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No.2671の一覧
[0] あるいはきっと幸せな日々(現実→ネギま!_アスナ憑依) [サランラップ](2008/02/17 12:09)
[1] 第一話 ~いいよと彼女が言った~[サランラップ](2008/03/16 08:15)
[2] 第二話 ~接触~[サランラップ](2008/03/20 12:35)
[3] 第三話 ~ひとまずのコミット~[サランラップ](2008/05/21 21:04)
[4] 第四話 ~こんにちは~[サランラップ](2008/08/09 02:42)
[5] 第五話 ~VM~[サランラップ](2008/10/25 18:06)
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[2671] あるいはきっと幸せな日々(現実→ネギま!_アスナ憑依)
Name: サランラップ◆ea327613 ID:e03a0733 次を表示する
Date: 2008/02/17 12:09
 それはとある女子中学校の一室であった。西洋風の外観に合わせ、また部屋の主のこともあって雅な内装が施されている。日中ではあるもののカーテンはきつく閉められており部屋の中は薄暗く外は何も見えない。十分な広さを持つその部屋には大人が数人とそしてまだ十にも満たないであろう少女が一人。彼女の名はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアといった。感情を何も感じさせない暗い目は、そこが十分に明るければ左右で瞳の色が違うのが見て取れたであろう。左右で二つに結ばれたやや赤みを帯びた長髪にまだ幼い子供らしい丸みを残した顎、すっきりとした鼻梁など表情さえ明るければとても可愛らしいのにと誰もが思うであろう少女であった。

 彼女は姫だった。とある王家の血筋を引くというそのままの意味でそうだった。そして彼女は道具であった。彼女がそこにいるというだけで役に立つとても有用なモノだった。少女自身の意思など関係なく使えるのだから使うものにとって計算の立つ優れものである。どうして私がと考えたこともあったような気がするが、鎖に繋がれるようになってからはそういうものなのだと諦めた。自分が使われる時、その時はいつも建物の屋上とはいえ外に出れたので何時も空を見上げていた。遠くで響く爆音や視界の端で瞬く閃光はあまり気にならなかった。遠く空を行く雲の流れる様や肌をなでていく風ばかり感じていた。自分は何一つ持っていないのだから、この身の中は何一つ詰まっていないがらんどうなのだから、雲や風の中に溶けて消えてしまえればいいのにと思うことがあった。

 しかし、世の中何が起こるか分からないもので、彼女を、アスナをそこから強引に連れ出した一団があった。自分を何処に連れて行くのかなど興味は湧かなかったが、毎日のように夕焼けが見れたので気にならなかった。それに限らず世界は美しかったし、草原も森もそこに住む動物たちもアスナに何も求めないところが好きだった。もっとも、たまに自分を食べたいらしい動物もいたがアスナも他の生命を食べてこれまで過ごしてきたという自覚はあったのでそのあたりは問題ではなかった。狼だったり熊だったりもっと変な何かだったりしたがアスナを攫った一団の誰かがいつも追っ払ってそれでお終いというのがパターンだった。初めて危険な動物と出くわした際、別に食べられても良かったと言うと奇妙なことに一団の男数名が激高したのでそれ以来そのことは言わなくなった。でもちょっと素敵だと思ってしまったのだ、森の一部になるのだと私でも何かになれるのだと思うとアスナの胸が少しドキドキした。

 アスナとその一団との奇妙な旅は続いた。彼らがアスナをどうするのかではなく、アスナがどうしたいのかが大事なのだという話をほとんどのメンバーからされた。自分がどうしたいのかなど長い間考えたこともなかったので特別どうしたいというものは思いつかなかった。それ以外にも彼らが教えてくれる気の扱い方や動物の捕まえ方などのほうが余程彼女の気を引いた。

 そんな日々は始まり方も突然なら終わり方も突然で、今こうしてこの部屋の真ん中に立っていることがまるで夢のように虚ろだった。アスナを取り戻そうとした祖国の追手なのか、利用しようとせん他国の軍隊なのか彼女には分からなかったが無残な戦いだった。

「では、始めるとしようかの」

アスナの前に二メートルほどの距離を置いて、ヒトの定義の境界を開拓した頭部の持ち主が立っていた。

「「はい」」

まるで空豆を首の上にのっけたかのようなその老人の掛け声にこちらは若い数名の男女がそう返事をする。

 彼らはアスナの記憶を消さんとしていた。今部屋の隅で緊張した面持ちで立っている青年とその仲間、つまりはアスナを攫った一団のメンバーが苦心して選んだ決断だった。アスナは酷く憔悴しており、また、彼女の特異性を自分自身が知っていることは幸せを掴むための障害になるのではという心配があった。

