「おはようございます、ネギ先生」
「あ、おお、おはようございますっ」
少し遅くに職員室に入ってきたネギ先生に挨拶をすると……明らかに挙動不審だった。
昨日別れる時までは普通だったとだと思うけど。
「どうしたんですか?」
「い、いえ……別に」
はぁ、と。
失礼だが全く大丈夫そうには見えないんですけど……?
「どうしたんです、その肩の」
「ぅ、あ……その、ですね」
えっと、何だっけ、この動物。
名前が出てこずに、数瞬悩み。
「僕の、その、実家の方での友達のオコジョなんですけど……」
そうそう、オコジョ……ってこんなのだったっけ?
実物どころか、写真でだって数回見た程度だから良く覚えてないけど。
って、
「ともだち?」
……ああ、ペットって事か。
ペットを友達だと、やはりそんな所は年相応なんだなぁ、と思いながら、
「イギリスから送られてきたんですか?」
「え、ええ……送られてきたんです」
ご家族の方だろうか?
よほど仲が良いのか、ネギ先生から離れる素振りは無い。
頭も良いのかもしれないなぁ。
「ですけど、流石に職員室に連れて来られると困るんですが……」
「ぅ、す、すいません……どうしても付いてきちゃって」
「ついてきたって」
そう言われてもなぁ。
うーん、どうしたものかと頭を掻き、
「学校に動物連れて来ちゃ駄目ですよ」
と、
「源先生。あー、すいません」
「私は大丈夫ですけど、アレルギー持ちの人も居るんですから」
「は、はい……僕もそう言ったんですけど、付いてきちゃって」
いや、動物に言っても判らんでしょ。
そんな子供っぽい所に苦笑し、さて、と。
「送られてきたって言ってましたけど、昨日はどうしたんですか?」
「昨日は、一緒の部屋で」
はぁ、と。
また後で女子寮の管理人さんに頭下げに行かないと。
もういっそ、何かお菓子も持っていくのも良いかもしれないなぁ。
……じゃなくて、
「女子寮で飼うのは駄目ですよ?」
「え、ええ!?」
いや、当たり前でしょ。
突然の大声にびっくりしたのか、肩のオコジョも尻尾を逆立ててるし。
「アレルギーの子が居たらどうするんですか? 毛も抜けて、掃除も大変になりますし」
それになにより、そう言う規則ですし、と。
「そうですね……動物が苦手な生徒もいますし」
「ぁぅうう」
そう泣きそうな顔をされても、なぁ。
こればっかりは。
「友達なのは判りますけど、規則は守ってもらわないと。ネギ先生は先生なんですから」
「……そ、そうですね」
しかし、どうにかしてやれないものか。
流石に友達といきなり別れさせられるのも可哀想だし。
どこかで飼ってもらえないか、聞いてみるか。
「ネギ先生」
そんな事を考えていたら、また後ろから葛葉先生に話しかけられた。
……びっくりしたぁ。
「学園長がお呼びです」
しかも、その声色から察するに……相当怒ってるんじゃないか?
いつもより言葉数も少ないし。というか必要な事以外は喋らないらしい。
直立不動で俺の後ろに立つ彼女に、ちょっとした恐怖を感じる。
というか、なんで俺の後ろに立ったんだろう?
「え? ……僕、何かしましたっけ?」
いや、こっちを見られても……。
しかし、まず最初に自分の不手際を考える所は俺と一緒か。
その事に苦笑し、
「その子の事じゃないですか?」
そう言って、肩を指差す。
あ、と。
「どうやって分かったのかは判りませんけど、流石に女子寮は拙いですし」
「そうですねぇ……こればっかりは、どうしようも」
源先生と二人で、すいません、と。
まぁ、いくらなんでも取り上げられたりはしないと思うけど……。
「流石に女子寮では飼えませんから……ねぇ」
「ええ。早くそのオコジョを連れて学園長室へ行って下さい」
……葛葉先生、怖いです。
一体何が昨日あったんだろうか?
