「……今までお世話になりました」
長年世話になっていた師匠に声を挨拶をする。
俺が弟子入りした時から、全く姿が変わらないその男は、こちらをちらりと見て
「ああ」
と答えた。
最後までこの人の事は、何一つ分からなかったな。
俺が研究所を追放された時も、初めて魔法を成功させた時も、この国を出ると告げた時も、この人は何の感情も見せなかった。
ただ、「そうか」と言っただけだ。
「……どこへ行くんだ?」
「さあ、出来るだけ遠くへ行くつもりです。」
「……そうか。研究は?」
「もちろん、続けます」
この人にとって俺はどんな存在だったんだろう。
気まぐれでとった弟子か?
……もうどうでもいい事だが。
「……では。失礼します」
「……待て」
「……?」
振り向く。
袋をこちらに投げてくる。
中身は……大量の金貨だった。
「これは……?」
「ワシには必要ないものじゃ。研究するにしろ何にしろ、金はいるじゃろ?」
「……でも!」
なんだって急に、こんな……!
俺の事なんて、どうでもいいんじゃ無かったのか。
「……頭の固いガキ共は、お前の理論を完全に否定したようじゃがな、ワシはそうは思ってはおらん」
「……」
研究所の最高権力者をガキか……
「既に、ワシは引退した身じゃ。何の発言権も持っておらん。お前にしてやれるのはこれぐらいじゃ」
「しかし、こんなに!」
「良い。どうせ老い先短い身じゃ……そうじゃのう、もし理論が完成して、その時ワシが生きておったら、発表する前にワシに見せてくれんか?」
「……はい。最後に聞きたいのですが?」
「なんじゃ?」
「どうして俺を弟子にしたんです?」
師匠は昔を懐かしむ様な目をして
「……お前の事を気に入ったからに決まっておるじゃろう。」
そう、初めての笑顔で言った。
「……ありがとうございました。行くぞシルフ」
部屋を出る。
今俺はどんな顔をしているのだろう。
ずっと聞きたかった言葉を聞けて。
俺が部屋を出て
「……シルフ。弟子を頼んだぞ」
「……はい。お元気で」
そんな会話があったそうだ。
第五話 こたつ上の決闘<賭博黙示録 ナナシ>
<うぅ……泣けますねぇ。私こういう男同士の友情に弱いんですよぉ。いい夢を見ました……こういうのってBLって言うんですよね?>
「気色の悪い事を言うなっ!塩水につけるぞ!」
<勘弁して下さい……あれ、地味に辛いんですよぉ……>
弱弱しい声を出すシルフ。
……ノリで切れてみたがBLってどういう意味だ?
B L
バーニング ラブ?
バーニング ライブラリー?
……とにかく暑そうな言葉だ。
「おい、配ったぞ」
エヴァが声をかけてくる。
ババ抜きをするんだったな。
……さて
「始める前に一つだけ言っておく」
「……?」
「……なんだ」
「イカサマは許さん!」
「……一番しそうな男が何を言う」
「あと、罰ゲームは絶対遵守だ!」
「ふん、分かっている。……ククク、まあ罰ゲームを受けるのは貴様だがな」
……言ってくれる。
ちなみに罰ゲームは自分より下の相手に出す。
つまり、一位から三位が執行する権利を持っているということだ。
エヴァが勝てばまず、俺に罰ゲームをやらせるだろう。
……なんとしても、エヴァには勝つ!
……どんな手を使ってもなあ!
<マスター>
「……何だ?」
<エヴァンジェリンには絶対勝って下さい!>
もとよりそのつもりだが?
