―――――――エヴァンジェリン
さて、と。
試合を次に控え、選手控室で息を一つ吐く。
はぁ。
魔法勝負なら、いい経験になるんだろうが――魔法無しでぼーやとか。
面白味も無いよなぁ。
ま、さっさと片付けて、その後どうするかは、その時考えよう。
うん。
そう自分に言い聞かせる。
「落ち着いたかい?」
「別にどうもしていない」
ふん……まぁ、そりゃさっきの試合は無様だったと認めるさ。
ああ、アレは酷かった。
最初は目立たないようにあれこれ考えていたんだが……むぅ。
ま、過ぎてしまった事はしょうがないさ、うん。
問題は次だ、次。
ぼーやとの試合。
今度こそさっさと、目立たないように終わらせてしまおう。
ぼーやとの試合さえ終われば、目ぼしい選手はもう決勝まで居ないからな。
真名が本当に一千万を狙うと言うのなら手伝っても良いし、そうじゃないなら、そこでこの茶番からも切り上げよう。
「というか、お前も結構疲れてるんだろう? 少し休んでた方が良いんじゃないか?」
「はは、エヴァから心配してもらえるとはねぇ」
む。
そうおどけたように言い、肩を竦める真名を見上げるように、軽く睨む。
折角私が心配したと言うのに、こいつは。
まぁ、クーフェイが相手だったからな。
それなりに心配はするさ。
「おお、怖い怖い」
「ふん。本気で怖がってないだろう、お前」
「いやいや、怖いよ? うん」
……ふん。
だったら笑うな。
まったく。
真名といい、明日菜といい……どうしてこうも、私に馴れ馴れしいのか。
さっきの試合、応援なんかしてやらなければ良かった。
「さっきの試合はヤバかったからねぇ」
「そうだったな」
真名とクーフェイの試合は、真名の勝利だった。
羅漢銭で近付けないように試合運びをしたが、結局接近されたしな。
……本当、魔法使いでもないのに、よくやるよ。
特にクーフェイ。
アイツ、もう一般人じゃないよなぁ。
まぁ、真名もプロの意地があったのだろう。
最後は危なかったが、何とか勝利を拾っていた。
「いやぁ、エヴァの応援が無かったら危なかったよ」
あーっ、ったく。
肩を叩くな、馴れ馴れしい。
……はぁ。
「負けられたら、最悪決勝まで進まないといけないからな」
「はいはい」
っち。
本当だぞ? 面倒だから応援しただけだからな?
そう言うが、まったく相手にしてもらえない。
はぁ。
「というか、出費が凄いんじゃないのか?」
「う」
五百円玉ばっかり使ってたようだし、と。
もっと十円とかで頑張れば良かったのに。
そう言うと、十円じゃ威力不足らしい。
……値段?
「質量の問題だよ、質量の」
「ああ、そっちか」
「……一応、次は十円でいくつもりだけどね」
そうか。
次は……誰だったかな?
まぁ、名前も知らないような奴なら問題無いだろう。
その次は長瀬楓かアルだろうけど。
……どっちも厳しいだろうなぁ。
しかし、犬っころの一回戦の相手がアルだとはなぁ。
その時になるまで、まったく気にしてなかったが。
少し、同情してしまう。
と、そんな事を話していたら、歓声が控室まで届く。
「終わったようだな」
「いやいや、流石に開始5分ももたないなんて事は……ないんじゃないかな?」
あの少年も、それなりにやるんだろう? と。
いや、無理だろ。
相手はアルだぞ?
あの犬っころが“気”の力も無しに勝てるか、と問われたら答えは否だ。
というか、本気でも無理だろ。
遊ばれるのがオチだ。
アイツ、無詠唱でも肉体強化でそこらの魔法使いよりよっぽど規格外だからな。
おそらく、麻帆良の中じゃ私も危ない。うん。
……そう言えば、真名はアルがどういう存在か知らないんだったか。
教え……ない方が良いんだろうな。
今まで隠れてたみたいだし。
「ま、どっちにしろ終わったら誰か呼びに来るだろ」
役員が。
それまではのんびりしとくか。
そう言おうとした所で、
「エヴァー?」
「おじゃましまーす」
「…………………」
「おや? どうしたんだい、明日菜、木乃香?」
何しに来たんだ?
何故か役員が呼びにくるのではなく、明日菜と木乃香が選手控室に来た。
本当に、どうしたんだ?
「何かあったのか?」
「いんや? 応援に」
「帰れ」
「さらっと酷い事言うわね!?」
大体、ここは選手控室だぞ?
