10月17日金曜日、その日アスナは帰りのHRが終わるとすぐにクラスの友達に元気よく挨拶をして、誰もが驚く勢いで学校を後にし、女子寮へと戻っていった。
寮のロビーに駆け込んだアスナは一目散にエレベーターのボタンを押し、軽くその前で足踏みをしながら、エレベーターが降りてくるのを待つ。
その到着を知らせる音と共に中に乗り込み閉じるボタンを右手で押し、左手で6階のボタンを押す。
「着いたら早く着替えないと。あぁ、もう自分で階段上がった方が早かったかも」
ブツブツ言いながらアスナは鞄から鍵を取り出す。
そしてエレベーターの目的階への到着と共に、再び勢い良く飛び出し643号室を目指した。
握っていた鍵で部屋を開け、すぐに部屋に飛び込む。
アスナは靴を勢いに任せて脱ぎ、鞄を床に降ろし、制服を脱ぎ始める。
脱いだ制服を片付け、今度はすぐに今日の朝用意して出しておいた服に素早く着替え始める。
「うーん、これでホントに良いかしら?」
アスナは着てみたものの、その服で良いのか気になりだし、自分の姿を鏡に見てそう呟く。
「ううん、そんな時間もう無いし、いいわよね!よーしっ!」
自分で秋に合わせて選んだ落ち着いた色彩の服の組み合わせに納得し、アスナは無性に嬉しそうな表情で軽く両手で足を叩き、最後にコートに袖を通す。
二段ベッドの横に用意しておいた鞄を肩にかけて玄関へと急ぎ、外出用の靴に履き替える。
そのままドアを開け、部屋から飛び出し、後ろを振り返って忘れずに鍵を閉める。
廊下を移動し、まだ動いていなかったエレベーターに再び乗り込み1階のボタンを押し、閉じるボタンを押す。
「えーっと、3時38分……うん、間に合うわね!」
アスナは腕時計を見て、麻帆良学園都市中央駅に集合する時刻に間に合う事を確認する。
そして、到着を知らせる音と共にエレベーターが開き、再び勢い良く飛び出し駅を目指して一路走りだした。
ポツポツ寮に戻って来始めた学生達と入れ違うようにアスナは髪飾りの鈴から音を鳴らしながら道を駆け抜け、遠くにある3人が手を自分に向けて振る姿が視界に入り、更に速度を上げる。
「お待たせーっ!!……少し待たせちゃった?」
「大丈夫ですよ、アスナさん。僕達も今来た所です」
一瞬息を切らせてアスナが遅れた事を言うが、ネギがそれに落ち着いて笑顔で答える。
「おし、アスナも来たし、行くか!」
「そうじゃな」
「うん!」 「はい!」
スプリングフィールド一家は麻帆良学園都市中央駅の改札を通り、大宮行きのホームに向かい、丁度良く到着した電車に乗り込んだ。
電車に揺られる事20分程、大宮駅に到着し時刻は16時6分。
一行は隣の新幹線ホームに移動し、15分発東京行きの新幹線に乗り換えた。
25分程の時間だが、2人席の片方を回転させ、荷物棚に鞄を上げ、そこで4人はようやく座席に着いた。
「えっーと……ネギ、私の隣で良いの?」
自然と座ってしまったものの、アスナは自分がネギの隣に座って良かったものかと、アリカとナギの顔を見てから、ソワソワしつつ隣の席のネギに確認した。
「?……はい、アスナさん。もちろんですよ?」
質問の意図が分からずネギはアスナの顔を見ながら少し首を傾けたが、アスナの隣で何ら問題無いと答えた。
「そ、そう。ならいいんだけど……」
「アスナ、気を遣わなくて良いぞ。それに東京につけばすぐにまた乗り換えじゃ」
「あ、そっか」
「なんだアスナ、緊張してんのか?」
「緊張はしてないわよ!」
的外れな事を聞いて来たナギに対し、アスナはやや呆れて突っ込みを入れた。
「でもアスナ、さっきからずっとソワソワしてないか?」
「えっ?そ、そんな事は」
自覚が無かったアスナはナギにそう言われて焦るが、そのアスナの右手をネギが両手で触れた。
「!」
突然手を触れられアスナは驚いて身体をビクっと震わせる。
「アスナさん。僕、アスナさんとこうして旅行に行けて……すごく嬉しくて、今楽しいですよ」
ネギは穏やかな微笑みを浮かべ、アスナの手に触れたまま、落ち着いて想いを言葉に表した。
「ね、ネギ……。うん……私も嬉しいわ」
アスナは少しばかり顔を赤くしたが、一息つきネギと同じで自分も嬉しい事を素直に口に出し、それによってすぐ落ち着いた。
「はい、アスナさん」
ネギはアスナが落ち着いた事を感じ取り、アスナの手を握っていたその両手を自然に離した。
「ね、ネギよ、私と行くのは……?」
「お、俺はどうだ?」
ネギとアスナの分かり合った様子に、当のネギの両親はネギの言葉に自分たちが含まれていない為か、思わず席から身を乗り出して問いかけた。
「は……はい。母さん、父さんと行けるのもすごく嬉しいです」
ネギは両親が顔を突然近づけて来た事に驚いたが、当然嬉しい事を伝えた。
「そ、そうか、嬉しいか。うむ、私も嬉しいぞ」
「おう、俺も嬉しいぜ」
その言葉を聞いて安心したのか、ナギとアリカは身体を元に戻し、背中を座席に預けた。
それから程なくして車内アナウンスが流れ、一行は荷物を降ろし、席を元に戻して、東京に到着すると共に新大阪行きの新幹線に乗り換えた。
今度も座席はネギとアスナ、ナギとアリカで向い合って座る事となった。
「んー、そういえば私放課後すぐに旅行に行くのって初めてね。どうせなら朝から休んでも良かったんだけど」
「元担任でもある僕が行きたいって言い出した事で……それに学校はやっぱり行った方が良いです。中間テストも近いですし」
「うー……日本ならまだネギも小学校通ってる筈なのに元担任って言われると……凄く変な感じするわ。しかも中間テストなんてあったわね……」
アスナはネギの言葉を聞いて眉間に手をあてて悩むように答えた。
「勉強がんばれよ、アスナ!」
「ナギには言われたくないわよっ!」
「アスナさん、何かわからないことあったら、聞いてくださいね」
「だ、大丈夫よ。分からない事があったら自分で調べて解決するから」
「……遠慮しないで下さいね?僕アスナさんに迷惑かけっぱなしでしたし……役に立てる事は」
「ネギ!そういう事考えなくていいの。ホント子供らしくな!……ううん……ごめん何でもない。……じゃあ、どうしても分からない事あったらその時は聞くわね?」
アスナは年下から物を聞くのは何だか恥ずかしい為、ネギの申し出を断ろうとしたが、ネギが普通の子供らしくない原因を思うと……とてもではないが断る事はできなかった。
「……はいっ!」
「……ところで、ネギ、以前京都に行った事があると言っていたが、その時の話を聞かせてくれぬか?」
アリカはネギがアスナに対して一瞬返答に間を置いた事から、話題を切り替えるべく、ネギに3月の時の事を話して欲しいと言い出した。
「3月の時の事ですね、はい。もちろんです。あの時は今日と同じように出発したんですけど、まず最初学園長先生から頼まれて……」
ネギは3月に京都へと行った時の事を詳しく話し始めた。
桜咲刹那、近衛木乃香の仲の事を葛葉に相談した事、近衛詠春に親書を渡した事、翌日ナギの別荘に案内されて麻帆良の地図を貰った事、刹那と木乃香の仲が良くなった事、皆でエヴァンジェリンの発表会を見に行った事、その後少しばかり観光もした事……覚えている事をネギは一所懸命に身振り手振りを加えながら3人に話し、ネギはその話す事自体嬉しそうな様子であった。
3人は終始微笑み、たまに相槌を打ちながらその話にしっかり耳を傾けて聞いた。
「そっか、詠春も言ってたが、別荘そのままだったんだな。詠春も律儀な奴だぜ」
「久しぶりにあそこへ行くのも良いかもしれぬな」
「ああ、そうだな。行ってみるか」
「私も行ってみたいわ」
「僕もまた行きたいです」
「じゃ、決まりだな!」
……そしてスプリングフィールド一家は道中話し続け、東京を出発してから2時間と20分程、時刻は19時11分、新幹線は京都駅へと到着した。
改札を出た後、京都駅ビル内の造りを目にしてナギとアリカは驚きの声を上げた。
「おおー?京都駅ってこんなだったか?」
「私が来た時はこれ程立派ではなかったな」
2人は辺りを見回しながら呟いた。
「1994年に平安遷都1200年を記念して改築をしたんだそうです」
京都駅ビルは1994年に平安遷都1200年の記念事業の一環として改築され1997年に現在の4代目京都駅ビルが完成した。
地上16階高さ60m、地下3階、東西の長さは470mに及ぶ鉄道駅の駅舎としては日本でも有数の規模である。
「1994年……か。10年以上も経ってたらそりゃ建物も変わるか」
「10年以上……そうじゃな」
ナギが失踪したのは1993年、丁度京都駅改築の前年、アリカの失踪した年でもある。
2人は時の流れをひしひしと感じ、やや目を細めて少しの間遠くを見るようにしていた。
ナギとアリカが気を取りなおし、一行はタクシー乗り場へ、今日のメインとも言える宿に移動するべく向かった。
タクシーのトランクに荷物を入れ、ナギが運転手の横、残りの3人が後部座席に乗り込んだ。
「お客さんどちらまで?」
「あー、八坂神社南門前の祇園畑山までで」
「はい、分かりました。八坂神社南門前ですね」
タクシーの運転手はナギの言葉ですぐにどこかを理解し、車を出した。
「……今日は祇園畑山で一泊されて明日から京都観光ですか?」
運転手は一行を見て今晩泊まり、翌日土曜の朝から京都を見て回るのだと思い、ナギに話しかけた。
「ああ、その予定だ」
「そうですか。良いですね、家族旅行。是非京都をお楽しみ下さい。祇園畑山からだと清水寺も徒歩ですぐですからね」
「へー、そうなんだ。どの辺りに泊まるか知らなかったけど、清水寺まで徒歩でいける所なのね」
アスナは旅館に泊まるとは聞いていたが、具体的にどの辺なのかまでは知らなかった。
「天候次第ですが、明日早く起床すれば清水寺から朝日を見る事ができると思いますよ」
「あ、それ素敵!」
「そうだな、早起きするか!」
京都駅を出てから15分程、タクシーは八坂神社南門前に到着した。
一行は運転手に挨拶をして降り、そのまま旅館、祇園畑山の門をくぐり石畳を登った。
門、石畳、木造……純和風の造りで非常に落ち着いた雰囲気の旅館である。
中に入れば玄関で仲居さん2人が出迎え、予約名を尋ね、チェックインへと移った。
「ナギ・スプリングフィールドで予約している」
「はい、ナギ・スプリングフィールド様ですね。本日はようこそお越しくださいました。お部屋は404号室となります。こちらが鍵です。……丁度19時30分になりますので、本日のご夕食はご予約通りでこのまますぐ部屋にお運びしても宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。それで頼みます」
夕食開始時刻限界ギリギリに到着した為、一行が部屋に入るとすぐに、食事も運ばれる事となった。
