くぁ、と。
欠伸を一つして伸びをする。
良い天気だなぁ、と。
あまり良く寝れてない頭でそう考えて、起きてから暫く経つが、それでも窓際でぼんやりと外を眺める。
快晴の空。
良い祭り日和である。
さて、と。
ベッドの上で、もう一度伸びをしてこれからどうするか考える。
まずは朝食の準備もしないといけないし、それより先に着替えか。
ま、服装はいつも通りのスーツで良いだろ。
麻帆良祭期間中って言っても、仕事だし。
しかし……源先生と一緒に周る事になるとはなぁ。
世の中どうなるか判らないもんだ。
今まで学園で話す程度だったので、余計にどうしたものかと考えてしまう。
……まぁ、いつも通りで良いんだろうけど。
月詠達が起きてくる前に着替えてしまうか。
「おはよーございます~」
着替え終わり、今日の予定は何があったかな、と。
そんな事を考えていた時、ちょうど月詠が起きてきた。
ドアを開けて、こちらに挨拶してくる仕草は何時も通り。
「おはよう、月詠」
「はい~」
「良く眠れたか?」
「少し寝足りませんわ~」
こうしていると、魔法使いも普通の女の子みたいなんだがなぁ。
眠そうに、口元を手で隠しながら欠伸を一つする月詠を小さく笑ってしまう。
「はは。コーヒーでも飲むか?」
「あっついお茶がええですわ~」
「ん、判った。座って待ってろ」
そう苦笑して、月詠と自分用のお茶を用意する。
俺もまだ少し眠いし。
あっついお茶を飲んで、目を覚まそう。
「お兄さん、今日はどうしますか~?」
「今日?」
キッチンでお茶を用意していたら、月詠からの声。
ふむ、今日か。
「昨日とあんまり変わらないかな? 見回りばっかり」
ああ、違う違う。
「一応、源先生と回る事になってるな」
午後からは絡繰と会う約束があるし、その後はマクダウェルの囲碁大会だろ。
時間があったら小太郎の出る武闘大会も見に行きたいし、他にも、生徒達の出し物も見て回りたい。
やる事はあんまり変わらないけど、やりたい事は一杯あるなぁ。
「お忙しいみたいですね~」
「そうか? 麻帆良祭とか、イベントの時はこんなものだよ」
「は~……そうなんですかぁ」
それに、俺はまだ良い方だと思う。
顧問をやってる部活とかも無いし。
そうだ、クラスの出し物も見に行かないとなぁ。
昨日は昼から行ったから、今日は……夕方に行くか。
午前中は源先生と回る事になってるし。
「月詠は、今日は何処回るか決めてるのか」
「ウチも、今日は少しだけ忙しいですね~」
そうなのか?
お茶を準備していた手を止め、視線を月詠に向ける。
その月詠は、テレビも点けずにぼーっと眠そうにこちらを見ていた。
「お姉さんから、色々とお仕事を振られましたから~」
「……お姉さん?」
お姉さん?
桜咲……の事は先輩って呼ぶし。
「エヴァさんです~」
「マクダウェル?」
「はい~」
何でマクダウェルがお姉さんなんだ?
吸血鬼だからだろうか?
「なぁ、月詠?」
「なんですか~?」
「マクダウェルって、お前がお姉さんって言うくらい歳とった吸血鬼なのか?」
「……知らないんですか~?」
ああ、と。
そういえば、以前聞いたのは――いつだったか。
一回聞いたような気がするけど、答えてもらった記憶が無い。
覚えていない、って訳でもないから多分聞いていないんだろう。
「女の子のお歳は、ウチの口からは言えませんわ~」
「そりゃそうか」
まぁ、気になっただけだから、別に良いけど。
そのうち、マクダウェルに聞いてみよう。
……怒られそうだけど。
それにしても、マクダウェルから仕事、か。
あんまり聞かない方が良いんだろうな。
「何か手伝える事があったら、言ってくれ」
「ええんですか~?」
「ああ。あんまり役に立てないけどなぁ」
そう言うと、小さく肩を震わせて、笑われてしまう。
「お兄さんには、荒事は期待してませんよ~」
「そう言い切られるのもなぁ」
それはそれで、悲しい物があるけどなぁ。
そう思いはするけど、言い返せなくて苦笑してしまう。
確かに、月詠が言うような荒事なんかした事無いしなぁ。
それって、アレだろ? この前の、雨の日に在った老人……あの時みたいな事だろ?