普通は選手以外は来ないものだ。
まったく。
「見付かったら怒られるぞ?」
「う」
「大丈夫大丈夫」
「何故お前が答える、真名っ」
はぁ。
「ねぇねぇ、エヴァと真名の2人だけ?」
「ああ。他の参加者は試合の観戦してるはずだよ」
「そうなんかー。ネギ君応援しよ思たんに……」
む。
「あ、ちゃうよ? 明日菜がエヴァちゃんの応援で、ウチがネギ君の応援に決まっただけやから」
じゃんけんで、と。
……うーむ。
なんだろう? 少し虚しい気持ちになってくるなぁ。
「でも、役員の人ってあんまり居ないんだね」
「超の主催だからね。そこまで人員の確保が出来なかったんじゃないかな?」
まぁ、だからこそ明日菜達がここまでこれたんだろうけどな。
流石に、参加者でもないヤツが控室には、色々問題があるだろうし。
不正とかの問題もあるだろうしな。
優勝賞金の額が、額なだけに。
「試合はどうだった? あの犬っころは善戦したか?」
「まだ終わってないんだけど……」
もう少し信じてあげなよ、と。
ふん。
あの犬っころがどうなろうが、別になぁ。
まぁ、勝ち上がれるなら見直してやる所だが。
アルも興味本位での出場だし、勝ちを狙うなら一気に攻めるしかないだろうが。
「なんか頑張ってるみたいよ? クウネルって人、手も足も出ないみたいだし」
「ほぅ」
手数で攻めてるのだろうか?
まぁ、私と話していたからな、正体は知らなくてもそれなりに注意しているのだろう。
中々どうして、警戒心の強いヤツだ。
真名も少し見直したのか、ほう、と小さく息を吐く。
「それより、こんな所に来てどうしたんだ?」
「? 別にどうもしないけど?」
「……何しに来たんだ?」
まったく。本当に話に来ただけか?
昨日のゴタゴタもあるんだ、木乃香は兎も角、明日菜はあんまりこういう所にはなぁ。
何があるか判らないし。
「あ、あはは……いやぁ、一回戦あんなだったから何かあったのかなぁ、って」
「何も無いっ」
お前もそういうのか。
別に何も無かったと言うのに。
そう言うと、何故か真名が肩を竦めていた。
……いや、本当に何も無いからな?
「そ、そんなに全力で否定しなくても……」
「そこは察してあげなよ、明日菜」
「何をだっ」
「さて?」
ちっ。
「機嫌悪いわねー」
「照れてる――」
「違うっ」
おー怖い怖い、と明日菜の後ろに隠れる真名。
……身長差で全然隠れてないからな?
はぁ。
「何があったん、真名?」
「聞くなっ」
「えー。仲間外れは酷ない?」
「ははは。別に言っても良いだろうに」
「……何も言う事なんか無い」
うん。
無いな。
そう頷き、目を閉じて顔を背ける。
「荒れてるわねぇ」
「というより照れ――」
「ち、が、う、と言ってるだろうがっ」
まだ言うかっ。
「はいはい」
そう気の無い返事をし、降参とばかりに両手を上げる真名。
ふん。
……大体、お前がアルと訳の判らない賭けをするからじゃないか。
そう考えると、こう。
アルを一発殴りたくなってくるな。
後で、どうにかして殴れないだろうか?
いや、そもそも。
今回のこのゴタゴタはぼーやの所為じゃないか。
うん。
次の試合は、ぼーや……覚悟しておけよ?
「ねー、ネギに勝てそう?」
「……私が負けると思うのか?」
「うんにゃ」
なら聞くな。
負ける気も無いし、見せ場を作る気も無い。
さっさと無難に勝つさ。
「でも、一応担任やし」
「担任だからと、負けてやる義理は無いがな」
大体、勝利というのは自分で手に入れるモノだ。
義理などで得ても、それには何の価値も無い。
メッキですらない、路傍のゴミに等しいものだろう。
そんなので優勝など――ナギを追うと言うのなら、それほどの侮辱も無いだろう。
「ま、一勝出来たんだ。ぼーやも満足だろうよ」
「厳しい師匠ねぇ」
「ふん。あんなのは弟子とは言わん」
自分の力量も把握できてないヤツはな。
まったく。
こんな茶番に付き合わされるこっちの身にもなってみろと。
お陰で、半日は潰れたからなぁ。
この後は部活の方の出し物もあると言うのに……。
「そう言えば、ネギって結構強いのね」
「ん?」
「田中さんに勝ったし」
ふむ。
というか、何であの試合の後から、皆あのロボットにさん付けなのだろうか?
