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No.29095の一覧
[0] 不死の子猫に祝福を(エヴァ主人公・本編再構成)[ランブル](2011/07/31 22:59)
[1] 1話「憂い」[ランブル](2011/07/31 00:19)
[2] 2話「裏切り」[ランブル](2011/08/09 01:56)
[3] 3話「嘆き」[ランブル](2011/08/17 23:56)
[4] 4話「可能性」[ランブル](2011/09/07 16:25)
[5] 5話「彷徨」[ランブル](2011/09/25 00:31)
[6] 6話「迷人」[ランブル](2011/10/07 14:53)
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[29095] 3話「嘆き」
Name: ランブル◆b9dfffe8 ID:6aeaada3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/17 23:56
この世に生を受けてから600余年。
私はその多くの時を誰の温もりも知らずに生きてきた。
親の愛情も。
恋人からの熱情も。
心を赦した物との友情も。
何もかも、私は知らなかった。
だって私は何時いかなる時も一人だったから。
誰もこんな─────『化け物』の私なんて受け止めてくれはしなかったから。

ある所では人の血を貪る悪魔だと罵られ、石を投げつけられることもあった。
ただ私はそこに留まりたかっただけなのに。
ある所では魔女と呼ばれ、宗教家から目の敵にされたこともあった。
ただほんの少しの平穏が欲しかっただけなのに。
そしてまたある所では、他人から裏切られて危うく火炙りにされかけたこともあった。
ただ受け入れて欲しかっただけなのに。
皆が皆、私の事を化け物だと罵り、刃を向ける。
男も、女も、子供も、老人も、只人も、魔法使いも……その誰もが須く私の敵だった。
この身が呪われた身体であったばかりに。

故に私は何時でも独りだった。
何時の日も、何時の世も私は誰の傍らにも寄り添う事は叶わなかったのだ。
だから私は誰の温もりも知らなかった。
だって、知る由もなかったのだから。
優しく声を掛けて貰ったことも。
誰かにぎゅっ、と抱きしめられたことも。
意中の者と口付けを交わしたことさえ、私にはただ一度もない。
永劫にも思える時を居場所なく彷徨い歩くほか生きる術を持たなかった私にとってみれば、そうした優しい情景たちは決して手の届くことのない空想の産物でしかなかったのだ。

けれども、私は出会った。
そんな悠久の時を超えて、奴に出会うことが叶ったのだ。
こんな化け物の私でも正面から受け止めてくれる、そんな男に。
無論、魅かれるのは早かった。
肉体を求めるのも、心を欲したのも。
この男の傍らにありたいと心からそう思うのに然程時間は掛からなかった。
だって長年追い求め、夢想したモノの全てが奴には備わっていたのだから。
恐らく世界でただ一人、この男だけが私を女として見てくれると信じさせてくれる温かさを奴は─────ナギは有していたのだから。

だから、私は心からナギの事を愛した。
子供が出来なくてもいい。
再び世界から恨まれても構わない。
ただこの男と……ナギと共にあれさえすれば他には何もいらないと本気でそう思った。
そしてまた奴も、私の事を欲してくれた。
其処に行きつくまで幾度となく右往左往としたけれど、最後は私の思いを受け止めてくれたのだ。

嬉しかった。
誰からも愛されたことなどなかったから。
楽しかった。
それまでの人生がまるで嘘だったように毎日が輝いたから。
幸せだった。
愛した者の温もりがすぐ傍らにあると確かに感じることが出来たから。
あの時の私たちの心は、確かに繋がっていた筈だった。

でも、奴は私を捨てた。
そう信じたくはなかったけれど、真実ナギは私の事を檻に閉じ込め、そして逃げたのだ。
私の果たせなかった己が子を孕める女の元に。
奴は私の事が邪魔だったのだろうか。
分からない。
解りたくもない。
でも、きっと真相はそうだったのだろう。
私が愛を求める傍らで奴は私の事を鬱陶しいと思っていたんだ。
その心の内側に別の女の影を忍ばせていたのだろうから。
奴は初めから私のことなど欠片も愛してくれてなどいなかったのだ……。







爺から真実を告げられた後、私は逃げ去るように学園長室を飛び出した。
その際、二、三爺と言葉を交わしたような気もするが正直自分が何を言ったかなど憶えていない。
気が動転していてそれどころではなかったのだ。
14年の月日が流れ、ナギの悲報から9年の歳月がたった今知らされた本当の現実。
それを何の覚悟無く受け入れるには私の心はあまりにも脆かった。

