シルフさんの前回のお話。
いやー、びっくりしました!
何がびっくりしたかって、あのネギ君が急にマスターに襲いかかったんですよっ!
いくら麻帆良一の策士と名高いこの私とはいえ、全く予想出来ない事態でした!
そして大ピンチなマスター!
顔を歪めて、絶望に打ちひしがれるマスターを見て私は興奮……じゃなくて、自分の無力さを嘆きました!
そして今まさにマスターの唇が奪われるといった瞬間!
一陣の風が吹きました!
その風はネギ君を吹き飛ばし、マスターを助けたんです!
いやぁ、格好良かったです。危うく私も惚れちゃうところでしたっ!
あ、あと何か茶々丸が電波を受信したそうです。
その辺の話だそうです。
あと、マスター出ないそうです。
幕間「エヴァさんと茶々丸さん」
エヴァは走っていた。
「ナナシさんが呼んでる」
と言って家から飛び出した従者を追いかけるためだ。
「……はぁっ、はぁっ」
茶々丸を追いかけた先は家の庭だった。
今のエヴァの体はそこら辺の子供と同じな為、数メートル走っただけで息が上がってしまった。
「お、おい茶々丸っ、急になんだっ」
突然の奇行を従者に問う。
「……」
しかし茶々丸は返事を返さない。
「おいっ!」
再び呼びかける。
茶々丸はようやく今気付いたかの様にその視線をエヴァに向ける。
「どうかしましたか、マスター?」
「どうもこうもあるか! 一体なんだ、急に庭になんて来て!」
「ナナシさんが助けを求めていますので」
「……は?」
エヴァは混乱した。
助けを求めている? ナナシが? 何故? というか何故分かる? 盗聴機でも付けているのか? そして何故庭に?
混乱しているエヴァをよそに茶々丸は庭にしゃがみこんだ。
庭には茶々丸が育てている野菜や花、ナナシが育てている金のなる木(比喩でなく本気で小銭を植えている。そして何故か芽を出している)の畑や花壇が存在していた。
(何故庭に来る……? このタイミングで土いじりか?)
エヴァは茶々丸の行動を訝しげな目で見る。
「……ん?」
目をこらしてみると、茶々丸は地面を押しているようだ。
さらによく見ると、押しているのは何らかのコンソールのボタン。
(な、何故庭にボタンが……?)
何に使用するのか、土の温度でも調整するのか、何か出るのか。
エヴァの疑問は尽きない。
流石に我慢出来なくなったエヴァは茶々丸に問いかける。
「お、おい茶々丸……そのボタンは一体なん――」
「マスター、少しお下がり下さい」
エヴァの問い掛けを遮り、茶々丸が言った。
そこ、というのが自分が立っている場所だと気付いたエヴァは、茶々丸の変なプレッシャーの圧され後ろに下がった。
そのエヴァの様子を見た茶々丸は再びコンソールに向かった。
そしてエンターキーを押した。
押すと同時に地面が揺れる。
「な、何だ!? じ、地震か!?」
突然発生した揺れにエヴァは軽く混乱した。
「落ち着いて下さい、マスター。そして涙を拭いてください」
「泣いとらんわっ!」
(……ん? 今のやり取りはどこかで……)
はて、と考える。
(あ、そうか。ナナシとのやり取りか……また茶々丸に変な影響が……)
ああ、昔は良かった……茶々丸は自分をしっかりとマスターだと認識していたし、自分の事を最優先に考えていたし……。
そんな風に過去を懐かしんでいたエヴァをよそに揺れは続く。
揺れが増すにつれ、地面に切れ目が走り広がっていった。
すわ地殻変動か!? などとエヴァが戦慄しているとその切れ目の中に何かが見えた。
「……か、階段?」
地面が割れ、現れたのは地下に続く階段だった。
揺れが止まり、階段が完全に姿を現わすと茶々丸は一目散に階段を下りていった。
「わ、私の家の庭に階段が……? まっ、待てっ、茶々丸!」
呆然としていたエヴァは茶々丸が階段を降りていくのを見て、慌てて後を追った。
階段を降りるとそこは何らかの施設らしきものだった。
一本の通路が存在してその脇の壁に幾つものドアが存在している。
分かりやすくいえば、何かの研究施設のようだった。
「待てっ、茶々丸!」
ずんずんと進んでいく従者になんとか追いつき、スカートを掴むエヴァ。
多少引きずられた後に茶々丸は停止した。
「……何でしょうか、マスター?」
「色々と聞きたいことがある」
「手短にお願いします」
停止した事を確認したエヴァは、引きずられた時についたホコリを手で払い指を突き出し言った。
「ここは何だ!?」
「秘密基地です。正確には『主にエヴァに秘密基地』です」
「……誰が作った?」
「私とナナシさん、時々ハカセ、ところにより学園長です」
「……」
エヴァは頭を抱えた。