……やはり、男の浪漫というのは判らないな。
明日菜と木乃香にいたっては女だし。
アンナののどこが良いんだか。
「ネギ君は頑張り屋さんやからなー」
「それでも、やって良い事と悪い事があるがな」
とは、2人に聞こえないように言う。
流石に今回のはなぁ。
じじいか先生に灸を据えてもらう必要があるだろう。
はぁ。こんな騒動に巻き込まれて……。
ま、判らなくもない、のかもしれない。
ナギを追う。
その背を追う。
それは、きっと――子供にしたら、当たり前の事なのだろう。
魔法使いとしてじゃない。英雄の息子としてじゃない。
一人の子供として。
だが、そうするには……ぼーやは背負っている物が違い過ぎる。
そして、それを自覚していない。
自分が、どういう立場で、どこに居るのか。
……まったく。世話の焼ける。
「ま、あの調子ならまだ負け知らずだろうしな」
「ん?」
「頭でっかちのガキだと言う事だ」
「……それは言い過ぎじゃない?」
先生に言うわよー、と。
……ふん。
言いたければ言えばいいさ、ああ。
私がそう言った事は事実だからな。
「負けた事が無いんだろうよ」
「? どういう事よ?」
「負けた事が無いから、自分の行動の意味を考えた事が無いんだよ、ネギ先生は」
私に続けるようにしてそう言うのは、真名。
なんだ、お前もそう思ってたのか。
「負けたらどうなるか、自分の行動がどう見られるか、自分がどんな立場か……それを考えきれてない、って事さ」
「それは木乃香も言える事だからな?」
「うち?」
「魔法使いがどんな立場か、その力にどんな意味があるのか。それは自分で学ぶしかない」
それは、教えられる事ではない。
いや、魔法学校で教えられはするのだろうが――それは、ほんの一部。
魔法使いの一般常識など、“こちら側”では意味が無いのだから。
ここは魔法使いの世界じゃない。
魔法の無い世界で、魔法使いが生活するには“ルール”を守らなければならないのだ。
今回のぼーやは、そのルールを破りかけた。
あの田中にも、気付かれなかったとはいえ、魔法を使ったのだから。
気付かれでもしたら……どうなるか判ったものじゃない。
オコジョ刑でも生温いだろう。
「魔法がどれだけ危険か。そして、魔法使いがどうやって生きていくか」
そういう意味では、真名も近いのだろう。
傭兵。
それでも、こうやって日常に生きている。
日常に紛れるではなく、生きている。
この違いの差。
それが、魔法使いには足らない。
この世界に紛れて生活するのか。
この世界に生きていくのか。
――そのどちらが、魔法使いの正しい未来なのか。
「木乃香。お前は魔法使いだ。それはきっと、これから先、ずっと付きまとう」
きっと、京都での事を後悔する時が来る。
知らなかったら良かったと。
「だから、これからは自分の行動に気を付けろ」
ま、いつも言っている事だから、今更と思うかもしれないが。
良い機会なので、ここでももう一度言っておく。
「……はい」
「良い返事だ」
でも、お前ならもしかしたら。
もしかしたら、刹那の為に、何度も同じ選択をするのかもしれないな。
刹那の為に魔法使いである事を選び続ける。
――羨ましい、と思う。
私にはそういう存在が居ないから。
だからこそ、こうやって教えているのかもしれない。
ま、今はそれはいいか。
「魔法使いっていうのも、結構難しいのね」
「そりゃなぁ」
楽して生きられたら、それが一番良いと思うがな、と。
こんな小難しい事を考えず、毎日笑って生きられたら。
それこそが、一番だろう。
「お前みたいに、能天気に生きられたらいいんだがなぁ」
「それって酷くない!?」
「褒めてるんだぞ?」
「絶対嘘でしょ!?」
そうか?
私としては、褒め言葉だと思うがな。
お前は能天気だからこそ、神楽坂明日菜だと思うよ。
「なんだ?」
「いや、別に?」
別に、というくらいなら笑うな、まったく。
小さく肩を振わせる真名を睨むが、どこ吹く風とばかりにその震えは止まらない。
ふん。
「仲ええなぁ」
「……今回ばかりは、素直に喜べないわ」
それは良かった。
・
・
・
しかし、だ。
「いやー、強いなおっちゃん」
「誰がおっちゃんですか。私はまだ若いです」
……なんで仲良くなってるんだ、お前達?