ずっと信じていたのだ。
ナギが私の事を愛してくれていたんだって。
そんな願望だけを頼りにこの14年間、私はただ奴の事だけを想って生きてきた。
けれど、私は裏切られた。
知ってしまったのだ。
知りたくもなかった真実を。
そして理解させられてしまったのだ。
所詮ナギもまた私を受け止めてくれなどしなかったんだって。
それ故にもはや私には夢に逃避することも、奴との幻想に縋る事さえままならない。
今の私には、もう何処にも逃げ場所などありはしなかった。

「ぅ……げぇ……」

ぴちゃり、ぴちゃりとまた口元から吐瀉物が零れて落ちる。
もう胃の中は空っぽだというのにそれでも吐き気が止まらないのだ。
爺の元を飛び出して、家に逃げ帰ってからはずっとこんな調子。
ただ酒を飲むのトイレで吐き出すのを私は繰り返してばかりいる。
何時もならもう止めようと理性がストッパーになっていてくれたことだろう。
だけど、もはや私にはそんなことを考えている余裕すらない。
ただ飲んで、ただ吐き出す。
へべれけに酔ってこうでもしなければ、私は己の正気を保つ自信がなかった。

「ぅぅ……ぁ…っ……」

ずりずりと地面を手で床を這い私はまた元の場所へと戻っていく。
酒が欲しかった。
時間の感覚が分からなくなるほど酔っ払い、胃液すら吐きつくしてもまだ私の思考は酒を飲むことを求めるのだ。
そうでもしないと私は今にも自らこの身体を引き裂いてしまいたくなるから。
この世のなにもかもを呪いたくなってしまうから。
傍らにあるもの全てを手当たり次第に壊したくなってしまいそうになるから。
私は自らの激情を抑える為に、酒によって狂うのだ。
ほんの少しだけでも胸で疼く悲しみを忘れたいが為に。

「うっ……! ぁぁ……」

こみ上げる吐き気を押し留め、私は手探りで床に転がるあまたの酒瓶から中身のあるものを探して回る。
時折割れた硝子の破片で手の内が裂かれるのを何度か感じたがもはやそんな事は微塵も気にならなかった。
血塗れの手でワインの酒瓶を引っ掴み、そして一気に呷る。
すると途端に喉が焼け付くように熱くなり、また意識が現実から遠ざかっていく。
何もかも忘れたかった。
今日告げられたことも、このふざけた現実も。
全部、忘れてしまいたかった。
けれど、それはどうあっても叶ってはくれそうになかった。
だってもう記憶の中の奴は私に微笑んではくれないから。
ナギは私のことなんて愛してくれてなどいなかったと知ってしまったから。
私はもう何処へ逃げることも、何に縋る事も出来はしないのだ。

「んくっ……んっ……」

喉を鳴らし、只管に私は自身の意の中へと何の価値も無くなった柘榴色のアルコールを流し込んでいく。
70年物のブルゴーニュ産ヴィンテージワイン。
ナギが私の元へと帰って来たときの為に大事に取って置いた極上物だ。
普段口にしている安物とは違う。
光に生きろというナギの言い分に従い、慣れない内職とアルバイトを繰り返して貯めた金でやっと購入した思い入れの深い一品なのだ。
それ故にナギの悲報を聞いて自棄になった時も奴との絆の証として飲まずに今までずっと保管し続けてきた。
けれどもう、そんなことを気にする必要もない。
ナギとの絆なんて全部私の思い過ごしに過ぎなかったのだから。
愛も、優しさも、温もりも全部私の妄想から生まれた幻でしかなかったのだから。
本当に馬鹿馬鹿しくてたまらない─────それこそ、思わず泣いてしまいそうになるほどに。

「くそ……ひくひょう……!」

酒を飲み終え、空き瓶をそこ等へと放り捨てながら私は思わずそう悪態をついた。
呂律など回るはずもない。
けれども、そんな舌足らずな言葉を代弁するかのように私の頬には自然と大粒の涙が伝っていた。
酷く悔しかった。
ナギに裏切られた事も勿論そうだし、何処の誰とも知れない他の女が奴の心を奪っていったのかと思うと腸が煮えくり返りそうになる。
でも、それ以上に私は子供を残すことの出来ない己自身が何よりも悔しかった。
この身体さえ全うな女のそれならばきっと私はナギのことを繋ぎ止めておく事も出来たはずなのだろうから。
きっとこの身が色香に溢れたものであったなら奴の心は私から離れることはなかったのだろうから。
私は何よりも、幼子の姿のまま成長できないこの身体を嘆きたくて堪らなかった。

