「じゃあ、お邪魔しましたっ」
「ああ、頑張れよネギ君」
<ネギ君が信じるネギ君を信じればいいんですよ>
「は、はいっ! シルフさんもありがとうございます!」
シルフの台詞のとても感動したネギ君が俺の部屋から出て行く。
パクリじゃねえか。
パクリじゃねえか!
……いや、いいけどさ。
30分程前にネギ君が来て「少し相談が……」との話を切り出された。
相談内容は昼の宮崎からの告白の事。
俺は大人の男らしく大胆にかつ繊細にネギ君に助言をした(時折りシルフがいらん茶々を入れた)
結局ネギ君の中ではどうするか決めていたらしく、俺はその後押しをするだけの形となった。
「友達から始めようと思います」
ネギ君は多少照れつつ、そんな風に言った。
<いや、しかしあれですね>
「なんだよ?」
<子供から相談を受けるなんて、マスターってば先生みたいですねっ>
「……」
第二十六話 グッドウィル・ハンティング
ネギ君が出て行き静まり返った部屋。
俺はその部屋に向けて声を掛ける。
「おーい、もういいぞー!」
……。
……。
……もそもそ。
敷きっぱなしの布団がごそごそと揺れる。
そして布団から青い髪の頭がひょこりと出てくる。
特徴的なそのデコは綾瀬夕映のものだった。
「……ふう、暑かったです」
30分間布団の中で隠れていた夕映の額には汗が付いていた。
「ネギ先生はもう行ったですか?」
「ああ……つーかアレで良かったのかな」
「はい?」
夕映は頭を傾げ何事かと俺を見る。
「いや、ネギ君は友達から始めるって決めてたみたいだけどさ……上手く宮崎と付き合う様に誘導する事も出来たと思うんだが」
「いえ、アレで良かったんです。ネギ先生とのどかも、まだ子供です……焦る事は無いです。ゆっくりと行けばいいんです」
腕を組み、うんうんと頷きながらそんな事を言う夕映。
良く宮崎の事を考えてるんだなあ……
「ゆのっちは友達思いだなあ」
「親友ですから当たり前です……っ、頭を撫でないで下さい! あとゆのっちって誰ですか!?」
「ははは」
「おでこを撫でないで下さい!」
頭を撫でないで、と言われたのでおでこを撫でた。
<夕映ちゃん、夕映ちゃん>
「はい? 何です?」
シルフが夕映に話しかける。
<さっきマスターの布団に隠れてましたよね?>
「……そうですけど何です?」
思い出したのか少し顔が赤くなる夕映。
<どんな匂いでした?>
「匂いです!?」
<はい、匂いです>
一体何を聞いてるんだコイツは……。
しかし俺も気になるな。
いや、別に体臭を気にしてるとかじゃないよ? ほ、ほんとだよ?
「……そ、それは何ていうか……その……レモンの様な匂いが……したです」
顔を俯け、細々とした声で答える夕映。
別に無理して答える必要は無いんだが……。
しかし俺の匂いはレモンか……
夕映は「ア、アレが男の人の匂いですか……」何て言っている。
……。
そういえばさっき布団の上でレモン味のクッキー食べてたんだよな……。
まあ、いいか。
――がた、がたがた
天井から物音。
――がたん
少しの後、天井の一部が外れた。
――すたり
そして現れる忍者。
「しかしネギ坊主も恋をする歳でござるか」
<恋をするのに年齢は関係ないですよ>
「確かにシルフ殿の言う通りでござるな」
はははと笑いあう時計と忍者。
楓は天井裏に隠れていたからか、所々汚れている。
風呂行けよ風呂。
「師匠はどうでござる? 恋をしてるでござるか?」
<何言ってるんですか楓さん、マスターは私に年中無休で年中夢中ですよっ!>
「ノーコメントで」
あとダジャレうぜぇ。
――ばん
布団を収納する為の押入れの襖が開く。
「……たくっ」
膝を刷りながら、ノートパソコンを持った眼鏡の女の子が押入れから出てくる。
「つーかなんで私らが慌てて隠れなきゃいけないんだよ」
出てくるなり悪態をつく。
「そりゃ男性教師の部屋に女生徒がいるのがバレるのは困るからだ」
まあ、ネギ君にならバレても良かったんだが。
「というかあんた子供に嘘つくなよ」
「何かネギ君に嘘ついたっけ?」
はて?
さっきの相談中、何か嘘とかついたっけ?
「いや、ついただろ。あんた子供教師の『今まで何人の女性の方とお付き合いした事があるんですか?』って質問されてただろ?」
「うん」
確かにそんな質問されたような……
「あんた付き合った女の数、200人とか小学生レベルの嘘ついてたじゃねーか!」
「う、嘘じゃねーよ! 本当ですー!」
「確かにアレは無いと思ったです」
「そうでござるな」
こ、こいつら……完全に嘘だと思っていやがる……!
いや嘘に違いは無いんだが、少しは教師を信じろよ!