接点無いだろ。
試合が終わり、会場からこちらへ向かってくるアルと小太郎は笑顔。
しかも、やたら仲が良さそうだし。
アレか? 拳を合わせた仲だから、とか言うのか?
脳筋どもめ……。
「それではエヴァ、残りをお願いしますね?」
「ふん。ま、そこには礼を言っておくさ」
アルと小太郎の勝負は、当然のごとくアルの勝利だった。
というよりも、勝負にもならなかっただろう。
なのにこうも仲良くなっているのは、アルの服についた一撃の跡だろう。
うーむ。
本調子じゃないとはいえ、身体能力だけで一撃入れるとはな。
流石にそれは予想外だった。
何も出来ずに終わると思っていたからなぁ。
「中々どうして、若い方も侮れませんねぇ」
「何を言ってるんだ、お前は……」
まぁ、それだけその犬っころに懐かれたのが嬉しいのか。
それとも、単純に強い奴と戦えて嬉しいのか。
ま、私はどっちでも良いがな。
「エヴァー。頑張ってねー」
元気だな、相変わらず。
客席からでも、その声ははっきりとこちらに届いた。
……手を振ってるし。
恥ずかしくないんだろうか?
「ふむ」
ん?
何故か、明日菜の声援にアルが反応する。
「どうした?」
「いえいえ。仲のよろしいお友達ですね、と」
「ふん……別に、そんなんじゃないさ」
まったく。
私はのんびりと、静かに暮したいのだ。
あー言う元気が良過ぎるのは、どうかと思うがな。
「これからも、あの子を大事にした方が良いですよ?」
「なに?」
「お兄さんからの助言です」
「そんなに、あの犬におっさん呼ばわり――」
「お兄さんです」
……ま、どっちでも良いがな。
私にとっては、どちらもそう変わらないし。
「それではエヴァ、御武運を」
「負けんよ」
あんな“ぼーや”にはな。
そう言い、リングに上がる。
耳が割れそうなほどの歓声、とその向こうにはこちらを見るぼーやの姿。
まったく。
あんなに入れ込んで……まともに動けるのか?
田中との疲れもあるだろうに。
「エヴァンジェリンさん」
「どうした、ぼーや? 怖くなったか?」
ま、そうではないみたいだな。
その眼には、確かに力がある。
もしかしたら、アルから助言でもされてるのかもな。
それでも構わないか、と苦笑する。
私がやる事は変わらない。
「いえ……その……」
「なんだ? 言いたい事があるなら、ちゃんと言え」
まったく。
もじもじと、そうされるとまるで、こっちが虐めているように見えるじゃないか。
……こうも人目があると、流石に私もそんな気は起きないんだが?
「……怒ってますか?」
「どったの、ネギ君?」
「なんでもない。朝倉和美、さっさと始めろ」
いきなり話に入ってくるな、とも思ったが、ここは大会会場の真ん中だったな。
マイクを切ってあるだけ、まだマシか。
「ん? なんか話す事あるんじゃないの?」
「別にないさ。本人も、少しは自覚があるようだしな」
「ぅ……」
ふん。
ぼーやが何を思っているかは知らないし、その行動がぼーやにとってどれほどのものかも判らない。
だが、一つ判っている事がある。
ぼーや。
お前は少し頭を冷やす時間が必要だ。
「お前がどれだけ注目されてるか知ってるし、それに応えようとしているのも知っている」
それは、見ていたからな。
だが、その心の内は――声にしないから判らない。
まったく。
お前はあの人から何を学んだんだ?
「だが、まだ駄目だな」
お前を勝たせる訳にはいかない。
アルの言葉じゃないが、お前が勝つのは、まだ早い。
お前は勝つ前に、まだまだ学ぶ事が多過ぎるようだ。
『それでは第二回戦、第一試合――開始ですっ』
「来いよ、ぼーや」
腕をだらりと下げ、待つ。
来い。
頭でっかちのぼーや。
頭で考えて行動はしているが、自分が見えていないぼーや。
天才で、英雄の息子で、誰からも将来を有望視されてるぼーや。
大変だと思うよ。
そして、可哀想だとも。
だから、来い。
私が、お前に“負け”を教えてやろう。
「行きますっ」
それは、田中と戦ったの時のように“戦いの歌”を使ってからの直進。
確かにこれは、一度見て判っていても早いな。
だが――。
『おおーっと、子供先生倒れたー!? 何が起こった!?』
殴りかかって来たその腕をとり、その勢いのままバランスを崩させ足を払う。
ふむ、やはり単調だな。
初見の機械相手なら良いだろうが、それじゃ少し格闘技を齧った者には通じない。
おそらく、クーフェイや長瀬楓……この大会の予選を抜けた者には、厳しいレベルだ。
まぁ、それでも――私に向かってくる気迫だけは、及第点か。
「くっ――」
「立て」
倒れたぼーやに追撃はせず、また少し間合いを開けて、待つ。
田中と戦った時に、アルから聞いたのはこれだけか?
