。
その表情は恐怖に震え、浅い呼吸を繰り返していた。
「どうした坊や……もう、終わりか? ……情けない、貴様の父親ならどんな苦境だろうと笑って乗り越えていたものだぞ」
「――はっ、……はっ、……っ!」
こちらの声が聞こえていないのだろう。
坊やはガタガタと震えてばかりで反応を示さない。
「――つまらん、この程度か……。ならばもう、――眠れ」
フワリと、空に飛び上がる。
右手を掲げ、天空を見上げた。
空に浮かぶ月すら鷲掴みにせんばかりに掌に力を集める。
「――リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしえの———」
掌に集束した魔力が氷を伴い、纏わり付いてくる。
後一言紡げば終わる。
しかし、その瞬間に、
「――――エヴァーーーーっ!!」
――――懐かしい声が聞こえた。
◆◇――――◇◆
「――――エヴァーーーーっ!!」
あらん限りの声で叫ぶ。
それだけで頭が痛んだが、そんな事は知らない。
考えての行動なんかじゃない。
全力で走り通して、エヴァを見つけた瞬間、気が付いたら叫んでいたのだ。
エヴァは月を背に空に浮かび上がり、こちらを見下ろしている。
その姿は何処か無機物のように冷たく、そしてどこまでも綺麗だった。
「――し、士郎……っ! お前、起き上がったりして身体は大丈夫なのか!?」
俺をその瞳に捕らえた瞬間、氷が溶け出したように、暖かな声色で、慌てるように俺を気遣ってくれる。
「俺は大丈夫だ……何とも無い。だから――もう、帰ろう」
ゆっくりと歩いてエヴァに近づく。
その間もエヴァは俺から目を離さないまま、それに「そうか……」と、安堵のため息を零してくれた。
しかし、
「ああ、そうだな、帰ろう。――待っていろ、今、全てにケリをつけてやる」
そう言った瞬間、その瞳は闇を凝縮したかのごとく暗い輝きを放った。
そうして、その凍てつくような視線のままネギ君を射抜く。
「――ヤッベェーナ……自分デ言ットイテアレダケドヨ。アアナッチマッタ御主人ハ生半可ナコトジャ止マラネェーゾ……」
チャチャゼロはそう言って息を呑んだ。
チャチャゼロの感情を感じさせない声だけに、そこに込められた真実がただストレートに伝わってくる。
「――違う! 違うだろうがエヴァ!! そんな事されても俺は嬉しくないっ、只悲しみが残るだけだろ!? ――――そんな世界じゃ誰も笑えない!」
「当たり前だ。このような忌々しい出来事が……笑い話になる訳が無いだろう。無自覚の咎とは言え、お前を傷つけた罪は重い。そしてその責任はそこの坊やにある。……だろう?」
「……責任ってなんだよ。お前にかかっているその呪いの事か、それとも俺の怪我の事か」
頭に巻かれた包帯を押さえながらエヴァに向かって叫ぶ。
その声でようやくこちらの方を向くエヴァ。だが、その瞳は暗い感情を宿した狂気の視線のままだった。
「どちらかではない、どちらもだ。子供だからという言い訳も最早免罪符足り得ん。士郎、お前のその身体に刻まれた傷跡と同様のモノを背負う義務がこの坊やにはある」
「義務なんかあるもんか! 俺の怪我の事なんか問題にならない! 俺は許す。怪我をした当人である俺が許すんだ。だったら俺の怪我についてはそれで問題は無くなるだろ!?」
「……違うね、問題は無くなりなどしないさ。すでにこれは私の問題でもある。例えお前が許したとしても――この私が許さない」
まるで鋼鉄のように固い意志。
微塵も揺らぐ事の無いその瞳は今、俺だけを見ていた。
……だが、俺だって譲るわけにはいかない。
今、俺が譲ってしまったらきっと、もう戻れない。
あの暖かい日々が……”日常”が遠くに行ってしまう。そんな漠然とした恐怖が頭を離れないのだ。
鋭い視線を怯むことなく受け止めて、万感の想いを込めてエヴァだけを見続ける。
どれほどそうやって対峙していただろう。
やがてエヴァが狂気と共に息を吐き出したかのように見えた。
「……これではあの夜の焼き直しだな。堂々巡りもいいとこだ。ならば単刀直入に問おう。――士郎。お前は私と坊や……どちらを救う」
「…………」
「答えろ士郎。お前の心はどこにある。私か、坊やか。真実を語れ。例え、お前の出した答えが私を否定しようと、恨みも妬みもしない。だから」
――本当の気持ちを聞かせてくれ。
エヴァは言葉では語らず、視線でそう語りかけてくる。
答えは……決まっている。
エヴァかネギ君のどちらに心を置くかだって? そんなの。
「――両方だ馬鹿」
「……何?」
綺麗な眉を歪めて、怪訝な表情で俺を見る。
「聞こえなかったか? だったら何度だって言ってやる。いいか、俺はエヴァもネギ君も見捨てたりしない。どちらかを救うにはどちらかの犠牲が必要だなんてそんな考え、クソ喰らえってんだ。俺はそんな二元論なんて選ばない。答えが厳しいモノ二つしかないならどっちも選ばない。――だから創ってみせる。誰に何と言われようと創ってみせる。第三の答えを」
答えが二つしかないなんて、誰が決め付けた。
そんな、存在しないなんてだけで諦めてたまるか。
いつだってその存在しないモノを、俺は探し続けてきたんだから。
「……士郎、お前の言い分は分からんでもない。だがな、お前の言っている事は私を救い、……そこの坊やをも救うと言う夢物語のような話だぞ。夢は夢だ。それ以上でも以下でもない。全てが丸く収まる事などありはしない。そんな事があればこの世界は破綻している。弱者は弱者らしく地べたを這いずり回り、強者は強者らしく地べたを生きる負け犬を見下す。いいか、誰かが幸福になれば、その割を絶対に誰かが食う事になっているんだ。そうやって世界は成り立っている。実際に現状では、私の呪いは坊やの血を飲む事でしか解呪はされない。そしてお前を傷付けた罪は償わなければならない。……士郎、お前ほどの男がそれを理解していないわけではあるまい」
真剣な表情で俺を見定めるようにエヴァは見つめている。
そして言う。
――希望と絶望は抱き合わせでやって来ると。希望だけを選ぶ事など不可能だと。
……それは、俺にだって分かる。
エヴァだってその身をもって体験した事なのだろう、だからこそその言葉には重みがある。
――――でも! それでも!!
