「ふぁ~……眠い」
教室の扉の前で欠伸をかみ殺す。
<もう、マスターったらしっかりして下さいよっ。生徒達に笑われちゃいますよ?>
「む」
それはいかんな。
俺は人を笑うのは好きだが、笑われるのは嫌いなんだ。
「せいっ!」
パンッ、と自分の頬を叩き……と思ったが、痛そうなので通りがかった瀬流彦先生にピースをした。
ピースし返してきた。
なかなかノリがいい先生だ。
さて……
「今日もピリッと行きますか!」
番外編 基本的にこんな感じの仕事
扉を開け、教室に入り――
「……う」
頭上から落ちてきた黒板消しが頭に着地した。
そのまま教卓の前まで歩き、教卓をバンッと叩く。
生徒達を睨みながら
「朝から舐めたまねしてくれるじゃないか……誰だ! これを仕掛けたのは!?」
黒板消しを指差す。
生徒達は無言で、気まずそうな顔でこちらを見る。
ふん……だんまりか。
「お前か! 楓!」
「拙者が師匠にそんな真似をするはずがないでござる」
手をパタパタと否定する。
「……あの」
恐る恐る手を挙げたのは綾瀬夕映だ。
「何ぃ!? お前がやったのか!? ……はっ!? ま、まさか前にお前がいない隙にジュース飲んで、余りのマズさにそのままジュースに逆流させたことを恨んでの犯行か!? つーか何あのみたらし団子ジュースて」
「初耳ですよ!? しかも私それ飲んだですよ!?」
凄くマズかった。
噴出さなかっただけマシだと思う。
「そ、その事については後でしっかりと追求させてもらうです」
「追求する者には死が訪れる」
「しっかりと追求するです。……で黒板消しを仕掛けた人ですが」
む、そっちの方が重要だ。
この俺にあんな真似をする愚かな人間は誰かな……クク」
「先生が自分で仕掛けました」
「……」
<あ! そう言えばそうでしたね。「へへへ、こんなのに引っかかる奴がいたら大笑いだぜグヘヘ」とか言って仕掛けてましたね>
「出席を取る」
「誤魔化したです!?」
出席簿を開き名前を呼ぼうと、
「あ、あの……ナナシ先生?」
「どうした、いいんちょ?」
「……ネギ先生は?」
……。
あーそうか。
「死にました。死因は紅茶の飲みすぎだ」
「はいぃ!?」
「適当言うんじゃないわよ!? 風邪よ、風邪! 今頃部屋で寝てるわよ!」
アスナが言った。
そういうわけである。
やっぱアレかな。
昨日二人で卓球してたのが原因かな……?
妙に白熱して、二人とも上半身裸だったからな。
でも俺はピンピンしているんだが……鍛え方が違うんだな。
「というわけでネギ君は休みです。で、今から出席を取るから呼ばれたら、元気に返事と最近あった印象的な出来事を報告してください」
「また面倒なことを……」
アスナが嫌そうに言った。
「えー、では1番……相坂さよ」
『ハイ! え、えーと最近あった出来事は……えーと』
「2番、朝倉和美さん」
<マスター、まだ喋ってる途中なのに酷いじゃないですか。マスターも悪気は無いんですよ、さよちゃん?>
『い、いえ! いいんです! いい人なのは知ってますし……見えないから仕方ないんですよ』
<さよちゃん……>
……さっきからシルフが誰かと話している。
そこには誰もいないんだが……なんか怖い。
気にしないことにしよう。
「はーい! 最近あった出来事は……この間、ナナシ先生の後つけてて、裏路地の行き止まりで先生が消えたんだけど……どういう事?」
「ストーカーはやめろ」
「だって先生って何か秘密ありそうじゃん、ネギ君もだけど」
最近誰かにつけられてると思ったらこいつか……。
……。
「4番綾瀬……ゆえっち」
「そこまで言ったんなら最後まで名前で呼ぶです! 最近あった出来事は……この前の休みの日に、先生が公園のベンチの下に蹲っているを見たですけど何をしてたですか?」
「内緒」
……。
「7番……かきざきいぃぃぃぃっ!!?」
「な、なに!?」
「特に意味は無い」
……。
「8番、神楽坂アスナ」
「はいはい」
「パン買ってこい」
「いやよ!? 何であんたのパシリにされないといけないのよ!?」
「パシリとパシェリーのどっちがいい?」
「どっちも嫌よっ!」
<わがままですね>
……。
「10番、茶々丸さん」
「はい。最近私は思うのですが……人とは一体何でしょうか? 何をもって人と定義されるのでしょうか? ……私には分かりません。……私はどうしたら人になれるのでしょうか」
「茶々丸さん……」
「……申し訳ありません……私は……」
茶々丸さんの席まで行き、手を握る。
「俺にはさ、その答えは分からないけどさ……どうでもいいんじゃないかな?」
「……え」
「だって……茶々丸さんは茶々丸さんじゃないか」
「私は……私……?」
「そうだよ、茶々丸さんは茶々丸さんで……俺の大切な……」
「大切な……何でしょうか?」
「……大切な……大切な……家族だよ」
ガタン。
生徒達が次から次でと席を立つ。
「そうアル! 茶々丸は茶々丸アル!」
「そうよ!」
「いい事言うじゃない!」
「感動したわ!」
パチパチパチ!
