――――――エヴァンジェリン
「待ってよー」
「はぁ、急げよ? 学祭で遊べる時間なんて、すぐに終わるんだからな?」
「そんな事無いってぇ。急いでたらコケるわよー」
「子供扱いするなっ」
まったく。
教会の屋根上への階段を登りながら、小さく溜息を吐く。
はぁ。
「さっさと真名を誘って、遊びに行くぞ」
「はいはい。判ってるって」
本当か?
ただでさえ今日は時間を使ってるからな。
早くしないと、もうすぐ夕方だ。
その後は武闘大会の予選を見に行くんだからな。
その前に回れるだけ回らないといけないのだ。
「おーい、真名ー」
そう考えながら、教会の上――鐘が置かれている場所に到着する。
どうしてこんな高い所から見張るのか……。
まぁ、見晴らしが良いから、と言う事だろうが。
そう真名を呼ぶ明日菜の声に苦笑しながら、私も目的の相手を探す。
「おや、明日菜にエヴァ。もうそんな時間?」
「うん。遊びに行くわよー」
「判った判った」
そう苦笑いし、自身の得物を直そうとするその陰に、見慣れた姿があった。
白いドレスのような服を着た、真名と。
「ぼーや?」
「あ、エヴァンジェリンさん」
私服のぼーやだ。
まぁ、見回りの途中で真名と会ったとかそう言った所だろうが……
そこで、一つの違和感が頭をよぎる。
……それが何なのか、微かに記憶に引っかかるが、判らずに首を傾げてしまう。
なんだったか?
「どうしたんだ、こんな所で?」
「いえ、龍宮さんのお仕事を一緒に……」
ま、やっぱりそんな所か。
「ぼーやじゃたいして役に立てないだろうが」
「う」
言ってはなんだが、どちらも遠距離型だ。
しかも、ぼーやの場合は目立ち過ぎる、
こんな祭りの中では、人混みに紛れてどうこうする方がまだ役に立てるだろう。
「そうでもないよ。一人じゃ暇だからね」
「それはそれで、どうかと思うがな……」
それは仕事の手伝いじゃなくて、話し相手ではないか。
まったく。
ま、いい。
「そんな事より、早く行くぞ」
「そうそう。お仕事の時間は終わりよー」
「はいはい」
これから回る所は多いんだからな。
「真名は昼は食べたのか?」
「ああ、適当に。軽くだけど食べたよ」
「そう? なら、色々食べ歩きしましょ、食べ歩き」
「……ま、それも偶には悪くないか」
本当、そう言う所は子供っぽいなぁ。
タカミチに見向きもしてもらえなくても知らないぞ?
まぁ、実際現状は……言わないでおこう。
そんな事で落ち込まれても、時間が勿体無いしな。
「それじゃネギ先生、見回り頑張って下さい」
「はい。龍宮さんもお祭りを楽しんで下さいっ」
しっかし。
「ぼーや、仕事するんなら、その服装はどうかした方が良いんじゃないか?」
私服で見回り、と言ってもなぁ。
私服警官じゃあるまいし、そんなんじゃ誰も話を聞いてくれないだろうに。
子供だから、余計に服装だけでもしっかりしておいた方が良いと思うが……。
「う。は、はは……この後、まだ少し用事がありまして」
「ふぅん」
ま、どうでも良いか。
私がそこまで気にする事でも……ないだろうしな。
うん。子供の世話は、他の魔法使いにでも任せよう。
私は学園祭を楽しむ事で今は精一杯だからな。
「行くぞ、真名、明日菜」
「はいよ」
「おっけー」
さて、それじゃまずは適当に出店を回って、面白い物でも見て回るか。
そう言ってその場を後にする。
真名も、商売道具を大きなギターケースに直して、ソレを背負って来る。
「それにしても、真名ってあんな所から見てて、見回りなんて出来るの?」
「そりゃね。私の本業は、目が勝負だからね」
「目?」
そう言って、少し面白気に自身の右目を指差す真名。
……はぁ。
「あんまり明日菜の好奇心を刺激してくれるなよ?」
「な、なんでよっ」
「……お前、興味本位で首をつっこみそうだからな」
「ぅ」