自分が知らない間の勝手に地下に基地が作られ、しかも作ったメンバーに突っ込みどころが多すぎるからだ。
(というかじじいまでいい歳して何をやっとるんだ……)
「……いつから作っていた?」
「丁度2年前にナナシさんの『秘密基地を作ろう』の発言より建築開始、半年後知り合いになったハカセが参加、それから2ヶ月と12日後に学園長が参加、完成直前に自爆装置が作動し基地壊滅、丁度いいので建築案を見直し、建築再開始。寝ぼけたマスターが侵入、撃退、対侵入者用トラップの強化、今から半年前に完成。同日打ち上げ、ナナシさんの後をつけていた長瀬さんが侵入、撃退。……以上になります」
まるで、カンペを読むかの様にスラスラと喋る茶々丸。
それを聞いていたエヴァは再び頭を抱えた。
「何故、今まで気付かなかった……私はそこまで鈍っていたのか……!?」
思わず、壁に頭を打ちつけ様としたが途中で思いとどまった。
「……まあいい。いちいち気にしていたらやってられん」
エヴァはナナシが来てから変な方向にメンタル面が強くなっていた。
ならざるを得なかったのだ。
恐らく強くなっていなかったら、胃に穴が開くかハゲるかのどちらかだっただろう。
「秘密基地……か。あいつはここで何をしているんだ?」
「秘密です」
「何かを作っているのか?」
「秘密です」
「……」
「秘密です」
ふう、と肩を落としエヴァはため息をついた。
「まあいい、自分で確かめる」
「あ」
そう言うとエヴァは近くのドアを開け中に入ってしまった。
「……何だここは」
そこはまるで小さな工場だった。
何やら機械が動き、ベルトコンベアで運ばれ、何かの培養液に落とされていた。
培養液の中には白い錠剤の様なもの。
「……おい」
エヴァはじっとりと汗をかいた。
「ここは生産工場です」
「何のだ!?」
「……」
「言えっ! あれは何だ!? 何の錠剤だ!?」
「合法的な物です。販売されている物に満足出来なかったナナシさんが、自分用に生産している物です」
「目を逸らしながら言うな!」
エヴァの体は嫌な汗で湿っていた。
「こ、これは大問題だろうが!? 教師だぞ、教師! 教師がこんな物を作っていたら大問題だ! とうかじじいは何をしている!?」
「合法的な物です。売られている物より、少し純度が濃いですが」
「何の純度だっ!?」
(な、なんて事だ……身内に犯罪者がいたとは……。い、いや懸賞金を賭けられていた私が言える台詞では無いが……)
ふらふらする頭を自分の手で押さえ、何とか立っている状態のエヴァ。
自分が知らぬ間に、リアルな犯罪が身近で起きていた事にショックを隠せない。
それを見た茶々丸は培養液に近づき、錠剤をいくつか手に取った。
「マスター、これを飲んで下さい」
頭痛薬を手渡されたと思ったエヴァはそれを一口で飲んだ。
飲み干してから、あれ?と思い従者の顔を見た。
「……い、今何を飲ませた?」
「お味はいかがですか?」
「ふ、副作用は……?」
「あまりありません」
「あまりとは何だ!?」
「合法的です」
「うるさい!」
飲んでしまった物を吐き出そうかと、口に指を突っ込もうとしたエヴァはふと指を止めた。
先ほど飲んだ錠剤の固まりが口に残っていたのだ。
それを舌で転がす。
「……甘い」
「市販の者より砂糖を多めにしています」
「そして強めの酸味」
「市販の物よりオリゴ糖を多めにしています」
培養液に近づき錠剤を取り、口に含む。
「……ラムネか」
「はい」
「副作用は?」
「虫歯になりやすいです」
「……そうか」
入り口に戻ったエヴァはその部屋のドアのプレートを見た。
『ラムネ生産工場』
エヴァは黙って通路に戻った。
茶々丸はその後を黙ってついていった。
「……で、お前は何の為にここへ来た?」
「ナナシさんを助ける為です」
「……あいつは今助けを求めているのか?」
「はい」
躊躇せず頷く自分の従者を見て、「もう、どうでもいいか」とエヴァは思った。
「よく分からんがこの先に行けばあの男を助ける事が出来るのか」
「はい」
「……はぁ。分かった、もう何も言わん」
やれやれ、と通路の奥へと進んでいくエヴァ。
その後をメイドの様についていく茶々丸。
二人はまるで従者とその主の様だった。
と、突然茶々丸が立ち止まる。
「止まって下さい、マスター」
「何だ?」
「その先のは侵入者用のトラップがあります、解除してから……」
「はっ、何がトラップだ。この私を誰だと思っている?」
茶々丸の発言を無視して進むエヴァ。
その目は爛々と輝き、トラップに対する恐怖など感じさせない。
「何度も危険な遺跡に潜った経験がある私に素人が作ったトラップなど――」
突然真横の壁からパンチンググローブが飛び出てきた!