「いや、本当だって! クルルだろ? 麗華に彩にるい、涼ねえにこずぴぃ、このみに小町に鳴だろ、刀子先輩にあずさに風子と風ぽに――」
俺の必死な弁解は半笑いで返された。
女三人は風呂に入るからと部屋から出て行った。
「く、くそう……信じてくれなかった! 茶々丸さんなら信じてくれるのに!」
俺は畳みを叩き慟哭した。
<でも、マスターも可愛い所がありますね。本当に好きな私の名前を出さなかったのは、恥ずかしかったからですよねっ?>
「お前が厚生労働省か!」
<何ですかそのツッコミ!?>
……。
……。
……。
「お空きれい」
<い……いくじなし>
「死んだ母ちゃん氷だったも」
<も、も……問題無い>
「い……行っておいで……ばか息子」
<肥をかける>
「る、る、る……るー」
<ルラーダ・フォルオル>
「またるかよ。る、る、る……るー!」
<さっき言いましたよソレ>
「いやこっちは双子の方だから」
<ズルイですよ! う、うぅ……る、る、る、る……る……>
さて三人がいなくなって暇になった為、俺とシルフはしりとりをしている。
マイブームだ。
しかしこれはある程度のレベルが無いのと勝負にならない。
先ほどからシルフは<る、る、る……>と唸っている。
これは俺の勝ちだな……
――ばん!
突然部屋のドアが開いた。
――だだだだだ!
誰かが部屋に駆け込んでくる。
ネギ君だった。その後をアスナが追ってくる。
「た、たたた大変ですナナシさんー!!」
「騒がしいぞお前ら。殿中だぞ殿中」
殿中が何かは知らんが。
「そうよネギ! いきなり風呂場から走って出てきたと思ったら何なのよ!?」
アスナはただ走っているネギ君を追いかけて来ただけのようだ。
「は、はい、実は――」
――。
――。
「朝倉に魔法がバレたー!?」
アスナの悲鳴にも似た声が部屋に響く。
「は、はい……うぐうぐ」
うぐうぐと変な声で泣くネギ君。
朝倉……パパラッチか。
「ど、どどうしましょうナナシさん~!」
「落ち着けネギ君、それを相談する為に俺の部屋に来たんだろ? 俺に任せとけ!」
「……! そ、そうでした。やっぱりナナシさんがいて良かった……」
ネギ君が胸に手をあてほっとする。
さて……
「安心しろネギ君。オコジョになったら俺が飼ってあげるから」
「嫌です! オコジョは嫌ですぅ!」
<ちゃんと散歩にも連れて行きますよ?>
再び泣き出すネギ君。
「あんた子供イジメんのやめなさいよ……」
アスナが呆れている。
<じゃあ、真面目にどうするか考えましょう。そうですねぇ……まずネギ君が朝倉さんを旅館の裏にでも呼び出します、魔法の事で話がとでも言えばいいです>
「は、はい」
ふむふむ。
<朝倉さん、裏に来ます。ネギ君適当に話します>
「それで?」
アスナが促す。
<注意をネギ君に惹きつけた隙に、アスナさんが背後から近寄ります>
「……うん?」
<限り無く鈍器に近い物で後頭部を殴ります>
「ちょっと!?」
<埋めます>
「だ、だだダメですよ!」
<みんな幸せ!>
「なって無いわよ!? 色んな人が不幸になるわよ! 私の心が一生罪に苛まれるわよ!」
シルフは非難轟々だった。
仕方ない……。
「まずネギ君が朝倉を呼び出すだろ?」
「は、はい」
「んで正直に事情を説明すればいい。バレたら困る、だから黙っていて下さいって」
「それで黙る様な輩かしら……」
確かにそうだが、朝倉もそこまで鬼じゃないだろう。
「アスナも一緒に説得すればいい」
「私も……?」
保護者みたいなもんだしな。
「そして二人で埋めればいい」
「だから埋めちゃ駄目ですっ!」
埋めちゃ駄目らしい。
いや、冗談だけど。
そんな感じのやり取りをしながら、どうすれば朝倉を説得出来るか話合った。
正面から説得する、逆に朝倉の秘密を握る、色仕掛け、記憶を消す、朝倉の家族を人質に取る、オコジョの飼育方法。
話合いは難航した。
俺の出す数々の案は却下された。
『落とし穴でイヤン』作戦は上手く行くと思うんだがなあ……。
頭を突き合わせて話合っていると突然ドアが開いた。
「ナナシの兄貴、お邪魔するぜー……おっ、ネギの兄貴。やっぱここにいたか」
「失礼しまーす。ネギ君さっきはごめんねー」
肩にカモ助を乗せた朝倉だった。
「ひぃ!? 朝倉さん!?」
ネギ君は俺の後ろに隠れた。
「わ、悪かったって先生。ほら、ゴメン、この通り」
手をチョップの形にして謝る朝倉。
……どういう事だ?