一行は4階の部屋まで階段で上がり、中に入った。
中は玄関から見るに清涼感が漂い、開放感もあり、結構広いという印象を受ける。
「ひろーい!……うーん!京都旅行に来たって感じしてきた。魔法世界で泊まった所はどこもかしこも殆ど洋風だったし」
アスナはこれぞ和室という和室に荷物を置き、コートを掛けた後、床に寝転がり、身体をおもいっきり伸ばし、畳の感触を堪能し始めた。
「そうですね。僕も3月の時以来です」
ネギはそう言いながら既に開けられていた障子の奥の間に歩みを進め、もう暗くて良く見えないが窓ガラスを通して外に目を向けた。
「さあ、ネギ、アスナ、飯だぜ飯!京料理だ!」
ナギは腹が減ったと言う様子で夕食が運ばれてくるのを今か今かと待っていたが、噂をすればというべきか、丁度最初の料理が運ばれて来た。
京野菜を用いた前菜から始まり、湯葉のお吸い物、新鮮な魚を用いた刺身の盛り合わせ、茸類と川魚の程良い焼き物、山芋の煮物、山海の珍味を数種バランス良く取り合わせた八寸、つややかな炊きあがりの御飯、湯気がほんのりと立ち上る味噌汁、そして季節の果物。
旬の素材が使われ、秋の季節を映した京料理会席はその味わいと言えば素晴らしいものであったが、それぞれの料理に用いられた器の形、塗りの美しさ、それらが料理の味を更に引き立てていた。
ネギ達は次々と運ばれてくる料理を食べながら各々「とても美味しい」と互いに笑顔で会話を交わし、満足した様子で京料理を堪能した。
部屋で食事を楽しむ事ができるというのも旅館ならでは、衆目を気にせず一家団欒する事ができたと言えよう。
「はぁ~、美味しかった」
「はい、美味しかったです」
「うん、満足だ」
「久方ぶりの京料理、良いものじゃ」
4人は揃って茶を飲んで一息つき、しばらくの間食事の余韻に浸っていた。
その静けさの中、アリカは向かいの席のネギを見て言った。
「その、突然なのじゃが……ネギよ、もっと砕けた言葉遣いで話してはくれぬか?」
「え……?」
言葉通り突然の話にネギは虚を突かれた顔をする。
「あ、俺もそれ気になってたんだ。いちいちですとかますとか俺達に付けて話さなくていいんだぜ、ネギ。俺も付けてないし」
アリカの言葉に反応するようにナギも気づいたようにネギに同じような事を言った。
「え、えっと……はい、その方が良いなら、分かりました。母さん、父さん」
ネギは困惑したような顔をしながらぎこちなく答えた。
しかし、分かったという言葉と裏腹にその言葉遣いに変化は無かった。
思わずナギとアリカとアスナはズルっとするが、再び気を取り直す。
「ネギ、変わってないわよ……。そこは、うん、分かった、母さん、父さん……とかでしょ?」
ネギはアスナの言葉を聞き、頭の中で何度か反芻するような様子をして、口を開いた。
「はい、わか……分かりました、アスナさん!」
瞬間、ゴンッ!という音をたてて「これは駄目だ」と呆れたような目をしたアスナの頭が机にぶつかった。
「あ、アスナさん、大丈夫ですか!?」
突然の事にネギは隣のアスナのリアクションに驚く。
「……うん、大丈夫よー」
アスナは机に頭をのせたままネギに言葉を返す。
頭をゆらりと上げ、アスナは更に言葉を続けた。
「もー……。良い?ネギ。私に対しても言葉遣いは変えていいから。アスナさんって呼ぶのもやめてその代わり……あれ、それはちょっと駄目かも……ううん、駄目じゃな……あーよく分からない!」
始めは真剣な表情でネギの目を見て言ったアスナだったが、自分の名前をさん付けで呼ぶのもやめて良いと言おうとした所で、やや顔を赤くし、何やら頭を抱えて悩み始めた。
「あ、あの、アスナさ?……さ……さー……。あ!……アスナおね」
ネギはまたさんを付けて呼ぼうとした所、今度は思いとどまり、さん付け以外に何かあるかと思案し、思いついたように言葉を発したが。
「それ以上は駄目ッ!」
「っ!?」
クワッとした顔でアスナはネギが全部言い終わるのをその口を鼻もろとも無理やり手で強烈な力で塞ぎ、遮った。
「んー!んー!」
「それは駄目!良くわからないけどそれは絶対駄目なのっ!」
アスナはきつく目を瞑って首を勢い良く振りながら尚、ネギの呼吸を妨げ続ける。
それに対してネギはバタバタしてくぐもった声を上げる。
「おーい、アスナ、ネギ苦しがってるぞー」
「落ち着いて手を放すのじゃ、アスナ!」
「あっ!?ご、ごめん、ネギ!大丈夫!?」
その言葉にアスナはようやく気がつき、慌ててネギの顔から手を離した。
「はっ……だ、大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
開放されたネギは息を吸って答えた。
「はぁ、良かった……」
アスナはしぼむように力を抜いて座った。
そこへナギがマイペースに呟く。
「なんだ?アスナはネギにお姉ちゃんって呼ばれるのは嫌なのか」
「イヤー!何かそれは本当にだめーッ!」
お姉ちゃんという単語を聞いた瞬間アスナは、今度は自分の耳を塞ぎ、激しく首を振って叫び声を上げ始めた。
「おおっ!?」 「ええっ!?」
アスナの反応にナギとネギは思わず驚く。
一方アリカは何かに気づいたのか、席からスッと立ち上がり、素早くアスナの元に向かい、耳を塞ぎながら荒れ狂う両手を掴んで離し、耳打ちをした。
「アスナ、ひとまず私と浴場に行くとしよう」
「…………うん」
その言葉を聞きアスナは一瞬で落ち着きを取り戻し、小さく頷いた。
「ナギ、ネギ、私達は湯に浸かってくる事にする」
「ああ、分かった。なら、ネギ、俺たちも行くか!」
「はい!」
4人はそれぞれ準備を整え、部屋から出て階段を降り、地下1階、大浴場へと向かい、それぞれ女湯、男湯へと別れた。
服を脱ぎ、浴場への扉を開ければ、大きなガラス張りの先に白砂利の敷き詰められた庭、その前に檜でできた長方形の風呂になみなみと湯が張られているのが見えた。
アリカとアスナはまず身体をしっかりと石鹸で洗い、髪も洗う事にしたが、両者共に長い髪である為、互いの髪を丁寧に洗い合った。
シャワーを掛けて泡をきちんと洗い流し、湯に足を差し入れ、腰、そして肩まで湯船の端に浸かった。
他の客もいたが、丁度すれ違う形になり、浴場にはアスナとアリカだけがいるという状態であった。
そして先にアリカが口を開いた。
「アスナ、アスナはネギの事を……どう見ておる?」
「ど……どうって……」
互いに顔を直接は見ず、前を向いたまま会話を続ける。
「アスナはネギの事を好いておるか?」
アリカは呟くような声で尋ねた。
「それは……好きよ。ネギは私にとって大切だから」
「そうか……。好きは好きでも、私がネギを好きであるのとは違う類の好きなのではないか?……アスナは時々ネギに恋をしておるようにも見える」
「アリカがネギを好きなのと私がネギを好きなのは違う事ぐらい分かってるわ。でも……それを言葉で表すのは凄く難しいの。それに……こ……恋って言われても……ネギは私よりも4つも下のまだ11歳ぐらいの子供だし……」
アスナは首まで湯船につかり、最後の方は口をブクブクさせながら言った。
「……それもそうじゃが……ネギの生徒達を見た限り、はっきり恋をしておる者もいたように私は思えた」
「のどかとゆえちゃんね……。しかものどかに至っては告白までしてたわね……」
「はっきり言って私は……ネギを渡したくない」
アリカは真剣な表情で言い切った。
「へ!?あ、アリカ……?何をいきなり言って……」
その言葉にアスナは虚を突かれた顔をして驚く。
「私は、まだ……ネギと一月として共に過ごしておらぬ。目覚めれば我が子が死んだと聞かされ、過去の映像を見れば年に合わぬ急激な成長をし……奇跡のように戻って来た。本当に良かったっ……。こうして旅行に来れておる事もまだ夢のようじゃ……」
アリカは思わず目を潤ませながら語り始めた。
「アリカ……」
「私は毎晩寝る時、次起きた時にネギがいなくなっておるかもしれぬと……そのような考えがよぎって怖いのじゃ……。ネギはどうやって戻ってきたかについて一切話さぬし、私とナギも聞けぬ。じゃが……それがどういう意味なのか分からず、怖い」
「アリカ……。私も同じ。ネギがまた突然目の前で消えちゃうんじゃないかって怖くて堪らない。まだあの時の事を夢に見る時があって、この2週間近く女子寮で寝起きした時は朝起きてネギが近くにいないから余計に怖くて身体が震えたわ」
「アスナもそうか……。私とネギはまだ会ったばかりと全く変わらぬ。言葉遣いも先程言わねば変えようとも考えておらなかった。アスナが先に新幹線で子供らしくないと言おうとした時には一瞬表情を翳らせたっ……。どこかまだあの子は私達との間に心に距離を置いておるっ……」
アリカは一筋の涙を流し、遠くを見るような目をして言った。
「……私はネギが部屋に居候し始めて一緒に生活して、勉強一生懸命教えてくれたし、授業をしてたからその時も一緒……修行し始めてからはもっと長くいられた。それで……その後私は攫われちゃったけど……その間ずっと私を守る為に頑張ってくれててっ……最後には命と引きかえに私を助けてくれるような子なんだからっ……。これから一緒に、傍に、できるだけ、いれば良いんだと思う。心の距離は私達から……あの子に自覚が無いんだから、近づくしかないのかも」
アスナもアリカに釣られるように目を潤ませながら言った。
「そうじゃな……。私は……親しげにネギと話す者を見ると羨ましいと思う……我ながら醜いものじゃ……。先に新幹線でアスナの手をネギが自然に握った時も羨ましかったのじゃぞ?」
「え、あ……あー、うん。あの時正直言うと私ちょっと……凄く嬉しかった」
アスナは新幹線での出来事を思い出し、少し恥ずかしがりながら言った。
「むむ……私もネギに手を握ってもらうか……しかしどう頼んだら……」
アリカは悩みだした。
「いや、そこはアリカが握るべきなんじゃないのっ?」
アスナは呆れた顔をして思わず突っ込みを入れる。
「大体アリカにはナギがいるじゃない!」
「う……そ、それは関係無い。な、ナギは夫なのだから当然じゃ。それに私が言いたいのは普通に手をつなぐのではなく、あの時のネギの雰囲気で握って……貰いたい……握りたいというか……そのじゃな……」
今度はアスナではなくアリカが首まで湯に浸かり、ブクブクとし始める。
「えーっと……あの時のネギなんだけど、あれは以前のネギには無かった感じなのよね……」
「そうなのか……?」
意外な事を聞いたとばかりにアリカはアスナを見て尋ねた。
「うん、前よりもっと落ち着いてるの。……何ていうか……全部分かってくれてるっていう感じで、不思議と私も落ち着けたわ」
「アスナが言うならそうなのじゃろうな。一体ネギに何があったのか……。それはそれとしてじゃ、話が逸れたが、アスナはお姉ちゃ」
