目覚ましの音が遠い。
……眠い。
「――――――ぅ――」
瞼の裏が眩しく、やたら暖かいのは、陽の光が当たってるからだろう。
……判っているんだが、眠い。
昨日はやたらと疲れたし、しかも遅かったし。
寝たのって結局日付変わる直前だったし。
いや、起きれない理由は沢山あるんだが……。
目覚ましの音が、遠い、
慌てて、飛び起きた。
・
・
・
ふぁ、と欠伸を一つ。
危なかった……今のは確実に二度寝の流れだった。
しかも起きれないパターン、休日の。
……明日、大丈夫かな。
今日の自由時間、目覚まし時計一個買うかな。
携帯のアラームだけじゃ、心許無い。
いつもならこれだけでも良いんだけど、流石に旅先で寝坊はなぁ。
――もう一度、欠伸。
「顔洗うか」
ネギ先生は……まだ寝てた。
まぁ、先生も昨日の夜は遅かったしな。
葛葉先生と一緒に見回ってて、俺と同じくクラスの皆に捕まったとか。
戻ってきたのは日付変わる頃だったし。
のっそりと起き上がる。
とりあえず、顔洗ってくるか。
そのまま部屋から出、洗面所の方へ足を向ける。
少し早めに起きたから、誰もまだ起きて無いなぁ。
……しかし、広い。
ここを貸し切りとか……凄いなぁ、ウチ。
人影の無い廊下をペタペタと一人で歩いてると、なんとも贅沢な気持ちになってくる。
「さて、と」
洗面所で顔を洗い、さっぱりする。
眠気はまだ少し残ってるけど、大分抜けた。
そのまま、部屋に戻っても……結構時間が余る。
朝風呂、と言うのも贅沢なんだろうが、流石に教師がそこまで出来る訳も無い。
生徒が起きるまでまだ時間がある、朝風呂をするには時間が無い。
「散歩でもするか」
まだ少し眠いし。
体を動かしたらちょうど良いくらいだろう。
部屋に戻り、ネギ先生を起こさないようにさっさと着替えを済ませる。
……ネクタイは、後で良いか。それはポケットに突っ込んでおく。
しかしまぁ、気持ち良さそうに寝てる事で。
やっぱり、この歳で教職……と言うより、仕事はきついんだろうなぁ。
もう少し手伝って上げれたら良いんだけど、でもちゃんと仕事も覚えてもらわないといけないし。
少しのジレンマ。
ネギ先生を子供と見るのか、先生と見るのか。
――ソレは、俺が決める事じゃないか。
苦笑し、身支度を簡単に整える。
そして溜息を一つ。
「…………はぁ」
ネギ先生は頑張ってる。
この歳で仕事をして、こっちが言った事をちゃんとしてくれる。
まだ幼いけど、頑張って応えてくれる。
俺も頑張らないとなぁ。
頭じゃ全然敵わないのかもしれないけど。
部屋からで、フロントへ足を向ける。
きっと風景も綺麗なんだろうなぁ。
フロントで缶コーヒーを一本買い、外へ出る。
誰かに言った方が良かったかな、とも思ったけどまぁ大丈夫だろう。
携帯も持ってきたし、フロントの人は居たから外に出る所は見られてたし。
しかし、緑が多い。
ソレが第一印象。
道路も舗装され、街灯もちゃんとある――それでも、緑が多く感じる。
麻帆良はもう人の手が入って無い所は少ないから、余計にそう思ってしまう。
……何となく、マクダウェル宅を思い出した。
そう言えば、あそこは自然に囲まれてたなぁ、と。
そう考えると、あの子も良い場所に住んでるもんだ。羨ましい。
とりあえず、旅館周りを一周するかなぁ。
コーヒーをちびちび飲みながら、無言で足を進める。
「――ふぁ」
贅沢な時間の使い方だなぁ。
っと。
「おはようございます、先生」
「お、おはようございますっ」
「おはよう、絡繰、近衛――と」
朝早いな、と言おうと思ったらその手に見慣れない――でも見覚えのある人形。
えーっと……。
「チャチャゼロ、だったっけ?」
確か、絡繰の名前に似てた人形。
マクダウェルが俺に自慢してきた、初めて見せてくれた人形。
「はい、その通りです」
おー、間違ってなかったか。
しかし
「早いな、二人とも」
「はい、私は睡眠が無くても大丈夫ですので」
……そ、それは凄いな。
「あ、あはは――せ、先生はどないしたんですか?」
「ん? ああ、眠気覚ましに朝の散歩してたんだ。近衛達も?」
「えっと、ウチは少ししか眠れなかったんで、相手してもらってたんです」
「なんだ、疲れが取れないぞ?」
折角の旅行なんだから、倒れないようにな、と。
それに笑って答える近衛は……少し困ったよう。
どうしたんだ?