「一応聞くが、何でだ?」
<あの女……いや、あの雌はマスターの体を狙っています!>
「……」
<マスターの貞操を狙っています!>
「言い換えんでも分かるわ!……根拠はなんだ?」
<乙女の勘です>
……言い切ったな。
「……そんな事はありえないだろうが、まあ大丈夫だ」
<何か策でも?>
「ああ。負けたときの最後の手段もある」
<流石はマスター!なんという……なんという九州男児!>
九州男児は関係ない。
「まあ、それは最後の手段だがな。勝つための布石もある」
注意すべきはエヴァだ……
ヤツは普段でこそあんなだが、こういった駆け引きは異常に強い。
10そこそこのガキとは思えんほどに……
ヤツを攻略することがこのゲームに勝つための鍵と言えるだろう。
次は茶々丸さんだ。
彼女の強みはそのポーカーフェイスだ。
逆に言えば少しでも表情に出れば、一気に攻略できる。
こうみえても俺は茶々丸さんの表情を読むのがうまい。
攻略は簡単といえるだろう。
だが、気になることが一つ。
……妙にやる気満々だ。
最後にチャチャゼロ
こいつは……
(おい、聞こえるか?)
(アア、感度ハ良好ダ)
(手はずは分かってるな?)
(アア。御主人ニ取ラレタカードヲ言エバイインダナ?)
(完璧だ)
……こういうことだ。
ぶっちゃけグルである。
ラインを結んでいるので念話ができるのだ。
これでエヴァの手札をある程度予想できる。
終盤手札が減った状態ならなおさらだ。
相手の手札にジョーカーがあるのが分かるのも心強い。
どんな相手でもジョーカーを持っていれば少なからず反応がある。
その反応を見てジョーカー以外のカードを引けばいいのだ。
……容易い
(ソレニシテモテメェモ悪ダナァ。イカサマヲスルナ、カ。聞イテアキレルゼ)
(いい事を教えてやる。ばれなきゃ、イカサマじゃ無いんだよ)
(ケケケ、イイ事言ウジャネエカ)
(ククク、褒めても何も出んぞ……)
(<尿は出ます>)
(出るか!聞いていたのか、シルフ……黙ってろよ)
(<はいそれはもう。マスターの勝利のために>)
(ソレデ、分カッテルンダロウナ?)
(ああ、約束のブツはちゃんと渡す)
ちなみにブツとはコレクションの剣だ。
中にいた時、大層気に入った物があったらしく、しきりにねだられていた。
まだ、存在年数も浅いもので精霊もいない。
それなのに、何で持っていたかというと。
まあ、なんとなくその時は気に入ったからだ。
(<マスターは衝動的に拾ったモノを入れる性癖がありますからねぇ>)
「変な言い方をするな!俺が変態みたいだろ!?……ハっ!?」
「……」
「……」
いきなり叫び出した俺を二人が変な目で見る。
しまったっ……。つい興奮してっ。
「ご、ごほん!じゃ、じゃあ始めるか!」
……babanuki……
ゲームも中盤に入った。
俺の手持ちのカードは三枚。
エヴァのカードは二枚。
俺のカードはキングとクイーン。
エヴァのカードもキングとクイーン。
さっきはジャックをひかされたが……。
(オイ、御主人ガジョーカーヲヒイタゼ)
……来たっ……。
エヴァの表情を見る。
眉の一つも動かさないっ……!
流石にやるっ……!
どんなポーカーフェイスがうまいヤツでもここまではっ……!
それでこそ俺のライバルっ……!
だがっ……!
手札にジョーカーがある以上、なんらかの反応を示すっ……!
<ざわ……ざわ……>
いくら表情を取り繕おうが俺がジョーカーを選ぼうとした時必ずっ……!
……ヤツは微笑むっ……!
常人には分からないほどの小ささで、微笑むっ……!
「さあ、ひけ」
こちらにカードを出す……
俺は恐る恐る手を左のカードに……
ヤツの表情は変わらない……!
手を右に……
変わらない……!
<ざわ……ざわ……>
真ん中に……っ
「……っ」
見えた……!
今確かに……!ヤツの顔が……!……微笑んだ……!
普通は気づかないっ……!
だがしかしっ……!
分かる……!