「だからそれは何か駄目ッ!」
アリカが言おうとした言葉の上からアスナは再び大きな声を出してそれを遮った。
「アスナ、ここでは静かにせねば……」
「ご……ごめん」
「ふ……つまりじゃ、アスナはネカネと同じように呼ばれるのが嫌であるのは、やはりネギに恋をしておるからじゃな」
「う……うぅ……そう言われると違うとは言い切れないのが……けど、私いいんちょ達とは違う筈なのにー……」
今度はアスナが悩み始めた。
「否定しないならばそれで良い。ならばはっきりしておこう、アスナ」
アリカは凛々しい顔をしてアスナを向いて言った。
「え?何を?」
突然の発言にアスナは間の抜けた顔をする。
「もし今後ネギの恋人になりたいと言うならその時は私を説得しなければ、絶対に交際は認めぬ。以上じゃ」
アリカははっきりと言い切り、その言い切った顔はどことなくいたずらっぽい表情をしていた。
「な、何言い出すのよ。それに、だから私はネギに恋なんか」
「言うたな、アスナ?ネギに手を出さないと、そう言うのじゃな?」
ズズっとアリカはアスナに顔を近づけ確認する。
「うっ!……う……分かったわ。今の無し。でも、まだよ、まだ!だってまだ11歳の子だもの!」
認めたと思えばすぐに慌ててアスナは言い訳を始める。
「左様か。じゃが、今の私の言葉は変えぬぞ」
「……って言うことは……他の皆はこれから子供を溺愛予定のアリカが姑……いやいや何言ってるのよ。というか、それネギが誰か連れて……来た時は……うわー!!」
ブツブツとアリカに聞こえない声で言った後、アスナは突っ込みを入れようとしたが、自爆した。
「あ、アスナ……何と恐ろしい事を言おうとするのじゃ……」
アリカはアスナの言葉を聞きガタガタと温かい湯船の中で震え始める。
そこへガラッという音と共に他の客が丁度入ってきた。
その客は2人の奇妙な様子に一瞬ギョッとしたが、何も見なかったと華麗にスルーし、風呂桶と椅子を出して、身体を洗い始めた。
「えっと……そろそろ上がる?」
「……そうじゃな」
明らかに見られてしまったので、2人は恥ずかしがりながらいそいそと湯船から上がり、素早く浴場から出て身体を拭き、服を着て、じっくり髪を乾かした。
そして部屋に戻るべく、階段を上り始める。
「私ネギにアスナって呼んでもらう事に決めたわ」
4階の廊下に着いたとき、ふと、アスナが言った。
「うむ……それが良い」
アリカは落ち着いてそれに返答した。
「アリカはアリ母さんとか呼んでもらったら?」
今度はアスナがいたずらっぽく言った。
「アスナ……何故そのような縮め方をする」
アリカは突然立ち止まり、アスナの左肩を右手できつく掴み、顔を俯かせて言った。
その身体からは何とも言いがたいプレッシャーが放たれていた。
「い……嫌だなぁ、冗談よ冗談。アリカは母さんでいいじゃない!」
アスナはギギギッと首だけ後ろに向けながらハハハと乾いた声で笑いながら言った。
その言葉でプレッシャーがすぐに止まった。
「……それも何だか寂しいのじゃが……アスナは名前で呼んでもらえるというに……。アスナはやはりおねえちゃ」
「だからそれは駄目ッ!」
突如アスナは右手でアリカの左肩をガシッと掴み語調を強めて言った。
アリカも右手をアスナから離していないため互いにギリギリと肩を掴みあっている状態であり、傍から見ると何をやっているのか、という有様であった。
……数秒して、2人は我に返り、廊下一番奥の部屋へと向かった。
ドアには鍵がかかっておらず、もうネギとナギは戻っているというのが2人は分かり、そのままドアを開け、中に入った。
「よぉ、戻ったか!アリカ、アスナ。ほらネギやってみろ!」
「は……うん!おかえり……お……おふ……おふくろ、アス」
少々言葉が不自由な感じでぎこちなくネギはアリカとアスナに声を掛け……ようとした。
「主は見てないうちに勝手に何をネギに教えたのじゃッ!!」
「いでぇっ!!」
アリカは驚きの速さでネギをスルーしてナギに接近し、ナギの頬を平手打ちし、錐揉み回転をさせながら畳に倒した。
更にアリカは間髪おかずネギの目の前に移動し、ネギの両肩に手を置いてゆっくり話しかけた。
「良いか、ネギよ。私の事は母さんと呼べば良い。あるいは、アリカ母さんと名前を母さんの前に付けて呼んでも構わぬ、分かったか?」
ネギは目を穿つような視線をアリカから受け、答えた。
「は、はい、母さん」
「違うぞ?今のは、う、うん、アリカ母さん、じゃ」
アリカはニコニコしながらネギに言い直しを求めた。
「……う、うん、アリカ母さん」
誘導されるようにネギはアリカの言葉を復唱した。
「う……うむ、それで良い。何度呼んでも構わぬからな」
実際に言われた事でアリカは嬉しそうな顔をしながら、念押しをする。
「はい、母さん!」
良いと言われた事でネギは大層嬉しそうな表情をして元気に答えた。
「…………」
アリカはその言葉を聞いた瞬間パタリと膝立ちの状態から横に畳へ倒れた。
「か、母さん!?」
「あ、案ずるな……こ、これから徐々に変えていけば良い」
すぐに上体を起こしアリカはネギに答えた。
ナギはまだピクピクとして倒れたままである。
その言葉でネギはホッとした所、今度はアスナが声を掛けた。
「ね、ネギ、私の呼び方なんだけど……さん付けをやめて、アスナって呼んでもいいわ」
「ネギよ、アスナはさん付けのまま呼んでも構わぬぞ?」
そこへアリカが揚げ足を取るような発言をする。
「え?」
「ちょっ!アリカは黙ってて!」
それに痺れを切らし今度はアスナがネギの両肩に手を置き、話しかけた。
「はい、ネギ、私をアスナ、アスナって普通に呼んでみて?」
「は、はい、アスナさ!」
「はい、駄目ー!もう一回」
アスナはネギがまず了解したという意味で呼ぼうとした所から、口を塞いでやり直しを要求した。
「では……あ、アスナッ!」
再びアスナはネギの口をタイミング良く塞いだ。
「そう、それよ!じゃあ、もう一回!」
無理やりであるが、アスナはアスナと言う部分だけに留めて呼ばせた事に少しばかり頬を緩め、ネギに練習をさせ始めた。
ネギはアスナの謎のテンションに困惑しながらもそれに答えた。
「あ……アスナっ……」
「その調子よ!じゃあ、今度は続けて3回!」
アスナはネギの口を抑えるべく右手を待機させ、さんという言葉が再び出るかもしれない所、反射的に右手を一瞬動かして、さんキャンセルをさせた。
……ネギの視線はアスナの右手に釘付けであった。
「アスナ……アスナ、アスナ!」
「う……うん、それで良いわ。でもそんなに何度も呼ばなくてもいいわよ。……恥ずかしいし」
「ええっ!?」
ネギは3回連続正しく呼べた事に最後思わず語調が強くなっただけだったが、当の呼ばせた本人は3度も自然に呼ばれた事で少し顔を赤くして、横を向き、聞こえない声でボソっと「恥ずかしい」と矛盾した発言をしながら言った。
「あ~、いてー!折角ネギに言葉遣いを風呂で教えて実践させてたっていうのに。つーか、もう英語で話せばいいだけじゃね?」
そこへナギがようやく復活し、真理をついた発言をした。
「それは言わない約束なの!」
「そんな約束してないだろ!?」
アスナがナギに暗黙のルールを説き……メタな会話が交わされた。
それからは長いことネギの普通の年上に対しては一律丁寧語で話す癖を、少なくともナギとアリカとアスナは、自分達は例外にすべく、ネギの目を穿つような視線で見つめながら、実践自然会話の練習が繰り広げられたのだった。
ネギは反射的に「はい」というのを「うん」と変えられ「ます」「ました」「です」「ですよ」等を何気ない会話の中でポロッと出ないように矯正させられた。
練習中、ネギはぎこちない話し方になり、どうにもあどけなさの残る子供のようなしゃべりになった為、ナギは爆笑し、アリカは更に熱心に教えようとし、アスナは声には出さないが不覚にも可愛いと思ったのだった。
それでも、当のネギは終始楽しそうな顔をしていた。
そして4人は布団を並べて敷いて眠りにつき、一夜明けて10月18日。
早朝、4人はやや肌寒い朝の中、祇園畑山から出て、八坂の塔を途中眺めながら昔話でも有名な三年坂を通り、清水寺へと足を運んだ。
6時になると共に、入館料を払い、急ぎ本堂舞台へと向かい、6時少し過ぎに日の出を見ることができた。
舞台左手から見える日の出と共に、暖かな色合いの光が辺りに差し込む。
「あー!いい朝!早起きした甲斐あったわ!」
アスナは舞台手摺の所で両手を掲げて伸びをしながらパタパタと動かす。
「ああ、いい朝だな!」
「そうじゃな」
「うん!」
それに続くように手摺に腕を置いていたナギ、アリカ、ネギが答えた。
しばらく朝日を眺めていた4人は音羽の滝へと向かう為に本堂舞台を後にし、歩きながら会話を始めた。
「もしかしたらここに修学旅行、皆で来てたかもしれないのよね。ちょっと不思議」
「3-Aの皆さんとも来れたら良かったんだけど……」
「でも、イギリスも楽しかったわ。他のクラスは絶対行かない所だったし、色々含めても良い思い出」
「あはは、色々含めて……ですね……じゃなくて、だね」
「ふふ、その調子じゃ、ネギ」
「昨日あんだけ頑張ったのにネギ、起きた瞬間また戻ってるんだもんなー」
ナギは両手を頭の後ろに組みながら歩みを進める。
「つ、つい癖で……ごめんなさい、父さん」
やや申し訳なさそうにネギはナギに謝る。
「そこはごめん、父さんな?ってか謝ることじゃないから気にすんな!」
「いや、謝るときは丁寧な方が良いじゃろう」
すかさずアリカが突っ込みを入れる。
「細かいことはいいだろ別に」
「あー、先が思いやられるわね」
アスナもこのやりとりに大分疲れたのか軽く溜息をついて言った。
「が、頑張るよ!アスナ」
「!!……たまに不意打ちなんて……ネギ、やるわね……」
名前で呼んでと言ってから一夜、呼ばれる当のアスナも慣れていなかった。
「そ、そうですか?」
「って言った傍から」
「あ!しまった!」
ネギはうっかりした、という様で口元に手をあてた。
音羽の滝……それは右から健康・学業・縁結の効果があると言われる水の流れる場所。
全て飲むと効果が無くなるとも言われている。
4人は長い柄杓をそれぞれ手に持った。
「じゃあ僕は一番右を……」
最初に迷わず動いたのはネギであった。
ネギは水を掬い、そのまま口に含んだ。
その様子をナギとアリカは普通に見ていたが、アスナだけは一瞬「あっ!」というような顔をしていた。
「じゃ、俺も一応一番右にしとくか!」
「ナギは常に健康じゃが……私も一番右にしよう」
続けてナギとアリカも柄杓で水を掬い、ネギと同様にそれを飲んだ。
一人残ったアスナは、あっさり飲んでしまった3人を見て慌て始め、3つあるうち一番左をチラチラと見つつも、結局は健康の水を選んで飲んだ。
