「この河は……これだけの距離を一瞬で転送するなんて。西洋魔法も凄いですね」
「陰陽術でも似たようなのあるけどな。ただアイツが最強クラスってだけだ」
人気のない田舎町の河原。
二人は辺りを見渡して、京都に無事帰って来たことを確かめる。
流れは穏やかで、漂う枯れ葉は沈むことなく悠々と船のように進んでいく。
幼少期、和葉と木乃香、刹那の三人がユキによく連れて行ってもらった思い出の河。
日はもうすぐ一番高くなる頃だ。
「最強って、そんなに凄い人だったんですか!? しかしわざわざフェイトさんに頼まなくても、和君やユキ姉様ならこれくらいできたのでは?」
風景を懐かしんでいた刹那だったが、想像以上の言葉に驚きを示す。
「そんなに万能じゃないぞ。俺もユキ姉も基本的に土地に依存するからな。長距離転移はノイズの影響が大きすぎて厳しいんだよ」
「和君にも苦手な事あったんですね。意外です」
「俺がかけっこで刹那に勝った試しがあったか? そういうこった」
バツの悪そうな顔をする和葉の言葉を受け、刹那もしまったとばかりに申し訳なさそうにする。
「すみませんでした。それともう一つだけ質問をして構いませんか?」
「何だ?」
「なぜあの場にユキ姉様ではなく私を連れて行ったのですか? 三人とも真剣に話し合っていたのに、ほとんどわからないことばかりで役に立てませんでした」
「気まずい思いをさせて悪いな刹那。でも今までは木乃香の護衛に専念してもらったけど、俺が帰って来た以上色々と知ってもらわないと困るから。だからあえて何も知らない状態で連れて来たんだ。実際、昨日帰ってきて真っ先にするような話じゃないしな」
俯く彼女の頭を軽く叩いて謝罪する和葉。
「いえ、私があまりにも物事を知らなかっただけなので。でも……」
「本当悪いと思ってるよ。だからそんな泣きそうな目で見るなよ。ほらっ、着替えて早く戻るぞ。会議と宴会が待ってる」
懐から呪符を出して刹那に渡す。
和葉はもう一枚の呪符で狩衣姿になる。
表は白地に裏は萌黄がかった柳色。
邪魔そうにして烏帽子を脇に抱えている。
刹那も渡された呪符を用いて、袖のない烏族の戦闘服に着替えると、和葉と共に本山へと向かった。
本山の寝殿に会する関西呪術協会の幹部たち。
参加しているのは派閥に関わらず、各方面の博士以上、又はそれに比肩する地位の者たちとなっている。
条件に満たないのは和葉の式として特例の刹那のみだ。
「陰陽権助、近衛和葉。魔法世界の視察と渉外の任を終え、ただいま帰還致しました」
和葉は刹那と共に、詠春の前で膝を付いて報告を行う。
長である陰陽頭を補佐する次官が陰陽助であり、それの定員外の官人である陰陽権助。
これが彼の立場であり、上から三番目の地位にあたる。
和葉は離れた地で生活していたために、このような地位があてがわれていた。
だが名前だけの官職という捉え方もできなくないことが、彼の立場を不安定にさせている。
「和葉、良くぞ帰ってきました。それから刹那君は正月以来ですね」
関西呪術協会の長、近衛詠春が和葉と刹那の下へ歩み寄り、二人に言葉を掛けてきた。
年相応に頬がこけてきたものの、気の流れには淀みがなく、一挙一動が卓越した武人のそれである。
青山家からの婿養子の詠春がこの地位に座り続けることができているのは、真摯さや政治手腕よりも卓越した武芸によるものが大きかった。
和葉の眼からしても、前回の帰郷のときと比べても衰えている雰囲気は微塵も感じられない。
むしろ和葉の実力が詠春に近づいたからこそ、その超えるべき壁の大きさに思わず息を呑んでしまう。
隣の刹那は同じ神鳴流であるため、和葉以上に実力差というものを理解しているらしい。
