――熱い。
熱気が俺の下半身を轟々と焼く……。
これで終わりなのか………嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ――!
まだ俺にはやるべきことがある。
やらなければならないことがある――!
だから………俺は――!
「茶々丸さーん、こたつの温度高すぎるよー」
そう言ったのだった。
第一話 こたつから始まる物語
「――申し訳ありません。ただいま温度を下げます」
茶々丸さんがこたつ内のスイッチを調節し、こたつ内の温度が適温になっていく。
おぉ……いい感じだ……。
じわじわと程よい温度の熱気が下半身を暖めていく。
「お茶のおかわりはいかがですか?」
「頼むよ」
「茶々丸、私にも頼む」
「では少々お待ちください」
俺に続いて大層偉そうな感じで言ったのは、俺から見てこたつの左側に入っている金髪の少女だ。
どうでもいいが偉そうではなくエロそうなら「私、にもっ……頼、むっ。あっ…ん――ひぐぅっ」みたいな感じになるのだろうか?
ほんとにどうでもいいな……。
で、このエロそうな少女の名前は……。
「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェーールゥゥゥァァァァァァァンン!!!」
「何故いきなり人のフルネームを叫ぶ!?」
「特に意味は無い。強いて言うなら説明……かな?」
俺がそう言うとエヴァは俺をジト目で見つつ、「相変わらず頭がアレな奴だ……」とぼそりと言い、テレビの方へ目を向けた。
アレってなんだアレって、人をパーみたいに言って! まったく!
俺がパーならお前はグーだ!
……何かうまい事言えた気がするぞ。
<いえ、まったく全然うまいこと言えてないですよ、マスター>
俺の耳に届いたのは、聞くものの心を落ち着かせる可憐な少女の声。
その声は俺の胸から聞こえた。
別に俺が自分の胸から声が聞こえてくる様な人種ではなく、声は胸に掛けている時計から聞こえてくる。
銀色に輝く懐中時計。
「そこはうまい事合わせろよ」
<無茶言わないで下さいよぅ……>
こいつは……まあ色々あって俺の補佐みたいな事をしている時計だ。
日本語的に何かおかしい様な気がせんでも無いが、まぁ少し不思議な時計だと思えばいい。
名前は……「ド・まり子」だっけ? 時計だけに。
<ち、違いますっ! 誰ですかまりこ!? 私の名前は――ヴェネルブルガリアルス48世ですっ>
「お前も嘘つくなよ! 何その超噛みそうな名前!? ドリル的な物で解体するぞ!?」
<すいません……私の名前はシルフです。生まれてきてごめんなさい……>
尋常じゃない落ち込み方をするシルフ。
まあ、いつもの事なのでスルーだが。
「さっきからうるさい! TVの音が聞こえんだろうが!?」
俺とシルフのやり取りにとうとうエヴァが怒った!
あのエヴァが!
どのエヴァだろう?
そりゃ怒るか……。
「お待たせいたしました」
「ああ、ありがとう茶々丸さん」
「む」
いいタイミングで茶々丸さんが戻ってきたのでお茶を飲む。
エヴァもその怒りを霧散させ、大人しくお茶を飲み始めた。
そして茶々丸さんはこたつの右側に入る。
ロボットだけど暑さとか感じるのかな……。
「ああ、うまい。相変わらず茶々丸さんのお茶はうまいなぁ」
「ありがとうございます」
少し頬を染めたように見える茶々丸さん。
しかし……。
「これだけうまいとラムネが食べたくなるなぁ」
「何でだ!?」
ギョっとした目でエヴァが突っ込んできた。
「そりゃ……好物だからな」
「お茶関係ないじゃないか!」
まあ関係ないとも言える。
しかし、だ。
「世の中に関係無いものなど存在するのか……俺は全ての物が関係していく、そんな世の中になって欲しいと思ってるんだ」
「やかましいわっ」
「私はとても良いお言葉だと思います」
<いい台詞だと思いますが、びっくりするほど脈絡がありませんね……>
「お前が脈絡を作れ」
<だから無茶を言わないで下さいよ……>
「……ふぅ」
エヴァがため息をつく。
「若いのにため息ばかりつくとはげるぞ」