 アスナの特異体質というのはこの部屋の光景にも反映されている。彼女の前に立つ老人は日本有数の魔法使いであり、ただの人間の記憶を消すといった雑事は本来アスナを囲む複数の魔法使いの誰かが行う程度のものの筈である。しかしその雑事を関東魔法教会の長自らが、しかも複数のサポートを用いて行わなければならないところに彼女の特殊性があった。魔法への耐性が非常に高いのである。それは最早耐性という範疇を抜け、無効化と呼ぶのが相応しいほどのものなのだ。

 ならば如何にして記憶消去をなすのかというのが腕の見せ所である。まずはアスナを取り囲む魔法使いたちが老人を除いて詠唱を開始した。そうして解き放たれた力はアスナへ効力を発揮せんと押し寄せたが、アスナの力がそれを自然と無効化してしまった。何も動きを見せなかった老人がふむと頷いて見せる。

「もう一度やってくれるかの」

飄々としながらも確かな手ごたえを感じさせるその言葉に、さすがという感情を滲ませつつ再度魔法使いたちが詠唱を再開する。そして再び押し寄せた記憶操作の魔法にやはり明日菜の魔法消去の力が発動した。しかし今度はそれだけでは終わらない、何時の間に魔法を練り上げていたのかせめぎ合う二つの力の間隙を縫って老人の放った魔法がアスナの胸を貫いた。その瞬間まで彼女は何一つ動かなかった。夢を見ているかのようにフワフワした気分のまま、自分は記憶を消されるんだなぁと妙にのんびり考えていた。今も部屋の隅にて緊張の面持ちで立っている青年が、

「幸せに暮らすのです。お姫様、全てを忘れて……」

ここに来る前そう言ったから、全てを受け入れて生きてきた彼女はああそうなんだと思っただけだった。

 だからそのまま彼女は全てを忘れるはずだったのだが、老魔法使いの放った魔法力が触れた瞬間にアスナの胸の中で膨れ上がる何かがあった。囚われの日々など忘れようが覚えていようがどうでも良い、だがナギと呼ばれる一団のリーダーの蛮勇を、詠春の舞闘を、ラカンの豪勇とタカミチの優しさ、そして何よりガトウの尊厳を忘れていいものだろうか? そもそも何も持っていなかったはずの自分が今持っているものはそれで全てだ。ならそれを失ったアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアは一体何者だというのだろう。

(幸せに暮らすのだとタカミチは言ったな。ガトーは私には幸せになる権利があると言った――)

ああ――、困ったことに彼女には幸せというものがどんなものなのか分からなかった。分かるのは例えこれで幸せというものを得てもそれはアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアではなく別の誰かの幸せだということくらいだ。

(ダメだ、絶対に許せない。このまま全てを忘れるなど私が許すものか!)

何でもいい。誰でも良いから。記憶以外でただ一つ残ったこの身がどうなっても構わないから。

 彼女はそう願い、願って、部屋に光が弾けた。





あるいはきっと幸せな日々   ~プロローグ~





 中肉中背の二十代の男性、そう素気なく表現することでも十分だろうといった感じの男が自宅のアパートの部屋で床に座り込んでいた。背中側のベッドに多少体重を預けた姿勢で漫画を読んでいる。読んでいたのは彼が高校生だったか大学生だったかの頃に連載が始まった漫画でそのタイトルを「ネギま!」という。昔集めていたのだが新刊の発売時に購入するのを一度忘れたっきり面倒になって続刊を買っていなかった。しかし、今日たまたま立ち寄った古本屋で揃っているところを見かけたのでまとめて買ってみたのだ。その場に無かった最新刊は帰る途中にある本屋で買ったのでそこそこの出費になってしまった。もっとも、現在は残業代を吸い取る彼女もいない上に普段生活する分には基本給で十分であるからそう痛いわけではない。後輩にご飯を奢るのを一度減らせば良いだけである。