「――ああ、わかってる。それが夢物語だってそんな事……とっくの昔に気付いてる。そんな現実、イヤって程見てきたさ。夢は夢だと……何度も何度も繰り返し見せられてきた」
――頭が痛い。
まるで頭の中に直接手を入れられて、脳味噌をかき回されているんじゃないかと錯覚するくらいに痛みは酷くなるばかりだ。
この痛みは怪我のせいか、それとも――別の要因によるものか。
「――だけど……、――それでも、だ」
こんな俺をお前は笑だろうか。
夢ばかり見ている、ガキくさいただのワガママだと笑だろうか。
ああ、だったらそれでも構いやしない。
――だって。
「例え真実がそれしかないとしても――――俺は夢物語の方が良い。例え夢物語だろうと、誰もが笑っている世界の方が俺は良い」
例え道化を演じようとも、それで誰かが笑っていてくれるならそれで良い。
例えどんな遠くに君がいようとも、この想いだけは譲れない。
夢物語だろうとも、譲ってしまえばきっと、俺は俺でなくなってしまうから。
「――――士郎、お前……」
エヴァが何か遠い物を見るような目で俺を見た。
「――ぼ、僕も……」
ふと声がした方を見ると、ネギ君が震える身体で杖を強く握りながら立っていた。
「僕も、衛宮さんの夢物語の方が――好きです」
恐怖に震えるながらも俺を見る。
その瞳が語っていた、まだ挫けてなんかいないと――。
「貴様等……良いだろう、最早何も語るまい。士郎、お前がその意地を通すように、私にも通す意地がある。だとすれば答えは一つ。いつの世だって我を通すのは勝者にのみ許された特権だ」
「――止められないのか?」
「くどい。我を通したいのであれば力ずくで来い。何、他でもないお前だ。命までは取りはせん。だが、ここでお前の力を試すと言うのも一興だ」
あくまでエヴァは止まらない。
もう、言葉では止められない所まで来てしまったのだろう。あくまで対峙の姿勢を崩さない。
だが、そこには既に闇の様なあの暗い眼差しはなかった。純粋に目の前の状況を楽しむかのような愉悦の瞳をしている。
「……衛宮さん」
傍らを見るとネギ君がすぐ側で立って、俺を見上げていた。
そして俺の様子を酷く怯えた様子で、伺うように覗き込んでくる。
「あ、あの……衛宮さん。す、すいませんでした…………僕のせいで、衛宮さんにあんな大怪我を負わせてしまって……」
「――気にすんな、そんな事。あれは俺が勝手に突っ込んでいって勝手に怪我しただけなんだ。ネギ君が責任を感じる必要はない」
俺がそう言っても、ネギ君は自己責任の重圧に顔を真っ青にしたまま首を横に振った。
「でも僕が衛宮さんを怪我させたのに変わりはないんです……。その事実だけは言い逃れなんて出来ません。してはいけないんです」
「…………」
「エヴァンジェリンさんも言っていました。衛宮さん……死にそうだったって。僕は貴方の命を奪ってしまっていたかもしれないのに、衛宮さんが気にしてないと言ってくれているからといっても罪は消えません。…………だから!」
ネギ君が懇願するように俺を見上げる。
そこには罪の意識に押し潰されそうなただの少年がいた。
「――つまり、君は罰が欲しいと?」
「……それで償えるなんて思っていません。でも、僕は……」
「…………」
俺はその痛々しい姿を見下ろし、息を一つ吐いた。
「――分かった。じゃあ俺が君を裁いてやる。……恨むなよ、悪いのは君なんだ」
そう言って俺は左手をネギ君の顔面に翳す。
それを見てネギ君は何かを覚悟したんだろう。その顔を一気に恐怖に歪ませる。
それでも、
「――! ……は、はい……僕が殺されても文句は言えないって分かってますから」
と、気丈にも言った。
「成る程。覚悟は出来てるって訳か」
俺はその姿を冷めた感情で見下ろし、自分でも驚くくらい冷たい声で言った。
そして右手を背中に隠し、ある物を”取り出す”。
そのまま俺がゆっくりと右手を振り上げると、ネギ君は恐怖に身体を震わせ、視線を俺の右手から離せないでいた。
「…………っ!」
恐怖に息を飲む声が聞こえた。
俺の右手に握られている物。
それは――鋭利なナイフ。
飾り気も、ましてやそこに込められた思いも何も無い。
……だが、人を殺すには充分な、刃渡り30cm、殺意の塊。
「いくぞ」
「――! ……は……は……いっ」
殺意の塊から意識を逸らそうともせず、受け止めるかの如く瞳を閉じる。
その姿は断罪を待つ咎人のそれ。
そして言う。
「――本当にすいませんでした」
「…………」
俺はその言葉を無言で受け止め、ただ頷く。
そして――ナイフをその頭蓋目掛けて振り落とした。
「――ぴぎっ!?」
ただし、ナイフを握りこんだ拳の部分で。
ゴン! という結構良い音がして、ネギ君が愉快な悲鳴を上げた。
うむ、やはり拳の中になんか握ると固さが違う。
「~~~っ! ———え? え? え~?」
あまりの痛みに頭のてっぺんをを両手で押さえ、瞳の端に涙を浮かべながら訳が分からないと混乱するネギ君。
俺はその姿を見て、盛大にため息を付いた。
「……あのなネギ君。何をそんなに覚悟しているのかは知らないけど勝手に罪を大きくするなよ」
「え?」
「さっきエヴァにも言ったけどな。俺は別に怒ってもなんかいないし、君をどうこうするつもりはないっての……」
「でも……っ」
「何回も言わせるなよ。俺は許すって言っただろ? それなのに君は俺に何を裁いて欲しいって言うんだ、全く……。あ、ちなみに言っとくけどな、今のゲンコツも勝手に罪の意識を感じてるどっかの生真面目な少年に落としたゲンコツだから」
「…………」
「つーか君はアレだ。怒っても無い人間に頼むから自分を叱ってくれなんていう無理難題を吹っかけるなよな」
やれやれともう一度大きなため息を吐く。
「衛宮さん――」
それを見たネギ君が驚いた表情のままで俺を見上げる。
「今は他にやる事があるだろう。それより――」
「――シロ兄!!」
と、俺の台詞をさえぎるように声がした。
その声が聴こえた方を見てみると、アスナが必死にこちらに向かって走って来ているのが見えた。
「よう、アスナ」
「『よう、アスナ』……じゃ、ないでしょ! そんな事よりシロ兄、怪我は大丈夫なのっ!? ……って、大丈夫なわけないわよね。あんなに沢山血が出てたんだし、あれからずっとお店もお休みしてたみたいだし……って、まだ血が滲んでるじゃない!」
そうやって、アスナは一気にまくし立てると俺の頭に巻かれた包帯に手をやり、恐る恐るそれに触れる。
「痛っ……、アスナ、あんまり触るな。これでも、今さっき目が覚めたばっかりなんだから」
「あ、ゴメン。――本当にゴメンなさい……よね。こんな、シロ兄まで傷付ける事になっちゃって……」
「――僕からももう一度謝ります……ごめんなさい……」
二人して悲痛な面持ちで頭を下げる。
そこに浮かぶのは後悔の念。
「――ったく」
二人には悪いが、そんな様子に思わず笑いそうになる。
揃いも揃って同じことをしやがる。
俺は苦笑しながら二人の下げられたままの頭に手を置き、それを少し乱暴にワシャワシャとかき回してやった。
「だから気にすんなって。俺はこうして生きているし、お前等はあの出来事を悔いている。それなら俺にはもう何も言うコトはないし、お前等もそれ以上反省する事はしないでいい。それだけの話だ」
俺の言葉に二人は同時に頭を上げ、二人とも、きょとん、としたような顔で俺を見る。
それでも次第に俺の言葉が浸透してきたのか、次第に笑顔になって行く。
だが、アスナは途中で何かを思い出したかのように表情を固め、深く何かを考え込んでしまった。
「――……って、ちょっと待って……。シロ兄がここにいて何にも驚いてないってコトは……………シロ兄も魔法使い!? それにさっきからエヴァンジェリンとやたらと親しそうなのはなんで!? ああーーっ、もうっ! 訳わかんない!!」
グシャグシャーと頭を掻き毟るアスナ。
そのせいでアスナの髪はボサボサもいいとこだ。
「悪いな、アスナ。今は説明している時間がない、これが終わったら話すから――」
アスナはジッと俺を探るように見たが、やがてふう、とため息を吐いた。
「……分かった。事情は分からないけど、今は分かったことにしておくわよ……。シロ兄のことだからなんかあるんでしょ、きっと。その代わりキチンと説明してよねっ」
「サンキュな、アスナ…………。よし、それじゃあ話はこれまでだ。二人とも……下がっていてくれ、俺はアイツを連れ戻さなきゃならない」
空に浮かぶエヴァを見上げる。
それだけでもはっきりと分かる。
『最強の魔法使い』――成る程、エヴァの言っていた事に嘘偽りはない。
こうしているだけでも膨大な魔力がひしひしと伝わってくる。
「――待ってください。衛宮さん、僕も戦います」
「……え?」
俺は耳を疑った。
ネギ君が戦うだって?