まだあるんじゃないのか?
「アルから何か聞いたんじゃないのか?」
「……アル?」
ああ、そう言えば、偽名使ってたんだったか。
面倒なヤツだな、あいつも。
額に手を当て、溜息を一つ。
何で私が、アイツの為に気を使わなければならないのか……。
「クウネルだ」
「あ……気付いてたんですか?」
いや、気付かない方がおかしいから。
魔法使いとしては。
ま、いいか。
……というか、やっぱりお前反則してるじゃないか。
後で文句……今更言ってもか。
はぁ。
「そういえばぼーや、ウェールズの方で誰かと争った事はあるのか?」
「え?」
「勝負した事だよ」
しかし、魔力を使えないっていうのは結構不便だな。
向こうは使ってるし。
うーむ。これは中々、スリルがあるな。
「いえ、そういうのは僕は苦手で……」
「だろうな」
やはり、私と真名の考えは正しかったか。
負け知らず。
それは聞こえは良いだろうが、あまり良い事ではない。
負けから学ぶ事もある。
そして、それはきっと――とても大切な事だ。
あの京都で、それを感じたはずなんだがな。
それとも、私の思い違いだったのか。
あの戦いでぼーやが学んだ事は何なのか。
今の生活で、ぼーやが学んだ事は何なのか。
「来い」
私が勝つ。
それは、ぼーやが負けると言う事。
歓声が遠い。
ぼーやを見ながら、小さく笑う。
勝つことしか考えていない眼。
その眼が、私を見ている。
顔は何処となく、ナギに似ているな、と。
うん。その力のある瞳は、ナギに似ているな。
成長したら、もっと似るかもしれない。
だが、アイツほど強いと言う訳ではない。
ぼーや。
お前の強さはなんだ?
ナギのような、人を引っ張っていく“力”じゃない。
ぼーやの強さは、なんだ?
それが判ったはずだから、私はお前を鍛えたんだがなぁ。
最短の距離を、最速の動きで詰めてくる。。
だが、直線的な動きは、どれだけ速かろうが単調だ。
その直進を読み、今度は――。
『こ、コレは痛いっ! 子供先生、今度は背中から叩きつけられたーっ』
合気の要領で、その勢いのままリングに叩き付ける。
それで、終わり。
今のぼーやの、個人の力量なんてこんなものだ。
私とは勝負にすらなりはしない。
そこに魔法があろうが、無かろうが、だ。
しかし――今度は躊躇無く魔法を使ってきたな。
さっきの一撃、拳に無詠唱で発現した魔法の矢を纏わせてたのか。
受けた右の掌が、焼けるように痛む。
おそらく火傷したのだろう。
……ま、この程度ならすぐに治るか。
そう思いリングを去ろうとして――。
『おーっと、立てるか、子供先生っ!』
そう朝倉が言うように、フラフラではあるが、立ち上がろうとするぼーや。
ふむ。
背中から落としたから、体中が痛いはずだがな。
……気合で無視しているとでも言うのか。
まるで先生の所の犬みたいだな。
そう思い、小さく笑ってしまう。
なるほど……こんな所くらいは、半人前程度はあるようだな。
だが。
『エヴァンジェリン選手、子供先生の立ち上がりを狙った一撃っ』
それだけだ。
立ち上がるのが限界だったのだろう。
右の掌打で顎を狩り、脳を揺らす。
それで、終わり。
気を失ったぼーやを見下ろしながら、小さく溜息。
気合以外は、半人前の半分も無いな。
はぁ。
『勝負ありっ! エヴァンジェリン選手。一回戦に続き、二回戦も危なげなく勝利しましたー』
これで、この大会に出場する意味も、一応は無くなったか。
この私に、その小さな体躯で向かってきた勇気は褒めるが、まだまだだな。
それではアルも私もじじいも納得は出来ん。
――本当に、まだまだだな。
殴り合いなんて、麻帆良に来るまでした事が無いと言っていた。
英雄の息子と喧嘩なんて、してくれる奴も居なかったんだろう。
だが、ぼーや。
それが今のお前の限界だ。
喧嘩をした事が無い。それは言い訳にもなりはしない。
勝負する以上、負けたら終わりなのだから。
ま、今度は負けない勝負をするんだな。
……もしくは、どうやって勝つか。どうしたら勝てるか。自分で勝負できるのは何か。
医務室でゆっくり考えると良い。
「いやはや、相変わらず容赦が無いですね」
リングから降りると、そう言いながらあるが寄って来た。
「手加減した方が良かったか?」
「貴女がそうしたいのでしたら」
なら問題無いだろ。
大体、手加減すると言うのは性に合わないしな。
それに、ああいうのは、一度こうやって鼻を折ってやるのが良いんだよ。
「ナギを追うなら、こんなのじゃなくて、もっとしっかりとしたのを追えば良かったんだ」
「ほう? 貴女はそれは、なんだと思うんですか?」
「……こんな所で教師なんかしなくて、ナギと同じ事をして追えば良かったんだよ」
アイツだって、魔法学園中退じゃないか。
ナギを目指すと言うのなら、真面目に学生をするなんて事……まず、そこからが間違いなのだ。
だと言うのに。まったく。
「まぁ、流石に父親が学校中退というのは知らされてないんじゃないですか?」
「……そうなのか?」
「恐らくですが」
なるほど。
……だったら、ぼーやの中のナギ像は一体どうなっているんだろうか?