ふん。
まぁ……そこがお前の良い所なのかもしれないがな。
そう思うと、私を明日菜と挟むようにして歩いていた真名が、小さく笑う。
「なんだ?」
「いやいや」
……ふん。
「言いたい事があるなら、ちゃんと言え」
「別に、言わなくても良いかなぁ、と」
「……気に障るヤツだ」
「そりゃ悪かった」
そう言い、とてもそう思ってないように肩を竦める真名。
ふん。
「どったの?」
「どうもしないっ」
「な、何で怒るのよー」
「なんとなくだ」
「……そ、それは流石に酷くない?」
ふん。お前の所為だ。まったく。
そう思いながら教会から出ると、その人混みに溜息が出てしまう。
「うへぇ」
「なんて声出してるんだい、明日菜」
「いやー……この人数は、毎年の事ながらちょっとねぇ」
「ま、確かにねぇ」
「まったくだな」
こうも多いと、確かに気が滅入ってくるな。
どこを見ても人ばかり。
そう思って溜息を吐こうとして――手を握られた。
「何の真似だ?」
そして、握った本人――明日菜を見上げる。
「いや、迷子になるでしょ?」
「子供か私はっ」
「………ほら、時間も無いし急ぐわよー」
「おいこら明日菜っ」
こっちを見ろこのバカっ。
お前絶対私を今子供扱いしただろ!?
そう言ってもその足は止まらず、私を引っ張っていく。
くっ、このっ。
「いやはや、仲良いねぇ」
「そう見えるか!? 本当にそう見えるか!?」
「うん」
「眼科に行けっ」
くそっ。
この私を、子供扱いして……。
しかし、
「お前の手は小さいなぁ」
「……エヴァよりは大きいでしょ」
「ま、そうだがな」
――ま、比べるのが間違いか。
それが何なのかを、そう深くも考えずに、そう思う。
この喧騒の中、明日菜に……真名にも気付かれないように、小さく笑う。
しかし、中々――こう言うのも、そう悪くないかもな。
「何食べよっか?」
「ふん……適当に見て回るぞ」
「おっけ。真名もそれで良い?」
「ああ」
ちっ。
「楽しそうだな?」
「2人ほどじゃないさ」
「……ふん」
そうやって、何軒か店を回った所だった。
真名の持っていた魔法具が音を鳴らした。
「どうした?」
「ん? あー、ちょっと仕事」
そう言い、持っていた携帯の様な魔法具を懐にしまう。
……しかし、明日菜?
いい加減この手は離してもらえんか?
やはり、色々と……まぁ、言っても離さないんだがな。
はぁ。
「なにそれ?」
「あー……」
そう明日菜から聞かれ、こっちに視線を向ける真名。
……まぁ、今回くらいなら良いか。
それに、少し暗い説明しておいた方が何かと良いだろう。
「明日菜、世界樹伝説を知ってるだろう?」
「へ? あ、あー……うん、少し?」
「ふん。別にそう気にするな……お前くらいの年頃だと、そう言うのは好きそうだしな」
「あー、あはは」
どーせ、それに乗じてタカミチとでも――とも考えたんだろうなぁ。
まぁ、判らなくもないが。
そう言ったのに便乗する、と言うのも悪いとは思わないし。
「ま、実はそれが問題でな」
「……へ?」
そう変な顔をするなよ。
「実はね、明日菜。その世界樹伝説って言うのが、結構バカに出来ないんだよ」
「へ?」
「……ま、普通はそんな顔になるか」
だなぁ。
特に、コイツはこう言った話は人一倍好きそうだからなぁ。
「ま、細かい所は省くが」
今年はその世界樹伝説が本当になるんだ、と。
そう言った時の明日菜の顔は、見ものだった。
何と言うか……うん。
「どうしてそんなに落ち込むんだ……?」
こんな往来の真中で落ち込まれると、結構……何と言うか、気まずいんだがな。
その理由がどうしてか判らなかったので、真名に視線を向ける。
首を横に振られた。
どうやら、真名も理由は判らないらしい。
いや、そりゃ告白が絶対成功するとかはアレだとは思うがな……。
そこまで落ち込む事か?
