で。
まあ、初っ端から罠にはまり始める訳でして……。
一人の小さな女の子が先導するように、慣れた感じでヒョイヒョイ進む。
その後を高い所が苦手なのか、一人の女の子が四つん這いになって高い高い本棚の上を進んでいた。
って、上歩くのかよっ。
「こ、この本棚……。結構高いよ、落ちたらケガするよー……」
その女の子がガタガタ震えながら、恐る恐る進んでいくと、
「あ、ソコ、気をつけてです」
なんでも無いかのように、先頭を歩く女の子が振り返りながら言った。
瞬間、
「――えっ……」
バコン、という音と共に、這っていた足場が消えた。
「――っきゃああーーーっ!?」
悲鳴を上げながら女の子が落ちていく。
今度も楓と呼ばれた子が助けると思いきや、
「――えいっ!」
落下した女の子が掛け声と共に、その手から何かヒラヒラした物を勢い良く放った。
それはまるで蛇のように細長く、意思を持っているかのごとく手摺に絡みついた。
「あわわわ――びっくりしたー」
…………や、あれでびっくりで済んだ君に俺がびっくりだ。
あの細長いヤツって、確か体操とかで使うリボンだろ? あれって人一人を支えれるくらいの強度あったのか……。
「……刹那。あの娘もなんかの達人だったりするわけか?」
「……い、いえ。その様な事は無かったと思いますが……ごく普通の一般人だったかと……」
「普通?」
「ええ、普通です」
「………………………」
「………………………」
「…………刹那」
「…………はい」
「……普通って……なんだろうな?」
「……私も最近分からなくなってきました」
刹那と二人、リボン使いの少女を無言で眺める。
その子はネギ君となにやら話しているがその声は聞こえない。
と、今度はその女の子が不意に踏み出した足元からカチン、と不気味な音がなった。
それに連動していたのだろう。
今度は頭上にある本棚が二人目掛けて落下を始める。
「――ハイヤーーッ!」
今度は古、と呼ばれた娘が落下してくる本棚を蹴りで弾き返した。
落下してくる本棚は相当の重量だろうに、凄まじいまでの蹴りだ。
「……や、皆凄いな、実際。あの年齢であそこまでの実力ってのは……」
「ええ、学ぶ道は違えど、素晴らしい錬度です」
「刹那も含めてなんだけどな……。本当、どんなことすればそこまで強くなれるんだか……」
「…………貴方がそれを言いますか」
「本心だぞ? だって俺がお前達の年頃だったころは全然未熟もいいところだったし」
「――本当ですか?」
驚く顔をされるが事実だ。
俺は本当に未熟だった。それこそ魔術の鍛練はしていたがまともに成功した事が無かった程に。
「事実だって。それこそ只のケンカにだって一杯一杯だったんだから」
「……にわかに信じられませんね。貴方ほどの御方が……」
「俺なんてまだまだ、だ。俺の師にあたる人達からは怒られてばっかりだったし……」
「士郎さんの師……ですか。どのような御方なのですか? 士郎さんの上に立つともなれば、さぞかしご高名な御方でしょうに」
「有名って言えばかなり有名だけど……」
俺の師と言えば魔術は遠坂、武で言えばセイバーにあたる。
セイバーは有名なんてモンじゃない。英霊と呼ばれる伝説の人物だ。
なんと言ってもセイバーはかの有名なアーサー王。
本来なら願っても叶えられない人物達が師なのだ。
「そうだな、師にはかなり恵まれてたな。それに引き換え、俺は出来の悪い弟子だったろうけどな」
「ご謙遜を……。貴方ほどの人物が育てば、師にあたる御方もさぞかし鼻が高かったでしょうに」
「だと良いけど……」
話を続けながらも前を行く集団を追う。
見ると、足元のおぼつかないネギ君をアスナがフォローしながら順調に進んでいる。
何気に面倒見のいいアスナだった。
そうやってどれ程歩いただろう、どうやら休憩を取るらしく弁当の準備をしていた。
「休憩みたいだな」
「ええ」
「そういえば刹那、晩飯は?」
「夕食、ですか? いえ、私はまだ……」
「そっか、だったら俺等も飯にするか」
手に持った包みを解きサンドウィッチを取り出す。
「あ、それはお弁当だったのですか?」
「ああ、ちょっと時間なかったから家で食べようと思って作ってきたんだ。ほら、刹那も食えよ」
「え、あ……いえ、それは士郎さんの夕食でしょう。私が貰うわけにはいきませ、」
刹那がそう言った瞬間。
くー、と可愛らしくお腹がなった。
「――あ」
無論、俺ではない。
俺だったらそもそも”可愛らしく”なんて表現は使わないし、音も”ぐー”って感じだろう。
音源は目の前で真っ赤になってお腹を押さえている刹那だ。
「あの、その、これは…………」
しどろもどろと弁明をしようとしている刹那だったが、しっかり聞こえてしまったのだから仕方ない。
「…………食べような、刹那」
刹那は俯き、蚊の鳴くような声で「いただきます……」と呟いた。