「はげるか! それに私がため息をついているのは貴様のせいだ!」
「そうやって人のせいにばかりして、お父さん怒るよ。なあ母さん?」
「そうですねお父さん」
「――っっ、茶々丸まで! もういい!」
ぷいっと彼方を向くエヴァ。
そんなに怒ることないのに。
カルシウムが足りてないのかな? 色んな意味で。
エヴァもラムネをもっと食べればいいのに、俺みたいに。
「しかしラムネ、ですか。……申し訳ありません。既に買い置きは空になっていたかと。気が利かず、すいません」
本当に申し訳なさそうな顔の茶々丸さん。
逆にこちらが申し訳なってくる。
「いや、いいよ。自前で用意するから。シルフ、まだラムネの在庫あったよな」
<ん~~、はい。けっこう、ていうか大量にありますね>
そういえば特売で安かったから大量に買い込んだったっけ。
それじゃ……。
俺は右手を突き出し、シルフに告げた。
「開けろ――セルフ」
<……>
シルフは答えない。
「お前……無視とか、いい度胸だな」
<えっ、セルフっていうから自分で開けるものかとてっきり……>
「いらん気の使いかたすんな! お前の名前を間違えただけだよ!」
<えぇー……というか10年近く一緒にいて名前を間違えるのもどうなんですか……>
俺がギロリと睨むと慌てた様子で――シルフが発光した。
そして俺の目の前の空間がグニャリと歪む。
<ひ、開きました>
「よし」
俺は目の前の歪み――『門』と呼んでいるそれに右手を突っ込んだ。
俺の肘辺りから先はグニャリと何かに飲み込まれたかの様に消失している。
「相変わらず不思議な光景だな」
機嫌が戻ったらしいエヴァが肩肘をつきながら言った。
俺は門の中をごそごそと手探りで探す。
「おい、無いぞ」
<も、もっと奥ですっ。――んん、あっ、あぁ……んんー!>
「……」
シルフの体を張ったギャグには関心するが今はラムネ優先なので無視する。
「ん」
何かが手の先に当たる――これか?
その何かを掴み、歪みの中から手を引き抜く。
手に握られていたのは――
「セミの抜け殻か。ハズレだな」
「何故セミの抜け殻が……」
エヴァがあきれたように言った。
「んなもんこっちが聞きたいわ!」
<逆切れですねっ、マスター!>
シルフがやたら嬉しそうだ。
何で嬉しそうなんだ。
しかし、セミか……。
抜け殻を弄びながら、ぼんやりと虚空を見つめる。
「思いだしたよ」
「前世の記憶でも思いだしたか?」
エヴァがからかう様に言うがスルー。
「これ、カブトムシ取りに行った時に拾ったものだ。二年前、だったかな」
「カブトムシですか?」
「ああ、何ていうか童心に戻って、みたいな? へへっ」
<テレビでカブトムシが高く売れるというにを見たんでしたよね、マスター?>
「ばらすなよ!?」
「………」
「童心に戻ることはとても素晴らしいことだと思います」
茶々丸さんのフォローが地味に心に染みる。
そしてエヴァの視線が痛い……。
別にいいじゃん一攫千金目指してたって。
「そのお金でさ二人にプレゼントでも買おうと思ってさ」
「……あ」
「おい茶々丸騙されるな。大体だ、普通はその前に家賃を払うところだろうに」
ちっ。
それにしても家賃か……家賃!?
「家賃……だと……!?」
「ああ家賃だ」
「ただで泊めてくれると聞いた所存で御座いますがね!」
動転してわけわからん言葉に!
初耳だ!
「ああ、確かに言ったさ。……だがな貴様が来てどれくらい経ったと思う」
「時間とかさ、俺たちの間には無意味なものだと思うんだよ」
――ごつん。
頭をぶたれましたよグーで。
超痛い。
真面目に答えないとその先に待っているのは死か……。
俺は宙を見つめながら、指を一本ずつ折った。
一本、二本、三本……
「今日で――3週間だっけ?」
「………」
「すいません。3年です」
エヴァの視線が刃物を連想させる鋭さになったので、真面目に答えることにした。
――そう、俺とこの時計がこの世界に来て3年が経過している。
まずは俺たちがこの世界に来て、如何にこの少女に出会ったかを説明せねばなるまい。
そう始まりは3年前のあの日だった……。