「うぅ」
「だ、大丈夫か?」
心配になったので、そう声を掛ける。
握られたままの手を引き、とりあえず人通りの無い道の脇に連れていく。
「どうしたんだい、明日菜?」
「ああ。そこまで落ち込む事か?」
「だってさぁ」
ん?
「どうしたんだ?」
「うー」
……ふむ。
「真名、何か飲み物を買ってきてくれるか?」
「りょーかい。なに飲む?」
「適当に何かジュースを……私は、炭酸じゃないのでな」
「私はオレンジジュースー」
「はいはい」
金は後で払うか。
内心で礼を言い、その背が人混みに紛れたのを見計らってから、明日菜に声を掛ける。
「それで、どうしたんだ?」
「う……別にどうもしないわよ?」
「こっちを見てそう言ってみろ」
目の前を通り過ぎていく人混みから視線を逸らし、明日菜を見上げる。
案の定、その視線はどこか違う所を見ていた。
まったく……そんな調子なら、バレバレだと言うのに。
「あのね、エヴァ」
「うん」
なんだ、と。
なるだけ優しく声を掛けると、幾分落ち着いたように握られた手が柔らかく握られる。
「……笑わない?」
「ああ」
まぁ、その内容があんまり馬鹿らしかったら判らんがな。
……一応、笑わないでおいてやるさ。
「えっとね?」
「ああ」
そこでまた、言葉が途切れる。
はぁ……こんな所は、どうしてそうも臆病なのか。
簡単に人の事には踏み込んでくる癖に。
まったく。
……本当に、良く判らないヤツだ。
「早くしないと、真名が戻ってくるぞ?」
真名にも聞かせたいのなら、別に良いがな、と。
「う」
どうやら、真名には聞かせたくないらしい。
そうしてまた言葉に詰まり、
「あのね……」
そうして、少しずつ、本当に少しずつ、ぽつぽつと言葉を紡いでいく。
何と言うか……。
「タカミチにかぁ」
「うん」
告白しようとしていたらしい。
そうか、と。
う、む……これは笑えんよなぁ。
「でもさ、その伝説が本当になるのはさ……魔法なんだよね?」
「ああ」
どう、説明するかな。
明日菜に判り易く……と言うのが難しい。
こいつ、本当にバカだからなぁ。
「心を操る魔法、とでも言うかな」
「……なんか、怖い魔法ね」
「そうだな」
確かに、そうだな。
告白成功率100%なんて可愛く言うが、本当は厄介な事この上ない。
人の心を縛るのだから。
しかも今年のは、世界中の魔力が満ちるらしいからな――その影響がどれほどのものか。
一時的なものか。
それとも……永続なのか。
「はぁ」
「そう溜息なんか吐くなよ」
「だってぇ」
まるで、泣き出しそうな声だな、と思った。
まぁ、タカミチが関わったら、いつもこんな感じなんだが。
「間が悪いなぁ」
「いつもの事だろうが」
「……酷いわねぇ、アンタって」
「悪い魔法使いだからな」
ここで優しく慰めるなんて、私のキャラじゃないしな。
そう言うのは、木乃香とかが得意だろう。
「別に、その伝説に便乗しても良いんじゃないか?」
「それに、意地悪だわ」
「ふふ」
でも、そうはしないんだな。
2人して、肩を振わせる。
しょうがないだろう? 私は悪い魔法使いだからなぁ。
「そんなんじゃ、本当に好きになってもらえる訳じゃないしね」
「――そうだな」
良く判ってるじゃないか。
きっと、それじゃ何時か――怖くなる。
本当に、好きなのか。
愛してもらっているのか。
……きっと、判らなくなる。
だから――。
「はぁ、もう高畑先生誘ったんだけど?」
「ほー。今回はちゃんと出来てたんだなぁ」
あんなに喫茶店では焦っていたのに。
ちゃんと誘えたんだろうか?
そう考えると笑えて来て、小さく肩を振わせる。
「笑わないでよー」
「すまんすまん」
だって、なぁ?