それは確かに無理だな、と。
しかし……俺が、月詠達の役に立てること、かぁ。
っと。
「ほら、眠気覚ましのあっついお茶だ」
「ありがとうございます~」
淹れたお茶を月詠に渡し、自分の分は手に持って床に座る。
「晩ご飯、何食べる?」
「……はい?」
暇なので、テレビを付けながら、そう聞く。
「いや、俺に出来るのそれくらいかなぁ、と」
「……面白い人ですねぇ」
いや、何が?
うーん、天気は今週はずっと晴れかぁ。
最近雨少ないなぁ、水不足とかならないと良いけど……。
「面白い、か?」
「普通、ウチにここまで構いませんえ~」
「構う?」
……って言うと?
お茶を両手で持ち、静かに啜りながら……そう言われてしまう。
「何でもありません~」
「そうか。それで、晩は何食べる?」
「んー……まー、それはお兄さんに期待してますわ~」
それはそれで困るんだが。
ふむぅ。
チャンネルを回し、ニュースに変える。
しかし、晩ご飯か……何するかなぁ。
というか、まさかこういう事に悩む日が来るとはなぁ。
一月前には考えられなかった事だ。
まぁ、小太郎が起きてきたら、三人で考えるか。
そう考え、俺も月詠に倣って茶を啜る。
ふぅ……我ながら、今回は中々上手く淹れる事が出来たな。
「お兄さんは、お節介ですね~」
「そうか?」
「はい~」
そう言われたのは……何か、前にも言われたような気がするなぁ。
誰に言われたんだったかな……?
そんな事を考えながら、お茶をもう一啜り。
「きっと、お兄さんみたいな人がお節介って言われるんでしょうね~」
「なんだそりゃ?」
「……さぁ?」
いや、言ったの月詠なんだけど?
ま、いいや。
「おはよー、兄ちゃん」
そんな事を話していたら、今度は小太郎が起きてくる。
こっちも、月詠と同じように寝惚け眼を擦りながら。
「おはよう、小太郎。顔洗ってこい」
「んー」
しっかし、アイツは朝弱いなぁ。
子供って言うのは、朝は早いと思ったんだがなぁ。
「小太郎が朝弱いのって、前からなのか?」
「どうでしょう? 前一緒に仕事してた時は、そう無かったんですけどね~」
ふぅん。
だとしたら、元から朝が弱いって訳じゃないんだな。
麻帆良祭が終わったら、ちょっと言った方が良いかな
「それじゃ、そろそろ朝食の準備をするかね」
そう言い、立ち上がる。
さて、朝食は何作るかなぁ。
確か塩焼き用の鯵があったから、それと味噌汁とサラダで良いか……。
「で? どうして着いてくる?」
「お手伝いですえ~」
いや、嬉しいけどさ。
あと助かるけど……。
「なら、サラダ作ってもらって良いか?」
「はい~」
切るのは任せて下さい~、と。
その声を聞きながら、内心で首を傾げてしまう。
珍しいな、と。
何かあったんだろうか?
今日はマクダウェルの用事だって言ってたし……。
朝食用の鮭をグリルに入れながら、横目で月詠を見る。
――難しいなぁ。
小太郎の事も、月詠の事も。
「なぁ、月詠」
「はい~?」
どうしたんだ、と。
珍しく朝食の準備なんか手伝って。
まぁ、小太郎よりは手伝ってくれるんだけどさ。
「気紛れですえ~」
「いや、そこは自分で言うなよ……」
俺よりも器用な包丁さばきを横目に、味噌汁を作る事にする。
具は……豆腐とわかめで良いか。
「それと、ごはんはおにぎりにしてええですか~?」
「……本当、お前はおにぎり好きだなぁ」
「はい~」
そう言えば、月詠がいつも朝食とかの手伝いをする時は、おにぎりにしてるような気がするな……。
もしかしたら、おにぎりが食べたいから手伝ってくれてるんだろうか?
……間違って無いような気がするのは、何でだろう?