俺達が食事を終える頃。
タイミングよくアスナ達も休憩を終えたようだった。
「――しっかし、アレだな。いくら地下に向けて増設したって言っても、限度ってもんがあるだろ、これは……」
前を歩く一行から目を離さず一人ごちる。
広大すぎるフロア。
あり得ない高さの本棚。
そこに収まる桁外れの蔵書。
そして立ちはだかる数々の罠。
………………………………。
どう考えても最後のくだりがありえねえ……。
こうやって見るとあれだな。
……本、読ませる気、ないだろ絶対。
なに考えてんだこれ作ったヤツは――って学園長か……。
あの人も何だかなぁ……。
「――士郎さん。……士郎さん? どうかしましたか?」
「……刹那、世界ってのは世知辛いもんだな…………」
「……は?」
「いや、こっちの話。で、どうした?」
「あ、……なにやら目的地に着いたらしいのですが……」
「お、ようやくか……」
前を見てみると匍匐全身するように狭い通路を這っていたアスナたちが、次々と天井に開いた穴から抜け出していた。
続いて聞こえる歓喜の声。
ここまでおよそ4時間。
それを乗り越えて来た感動はひとしおだろう。
「で、ここどこさ?」
刹那と二人、開いた穴からヒョッコリと頭だけを覗かせる。
パッと見は、もぐら叩きのそれに近い。
「随分開けた部屋のようですが……」
刹那の言う事はもっともだ。
今までは所狭しと本が並んでいたのだがここは違う。
本は部屋の脇にあるのだが、中央には台座のような物があり、その上には二体の巨大な石像が向かい合うように鎮座していた。
片方は剣を、もう片方はハンマーを構えている。
……や、なんで石像が?
「!? ――あ、あれはっ!?」
ネギ君の驚く声が聞こえる。
なにかを発見したらしい。
「あれは伝説の”メルキセデクの書”……最高の魔法書ですよっ!? あれなら確かにちょっと頭を良くするくらい簡単かも……」
…………待て。
今、色々聞き捨てなら無い事を言ったぞ。
メルキセデクの書ってあれか? 聖書に書かれている平和の天使の指導者で、高位の天使の名前を残したと言われる、それこそ聖遺物や宝具級の能力を持っていてもなんら不思議のない代物。
なんだってそんな書物がこんな所に置かれてんだ?
それとネギ君。君、堂々と”魔法書”とか言い過ぎ。俺的に減点1だ。
で、”頭を良くするくらい簡単かも”ってなにさ……。
情報を纏めるとアレか、あそこにおわすバカレンジャーさん達は成績が悪いから魔法書に頼ろうってことだろうか?
「………………………………」
………………あ、頭痛ーい。
ネギ君、俺は頭良くなる前に頭が痛いぞ……。
頭を抱える俺を他所に「これで最下位脱出よーっ」とか言ってアスナ達は本に向かって走り出していた。
すると、
――ガコン。
そんな音と共にアスナ達の足元の床が左右に割れた。
そしてその落ちた床から現れる新たな石版。
そこには、
~☆英単語TWISTER☆ver10.5~
そんな風に書かれていた。
「………………………………」
「………………………………」
刹那と二人押し黙る。
突っ込みどころが余りにも多すぎて、最早言葉がアリマセン。
「フォフォフォ……この本が欲しくば……ワシの質問に答えるのじゃー……フォフォフォ☆」
ズズゥ……ン、と轟音を立てて動き出す二対の石像。
更に駄目押しである。
本来なら石像が動き出した時点で危機感を持ちそうな物だが、聞いた事のある声にやる気ゼロです。
つーか、学園長だし。この声。
「……刹那、これは俺の勘だけどな……多分危険とかないぞ?」
「……奇遇ですね士郎さん、私もそう思います」
なにやら悟りでも開けそうな、ハニワの表情で目の前の光景を見守る俺達二人。
アスナ達は石像……もとい学園長から出題される問題をツイスターで必死に答えて行く。
…………そんな間の抜けた光景に危機感を持てと言うのは酷だろう。
「――最後の問題じゃ……”DISH”の日本語訳は?」
漸く最後の問題らしい。
確かに終盤らしく、アスナ達はかなり無理のある体勢を維持している。
「わ、わかった! ”おさら”ねっ」
「”おさら”OK!!」
アスナとリボン使いの少女は、二人で力を合わせて文字の書かれたプレートを押さえて行く。
「お」
「さっ」
「「ら!」」
バン、と勢い良く最後のプレートを二人で同時に押さえた。
「……おさ”る”?」
ネギ君の呟きが聞こえる。
どうやら二人して違う場所を押さえてしまったようだ。
「――ハズレじゃな、フォフォフォっ!」
石像(学園長)はそうやって笑うと、何を考えているのかハンマーを振りかざすと――床を砕き落とした。
「って、落ちたーッ!?」
ツイスター板を砕くと、その下は真っ暗な闇。
そこに目の前の子達はみるみる吸い込まれていった。
なに考えてんだ学園長やりすぎだアンター!!