顔を合わせただけであんなに焦るお前が、ちゃんと告白なんか出来るのか?
そう思ってしまうのも当然だろう?
「笑わないって言ったじゃないー」
「いや、ここは笑う所だろう」
お前、ちゃんと告白なんて出来るのか、と。
それに言葉に詰まり……今度は、2人で笑う。
「ま、しょうがないか」
「ん?」
いや、と。
「明日菜、特別だ」
「何が?」
「今晩はウチに泊りに来い」
「へ?」
女子寮の方には、私から言っておこう。
いや、木乃香や刹那を誘うのも良いかもな……うん。
後で真名にも聞いてみるか。
「なんでよ?」
「明日菜、こう言う時は大人は色々と呑んで忘れるもんなんだよ」
「どう言う事?」
「ま、これでも一応は600年くらいは生きてるからな」
こんなナリでも人生経験は結構あるんだよ、と。
「なにそれ?」
「お前にもそろそろ、大人の味を教えてやるよ」
「?」
ま、ここは私に任せておけ。
今夜は賑やかになりそうだな。
後で茶々丸に連絡を入れて、晩の買い出しは量を買わせないとな。
「あーっ、どうしてこうもツいてないのかなぁ」
「もしかしたら、卒業までこの調子かもな」
「……それだけは勘弁してほしいわ」
「そうか?」
それはそれで楽しそうだがなぁ。
そう言うと、小さく怒られた。
「うぅ、何時になったら言えるかなぁ?」
「そりゃ……本人を前にして逃げなくなったら言えるんじゃないか?」
「……はぁ」
そこで溜息を吐くなよ。
まったく。
――お前らしいと言うか、何と言うか。
「おや、話は終わったかい?」
そんな話をしていたら、人込みを掻き分けて、見慣れた姿が視界に入る。
「あ、真名」
「ほら、コレで良いかい?」
そう言って、買ってきたジュースを差し出す真名。
お前も、何と言うか……。
「悪趣味だな」
「空気を読めると言ってほしいね」
ふん。
私も買って来てもらったジュースを受け取り、それを飲む。
はぁ。
「なぁ、真名?」
「あ、もちろん私も泊りに行くよ?」
……やっぱりか。
盗み聞きはどうかと思うぞ?
――――――
「よー、小太郎。少し待ったか?」
「いんや、全然」
そうか、それは良かった。
あまりの人の量に、少し流されたからな。
やはり、こう人入りが良いと、少し大きなイベントがあるとすぐ人の波が出来るからなぁ。
携帯で待ち合わせしていた場所には、もうすでに小太郎が来ていた。
うーむ、待たせてしまったなぁ。
というか、だ。
「綾瀬と一緒だったのか」
「なんや兄ちゃん。この女と知り合いかなんか?」
「お前はもう少し言葉遣いを直せ……まったく」
コツ、と優しくその頭にゲンコツを落とす。
はぁ。
「年上には敬語……くらいはどうにかならんか?」
「へ?」
ん?
「どうした?」
「年上?」
「先生、この子供とはどう言った関係なのでしょうか?」
あー……うん。
小太郎? お前はもう少し考えて物を喋ろう。
……綾瀬って、結構こう言った事は気にするのなぁ。
「月詠の弟だよ」
「――そこはまだ納得いかへんけどなー」
「はいはい」
そこはいい加減諦めろよ。
学園長が決めたんだから、俺たちじゃどうしようもないんだし。
「なんだ、自己紹介もしてないのか?」
「う」
「はいです」
それでよく話してたなぁ……。
まぁ、綾瀬はともかく、小太郎は結構すぐ誰とでも仲良くなるからなぁ。
学校の方でも、人気らしいし。
やっぱり、こう元気の良い子は誰からも好かれるんだろうな。
「それで、どうして2人が一緒なんだ?」
月詠の弟だって知らないなら、余計に判らなくなる。
接点がそれくらいだからなぁ。
「いえ、少し……」
「さっきまでネギと一緒や――」
ゴツ、と。
少しだけ強くゲンコツを落とす。
「ネギ先生、な?」
「……はい」
よろしい。
「それで、ネギ先生がどうしたんだ?」
「それが――」
「え、えっとな……少しこの姉ちゃんと言い争ってたんや」
……あからさまに話逸らしたなぁ。
しかも、目まで逸らされた。
ふむ。
「とりあえず、小太郎の予選はまだ時間があるだろう?」
「へ? あ、うん」
ま、それは後で良いか。
本当に大事な事なら、ちゃんと話してくれるだろうし。
しかしネギ先生……小太郎と一緒に何してたんだろう?