「お兄さんもおにぎり握って下さいね~」
しかも、俺もか……。
おにぎりはあまり得意じゃないんだけどなぁ。
その考えが顔に出たのか、隣の月詠に小さく笑われてしまう。
「……丸いぞ?」
「ええやないですか~。面白いですよ~」
「食べ物で面白がるのもどうかと思うぞー」
よし、と。
声に出して気合を入れる。
「小太郎と三人で、また握るか」
俺一人で笑われるのも癪だし。
アイツも、俺と同じで丸にしか握れないからな。
「ええですね~」
「そうだろう?」
我ながら、良い考えだ。
うん。
「そう言えば、小太郎の今日の相手って誰なんだ?」
武闘大会には出るんだろう? と。
月詠は見に……は行かないのかな?
マクダウェルから用事頼まれたって言ってたし。
「誰でしたっけ? 知らん人ですえ~」
「……なら、勝てると思うか?」
「どうでしょ? ここ、妙に強い人多いですからね~」
そ、そうなのか……。
月詠が言うくらいだから、本当に強い人が多いんだろうなぁ。
うーむ。
「勝てると良いなぁ」
「どうでしょ? お犬は、詰めが甘いですからね~」
「そ、そうなのか……」
勝てると良いなぁ、と思ってしまう。
優勝はできなくても、一回くらい勝てたら良い思い出になるんだろうなぁ、と。
あれだけ楽しみにしてるんだし。
「どないしました~?」
「ん? いや」
いかんいかん、手が止まってた。
思い出したように朝食の準備を再開。
「小太郎が勝てたら、晩飯は少し豪勢に外で食うか?」
「ええですね~」
そう2人で笑い、勝てたら良いなぁ、と。
月詠もそれに頷いて答えてくる。
何だかんだ言っても、ちゃんと小太郎が勝てれば良いって思ってるのな。
なんというか。
「本当に小太郎と、知り合った時間って短いのか?」
「はい~。まだ半年も無いですね~」
それがどうかしましたか~、と。
いや、と首を振り、小さく笑ってしまう。
「変なお兄さんですね~」
「すまんすまん」
でもなぁ。
犬とか言い、小太郎の事を悪く言ったり、心配したり。
そう言うところは、結構仲が深そうに見える。
どういう事なんだろうな?
何と言うか、アンバランス。
お犬と小馬鹿にした風に呼んだかと思ったら、小太郎の事を心配したり。
こうやって朝食を手伝ってくれたりするけど、俺には何も期待してないと一線を引いたふうに言う。
……アンバランスというか、何と言うか。
パズルのピースが合ってないような。
どこか、ちぐはぐな月詠と言う少女に苦笑してしまう。
いつか、その事を話せる日が来るのかな、と。
今はまだ無理だろうけど、そんな日が来たら良いなと。
なんの“特別”もない俺だから、きっと力にはなれないんだろうけど……。
「それじゃ、一緒におにぎりでも握るか?」
「はい~」
そう返事をし、楽しそうに笑う月詠。
この子の本当の“顔”は、どんな顔なんだろう?
笑顔なのか、それとも……。
「……ぅ」
「相変わらず、丸いですね~」
「判ってただろうに……笑うなよ」
「すいません~」
そんな事を考えながらおにぎりを握っていたら、見事な丸が出来ていた。
うん。
相変わらず丸いな、俺のおにぎり。
……判ってたけどさ。
なんでだろう?
「どないかしましたか~?」
「いや……うーん」
握り方は真似てるつもりなんだがなぁ。
何が悪いんだろう?