さらに緊張が増したのか、若干上擦った声で詠春に報告を上げる。
「はい。お嬢様も元気にしておられます。本日はご学友の皆さんと共にユキ様を図書館へご案内に行ってらっしゃいます」
和葉の麻帆良来訪の理由の一つである図書館島の禁書の捜索。
なるべく早いタイミングで関西に戻らなければならない和葉に代わって、ユキが一足先に図書館島の視察を行う手筈になっている。
都合のよいことに木乃香がクラブ活動で図書館島に精通しているため、彼女に案内役を引き受けてもらうことになった。
そのため刹那とユキが護衛を交替することができたのだ。
「そうですか。いつも護衛をありがとうございます。ユキ殿が一緒なら問題ないですね。二人とも、今日は半日ですがゆっくり羽を伸ばして下さい」
「ですが、長。その前に皆へ挨拶と、簡易な報告をいくつかよろしいでしょうか?」
「うむ。聞かせてもらおうではないか権助殿よ」
「こちらのことを放置したまま、またあちらに戻ったのです。納得できる成果を聞かせてもらいたいものですな」
報告を上げようとする和葉に対し、強行派と中立派の幹部から鋭い声が上がる。
彼らが不服そうな眼をしているのは当然のことであり、それを和葉も刹那も理解していた。
斜に構えた者たちへの苛立ちを抑えながらも和葉は言葉を続ける。
「はい。魔法学校を卒業してからの5年間の報告をさせて頂きます。一度帰国し再びアチラに渡った目的ですが、魔法世界各国の情勢を把握するためにあります。ユキと共に主な都市や、遺跡、霊地を旅してきました。前の大戦から20年も経っていますが、未だに大きな爪痕が残っております。政府に恨みを持つテロリスト、奴隷に身を落としたままの者もいれば、貧困や民族間の禍根による紛争も絶えません。実際私自身戦火に巻き込まれ危うく命を落としかけたことも少なくありませんでした」
「この時代に奴隷とは、人を何だと思っとる!?」
「おい、それは前の報告でもあったはずや。落ち着け近藤」
「せや、そんなんやからウチの人たちにも平気で戦争に行って来いなんて言えるんや」
「ヨネ婆も落ち着け」
和葉の熱弁に驚きや賞賛の目を向ける者ばかりではない。
大戦での仕打ちに対して怒りや悲しみの感情が先走る者へ、改革派の幹部がフォローを試みるが効果は乏しい。
和葉の言葉に露骨に眉をひそめ舌打ちする者が多いのは強硬派と中立派の一部。
場を荒らした者たちへまたか、と呆れた顔をする者が多いのは穏健派。
どこへも組せず静観しているのが中立派と言った具合である。
次期当主を名乗りながらも、彼はまだ若い。
そして何より関西に在籍した期間が幼少期のみという大きなハンデ。
遠方から組織していた改革派の部下はともかく、他の派閥で彼に理解のある者はごく僅かだった。
「あいつらには人の血が通ってへんのや。ウチの人はそんな人の面した化け物に騙されたんや」
「お婆の言うとおりや。それに俺は知ってるで、向こうでは化け物が普通に歩いとるらしいやんか。ホンマ信じられんわ。せやから」
ゆえに彼らが激昂するのも無理はなかった。
一人が口を開くと、それに追随して罵詈雑言が飛び交う。
しかし、
「黙って聞きなさい!」
あの温和な詠春が吠えた。
憤っていた面々は鋭い目線を彼に送るが、気圧されたのか直ぐに肩を落として俯いた。
初めて見るかもしれない父の姿を、和葉は目を丸くして眺める。
詠春に促され報告を続けた。
「議論は後で時間を設けます。まずは報告が先です和葉、続けて下さい」
「私の不用意な発言で場が乱れ、申し訳ありません。まず誤解なきように申し上げますと、奴隷と言っても、ある程度の身分と人権は保証されています。各国政府が保有を認めているので制度はしっかりしています。逆を言えば皆さんが指摘されたような利己的な考えを持つ者が多いのも事実でしょう。私も同じことを感じることが多々ありました」