「ぅぅ……ぐすっ……。なんでだよぉ……そんなに自分の子供が産める女がよかったのか? だから私のことは捨てたのか? なぁ、ナギぃ……」

朦朧とした意識の中で私は記憶の中の奴にそう言葉を投げる。
返事などない。
けれども答えは結局一つなのだろう。
真実ナギが私をこの学園へと鎖をつけて放り出し、他の女と子を成したということは。
奴は結局、私なんかよりも後ろ暗さのない普通の女の方がよかったのだ。
きっと私を抱いた理由だって同情か何かだったのだろう。
下手をすれば単純に体のいい女としてしか見ていなかったのかもしれない。
無論その是非は定かではないけれど、もはや私にはそうとしか思えなかった。
今まで何気なく感じながらも見ない振りをしていた疑問のすべてに説明がついてしまう故に。

「……私にはお前の女たる資格などなかったのか?」

違うと思いたかった。
けれど現実は残酷にもすでに真実を告げている。
奴は子を孕めない私よりも己が産める女を選んだ。
自身が平穏を与える側にいるよりも、誰かに平穏を与えてもらうことを選んだのだ。
そう考えれば確かに私は奴にとって重荷だったのかもしれない。
私は何時もナギから何かを与えられてばかりで何も返してやれはしなかった。
奴に寄り添って欲しい物を求めてばかりで、結局何一つあいつが欲しがっていた物を与えてやることは叶わなかった。
そう思うとある意味あいつが私を捨て、他の女の下へと走ったというのも当然のことなのかもしれなかった。

ナギは常日頃から言っていた。
英雄になんてならなければよかったと。
何処にでもありふれているような平穏の中で生きたかったと。
もしも叶うのならば魔法のことなど忘れ、好いた女と子供でも作ってひっそりと暮らしたいと。
まるで弱音を吐く子供のように何度も何度も私に語って聞かせてくれた。
きっと奴のことを噂でしか知らないような者にとって見れば信じがたい言動なのかもしれない。
けれども、奴の本質は回りの人間が思っているような屈強な者のそれではなかった。
むしろその逆。
奴はその破天荒な性格の裏に子供のような繊細さを併せ持った男だったのだ。

奴は何時も雁字搦めだった。
世間に、味方に、敵に─────そして何より『千の呪文の男』という自らの英雄像に縛られ、満足に本音を語ることも許されず自らの意思に関係なく戦い続ける。
逃げられなかったのだ、ナギは。
一個人が背負うにはあまりにも巨大な期待とそれに比例して付き纏う憎悪の視線から。
自らが成した功績と犯した罪に奴は足を取られ、奴は後にも先にも足を踏み出せなくなってしまったのだ。
それ故に奴は何時も恐怖していた。
次第に他人の意思に沿って動くだけの殺人機械へと変わろうとしていく己自身のことを。
まるで母から罰を受けることを恐れ震える童のように「怖くて怖くて堪らない……」と弱音を吐いていたのだ。

だからこそなのだろう。
私が奴に本当の意味で惚れたのは。
境遇に関する共感だとか、同じような罪の意識に対する同情も勿論あったのかもしれない。
けれども、その根本にあったのはこの男を傍らで支えてあげたいという純粋な想いだった。
きっとこのまま一人で走り続ければナギは何れ壊れてしまう。
そうなる前に誰かが奴の拠り所となってナギという一個人を認めてやらねば、ナギは本当に英雄という名の心無い大量虐殺者に成り下がってしまいかねない。
そう危惧が故に私は決めた。
私がナギを拠り所として求めるように、私もナギの巣となって奴のことを受け止めてやろうと。
少しでもナギの心を癒せる拠り所として我が身を差し出そうと。
ナギの女となることで我が身を奴の平穏の証としようと、そう決意した時私は気がついたのだ。
己が心底ナギに惚れ込んでいたのだということに。

