「おい茶々丸……茶々丸! 聞こえていないのか?」
「……」
「全く私が呼んでいるのだから返事ぐらい……何を見ている? ……写真か?」
「……」
「大方アイツの写真だろう……全くまだ一日しか経っていないのに何という腑抜け具合だ」
「……」
「しかしどんな写真を見ているんだ。……どれどれ――ぶふぉっ!」
「……」
「お、おま、な、何だその写真は!?」
「……はい? あ……マスター……どうかされましたか?」
「どうもこうもあるかっ! なっ、何だその写真は!?」
「……いくらマスターといえどこれを譲るわけにはいきません」
「いやいやいや! 大体どうやって撮ったんだ、そんな写真!?」
「……企業秘密です。ちなみにこれはBランクです。最高はSSSランクになります」
「それでBか!? これをアイツは知っているのか!?」
「……」
「何故そこで頬を染める!?」
今日も愉快なエヴァ家だった。
第二十五話 トナカイホーン
「おい楓や」
「何でござるか師匠?」
俺はそれに指を差す。
「鹿だ」
「鹿でござるな」
ここは奈良公園。鹿がたくさんいる。
奈良は50%が鹿で構成されているので、この公園には奈良の半分がある事になる。
後の48%は仏像だ。
残りの2%はローソンだ。
<奈良の人に怒られますよ?>
怒られてはまずいので残りの2%はファミマにしておく。
「……鹿食べたことあるか?」
「以前山に篭って修行をしてた時に食べたでござるよ」
俺達は目の前の鹿を眺めながら話す。
……鹿刺し。
「ふーん。おいしかった?」
「美味でござった……鍋にするとまたウマイんでござるよー」
楓はその味を思い出したのかよだれが口の端から垂れる。
鹿鍋か……おいしいんだろうな……。
……じゅるり
<あぁ……二人がアホの子の様によだれを垂らしています。……これも旅の記念ですね、撮っておきましょう。タイトルは『鹿と戯れるマスター』で>
「そのままステーキにするのもおいしいんでござるよー……」
「まじで? ステーキか……」
俺は目の前の鹿を見つめながら、それが素敵なステーキになったところを想像した。
ああ……肉汁が……
「シチューにするのもいいんでござるよー……」
「シチュー……!」
「……? 二人共、何やってるですか?」
<あ、夕映ちゃん。……お二人は夢を追っているんですよ、鹿だけに>
「……うまく言えたみたいな口ぶりですけど、どこも上手くないです」
目の前のつぶらな瞳でこちらを見つめる鹿……仮に妙子にしよう。
妙子が素敵なシチューになるシチュエーションを想像した。
……いい。凄くいい。
あ、茶々丸さん、お代わり。
茶々丸さんが皿にシチューをなみなみと盛る。
……え? 食べさせてくれるの? て、照れるなあ。
「な、なんかナナシ先生の顔がニヤケてるです」
<……何でしょう? ……はっ!? ま、まさか私がお風呂に入っているところを想像しているのでは!? も、もうマスターったら……>
茶々丸さんがスプーンを俺に差し出す。
俺は少し緊張しながら口を大きく開け、スプーンに口を近づけ……むしゃりと食らいついた。
――むしゃり!
「ひぇ!? せ、先生! 何故いきなり私の髪を口に入れるですかぁ!?」
むぐむぐ……なんかシャリシャリするな……。
「あぁ、あぁぁ……うぅ……」
やっぱ何かシャリシャリするな。
え? こういうもんなの?