さっぱり判らない。
「お兄さんは不器用ですねぇ」
「良いんだよ。楽しければ」
「……そうですね~」
料理というのはそういうものだと思うのだ。
まぁ、綺麗に美味く出来た方が、もっと楽しいとは思うんだけどなぁ。
「……むぅ」
「不器用ですね~」
はぁ。
・
・
・
「それじゃ小太郎、頑張れよー」
「おー。優勝賞金は小遣いに貰う約束やし」
「お前は本当に強気だなぁ」
そこがお前らしいと言うか。
『まほら武道会・本戦会場』と書かれた場所で、そう自信満々に豪語する小太郎。
その頭に手を乗せて、軽く叩くように撫でる。
しっかし、人通り凄いな。
ま、二日目のメインイベントに近い人気ではあるよなぁ。
「勝ったら一割くらいは割けてくれよ?」
「へへ。判ってるって」
「……お犬は悩みが無さそうやなぁ」
そう言ってやるなよ。
朝は少し心配してたくせに。
「ふん。優勝しても、お前には一円もやらんからなっ」
「セコいな~、相変わらず」
「なんやとっ」
「はいはい」
ぱん、と手を叩いて言い合いになった2人を止める。
最近は、このやり取りにも慣れたなぁ。
「頑張ってマクダウェルにも勝てよー」
「へっ。言うとるやんか、優勝するって」
その言葉が嬉しくて、苦笑してしまう。
お前は前向きだなぁ。
そういう所は、本当に羨ましいよ。
うん。
「それと、」
「あー、はいはい。特別な事は、なんもせぇへんからな?」
まったく。
はいは一回、とその頭に手を乗せる。
「よし。それじゃ、頑張ってくれ」
一勝でも多く出来ると良いな、と。
後無理はするなよ、と言ってその背中を押す。
まぁ、怪我だけはしないでくれるとありがたい。
会場に向かって歩いていく背中を、もう一度見て、俺と月詠も人混みに紛れるように歩き出す。
「月詠は、誰かと待ち合わせとかしてるのか?」
「いえ~、まだそこまで親しい人もおりませんので~」
「……そうか」
マクダウェルが月詠にどんな事を言ったのかは判らないけど、一人で大丈夫なんだろうか?
まぁ、だからと言って、俺に手伝える事でもないから……少し歯痒くもあるが。
「それではお兄さんも、お祭りを楽しんで下さい~」
「月詠もな?」
「……ウチは、ウチなりに楽しみますよ~」
それは良かった、と。
そう言うと、笑って頷いて返してくる。
「お兄さんは、お祭りは楽しいですか~?」
「もちろん。月詠は?」
「楽しいですえ~。お祭りを楽しむのは、初めてですから~」
そうか、と。
……けど、楽しむのは初めて、か。
そこにどんな意味があるのか。
何となく、その言い回しが気になってしまう。
「明日は、ゴタゴタは無しで、楽しめると良いな」
「はい~」
それでは、と。
今度は嬉しそうに笑い、月詠も人混みに紛れるようにして去っていく。
うーん。
いきなり一人になると、寂しいなぁ。
それは、ここ最近の三人での生活に慣れてしまったからか。
いつも近くに人がいるから、ずっと喋れてるというか。
だからか、久し振りの一人の時間が、少しだけ……何と言うか。
そう思い、苦笑してしまう。
子供じゃあるまいし。
さて、源先生との待ち合わせ時間も近いし、少し急ぐか。
待たせるのも悪いし。
こういう時は、男が先、の方が良いだろうし。
「しかし、毎年の事ながら……」
この人混みは、慣れる慣れないの問題じゃないよな。
人混みに揉まれながら歩くと、すぐに疲れてしまう。
ふぅ、運動不足かなぁ。
やっぱり、今度なんか運動でもやるかねぇ。
「でもなぁ」
月詠とか小太郎に教わるというのも、少し恥ずかしいというか。
あと、誰かこういうのに詳しい人って居るかなぁ。
葛葉先生は……まぁ。
剣術とかは物騒だしなぁ。
そんな事を考えていたら、気付いたら世界樹広場前まで来てしまっていた。
いかんいかん。
考え事をすると、周りが見えなくなるのは悪い癖だなぁ。
まぁ、そこまで深く考えても……多分、無いと思うけど。
そのまま携帯を取り出し――待ち合わせ時間の20分前。
ま、これだけ早く着たら大丈夫だろ。
携帯をポケットに入れ、どうするかな、と。
とりあえず、なんか飲むか。
近くの自販機で缶コーヒーを一本買い、それを飲みながら近くにあったベンチに腰を下ろす。
「ふぅ」
今日はどの辺りを見回るかなぁ。
ま、そこは源先生と相談して決めるか。
世界樹周りなら、出店も多いし、見回りも一緒に出来るし。それなりに楽しめるだろう。
朝からは特にイベントもやって無かったしな……。
今日のメインは、夜間にこの世界樹広場であるライブだったかな?
それと、パレードも一緒にやる予定だったな。
時間が出来るなら、月詠と小太郎を誘うのも良いかもな。
「先生、おはようございます」
「へ?」
と、
「あ、源先生」
気付いたら、俺の前には源先生が立っていた。
……う。
考え事してて、気付かなかったかな?