拍手が響く。
「みんな! 先生と茶々丸さんを胴上げよ!」
ワーッショイ! ワーッショイ!
「皆さん……ありがとうございます」
「お前ら、サイコーだ!」
ワーッショイ! ワーッショイ!
「……何だこの茶番」
長谷川千雨の呟きは喧騒に掻き消えた。
……。
……。
「えー、では12番クーフェイ」
「はいアル!」
いい返事だ。
「最近あった印象的な出来事アルかー……特にないアル!」
「あるのか無いのかどっちだ」
「ないアル!」
……。
「13番、近衛木乃香」
「はーい。最近あったのはなぁ……あ! 実家の方からおっきいスイカが届いてん。ナナシ君食べにくる?」
「いくいく! 今から行こうぜ!」
「授業しなさいよっ!」
……。
「14番、早乙女ハルナ……パルパル」
「はい。この間、ナナシ先生とネギ君が一緒に銭湯に行くの見たんだけど……」
「ん? ああ、行ったよ。ネギ君、銭湯に行ったこと無いって言ってたからさ、連れて行ってあげたんだ」
「へ、へー……ふーん」
「何だその怪しげな笑みは」
……。
「15番、桜咲刹那……せっちゃん」
「はい。先生、今日の放課後よろしくお願いします」
「あー、うん」
いわゆる一つの鍛錬だ。
たまに一緒にする。
相手がいると非常に良い鍛錬になるそうだ。
「せっちゃん、ナナシ君と何かすんのー?」
「へ? え、ええ、少し用事が……」
「ウチも行ってええ?」
「ええ!?」
「あかんの? ……せっちゃん」
「是非来て下さい!」
木乃香のウルウルとした視線に刹那は負けた。
修学旅行終わってから、大分仲良くなったな……いい事だ。
「16番、佐々木まき絵……まっきー」
「はーい! ねえ先生、ネギ君のお見舞いに行っていい?」
「いいよ。ネギ君ラムネが大好物だから持って行ってやれば喜ぶよ」
「……それあんたの好物じゃないの」
アスナがボソリと言った。
…….
「19番、超鈴音……ちゃっぴー」
「……」
「ん、何だよ?」
「……いや、何でもないネ」
何だ今の何かを探るような視線は。
……。
「20番、長瀬楓」
「師匠! 拙者にあだなは無いのでござるか?」
「えー……忍ペンまん丸」
「不服でござる!」
「今度までに考えとくよ……あと返事しろよ」
「はいでござる。最近の出来事は……この間のかくれんぼで結局師匠は見つからなかったでござるが、一体どこに隠れていたでござる?」
「修行が足らん」
正解は公園のベンチの下。
……。
「22、23番の双子」
「色々と酷いよ!」
「ボク達一まとめ!?」
……。
「24番、葉加瀬聡美……ハカセ」
「はい」
「ハカセ、例のアレはどんな感じだ」
「ふふふ、今最終調整中ですよ」
「そうかそうか……ククク」
「例のアレって何でござる?」
「え? えー……あー……安眠まくら?」
「何で疑問系でござる?」
……。
「25番、長谷川千雨……ちうたん」
「……っ。……はい」
「最近あった印象的な出来事は?」
「ねーよ……無いです」
「あのコスプレいい感じだったよ」
「言うなよっ!? 二人の時に言えよっ!」
他の皆は?といった感じの反応だった。
……。
「26番、エヴァ」
「……」
「おい、エヴァ」
「……zz」
寝てる。
そうか……昨日遅くまで一緒にテレビ見てたからな。
はは……仕方ない。
「茶々丸さん、何か顔に書いといて」
「分かりました」
……。
「27番、宮崎のどかさん」
「は、はい」
「ネギ君とは上手くいってるか?」
「え、ええ!? い、いえそのあの……」
<この間、図書館でデートしてませんでしたか?>
「ち、違います! あ、あれはデートとかじゃなくて……その、ネギ先生がオススメの本を教えて下さいって……言ってその……」
顔を真っ赤にして俯く宮崎だった。
……。
「29番、雪広あやか……いいんちょ」
……ん?
「いいんちょ?」
あれ?
っていうか席にいない……。
「あー、ネギ君が風邪って聞いた瞬間に出てったよ」
隣の朝倉が言った。
……。
いいんちょ、欠席と。
……。
「えー、では授業を始める。居眠りした人には、漏れなく落書きがついてくるので気をつけろよ」
<皆さん、勉強は嫌いだと思います。ですがきっと役に立つ日がきます! 将来きっと役に立ちます! 私が言うんだから間違いありません>
「お前に言われてもしっくり来ないと思うぞ」
<皆さんも頑張って勉強して私のようなカッコイイ時計になってくださいねっ!>
無理だろ……。