そうか……鹿ってシャリシャリするものなのか……デカルチャー。
「ちょっとあれ見なよ」
「あ、ナナシ先生と夕映ちゃんじゃん」
「うわっ……何してんのアレ……」
「……イチャイチャ?」
「え? 先生とゆえっちってそういう関係だったの!?」
「知らなかったー」
「わ、私のラブセンサーが反応しなかった……!」
「あれ、でも先生ってエヴァちゃんとそういう関係なんじゃなかったの?」
「えぇー? 違うよー、長瀬さんでしょ? っていうか長瀬さんも傍にいるけど……どういう状況なのかな?」
「あら? ですが私この前、このかさんと一緒に町歩いていたの見ましたわ」
「それを言うなら、先月タカミチ先生とラーメン屋にいたの見たよ」
「ネギ先生とスカッシュやってるの見たよー」
「何でスカッシュ?」
ふぅ……ごちそうさまでした。
ん? 何か周りに人が集まっているぞ。
「……うぅ」
そして足元から聞こえる恨みの篭った声。
夕映がそこにいた。
涙目である。顔が赤い。へたりこんでいる。
「何してんの?」
「こっちの台詞です!」
「ご、ごめんなさい」
剣幕が凄かったので反射的に謝ってしまった。
「……髪がベタベタです。……! 責任を取ってもらう……って何を言ってるですか私は!」
突然ぶつぶつ言ったかと思うと顔をぶんぶん振った。
その後夕映はお手洗いに行くと言って去っていった。
今さらだが楓は何でここにいるんだろう? 別の班のはず。
「分身でござる」
何ともまあ、便利なものである。
……。
そのまま公園をぶらついていると刹那がいた。
「刹那ぁぁぁ!」
「は、はいぃ!? ……あ、先生ですか。な、何かありましたか、そんな大声で」
……いや、特に意味があったわけではないんだが。
つーか刹那が飛び上がるとこなんて初めてみたな。
「いやお前こそ一人で何を……って木乃香の護衛か」
刹那の視線の先にはアスナと木乃香がいた。
下手したらストーカーに見えるぞこれ。
「何もこんな遠くから護衛しなくても……」
「……いえ。私はここからで十分です……ってああ!」
俺は無言で刹那の腕を引きアスナ達の下に向かった。
「むぎゃ!?」
ん? 何か踏んだか?
まあいい。
「やあやあ諸君! スモークチーズはあるかい!?」
俺は背を向けている二人に声を掛ける。
いや、今のエヴァの物真似は自分でも自信があった。
「きゃあ!? ……ってアンタか。今いいところだから静かに」
「しー……やで?」
木乃香は口に指を当ててサイレントポーズ。
二人は木陰に身を隠して、何かを覗き込んでいる。
「何を見てるんだ?」
「あのね……ってあんた何でよだれでベタベタなの!?」
アスナはこちらを見てそんな事を言う。
「は? やめろよ、そういう誹謗中傷は……訴えるぞ!」
「いや、だってベタベタじゃない!」
人の事をベタベタベタベタと……。
「お前幾ら俺がカッコイイからってそういう人気投票に影響が出るような中傷はやめろよ! 卑怯だぞ!」
「意味分かんないわよ!」
全く……人気投票前にそういう手段に出るなんて卑怯なやつだ!
俺も実はアスナの趣味が競馬だってデマを流すぞ!
俺達が騒がしいのに気付いたのか木乃香がこちらを見る。
「ちょっとしー……やで。……あ、せっちゃん」
「ど、どうも……」
「せっちゃんどこ行っとったん? 同じ班やねんから一緒におらんとめっ、やで?」
「も、申し訳ありません」
恐縮する刹那。
「せっちゃん連れてきてくれてありがとな~……何でナナシ君の口ベタベタなん?」
「え、俺ベタベタ?」
「うん、ベタベタやでー」
あははと笑いハンカチを取り出す木乃香。
木乃香はハンカチをおもむろに俺の口元に近づけてくる。
「拭き拭き……っと。はい、綺麗になったで~」
「む、ありがとう」
「……」
「……」
アスナは何か駄目な物を見る目でこちらを見て、刹那は羨ましそうな目でこちらを見た。
「HAHAHA! 鹿を見てたらちょっと小腹が空いちゃってSA! なあアスナ!」
「私に振らないでよ」
凄く嫌そうにアスナは言った。
「……鹿食べたいん?」
「まあ、鹿か歯科かで言ったら鹿かな」
<マスター、歯医者嫌いですもんね>
それとこれは今関係無い。
まあ、歯医者に行ったことは無いんだがな。
「んー、じゃあ学校帰ったらウチが鹿料理作ったるわぁ~」
「マジで? 頼むわ」
「あんた教え子にご飯たかるのやめなさいよ……」
アスナの呆れたような発言。
たかる……だと?