その言葉に、もう一度視線を向けると、ネギ君は強い意志の篭もった目で俺を見ていた。
「僕、エヴァンジェリンさんの言っていた事も分かるんです。僕は衛宮さんを傷付けてしまった……その責任はキチンと受け止めなきゃいけないんです。それに僕はサウザンドマスターの……父さんの息子です。父さんがエヴァンジェリンさんにした事は……きっと僕が請け負わなきゃいけないんだと思います。だから……これは、僕の戦いでもあるんです」
手に持った杖をギュッ、と握って告げる。
……この子は……。
「――わかった。ネギ君、俺に力を貸してくれ。」
「は、はい!!」
俺を見上げるネギ君は力強く頷いた。
「シ、シロ兄! それなら私も――」
「それは駄目だ。アスナ、お前は離れたところで見ているんだ」
「そ、そんな……シロ兄、まだ怪我治ってないんでしょ!? それに私なら『仮契約』してるから足手まといにはならないわよ!」
『仮契約』?
…………ああ、そう言えば以前にエヴァから借りた本にそんな単語も出てきてたか。
「それでも駄目だ。その『仮契約』とかをしているから、とかそんなの関係ない。アスナは女の子なんだから……頼むから下がっていてくれ」
「…………お、女の子って――もー、分かったわよ。今回は二人に任せるわよ……」
いかにも不承不承と言った感じで、アスナはなんとか納得してくれた。
すると今度はその肩から白いイタチのような動物が顔を出した。
「すまねえな旦那。アンタが誰だか知らねーけど今は力、貸してもらうッスよ!」
すると、その小さな動物はあろうコトか喋り始めた。
「………………アスナ、それは?」
思わず指差して聞いてしまう。
「え? あ、コレ? これはネギのペットの――」
「俺っちはネギの兄貴の『使い魔』、オコジョのアルベール・カモミールってんだ。いっちょヨロシク頼むぜ!」
「ああ……なるほど『使い魔』か……びっくりした。俺は衛宮士郎だ、こっちこそよろしく」
そっか、ネギ君の使い魔だったか。
そういえば使い魔の中には人間の言葉を解するモノもいるって話しだし、そんなに驚く事もないんだろう。
「それよか旦那、旦那はあのエヴァンジェリンに勝てるかい?」
「……いや、無理だ。エヴァの事だから本気で俺達を殺そうなんてしないだろうけど……。それを踏まえたとしてもエヴァの魔力はとんでもない」
「――そうッスか。いや、無理も無いッスね、真祖相手にまともにやって勝てるやつなんてそれこそいるかどうか……。そうなると……ネギの兄貴と旦那で近距離撹乱しながらなんとか隙を見つけるしかないか……」
カモは思案するように考え込むと、そう作戦を立てた。
確かにその作戦は正しいんだろう。
地力を上回る相手に、遠距離戦を挑むのは無謀。
近距離戦でも無茶。
それなら二人で近距離撹乱をするのは間違っていない。
――だが。
「――――いや、エヴァの撹乱は俺一人でやる。ネギ君は隙を見て対処してくれ」
エヴァを見据えて宣言する。
それを見ていたエヴァは、ニヤリと意地の悪い笑顔を見せて笑った。
「そ、そんな……無茶ッスよ! 大体、今旦那が自分で無理って言ったんじゃないッスか!?」
「そ、そうですよ! 僕だって戦えるのに――!」
二人は俺の考えを引きとめようと必死に縋り付いてくる。
――けど。
「大丈夫、俺を信じろ。きっとなんとかなる――」
迷いなく言う。
唖然と俺を見るそれぞれのそれに笑いかけ、前へと歩き出す。
一歩踏み出すたびに足と頭がズキズキと痛む。
もしかすると全力で走って来たせいで傷が開いたのかもしれない。
その途中、エヴァへと続く道の左右に茶々丸とチャチャゼロがまるで俺を見送るかのように立っていた。
「士郎さん……お身体は大丈夫ですか?」
「ああ、心配かけたか?」
「いえ……、士郎さんならきっと大丈夫だと信じておりましたので……」
「そっか」
「はい。……今回、マスターは御一人でお相手をなさるそうです。ですから私はここで皆さんを見守らせていただきます。……士郎さん――マスターをどうかお願いします。それと、……士郎さんもどうか御自愛を――」
茶々丸が深々と礼をする。
その下げれらた頭にポンポン、と手を置く。
「――ヨウ、衛宮。何トカ間ニ合ッタナ。モットモ、ココカラ先ハ手前ェラ次第ダカラナ」
「――ああ、分かってる。チャチャゼロ、ここまで案内してくれてありがとな」
「ハン、礼ナンザイラネェーヨ。ンナモンヨリ帰ッタラ酒デモ奢レヤ」
「……了解、飛び切りのを奢ってやるよ」
二人の励ましを胸に、その場を後にする。
ゆっくり、ゆっくりと進む。
月を背に浮かぶエヴァを目指して歩いているせいか、まるで月を目指して歩いているかのように現実感が曖昧になる。
一歩一歩、確かめるように歩く。
あの日、エヴァとの間に出来たかのように感じた壁などはここには存在しない。
今、俺達の間を遮るモノは何一つとしてこの場所に存在していなかった。
「…………エヴァ」
空を見上げる。
夜空に浮かぶエヴァは本当に綺麗だった。
それは初めて出会った時から何一つとして変わっちゃいない。
エヴァは俺を楽しげに見下ろすと、ゆっくりと降りてくる。
トン、と言う軽い着地音。
遅れて黄金の髪がフワリと舞った。
月明かりに濡れて煌くその様は、いっそ幻想的ですらあった。
「こうして――話をするのも久しぶりのような気がするな、士郎」
「そうだな……」
穏やかなエヴァの声が耳朶に馴染む。
鈴を転がしたような音色が耳に心地良い。
「……身体は本当に問題ないのか?」
「問題あるって言えば……やめてくれるのか?」
質問に質問で返す。
半分以下冗談、半分以上に本音を込めた言葉にエヴァはくくく、と笑った。
「馬鹿を言うな。そうであったなら一瞬で気絶させて、強制的に眠ってもらうだけだ」
「そっか……じゃあ、やっぱり……」
「ああ……、お前も男なら私を押し倒して見せるくらい強引に、力ずくで組み伏せてみろ」
「――――分かった」
――二人を包む空気が見る見るうちに下がっていくのを感じる。
名残惜しい暖かさは、いつの間にか凍えるような冷気で覆いつくされてしまっていた。
「――それで良い。……加減など不要だぞ。私は不死だからな、多少の傷などたちどころに治癒してしまう。だから士郎、お前の力……私に見せてみろ」
「…………っ」
……そんな事――できるかってんだ馬鹿。
お前を相手に、傷付ける事を躊躇うな、なんて出来るわけ無いだろうがっっ!