しかしエヴァはそれを予想していたかの様に、前方に飛び、
「――効かんに決まって……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
着地した床がパカリと開き穴に落ちた。
落下中に体勢を整え、底に仕掛けているかもしれない針の山を待ち受ける……が底には何も存在せず、普通に着地した。
「……ふ、ふん。ただの落とし穴か……やはり素人が作った物だな」
「マスター、ご無事でしょうか?」
上から茶々丸が呼びかける。
「問題ない、さっさと引き上げろ」
「……! マスター!」
珍しい従者の強い声に頭上を見上げる。
見上げると、落とし穴の真上の天井が開き何かの固まりが落下してきていた。
(二段トラップ……! くっ、鉄球か!?)
落ちてくる何かを見ながら、迎撃体勢を取る。
(狭い落とし穴の中に鉄球……やるじゃないか……!)
ニヤリと笑い、製作者に賞賛を送る。
(だが、この私には……通用せん!)
大量に落ちてきた物体を避けながら、自分に当たりそうな物を手で掴んでいくエヴァ。
その完成された身のこなしは、600年生きてきた経験のそれだった。
落ちてくる物体が尽き、エヴァは手を開いた。
エヴァの手から大量にこぼれ落ちる物体。
全て手で掴みとったものだ。
さながら飛んでくる銃弾を掴んだかの様にニヒルな笑みを浮かべ、足元を見下ろす。
「……」
そこには自分を襲った物の山。
ニンニクの山が出来上がっていた。
「……」
穴の上からロープが下がってきて、それを掴み穴から出る。
「お怪我は無いですか?」
「……おい」
「……?」
「これは何だ?」
自分が落ちた穴を指差す。
「……侵入者用のトラップです」
「明らかに私用のトラップだろうがっ!」
「どの様な侵入者が現れてもオールマイティに対応出来るように……」
「私だけだろうがっ!? 私のみに対応しているだろうがっ!?」
「……先を急ぎましょう」
「おいっ、こら!」
すたすたと通路の奥に向かう茶々丸。
その後を何か言いたげな表情でエヴァが着いて行く。
その後何度かトラップが発動し、エヴァがかかり、茶々丸が助け、たまに茶々丸がトラップにかかり、二人でかかったりしながら奥へ向かった。
そして通路の行き止まりの扉の前。
「ここです」
「……そうか」
エヴァの表情はまるで三日三晩戦い続けた者のそれだった。
服はぼろぼろで、ニンニク臭い。
あと、何故かカレーが付着している。
ドアを開け部屋の中に入る二人。
「……ここは何の部屋だ?」
「まさかこれを使う日が来るとは思いませんでした……」
「聞け」
エヴァを無視して部屋の中央に向かう茶々丸。
そこには巨大な物体が鎮座していた。
ホコリ対策か布が被せられているので中身は窺えない。
「何だこれは……でかいな」
エヴァは思ったままの感想を言った。
そう言うしかない程巨大な物体だった。
仮にライトノベルに例えるなら、終わりのクロニクルの最終巻程であった。
その巨大さを衝撃に例えるなら、お姉ちゃんきゅーぶについていた特典くらい衝撃的だった。
「おい茶々丸、これは何だ?」
「今が……封印を解く時です」
「聞け」
ばさり、と布を取る。
そして現れた巨大な物体。
それを見たエヴァのは驚愕した。
「こ、これは……! ……何だ?」
取り合えず驚いてはみたが、本当に何か分からなかった様だ。
本当に良く分からない物体だが、よく見ると下に車輪がついている。
「雷神の鎚(トールハンマー)です」
「雷神の鎚!? ……で、結局何だ?」
「ハカセとナナシさんが作りあげた……いえ、作り上げてしまった」
「だからこれは何だ!?」
「ですが今はこれが必要です……行きましょう」
「聞け!」
茶々丸はその物体の取っての様な物を掴むと押し出した。
からからと音を立てて、移動する物体。
傍から見ると、マグロを乗せた台車を押している様だった。
茶々丸は押しながら来た道を引き返していった。
「だから……何なんだ……」
エヴァは呆然とそれを見送った。