やはり、清廉潔白な物語の英雄なのだろうか?
――ふむ、結構笑えるな。
あのナギが?
呪文詠唱すらカンペ用意してたようなヤツが?
私との勝負に、事前に罠仕掛けてたようなヤツが?
無いな。
「おーい、エヴァ」
そんな事を考えながら、控室に向かって歩いていたら、私を呼ぶ声。
考えを中止して、それに応えるように振り返る。
「どうした、真名?」
「ん? いや、怪我の調子はどうだい?」
「怪我?」
別に、殴られてはいないがな。
怪我らしい怪我も……。
「コレか?」
そういえば、右手を火傷していたな。
ぼーやにも困ったものだ、
いくら吸血鬼とはいえ、生きてる奴に魔法とは。
――その思い切りの良さは、まぁ……長所なのかもしれないが。
その、右の掌を真名に見せるように翳す。
「うわ……結構ひどいね」
そうか?
そう言われると、結構痛いな。
人目があったからあまり気にしないようにしていたんだが……真名に見せた後、今度は自分で見る。
……うわ。
「これはまた……」
ぼーや、一体どれだけの魔力を込めたんだ?
流石にこれはやり過ぎだろう。
手のひら全体の皮膚が焼けて、軽くだが出血までしてる。
うーむ。
これは治るのに、少し時間が掛りそうだなぁ。
……まぁ、一般人相手にこれをしなかっただけ、良しとしておくか。
流石に、コレはなぁ。
「医務室に行く?」
「遠慮しておくよ」
今から行くと、ぼーやも居るだろうしな。
流石に、試合に勝った手前、いきなり会うのも気が引ける。
というよりも、私が説教してしまいそうで会いたくない。
それは私の仕事じゃないしな。
「控室で時間潰してれば……血は止まるだろうさ」
傷は――まぁ、手の平だしな。
そう目立つような事をしない限り、気付かれるような事は無いだろう。
「ん、判ったよ」
さて、と。
真名は気付いたが、明日菜達は流石に気付いていないだろうな。
それなら良いか、と。
そのまま真名も一緒に控室にでも、と言うと。
「あ、ちょっと医務室に寄ってくるよ」
「ん? そうか、判った」
そう言って医務室の方へ歩いていく真名の背を、目で追う。
まぁ、担任だしな。
そう酷くはしてないとは判っているだろうが、心配――という事か?
ふぅん。あれで中々、人望はあるのかもな。
「フられてしまいましたね」
「そんなんじゃないだろ」
何を言い出すかと思えば。
そう言うんじゃないだろ。
心配だからとか、きっとそんな感じ。
ぼーやも、中々人に好かられる性格だからなぁ。
……性格と容姿か。
「どうします? 傷、治しましょうか?」
「別に良いさ。この程度の事で、お前に借りを作るのもな」
「お気になさらず。私を楽しませてくれればそれで十分ですから」
それが嫌なんだよ。
何で私が、お前を楽しませなければならないんだ? まったく。
「そう言うのはじじいに――って、お前の事、じじいは知ってるのか?」
「さぁ? どうでしょうか」
ふん。
ま、自分の事はそう喋らないと言う事か。
いいさ。
お前が生きていた、とりあえずされが判れば十分だ。
どれだけ探しても足取りが判らなかったというのに、いきなり人の前に出てきて。
……何も無いと良いんだが。
控室につき、適当な所の椅子に腰を下ろす。
そのまま、手の平の怪我を見つめる。
「どうしたんですか?」
「いや。コレを口実に棄権するかな、と」
迷うなぁ。
そう考えた時だった。
「エヴァー? 怪我したんだって?」
「エヴァちゃん、大丈夫?」
救急箱片手に、明日菜達が来た。
その後ろには苦笑いしている真名。
……お前、喋ったな?