だが、現実はどうだ。
確かに奴は私の想いを汲んで私を頼ってくれたし、抱いてくれもした。
けれども、結局私は何一つ奴の心の隙間を満たしてやることは出来なかった。
女として母性も魅力のない童女の身体。
巣の役を担うにはあまりにも他者の愛を知らな過ぎた過去。
そして子供を孕むことも出来ない不完全な我が胎。
そうした一つ一つが積み重なって、それでもなお私は奴の温もりを求めるばかりで─────結局、私はその器ではなかったということだ。
だから見限られ、捨てられた。
幾ら言い訳を重ねても、その現実は覆しようがない真実なのだ。
それが例え、どれだけ残酷な物であったとしても。

「重荷、だったのか……私は? お前にとって私はただの荷物でしかなかったのか? 教えてくれよぉ、ナギ……ナギぃ……」

その答えをくれる者は何処にもいない。
口元から漏れた疑問の声はただ中を漂い四散するのみだ。
丁度私のナギへの想いがそうであったように。
消えていく。
何もかもが。
寸分の欠片も、僅かな余韻すら残さずに。
ただただ立ち昇り、そしてただただ風化し崩れ去っていく。
私の声はもう、誰にも届かない。

「お前にとっての私とは一体なんだったんだ……!」

それでも私は叫ぶ。
誰も聞いてはくれはしないのだと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。
ナギにとっての私の価値の是非を。
あいつが何を想い、どうして私を捨て去ったのかを。
最後に別れる間際、奴は何を思って私に光に生きろといったのかを。
私は問いを投げ、それを求める以外に知る術を持ちはしないから。
けれどもう、その答えを与えてくれる者はいない。
ナギは─────私が愛し、またその愛を裏切った者はもうこの世にはいないのだ。
ならばもはや、私のすべき事など一つしかないだろう。

「答えは……ちゃんと聞かせてもらうぞ、ナギ……」

そういって私は傍らに散らばった酒瓶の破片から適当な大きさの物を手に取り、尖った切っ先を喉元へと向ける。
吸血鬼のこの身がこんな硝子片で死に切れるかは分からない。
だが、私は長年他者の血液を摂取してこなかったのだ。
故に全盛期のような生命力はまず望めないといっていい。
加えて、登校地獄の封印のおかげで再生能力も格段に弱まっている。
深々と喉を裂き、血を流せば何れ死に至ることも叶うだろう。
無論、9年前に果たせなかった『ナギの元へと赴く』ことも。

「私はお前を─────」

掌に力を込め、私はその切っ先をほんの少しだけ喉元から離して勢いをつける。
死ぬのならば一瞬がいい。
散々人を殺してきた私が言うのは難だが苦しんで死ぬのは真っ平だ。
逝くのならばなるべく苦しまず、眠るように死にたい。
ならば急所をはずすことは許されないといっても過言ではないだろう。
だったら、どうするか。
それはもはや語るべくもない。
この世に何の未練も残さず、一思いにやるしかない。
そしてもはや私にとってのこの世に対する心残りは唯一つしかなかった。

「─────今でもまだ、愛しているぞ……」

想いを、告げた。
それだけ。
私がこの世に思い残すことはただそれだけだ。
裏切られたのは分かっている。
あいつの心の中に私がいないことだって理解したくはないが納得はした。
だけど、それでも私はまだナギのことが好き。
愛しているんだ、今でも。
どれだけ蔑ろにされても、裏切られても、その想いだけはどうあっても揺らぎはしない。
だから、もはや独り善がりな考えでも構わなかった。
辞世の句に奴への想いを語ることが叶ったのならそれだけで私はもう……。
瞬間、私の手にした硝子片が私の喉を引き裂こうと迫り─────────

「止めるんだ」

その直前で動きを止めた。
正確に言えば私の意志で止めたわけではない。
切っ先を尽きたとうと迫った私の腕をこの場にいるはずのない第三者が掴んで止めたのだ。
驚いた私は不意に私の腕を掴んだものの方へと視線を向ける。
すると、そこにはついこの間顔を合わせた『あいつ』の姿があった。
この学園で爺を除いてもう一人、旧知の仲と呼べる物の姿が……。

「もう一度言うよ。こんな事はもう止すんだ、エヴァ」

高畑・T・タカミチ。
私の元同級生にして、現担任であり、ナギに勝らずとも劣らない功績をあげている男。
そんな彼が私の視界の中で厳しい顔つきのまま私をじっと見つめていた。
9年前とまったく台詞を口にし、あの時から変わらない雰囲気を醸し出しながら。
タカミチはあの時と同じように、私の自殺を止めていた。