その様子にアリカは気づかない振りをしていたが、音羽の滝を後にする時に軽くフッと微笑んでいた。
しばらく清水寺境内の門、堂、院や塔をあちこち見て回った後、一家は宿に戻り、部屋で再び旬の食材をふんだんに用いた朝食を楽しんだ。
そして9時過ぎ頃、一家は一泊過ごした思い出のできた旅館を仲居さんに見送られながら後にし、まだ見ていなかった八坂神社を見て回り、そのまま東に進み、円山公園へ向かった。
円山公園の枝垂れ桜は当然春ではないので見頃とは程遠かったが、風情ある景色を一緒に見て回るだけで一家には充分であった。
4人は広い道では並ぶ順番を替えながら手を繋いで仲良く歩いた。
円山公園を通り、非常に巨大な知恩院の門が見え、それをくぐって先へと進み、更に青蓮院へと足を運んだ。
そんな所、不意にナギが口を開いた。
「ここからもうちょっと行けば詠春の所だが、先に別荘寄っとく……ってあー、鍵無いんだった。夕方行くって言ってあるし、まだ他回るか」
別荘に寄るとは言ったものの、鍵が無いのでひとまず後回しになった。
そして知恩院に入り、行きとは違う道を通り、円山公園、そして朝行きがけに横目に通っただけの高台寺に寄り、臥竜廊という開山堂と御霊屋を繋ぐ龍の背に似ていると言われる美しい屋根のある道も歩いた。
再び二年坂と三年坂の近い所に来て、アリカが「先は開いておらなかったが地主神社にも寄らぬか?」と提案して縁結びの神様で有名な地主神社へと一家は向かった。
本殿前に10m程離れて置かれている2つの守護石、願掛けの石、恋占いの石。
片方の石から反対側の石へ目を閉じて歩き、無事に辿りつければ恋の願いが叶うと伝えられている。
「アスナ、挑戦してみてはどうじゃ?」
アリカはややいたずらっぽくアスナに試してみてはどうかと尋ねる。
「え……えーっと、じゃ、じゃあ試しにやってみるわ!」
アスナは一瞬迷ったがナギとネギが「アスナやるの?」という間の抜けた顔をしているのを確認し、深く考えてないならと試すことにした。
アスナは片方の石に平静を装って近づき、立った。
片方の石の前から反対側の石までその距離10m。
アスナは反対側の石を確認して目を瞑り、いざ歩こうという時。
―瞬動!!―
アスナは集中して足に気を集め……縮地の域での瞬動で一直線に反対側の石まで、無事、それはめでたく辿りついた。
「よしっ!」
アスナ本人は目を開けてうまくいった事を確認し、軽くガッツポーズをして喜びを顕にした。
「おお!何だ今の!」
「今あの子瞬間移動しなかった?」
「すごーい!」
「かっこいー!」
「もう一回やってー!」
しかし、他の人達もいる中、堂々と瞬動を思わず使ったのは配慮不足であった。
親子連れで来ていた子供が「もう一回やって!」と騒ぎたて始め、わらわらと周囲の人々が集まってしまい、アスナは困った。
「あ……し、しつれいしまーすっ!!」
アスナは恥ずかしくなり顔を伏せ、加減することなくその場から全速力で走り去り、あっという間に地主神社から飛び出して行ってしまった。
周囲の人々はその余りの速さに唖然として一体何者だったのかとザワザワしたが、やがて各々散っていった。
「余程成功させたかったのじゃな……アスナ」
「流石アスナ、完璧な縮地だったな!」
「一歩で辿りつくのは……歩いたって言うのかな……」
3人はそれぞれ思い思い言葉を述べた。
「ってアスナ、どこまでいっちまったんだ?」
ナギが我に返って言った。
「あの速度だとかなり遠くまでのような……」
「電話を掛ければ良かろう」
アリカは、そう言いながら本名ではない名前でつい最近手配した携帯でアスナの携帯へと電話を掛けた。
「……アスナか。どこまで行ったのじゃ?…………そうか……いや、構わぬ。うむ……ゆっくり戻って来ると良い。私達もそちらに向かう。……ではな」
アリカはアスナと電話を終え、携帯を仕舞った。
3人はアスナが戻ってくるであろう道を歩いて進み、途中程なくして向かい側からアスナが戻ってきたのを確認し、合流した。
「勝手に離れてごめんなさい……」
アスナは素直に謝った。
「気にせずとも良い」
「気にすんな。瞬動までしたってことはアスナ、もしかして好きな奴いるのか?」
もしかして、という確認を拡大解釈すれば、現状の確率的には真理を突いた質問であった。
「あ……」
それに対しネギは何かを思いあたる節があるとばかりに少し声を出した。
「ち、違うの!縁結びだからそのうちそういう出会いがあるかもってやっただけよ!」
アスナはナギの言葉、そしてネギの反応を見て大慌てで勢い良く腕を振り回しながらナギの質問に対しては否定して答えた。
「はー、そういう事か。まあアスナは女子中学だもんな。いい出会い、あると良いな!」
「僕てっきり……。うん、アスナなら絶対良い出会いがあるよ!」
ネギはアスナの今後を応援すると言わんばかりに、しかも口調も完璧に言い切った。
「う、うん、ありがとう。ナギ、ネギ。あはは、あはははは」
アスナはお礼を言いつつも、微妙な空笑いをして、その場を流した。
丁度時刻も昼を過ぎたという頃であった為、4人は近くの店に入って昼食を取った。
午後、一家は時間を見て、まだ余裕がある事から嵐山方面へと足を運ぶ事にし、車で30分程東から西へと移動した。
元々ナギとアリカは来たことがあるし、ネギもそれなりに既に観光をしていた為、どこか絶対に見に行きたいという事も無く、特に予定は詰めていなかったのだ。
法輪寺からスタートし、嵐山を象徴する桂川に架かる全長155mの橋、渡月橋を渡り、広い遊歩道があり雄大な庭園が見物の天龍寺、石段を登って見る事ができる多宝塔のある常寂光寺、二尊院、宝筺院、清涼寺と順に巡っていった。
一つ残念ながら、まだ紅葉の時期には1月程早く、葉の色は殆ど変わっていなかった為、鮮やかな美しい景観を見る事はできなかった。
それでも、ネギとアスナは来たことが無い所であり、4人は歩き続けても早々疲れず、道を元気良く歩きながら会話も楽しむ事ができた。
時刻は夕方、再び4人は車で東に40分程移動し、炫毘古社の入り口に到着した。
「アスナ、ここが詠春の家だ」
「家って……どう見ても鳥居じゃない」
アスナは呆れながら言った。
確かに目の前に見えるのは伏見稲荷神社に似た鳥居、であった。
「3月以来……ここがこのかさんの実家だと知った時は驚いたな」
「あ、そっか、ここがこのかの実家でもあるのね!って広っ!」
「アスナ、驚くのはまだまだだぜ。この後階段上がって千本鳥居、その後幾つも屋敷が建ってるからな」
「中はもっと凄いって事ね」
「そういう事だ。よし、行くぜ!」
そして4人は最初の鳥居をくぐり、階段を登った後、実際千本以上ある鳥居の並ぶ道を進み続け、屋敷入り口に辿りついた。
そこへ巫女さんが2人出迎えに現れ、ナギ達を確認し一礼し、4人は中へと案内された。
アスナは最初の一つ目の屋敷の入り口を通り抜けてから、かなりの広さに驚き、辺りをキョロキョロ見回した。
相当奥まで進んだ所で、他と比べるとやや小さな屋敷に上がるように促され4人は靴を脱ぎ、中に入った。
屋敷の中に入れば4人にとってよく見覚えのある人達が出迎えた。
「ナギ、アリカ様、ネギ君、アスナ君、ようこそいらっしゃいました」
最初に出迎えたのは近衛詠春。
「お先にお邪魔しています、皆さん」
「うむ、先に失礼しておる」
「アスナー!ネギ君!いらっしゃい!」 「アスナさん、ネギ先生、こんばんは」
順にアルビレオ、ゼクト、近衛木乃香、桜咲刹那であった。
「「え!」」
思わずネギとアスナは予想外の人物の姿に声を上げた。
「よお、詠春、今日は世話になるぜ。ってお師匠とアルは何か来るとか言ってるのは聞いてたが、もう着いてたのか。しかも詠春の娘も……何で?いや、別に実家なんだからいいだろうけど」
「それは……」
「ワシが転移魔法を使ってまとめて移動してきたのじゃ」
詠春が後ろを振り返って答える前に、ゼクトがあっさり答えた。
「あー、そういう事。あ?でもお師匠新幹線乗るって言ってなかったか?」
「乗ったぞ。昨日来るときに一度な。科学とやらであれだけ速いのはなかなかじゃった。じゃがワシには合わぬ」
「実は私達昨日の午前中から京都に一足先に来ていまして、あちこち巡って色々食べたりもした後、結局ここに顔を出した所、詠春に今日このかさん達も連れてきてくれないかと頼まれたのです。そこでそういう事ならと私達は一旦麻帆良にゼクトの転移魔法でパッと戻り、改めて今日このかさん達と共にパッとまたやってきたという訳です」
アルビレオがスラスラと足りない説明を補った。
「はー、まあ、お師匠なら余裕か」
感心したようにナギは言った。
「陸路の移動手段を完全に無視してるわね……」
アスナは眉間に手をあて、結局新幹線を無視した移動方法をどうなのかと思案する。
「いつまでも入り口で立っていては何ですから、まずは荷物を置いて自由に座って下さい。荷物と上着は運びますので」
「おう!」
「世話になるな」
「お邪魔します、詠春さん」
「お邪魔します、このかのお父さん、このか、刹那さん」
詠春の勧めに従い、4人は荷物を下ろし、上着を脱ぎ、タイミング良く現れた巫女さんがそれらを別の部屋に丁重に運んでいった。
「アスナ、うちの家大きくて引いた?」
木乃香は座布団に座ったアスナに尋ねた。
「ううん、そんな事無いわよ。ちょっと驚いただけ」
アスナは小さく首を振る。
「それよりこのかと刹那さんも来てるならメールしてくれても良かったのに」
続けてアスナが言った。
「昨日寮の部屋帰った時アスナの靴が嬉しそうに転がっとったし、邪魔するのはあかん思うたんやよ」
木乃香はクスっと笑いながら言った。
「靴が嬉しそうに転がるってね……あー、揃えなかったのは確かだけど」
木乃香の表現にアスナはやや呆れた顔をして返した。
「んー、じゃあ今晩は皆で御飯食べるのね」
「アスナ、4人だけで食べる方が良かった?」
木乃香は少し申し訳なさそうな表情をして尋ねた。
「ううん、そんな事無いわ。クウネルさんとゼクトさんが来るのも元々聞いてたし」
アスナは大きく首を振って言った。
「ほうかー。良かったえ!今日は鍋がメインなんよ。何でも父様達の思い出なんやて」
木乃香はアスナの反応にほっとして顔をほころばせる。
「へー、そうなんだ。鍋、良いわね!」
「もうすぐ用意できるから待っててな」
「うん!」
一方、ネギはナギとアリカと一緒に詠春、ゼクト、アルビレオとアスナ達の横で話していた。
詠春がネギに、無事に戻って来たことに良かったと言い、ネギはそれに返したりしていた。
少ししてナギに勧められネギはアスナ達の方に向かい、改めて木乃香と刹那に一礼して挨拶をした。
「このかさん、刹那さん、こんばんは。今日はお世話になります」
「ネギ君、いらっしゃい!ほな、座って座って」