 男、佐々木哲郎は世間ではIT系とひとまとめにされる類の企業に勤めるサラリーマンである。ちなみに本人としてはITではなく情報産業という呼称が好みだ。社内における技術者としてのピラミッドでは中の下といったあたりだろうか、プログラミングでひたすらコーディングと呼ばれる実際にプログラム本文を打ち込む時期を終えて、プロジェクトのサブリーダーを任されることが多くなってきた。哲郎自身としてはずっとプログラミングだけしていたいという気持ちがあったし、実際社内には五十台でもバリバリのプログラマーといった人物も存在したが、彼はスペシャリストに成れるだろうといった技量を社内で十分にアピールできなかった。ただ、次第に仕事を卸した外部の協力会社とのやり取りなども増え、プロジェクトをコントロールする今の仕事も楽しくなってきたところなので労働環境には特別不満は無かった。

「やけにスケールがでかくなってるなー」

哲郎はそう苦笑しつつ、ページをめくる。

 その漫画は魔法使いであり数えで十歳の少年が修行の一環で何故か女子中学校の教師をやらされるという張り切った設定の物語で、数十人の女生徒に作者たちの趣味で無理やり各種設定をくっつけた闇鍋みたいなところがある漫画だったが、嫌味のない綺麗な線で描かれた絵と少年の主人公が試練を乗り越えて強くなっていくという王道路線により読みやすいものに仕上がっていた。

 哲郎が以前読んでいたころは就任した学園に関連した場所でドンパチとラブコメを交互もしくは同時にやっていたものだが何時の間にか別次元に存在する魔法世界が最新刊では舞台になっていた。その魔法世界は何と広さが地球の三分の一というから驚きである。どうやって風呂敷を畳むんだろうと考える自分も、まあいざとなれば「俺たち私たちの戦いはこれからだ」ENDが何時でも可能だよなと思う自分も童心を無くしたような感じがして嫌なものだなぁ、といった思いとともに最新刊までを一気に読み終えた。一時間幾らといった時間単位の消費額としてはやっぱりネットが一番費用対効果が高いかなといった思考もこれまた汚れた大人のものだろうか。

 それにしてもこの漫画の主人公であるネギ少年、実にモテモテである。最終的に一体何人の少女の心を射止めるつもりなのか作者に聞いてみたいくらいだ。ちなみに哲郎が作中の女生徒であれば絶対に彼とはごめんである。王道バトル漫画の主人公なので漫画として読む分には何の問題もないが彼は自ら進んで危険に飛び込む、もちろん女生徒も込みでだ。作風からしてメインのキャラクターが死ぬ確率は低そうだが、使いようでいくらでも残酷な描写が可能な設定や伏線をばらまきつつ表向きはお祭り騒ぎが続いているような気がするので、もし青年雑誌で連載していたらどうなっていたのかというのは興味深いところだ。

 そんなことをつらつらと考えながら哲郎は腰を上げて背もたれにしていたベッドに仰向けに体を倒した。今日は土曜日なので昼寝を楽しむのも悪くない。電気を消すリモコンが見当たらず、部屋の出入り口のところのスイッチまで歩くのも億劫だったが明るいのもいやだというダメ人間の見本みたいな状態で、何となく使えるかと「ネギま!」の最新刊を目隠しのように広げて顔に乗っけてみたところ、彼の意識がすとんと途切れた。










(――ぉい、起きない、……まだだめ)

哲郎は耳元で誰かに囁かれたかのような感じがして目を開けた。その瞬間ある事実に気づく。

(やっと起きた)

ほっとしたかのようなその声は最早哲郎には届かない。彼は絶対の予感に怖気を感じつつも服の上から股間をまさぐった。

「えっ。嘘っ、無い」

いやいやそんなはずがあるものかと、もっと良く探せとベッドから体を起してジャージだったはずのズボンの前を広げて良く見えるようにしようとしたところで更なる事実に気づいた。

「おおぅ、何時の間にか寝ているうちにスカートをはかずにいられない病に……」

(……聞いたことのない病気、本当にある?)