「兄貴! もう心配はいらないぜ! この姉さんは俺らの味方になったんだぜぃ!」
「えー……味方ぁ? どういうつもりよ朝倉?」
アスナが胡散臭そうに問いかけた。
「いや、本当だって! カモっちの熱意に押されてね、ネギ君の秘密を守るエージェントとして協力する事になったのよ」
『エージェント』と書かれた腕章を見せる朝倉。
「ほ、本当なんですか……? 僕……オコジョにされませんか?」
「本当本当!」
「そうだぜ兄貴! 心配無用だぜ!」
「よ、良かったです……!」
ネギ君は安心した笑みを浮かべた。
良く分からんが、朝倉がネギ君に脅威になる事は無くなったようだ。
いや、良かった良かった。
<本当に良かったですね、マスター>
「ああ、俺も朝倉を埋めたくなかったからな」
「え、埋め……なに? あとこの紙に書いてある『朝倉をどうこうする方法』ってなに……? 何か物騒な方法が一杯書いてあるんだけど……」
「本当に良かったわね……朝倉」
「な、なによ、その乾いた笑い!? 私何されるところだったの!? 何で部屋に怪しげな薬とかスコップが置いてあんの!?」
あ、閉まっとかないと。
閉まっちゃうぞー。
それらを収納する。
「……ちょっと待って。って事はもしかしてナナシ先生も関係者……なの?」
「ああ、ファッション関係だな」
「違うって! 魔法関係かって聞いてるの! ていうか何がファッション関係なの!?」
「教師辞めた次の仕事」
「……あんたには向いてないわよ」
向いてないらしい。
いや結構得意なんだけどな……あの舞台の上でクルって回るやつ。
魔法関係云々については濁しておいた。
……。
……。
……。
夜、11時頃……部屋には俺とシルフしかいない。
ネギ君達が帰ったあと、再び楓達が来たが、就寝時間なので帰らせた。
さて、定時報告でもするか。
電話を取り、家に掛ける。
『――茶々丸です』
「ぐへへへー、お嬢ちゃん……今何色の下着をつけてるの茶々丸さん?」
ふざけていたが、途中から素に戻ってしまった。
『白です』
「……」
『白です』
普通に答えられた。
<マスター……顔が赤いですよ?>
……そりゃ恥ずかしいからな。
『白です』
「俺は青だ」
『そうですか』
……。
やはり素で返された。
少しは恥らってくれたりするといいんだが……。
さて真面目に報告するか。
「エヴァは?」
『黒です』
「いや、違うから! 下着の色を聞いたんじゃなくて、今どこにいるかって聞いたんだって!」
『……申し訳ありません』
あ、ちょっと恥ずかしそうな声だ。
今のは天然だろう。
『……今代わります』
ん? 何か不機嫌そうな声だな。
……気のせいかな?
すぐに代われって言ったからだったりして……それは無いか。
……。
『――私だ』
「俺だ」
<私です>
『……』
……。
『切るぞ』
「まあ待て。冗談だって」
『ふん。……でそっちはどうだ?』
「ああ、実は――」
俺は木乃香が攫われそうになった事を説明した。
あと、ついでにネギ君が告白されたことも言った。
『――ほう、直接仕掛けてきたか。相手のレベルはどうだった?』
「あー……うん。何かクマ出す女とかゴスロリ女とかいたけど……結構余裕だった」
まあ、ゴスロリの人は良く分からんかったが。
『そうか、貴様らで十分対応出来る相手か……つまらんな』
「つまらんてお前。……でも一人何かスゴイのいたわ」
『……ほう、どんなヤツだ?』
「一瞬しか見てないけど……何かスゴかった」
『どこがどうスゴかったか具体的に言え!』
いや、そんな事言われても……本当に一瞬しか見てないしなあ。
どこがスゴイか……うーん。
「何かあと2、3回は変身を残してそうな強さ」
『意味が分からんわっ!』
……。
そしてネギ君の話。
『しかし……ククク、坊やがなあ……ククッ』
電話から楽しそうな声が聞こえる。
『坊やの事だ、うじうじと悩んでいただろう?』
「うぐうぐと悩んでいた」
『どっちでもいい。……これを機に仮契約でもすればいいさ……ククッ』
仮契約?
まあいいか。
「じゃあ、そろそろ切るぞ」
『待て。茶々丸に代わるから一時間程話をしろ』
「何で?」
『いいからしろ! ……頼むからアイツの機嫌を取ってくれ』
エヴァの声はとても切実そうだった。
「今茶々丸さんは何してんの?」
『台所で鍋を回している……空のな』
<エヴァさんには見えない料理を作ってるんですよ、きっと>
ああ、裸の王様的なか。
『いいか、代わるぞ? 何でもいいから褒めるなり、照れさせるなりしろ! 分かったか!? 朝昼晩と卵ご飯は嫌なんだ!』
「コラテラルが溜まりそうだな……」
<違いますよマスター。コロッケロールですよ?>
『コレステロールだっ!』
その後茶々丸さんに代わってもらい、一時間程会話をした。
……何だ、いつもの茶々丸さんじゃないか。
エヴァも大げさだなあ。
……。
……?
何か部屋の外が騒がしいな……。