「それなら、どこかで少しゆっくりしないか?」
その言い争い、って言うのにも興味があるし。
ふむ。
「綾瀬は、紅茶は好きか?」
「紅茶ですか? はい」
なら大丈夫か。
目に付いた、オープンカフェを指差す。
今まで見た事無かったから、多分ここも祭りの間だけの出店なんだろう。
「少しお茶に付き合ってもらえるか? 小太郎の相手をしてもらったみたいだしな」
「え、えっと……」
「ちゃんと奢るぞ?」
本音は、お前と小太郎がどんな関係なのか気になるんだが。
ま、“そんな関係”じゃないっていうのは見ただけで判るけど。
「そ、それでは」
「えー」
「お前の方が嫌がるのか……」
まったく。
小さく溜息を吐き、その頭に手を乗せる。
「これから武闘大会の予選なんだろ?」
「へ?」
「景気付けに何か食うか?」
「お、マジで?」
「おー。そのかわり、頑張れよ?」
「もっちろん! 絶対優勝するわ」
それはどうかなぁ。
だって高校生とかも出るんだろう?
大丈夫かなぁ。
「大丈夫か?」
「素人に負けるかって」
「そりゃ心強い」
でもまぁ、出来ればあんまり無茶しないでほしいなぁ、と思ってしまう。
怪我とかも怖いしな。
「武闘大会に出るのですか?」
「そうらしい」
やんちゃなんだよ、と。
そう苦笑すると、綾瀬も釣られて小さく笑う。
「でも、麻帆良祭のは学園統一のような大きな大会では無かったと思いますが」
「へ?」
そして、まさに予想外、と言った風に固まる小太郎。
どうしたんだ?
「どうした?」
「麻帆良中の強いヤツが出るんと違うんか?」
「体育祭の時期に行われる大格闘大会ならそうですけど、麻帆良祭のは……」
そう言って、麻帆良祭のパンフレットを開く綾瀬。
そして、それを後ろから覗き込む俺。
なになに?
「ほら、先生。賞金も10万程度です」
「いや、10万でも小遣いには十分過ぎるけどな?」
「それはそうですけど」
まぁ、体育祭のはもっと高額だからなぁ。
その辺りはどうかとも思うが、まぁ学園側主催だからな。
「えー。どう言う事や?」
「あまり、参加者のレベルは期待しない方が良いと思うです」
「ええーーーっ」
でも、これでも十分だと思うがなぁ。
ま、それは今は良いか。
「ほら、何か食べないか?」
「食欲無くしたー」
「失礼な奴だなぁ、お前は」
まったく。
喜怒哀楽が激しいと言うか、何と言うか。
そう苦笑し、メニューを開く。
ふむ、結構揃ってるなぁ。
「綾瀬は何か食べるか?」
「いえ……」
「遠慮しなくて良いぞ? 小太郎が世話になったみたいだしな」
「誰も世話になんかなってへんっ」
はいはい。
お前は結構周りが見えないからなぁ。
「それでは――」
綾瀬と小太郎の分、そして俺のコーヒーを注文して、少しの沈黙。
「それで、なに話してたんだ、小太郎?」
「あ、そやった」
そこで、気分を直す小太郎。
……本当、喜怒哀楽が激しいなぁ。
そこがコイツの良い所か。
「なぁ兄ちゃん」
「強いってなんですか?」
……なに?
「また……いきなり、唐突だな」
何と言うか……うーむ。
どうしてそんな話になったんだ?
小太郎はともかく、綾瀬は……そう言うのとは無縁と言うか、ちょっと違うと言うか。
「どうしたんだ?」
「だってさ、この姉ちゃん俺が絶対“強さ”を手に入れられへんって言うんや」
なんだそれは?