「和葉」
「はっ」
「貴方も含め、ここに集まった皆には時間がありません。要点を絞ってお願いできるでしょうか? 皆も同じ想いでしょう」
長々と話す和葉に対し、核心部分に入るよう詠春に指示される。
その言葉を受け、和葉は周りを一度見渡した。
誰もが真剣な眼差しを彼に向けている。
和葉は覚悟を決めたのか、彼らに向かって頷き返すと詠春へ願い出た。
「大変申し訳ありませんがこれから私がする話は、今は他言無用。誓約を付けさせて頂きたいのですがどうかこの非礼を許して頂けないでしょうか?」
「それほどに重大なことなのですか?」
物々しく言う和葉に対し、低い声を更に落として詠春が問う。
「はい。過去の大戦について判明した真実と、新たな大戦の兆しについて。」
「なっ、黒幕がわかったんか!?」
「それよりも新たな大戦についてや。あれだけの戦がまた起きるんか?」
「おい、若様それはいくらなんでも……」
「事実です。もっと大きな戦になる可能性があります。それも今度は表をも巻き込むほどの」
「何だと!」
“真実”そして“大戦の兆し”という言葉に再び場が騒然となるが、静かに響く声で詠春が場を治めた。
「静粛に。和葉、誓約を認めます。続きを」
「ありがとうございます、長。それでは」
和葉は懐から取り出した呪符を頭上へ投げる。
呪符はそれぞれ飛翔して床に配置され、二重の五芒星を基調にした陣が生成された。
和葉と詠春の両名で真言が唱えられ、陣が起動する。
碧色の光が場に居る者全てを包み込み、それぞれの体に吸収されるようにして消えていった。
「これでこの場での出来事は他言無用となります。和葉、続けて下さい。大戦の予兆とはどういうことですか?」
「まず、過去の大戦が起こった理由から離さなければなりません。長はご存知でしょうが少しお待ちください。以前報告させて頂いたように、前の大戦は一見、ヘラス帝国とメガロメセンブリアの経済問題、民族問題が発端とされていましたが、この大戦には黒幕がいたとされます。それが『完全なる世界』という組織です」
「しかし若、長が所属していた紅き翼が奴らを倒したことでその戦は終わったということは聞いたえ。でも問題は『何で大戦を起こしたのか』、そこが問題なんやろ?」
前回の帰郷の際の和葉の報告もあってか、西洋嫌いの面々も西洋や魔法世界についての情報について基本的な部分は理解するようになっていた。
確認を取るように言うのは強硬派の若手幹部。
長い黒髪を後ろで束ねた彼女からの鋭い目線が、互いの眼鏡越しに和葉へと向けられる。
煽情的と言ってもいいほどに胸元が開いた着物を纏った彼女は、和葉を除けば最も若い幹部だ。
「はい。彼らの暗躍によって各国の政府が煽動され、大戦が起こったとされます。しかし問題なのは先程指摘頂いたように、何故彼らがそのような事をしたのかという点です。彼らが黒幕であることが向こうの教科書にも載っていますが、彼らの目的は不明とされています」
「でも若様には分かっとるんやな?」
「ええ。そのためには魔法世界の成り立ちから説明しなければなりません。魔法世界はもともと存在していたわけではありません。遥か昔に創造主と呼ばれる術者により、高度な結界術を用いて作られた人造の異界なのです。この事実は各国元首クラスの一握りの人間のみが知っています」
「社の神域と同じようなものか」
中立派幹部の的確なフォローに和葉は頷く。
他の面々も頷いていることから、イメージを掴むことができているようだった。