―――――――
図書館島から世界樹広場まで戻ってきた頃には、丁度昼近くの時間だった。
なので、昼でも食べるか、という事になったので桜通りの方まで足を運んで来ていた。
この辺りはイベントが無いので、少しゆっくりしても、誰の迷惑にもならないだろう。
ベンチに並んで座りながら、用意していた弁当と屋台で買ったおかずを膝に広げる。
これが春くらいなら、桜が満開で綺麗なんだがなぁ。
「ねぇ、お兄さん? 毎日は楽しいですか~?」
その一言に、どんな意味があったんだろう?
月詠が握ったおにぎりを食べながら、どうしたんだ、と視線を向ける。
ちなみに、その月詠は俺が握った丸おにぎりを食べている。
食べていたご飯を呑みこみ、
「どういう事だ?」
「いえ、楽しいのかな~、と」
いや、だからよく判らないんだが?
いきなりそう聞かれてもなぁ。
屋台で買った焼き鳥を齧り、どう答えたもんか、と悩んでしまう。
「……んぐ。まぁ、楽しいけど?」
「そうですか~」
そう言って、またおにぎりに取り掛かる月詠。
そこで終わりか。
……一体なんなんだ?
そう首を傾げるが、喋ってくれないので判りはしない。
うーむ、こいつもマイペースだからなぁ。
「月詠は楽しいか?」
なので、こちらから話を振ってみる。
「はい~」
そりゃ良かった、と。
そこで会話終了。
……どうしたものか。
これは流石になぁ。
おにぎりを食べながら、困ったなぁ、と。
月詠がマイペースなのはいつもの事だけど、今は輪を掛けてマイペースだなぁ。
「今日は楽しいか?」
「そうですね~」
「昨日と今日、どっちが楽しい?」
「今日の方が楽しいですよ~」
色々と見て回れますから~、と
そうか。
「なら、明日はもっと楽しいと良いな」
「はい~、そうですねぇ」
何をどう話せば良いのか判らないので、とりあえず思った事を口にする。
しっかし、月詠はおにぎり上手いなぁ。
「そうですか~?」
「どうやったら、三角に握れるんだ?」
「……普通に握ってるだけなんですが~」
だよなぁ。
特別何かしてるわけじゃないみたいだもんな。
となると、やっぱり俺の握り方が悪いわけだ。
……何が駄目なんだろうか?
やはり、折角握るなら三角を握りたいし。
「お兄さんは、本当に不器用ですね~」
「そう言うなら、おにぎりは月詠に任せるか?」
「それは面白くありませんから~」
……そうかい。
まったく。
そう楽しそうに言われるとなぁ。
「ま、おにぎりくらいならいつでも握れるか」
「そうですよ~」
握っていれば、いつか上手になりますよ~、と。
だと良いがなぁ。
月詠風に言うなら、俺は不器用だからなぁ。
そうなると、何だかずっとこのままな気がしないでもない。
……嫌だなぁ。
「どないしました~?」
「いや、このままずっと丸おにぎりだったらどうしようかと」
「別にええやないですか~」
いや、良くないだろ。
流石にそれはなぁ。
「お兄さんらしいと思いますえ~」
そう言って、最後の丸おにぎりに手を伸ばす。
結局、全部食べるのな。
「あれだけ食べて、よく入るなぁ」
「ふふふ。食べれる時に食べるのが、生き残る秘訣ですえ~」
「……そっか。なら、焼き鳥食うか?」
「流石に、そろそろ限界ですわ~」
はは。
月詠の胃も、流石に限界か。
そう小さく笑い、買っていたお茶を月詠に差し出す。
「ありがとうございます~」
「それ食べたら、少しゆっくりするかー」
朝から歩きっぱなしだしなぁ。
これから超にも会いに行かないといけないし。
会えると良いけど。
「ええんですか?」
「ん?」
「超さんに、早く会いたいんやないですか~?」
あー……まぁ、そうだけど。
どう言えば良いかな。
「まー、うん。そうだけどな」
疲れてるんじゃないか? と。
そう言うと、
「ウチの心配なんかええですよ~?」
そう返された。
むぅ。
そうは言ってもなぁ。
月詠が凄いと言うのは、何と無くではあるけど判ってる。
それでも生徒であり、居候のようなものでもあるのだ。
何より、年下だし。
……やはり、そう見られるのは嫌なんだろうか?