「――学園長っ! 何を考えているのですか!?」
刹那が穴から飛び出し叫ぶ。
その気持ちは分かる、幾らなんでも洒落ですまない。
俺も刹那の後を追って穴から飛び出る。
「……ん? おお~! 衛宮君に刹那君か! どうしたのじゃ、こんな所で」
ハンマーを持った方は一緒に落ちてしまったので、残りに刹那が食って掛かったが、いつものノンビリした感じで返されてしまう。
「どうしたのじゃ、ではありません! このような事をして……気でも触れたのですかっ!!」
激昂と言っても良い位の剣幕を見せる刹那。
その片手はすでに夕凪を握っていた。
まるで破裂する寸前の風船を前にしているよう。
「――待てよ、刹那。学園長にも何か考えがあるんだろ。怒るのは話聞いてからにしよう」
夕凪を握る手を押さえるように手をかぶせ刹那を抑える。
「……士郎さん、…………分かりました」
刀から手を離すが怒気は孕んだままだ。
視線だけで射殺さんばかりに石像を睨みつけている。
「……で、学園長? 納得のいく説明してもらえるんでしょうね?」
俺も下手な弁解はミトメネェーとばかりに睨みつけてやる。
「う……そんなに怒らんでもええじゃろ……?」
石像のデカイ図体でジリジリ後退る。
「怒らないわけ無いだろうがっ、つーかなに考えてんですか!?」
「わかった、わかった……今説明するからそんなに怒鳴らんでくれんか?」
石像がふう、と溜め息らしきものを吐きながら「どっこらしょ」と台座に腰掛ける。どうでもいいが、無駄に人間くさい石像である。
「さて、何から説明したもんかの~……。まずはネギ君の課題の事は知ってるかの?」
「ネギ君の課題って……クラスの学年順位を最下位から脱出させるってヤツですか?」
「おお、知っておったか。その件での、実を言うと少々不安があったんじゃよ……」
「不安……ですか?」
石像は「うむ」と頷くと、ありもしない顎鬚撫でるように手を動かした。
「図書館探検部には『読めば頭が良くなる”魔法の本”がある』と言うウワサが流れておっての」
「それってさっきの本ですか?」
「うむ、アレはまあ偽物なんじゃがな……。もしウワサを真に受け安易に”本”の力に頼るようなら少々お灸を据えてやらねばと思っての?」
「……や、少々って……アレが?」
「フォフォフォ、なに、勿論怪我をせんように、仕掛けを幾重にも重ねておるから危険はないわい」
それを聞いて刹那がホッ、と安堵の息をつくのが分かった。
俺もそれを聞いて取り合えず気を緩める。
「でもこんな穴に落としたりなんかして……なにさせようってんですか?」
「この穴の先はじゃな、ワシが少々趣向を凝らして勉強しやすい環境を整えておいた」
「……こんな所にですか?」
「うむ、……気温は暖かく明るい空間。全教科のテキストは勿論、トイレにキッチン、食材も完備じゃっ!」
ぐっ、と握り拳を作って力説する石像……もとい学園長。
この人の情熱の傾け方、なんか間違ってる気がする……。
「でも、そんな状況でネギ君達、勉強とかしますかね?」
――断言しよう、俺なら間違いなくしない。
「ま、そこら辺は彼の采配次第じゃ。少なくとも環境的には雑念が入りにくい環境じゃから、本人達のやる気次第じゃな」
「…………危険とか無いなら俺は別に構いませんけど……」
刹那を横目で見やると、害意は無いのが分かったのか、俺に向けてコクリと頷いた。
「私も士郎さんと同じです。学園長もまさかお孫さんに危険な事をさせるとは思えませんし」
「そっか、それなら………………………ナンデスト?」
聞き捨てならんコトをサラリと言わなかったか、今。
「孫って…………誰が?」
「は? 誰と言われましても……当然、このかお嬢様ですが……ご存知なかったのですか?」
や、知らんですよ。
しかし、なるほど、言われて見れば苗字も一緒だし納得っちゃ納得だ。
あれ? でも、そうなると……。
「このかのヤツも魔法使いなのか?」
「あ、いえ……それは……」
何かを言いよどむ刹那。
む、なんか聞いてはいけない事だっただろうか?