「そして問題となるのが二点。一つは魔法世界人と呼ばれる原住の人々は魔法世界と同じく作られた人間であるということ。式神ようなエネルギー体であると認識して下さい。亜人が多い傾向がありますが、基本的にはこちらの人間となんら変わりがありません。しかし彼らの肉体と魂は魔法世界と同じエネルギーから成り立っているという一点のみが異なります」
彼の言葉が理解できるが故に、周りの者たちの表情は段々と険しくなっていった。
理解力に乏しい刹那でさえ、その異様な空気に当てられて首筋に汗を流す。
全ての事情を知っている詠春に至っては、堅く拳を握りしめたまま次の言葉を待った。
「そしてもう一つ。その魔法世界そのものが崩壊の予兆を見せていること。先ほど申し上げたように魔法世界は高度な結界術によって作られた異界です。異界が崩れれば当然魔法世界人はその存在を保てません。そこで二十年前に動いたのが『完全なる世界』。魔法世界人の魂を魔法世界に還元することで世界の延命措置を行い、戦争の混乱に乗じて大規模儀式魔法を完成させ、新たな異界へ魔法世界に住む者たちを転送するというものでした」
さらなる衝撃の事実を突き付けられ、呆然とする一同。
ただ詠春だけが口惜しそうに下唇を噛んでいる。
「和君、それでは紅き翼のやっていたことは一体?」
他の者が黙っていたためなのか、最初に口を開いたのは刹那だった。
本来発言を許される立場ではないが、同じ想いを抱いた者が多かったのかそれを咎めることはされなかった。
「まるで道化だと笑いますか?」
それに答えたのはかつてその一員として称えられた詠春だった。
伏目がちなその顔に満ちているのは自嘲の感情であろう。
しかしそんな詠春に対して和葉は首を横に振った。
「紅き翼の活躍で大戦は終わりました。それで多くの人々が救われたのですから、そのことに意味はあったのでしょう。手法に問題があったとはいえ、完全なる世界の救済策を妨害したことについて、その行為が正しかったのかどうかは、もう少し先の未来で評価されるべき問題だと私は思います」
「貴方は責めないのですね」
「責められるべきは各国政府も同じでしょう。これだけの重大なことを公表するのは確かに危険ですが、まともな対策を立てて動いている人間がほとんどいなかったのですから」
「そうですね」
我ながら情けない、と項垂れる詠春。
対する和葉も眉をハの字にして、申し訳なさそうにしている。
「和坊、これだけのことよう調べてくれた。わし等だけやったらここまで辿りつけんかったわ」
「しかし若、これではメガロやヘラスどころか、完全なる世界も憎むに憎めへん。我らのこの行き場のない感情はどこへ向ければええ?」
多くの人間が和葉からもたらされた情報の重大さに考え込む素振りを見せていたが、恰幅の良い中立派の壮年術師が口を開き、強硬派の白眉の翁が続く。
「大戦の兆し」
大胆な着物を着た強硬派の若手幹部が呟いた。
「その感情を大戦阻止へ向ける。要はウチらに協力せえ言うんやろ?」
「察しが良くて助かります。仰るとおりです。何故、そのような事態が懸念されるか? ですよね。先ほど申し上げたように魔法世界は徐々に崩壊の兆しを見せています。そしてもしこのまま何の対策も討てず崩壊を迎えたらどうでしょう。魔法世界人が消えるだけでなく、魔法世界人以外の者は異界の外に投げ出されます」
「そして当然行き場を失くした人間はこちらに押し寄せて来るということやな?」
「そういうことです」
「何となく事情が呑み込めて来たわ。千草嬢の言うとおりなら次は魔法世界での内戦どころか。こちらへの侵略戦争やないかい」
「侵略戦争 !? そんなわけが」
馬鹿なと言いかけた詠春。