「――――行くぞ、エヴァ」
感情を無理矢理押し殺し、告げる。
「――来い、士郎。さあ……共に踊ろうではないか」
エヴァは俺を迎えるように両手を広げて言う。
まるで今から踊るのが楽しみだと言うように。
それに応えるかのように俺は両腕を左右水平に伸ばす。
――見せてやるよエヴァ。
魔法なんかじゃない。
そんな大それた物、俺には使えない。
俺に許されたのは、只一つだけの異形。
俺にできる事はただ”創る”事だけだ。
…………そう、これが俺の『魔術』だから!!
「――投影・開始(トレース・オン)」
自己暗示たる呪文を呟いた瞬間、体内でトリガーがカチリと鳴る。
精神を細く引き絞り、体内の魔術回路を目覚めさせる。
頭の中には27の撃鉄がズラリと並んでいる。
それを端から順番に、ハンマーを使い高速で叩き落していくイメージ。
――くそっ! 何だってエヴァに対してこんな事をしなければ……っ!!
頭にあるのは剣。
それを現実に引きずり出す。
難しい事はない。
何度も何度も繰り返しやってきた事だ。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
制作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし――今ここに、幻想を結び剣と成す――!
「――投影・完了(トレース・オフ)」
手には二振りの剣。
錬鉄の夫婦剣、左手に陰剣莫耶、右手に陽剣干将。
どんな皮肉だ。この世界で初めて投影した宝具クラスのモノを、エヴァに向ける事になるなんて。
だがこれ位でないとエヴァに拮抗なんてできないだろう。
いや、拮抗なんておこがましいにも程がある。俺にできるのは、どうにかしてエヴァを俺のペースに乗せるか、何処まで意表を突けるかだけだ。
それほどエヴァから放たれる魔力は桁が違う。
「――それが、お前の『魔術』か。アーティファクト……違うな、お前は誰とも『契約』などしていない。『召喚』、『転送』……何れでもない……。それに始動キーらしき物すら無く一瞬で……なるほど、珍しい物だな」
感心するようにエヴァは言う。
背後に気配を感じてそちらを確認してみるとネギ君も俺の剣を見て驚いている。
「――え、衛宮さん……今のは?」
「秘密だ」
そう短く応えて前を見る。
ネギ君には悪いが悠長に説明している暇は無い。
それと言うのも、
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 氷の精霊101頭。集い来たりて敵を切り裂け! ――『魔法の射手・連弾・氷の101矢』!!」
氷の散弾が俺達目掛けて飛来してきているのだから――!
「――ハァ……ッ!」
ネギ君の前に立ち、飛来するそれを弾き、逸らし、叩き斬る――!
一発目を斬った感覚で分かったのだが、この一撃一撃は全然たいした事は無い。
恐らくこの術の本質はもっと別にある。
そしてそれはきっと”多様性”なのだろう。
その証拠に一気に無数の魔弾を放ったにも関わらず、その全てが俺目掛けて集束するように向かってくる。
「ハハハ、今のを全て防ぎきるとは流石にやるじゃないか! だが、安心している暇は無いぞ――! リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来れ氷精、大気に満ちよ! 白夜の国の凍土――」
「――させるか!」
ダン、と足場を踏み抜かんばかりに蹴り、一気にエヴァとの距離を詰める。
周りの風景が瞬時に切り替わりエヴァの懐へと肉薄する。
「――クッ!?」
突然の接近に詠唱は間に合わないと判断したのだろう。
エヴァは瞬時に指先から黒い光の刃を発生させる。指一本につき一つの、長く鋭利な爪が生えているようにも見える。それを両手に。
その黒い爪が、俺を横薙ぎに吹き飛ばそうと横っ面を叩きに迫る。
「…………っふ!」
それを、地面スレスレまで身体を倒し込むことによってかわす。
頭の上、ギリギリを掠めたソレは髪の毛を数本切り裂き通過して行く。
エヴァはそれに驚愕の表情を浮かべるが、今度は反対の手で俺を叩き潰すように打ち下ろしてくる。
「っ、はぁ――――!」
それを、そのまま滅茶苦茶な体勢から体ごと回るような勢いで、干将を斬り上げた。
「何だとっ!?」
バキン、という音。
それと共にエヴァの黒い爪がバラバラと砕け、黒い霧のようなものになり霧散した。
「アレを切り裂いただと? ――士郎。お前その剣、尋常の剣じゃないな!?」
その事にエヴァは驚く。
驚いてくれる分には構わない。冷静になられたら間違いなく俺は負けるだろう。
はっきり言って、エヴァから立ち上る膨大な魔力は間違いなくサーヴァントクラス。
正面きっての戦いなど無謀にも程がある。だから、俺にできる事は奇襲で相手のペースを握らせない事の一点のみ。
――つまり……俺が止まった瞬間に勝敗は決する!!