「おはようございます」
「はい。何時気付いてくれるかと思ってたんですが」
「う……す、すいません」
そう言い、美味い言い訳が思い浮かばず、コーヒーを持つのとは逆の手で頬を掻く。
「少し、考え事をしてまして……」
「真面目ですねぇ」
そう言う訳ではないんですけど、と。
俺の隣に腰を下ろしてくる源先生に苦笑しながら、そう答える。
考えてたの、仕事の事じゃないしなぁ。
「これから、どこを回りましょうか?」
「そこは、先生にお任せしますよ」
「……そうですか?」
それは難問ですねぇ、と。
一応、昨日この辺りは一通り回ったけど、源先生とか。
……どこをどう回れば良いんだろう?
困ったな。
「それじゃ、色々見て回りましょうか?」
「あら、ノープランですか?」
「お祭りですからね。歩いて良い店探すのも楽しいですよ、きっと」
生徒達のお店ですからね、と。
きっと、失敗だらけの店でも、良い店は沢山あると思う。
折角のお祭りなんだし、楽しみを探しましょうか、と。
本音を言いますと、源先生がどういう店が好きか知らないので、迂闊な事は言いたくないな、と。
そういえば、趣味とかそう言うのも全然知らないんだよなぁ。
「見回りもしないといけませんしね」
「ふふ、そうですね」
それでは、行きましょうか、と。
でも、あんまり歩き回るのもアレだろうしなぁ。
……難しいなぁ。
とりあえず、まずはこの辺りの出店を冷やかして回るか。
――――――エヴァンジェリン
うーむ。
「どうしたんだい、エヴァ?」
「いや……知らない名前ばかりだ、とな」
先ほど超から発表されたトーナメント票を睨みながら、一言。
まぁ、真名とは反対側だから良いか。
最後まで残るにしても、当たるなら決勝か。
……そこまで、この茶番に付き合う気も無いが。
それに、一千万と言われてもなぁ。
チラリ、と隣に視線を向ける。
「ん?」
「一千万、欲しいのか?」
とりあえず、聞いてみた。
「そりゃね。遊びで一千万なら、良い小遣いになるし」
「……一千万は小遣いの範疇を超えてると思うぞ?」
どうでも良いけどな。
ま、少しは真名に楽をさせてやるのも良いか。
こっち側でそれなりに強そうなのは……。
誰だ?
あんまり、こういうのは詳しくないからな。
「なぁ、真名。私と戦いそうな奴で、強いのって誰だ?」
「んー……多分、エヴァの相手になるのって居ないと思うよ?」
「そうか?」
一回戦は名前を知らないヤツ、上手くいけば、二回戦はぼーやとだ。
そうなると、私が参加するのは二回戦までなんだが……ふむ。
しかし、真名の方がなぁ。
クーフェイに長瀬楓に、小太郎の連続である。
「そっちは大変そうだなぁ」
「まぁねぇ……」
そう言って、一つ溜息。
一回戦からクーフェイだもんな。
「勝ち残れそうか?」
「厳しそう」
だなぁ。
武器禁止だし。
何でもアリなら、お前だって勝ち目があるだろうけど。
クーフェイと長瀬楓はこういった大会なら反則気味だからなぁ。
無手で強い。
そう言うのは、武器使いの真名には荷が重いだろう。
小太郎は……まぁ、まだまだ甘い所があるからなぁ。
クーフェイみたいにまっすぐでも、まだ付け入る隙がある。
「そういえば、素手で行くのか?」
「まさか。そんな馬鹿正直じゃ、それこそ優勝なんて無理だよ」
「……一応、優勝は狙ってるんだな」
「勝負を投げるには、少しばかり一千万は景気が良すぎる」
そうか。
ふむ。
「それに、三回戦までは勝ち残らないとね」
……そうか。
三回戦は、小太郎。
そこまで残れば――まぁ、うん。
チラリ、と。
問題の2人を見る。
小太郎の方は、まぁ問題無いだろう……と思う。
私からも、先生からも言ったから。
これで“気”を使うなら、どうしてやろうかとも思うが。
まぁ大丈夫だろう。
何だかんだで、先生の言う事は正直に聞いてるからな。
問題は、だ。
「おい、ぼーや」
「ぅ……は、はい?」
……お前は。
教師なんだから、もう少し胸を張れんのか?
どうして私に怯える?