これはジョーカー……!つまるところジョーカー……!
ひくな……!
これはひくな……!
これは死神……!
ウイルス……!
これ以外なら……!
俺の勝ちっ……!
左のカードをひく
一瞬エヴァの顔が……!
絶望に染まる……!
カカカ……!
その顔っ……!
その顔っ……!
裏向きのカードをこちらに寄せる
何だ……!
王のキングかっ……!?
王女のクイーンかっ……!?
<意味被ってますよ>
裏返す……!
どっちだ……!?
「…………!?」
ジョーカー……!
死神のジョーカー……!
<マスターに電撃走るっ……>
馬鹿なっ……!?
ありえないっ……!
読み違えたっ……!?
偶然……偶然……!
エヴァの顔を見る
「……クク」
……笑っている……!
……笑っている……!
騙されたっ……!
ヤツは気づいていた……!
俺がジョーカーを持っていると知っていることにっ……!
そのうえで……!
俺を騙しっ……!
やられた……!
うう……!
悔しい……!悔しい……!
認めたくないっ……!
だがっ……!認めなくてはならない……!
勝つために……勝つために……!
負けた……!
だが……!
一度……!
一度負けただけ……!
次は勝つ……!
そのためにはこのジョーカー……!
引き取ってもらう……!
ジョーカーは……真ん中に……!
「はい、茶々丸さん」
カードを出す
……さあ!
ひけ……!
ジョーカーを……ひけ……!
ひけ……!
ひくんだ……!
<マスター軽くキモイんですが……思考がダイレクトに伝わってくるんで>
「はい、ひきます」
指が真ん中に……かかる……!
よし……!
そのまま……そのまま……!
カードを……ひけ……!
ひけっ……!
ひけっ……!
ひけっ……!
「……異常な心拍数を感知。……回避します」
指が隣に……!
うそっ……!?
ないっ……!
それはないっ……!
ああっ……!
待て……!
キング……俺のキングっ……!
行かないでっ……!
俺を助けてっ……!
「……キングを頂ました」
声に出してるっ……!
ていうかっ……!
「それは反則だろ!?」
「……はあ」
「はあって!?茶々丸さんといえど容赦はせんぞ!?」
「……ですがルールに相手の心拍数の感知が反則とは……」
「んなもん載ってるか!」
<マスターが茶々丸に……初めてでは……>
「何でもありになっちゃうじゃん!だったらチャチャゼロと念話してる俺もありだろ!?……はっ!」
<……マスター、今のはちょっと……わざとじゃ……>
殺される……。
エヴァに殺される……。
……エヴァを見る。
「クックック……」
笑っている。
想像しているのか……!
俺の無残な姿を……!
「もちろん気づいていたさ……。イカサマをしていたことはな。だが敢えて無視した。……おかげで良いものが見れた。……クク」
何だと……!
気づいていた……!
そして優位に立ったつもりでいる俺を笑っていた……!?
まさか……!まさか……!あの時の微笑みは……!
<……あの、マスター。もうこれやめません?……しんどいんですけど>
もうちょっとだけっ……!
<はあ、まあいいですけど。……ざわ……ざわ……>
どこまでやったっけ……!?
<微笑みまでです>
そうか……!
……
微笑みは……!
無駄な足掻きをする俺への……嘲笑……!
……悪魔……!
まさに悪魔……!
悪魔の所業……!
それにイカサマがばれた……!
命……!俺の命……!
「イカサマについては不問にしてやろう。……面白いものも見れたしな。もちろん次は無い」
やった……!
助かった……!
まるで砂漠から一気にオアシスっ……!
命がこんなに尊いものだったとは……!
神……!
神はいる……!
俺を見ている……!
ありがとう……!ありがとうっ……!
「あとそれやめろ。アゴが長くなってキモイんだ」
……それがいいんだ……!