「折角会ったんだ、少し話相手になってくれないか?」
「え?」
ま、座らないか、と誘う。
桜咲と何かあったのかな? それとも別の事か。
近くのベンチに座り、景色を眺める。
綺麗なもんだ。眺めてるだけでのんびりした気分になれる。
「飲み物要るか?」
「い、いえ」
「絡繰は?」
「いえ、大丈夫です」
そうか? 遠慮しなくて良いぞ?
そう言うが、どうもそんな気分じゃないらしい。
うーん。
何があったのか判らないが、何かあったらしい。
あんなに修学旅行に意気込んでいた近衛が、どうにも、今朝は――何と言ったらいいか。
「調子はどうだ?」
「――」
直球、というには少し外れ気味の質問。
近衛はそれに応える事無く、何かを考えているよう。
その横顔を一瞬横目で見、視線は後ろへ。
「絡繰も座ったらどうだ?」
というか、何で後ろに立つ?
少し居心地が悪いんだが。
「……いえ、マスターを起こしてきます」
あ、あれ?
「お、おい、近衛と話してたんじゃなかったのか?」
「いえ。マスターは起床に時間が掛りますので」
そうか?
まぁ、アイツ自分で朝弱いって公言してるからなぁ。
それじゃあ頼む、と苦笑してしまう。
「うーん。マクダウェルの朝の弱さはどうにかならんものか」
「はは、それはちょっと難しいと思いますえ」
そうか? と。
ついに近衛にまでそう言われるようになったか。
もしかしたら、絡繰が偶に愚痴ったりしてるのかもなぁ、と。
それはないか。マクダウェルの事本当に好きなんだし。
そんな自分の考えに苦笑し、
「せんせ」
それは、今までの呼び方より、少しだけ楽しそうな声。呼び方。
何が変わったのか、と聞かれたら首を傾げるんだが――何かが違う呼び方。
「うち、麻帆良に引っ越してくるまで、京都のおーきな家に住んどったんです」
「大きな家かぁ……俺も一回は住んでみたいもんだ」
でもまぁ、家族が一杯居ないと勿体無いなぁ、と。
どれだけか判らないが、イメージは時代劇の武家屋敷で。
あれだけ広いなら、さぞかし子供の頃は楽しいんじゃないだろうか?
「その家はえらい広くて、えらい静かなお屋敷なんです」
「そうか……近衛は兄弟は居ないのか? お兄さんとか」
「おりませんえ。家にはお父様と、沢山のお手伝いさん達ばっかりでした」
なるほど。
そこで同年代の子供は桜咲だけだった訳だ。
そりゃ、大切な友達だよなぁ。
「山奥の家やから、友達一人もいーひんかったんですわ」
「なるほどなぁ」
「そんな時、なんとかって流派の人が来て、その時せっちゃんと知りおーたんです」
ん。
「ウチの初めての友達は剣道やってて、凄く強くて、怖い犬追っ払ったり、危ない時は守ってくれた」
「……仲良かったんだなぁ」
「はい。一番の友達ですえ」
それが、どうして今は距離を置いてるんだろう?