そういうと、何と言うか――驚かれた。凄く。
嫌がられるとか、怒られるじゃないから……まぁ、マシ……なんだろうか?
「お兄さんより、ウチの方が体力ありますよ~」
「そ、そうだな」
それはそれで、こう。傷付く物があるな。
何と言うか、プライドとか、そんなのが。
……あんまり無いけどさ。
「せやから、あんまりウチの心配はせんでええですからね?」
「ん?」
「…………はぁ」
そこでそう深く溜息を吐かれてもなぁ。
いや、俺が心配する必要なんて無いのかもしれないけどさ。
やっぱりなぁ。
そう言う性分なのだ。しょうがない。
「お兄さんを守るためにおりますのに、お兄さんに心配されたら本末転倒ですわ~」
「……そこまで言うか?」
「はい~」
そ、そうか。
そう即答されると、何も言えないな。
「お兄さんは弱いんですから~」
そこまで言わなくても……その通りだけどさ。
しかし、一回で良いから守るとか言ってみたいもんだな。
何と言うか、男として。
……俺の周りって、皆俺より強いんだよなぁ。
というより、何から守るんだよ、と。
そう聞かれると何も言えないけど。
男の願望なんて、そんな曖昧なもんだ。
「はぁ」
「どないかしましたか~?」
「いや、別に」
そう何とか答え、傷付いた心をいやすために、買っていた缶コーヒーを開ける。
あー、最近職員室での源先生のコーヒーに慣れたせいか、少し香りが物足りないなぁ。
まさか、こんな所でも舌が……というか、今度は鼻が肥えたと言うべきか。
……だんだんと、金が掛る身体になってきてるような気がする。
気のせいだろうけど。
気のせいだと良いなぁ。
「疲れてますか~?」
「どうだろうなぁ」
別に、体力的にはまだまだだけど。
何と言うか、精神的に?
これから超と会うのに、大丈夫なんだろうか?
そのあと、また少しだけ話して――唐突に、2人して無言になってしまう。
というよりも、話す事が無くなったと言うか、話題が無くなったと言うか。
そんなで、2人してのんびりと、食後の時間を使う。
「なぁ、月詠?」
「なんですか~?」
そしてしばらくして――不意に、聞きたくなった。
「麻帆良は好きか?」
「……どうでしょうか~」
少しの間の後、そう言葉にする。
帰ってきた答えは、好きでも嫌いでもなかった。
「毎日が楽しいですよ~」
「そうか」
そう笑顔で言う。
本当に、楽しそうに。
「――そろそろ行くかぁ」
「はい~」
なんだろう?
この微妙に気になるのは。
それはまるで、朝“赤の他人”と言われた時のような感じ。
俺の事を赤の他人というのに、朝食の準備をしてくれる。
そして……好きかと聞いたのに、楽しいと答える。
なんだろう?
何と言うか――アンバランス。
何が、と聞かれたら困るが。
何かが吊り合っていない。
そう感じるのは……俺の考え過ぎなのかな?
――――――チャチャゼロさんとさよちゃんとオコジョ――――――
うーむ。
結局優勝は、あのクウネルってオッサンかぁ。
あの小太郎をなん無く退けただけはあったなぁ。
しっかし、姐さんは何でまた棄権なんかしたんだろうか?
折角だから、優勝して賞金貰えば良いのに。
「これからどうしましょうか?」
「だなぁ」
本当なら、あの超って嬢ちゃんを探さないといけないんだが……どこにいるか判んねぇしなぁ。
そうなると、この麻帆良中を探さないといけないわけだ。
……考えるだけで憂鬱だぜ。
「マァ、目立タネェヨウニ探スシカネェダロウナァ」
「っすね」
はぁ。
姐さんも、無理言うよなぁ。
ま、魔法使いの方も動いてるらしいし、見付からなくてもそう怒られねぇだろ。
そう考えるとまだ少し気が楽だな。
「それじゃ行きましょう、カモさん」
「んあ? そう急がなくても……」
「駄目ですよー。お祭りは後一日と半分しかないんですから」
どうせ屋台を冷やかすしか出来ないってのに。
まぁ、そう楽しそうだとこっちも楽しくなるけどな。
「んじゃ、行きましょうかチャチャゼロさん」
「オー」
……こっちは対照的に、やる気無いっすねぇ。