……じゃなかった、それがいいのになあ。
まあいい、命が助かっただけ儲けモノだ。
……babanuki……
既に何順かした。
俺の手元にジョーカーは無い。
誰が持っているか分からない。
……おそらく、そろそろ決着がつくだろう。
「……ひけ」
カードをひく。
「……!」
ジョーカー!
……顔に出すな!
……絶対に表情にだすな!
出したら負ける!
「……っ」
「……ほう」
堪えた。
何とか堪えた。
あとはこのジョーカーを何食わぬ顔でひかせるだけだ。
シルフが叫ぶ
<あっ、マスター!ジョーカーですよ!>
ピシリ、と
何かが壊れた。
おそらくそれはもう、限界でどこかに発散せねば、いずれは暴発していたものだろう。
それが、さっきの台詞で、爆発した。
……それだけだ。
<マスター、どうしたんですか?急に立ち上がって。窓を開けるんですか。ん~、いい風ですねぇ。……えへへ、少し寒いですね>
首にかけていたチェーンを外す。
もちろんシルフは俺の手元にあり、重力に引かれて床に落ちることはない。
<どうしたんですか、マスター?急にポーズを取って。あっ、これ見たことあります、テレビで!えーと遠投でしたっけ?その時のポーズです!>
俺はニコリと笑う
そして回る!
その場で回る!
<目が~、目が~、回ります。ますた~、世界が~。は!?つまりこれが地動説!>
そして!
あとは分かるだろ
<きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………>
投げた!
「悪は去った……」
再び座り込む
「……」
「……」
「……何か?」
「……いや、続けよう」
……babanuki!……
ゲーム終了。
俺は最下位だった。
三位から順に命令を出す。
三位はチャチャゼロ
「アレヲ寄越セ」
「……ほら」
ブツを渡す。
本来ならイカサマがばれた時点で取り消しになったものだ。
これが罰ゲームなら安い。
……次は茶々丸さん
「……私は……」
チャチャゼロに目を向ける
「俺カヨ。ッタク」
俺じゃなかったんだ……。
「何シロッテ言ウンダ?」
「……お耳を拝借」
ごにょごにょと擬音で表すとそんな感じで会話をしている。
……何だろ?
終わったみたいだ。
何故か、茶々丸さんの顔が赤い。
「……ソンナンデイイノカヨ」
「……はい」
「チッ、分カッタヨ。オイマスター」
「その呼び方だと<オイマスター>って星みたいだな。なんだ?」
「……今日一緒ニ風呂ニ入ラナイカ」
「……はあ?」
何言ってんの?
「別ニ深ク考エルナ。主従ノ絆ヲ強メル程度ノ考エ方デイイ。ソレトモ俺ニ欲情スルノカ?マア、時計ニ欲情スルオ前ナラアリエルカ」
「それなら別構わないが……。あと時計に欲情したことは無い」
<呼びましたっ?>
「うわ!」
突然胸元から声がする。
別に、突然俺の胸に二つの膨らみが出来てそれが話しかけてきた、というわけでは無いので安心しろ。
あるのは時計だ。
<マスター!酷いですよ、いきなり投げて!凄く怖かったんですからね!?月に出来た新しいクレーター、あれ私ですよ!>
「お前、それは嘘だろ……」
<飛んでる途中に忍者にぶつかったし。……そう、忍者ですよ!マスター!>
「はいはい。それにしても何で……?」
シルフが<本当ですよ!>とうるさいが無視。
何故戻ってきたんだ……?
……あ
ていうか、俺がそう設定したのか……。
こいつ、俺から離れて時間が経つと勝手に転移してくるんだった。
……完全に忘れてた。
<ジャア、アトデ待ッテルゼ>
「ああ……うん」
<何の話ですかっ?>
「何でもないです!」
……何故茶々丸さんが言う?
まあいい。
……残りはコイツか……。
「クックック……」
……わろてるで。
いやだなぁ。
……続きは次回で
「おいっ!」
<幕降ろしまーす>
「こらっ!?」