それが本当なら、今でも仲良くしてても、と。
「なぁ、せんせ?」
「ん?」
「せっちゃん、凄い強ぉなってた……頑張ってた」
「そうか」
そして、伸びをする。
……何となく、その横顔を見るのは躊躇われたので、横は向かない。
しかし、どう応えたもんか。
昨日何かあったんだろう、消灯の後に。
気付かなかったが、あの後会ったんだろうなぁ。
注意すべきなんだが、どうにも。
「それなのにウチは、そんなせっちゃんに何もしてあげれる事が無いんです」
「……ん?」
「足引っ張って、迷惑沢山掛けてた」
でも、ウチの事嫌ってたわけじゃなくて、と。
うーん。
ふと感じたのは、どう表現すれば良いか……寂しそうか、不安、か
「近衛は、桜咲の事はどう思ってる?」
「好きですえ」
その問いに、間髪入れない答え。
まぁ、嫌いだったらこんな事相談しないよなぁ。
桜咲が何を頑張ってたのか、近衛がどう迷惑を掛けたのかは判らない。
だからまぁ、そう大それたことは言えないし、その答えを俺は持ってないのだ。
これは本当に2人の問題で、きっとその答えは2人しか持ってない。
絡繰にもこの事を相談してたんだろうなぁ。
「んー……どう言えば良いかな」
どうしたもんか。
髪を乱暴に掻き、言葉を探す。
こんな時適切な言葉が簡単に出てこないのは、教師として失格だよなぁ。
心中で溜息し、
「その事……桜咲が頑張ってたって、桜咲から聞いたのか?」
「ううん。昨日、エヴァちゃんから教えてもらいました」
なるほど、と。
まぁ旅行前の桜咲の状態なら、確かに誰かにそう言う事を云うような感じじゃないしなぁ。
しかし、マクダウェルって桜咲とも仲が良かったのか。
……妙に気にしてたし、そうなのかもなぁ。
「なら、その事を桜咲に聞いてみたらどうだ?」
俺は良く判らないけど、頑張るのは凄く大変な事だってのは判る。
自分の為だけじゃ、頑張るのは凄く辛いって知ってる。
ならきっと、桜咲が近衛を好きなら……それが頑張った理由なんじゃないかなぁ。
「……答えてくれますやろか?」
「どうだろうなぁ」
そこは近衛の頑張り次第だな、と。
「せんせ、ウチな……何も出来ひんけど、せっちゃんの為に何かしたいんです」
「なら、弁当でも作ったらどうだ?」
料理得意なんだろ、と。
それは本当に何気なく出た言葉だった。
特に考えも無く、何も出来ないと言った近衛の事を神楽坂やネギ先生がいつも褒めていた事。
だから、俺にはそれしか思い浮かばなかった……というのが正しいか。
何もできないっていうのは、今の俺みたいな状態を言うもんだ。
はぁ。
「剣道部なんだし、栄養のある弁当は喜ぶと思うけどなぁ」
少なくとも、俺は嬉しい。
そう言うと、クスクスと笑われた。
「……ああ――ウチ、出来る事ありましたえ」
だろう? と。
「何も出来ない人間なんて、居ないもんだ」
「そうですね」
「俺だって、話を聞くくらいは出来るしなぁ」
それくらいしか出来ない、とも言えるけど、と。
また、笑われた。
小さく、でも楽しそうに。
うん――小さく胸を撫で下ろす。
桜咲との仲が拗れた訳じゃないみたいだし。
「ウチ、今日も頑張りますね?」
「おー……まぁ、教師としてはちゃんと班行動してさえしてくれれば」
……そう言えば、あとで雪広に目を光らせとかないとな。
ネギ先生には……伝えない方が良いか、押しに弱いし。
「ウチの愚痴、聞いてくれてありがとうございます」
「まぁ、先生だからなぁ」
生徒の相談にはのるもんだ。
それくらいしか、俺がしてやれる事なんて無いからなぁ。
――もしかしたら、絡繰は気を使ってくれたのかもな。
今度、何か理由付けてコーヒーでも奢るか。
「なぁ、近衛?」
その後、桜咲の昔の事を近衛にいくつか聞いてみた。
……やっぱり、その事になると楽しそうに話すよなぁ。
仲直り出来れば良いんだけど。
・
・
・
朝食は……何と言うか、凄かった。
豪華、という訳じゃないけど……なんか今までのコンビニ生活と違う。
うーん、これは本気で舌が肥えないか心配だ。
箸を咥えながら、心中でそう考えてしまう。
やっぱり、簡単にでも料理をするべきか……だが、朝は眠いのだ。
「どうしたんですか、先生?」
「あ、あはは……今までの食生活との差に、今後が少し心配に」
「まぁ、コンビニのお弁当でしたようですからね、今まで」
はは、と笑ってしまう。
そう言えば、最近の葛葉先生は弁当だったなぁ。
「葛葉先生は、朝は作ってるんですか?」
「もちろんです」
即答された。
……これは、本当に彼氏が出来たんだろうか?