そう思い視線を綾瀬に向けると、恥ずかしそうに逸らされた。
「哲学者だったおじい様の言葉です」
「お爺さん?」
哲学者って……綾瀬って、学者の孫なのか?
だから考え方が、結構堅いと言うか……中学生らしくないと言うか。
まぁ、それが綾瀬らしい所でもあるんだが。
「愛を知らぬ者が、本当の強さを手にする事は永遠にないだろう、と」
それはまた……。
「愛なんて無くても、誰よりも強くなれるっ」
「無理ですっ。恋愛をバカにしてはいけませんっ」
……あー。
うん。
丁度その時、注文していた品が運ばれてきた。
助かった……。
流石に、その問答は少し恥ずかしい。
特に大人には。
「せやかて、強なかったら愛する人かて守れへんやろ! 男やったら、まず“強さ”が先やっ」
「それで“強さ”を求め続けてどうするです? 終わりはどうなるですっ」
「終わりなんかないっ、男やったらどこまで自分がいけるか試したいもんやっ」
……はぁ。
「仲良いなぁ」
「どこがやっ」
「どこがですかっ」
「とりあえず、飲み物飲んで落ち着いたらどうだ?」
小太郎はともかく、綾瀬も結構こう言う所は子供っぽいなぁ。
祭りだからだろうか? こうも――はしゃいでいるのは。
「強さ、なぁ」
俺とは無縁の言葉だから、どう答えたものか。
しかし、
「綾瀬のおじいさんは、良い事を言うなぁ」
「ふふん」
「そうかぁ? 学者なんて、頭堅いだけやん」
お前は何と言う事を言うんだ……まったく。
「すまないな、綾瀬」
「……ふん」
あーあー。
なんか目が怖いんだけど。
スイッチ入った?
「“強さ”を求めると言う事は、弱さを知ると言う事です」
「う」
「己の“弱さ”を見つめぬ“強さ”はハリボテ同様。単なる力比べの勝負ごっこなど、子供の背比べと同じなのです」
「うぅ……」
可哀想になぁ。
料理にも手を付けないで、固まってしまう小太郎。
きっと頭の中ではどう言い返すか、とか考えてるんだろうなぁ。
「し、しまった……年下の子に、べらべらと偉そうに……大人げない」
「はは。ま、ケーキでも食べて、落ち着いたらどうだ?」
「は、はい……おじい様からも、悪い癖だと忠告されて、注意していたのですが……」
そうなのか、と。
綾瀬は紅茶と一緒に注文したケーキをフォークで突きながら、そう一人ごちる。
でもまぁ、癖って言うのはそう簡単には直らないだろうしなぁ。
それに、小太郎にも良い薬だろう。
何だかんだで、口より先に手が出るタイプだからなぁ。
コレで少しは考えるようになってくれるかは……小太郎次第だが。
「小太郎も、早く食べないと冷めるぞ?」
「……はぁい」
「こっぴどくやられたなぁ」
「う、も、申し訳ありません……」
「いい、いい。気にしなくて」
そうだな、と。
コーヒーを一口啜り、どう言うかな、と。
「“強い”って言うのがどう言う事か、って言ってたな」
「え? あ、はい」
綾瀬は思いの強さ、小太郎は力の強さ。
確かにこの2人の考え方は反対なのかもしれない。
「それがどう言う事なのか、って言うのは……多分、誰にも判らないと思うぞ?」
「へ?」
「なんでや? “強い”ってのは、誰よりも“一番”ってことやろ?」
そうかな、と。
「小太郎と綾瀬の“強い”が違うみたいに、俺の中の“強い”も、2人とは違うんだ」
俺は――多分、“強い”に求めるものは……なんだろうな?