最後に会ったのは昼だけど、それまでは機嫌良さそうだったのに。
睨みつけるという表現ぴったりに、オコジョを見ている彼女を横目で見る。
直視する勇気は無い。
それは源先生も同じようだ。
「朝のHRもあります、急ぎなさい」
今すぐ行けと言う事らしい。
ネギ先生は見ている方が可哀想になるほど首を縦に振り、職員室から駆けていく。
走らないで下さいよー、とは流石に言ってやれなかった。
「な、何かあったんですか?」
「いえ、別に」
「そ、そうですか……」
それだけ言うと、自身の机に向かう彼女の背を目で追い、
「……何があったんでしょうか?」
「さ、さぁ」
とりあえず、葛葉先生は怒らせてはいけない。
これだけは間違いなさそうだ。
・
・
・
「マクダウェル……お前はもー少し早く来れないか?」
俺が迎えに行ってた時は、もっと余裕持って登校してたと思ったんだがなぁ。
職員室から出、教室に向かう途中――ちょうど、ばったりと絡繰とマクダウェルの2人に出くわした。
まったく。
「遅刻扱いにするぞ?」
「ふん。来ているのが判っているのだから、別に良いだろう」
そう言う問題じゃないだろ、と小さく苦笑し、
「おはよう、二人とも」
「おはようございます、先生」
はぁ、と溜息を一つ。
「マクダウェル?」
「…………おはよう、先生」
何で私が、とか小声で言っているが、聞こえません。
朝の挨拶くらいちゃんとするように。
「眠そうだなぁ」
「言っただろう? 私は朝は苦手なんだ」
ふぁ、とこれ見よがしに欠伸された。
まぁ去年の今頃を考えると、来てくれるだけでもありがたいんだが……うぅむ。
「それより、ぼーやはどうしたんだ?」
「ネギ先生な? なんか、朝から学園長に呼び出しくらってなぁ」
「ふふん。なるほどな」
あ、楽しそう。
どうやら今日は、機嫌が良いらしい。
「何か知ってるのか?」
「ああ。まぁな」
昨日のマクダウェルの用事が関係してたりするのかな?
まぁ、その内判るだろうから良いけど……出来ればあまり心構えが必要無いようなのだと良いが。
胃に優しくないから。
「あ、そうだ」
そう言えば、マクダウェルは絡繰とあの大きな家に一人暮らしだったな、と。
ふと思い出した。
「なぁ、マクダウェル?」
「ん?」
「小動物は好きか?」
「……猫か?」
違う違う……って。
「なんだ、絡繰が猫にエサやってるの知ってたのか」
「当たり前だ。私は茶々丸の主人だぞ?」
……うん、そうだな。
「……何だ、その顔は?」
「深い意味は無い、うん。もちろん」
まぁ、その話は置いておいて、だ。
お前も葛葉先生と同じくらい怖いよなぁ。
「オコジョ飼う気無いか?」
「私はオコジョがニンニクの次に嫌いだ」
「せめて、食い物と同列だけは止めてくれ」
食用じゃないからな? と。
「ふん――行くぞ茶々丸」
「はい。それでは、先生」
「おー、明日はもっと早く来いよー」
怒らせてしまったか……うーん、よっぽどオコジョが嫌いなんだなぁ。
悪い事を聞いてしまった。
しかし、ネギ先生のオコジョをどうしたものか……。
そんな事を考えていたら、もう3-Aの前だった。
……考え事してると、早いな。
「おはよう、皆」
「おはよーございまーす」
「あれ? ネギ先生は?」
相変わらず元気だなぁ、と苦笑し、教卓に立つ。
「ネギ先生は、用事で少し遅れてくる」
「な、なんですってっ」
「はい雪広ー、静かにー」
もう反応する生徒は判っていたので、間髪いれず注意する。
……高畑先生に続いて、ネギ先生もか。
神楽坂と言い、雪広と言い……あの年頃は、恋は盲目とか言うらしいしなぁ。
黙っていた方が印象が良い、というのはそれこそ黙っていた方が良いようだ。
「それじゃ、点呼取るぞー」
出席番号順に名前を呼ぶのも慣れたもので、いつもどおりにそれも終わる。
「連絡事項……なんか、昨日大学と高等部の寮の方で下着泥棒が出たらしい」
えー、という声に負けないように掌を叩き、
「静かにー。犯人は捕まったそうだから、そう騒がなくて良いぞ」
「本当にですか?」
「ああ。高畑先生が捕まえたそうだ」
「高畑先生っ!!」
あ。
うっかり名前出してしまった。
「あー、神楽坂……落ち着け」
「はいっ、落ち着きますっ」
……まぁ、いいか。
「それで、一応犯人は捕まったが、気を付けるようにな?」
春は変な人が多いからなー、と。