「ネギ先生、こんばんは」
木乃香はネギにアスナの隣に、余っていた座布団を引っ張って置き、座るように勧め、刹那は落ち着いて挨拶を返した。
「ありがとうございます、このかさん。それで……刹那さん、僕は残念ですがもう先生ではないので先生というのは……」
勧めに従いネギは座布団に腰を下ろし、少し困った顔をして刹那に言った。
「あ……そうですね。失礼致しました。ネギせ……せ……」
刹那は言われた事に気づき、改めて名前を呼ぼうとしたが……詰まった。
「あははは!刹那さんもネギとおんなじ!!」
アスナは刹那の様子に思わず吹き出した。
「え?え?」
刹那はそれに対して疑問の声を上げる。
「た、確かに」
「えー?何なん?同じって」
木乃香はよく分からず、首を傾げる。
「それはね、昨日の夜、ネギが私達に……」
アスナは昨晩の出来事を簡潔に木乃香と刹那に説明した。
「そういう事なんか。それでネギ君は話せるようになったん?」
木乃香はアスナからネギの方を見て尋ねた。
「まだ間違える事もあるんですけど、少しは良くなりました」
ネギは謙虚に言った。
「んー、ネギ君うちにもそれ分かるように丁寧語無しで話してくれへん?」
木乃香は口元に人差し指を近づけた状態で思案し、ネギに言った。
「え、えっと……」
「ネギ!私に何か聞いてみて」
微妙に困っているネギにアスナが切り出した。
ネギはその言葉でアスナの方を向き、一瞬考えて、口を開いた。
「アスナ、今日は……楽しかった?」
首を少し傾げながら尋ねる様はやや控えめな印象を受ける聞き方であった。
「う、うん……楽しかったわよ、ネギ」
改めて聞かれたアスナ自身はまた心の準備ができていなかった為、一瞬虚を突かれたが、すぐに顔をほころばせ笑顔で答えた。
「えー!?なんやそれー!!ネギ君かわいいー!!」
「…………はい」
数秒の間を置いて木乃香はプルプル震えながら大声を上げ、刹那は呆気に取られつつもつい思わず木乃香の言葉に短く同意の声を漏らした。
「しかもアスナ、呼び捨てにしてもらったん何かズルいえ!あーん、ネギ君、うちもこのかって呼んで何か言ってくれへん?」
木乃香はテンションが上がり、立て続けに言った。
「ええっ!?」
「あー、ちょっとそれはやっぱ駄目ー!!ネギ、やらなくて良いわ!」
アスナは木乃香のテンションを見て思わず、ネギにやらなくて良いと言った。
「え!?」
「えー!アスナのけちー!!減るものやないのに!!」
すぐに木乃香はアスナの言葉に反応し、頬を膨らませて異議を唱える。
「減るのよ!!」
しかし、アスナは勢いで自明な事すら強い語調で否定してみせた。
「減るんっ!?」
「減るんですかっ?」
これには木乃香と刹那も驚いた。
「え、えーっと……」
良くわからない状況になり、ネギは混乱し始める。
「あらあら、随分楽しそうね、このか。皆さん、本日はようこそいらっしゃいました。料理の用意ができましたよー」
そこへ巫女服を着た木乃香の母、近衛木乃葉が現れ料理が用意できた事を告げた。
それに続くように後ろから同じく数人の巫女が現れ、大きな鍋と他様々の料理を運んできた。
「あ、母様!」
「奥様!」
「このかのお母さん!?」
「こ、このかさんのお母さん!」
手早く準備が進められて行く中、木乃葉はまずナギ達に丁重に挨拶をして一礼をした。
「ナギさん、アリカさん、お久しゅうございます。ご無事で何よりでした」
「ああ、久しぶりだな。ちょっと色々あってな」
「久方ぶりじゃ、木乃葉殿。心配をかけて申し訳ない」
ナギとアリカは木乃葉に答え、それぞれ礼をした。
「あー、詠春は老けたが木乃葉さんは変わってないな」
ナギはあっけらかんとして言った。
「まあ、ありがとうございます」
木乃葉はそれに自然に受け答えた。
「ナギ……言いたいことは分かるが、一言余計だ……」
詠春は微妙な表情をして呟いた。
木乃葉はアルビレオとゼクトにも挨拶をした後、今度はアスナ達の方にやってきてにこやかな笑顔で挨拶をした。
「初めまして、アスナさん、ネギ君。このかの母の近衛木乃葉です。今日はゆっくりしていって下さい」
木乃葉は、このかとどことなく似た顔立ちで、長く艶やかな黒髪が特徴的な容姿であった。
「初めまして!神楽坂明日菜です!いつもこのかにはお世話になってます!」
「は、初めまして。ネギ・スプリングフィールドです。前期まで1年間このかさんのクラス担任をしていました」
ネギとアスナは背筋をピンと伸ばして木乃葉に挨拶を返した。
「こちらからも、うちのこのかと刹那さんをよろしくお願いします。ネギ君は3月の時、会わなくてごめんなさいね」
「は、はい!こちらこそ!」
「い……いえ、お気になさらず」
アスナとネギはそれぞれ言葉を返した。
……そして、丁度食事の準備が整い、囲炉裏の真ん中に大きな鍋が置かれ、それを囲むように人数分、10個の膳も用意された。
ナギから時計回り順に、アリカ、ネギ、アスナと来て、刹那、木乃香、木乃葉、詠春、そしてアルビレオとゼクトで一周である。
宴の音頭を詠春が取り、早速食事が始められた。
「しかし、昔山の中で鍋を囲んだ時が懐かしいな」
詠春が最初に切り出す。
「ええ、あの時は詠春が自慢気に鍋を奮って鍋将軍に昇格した時ですからね。では……フフ……詠春、知っていますよ、日本では貴方のような者を『鍋将軍』と呼び習わすそうですね」
突然アルビレオがわざとらしくセリフを述べ始めた。
「今日からお前が鍋将軍だ!……にしてもお師匠入れて囲んで鍋食うのってすげー久しぶりだな」
ナギが肉を食べながら詠春の方を向き、大きな声で言った。
「全て任す。好きにするが良い。……そうじゃの……むぐ……うまい」
ゼクトがそれに続き、良く通る声で言い、ひたすら素早く箸を動かし次々と口に運んでゆく。
「なに、そういう流れなのか?んー……嬉しくないなぁー」
思い出すように詠春はあえて露骨に嬉しくなさそうな顔をして言った。
「つかあの時ラカンが途中でじゃまして来たが、いねーな」
「あの馬鹿がおっては食べる量が無駄に減るだけじゃ。ん……おお、刺身に寿司と頼んだ通り出してくれるとはありがたい」
ゼクトの元にゼクト様専用と堂々と明記された膳が新たに運ばれてきて、そこには新鮮な刺身と脂の乗った寿司が幾つも用意されていた。
「あー!何だそのお師匠専用って!」
ナギはそれを横目に見て思わず声を上げる。
「このかさん達を連れてきた報酬と言った所ですよ」
アルビレオは流れるような動作で食べながら解説した。
「役得じゃな。……これはトロか……はぐ……」
ゼクトはナギにお構いなしに、専用膳に箸をつけ始め、醤油に少しつけては次々と口に運んで行く。
「そうそう、ラカンがいた時と言えば……」
紅き翼組は、本人達だけに分かる昔話を始め出したが、その一方ネギはアリカとアスナに挟まれ会話をしながら落ち着いて食べ、アスナはちょくちょく刹那と木乃香と会話しながら、木乃香は木乃葉と会話しながらそれぞれ食事を楽しんだ。
しばらくして、ナギがネギ達にも分かるように昔の事を話し始めたが、途中から話し手がすぐにアルビレオに移り、ネギ達はその整った話を興味津々聞いたのだった。
2時間程して大方食事も終わり、鍋も片付けられた。
その後、食後茶をゆっくりと飲みつつ、程良い所で、女性達は木乃葉の呼びかけで揃って浴衣に着替えつつ、温泉に入りに向かった。
広間に残った者達は円を囲んでゆっくりとポツポツ会話をし、ネギはナギに寄せられその膝の上で落ち着いていた。
「そっか……紅き翼でもういないのはガトウだけなんだよな……。あ、ネギ、この話別にいいか?」
ナギは下を向きネギに問いかける。
「うん、父さん」
ネギはそれに対し首を上げナギの顔を見て答えた。
「タカミチとも話して無かったが、ガトウを襲撃した犯人って分かってるのか?」
ナギが尋ねた。
「俺はその時既にここで落ち着いていたからな……ガトウの事はタカミチ君から後で聞いた」
詠春が神妙な面持ちで答えた。
「私もその前から図書館島の地下でしたから……詳しいことは何も」
「ワシは記憶が無いからの」
続けてアルビレオとゼクトが答える。
「そっか……完全なる世界なのかメガロメセンブリアか……どっちなのかはっきりしないんだよな……」
「では一つ……私の考えを言いましょう。アマテルはまず、ナギとガトウが救出したアスナさんを連れていくのを黙って見過ごしましたし、ガトウ亡き後、タカミチ君がアスナさんを麻帆良まで連れてきた後は一切の手出しが無かった事を考えると、ゼクトの身体を乗っ取って活動していたにしても、アーウェルンクスシリーズやデュナミスが活動していたにしても、力量から言って麻帆良の学園結界を抜けないということはあり得ません。どちらかというと学園長が管轄する麻帆良だからこそ手を出せなかった……と考えるのが妥当かと」
「つまり、メガロメセンブリアの線が濃厚という事じゃな」
「はー、結局それか。あの元老院のじじぃの連中、俺はマジで虫唾が走るんだよな」
ナギはうんざりした顔をして言った。
「ま……またメガロメセンブリア元老院……」
思わずそれにネギが呟く。
「あ、クルトとリカードは別だぜ?」
思い出したようにナギがネギに念押しする。
「それは分かってるよ、父さん。でも……メガロメセンブリア元老院が犯人だとすると……ガトウさんってアスナさんを連れてたのが直接の原因なのかな……?」
ネギは腑に落ちない表情をして疑問を呈した。
「ん?元老院の奴らもアスナの事嗅ぎまわってたからそうじゃないのか?」
「なるほど、ネギ君の言うとおりかもしれませんね……。余り結論に変わりは無いかもしれませんが、ガトウはメガロメセンブリアの非常に優秀な、捜査官でしたから……知りすぎたからという理由で……という事は充分ありえます。そうであれば、当時の戦闘力のタカミチ君だけになった状態でアスナさんと一緒にいてもその後襲撃が無かったという事にも一応説明がつきます。ガトウはナギと別れて以降、元老院にとって相当都合の悪い、何らかの情報を入手していたのかもしれません」
アルビレオがネギの疑問に答えた。
「確かに筋は通っているが、憶測の部分が多すぎるな」
詠春は納得したものの、難しい顔をして断定はできないと言った。
「ええ、まさに死人に口なし、です。残念なことですが……」
アルビレオはやや重苦しく言葉を吐いた。
「やり切れねぇな……。なあ、ネギ」
頭を軽く掻きむしり、ナギは不意にネギに呼びかけた。
「父さん?」
ナギはネギを膝から下ろし、向かい合う。
「……今すぐのつもりは無いが、俺、そのうち魔法世界にまた行っても良いか?」
ナギはいつになく真剣にネギに尋ねた。
「ガトウさんの事……その他も色々だね……。うん、勿論だよ、父さん。僕の父さんは、あちこち世界を飛び回っているのが父さんらしいと思う。僕は今麻帆良のゲートを通るのは無理だけど、父さんが行くと言うなら僕は応援するよ」