今まで意識した事無かったからアレだけど。
多分、俺は“繋がり”を求める。
「人は一人で出来る事なんて限られてるって思うよ。だから友達とか、知り合いとか、繋がりをたくさん作って、困ってる時は助け、困った時は助けてもらう」
そうして、一人ではなく“皆”で生きていく。
「どっちかって言うと、綾瀬に近いかな?」
……俺の中の“強さ”って言うのは、多分そういうものだ。
言葉にするのは、すごく恥ずかしいけど。
「でも、小太郎の考えが間違ってるとは思わない」
「そうですか?」
「一人でどこまで強くなれるか……それを求めるのも“強さ”の一つの形だと思うし」
結局は、だ。
「“強い”なんて言葉は、人の数だけあるもんだ」
価値観、と言っても良いのかもしれない。
“強い”。
たった一言だけど、それを認めてもらう為に誰だって頑張るのだ。
ただ“皆”に認めてもらう為に。
「と、俺は思う訳だ」
「………………」
「………………」
えー……っと。
「すまん、忘れてくれ」
もう、なんだ?
朝から今日は滑りまくりだなぁ……。
今日はもうあんまり喋らないでおこう、うん。
・
・
・
「そろそろ、予選の時間ではないのですか?」
「あ、そやった」
「大丈夫か?」
なんか、今朝よりテンションが凄い下がってるんだが?
席から立ち上がり、伝票を受け取る。
しかし、流石は祭り。
出費が凄いなぁ。
「先生、自分の分は……」
「いい、いい。生徒がこう言うのを気にするな」
ま、変な事を言った詫びと言う事で、と。
「い、いえ……」
「それと、少しでも早く忘れてくれたら助かる」
いや、本当に。
はぁ……。
「兄ちゃん、俺頑張るわ」
「ん?」
喫茶店での会計をすませ、店の外に出ると、空はもう結構暗くなっていた。
これから予選かぁ。
「大丈夫か? 無茶して、怪我とかあんまりするなよ?」
「う……まるでオカンみたいな事言うなぁ」
「保護者だからなぁ」
と言うか、オカンとか……失礼過ぎるだろうが、お前は。
その頭に優しくゲンコツを落とす。
まったく。
「それじゃ、先に行ってるで」
「おー。無茶するなよー?」
「問題あらへんって」
お前のそう言う所が心配なんだがなぁ……。
そう言って元気に掛けていくその背を見送り、小さく溜息。
「手の掛る子供ですね、まるで」
「まったくだ」
そう2人で苦笑する。
本当に、子供。
でも、きっとそれは小太郎の“良い所”だ。
「良ければ、これからも仲良くしてやってくれ」
「え?」
「あんな性格だからなぁ。綾瀬みたいに言い含めてくれる相手が居ると、安心だ」
「……ぅ」
よろしく頼む、と。
そう言うと、顔を伏せられた。
でも、耳が若干赤いのは……きっと俺の気のせいだろう。
そう言う事にしておく。
綾瀬は、結構プライドが高いからなぁ。
「一緒にアイツの予選でも見に行くか?」
「…………………」
数瞬の間。
そして、
「………………はい」
そう小さく応える。
それに俺も、気付かれないように小さく笑う。
何だかんだで仲良いよな、この2人も。
もしかしたら小太郎って、女の子にモテるんだろうか?
月詠に綾瀬に……まぁ、月詠は違うかな?
そう考えながら、綾瀬と2人で予選会場に向かう。
――――――さよちゃんとオコジョ――――――
「迷っちゃいましたねぇ」
「いやー、ここまで人が多いとはなぁ」
ちょっと木乃香の嬢ちゃんから目を離したすきにだもんなぁ。
人混みを舐めてたぜ。
ま、目的地は判ってるんだし大丈夫か。
あんまし人目に付くのも問題だから、店を見回りながら行けないってのはいただけねぇが。
「賑やかですねー」
「だなぁ。こんなにデカイ祭りは、オレっちも初めてだぜ」
「私は毎年見てましたよー」
おお、そう言えばさよ嬢ちゃんはずっとここに居たんだったな。
「今年からは、話す事も出来るしな」
「……はい、そうです」
よっしゃ。
「んじゃ、早く姐さん達と合流しようぜ」
そうすりゃ、人混みから離れて隠れて話す必要もねぇしな、と。
「……そうですねー」
……あれ?
オレっち、なんか変な事言った?
「早く行きましょう、カモさんっ」
「お、おー」
??