まったく。
「何でこの大会に出場したんだ?」
「そ、それは……その」
はぁ。
相変わらずのだんまりか。
そう目を逸らして、気弱そうに話す姿は――まるで、麻帆良に来た当初のよう。
最近はもう少しマシだと思っていたんだが。
さて、この大会にそれほどの“何か”があるのか。
超から何か言われたらしいが、じじいに聞かれても答えなかったからなぁ。
よっぽどの理由なのか。
……あのじじいも、本当甘いな。
まぁ流石に、あの懐中時計を模したタイムマシンはじじいが取り上げたが。
アレは危険すぎるからなぁ。
過去を変えられるとか……未来がどうなるか判ったものじゃないだろうに。
大体、時間を弄るなど。
人の出来る範疇を超えている。
超の目的が何なのか。
この大会で少しでも判れば良いんだが。
ま、それは今はどうしようもないか。
「今のままじゃ、一回戦も危ないぞ?」
まぁ、私としてはそっちでも助かるがな。
魔法無しのぼーやじゃ、きっと格闘を齧った一般人と五分五分といった所だろう。
「そうとも限らないと思いますよ?」
と。
その声は、私の後ろ。
「――――――」
な――。
私と真名が振り返るのは同時。
……まったく気配が……。
そこに居たのは、白のローブに身を包んだ男。
今対峙しても、その気配は希薄で――まるで、目の前に居るのは幻影のよう。
なのに――。
「こんにちは、古き友よ」
その男は、私を友と呼んだ。
それは、私を知っていると言う事。
私を――。
「貴様ッ」
一人、知っている。
私が居場所を把握していないで、それで私を友と呼ぶ――馬鹿を。
思い出すと、確かに。
この魔力の質は…。
「何故ここに居る!? 私は、お前の事も探していたんだぞ!」
「ええ、知っています」
んなっ。
あ、あっさり言ったな、この男……。
「知ってたら顔くらい出せ、このッ」
「ははは。私のこの性格は、流石に十数年じゃ直りませんでしたね」
「他人事みたいに言うなっ」
くそっ。
なんで――。
「いやー、面白そうなお祭りでしたので」
つい出てきてしまいました、と。
「つい、じゃないだろ!?」
笑いながら言う事か!?
違うだろっ。
「あと、貴女が楽しそうなのに、私が参加できないのは寂しくて」
「……は?」
楽しそう?
私が?
「楽しいわけあるかっ。こんな面倒事で、折角の祭りの時間を潰されて――」
「楽しそうじゃないか」
「真名、お前は黙ってろっ」
「むぅ」
楽しくなんかあるかっ。
面倒なだけだ、と。
まったく――。
「相変わらず怒りっぽいですねぇ」
「誰が怒らせてるんだっ」
くそ……はぁ。
相変わらずだな、コイツは。
「え、エヴァンジェリンさん?」
「ん? なんだ、ぼーや?」
私は今、非っ常に機嫌が悪いぞ?
そう視線を向けると、真名の後ろに隠れられた。
……ぬぅ。
その反応はそれで、ムカツクな。
「はっはっは、フられましたねぇ」
「五月蠅い」
ちっ。
「それより貴様、今までどこで油を売っていた?」
「それは内緒です」
一発殴ってやろうか、この男。
はぁ……。
「初めまして、ネギ君」
「は、はい? 僕の事……」
「ええ、よく知ってますよ」
そうだろうよ。
――だからこそ、どうして今まで現れなかったのかが気になる。
この男にとっては、ぼーやは、ナギの息子は……。
「クウネル・サンダースと言います」
「あ、御丁寧に。ネギ・スプリングフィールドです」
「誰だ、ソレ!?」
「私の名前ですよ? ほら」
そう言って指差したのは、トーナメント表。
はぁ?
――って、本当にあるし。
何考えてるんだ、コイツ?
「アホだろ、お前?」
「心外な。結構会心の名前だと思うんですが……」
「なんか、どこかのファーストフード店みたいな名前だね」
言ってやるな、そこは。
なんか満足みたいなんだし、触れてやらないのが優しさだろうよ。
「ええ。いつもお世話に――」
「……まんまか」
はぁ……コイツの相手は、疲れる。
本当に。
なんかぼーやに言おうとしてたはずなんだが、忘れてしまった。
なんだったかな。
「それで、エヴァ? この人は誰なんだい?」
「あー……」
どうする、と視線を向ける。
本名ばらして良いのか?