「はあっっ――!」
筋肉が引き千切れそうになる身体に鞭打って、無理矢理体勢を起こす。
その勢いをそのままに全身のバネを使って、矢のような後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
が。
「なっ」
ガン、という奇妙な程硬い感触と共に、それはエヴァの身体に触れることなく寸前で止まった。
見るとエヴァの身体を薄い光の膜のような物が覆っていた。
「覚えておくと良い。高位の魔法使いともなれば、常日頃から魔法障壁位展開しているモノなんだよ――!」
マズイ、と感じた時には遅かった。
驚く俺を他所に、エヴァは爪の折れた手で、蹴り出したままの俺の足を鷲掴みにした。
すると、エヴァはまるで野球ボールでも投げるかのごとく、オーバースローで豪快に俺を放り投げた。
「――――っ」
信じられない。
あの小さな体の何処にあんな力があると言うのだ。
投げ飛ばされた俺は、地面と水平に物凄いスピードでかっ飛ぶ。
エヴァはそれに追走するように弾丸じみたスピードで迫り、その右手を掲げた。
「これはどうする? ――――『氷神の戦鎚』!」
そうやって叫ぶと共に、エヴァの右手には一瞬で氷が集まって行き、一つの球体が現れた。
いや、その大きさは球体などと生易しい物ではない。直径20メートル超はありそうな氷塊だ。
人間一人など簡単に押し潰せそうな質量をもったそれが、エヴァの手の動きに合わせるように俺目掛けて落下してくる。
「……あああああぁぁぁっ!!!」
矢の様に景色が吹っ飛んでいく中、両手に持った干将莫耶に魔力を叩き込み、それ目掛けて投げ放つ。
剣は左右に大きく弧を描いて氷塊に飛来する。
干将莫耶は左右から挟撃するように氷塊を粉々に砕き、そのまま何処かへと飛んで行った。
「投影・開始(トレース・オン)!」
空中でクルリと体勢を整え、次の一手の準備をする。
だが、なんとか地面に着地してもその勢いは止まらない。
ザリザリ、と地面の上を滑っていくと、靴の裏ゴムが焦げる嫌な匂いがした。
「驚いたぞ、まさか今のをああも簡単に砕くとはな! だが、武器を手放すとは――お前とも思えない失態だっ!!」
無防備な俺目掛けてエヴァが攻め込んでくる。
そして、その手の黒い爪を大きく振りかぶって叩き潰さんばかりに打ち下ろす。
だが。
「――投影・完了(トレース・オフ)!」
もう一度投影した干将莫耶でそれを防ぎきる—!
「な! 馬鹿な!? その剣は今っ!?」
その剣を見たエヴァは、先程のように爪を切られるのを警戒してかバックステップで距離を取る。
だけどそれは。
「――しゃがめエヴァっ!!」
「なっ!」
俺の叫びが届いたのか、エヴァはその場で慌ててしゃがみ込む。
瞬間。
「――――っ!」
先程までエヴァがいた位置を、左右から高速で何かが通り過ぎていく。
「な、何故同じ剣がもう一振りあるんだ!? これではまるでラカンの――!」
エヴァが屈んだまま叫ぶ。
それはもう一組の夫婦剣……さきほど投げた筈の干将莫耶だった。
干将と莫耶は互いに引かれ合う。この手に片割れがある限り何処にいこうとも戻ってくる夫婦剣。
エヴァの上を通過したそれは、今度は俺目掛けて飛来する。
それを待ち構えるかのごとく胸の前で両手を交差させ構える。
「はっ――!」
バキン、と飛来してきたそれをもう一度、干将莫耶を弾き飛ばす。
「――ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 光の精霊29柱。 集い来たりて敵を討て!! 『魔法の射手・連弾・光の29矢』ーー!!」
そこへ無防備なエヴァ目掛けてネギ君が魔弾を飛した。
完璧に捕らえたかに思われたそれは。
「――ちっ! 『氷楯』!!」
突如として現れた氷の盾に阻まれてしまう。
バキキキキキン! と言う音が連続して響いた。
「――ふっ」
その音に紛れるかのように地面を蹴り、起き上がったばかりのエヴァへと接近する。
エヴァは俺を見つけると、今度は先程よりも濃さを増した黒い爪で向かい打った。
ガキン、と言う音で左右の刃が止まる。
濃い闇は密度に比例するのだろう、今度は斬れ落ちる事無く干将莫耶と拮抗する。
ギリギリ、ともう少しで顔が触れてしまいそうな、ともすれば口付けしてしまいそうな至近距離で睨み合う。
「――はっ、面白いな士郎! お前は本当に何をしでかすか予想のつかない男だよ。その奇妙な術といい、その恐ろしい剣といい、こちらの行動が読まれているかのような戦い振りといい!! 何から何まで面白い!!!」
「………ああ、そうかよっ、俺はちっとも面白くなんかねぇーけどな! なにが悲しくてお前と戦わなくちゃいけないんだ、よっ!」
一呼吸分の力を溜めて拮抗していた爪を弾く。
エヴァはそれを見越していたかのごとく、自ら後ろへと飛んだが、次の瞬間には俺目掛けてその爪を振り落としてきた。
それを体ごと回転するように回り、いなすとお互いの立ち位置が交換される。
なるほど、これでは俺が壁になってネギ君の位置からではエヴァを狙えない。
だが。
「――っ!」
再び何処からとも無く飛来する干将莫耶。
エヴァはそれを宙返りするようにかわす。
そしてかわした瞬間、
「――ハアっ!」
裂帛の気合と共に干将莫耶を地面に叩き落した。
そしてその勢いを利用するかのごとく体ごと俺目掛けて突っ込んでくる。
放たれる爪撃。
轟と、とんでもない音を立てて迫ってくる。
振るわれるソレは空気すら殺しかねない。
だが恐怖は無い。
それを寸前でかわす。
皮膚の僅か数ミリ上を通過していく感覚。
翻る剣戟。
思い描くのは線ではなく点の軌跡。
狙いをつけた場所を射抜くかの如く最短距離を走る切っ先。
空気を切り裂き目標へと到達する。
だが微塵も中るイメージが浮かばない。
黒爪によって弾かれる。
まるでそこに到達するのが初めから分かっていたかのようにエヴァは爪で受け流した。
振るい、振るわれ、また振るい。
弾き、弾かれ、また弾く。
接近戦にも関わらず互いに一撃も当たらない。
当たる気もしない。
どこかで息をのむ音が聞こえた。
そんな、一瞬と言う表現ですら八つ裂きに切り刻まれるような嵐の中。
「そうつれない事を言うな、私とお前の仲じゃないか。私のお前を少しでも理解したいと言う女心を解してくれ」
「……そんなモン分かるかってんだ。他人の心なんて、誰にだってわからないんだ。それが女心って言う複雑怪奇なもんなら俺なんかには一生かかっても分からないんだろうよ!!」
一瞬の迷いが即、死に繋がりそうな一撃が無数に繰り広げられる剣戟の中心で、いつものように軽口を叩き合う。
まるで、互いに意識しないでも互いの太刀筋が分かっているかのように。
「ハハハッ! それはそうかもしれん。が、お前は全く予想のつかない男なんでな。たまにはこういった手荒なマネもして見たくなるのさ。――本当、何者なんだお前は! 衛宮士郎!!」
「――そんなモン、言うまでも無いだろうが! 俺は衛宮士郎だ。お前達の家族で、お前達の味方で、――正義の味方の衛宮士郎だ!!!」
両手に持った剣を頭上で交差し、左右同時に叩き落す。
それに対してエヴァも奇しくも同じような構えで黒爪を打ち下ろす。
ガキン、と言う手応えと共にお互い大きく体が弾け跳んだ。
「――ハハハハハハ!! この私の味方が正義の味方だと言うか! …………良いだろう、来い! ――”正義の味方”!!」
「聞き分けの無いヤツはお仕置きだ! ――行くぞ、”吸血姫”!!」
二人、全く同時に地を蹴って互いの距離をゼロにする。
その直前、
「――となって敵を捕らえろ! 『魔法の射手・戒めの風矢』!」
エヴァを捕縛せんとネギ君の放った魔法が襲い掛かる。
「――ちぃ!」
エヴァはそれを、まるで物理法則を無視するかのごとく、俺に向かっていたスピードそのままで直角に折れ曲がる事で回避した。
けれどそれは余りにも大きな隙。
「は――!」
それを俺は、ホームランを狙うバッターの如きスイングで干将莫耶を同時に叩きつけた。
「ぐぅ!?」
正に打球のようにはじけ飛ぶエヴァ。
が、それは空中でクルクルと何度か回転すると空中でピタリ、と止まった。
「…………なるほど……即興にしては良いコンビネーションじゃないか。前衛が引き付ている間に後衛が術を放つ。それに対処する事によって出来る隙を前衛が突く……か。確かにバランスは良い。だが――それだけでは私に勝てんぞ! ――『氷爆』」
エヴァが思い切り手を横に振るうと同時に大量の氷が出現し、それが爆砕した。
「これは……!」
ちくしょう! エヴァに初めて会った夜に喰らったヤツじゃないか!!