ちなみに、誰も怖くて聞けてません。
温かい味噌汁が美味いなぁ。
「ところで先生、昨晩は大変だったみたいだね」
とは瀬流彦先生。
いやー、と。
「修学旅行の夜ですからね、半分覚悟してましたよ」
「今晩も大変そうだねぇ」
「他人事みたいに言わないで下さいよー」
でもまぁ、一番騒いでたのもウチのクラスなわけで……なんとも言えない。
「それに、今日の自由時間の事もありますし」
心配事が多いんですよ、と。
それには笑って同意された。
……旅行って、疲れる。
でもご飯は美味いなぁ。
「皆最初はそういうものです。先生も次はもっと要領良く出来ますよ」
「だと良いんですけどねぇ」
ああ、味噌汁が美味い。
ズズ、と吸うと体の芯から温まる感じ。
「それを差し引いても、昨晩は盛り上がってたようですけどな」
「はい、その通りです。申し訳ありませんでした新田先生」
頭を即座に下げる。
気分的に、しかも人目が無かったら土下座してもいい感じで。
本当に昨晩はご迷惑をおかけしましたっ。
……主にウチのクラスの数人の事で。
何で枕投げあんなに盛り上がるんだよ……。
「今晩も目に余るようでしたら――」
「その時は、自分も付き合って正座でもさせますよ」
まぁ、そうならない事を祈ろう。
……大丈夫だよな、昨日あれだけ言ったし。
…………不安だ。
「はぁ、なら良いですが」
「大変ですね、新田先生」
どうぞ、と葛葉先生がその空いた湯呑みに茶を淹れてくれる。
スイマセン、と小さく頭を下げる。
「ま、怪我しないならそれで十分だと思った方が良いかもね」
「それが一番ですけどね」
しかし、昨日あれだけ遅くまで起きてたのに、しかも移動の疲れがあるだろうに元気なもんだ。
何気なくクラスの皆を見るが、いつもとそう変わらない。
むしろ何時もより元気なくらいだ。
……若いなぁ。
「ごちそうさまでした」
箸を置いて、両手を合わせる。
本当に美味かった……その余韻に浸りながら、残っていた茶を飲み干す。
「綺麗に食べましたね」
「作ってもらいましたからねぇ」
それに、美味しいから勿体無いですし、と。
「コンビニ生活が長いせいですかね?」
「まったくです」
流石新田先生、判ってもらえて嬉しいです。
「そう思うなら、御自分で料理をすれば良いでしょうに」
「朝は一秒でも長く寝ていたいものなんですよ」
「あー、それは判るなぁ」
「誰だってそれは同じです」
さて、と。
「それじゃ、先にフロントの方に行ってますね」
「はい。生徒が勝手に出ないように見ていて下さい」
今日も一日、頑張るかー。
・
・
・
桜咲が近衛に追いかけられていた。
……だから、限度を考えて声を掛けろと。
まぁそれが近衛らしいか。
「ネギくんっ、今日はウチの班と一緒に見学しよー!」
「佐々木さんっ、ネギ先生は私がっ」
ネギ先生は相変わらずだなぁ……まぁ、雪広には那波が付いてるから安心か。
まぁ偶に那波も楽しんでたりするが――あっちはちゃんと限度を知ってるようだし、大丈夫だろう。
ふむ。
いつも通りの3-Aだな、と。
元気な事は良い事だ。俺も分けてほしいもんだ、本当に。
そんな事を考えながら、食後のコーヒーを一口。
「あ、あのっ、ネギ先生っ!!」
ごふっ!?