ネギはナギの目を見て、しっかりとその想いを言葉に表した。
「そっか。ありがとよ、ネギ。わがまま言って悪ぃな。よし、魔法世界行ったその時は、ネギとアリカが隠れないで済む、ネギとアリカが普通に生活できるようにも、どうするべきかはまだ良く分かんねぇけど、頑張ってくるからな!」
ナギはネギの頭に手をのせて、不敵な笑みをして宣言した。
「う、うん、ありがとう、父さん!」
ネギは目を輝かせ、ナギに言った。
「フフフ、少し前よりも親子らしくなりましたね」
アルビレオが楽しげに言った。
「お、そうか?」
途端にナギは素直に嬉しそうな顔をする。
「うむ、ワシもそう思う」
ゼクトも肯定した。
「ナギ、俺にも出来ることがあったら言ってくれ。今度はここを守ってるだけではなく、少しは手伝える筈だ」
詠春がナギに言った。
「おう!詠春、その時は頼むぜ!」
「ああ、任せろ」
ナギは詠春と拳と拳を軽くぶつけた。
その様子をネギは何やら感慨深く見ていた。
「皆さん、そろそろお風呂に入ってはいかがですかー?」
「温泉気持ちよかったわよー」
丁度そこへ、木乃葉達が戻ってきて、にこやかにナギ達も湯に入ってはどうかと勧めた。
「女性達はもう上がったようですが、私達はどうしましょうか?」
その呼びかけを聞いて詠春がナギ達に尋ねた。
「そろそろいいんじゃないか?」
「うむ」
「私も構いませんよ」
「では、案内しましょう」
それぞれが答え、詠春が最初に立ち上がり、浴場へとナギ達を案内した。
温泉は大人数で入れる仕様になっているだけあり、非常に広いものであった。
ナギ達はまずは椅子を並べて身体を洗い、ナギは「今日も頭洗ってやるからな」と言ってネギの頭をややがさつであったがしっかり洗っていた。
ネギは以前の風呂嫌いも殆ど改善しており、泡が入らないように目を閉じて落ち着いていた。
各々泡を洗い流して湯船に足を入れ、腰、肩まで浸かった。
ネギはふぅーと息を一度ついた後、右隣のナギではなく左隣の首まで湯に浸かっているゼクトにある質問をした。
「あの、ゼクトさん、転移魔法って難しいですか?」
「む、そうじゃな……」
突然問いかけられてゼクトは少し思案する。
「お、ネギ転移魔法に興味あんのか。確かにできたら便利だもんな。一応距離は短いが俺も出来無い事はないんだが」
会話に入るようにナギが言った。
「そうなの?」
ネギは意外な顔をしてナギを見た。
「ナギは勘でやるから転移魔法は駄目じゃ。転移先が大雑把すぎて危険じゃからな。大体アンチョコ見ながらで安定して転移出来る訳なかろう」
ゼクトは冷静にナギの言葉を軽く一蹴した。
「そりゃないぜー、お師匠」
ナギは少しばかり嘆いた。
「事実じゃ。じゃがネギはあの技法ができるのだから充分習得は可能じゃろう。緻密な座標計算ができるならば問題無い」
「そ、そうなんですか?」
ネギは希望を持った目で問いかけた。
「……尤も、転移魔法と一口に言っても、自己転移・他者転移・範囲指定転移、短距離・長距離、基盤魔法も属性ゲート構築型か即時瞬間移動型かで難易度も様々じゃ。影、水場を利用するゲートは開通先に制限があるだけに比較的転移魔法では簡単な部類に入るが、即時瞬間移動型……仮契約カードの召喚機能はその類型じゃがあれを術者が自力展開するのは難しい。転移魔法の習得は困難じゃが、便利なだけに、魔法転移符のような即時瞬間移動型の術式を予め刻みこみ行き先も使用者の曖昧なイメージでもうまく発動するような魔法具が生産されておるのじゃ。重要なのは術式の深い理解と実際のその術式実行技術、後は空間認識能力と演算能力次第じゃな」
ゼクトは淡々と説明をした。
「そういう訳で、いくら呪文を唱えるだけで大体発動できてしまうナギでも、こればかりは適当すぎて無理という事です」
アルビレオはニコニコしながら人差し指を立てて言った。
「アルもかよ……。否定できないのが辛いぜ……」
「安心しろ、ナギ、俺も転移はできない」
詠春が慰めるように、しかし、わざとナギに言った。
「詠春は魔法使いじゃねーだろ!」
ナギが突っ込みを入れる。
「ナギは置いておいて、ネギ君ならゼクトの言うとおり、問題ないでしょう。エヴァもゲート構築型短距離・長距離転移は得意ですし、魔法書も持っているでしょうから教えてくれるのではないですか?まあ、ゼクトの方が網羅範囲は広いですが。後は学園長でしょうか。もちろん、今言った通り、転移魔法術式構築理論に関する魔法書を読んで完全独学という方法もありますが、その場合はどれを覚えるかきちんと決めてやらないと収拾がつかなくなるので気をつけてください。大体挑戦する人の殆どが断念しますし、良くても少しずつ時間をかけて術式を埋め込んでいけば作成できる魔法転移符作成技術習得で落ち着くのです。慣れれば儲かるでしょうが、終日魔法符と向かい合い続ける必要がありますし、途中少しでも間違えたりすると最初からになってしまうので大変です」
アルビレオが流れるようにスラスラと言った。
「へー、魔法転移符も作るの大変なんですね。もう太陽道は使わないと決めているので、まずはゲート構築型から挑戦してみたいと思います。影の転移はコタローもできるし……。ゼクトさん、クウネルさん、ありがとうございます。マスターにも聞いてみます」
ネギはゼクトとアルビレオに礼を述べた。
「ふむ、はっきりと聞いておらなかったが、あの命に関わる技法を使わぬと決めたのは良いことじゃな」
ゼクトがネギの言葉を聞いて、納得する。
「はい」
「……俺も聞いてなかったが、太陽道ってのは使わないって決めてたのか。ネギ、後でそれ、アリカとアスナにも言ってやってくれないか?……心配してるからよ」
ナギはネギに安堵したような表情で語りかけた。
「そっか……そういえば言ってなかったね。うん、分かった。母さんとアスナにもちゃんと言うよ」
「ああ、頼むぜ」
ネギの答えに対し、ナギはネギの頭をポンポンと撫でて言った。
そこへ不意にアルビレオが怪しげな笑みを浮かべながら詠春に言った。
「詠春、男の子が欲しくなったりしませんか?」
「いきなり何を……俺はこのかがいればそれでいい」
詠春は無難に受け答えた。
「おや、流石詠春、堅いですね」
アルビレオはおどけて言った。
「それより、魔法転移符の話で思い出したが、地球で世界規模に展開しているらしい全貌不明の組織の事は知っているか?」
悪乗りしようとするナギを察知し、詠春は話題を切り替えた。
「お、なんだそれ?」
「全貌不明の組織……?」
ナギとネギは初めて聞いたと言う。
「魔法転移符を始めとして、幻術薬、結界符、人払い符と言った魔法具をアンダーグラウンドにやりとりして用いている基本表で活動し裏に関与している組織の事ですね」
アルビレオが説明した。
「初耳じゃな」
「そ、そんな組織があるんですか」
「はー、地球も相変わらず問題が絶えないもんだな」
「暗殺もやっているらしく、こちらでも西日本には警戒の目を光らせてはいるんだがな……裏に関与しているか判別がつかず対処しづらい」
詠春が悩ましげに言った。
「ええ、そのようですね。元より捕まれば本国で即実刑の魔法使い達がどこかで隠れて魔法転移符などの生産を行って主にそういった組織に供給しているそうです」
「難儀な事じゃな」
「そりゃ厄介だな……。転移で急襲、即転移で逃走なんて碌でも無い事ができるじゃねぇか」
ナギが顔をしかめて言った。
「あ、暗殺……」
「うちのこのかも今後狙われるかもしれないが、タカミチ君から聞いたが、大変なのは超君だろうな……」
詠春も顔をしかめて呟いた。
「詠春、それは」 「む?」 「ち、超さんが?」 「超の嬢ちゃんだって?」
咄嗟にアルビレオが釘をさそうとするが、遅かった。
「あ、しまったな……。超君の事はここで言っては駄目だったか」
詠春が気まずそうな顔をして言った。
「リラックスして口が緩みましたね、詠春。それは彼女の本意ではないでしょう」
軽く溜息をついてアルビレオが言った。
「ど、どういう事なんですか?超さんが大変って。超さんは僕の恩人なんです。詠春さん、クウネルさん、教えてくださいっ」
ネギは血相を変えて詠春とアルビレオに問いただす。
「ネギ君、落ち着いて考えてみて下さい。超さんの技術力、世界での知名度を」
「あ……。そういう事ですか……。考えればすぐ分かる事なのに……いつも超さんに色々お世話になってたのに、気付かなかった……」
ネギはすぐに落ち着きを取り戻し、湯船に再び浸かり、やや気落ちする。
「超さんは元からあまり自分の事を話しませんが、余計な心配をかけないようにしているのでしょう。実際彼女は対処できるだけの能力もあります」
「あ、あの、超さんは実際に狙われた事って」
「ネギ君、それは守秘義務というものでお答えしません。とは言ったものの、私も詳しい事は知りませんので、その話はタカミチ君の方が知っているでしょう」
アルビレオは実際詳しい経緯を知らないので回答できないと言った。
「そ、そうですか……」
《ですが、ネギ君、超さんには彼の者達がついていますから、大丈夫です》
アルビレオは続けてネギに念話をかけて、ある存在の事に言及した。
《あ……そうでしたね。ありがとうございます、クウネルさん》
《いえいえ。これ以上はお互い聞かないでおきましょう》
《はい!》
「あー、超の嬢ちゃんが邪魔だと思ってる奴らがいるって事か……。で、ネギ、やっぱ超の嬢ちゃんは恩人だったのか」
ナギはネギに問いかけた。
「う、うん……。でも、これだけはこれ以上話せないんだ。ごめんなさい、父さん」
ネギは申し訳なさそうに言った。
「いいや、気にすんな。超の嬢ちゃんから話さないように言われてるんだろ?」
「うん……」
「なら、今度改めて礼を言いに行くからよ。それぐらいは良いだろ」
ナギはネギに深くは聞かず、礼をしに行くと言った。
「う、うん。それぐらいなら……」
「ナギ、超さんはそういうのをあまり好まないタイプの人ですから、程々にしておいた方が良いです。超包子の肉まんを褒める等するのが良いと思いますよ」
アルビレオがナギに軽くアドバイスをした。
「そうなのか……ってそんなんでいいのかよ!」
ナギが突っ込みを入れる。
「そんなんで、ではありませんよ。あれだけ熱心に世界に広めようとするのですから、彼女にとって超包子の肉まんには非常に強い思い入れがあるのだと思います。それを褒めるというのはそれだけで意味がある筈です」
冷静にアルビレオは答えた。
「はー、そういうもんか。分かった、参考にするぜ、アル」
「ええ、絶対にという事はありせんから好きにしてください。ところで、ネギ君、先程話しませんでしたが、条約で転移魔法の規制はまだ決まっていませんので、その点も少し考慮しておいた方がいいですよ」