そこは年頃の女の子だろう、何も言わずに判りました、と。
まぁ、男の俺よりも、その辺はしっかりしてそうだしな。
「以上。ネギ先生は授業には戻るはずだから、きちんと準備しておくように」
「判りましたっ」
……元気だよなぁ、神楽坂と雪広。
その元気を少し分けてほしいもんだ……学生時代の体力が欲しい。
春だし。天気が良いとすぐ眠くなってしまうのはどうしたもんか。
「それじゃ、今日も一日頑張ってくれ」
さて、俺も頑張るとするかー。
・
・
・
昼。
いつものようにコンビニ弁当を食べながら過ごす。
今日から発売の春の味覚弁当はどうも外れらしい、と新田先生と話しながら。
見た目豪華で値段も……まぁ、見た目分はあるのだが、
「シイタケとかより、肉か魚が欲しいですね」
「そうですね。まぁ、弁当ですから魚は塩焼き以外は難しいでしょうけど」
ですねぇ。でも偶には煮魚も食べたい……今日の夜は、惣菜でも買って帰るか。
煮魚に、吸い物に……後はおにぎりでも買えば十分だろうし。
うん。今晩の献立完成。
「それはそうと、先生?」
「はい? どうかしましたか?」
やっと仕事も一段落し、のんびりと過ごせる昼休みの時間。
午後からの授業の準備ももう済んでいるので、どうしようかと考えていたら新田先生からの声。
「ネギ先生が、何やらペットを飼うそうですね」
「ああ、そうみたいですね」
一応、あの後学園長からは許可が下りたらしい。
意外だったが、身近にペットを置き情操教育の一環に、と言われると、はぁ、としか言えない。
確かに身近にペットを置いて、育てる事も一つの教育の形か、とも思うし。
昼間と就寝前は女子寮のリビングに置き生徒達に面倒を見させる。
皆の目の届く様に、と。
消灯後はネギ先生が自分で世話をするように、という事らしい。
その為、今日の放課後はネギ先生はケージを買いに行きたいとか。
「せっかく実家の方から友達が来たみたいですし、良かったと思いますよ?」
「ペットを友達ですか……あの年頃らしいですね」
そうですねぇ、と笑い、缶のお茶を一口飲む。
「朝聞いた時はびっくりしましたけど、まぁ、離されなくて良かったです」
「ま、学園長もそこまで鬼では無かったんでしょう」
はは、と笑う。
昨日少し話したけど、やっぱり身内、知り合いには甘い人なのかもしれない。
でもまぁ、ケージに入れていれば苦手な子は近づかないだろうし、毛も飛ばないだろう。
アレルギー持ちの子が居たら別の所で飼う事になる、とは言ってたし。
「しかし、予防接種に飼育用の道具一式はネギ先生持ちとは」
「ま、飼う側の義務というやつでしょう」
「ですねー……」
まぁ、あの歳でちゃんと給料貰ってるんだし……良い、のかなぁ?
「失礼します」
そんな事でのんびりと盛り上がっていたら、
「あ、葛葉先生――――」
「おや―――――」
弁当持参の葛葉先生がやってきた。
――――弁当持参?
「隣、良いかしら?」
「ど、どうぞ……」
弁当持参である。
数年振り……とまでは言わないが、約――
「なにか?」
「いえ」
ははは、と笑いながら正面に座る新田先生に視線を向ける。
――食べ終わった空の弁当をすでに捨て、立ち上がろうとしていた。
「それでは、授業の準備があるので」
ちなみに、俺はまだ後半分くらい残ってたりする。
……さっさと食べてしまおう。
「先生は、今日もコンビニのお弁当なんですね」
「いやぁ……弁当作るのも面倒でして」
「お弁当も良いものですよ?」
……これは聞けという合図なんだろうか?
それとも罠で、気紛れに作ってきただけなんだろうか?
出来たのか。出来ていないのか……そこが問題だ。
というか、朝とは別人だな。
――――――エヴァンジェリン
「あ、エヴァ……と茶々丸さん」
「んあ?」
「こんにちは、明日菜さん」
ちょうど欠伸をした所で声を掛けられ、変な声が出た、
ん、ごほん。
放課後は気が緩んで仕方が無いな、まったく。
「どうした、神楽坂明日菜」
「探してたのよー」
なんだ?
息を切らせて……。
「また何か厄介事か?」
「あんたが私をどう見てるか、ようっく判ったわ」
それは良かった。本当に。
まったく――どうして私なんかと関わろうとするのか。
そこが本当に理解出来ない……はぁ。
「で?」
「ま、まぁそうね……どっかに座らない?」
飲み物くらい奢るから、と。
……なんだ?