「キティの古い友ですよ」
「その名前を呼ぶなっ」
殴るぞ、本気でっ。
「キティ?」
「聞くなっ」
そう真名に釘を刺し、アホの腹に一発拳を叩きこむ。
……ちっ。
丁寧にローブに防御魔法を仕込んでるのか。
相変わらず、この手の事は得意だな。
「どうしたんですか、キティ?」
「その顔を殴ってやろうか……?」
「おー、怖い怖い」
何がだ。
本気で怖がってないだろうが……くそ。
あー、まったくっ。
「……何しに来たんだ、お前?」
「おや、お疲れですか?」
誰の所為だ、誰の。
はぁ。
「いえいえ。友の息子の晴れ姿を特等席ででも、と」
「はぁ?」
ぼーやのか?
……当の本人は、きょとんとしてこっちを見てるけどな。
まぁ、説明してないから訳が判らないのは判るが……もー少しマシな顔は出来んのか?
「見る価値あるか?」
「仮にも、貴女の弟子でしょうに……」
「弟子というには、足らないものが多すぎるがな」
自覚とか、そういうのが。
自分の力量も判らずにこんな大会に出るくらいだしなぁ。
「まぁ、決勝までは無理そうですが――貴女との勝負は見れそうですしね」
今はそれで満足しておきます、と。
ふん。
お前、ぼーやと戦う気だったのか。
まぁ――判らなくもないが。
初めは私もそうだったからなぁ。
ま、いい。
「……流石に、時期尚早といった感じですしねぇ」
「何の話だ?」
「いえいえ。こちらの事です」
はぁ。
お前、それ言いに来ただけか?
本当に暇人だな……。
相変わらず掴みどころが無いというか。
「ネギ君」
「はい?」
そう溜息を吐く私を置いて、ぼーやに近づくアルビレオ・イマ。
時期尚早、か。
どうにも――気に入らないな。
「大きくなりましたね」
そう言って、ぼーやの頭を撫でる様は、本当に――親子か、歳の離れた兄弟のよう。
それを遠目に眺めながら、溜息を一つ。
――コイツが出てきたという事は、だ。
厄介な事が起こるのかもな。
今まで身を隠して、私にも見付からないようにしていたんだし。
はぁ。
「疲れてるね?」
「まぁな……アイツとは相性が悪いんだ」
あの性格はなぁ。
実力は折り紙つきなのだが、どうにもなぁ。
「そうだ、キティ」
「だからその名を呼ぶなっ」
本気でその横っ面殴るぞ。グーで。
「む……この綺麗な顔に傷は、あまりいただけませんね」
「自分で言ってるよ」
そこには触れるな、真名。
アイツの話に一々反応していたら、疲れるだけだ。
自分の顎を指で撫でながら、では、と。
「マクダウェル」
「よし。そこを動くな。顔の形を変えてやる」
「どうどう」
離せ真名っ。
アイツを殴らせろっ。
「え、エヴァンジェリンさん、落ち着いて下さいっ」
「ははは。楽しそうですねぇ、エヴァンジェリン」
「お前が言うなっ」
楽しくなんかあるかっ。
くそっ。
「それでは、エヴァンジェリンを押さえていて下さい、ご友人」
「おっけー」
「離せーっ」
「話が進まないから」
進まなくても良いから殴らせろっ。
一発、一発で良いから。
「絶対一発じゃ済まさないだろう?」
「当たり前だ」
最低二桁は殴る。
絶対。
最悪、コイツが出場出来なくなっても別に構わないし。
「じゃあ離さない」
「ちっ」
「流石に、友達に流血沙汰は、ちょっと……」
……ふん。
「それではマクダウェル」
「お前がそう呼ぶなっ」
「おやおや、それは失礼。――それでは、エヴァンジェリン」
くそっ。
……疲れた。
「あ、力尽きた」
後ろから腕を抱えられる様にして、真名に支えてもらいながら、溜息を吐く。
もうぼーや放っておこうかな。
なんかもう、全部面倒になってきた。
「それでは一回戦始めますので、選手の方は会場の方へ――」
「あ、僕だ」
む、もうそんな時間か。
そう言って朝倉についていくぼーや。
……というか、今日の審判は朝倉なのか?
昨日といい。
何やってるんだ、アイツ?