アルビレオはネギに転移魔法についての話題を再び振る。
「あ、はい、そうですね。分かりました」
「まあ、考慮とは言ってもそういう事があるかもしれない程度ですが。もし規制されるとしても、魔法転移符の扱いがまず決められない事には始まらないでしょうね。地球62億人から見れば、単独転移魔法を行使できる術者の数は、まさに例外中の例外と言える程度の一握りにしかすぎませんから。事実上の規制無しと言っても過言ではないでしょう。ただ国境を意図して越えたり、私有地に勝手に入り込んだりして、問題になった場合は普通の法律が適用される事になると思いますが」
アルビレオが再び解説を行った。
「む……では、そのうち外国に飛ぶ時には気をつけねばならぬの」
ゼクトは少し面倒そうに言った。
「ゼクト、それどころかまず地球では出入国が問題ですよ。日帰りで行き来するなら構わないかもしれ……構わなくは全くありませんが。実際私とゼクトが今住んでいる所も住所登録されていないですから、不法占拠のようなものですし色々問題があったりしますよ。一応ゼクトの戸籍は即席で用意できましたが」
少々困った顔をしてアルビレオが言った。
それに対し詠春とネギは思わず微妙な顔をした。
「地球とは細かい事に拘るのじゃな。魔法世界はかなり自由だというに」
「その分魔法世界は地球よりも物騒な事が遥かに多いという弊害があります。さて、ネギ君はどう思いますか。地球と魔法世界、どちらが正しいでしょうか」
アルビレオは突然ニコニコしながらネギに質問した。
「……どちらが正しいと言う事はできないと思います。地球も魔法世界もそれぞれの形で成り立っていて……どちらが優劣というのは絶対的尺度で比べる事はできない、僕はそう思います。ただ、一つ一つの事象を取って考えるなら、その上で、そういった事について忘れずに常に考え続けて行く事が重要だと思います」
ネギは一瞬間を置いた後、はっきりと言った。
「なるほど、ネギ君はそういう考えですか。文化の相対性という観点から、それが孕む問題についても考え続ける。原則的に全ての文化に優劣が無く、平等に尊ばれるべきという事を理解しているのは大事なことです。私もネギ君と同じような考えです。この問題については議論が絶える事はないでしょう」
アルビレオは良く出来ました、という表情でネギに言った。
「はい!」
「あー、言ってることは俺にも分かったぜ」
ナギもとりあえず納得したような様子で言った。
「分かってもナギはいつも勢いと勘で動くだけじゃからな」
「お師匠!たまには俺だってなぁー!」
「フフフフ」
ゼクトとナギの言い合いが始まりそれをアルビレオが笑って見守る。
「ナギとゼクト殿は変わらないな。……さてと、そろそろ上がらないか?」
「はい!」
「そうだな!」
詠春の提案で、ナギ達は湯船から上がり、身体を拭き、服を着て浴場を後にした。
一旦広間に戻った所、木乃葉達はおらず、荷物が運ばれた部屋に顔を覗かせてみれば、既に布団が並べられていたその上で、羽織りを着た彼女達5人は円を囲んで話しをしていた。
顔を覗かせた詠春達に木乃葉達は気づき、互いに挨拶を交わした。
そのままそれぞれ部屋に別れるかという時、木乃葉が「縁側で星空を見ませんか?」という提案をし、それに皆賛成し、一同は星空のよく見える縁側に座布団を持って移動した。
大人達は星空を眺めながら木乃葉が用意してきた月見酒を飲んでゆっくり過ごし、子供達もゆったりと酒の代わりに茶を飲んで過ごしていた。
少しして幅のある縁側の為、2×2になるように木乃香と刹那が座布団ごと後ろに回りこんで移動し、ネギに話しかけた。
「なあ、皆も言うとったけど、ネギ君はこれからどうするん?」
「そうですね……。一応ネギ・スプリングフィールドは死亡した事になって違う戸籍をなんとか用意して貰ったんですが……」
呟くようにネギが言った。
「えー!?じゃあ、今ネギ君の名前ってどうなっとるん!?」
木乃香はネギが話す途中で驚きの声を上げた。
「えっと、名前はそのままで苗字が適当……じゃないんですけど、ちゃんとあります」
ネギは微妙な顔をして言った。
「え、苗字教えてくれないん?」
木乃香がショックを受けた顔をした。
「あー、このか、クラスの皆に言わないって約束できる?」
アスナが助け舟を出した。
「もちろんやよ!そんな問題ある名前なんか?」
木乃香はそんな人に言えないような名前でないだろうと思っている為、意外そうな顔をし、刹那も同様の顔をする。
「3-Aにとっては誤解を招くわね……絶対」
もしバレたら、どうなることやらという様子で、アスナは眉間に皺を寄せて言った。
木乃香は何か凄いことが聞けるかもと思い、喉が乾いたのか茶を口に丁度含んだ。
「僕の名前は……ネギ・S・F・マクダウェルになってるんです」
「ブーッ!!」 「ええ!?」
木乃香はギリギリで湯呑みに顔を抑え、口に含んだ茶を吹き出し、刹那は驚きの声を上げた。
「けほっ、なんやそれー!いいんちょが聞いたら発狂するえ?」
「だから言ったのよ……。しかもこのか口にお茶……」
アスナは木乃香が吹き出した事に若干呆れつつ言った。
「……実際イギリスにはマクダウェルという苗字は存在するので変ではないですし、ミドルネームにスプリングフィールドの頭文字も入れてありますし、マスターと同じという事で僕自身は気に入ってます」
「あ、せっちゃんありがとな。……そうなんかー。うん、全く関係無い名前よりはええな」
木乃香は刹那に差し出されたハンカチで口周りについた茶を、とても上品に、拭いながら言った。
「そうですね、私もそう思います」
木乃香と刹那はネギの説明に同意した。
そこへゼクトと2人で少し離れた所にいたアルビレオが会話に割り込みをかけた。
「どうせなら私の偽名のように、ネーギル・サンダース、あるいはネギルド・マクドナルド等でも良かったと思いますよ。私にもライバルが増えますし」
「そ……それはちょっと……」
「なにそれ……」
「…………ライバルって……」
ネギは頭を抱え、アスナと刹那は訳の分からない名前の案に対し困惑した。
「くーねるせんせ、その名前の方が目立つえ?」
「フフフフ、冗談ですよ」
「ややわー!」
木乃香とアルビレオは慣れていると言わんばかりのやり取りを勝手に繰り広げた。
「刹那さん、このかとクウネルさんっていつもこうなの?」
アスナが刹那に顔を近づけてこっそり尋ねた。
「は、はい……たまに私も同行する時は大体似たような感じで……」
刹那自身はまだ慣れないといった雰囲気を醸しだして言った。
「そ、そうなんだ……。まあ、うまく行ってるならいいんじゃない?」
2人は半笑いしながら言葉を交わした。
「あれ、それでネギ君は名前変わってこれからどうするんやったっけ?」
木乃香は思い出したように首を傾げて言った。
「はい、名前を変えてもらいましたが、僕は麻帆良学園では結構目立ってましたから、麻帆良学園で表に出て活動するというのは、今は無理です。だから麻帆良学園に通うという事も無いので……結局まだはっきりとは決まってないんです。ウェールズに戻って生活するというのも一つの方法だとは思うんですけど……」
「それは寂しいなぁ。アスナも嫌やろ?」
「う、うん。それはね」
自然に木乃香は答え、同意を求められたアスナは一瞬虚を突かれたが、肯定した。
「魔法の勉強についてはまだまだ僕は覚えたい事、やりたい事、研究してみたい事があるので普通に麻帆良で滞在する分には問題無いと思います。さっきも転移魔法についてゼクトさん達から聞いて、それの習得も考えてるんです」
「え、何、またいきなりね、ネギ。どうして転移魔法を?」
今聞いたと言う様子でアスナがネギに尋ねた。
「いつか旅に出る時に長距離転移ができたら、いつでもすぐ……アスナの所、父さん母さんや皆の所にだって戻ってこられるなって、そう、思ったんだ」
ネギは俯いた状態から顔を上げアスナを真っ直ぐ見て、心の裡を伝えた。
「そ……そういう事なのね。うん、ネギ、できるようになると良いわね」
アスナは穏やかな笑顔でネギを後押しする言葉を贈った。
「うん、頑張るよ、アスナ」
「あーん!やっぱアスナずるいー!ネギ君、うちにもその言葉遣いで話してくれへん?コタ君やアーニャちゃんだと思って言ってみればええだけやよ!」
木乃香が両手を振って羨ましいと騒ぎ始める。
「お、お嬢様」
「そ、そう言われても……」 「ネギ、やらなくて良いわ!」
刹那は木乃香の様子にあたふたし、ネギは困惑し、アスナはネギにまた念押しした。
「むー、せっちゃんも言って欲しくない?」
邪魔が入ったとばかりに木乃香は刹那に同意を求め、多数派を結成しようとする。
「わ、私ですか?」
急に話を振られて刹那は驚く。
「いや、だったらまず、木乃香は刹那さんの言葉遣いを直すのが先よ!」
ここぞとばかりにビシッとアスナが核心を突く。
「あ!それもそうやね!せっちゃん!うちの事このちゃんって呼んで?言葉遣いも楽にしてええんよ!」
木乃香はそれも一理あると思い、刹那に顔をズイッと近づけ頼んだ。
「お、お嬢様!?」
それに対し、急に顔を近づけられ刹那は思わず後退する。
「言えてないえ!……うーん、癖になっとると大変かもしれんなぁ」
「うん、そうなのよ。反射的なものだから何度も練習しないと」
木乃香は一旦刹那から離れ、それにアスナが乗るようにして言葉を重ねる。
「あ、アスナさんまで……」
嫌な予感がしたのか刹那は更にジリッと後退する。
「刹那さん、頑張ればできるようになりますよ!」
ネギが両腕を身体の前に構え、底抜けに明るく、刹那を応援した。
「ね、ネギせ……ネギく……駄目ですーッ!!違和感が酷くて私には言えません!」
刹那はネギにトドメを刺され、顔を真っ赤にして激しく首を振って髪を振り乱しながら、寝所の方向へと勢い良く走り去っていった。
これには一瞬大人達も何事かとそちらの方向に目を向けた。
「このか、これは刹那さんかなりの重症なんじゃないの?」
「うーん、うちが抱えとる問題は思うとるより大きいかもしれへんなぁ……」
アスナと木乃香の2人は同時に腕を組み、顎には片手を当て、目の前の問題について深く検討し始めた。
それからしばらくして息を切らせながらトボトボと刹那が帰還し、座布団に再び腰を下ろした。
「はぁ……ただいま戻りました」
微妙にぐったりした様子で刹那が言った。
「おかえり、せっちゃん。せっちゃん、この茶碗どう思う?」
木乃香は刹那が戻ってくるまでの間に用意した茶碗を刹那に見せた。
どういう流れか分からず刹那は疑問に思いながらも茶碗を受け取ろうと手を伸ばした。
「……このちゃんッ!?」
刹那が「……この茶碗ですか?」と普通に言おうとした所をアスナがタイミング良く後ろから素早く口を塞いだ。