しかもその威力はあの時の比ではない。
目に見えるもの全てを飲み込まんと雪崩が俺達を飲み込もうとする。
が、
「『風花・風障壁』!!」
一瞬速く張り巡らされたネギ君の障壁によって守られていた。
「衛宮さん、大丈夫ですか!?」
「……ああ、助かったよ」
ネギ君が俺へと走り寄り見上げる。
が、この状況は不味い。
エヴァは今の一撃を目くらましに使ったのか、俺との間合いを大きく離していた。
追撃するにも10歩は必要とする距離。
これではエヴァに冷静になられてしまう。
「――坊やもなかなかやるじゃないか。今の一撃が防ぎ切られるとは思わなかったぞ。……なるほど、スプリングフィールド家の血統の才能は恐ろしいモノがあるな」
遠くからネギ君を観察しながら言う。
不味い、完璧に冷静になってしまっている。
あれでは同じ手段など効かないかもしれない。
煙に巻こうにも、もう一度接近を許すほどエヴァはそう甘くない。
「面白い――貴様の力も試してやる。……リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! 来れ氷精――」
ゆっくり、ゆっくりと楽しむように呪文を謳うエヴァ。
そうやってそのまま宙に浮き、俺達を見下ろす。
その手には、余剰魔力が大気を凍らせたかのように氷が纏わりついている。
恐らく次の一撃で決める気なのだろう。
こうなったら――、
「ネギ君、君の一番強い呪文はどれくらいだ?」
「え、え? 一番強いですか? ……恐らく今エヴァンジェリンさんが唱えているのと同程度のが限界です」
「――そうか、だったらそれを撃ってくれ」
「で、でも! そんな事したら守りが……! それにどう考えてもエヴァンジェリンさんの魔法の方が威力が明らかに上ですよ!? 撃ち合いになったら間違いなく負けてしまいます!」
「大丈夫、そこは俺が補うから…………だから頼む、アイツの目を覚ましてやってくれ」
「…………わかりました。衛宮さんを信じます」
俺を信頼してくれたのか、ネギ君は目を瞑り呪文を唱え始める。
それを横目に俺はエヴァを見上げた。
「……行くぞ、エヴァ。キツイ目覚まし行くから覚悟しろ」
そう呟き両手に持った剣を捨てる。
ガラン、と音を立てて転がった剣は、そのまま霧散するように消えた。
「お前等の力、私に見せてみろ――! ――『闇の吹雪』!!」
闇を纏った吹雪が迫る。
その威力たるや、今まで見てきたエヴァの呪文の中でも断然飛び抜けている。直撃でもしようものなら俺、更には背後のネギ君も簡単に地面へと転がってしまうだろう。
――だが、そんなことに関心は無い。
俺のするべきことは創りあげることだけだ。
「――I am the bone of my sword(体は剣で出来ている).」
左手を迫り来る闇を握り締めるかのように、前へと突き出す。
使う物は決まっている。
探し出す必要なんか無い。
ならば自己へと最速で潜り、丘から引きずり出すのみ――!
「“熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)”――――!!」
俺が知り得る限りで最強の盾を――!!
目の前に咲き誇る七つの花弁。
その一つ一つが鉄壁を誇る城塞の壁のソレに匹敵する。
だがソレを、
「ぐぅ……く、っ……――」
突破される。
鉄壁を誇る筈のアイアスの守りが、ジワジワとその花を散らしていく。
一枚破れ、二枚破れ、三枚目も……突破された!
「……ぎ、……っぐ――っ」
突き出した腕がブルブルと震えて暴れだす。
その手を右手で無理矢理押さえつけ眼前を睨む。
激突の余波で頭に巻かれた包帯が弾け飛び、そこから血がドロリと流れ出た。
その血によって片方の視界が真っ赤に染まっしまう。
そんな真っ赤な世界の向こう側にエヴァを捉えた。
「……――っ!」
――真っ赤な血に染まった世界にエヴァがいた。紅く染まった世界に佇むその姿は一人ぼっちで……酷く悲しそうに見えた。
「――っう、……っく…………が……あぁぁアア!」
――…………駄目だ。駄目だエヴァ。そんな世界にお前を一人いさせる訳にはいかないんだ――ッ!!
「…………エ、……ヴァーーーァァァアアアアアッ!!!」
絶叫と共に更に魔力を叩き込む。
そうする事によって、4枚目でようやく拮抗する花弁と闇。
怒涛の勢いで迫ったエヴァの魔法を完全に防ぎきる――!
「……こ、れを――止めるかっ! だが、守っているだけでは私を止められないぞ!!」
止めたければ自分を打ち倒せ。
エヴァは叫ぶ。
……分かったよエヴァ。力ずくでもお前を止めてやる。
そしてお前は忘れている――俺は、いや、”俺達は”一人じゃないってことを……!
「…………雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐! ――『雷の暴風』!!」
均衡を切り裂くネギ君の雷が放たれた。
吹きすさぶ暴風と荒れ狂う雷がアイアスごと闇色の吹雪を押し返す――!
「――な、何……っ!?」
雷風が闇を飲み込み、エヴァの姿を掻き消す。
ネギ君の魔法の余韻だろう。バリバリという大気が帯電する音が耳に五月蝿い。
「は――はっ、………はぁ!」
いや、五月蝿いのはソレだけではない。
今のでまた傷口が開いたのか、コメカミがドクドクと脈打っている音が頭に響く。
この頭の痛みが怪我によるものか、投影の負荷によるものか判断がつかない。
「――二人がかりとは言え今のを押し切るとはな。正直、侮っていたかも知れんな」
声がする。
そちらの方を見るとエヴァはこちらを見下ろすように宙に漂っていた。
その姿は、羽織ったマントこそボロボロに破れていたがエヴァ自身は全くの無傷。
エヴァが無傷であることに安心と共に驚きを感じる。
今のを受けてもあの程度。
恐らく先程言っていた魔法障壁と言うモノのおかげだろうか。
「だがな、それが貴様らの限界ではあるまい。――まだだ、もっと本気を見せてみろ」
くそっ、まだ気が済まないってのかよっ。
こちとら病み上がりで頭がフラフラしてるってのに……!