妙に頭に響く舌ったらずな幼い少女の声は無論哲郎には届かなかった。

 かのガリレオ・ガリレイは偶然のようにして望遠鏡を作り上げた時、世の常識に習って宇宙は完全だと彼は信じていたのに望遠鏡で覗いた月にはあってはならない凸凹があった。彼は遠くの山は実際に近くで見た時のように拡大しているのだから自分が作った望遠鏡は天上もちゃんと拡大して映しているに違いないと考えた。だから月には凸凹があって宇宙は完全ではなかったのだと。その自分の考えに賛同を得たかった彼は大学教授を呼び集めてデモンストレーションを行ったものの、そこで得られた評価は、「ガリレオの望遠鏡は地上の遠くのものは正確に拡大して映すが天上のものは正しく映らない」であった。地上と天上では物事の法則が大きく異なり、なおかつ宇宙は完全であるというその時の世間の常識には打ち勝てなかったのだ。続けてコペルニクスの地動説まで信じていると言い出したガリレオはとうとう異端審問のすえに生涯監視付きの邸宅に住まわされることになってしまう。即ち人は常識にしばられる、そして自分が望む答えをしばしば状況から作り出してしまう。

「夢だな。寝よ寝よ、次起きたらきっとついてるさ」

だから哲郎としてはまずは夢だと結論づけるしか無かったのである。ついてなかったのも、スカートを履いてたのも、何か手というか体全体が縮んでいたのもきっと夢だからさと思うしかなかったのだ。だがしかし、反証を受け入れるという科学的態度の積み重ねの中で今や宇宙は完全な円運動に支配されているという仮説は覆された。今や地球は楕円軌道な世の中である、つまり最新のそれっぽい仮説へと次から次へと乗り換えていくことこそ文明人の営みというわけで哲郎にもその時がやってきた。

(起きろ――、起きて)

「やれやれ、夢の中かどうかは置いておくとして今の俺に幻聴が聞こえるのは認めた方が話が早そうだ」

何とももったいつけた言い回しではあるが、哲郎は目を閉じたままそう言った。目を開けると未だ構築したくない仮設を組み立てざるを得ない何かが見えるので嫌なのである。何とも面倒な御仁であった。

(起きてる? 話はできる?)

「ああ、自分が作り出した幻聴と会話してるんじゃないかって虚しい可能性から目を背ければ問題ないよ」

(幻聴じゃない。私はアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア)

その声の名乗りを受けて、哲郎は「あーーー、えーーー」などと喚いたすえに目をつぶったまま右手を目元にあてて嘆きのポーズを取った。

 彼の実感覚では頭に響く声は自分が生み出した幻聴では無さそうだと感じていたのだが、どうやら幻聴の可能性が高まったかもしれない。アスナというのは先ほどまで彼が読んでいた「ネギま!」という漫画に出てくるメインヒロインの一人だ。即ち漫画の中のキャラクターなのである。哲郎は何時の間にか自分は現実とコミックの区別がつかない人になっていたのかと己の身を嘆こうとしたが残念ながらちっとも幻聴だという実感が湧かない。もっとも幻聴というのはそういうものなのかもしれないがひとまず聞こえる声を初めて会う女の子として話を続けることにした。

「そっか、俺は佐々木哲郎って言うんだ。初めまして」

(うん。初めまして。……テツローって呼んでいい?)

「ああ、君のことはアスナでいいかい?」

まどろっこしい会話だなと、そう思いながら哲郎は肯定の返事をする。何かこちらに伝えたいことがあるという印象を少女の声に持っていたのだが自己紹介に至ったとたん今度はお互い何と呼び合うのかに興味が移ったようだ。どうもそわそわした雰囲気が哲郎へと伝わってきていた。

(うん。今の私はただのアスナだから、それでいい)

「分った」

ああ、これは本当に不味いなあと心中で独りごちた。何とも信じがたいことに、自分が漫画の中のとあるキャラクターの体に入り込んでしまったと仮定してしまうとすんなり現状が把握できてしまうことが多すぎる。ついさっきまで一気読みしていたので話の展開や設定もしっかりと覚えていた。今自分の体が女の子になっているのは「ネギま!」のメインヒロインの一人の体に入り込んだからで名乗ったアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアという名からするとまだ彼女が小学校一年のクラスに転入する前の段階だ。それにしてもまいった。

「良くある問いかけでさ、数秒前に世界が構築されて自分たちの脳には偽の記憶が積め込まれてる。だから十年、二十年の記憶があるように感じられるかもしれない、もしそうだったとしてそれを否定する証拠を挙げさせようとするってのがあるんだけどさ、まるでそんな世界で一人だけ整合性の取れない記憶を積め込まれたみたいな気分だ」

(……テツロー、全然分からない)