き、気管にコーヒーがっ……。
慌てて口からこぼれた分を手で拭う――ほっ、スーツにはつかなかったか。
「いきなり横で大きな声は勘弁してくれ、宮崎」
「あ、ご、ごめんなさい……」
危なかった。
流石に旅先にスーツの予備は持ってきてないからなぁ。
そんな事を考えていたら、ハンカチが差し出された。
「大丈夫ですか?」
「いや、シミになるから良いぞ、桜咲」
どうやら、近衛が傍に居ない所を見ると逃げ切ったらしい。
……まったく、不器用というか、何と言うか。
「ほら、宮崎。ネギ先生に用があるなら早くいかないと雪広に取られるぞ?」
そう言うと、はっとしたような顔をし、小走りに駆けていった。
青春だなぁ。
「良いんですか?」
「ん?」
「生徒と教師が、と思いまして」
ああ。
「折角の修学旅行だしなぁ、楽しい思い出があった方が良いだろ」
それに、流石に中学生で問題もそう起こさないだろう。
ネギ先生も居ることだし、と。
「……先生、今日一日一緒に回りませんか?」
「ああ……いや、え?」
普通に返事しかけて焦った。
いや、人間あんなに普通に話しかけられると、警戒しないもんなんだな。
周囲を見回す、
「近衛は?」
「こ、この……このちゃんも、一緒です」
どうやら、逃げ切ったのではなく、諦めて俺を真ん中に立てる気らしい。
というか――この二人、考える事一緒か。
旅行前の買い物の時の近衛と、この桜咲……。
「2人だけでは、どう話して良いか」
「あ、あのなぁ」
流石に、無理だ。
俺にどうしろと? 仲直りする二人に挟まれた教師に、どうしろと?
……胃に穴が空きそうな光景だな。
「先生」
「いや、あのな? 桜咲、今回だけは無理だから」
そんな顔されても、今回は首を縦に振らないからな。
「大体、先生にも仕事あるし」
「ぅ」
他の誰かを代役に立てようにも……流石に、名を上げる事すら躊躇われる。
そんな針のむしろに、誰が立てるものか。
「何でそんなに近衛を避けるんだ?」
「さ、避けている訳では……」
まぁ、そうだろうな、と。
今まで話を聞いた感じじゃ、嫌ってる訳じゃないみたいだし。
そこは近衛に頑張ってもらうとして、だ。
「近衛の事を信じてやれよ」
「し……し、信じてますっ」
そうか。
「なら、大丈夫だな」
「……え?」
お互いに信じてて、お互いに好きあってて、なのに擦れ違ってる。
でも、俺みたいに外側から見てたら判り易い2人。
もう大丈夫かな?