「な、ぜ……?」

思わず、私はそう呟いてしまった。
どうしてタカミチが此処にいるのかとか、一体何処から入って来たとか色々と思うところはある。
だけどそれ以上に、何でまた9年前と同じように素直に死なせてくれないのかと私は思わざるを得なかった。
もう十分のはずだろう。
ナギが死に、この世に縋る唯一の拠り所すら簒奪された私のことを庇うのなんて。
なのにどうして、どいつもこいつも私のことをこうもこんなつらい現実の中で生かそうとするのか。
私はそれがどうにも疑問でならなかった。
この現実で生きること以上の苦しみなんてもう私にあるはずなどないと知っているくせに……。
そう思った途端、気がついたときには私は導火線に火がついたようにタカミチへと言葉を捲くし立てていた。

「どうして……どうして止めたんだ!? なんで! なんでだ!? どうして私を素直に死なせてくれない!」

「僕は君の担任だ。それでいてまだ僕は君の友人であると思ってる。生徒としても友人としても目の前で自殺しようとしているのを黙って見過ごせるわけないだろ」

「ふざけるな! お前に私の何が分かる! 何の気も知らないくせに勝手なことをするな!!」

そういって私はタカミチの手を振り払い、思うが侭にタカミチの背広に掴みかかる。
非力な私の力では精々その身体を揺すって言葉をぶつけることくらいしか出来ない。
けれど、何もしないよりはマシだった。
こうして当り散らしてでもいないと私は己の内に溜まった鬱憤を何処にぶつけることも叶わなかったからだ。
不満も、怒りも、激情も……何もかもが自分のうちで暴れて狂わないようにするには正直そうするほか道はなかった。
例えそれが不毛な行いだと頭の内では分かっていても。

「……君がどんな気持ちでいるのかは分かっているつもりだよ。けど─────」

「うるさい! うるさい! うるさい!! お前もどうせ知っていたんだろう!? 知っていて隠していたんだろう!? 奴に……ナギに他の女との子供がいるって。その癖に何をいまさら私に説教か! 知った風な口で偉そうなこと言うな!」

「エヴァ、聞いてくれ。頼むから」

「黙れ! もう、うんざりだ。何かに振り回されるのも、これ以上苦しむのも……。お前には分かるまいよ、タカミチ。好いた男に捨てられて、その上他の女との間に子供が出来ていたなどと聞かされた私の気持ちなどな! いいか、14年だ。私はそれだけ待って、耐えて生きてきた。なのにこの仕打ちはなんだ! それでもまだ私に生きろというのかお前は!? 9年前と同じように!」

一度滾った激情は暴れ狂わんばかりに沸々と煮え滾っていく。
タカミチにこんなことを言っても何も変わらないと理性の内では分かっていても、なお私は当たって叫んだ。
そうしなければ今にも気が狂ってしまいそうだった。
けれど、それは結局アルコールのせいで一時的に高ぶった感情が勢いに任せて身体を振り回しているという虚勢に過ぎない。
その証拠に瞬間的に沸騰した私の意識は解れた糸のように今にもプツンと切れてしまいそうなほど、ぎりぎりまで磨り減っていた。

「死なせてくれ、もう……。いっそ楽になりたいんだ。私には本当に何もないんだよ……。愛も、絆も、初恋の記憶も全部踏み躙られた……。それなのにこれ以上、生きていたくないんだよ……」

きりきりと意識の糸が解れて細くなる。
視界は歪み、耳鳴りは響き、膝は今にも地面についてしまいそうなほど震えてしまう。
恐らく、アルコールを摂取しすぎた代償なのだろう。
弱い10のままのこの身体。
化け物のそれではあるものの、アルコールを分解する力は同じような体躯の少女のそれとまったく換わりはしない。
そんな身の上で自棄酒を呷り過ぎた結果がこれだった。

けれども私はそんな朦朧とする意識の中でもう一言だけタカミチに言葉を継げる。
それは何かを思慮した上で出た物でもなければ勢いに任せて出した物でもない。
『自滅因子(アポトーシス)』の声─────あるいは本能とも呼ぶべき己の意思が死を求めた故のもの。
亡き者を求め、その者の元へと赴く為に必要なそれを欲するがために心のそこから希った、求めの言葉だった。

「死なせて、くれ……」

瞬間、私の身体はその場に崩れ落ち、そこで私の意識はプツンとテレビの電源を落としたかのように真っ黒なそれへと染まった。










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