結果、口を塞がれた事によって出た「ん」だけが無駄にうわずったが、確かに「このちゃん」と聞こえた。
「わー、うまく行ったえ!アスナ!」
木乃香は喜びの声を上げて思わず拍手もする。
「思ったとおりね!」
アスナは計画通り、とキリッとした顔で木乃香に返答し、刹那の口からもういいか、と手を離した。
「こんなダジャレな方法でいいのかな……」
ネギは微妙に呆れるように言った。
「何だか私……やりきれないですっ……」
解放された刹那は喜んでいいのやら怒っていいのやら分からず、両手を床につけてガクッと気落ちした。
「せっちゃん、元気出して?ほら、この茶碗どう思う?」
木乃香は性懲りも無く、刹那の顔の元に茶碗を差し出した。
「もう引っかかりませんっ!」
とうとう刹那は叫び声を上げた。
……何だかくだらないようなくだらなくないような事をやっているなと、大人達はその様子を見て微笑みつつも、時間は過ぎて行き、頃合いになってそれぞれ用意された寝所へと向かった。
スプリングフィールド一家4人は寝る前に、ナギがアリカとアスナの2人をネギの前に正座で座らせ自分もアリカの横に座ってネギを促した。
「母さん、アスナ、僕はもう太陽道は使わないと決めているから、安心して下さい。それで、今まで言ってなくてごめんなさい」
ネギはハッキリと宣言し、今まで言っていなかったことを謝った。
その言葉を聞いたアリカとアスナは肩から力を抜き、空気が抜けるようにその場に脱力し足を崩して楽になった。
2人は安堵したかのように溜息を漏らし、その目から一筋の涙が流れた。
「……そうか、ならば安心じゃ……。ネギ、無茶はせぬようにな」
先にアリカがネギに落ち着いて言った。
「ねっ……ネギ、ごめんねっ、私の為に危険なものを使うことになって……。もう絶対、無茶しちゃ駄目よっ」
アスナは一度涙が流れてから涙が止まらなくなり、次々と目に大粒の涙を浮かべながら、自分の手でその涙を拭いながら言った。
「母さん、アスナ……うん、約束するよ」
ネギは太陽道を使わないという事を言うだけでアリカとアスナがここまで反応するとは思わず、ネギ自身も釣られて目に涙を浮かべながら約束の言葉を述べた。
しばらくして落ち着いた後、一家は並んで布団で休み……そして翌日。
朝起きて一同は温泉に軽く入った後、朝食を昨日と同じく広間で取った。
その朝食での会話中に、ナギが詠春に別荘の鍵を貸して欲しいと言い、詠春は元々所有者はナギの家だろうと言って、朝食後鍵をナギに渡した。
陽もすっかり昇った頃、スプリングフィールド一家は4人で一旦総本山から出て、道なりに少し歩き、目的の場所についた。
ナギが玄関の鍵を開け、中に入った。
「おー、全然変わってないなー」
ナギが感動したように言った。
開放感のある1階から2階の天井までの吹き抜け、壁には大量の本が収められていて、梯子で登り降りが可能になっていた。
キッチンや風呂、トイレ、寝室は奥の部屋。
「懐かしいものじゃな。前と変わっておらぬ」
アリカは感慨深そうに言った。
「へー、ここが別荘なのね」
アスナは天井を見上げたままくるりと一回転しながら言った。
「3月に来た時は、まさか父さん、母さん、アスナとここにまた来られるなんて思ってなかったな……」
ネギは以前来たときの事を思い返すようにして呟くように言った。
「これからは時間さえあればいつでも来られるからな!4人分のスペースはリビングに取り過ぎてるせいで無いが、少しリフォームすれば充分住めるぞ」
「うむ、そうじゃな」
「何か別荘っていいわね」
ナギ、アリカ、アスナは明るい顔をしてそれぞれ言い、その姿をネギは嬉しそうに見ていた。
埃が積もっている為、4人は掃除をする事にした。
高い本棚の上の隙間等普通には手の届かない所はネギとナギが浮遊術で飛びながら雑巾を掛け、それ以外の所をアリカとアスナで手分けして行った。
その途中アスナが写真立てを見つけて3人に呼びかけた。
作業を中断し、4人は一階のリビングに集まり、その写真立てに顔を覗かせた。
「おおー、懐かしいな。俺ちっせー。お師匠とアル変わってねー」
ナギが素直に思った感想を述べた。
「ねえ、やっぱりこれ……ガトウさんよね……?」
アスナは写真の中で右側を向いて立って映っている中年の男性を震える指で示した。
「ああ……そうだ」
「そう……やっぱりそうなのね……。ガトウさん……ガトウさんだけはもう戻ってこない……」
アスナは自然と目を潤ませて言った。
「ガトウ……。残念じゃな……」
アリカもガトウの協力に何度も助けられた事に想いを馳せ、震えるアスナの肩に腕を回してそっと抱きしめた。
その様子をナギとネギは静かに見守り続け、しばらくしてアスナはようやく落ち着いた。
そして一度深呼吸をしてアスナは3人に言った。
「……ガトウさんはもういないけど、私の心のなかにちゃんと生きてるわ。私が忘れない限りガトウさんはいなくなりはしない」
「……そうじゃな」
「……そうだな」
「うん……想いは心の裡に生き続けるよ」
ネギはアスナと同じく、ある人物の事に想いを馳せ、胸に手をあてて言った。
「そうね、ネギ」
そして、再び一家は掃除を続け、昼頃になった所で総本山に戻り、ナギは詠春に別荘を管理してくれていたことに感謝した。
昼食を広間で取りながら、一行は午後どこに出かけるかを話し、木乃香が太秦シネマ村に行きたいと言い出した事で、車で30分程、昨日ナギ達が行った嵐山の少し手前の太秦シネマ村まで向かった。
空気を読んだのか、ゼクトとアルビレオは「後で念話しますので」と言い、2人でシネマ村内の主に食事処を巡りに別行動へと移っていった。
シネマ村というだけあって、時代劇で実際に使用される撮影用施設が立ち並ぶ為、江戸、日本橋、吉原等の町に来たというような感覚を楽しめる。
一行はあちこち気ままに歩きまわりながら会話を楽しみ、時には衣装コーナーで着物に着替えたりして過ごした。
ネギ達がハッとしたのは、ロケーションスタジオの映画撮影の裏側について説明するコーナーにて、超鈴音の開発した三次元映像撮影器が紹介されていた事であった。
「今日本で最も話題の麻帆良学園都市の天才、超鈴音が開発したこの三次元映像撮影カメラ、これによって映画撮影の幅は無限の可能性を見せたのでござそうろう!」……等と侍の服装をした人が大仰に説明していたのである。
「何か……凄い変な感じするわね……」
「流石超りんやなぁ」
「もう超さんの名前を知っている人は世界でもかなりの数に上るでしょうね……」
「超さん……」
と、アスナ達は自分達が良く顔を合わせる超鈴音について、改めてその知名度を高さを認識したのだった。
三次元映像撮影器はまだ普及し始めて数ヶ月、個人で私的保有をするのは規制が厳しい為まだまだ一般人にとっては珍しく、そのコーナーには、実際に以前の撮影方法と違ってどんなことができるようになるのか等が分かりやすく実演もされていたので、多くの人が集まっていた。
言いだしっぺの木乃香も充分堪能した所で、一行は太秦シネマ村を後にした。
その後、スプリングフィールド一家は帰りも新幹線で帰る為、その時刻まで何か良いところはあるかということで、詠春が「あそこが良いです」と言い出し、車が出された。
着いた先は、京の舞の施設であり、ネギ、木乃香と刹那は3月に行った事のある場所であった。
中に入ってみれば、あちこちにエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがその美しい金髪を煌めかせながら華麗に舞っている姿が写ったポスターや映像も流れており、ある意味一行にとっては確かに良い場所であった。
太秦シネマ村に引き続き、身近な知り合いがプッシュされている事に「麻帆良って一体なんだろう……」とネギが呟いたのは真理を突いていたと言えよう。
そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎ、スプリングフィールド一家は京都駅まで送られ、ここで互いに挨拶を交わし、詠春達、ゼクトとアルビレオと別れたのだった。
一家は18時32分の新幹線に乗り込み、東京方面へと向かった。
アスナは携帯で幾つも取った写真を3人に見せながら、今回の家族旅行の復習をし、4人の会話は途切れる事なく東京まで続いたのだった。
東京で再び新幹線に乗り換え、大宮へと約25分、そして埼京線に乗り換えて麻帆良へと帰ってきた。
時刻は丁度22時前。
アスナの帰る女子寮とナギ達の行く方向が途中まで同じ方向だった為、4人は送って行く形で一緒に歩いた。
「ネギ、2泊3日だけだったが、初めての家族旅行、どうだった?」
街明かりのお陰で表情が分かる中、ナギがネギに尋ねた。
「はい!父さんと母さんとアスナと行けて、凄く、凄く楽しくて、嬉しかったよ!」
ネギは満面の笑みでナギ達に言った。
「そっか、それは良かった!俺もネギとアスナとアリカと一緒に行けて楽しかったぜ」
嬉しそうな顔でナギはそれに答えた。
「私もじゃ。まるで夢のような旅行じゃった」
アリカがしみじみと言った。
「私もよ。こんな素敵な家族旅行初めて。凄く楽しかったわ」
アスナが続けて言った。
「……父さん、母さん、また今度も旅行、一緒に行ってくれる?」
女子寮への分かれ道が見えて来た所でネギが尋ねた。
「おう、必ず一緒に連れて行ってやるぜ!」
「当然じゃ。ネギがいなければ家族旅行にならぬじゃろ。必ず行く時は一緒じゃぞ?」
ナギとアリカがそれぞれネギに次も旅行に必ず行こうと約束した。
「うん、ありがとう!」
ネギは、感謝の言葉を述べた。
……そして、分かれ道でアスナは3人と別かれ、一人女子寮への帰路へと着いた。
つい一昨日出た時と逆に女子寮の中を行き、643号室の前につき、ドアノブに手を掛けた。
鍵がかかっていないのを確認し、アスナは中へと入った。
「おかえり、アスナ!」
出迎えたのは、驚いた?というような顔をした木乃香であった。
「ただいま、このか!」
アスナはすぐに靴を脱ぎ、部屋に上がった。
「ホント、転移魔法って便利ねー」
感心したようにアスナは服を着替えながら言った。
「そうやね。パッと行ってパッと戻ってこれるのは便利や。……でも、普通に戻ってきたアスナは今凄く嬉しそうな顔しとるえ?」
木乃香がアスナの様子に言及する。
「うん、そりゃ私、今凄く嬉しい気持ちで一杯だもの!」
アスナは満面の笑みで、心の裡を表現した。
「ほな、良かったね、アスナ」
木乃香も釣られるように顔をほころばせ、言葉を返した。
そして2人は、仲良く話をしながら、また明日からの学校に備えてベッドに就いたのであった。
その眠りについたアスナの顔は、翌朝起きるまでずっと……ずっと幸せに満ちていた。