それを遮るようにして和葉が可能性を示唆する。
「充分にあり得ます。特にメガロメセンブリアには地球から移住した人間が多いです。元老院の旧マクギル派及びクルト派はスタンスこそ違えども、近年旧世界への求心力をうたっています。ヘラスやアリアドネーも魔法世界人の比率が多いとはいえ油断はできません」
「若、魔法世界からの移民の予想数は?」
「六千万人以上、程度の差はあれ魔法を使うことができる人間が大半です」
「今の人口増加のペースから言ったら食糧とかヤバいんちゃうか?」
「それもあるが裏社会の均衡が崩れる!」
「いやいや、あっちの人間が何も知らんとこっち来て、社会に適応できるんか? 民族問題どころちゃうで」
「地球、いや表をも巻き込むか。これは我々だけでどうにかできる問題か?」
「食糧問題、裏世界の抗争、新たな民族戦争……これでもかという位に火種があるわな」
その嘆きは場に居る全員の共通した思いだった。
和葉の報告の後、積極的な議論が幹部間で交わされた。
魔法世界が崩壊しているということに関しての具体的な情報源を求められたりもした。
和葉自身がアリアドネーでの研究で偶々その実験データとしてその事実を発見してしまう。
それによって魔法世界から退くに退けなくなり、卒業後も魔法世界で研究を続け、いつの間にかその分野の第一人者となってしまったこと。
それらの経緯を話した上で、今回の麻帆良来訪の意義を話した。
その甲斐あって、西に戻れない理由などもある程度理解されたようだ。
誓約もあって詳しい内容は他言できないが、各派閥とも議論を持ちかえるとの事になり解散となる。
本来は宴が用意されていたのだが、それどころではないということで中止となった。
「で、君は何でここで正座してるんだい?」
寝殿を出たのは和葉たちが最後。
刹那の他に三人の幹部を引き連れている。
戸を開けて直ぐのところに、十歳位に見える少年が正座させられていた。
周りが正装しているためか、身に包んだ学ランが場に浮いている。
そして何よりも目を惹くのがボサボサの長髪から飛び出た犬耳と背中で揺れている尻尾。
「聞いて下さいよ若。このガキいつの間にか庭に侵入してましてね。俺たち慌てて捕まえたんすよ」
「そうそう。捕まえたら捕まえたでコイツ、生意気にも坊ちゃんの式や言うんですわ。坊ちゃんの式は天狐の姉さんと桜咲の嬢ちゃんってのは常識でしょ? 何か企んでそうな感じもないし、若に聞くのが一番かと思うて、とりあえず正座させといたんやけど」
槍と脇差を携えた二人の若い衛兵が困ったように和葉に言う。
彼らの言葉に眉をひそめる和葉であったが、後方の刹那と幹部の青年が反応した。
「小太郎君!?」
「何しとるんや小太郎!!」
「よぉ、刹那姉ちゃん久しぶりや。あまりに帰りが遅いから、ちょっと気になって覗こうと思ってんけど……まぁ見ての通りやわ」
正座させられてバツが悪いからか、耳を少し地面へと傾けて少年が挨拶をした。
「君が噂の小太郎君か。随分元気がいいようだな」
会議のときに封印していた満面の笑みを向ける和葉。
少し屈んで顔を近づけると、鋭い風斬り音とともに手刀を繰り出した。
「痛っ! 兄ちゃん気ぃ込め過ぎや!」
「ははっ、俺なんかでそんな言ってたらこれからもっと大変だぞ。今のは俺に恥をかかせた罰だな。俺の式になるんだ。しつけは厳しく行くぞ?」
「ゴメンなさい和君。……推薦したのに何だか不安になって来ました」
頭を両手で押さえる少年と、ケラケラ笑う和葉の顔を見比べながら刹那はため息を付く。
周りの衛兵も首をかしげていたが、「もう大丈夫」と和葉が言うとそれぞれの持ち場に帰って行った。
