そう始まりは3年前のあの日だった……。
あの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。
そう――あの日は雨が降っていた。
第二話 こたつから動かない物語
それはそれとして、相変わらず茶々丸さんのお茶はおいしい。
「茶々丸さん、お茶おかわり」
「はい」
<あれ……?>
「何だおかわりするのがおかしいのか? ハンマー的なもので壊すぞ?」
<壊さないでください。……そ、そうじゃなくて回想は?>
回想? 何を言っているんだコイツは……?
シルフはぶつぶつと不思議そうに<前回からの流れで……あれぇ?>と呟いている。
「マジに壊れたか? 分解するか……」
<しないで下さい……もういいですっ>
シルフは何やら言いたいことがありそうだったがそれきり黙りこくった。
そして俺はエヴァの方を向いて言う。
「家賃か……少し待ってくれないか?」
「まあ、かまわんが。そもそも貴様、一線も金は持ってないのか?」
「宵越しの金は持たない主義なんだ」
そう言うとエヴァは納得したようなしないような顔になった。
……が何かを思い出したかの様に言った。
「貴様、普段から大量にラムネを買いだめしていただろう。その金はどうした?」
「茶々丸さんにお小遣いもらってだが、何か?」
俺は胸を張って言った。
「何が?じゃないだろう!? 何でそんなに誇らしげなんだ!?」
「へへっ」
「照れるな! 褒めとらんわ!」
何だ、褒めてないのか……。
俺は顔にかかったエヴァが吹いたお茶を拭いた。
「茶々丸もコイツを甘やかすな!」
「……申し訳ありません」
「あまり茶々丸さんを責めないでくれ。悪いのは誰でも無いんだから……」
「どの口が言うかっ」
エこたつを跨いでヴァのパンチがとんでくる!
その数およそ8。
すかさず俺は防御を展開した。
シルフガードである。
・シルフガードとは、文字通りシルフで防御する技である。
欠点としては、シルフが懐中時計なので、防御範囲が狭いことだ。
<いたたたっ! マスター、私を盾にしないで下さいっ!」
「横ならいいのか?」
<そういう意味じゃないです!>
ひとしきり攻撃してきた後、エヴァは唖然とこっちを見てくる。
「な、なんという硬さだ……。岩を砕くほどの力で殴ったというのに」
「まあな、コイツは俺の世界で最も硬い金属『アルミィ』で出来ているからな」
「何か、凄まじく適当に付けた感のある名前だな……」
アルミィは希少金属で滅多に採取できない。
加工するとアルミィホイールというタイヤが作れる。
竜の炎でも傷一つ出来ないぜ!
しかし噛むと気持ち悪くなる。
どうでもいいが岩を砕く威力の拳を俺に向けてきた事について何か言っとくべきか……?
まあ、いいか。それだけ俺を信頼しているという事か。
<気持ち悪いほどポジティブですねぇ……いたたた! 何でも無いですぅ!>
何か言ったシルフを黙らせる。
「まあ、お前の金の出所は分かった――が」
「何だ?」
まだ何かあるのか。
「お前が金を持っていないというのは、やはりおかしい!」
「おかしいなら笑えばいい」
「……」
「どこがおかしいんだ?」
スルーされたので話を進める。
人間関係を円滑にするにはこういった気遣いも大事なのだ。
「お前ジジイからたまに仕事を請けていただろう」
「ああ、ファッション関係のな」
「警備関係のだ! ……その報酬は結構な額だったはずだが?」
「……むむむ」
「私に隠し事をするのか?」
<……むむむ>
シルフと二人で唸る。
……痛いところをつかれた。
痛い所を突かれると疲れるなあ……。
「疲れたから寝るか」
「待たんか!」
「何だよ、明日早朝会議があるんだよ……」
「嘘付けニート! 金の事を聞くまで今日は寝かさんぞっ」
<寝かさないって、いやらしい台詞ですね>
「俺もそう思う」
さて……どうするか。
あと、ニートじゃない。ないったらない。
こたつを経由して、接近してきたエヴァに、俺の逃げ場はない。
そんな絶体絶命の俺を助けたのは、予想外の人物の声だった。
「待って下さい、マズター!」
「何だ、茶々丸!?」
茶々丸さんである。
茶々丸さんにしては珍しく声が大きい
茶々丸さんがこんなに感情を出すなんて……。
俺はその事に驚きつつ、茶々丸さんが台詞を噛んだことに少し笑った。
「……ふふっ」
「何がおかしい!?」
「すいませんでした」
俺は素早く、それでいて深くエヴァに謝った。
自分が悪いと思ったらすかさず謝るのも人間関係を円滑にする重要なことだよ。
<誰に言ってるんですか?>
「それで何を待つのだ茶々丸? コイツの死刑か?」
「異議ありっ、異議ありっ」
「……」
ヒュッ。
俺の異議は拳と言う名の風で鎮圧された。
しかし茶々丸さんは何を言うつもりだ?
まさか!?
茶々丸さんの次の言葉で、俺の危惧は当たっていたと知らされた。
「ナナシアさんが今まで稼いだお金――そのお金は貯金されています」
「貯金? ほう……何の為だ?」
「それは……」
茶々丸さんが言い辛そうに、視線を彷徨わせる。
すかさず俺は援護することにした。
「そんな事よりババ抜きしようぜっ」
「それは?」
「それは……」
当たり前のように流される。
秘密がー機密がー! らめぇ!
「マスターの為です!」
……ああ言っちゃったよ。
茶々丸さんの力の入った告白に、エヴァは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「……私の、為?」
「はい、事情は話せませんが、ナナシさんはマスターの為に貯金をしています」
「私の為に……貯金……」
……言っちゃったよ。
あとナナシって俺の名前な。
何か突っ込み所のあるこの名前については後ほど語るかもしれない。
<その時が楽しみですねっ>
眉を寄せ、少し混乱気味の表情をしたエヴァが俺を見る。
「……本当なのか?」
「んん、……まあ、そういう事だったりなかったり……」
<マスター、照れてますねっ>
「うるせえっ、スクラップにするぞ!」
<ふふふ、マスターったらカワイイ!>
「いや、マジだから」
<すいませんでした!>
エヴァはこっちを見ている。
心なしか頬が赤い。
まるでケチャップをかけたトマトの様に……。
<そこ普通にトマトでよくないですか?>
ぼんやりとした表情のエヴァに、俺は「ゲホン!」と少しわざとらしく咳をして言った。
「だから家賃は少し待ってくれないか? あとこの事も……できれば忘れてくれ」
「……家賃? ――あ、ああっ、家賃か。ああっ、私は優しいからなっ、いくらでも待ってやろうじゃないか! あ、あとこの事はもう忘れたっ!」
「そうですか」
健忘症を疑うほどの速さだな……。
こたつから出て立ち上がる。
「ど、どこへ行くんだ? ついて行ってやろうか?」
エヴァのテンションがおかしい。
少し怖い……。
「トイレですが何か?」
「そ、そうかっ、さっさと行って出してこいっ」
「女の子が下品なこと言うな!」
なんか部屋にいると俺もおかしくなりそうだったので慌てて部屋を出る。
「く、くそう……何か照れくさいな」
廊下の鏡を見て自分の頬も赤いことに今さら気づくのだった。