「…………っ」
もう一度干将莫耶を投影しようと意識を引き絞り、
「――いけない! マスター戻って……っ!」
茶々丸の切羽詰った声で中断させられる。
なんだ、と思う暇も無く変化は突然に起きた。
「な、何っ!?」
突如の変化に驚くエヴァ。
何に対して驚いたかなどと確認するまでも無い。
今まで沈黙していた橋の電灯がイキナリ点灯したのだ。
遠くを見ると、暗闇に包まれていた都市がその輝きを次々と取り戻し始めていた。
「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!! ――マスター!」
「ちっ……、いい加減な仕事をしおって!!」
悪態をつきながらもエヴァは慌てて橋に戻ってこようとする。
何を慌てているのだろうか?
俺がそう疑問に思った瞬間。
「――きゃん……!」
バシン、という激しい音と共に、エヴァの身体を雷光に似た何かが襲った。
「なっ」
俺が状況を飲み込めない間にも事態は加速する。
突如雷光に襲われたエヴァは急に力を失ったかのごとく落下を始めてしまう。
それを見た茶々丸が弾かれるように駆け出した。
「――停電の復旧でマスターへの封印が復活したのですっ。魔力が無くなればマスターはただの子供……このままでは湖へ……!」
それを聞いた瞬間。
頭で聞いた内容を理解するよりも速く、駆け出そうとしていた。
今ならまだ間に合う。
全力で走ればまだ届く範囲に――手を伸ばせば届く範囲に!!
だって言うのに、
「――つっ!?」
ズキリと、電流にも似た足の痛みによって一瞬立ち止まってしまう。
一瞬と言ってもそれは度し難い程に致命的な一瞬。
今から再び加速しても間に合わない。
――馬鹿か俺は!! こんな足一本とエヴァを比べるまでも無いってのに!!!
自分の愚かさ加減に自分を殺したくなる。
が、
「――エヴァンジェリンさん!!」
そんな俺を追い抜かして走り抜ける影が一つ。
杖に跨ったネギ君だった。
ネギ君は杖で空を飛んだまま橋を飛び越えると、落下するエヴァに追いつき、その手を掴む。
俺は欄干から身を乗り出してその様子を見ていた。
「…………はぁー……」
ネギ君に抱き抱えられたエヴァを見て一気に力が抜けた。
俺は力なく欄干に身を任せる。
恐らくその様は、ベランダに日干しにされた布団のそれと変わらないだろう。
「…………なぜ助けた」
エヴァの声が聞こえた。
その声に険は感じられず、ただ本当に分からないと言った様子の声だった。
「私はお前を殺そうとしていたのだぞ? その相手を助けるとは……どういうつもりだ」
「――僕は衛宮さんを傷付けました。僕の父さんはエヴァンジェリンさんをここに閉じ込めました。エヴァンジェリンさんの言っていた通りその責任は僕にあるんです。その責任は果たさなければなりません。僕にはエヴァンジェリンさんの呪いを解く義務があるんです」
「……それが助けた理由か……」
「ええ、そうかも知れません。けど、そうじゃないかも知れません」
「――どういう事だ」
そうしてネギ君は満面の笑顔を覗かせ、
「だって、エヴァンジェリンさんは僕の生徒じゃないですか。先生が生徒を助けるのに理由なんてありませんから」
「――――」
そのネギ君のお言葉を聞いて黙り込むエヴァ。
俺は逆に、欄干に寄りかかった姿そのままで込み上げてくる笑いを堪える。
ははは、エヴァ……お前の負けだよ。
そんな風に言われたらお前はこれ以上手が出せない。
「――――バカが……」
不機嫌そうなエヴァの声が聞こえる。
でもな、そういうバカは嫌いじゃない。――なあ、そうだろ? エヴァ。
◆◇――――◇◆
「これで僕の勝ちですね、エヴァンジェリンさん。約束通り父さんのこと教えてもらいますよ?」
「…………ちっ、わかったよ。そういう約束だったからな……」
ネギ君が橋の上に戻ってきたのを境に、エヴァとネギ君を中心に集まっていた。
その場に、エヴァは思いっきり不機嫌そうな顔をしながらもネギ君の言う条件を飲み込んでいる。
魔力の有無に関わらず、その雰囲気は元々のエヴァに戻っていた。
「あと、悪い事もやめて授業にもしっかり出てもらいますからね♪」
ネギ君がおどけるように言う。
いや、実際テンションが妙に高い。そんなにエヴァに勝ったのが嬉しいのだろうか?
「ちょっと待て! 私はそんな約束はしてないぞ!? 悪い事をしないと言うのは分からんでもないが、何故そこで出席の話が出てくるんだ!?」
「え? だって僕が勝ったんだし……」
「それは認めてやらんでもないが、そもそもそれは士郎の力による所が大きいだろっ。貴様一人の力で勝ったワケではないだろうが!」
「それに助けたのは僕ですし……」
「ぐっ! そこでそれを持ち出すか……!? ――くそっ、分かったよ、確かに借りができたからな……」
……ネギ君、スゲーな……。何気にエヴァを言い負かしてる。
俺には出来ない芸当である。
「えへへ……、あ、そうだ! 名簿のところに僕が勝ったって書いておこ~♪」
「っ!? き、貴様何をしている! やめろっ! 大体、いくら貴様等が二人がかりだったとは言え、停電が続いていれば私が勝っていた筈なんだからなっ!?」
エヴァは、ネギ君が何処からとも無く取り出した名簿を奪おうと必死になっている。
ギャーギャー騒いでる二人を尻目に、俺達外野は外野でのんびりと話をする。
「えー……っと、仲直りってコトでいいの?」
アスナが騒ぐ二人を指差しながら疑問系で話す。
「……どうなんでしょうか?」
「俺にはもう子供の喧嘩にくらいにしか見えないけどな……二人ともチビッコだし」
「――聞こえたぞ、士郎! 誰がチビッコだ!」
うお、聞こえた!?