「はじめましてだね。小太郎。俺が改革派代表の近衛和葉だ。公の場以外なら君の好きに呼ぶと良いよ。ほら、立てるか?」
「……どうも。せやったら和葉兄ちゃんて呼んでええんかな?」
和葉に手を差しだされ、足をふらつかせながらも少年は立ち上がった。
「あぁ。一緒にこれから生活するんだからな。今日から俺の弟だ。頼むぞ小太郎!」
「わかったわ。よろしく頼むで和葉兄ちゃん」
「おう。小太郎、お前ノリいいな」
胸を叩いて返事する小太郎。
再び和葉は手を差し出し、強く手を振って握手する。
「コイツにはそれしか取り柄がないですからな」
「こういう快活な子が必要だったからな。みんなの推薦は間違ってなかったよ」
豪快に笑いながら改革派の青年が小太郎の背を叩く。
「それで、今回の任務って和葉兄ちゃんの式神としてサポートすればええんやな? 詳しいこと聞いてへんかったけど、実際何をしたらええんや?」
「まずは俺の活動の手伝いだな、まぁお遣いとかだ」
「なんかただの便利屋みたいやな」
お遣いという言葉に落胆して、肩を落とす少年。
その反応にムッとした和葉が脅すような口調に切り替えて言う。
「おいおい、他の組織が狙ってくるような物も頼んだりするからな。結構危険なこともあるぞ」
「おおっ! 運び屋か。それなら俺の十八番やで」
「それと刹那と一緒に木乃香や俺の護衛をすることもあるからな。俺の師匠の特訓が待ってるからな。覚悟しておけよ!」
「護衛任務もか! それに噂の狐の姉ちゃんに鍛えてもらえるんか! ホンマ楽しみや」
「小太郎君、本当に生き生きしてますね」
任せられるのがかなり重要な任務と分かると、とたんに目が輝き始めた。
決意を込めているのか、両手に握り拳を作る小太郎。
そんな彼に刹那は微笑む。
「そりゃそうやで。和葉兄ちゃんが刹那姉ちゃんを護らんかったら、誰も塾を作ろうなんて思わんかったて聞いた。俺らみたいな半妖を拾ってくれた改革派に、それも和葉兄ちゃんに直接恩を返せるんや。漢として本望やないか」
小太郎の言う塾とは一種の孤児院であり、彼のような半妖の身よりのない子供などを引き取って預かる施設だ。
和葉に保護された刹那が神鳴流で頭角を示したことで、半妖への彼らの実力面での評価が高まった。
戦力の増強という打算もあってか、勢力を伸ばすことに力を入れていた改革派は小太郎のような子を保護し、教育するようになっていったのだ。
和葉本人が直接動いた結果ではないため、恩と呼ばれる覚えはない。
しかし和葉も面と向かって言われると照れくさいのか、耳の裏を掻きながら苦笑する。
「なんか美化されてんな。俺はともかく、塾を立ち上げたのは賀茂さんたちだからな。あと二週間、ちゃんと出て行く前に挨拶しておくんだぞ」
「改革派や学校のみんなとも一時お別れやしな。あっ、そうや。幹部会での宴は中止なんやろ? 鶴子姉ちゃんたちが御馳走用意してんねん。みんな待っとるから早よ行かな!」
そう言って駆け出す小太郎。
たびたび振り返って和葉たちに付いてくるように促す。
「実際会ってみて、小太郎君はどうですか?」
少し小太郎から離れたところで刹那が問いかける。
「刹那たちが推薦するだけあるよ。さっきの一撃があの程度で済むのなら実力は上々。それに彼のさっぱりとして人見知りしない性格は理想的だ」
「そうだといいですけどね。でも小太郎君まで式にするなんて。麻帆良を刺激しないようにというのはわかりますけど」
「ひょっとして、ジェラシー?」
「そんなことはないですが。でも……“とくべつ”は」
茶化したように言ってみる和葉。
しかし刹那が寂しそうな顔をするのを見て、しまったというように苦笑いする。
「心配すんなって。小太郎はネギ君の“とくべつ”になるんだから」