「おい訂正しろアスナ!」
「な、なによ」
俺の意気込みにたじろぐアスナ。
「俺は教師からもたかるぞ!」
「たかるって部分を訂正しなさいよっ!」
「ナナシ君、料理スゴイおいしそうに食べるから作り甲斐があるわ~」
木乃香がふふふと笑う。
……そうなのか?
そういえばタカミチも「ははは、君は実に奢り甲斐があるなー」って言ってたしな。
<そうですね。マスターのいい所はご飯をおいしく食べるのと、安らかな寝顔と、私に優しいぐらいですからねっ>
もっとあるだろ……。
つーか三番目はお前の願望だろうが……。
「……それでお嬢様とアスナさんは何を見ているのですか?」
話が逸れて来たので刹那が刹那的に本筋に戻した。
「あれよ、あれ」
アスナが指を刺した方を見る。
あれは……ネギ君と、宮崎?
「のどか……! ついにですね……!」
と俺の下から声。
夕映がいつのまにかそこにいた。
つーかこの人数で隠れている狭いな……。
しかし……ついに?
「ついに……年貢の納め時?」
<ついに……確定申告ですかっ?>
「違うわよっ! ……見ればわかるでしょ?」
見ればねえ……。
「刹那分かるか?」
「……その恐らくですが……告白かと」
ほんのりと頬を染めながらそんな事を言う刹那。
告白ね……告白……告白!?
「え、そういうアレなのか?」
「せやで~、ラブやで~」
ラブらしい。
<へー、告白ですか。初々しいですねー。これも撮っておきましょう。タイトルは『大人への階段で』>
さて当の二人はどうかというと……。
まだ告白はしてないようだ。
だが、ネギ君も宮崎のただならぬ気配に何かを感じ取っているのか緊張している。
アレがカチンコチンだ(足がだぜ? 何だどこだと思ったんだ?)
「のどか……! 頑張るです……!」
拳をにぎり応援する夕映。
何で髪がビショビショなんだ?
その応援が届いたかどうか分からないが宮崎がアクションを起こした!
顔を真っ赤にして何かを叫ぶ宮崎。
それを聞いたネギ君は……
「……きゅう」
倒れた。
「ネ、ネギ先生……!?」
宮崎の悲鳴がこちらにまで聞こえる。
<マスター?>
「どうした?」
<私スッゴイお茶の間どっかんなボケを思いついたんですけど>
「まじで?」
妙に自信満々なシルフ。
<いきますよ……『早すぎたんだ……!』……どうです?>
「やべ、それ超ウケルー☆ あれだろあの巨神兵のパロディだろ?」
<あの解説するのやめてもらえませんか>
シルフの改心のボケがアスナ達には伝わったか……!?
「確かにネギ先生には早かったのかもしれないです……」
「そうね……アイツまだ子供だったのよね」
「ネギ君にはまだ恋愛とか早いのかもしれへんな~……」
「確かに。幾ら教師をしていると言ってもネギ先生はまだ10歳の子供なんですね」
シルフのボケが思いのほかシリアスに受け取られた。
俺達はネギ君を介抱する宮崎を眺めつつ、各々ネギ君に対する認識を改めた。
「あ、兄貴……」
夕映よりさらに下から声が聞こえた。
白い生物。
カモ助である。
「お前いたのか?」
「……ナナシの兄貴の足の裏にな」
「え、何? お前そういう趣味なの?」
「ちげーよ! 兄貴が踏んだんだよ!」
良く見るとカモ助には靴の跡。
「しかし……これは新しく仮契約に使えるかもしれねえな……くくく」
畜生の分際で何かを企んでいるようだ。
こりゃ……嵐が来るかもしれんな……!
<それって京都の嵐山と掛けてたりします?>
「解説すんなよ!」