あと、もう離して良いぞ、真名。
殴る気力も無くなったから……。
「ふむ、それでは貴女の弟子がどれほどのものか見せてもらいましょうかねぇ」
「だから、今は弟子と言えるようなものじゃないがな」
肩を落として、そう言う。
それなりに、戦い方は教えているが。
こういった一対一の戦い方なんて、教えて無いぞ。
そこまでの技術も無いし。
アレは多対一、多対多で本領を発揮するタイプだ。
ナギとは違うんだからな。
「そうだ、エヴァンジェリン」
「なんだ?」
もう、何言われても反応しないからな?
これ以上疲れたら、それこそもう、試合なんてする気も起きないし。
「賭けをしませんか?」
「賭け?」
「はい。ネギ君が一回戦を通過できるかどうか」
……ふむ。
「面白そうですね」
「でしょう?」
……何故お前が乗る、真名。
まぁ、別に良いが。
どうでもいいし。
「私は、ネギ君が勝つ方に」
「む――まず、賭けるモノを話しましょう」
「ふふ。私は、この一葉の写真をある人へ渡そうかと思います」
…………写真?
また、何というか……突然だな。
というか、それ賭けか?
私も真名も関係ないじゃないか。
そう言ってローブの袖から一葉の写真を取り出すアルビレオ・イマ。
「これです」
――――――。
「乗った」
「乗るなっ」
そ、それっ。
昨日の予選の時のじゃないかっ。
「何でお前がそんなのを持ってるんだっ!?」
「いえいえ、心優しい人から――」
「朝倉だね」
何でそこに確信が持てるんだ、お前?
まぁ、私も十中八九そう思うけど。
というか、何でその写真なんだっ。
その写真には……何と言うか、巫女装束姿の私が映っていた。
しかも、丁度予選終了直後なんだろう。
なんというか、うん。
汗かいてたり、少し服が乱れたりしてた。
「――買いました」
「貰ったじゃない所が、余計に朝倉らしい」
「納得する所か!?」
あと、それ寄越せっ。
「おっと」
「ちっ」
ぬぐぐ――その写真を持った手を、高く上げるアルビレオ・イマ。
あーっ、ムカツクな、コイツっ。
あまりに腹が立ったので、無駄だと思いつつもその足を全力で踏み付ける。
が、全然痛くないのだろう。その笑顔は崩れない。
やはり、靴の方にも何か細工しているのだろう。
「それでは会場の方へ行きましょうか――」
「龍宮真名だ。真名で良いよ、クウネルさん」
「そうですか、真名さん」
何で意気投合してるんだ、お前ら?
なんか違わないか?
「って、私との賭けじゃないから、私の写真は寄越せっ」
「私が賭けを振ったのは貴方ですよ? 乗ったのは真名さんですが」
「すまないエヴァ。……どうにも、私の本能が」
「そんな本能、捨ててしまえッ」
「相変わらず手厳しいね」
あー、まったく。
ぼーやから大会に出た理由を聞きだそうと思っていたのに、それどころじゃない。
何なんだ、一体。
くそ。
……あーっ。
ぼーやの相手誰だっ!?
「田中?」
トーナメント表には、田中という名字だけ書いてあった。
また、地味な名前だなー。
……こりゃ駄目か?
いやいや、諦められんだろ。うん。
何せ相手はぼーやだ。
田中にだって勝ち目はあるさ。
――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――
「ふぃー……まさか、会場がペット禁止とはなぁ」
「はいー。予想外でしたねぇ」
いやはや、木乃香の嬢ちゃんには悪い事をしたなぁ。
折角連れて来てもらったのに、オレっちが入れないなんて。
なので、会場の屋根の方にチャチャゼロさんとさよ嬢ちゃんと一緒に登って鑑賞する事にしてる。
いいね。
周りに誰も居ないから喋り放題だぜ。
「イイケドヨ、一試合目カラ、オ前ノ御主人様ジャネーカ」
「へ? おー、ネギの兄貴ー!!」
頑張って勝って下さいよーっ。
何か相手、筋肉ダルマっすけど……。
「ネギ先生、大丈夫でしょうか?」
「魔法抜キダカラナァ。“戦イノ歌”ガアルトシテモ、五分五分ジャネ?」
「うーっ。頑張って応援しましょう、カモさんっ」
「おうよっ」
がんばれーっ、兄貴ーっ。
きっとこれに勝てたら、姐さんも褒めてくれますよーっ。
……いつも苛められてるんですから、ここで少しでも良い所をーっ。