大丈夫だろうな。
そう自問自答し、
「おい、先生」
「おー、マクダウェル。良い所に」
ちょうど良い所に来たマクダウェルに振り向く。
「仕事が出来たから、まぁ、今日一日頑張れ」
「な、なんだ? おい、私は桜咲刹那に文句が……」
「判った判った。文句なら俺が聞くから」
「言えるかっ」
頑張れよー、ともう一度。
マクダウェルの背を押しながら、明日は大丈夫そうだなぁ、と。
「マスター、楽しそう」
「アホかっ」
――――――エヴァンジェリン
「まったく――」
「そう朝から怒るなよ」
だ、れ、の、せいで怒ってると思ってるんだっ。
あの臆病者の所為で、近衛木乃香への今回の件の説明で寝るのは遅かったから眠いし。
ただでさえ吸血鬼は朝は弱いと言うのに。
「それより、今日はどうするんだ、先生?」
「ん? いや、他の班を見て回るけど?」
ならちょうど良いか。
昨日あの変な集団を逃がしたし、な。
また昨日みたいにちょっかい出してくるかもしれん。
「お前は、ちゃんと班行動をしろよ?」
ザジと絡繰が可哀想だろうが、と。
ふん。
「安心しろ、ザジは雪広あやかに頼んできた」
「……もう自由だな、マクダウェル」
「当たり前だ。折角の修学旅行の時間だ、有意義に使わせてもらうよ」
「あのなぁ」
溜息を吐かれた。
ふん――私だって、自分が人付き合いが得意だとは思ってないさ。
「私と居るより、よほど楽しいだろうさ」
「……はぁ」
それに、災難があるかもしれんしな。
最悪、教師と一緒なら事前に潰せるかもしれん。
茶々丸も居るから、先生を巻き込む心配も……まぁ、大丈夫だろう。
その時は茶々丸と一緒に逃がすさ。
それにあれだけ手傷を与えたから、今日は黙ってる可能性もある。
瀬流彦も葛葉刀子も昼間は仕事があるから、そこはもうどうしようもない。
近衛木乃香も……まぁ、大丈夫だろう。
じじいからも何の連絡も無いし――。
そういえば
「今朝、近衛木乃香と何を話したんだ?」
「ん? んー……桜咲の昔の話かな?」
「何で疑問形なんだ……」
「そう言うのは、他人からは教えないもんだ」
まぁ、そうかもな。
それより、と。
「ちゃんと班行動しろよ? 俺だって忙しいんだから」
「それより、今日は奈良公園だったな」
「……綺麗に流したなぁ」
ふん。
「鹿は本当に居るのか?」
「居るんじゃないか? 有名だし」
ふむ……。
約1200頭――か。
「鹿の餌が食べられると言うのは、本当か?」
「せんべいは食べれるらしいな……食べた事無いけど」
「そうか」
それは楽しみだ。
「……マクダウェル、後で雪広の班に混ぜてもらえよ?」
「判った判った、気が向いたらな」
「はぁ……」
ま、茶々丸も反対せんだろうし良いだろう。
しかし、
「バスはまだ来ないのか?」
「そんなに楽しみなのか」
「ふん」
しょうがないだろう、外は15年ぶりなんだから。
はぁ、何か飲むか。
そう思いその場から立ち去ろうとし、
チリン、
と、小さな音。
「あ」
「ん? どうした?」
「ああ、いや」
それを、ポケットから取り出す。
「何だ、持ってたのか?」
失くさないように、ちゃんとしまっとけよ、と。
それは判ってるんだが、
「何か、失くさない良い方法は無いか?」
「……携帯にでもつけてれば良いと思うぞ、ストラップ代わりに」
「ふむ」
携帯か。
……持ってないな。
「そう言えば、マクダウェルって携帯持ってなかったんだな」
「何で知っているっ」
「いや、絡繰から聞いたんだが」
……またか。
茶々丸、何かお前妙に先生と話してないか?
まぁ別に良いんだが。
「丁度良い機会だし、旅行から帰ったら買ったらどうだ?」
便利だぞ、と。
ふん。
「ま、気が向いたらな」
「そうしとけー」
ああ、早くバスが来ないものか。
――――――今日のオコジョ――――――
ネギの兄貴、オレっちの事忘れてないよな?
部屋に置き去りだけどっ。
「オイ、小動物」
「あ、チャチャゼロさん。おはようッス」
そんな事を考えてたら、チャチャゼロさんから声を掛けられた。
とりあえず、ケージの反対側の隅に移動する。
……怖がってなんか無いんだからねっ。
「オマエ、何カ芸ヤレヨ」
いきなりの無茶振りっ!?
ど、どうしろと……っ