なかなかの地獄耳で……。
「だ、大丈夫ですよエヴァンジェリンさん。呪いの事なら僕が、う~んと勉強してマギステル・マギになれたら解いてあげますから。そしたらもっと大きくなれますよ!」
「私は元々コレが素なんだよっ! 悪かったな!! ええいっ、そんないつになるか分からんモノを待つより貴様の血を吸えばすぐに解けるんだよ!」
「――あ、そうだ。まき絵さん達を治しに行かなきゃ」
「無視すんなっ! いいか坊や、私はあきらめた訳じゃないからな!? 満月の晩は背中に注意しておけよ!!」
エヴァのヤツ、怒ってるくせに何か楽しそうだなー。
子供扱いされんの嫌いなくせして、そうやってると子供以外に見えないし。
「ねえ……エヴァンジェリンっていつもこうなの?」
「ええ、まあ。最近は大体こんな感じです」
「ふ~ん……、で、なんで仲良いの? シロ兄と」
「シロ、にぃ……? ああ、士郎さんですか。それは――」
「あー……、それはまた後で話さないか? 色々説明することもあるし、なんか長くなりそうだし」
「ま、もう夜も遅いし別にいいけど……じゃ、明日シロ兄の店行くからその時で良い?」
「了解」
「んじゃー、私は帰るわ。今日は色々あって疲れたし……お~い、帰るわよ~」
アスナはそう眠そうに言うと、未だにエヴァと取っ組みあっているネギ君の首根っこをぞんざいに掴み、ズルズルと引き摺るようにして引っ張っていく。
「あ、コラ待て、神楽坂明日菜! まだ話は終わってないぞ!?」
エヴァはそれを追おうとするが、それは俺がアスナと同じようにエヴァの首根っこを捕まえる事によって押さえる。
「し、士郎、離せ! このままでは私の尊厳が~っ!!」
魔力を封じられているからだろう。
エヴァはバタバタ暴れるが、ぞの力は全然弱い。
「はいはい、エヴァも帰ろうなー」
エヴァの両脇に手を差し込み持ち上げて、茶々丸にポイッ、とパス。
さて、じゃあ俺も帰りますかね……。
「っ!? こ、こら、私をぞんざいに扱うな! ――――って、士郎、何処に行く?」
そのまま後ろ手にパタパタと手を振って帰ろうとする俺にエヴァの声がかかる。
え、何処ってそりゃ……。
「や、店に帰るんだけど……」
頭はフラフラするし足は痛いし……さっさと寝たいんだが。
が、エヴァはそれを聞くなり急に不安気な顔になった。
「――あ、士郎……そのことなんだが……。えー、あー、その……だ」
なにやらもったいぶるエヴァ。
ふむ、なにか言い難いことでもあるんだろうか?
「あー……エヴァ? 何言いたいか分からないけど、そんなに言い難いなら無理しなくてもいいんだぞ? 明日でも店に来てくれても良いし」
一日置けば言いたいことも纏まると思うし……、何言いたいか分からんけど。
「え……あ、そ、そうではなくてだな! だから、その……ああー、もうっ! ちょっと待ってろ、今言うからな!?」
パタパタ手を動かして俺を引き止めたかと思うと、今度は深呼吸なんかしている。
なんか知らんが忙しいヤツだ……。
で、どうでも良いんだけど……さっきから茶々丸に抱えられたままなんだが……いいのか?
茶々丸はエヴァの両脇に手を差し込んで、それを俺に向かって差し出している。
そうやって抱かれた? エヴァは感覚的に言うとプラーン、って感じである。
情けない事この上ないが本人が気にしていないなら良い……の、か?
「ふー……、よし、言うぞ!?」
「お? お、おう……」
むん、と言った感じで気合を入れまくってエヴァは覚悟を決めた。
「士郎、その……戻って来たかったら戻っても……構わん、ぞ?」
後半になるにつれドンドン小声になって行く。
「え?」
単純に聞こえなくて聞き返しただけなのだが、エヴァは一転してガーッ、と一気にまくし立てた。
「わ、私はどうでもいいのだぞ!? 茶々丸が……そう、茶々丸がお前にどうしても戻ってきて欲しいと言って聞かなくてなっ? そう言われては主人である私としてはその願いに応えない訳にはいくまい! それにお前には茶々丸を救ってもらった恩もあるし無下には扱えまいっっ! だから私は仕方なく、そう仕方なくそれに許可を出して更にお前がどうしてもと言うのであれば考えてやらんわけでもない!!?」
「…………………………………」
……ええ、と。
初めの感想としては、考えまくった割には話がぜんぜん纏まってないのな?
とりあえずエヴァの言葉を解読してみると、えっと……茶々丸が帰ってきて欲しい。そう言ってるって事なのか?
と、言うコトで茶々丸と視線をバシッと合わせてみる。
――そうなのか?
――戻ってきて欲しいとは思いますが、それをマスターにお伝えした事は無かったと……。
――じゃ、どういうコト?
――いつもの症状かと。
――いつものって言うと……アレか。
――ええ、照れ隠しかと……。
――なるほど……。
以上、アイコンタクト終了。
何気に茶々丸とは、意志の疎通が早い段階から簡単に出来ていた俺達なのであった。
これも家事をするを人間の同族意識と言う物なのだろうか。
しかし、何と応えたものか……。
「あのな、エヴァ。そりゃ、俺だって戻れるもんなら戻りたい」
「ならば――!」
「でもな、俺は自分の考えは変えられない。きっと、矛盾していると分かっていても何回だってそれを繰り返す」
「……………………」
「エヴァのマイナスになることだってしてしまうかも知れない。そうなればきっと今回と同じことの繰り返しだ」
「……………………」
「エヴァ、お前はそんな不利益を招くヤツを側に置いててもいいのか?」
「……………………」
「……………………」
無言。
俺は自分の考えをしっかりと偽り無く話した。
俺は変わらない。絶対に。
それが受け入れられない、となれば……戻るわけにはいかない。
帰るだけなら簡単だ。
でも、それはきっと……居心地の良い空間などではない。
俺がいる事によって暖かい空気が壊されるのは……耐えられない。
「…………士郎。だったら一つだけ答えてくれ。それを正直に答えてさえくれれば、他は必要ない」
「……ああ」
エヴァは何か大事なことを告げるように目を閉じた。
「――士郎、お前は私の家族か?」
「当たり前だ」
即答。
考える必要も、
言いよどむ時間も、
それ以外の余分な飾り立てた言葉も、
何もかもが必要なかった。
だからこそ、不純物など入り込む余地すらない位、剥き出しの俺の本心だった。
「――ああ、そうか…………。ならば戻ってきても……、いや、止めよう。お前を相手に飾り立てても仕方あるまい。――――帰って来てくれ、士郎」
「……サンキュ、エヴァ」
こうして、長かった夜は明ける。
あの日、エヴァの家から出て行った時と同じように辺りには暗闇。
けれど、そこに俺達を区切る壁なんてありはしない。
あるのは肌寒かろうとも暖かい空気。
「帰るか、士郎。――私達の家に」
「……ああ、そうだな。帰ろう」
俺は、ただ最後に――ありがとう、と呟いた。
◆◇――――◇◆
戦いは去った。
轟音鳴り響く戦場だったそこあるのは穏やかな静寂。
ある者は自らの重荷を自覚し、ある者達は自らの帰る場所を再び手に入れる。
だが――、
そんな静寂さを残した場所に不釣合いな影が浮かぶ。
到底人間とは思えない体躯。
言語を介するとも知れぬ異形。
感情と言う物が存在するとは思えない表情。
そんな異形が不気味に一点を凝視し続けていた。
「アアー……、家族ゴッコトカドウデモイインダケドヨォ……。俺、魔力ナケリャ動ケネェンダカラ連レテ帰ッテクンネェーカネ。ッテカ、放置ッテヒドクネェーカ?」
数十分後。
士郎が慌てて回収に向かいましたとさ。
~~O・MA・KE END~