「うん、そうだね。俺にも全然分からないよ」

全く持って理解し難い。そして出来れば理解したくはない。何せ自分の口から出ている声はひどく高く明らかに腰元まで届きそうな長髪が仰向けの背中に広がっているのが分かる。土曜だからと剃っていなかったヒゲもツルツルのようだしそして何よりついていない。しつこいようだがあるべき所にあるべき筈のものが無いというのは異様な違和感を感じるものなのだ。

 アスナが哲郎との会話に困惑したのだろう、押し黙ってしまったので哲郎はひとまず漫画の中に人の精神が入り込むという現象について考えてみる。が、考え込むまでもなく出てくる結論は一つだ。昨日までと違って漫画に人の精神が入り込む可能性を笑えなくなってしまったというだけである。哲郎が信奉する科学的態度からすると世の中分かってないことだらけなのだ。そこら中に存在する何てことのない物質にしたところで、細かく分割していったら原子があってそのまわりをマイナスの電子が回ってたりするんですよーなどと小学校だか中学校で教えちゃいるが原子の中には引っ込み思案の中性子やらがいるわ更にその中性子さんからは三つのクオークが飛び出してくるわ、更にはクオークの中に超ひもがあるんじゃね? っていう何だその名前はと突っ込みたくなるような超ひも理論とかいうのを世界中の天才どもが数十年玩具にして遊んでいる状態である。つまりは全ての物質が何でそうなってんの? って疑問に対してはキリスト諸国なら神がうんぬんと返ってくるし中東ならアッラーがどうこうと返答するはずであり、物理学者なら「えっとね、超ひもってのがあるっぽくてね」と言った具合にそれぞれの立場や考察、更には時代背景に基づいた仮説が返ってくるに過ぎないのだ。だから、今自分が漫画の中の世界に入り込んで何か幼女になっちゃったという説を打ち立て、それに基づいて行動指針を考えたり、漫画のキャラになったとして今どの時点でどうなっているのかというのを本気で考察しても何ら恥ずかしくないはずだ。

(だって反証できないしなぁ。まあこっちも漫画に入りこんじまったことを実証できないけどさ)

 まずは覚悟を決めなければと哲郎は考えた。ゆっくりと身をベッドから体を起して目を見開く、そうしてベッドから降りて洗面所か台所はないかと部屋を出る。すると部屋を出て向って左側が洗面所らしき造りになっていた。そこにはもちろん鏡もあり哲郎はその前に立つ。――身長の関係で顔は映らなかった。何か負けた気分で一度引き返し椅子を引きづりながら洗面所に戻る。そうしてようやく映し出された今の哲郎の素顔はやはり幼い女の子で、漫画原作の設定通り左右の瞳の色が違っていた。

「アスナ」

(な、なに?)

先ほどから哲郎に伝わるアスナの声自体は常に感情が乗っていないかのような平坦なものなのだが、それとは別に伝わってくるテンションのようなものがある、どうやら呼びかけられたことにドキッとしたようだ。

「驚かせちゃったか? ごめんな。聞きたいことがあるんだがいいか?」

ある程度自分の混乱が収まり、相手は幼い子供だと思うとやはり会話には慎重になる。

(うん。いい)

「これは君の体?」

(うん、そう)

「ここは何所?」

(日本って国だってタカミチが言ってた)

「そのタカミチさんは?」

(私が気付いた時にはいなかった。でもここタカミチの部屋)

そうやって一つ一つ哲郎は確認を取っていく、まずはここでの自分の位置取りを決めなければならない。どうやって元の世界に戻るのかを考えるのはその後だ。

「うん、じゃあ次の質問だけどさ。どうして俺はこんな状態になってるか分かる?」

アスナがはっと息を呑むようなそんな気配が伝わってきた。どうやらというか彼女の身体に今哲郎が居座っている以上必然ではあるが、やはり哲郎の現状には彼女が原因の一つらしい。

(……たぶん、私が願ったせい)

怒られることを怖がっているらしいアスナに哲郎はあくまで優しげに声をかけた。何せまだ聞きたいことは色々あるのだから怖がらせてはならないし、機嫌を損ねるわけにもいかない。そしてそういった計算を考慮せずとも割と子供好きの哲郎としては仲良くやっていきたいところであった。

「うん。もし良かったら何を願ってどうなったのか話してもらえないかな」

(えっと……)

こうして二人は出会った。

 そしてこの時の哲郎の望みに反して、その付き合いは随分と長いものとなっていくことになる。




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