「いや、孫は魔法使いではないぞえ?」
と、俺の疑問に答えたのは学園長だった。
「……そうじゃな、どうせなら衛宮君にも知っておいて貰った方が何かとやりやすいかも知れんの」
「はあ……やりやすいって……何がですか?」
「うむ、このかはの……魔法使いではないんじゃが、その身に宿した魔力は絶大な物があるんじゃ。それこそ単純な量で言えば全盛期のエヴァや、かのサウザンドマスターをも凌ぐ程じゃ。このか自身はその事に気付いておらんし、そのまま暮らせるならばそれが一番、と言うのがこのかの親の考えじゃ。じゃが、その力に利用価値を見出すような輩が現れんとも限らんでの、それゆえ守りの堅いこの麻帆良に住まわせてるんじゃ」
「なるほど……じゃあ俺も何かあった場合、もしくはそれを未然に防ぐ力になればいいんですね?」
「フォフォフォ、相変わらず察しが良くて助かるの。そういう事じゃ」
しかしこのかにそんな事情があったとは……。
俺としても、このかにはできる事ならなるべく平穏に過ごしてもらいたい。
「ええ、その時には全力をもって力になります」
「うむ、助かる」
「私からもお礼を言わせていただきます」
刹那が深々と礼をする。
「バカ、今から礼を言うヤツがあるか。俺はまだ何もしちゃいないし、第一その時になって俺が役に立つかなんて分からないんだからな」
笑って頭を下げる刹那の頭に手を置く。
「さて、それよりだ。あいつ等に危険が無いってなると、俺達がここにいる意味がなくなる訳なんだが……」
「うむ、それはワシが保障しよう。試験前日まではここにいる事になるじゃろうが……キッチリ見守っているから安心せい」
学園長は自信を持ってそう言い切った。
「じゃ、俺らは帰るか」
「は、はい! 学園長、お嬢様の事よろしくお願いします」
「ウム、任された」
で。
俺達は地上に帰る事になったのだが、
「――――あ、やば」
その途中、大変なことを思い出した。
考えてみれば今日はエヴァに早く帰るって約束してたんだった……。
現在の時刻23時を多少過ぎた辺り。
エヴァの事だから寝てはいないにしても、帰ったら間違いなく怒られる。
でも、
「……刹那。悪い。俺。先。行く」
「な、何故片言なのですか?」
それはもちろん怖いから。
エヴァの場合は怒るには怒るのだが、恐らくこの場合は拗ねるのも入って、半泣きで怒る。
人間誰しも泣く子には勝てんのですヨ。
訝しむ刹那を尻目に全力で駆け出す俺。
後ろでは「士郎さんっ!?」と叫んでいるが今は聞こえない。
人間、頑張れば限界だって超えられるのである。
まあ、その限界をこんな所で突破するのは俺としても間違っていると思うが。
◆◇――――◇◆
後日談として話そう。
ネギ君達は結局試験ギリギリになって受験する事になった。
そして結果発表の際に学園長のミスでまたもや学年最下位となってまた一悶着あったが、結果としては再計算の末になんと学年トップにまでなったらしい。
それには素直に賞賛を送りたい。
…………ここで話が終わればハッピーエンドなのだが、世の中そんなに甘くない。
刹那を置いて全力疾走で家に辿り着いた俺を待っていたのは、予想通り半泣きでクッションを抱えてこっちを睨みながらむーむー唸るエヴァだった。
俺の平謝りはそれこそ深夜遅くまで続いた。
無論、次の日は壮絶な睡眠不足に襲われる羽目となったのだった。
誰かが幸福になれば誰かが不幸になる――そんなお話……なのか?