妙に余所余所しいな。
いつもならもっと……ま、いいか。
「珍しいと言うより、怪しいぞ?」
「そこまでないでしょっ」
いや、割と本気なんだが……茶々丸に視線を向ける。
首を横に振る所から、一人か。
あのオコジョが行動でも起こしたか? とも思ったんだが。
「分かった。それに飲み物は要らん」
「そ、そう?」
それじゃ、と適当に近くにあったベンチに並んで座る。
人通りもまばらになってくる時間帯、少しだけ静かな時間。
少しの静寂――並んで座り、茶々丸は、私の隣に静かに立つ。
「どうしたんだ?」
何か話があるんだろう、と。
「あ、あー……えっとね? 怒らないでね?」
……まぁ、あまり馬鹿な事を言わなければな、と。
「そこは嘘でも――まぁ、いいや」
ふん。
「ねぇ、あんたって悪者なの?」
「……なに?」
また、いきなり唐突だな。
それが今に始まった事じゃないので、慣れ始めている自分も嫌だが。
まぁ、そうだな。
「そうだが、どうかしたのか?」
「うっそ、ホントに?」
「それより、どうしてそんな話になったんだ?」
一応の予想はつくが、まぁその予想が外れてくれていると――まぁ、なぁ。
それは、それなり私にとって特別な時間が……気に入り始めているからか。
誰かとこうやって喋ると言う時間が。
「エヴァさ、昨日ネギのオコジョ捕まえたでしょ?」
「……はぁ」
なるほど。そう言う事か。……あのオコジョか。
やはりあの時、無理矢理にでも茶々丸に絞めさせるべきだったか。
まったく――深い、深い溜息を吐く。
いつかはこうなると判っていた。
覚悟の必要も無いような事、それが私の普通だ。
だが、それでも――。
「でさ、あのエロガモがまほねっと? ってのでエヴァの事調べたの」
そう、か――と。
まだ残っていたのか、私の情報は……。
「そう言う事だ。もう私には関わるなよ」
「へ? いやいや、そうじゃなくて」
なんだ? まったく。
立ち上がろうと上げた腰を、再度下ろす。
まだ何かあるのか?
「それだけじゃなくて」
何だ? ぼーやに手を出すなとでも言うのか?
残念だが、元からそんなつもりは殆ど無いぞ。
ぼーやに手を出しても、敵を増やすだけだしな……。
それよりは、もうしばらくこの平穏な時間を楽しむのも悪くない。
「お前も、これ以上ネギ=スプリングフィールドの厄介事に首を突っ込むなよ」
「いや、それはむしろ私も勘弁してほしいんだけど」
「そうか。ならまずは、あの小僧を部屋から追い出す事だ」
「出来たら苦労しないわよっ」
まぁ、確かに。
あの年齢の子供に部屋を貸してくれる奇特な大人も居ないだろうしな。
今度じじいに頼むか?
……いやいや。
「そうじゃなくて」
「ああ、その通りだ……で? 他に何の用だ?」
「あ、あんたって」
良いから先を言え。
もうどうせ全部分かってるんだろう?
「吸血鬼、なの?」
「……ああ」
予想はしていたし、覚悟もしていた。
だがそれでも軽く済ませて、さっさと家に帰りたかった。
――それだけは聞かれたくなかったし……答えたくなかった。
それはきっと、私としても……。
「安心しろ。血は吸わん」
「そうなの?」
「ほら」
口を開け、歯を見せる。
「牙が無いだろう?」
「歯並び綺麗ねぇ」
流石バカレッド。人の話を聞いてないな。
頭痛を感じてしまい、目頭を指で揉みほぐす。
いくらぼーやの件で魔法を知っているとはいえ、この反応は無いだろう。
吸血鬼と言えば悪。化け物。人間の敵。そういうものだ。
普通、怖いものと言えば吸血鬼ではないのか?
「というか、吸血鬼と一緒にいて怖くないのか?」
「へ?」
吸血鬼のこっちが心配になってくるほどの不用心さだ。
何なんだ、コイツは?
私よりもずっと未知の存在に思えてきてしまう。
「あ、そっか。エヴァが吸血鬼なんだった」
「あーそーだなー」
振り出しに戻ってどうする。
はぁ。
「あ、何その溜息」
「別に……」
疲れた。
本当に。
精神的に。
「それで……そう、吸血鬼」
思いだしたか、馬鹿者。
「怖いわよ、吸血鬼」
「……そうか」
頭痛がする……。
「だって、映画とかだと凄いじゃない。こう、ガーって」
しかも、すっごい強いんでしょ? と。
「その擬音は私を馬鹿にしてるのか? 喧嘩売ってるのか?」
いい加減頭痛も酷くなってきたしな、買うぞバカレッド。
「そ、そうじゃなくて」
「じゃあ何なんだ? この調子じゃ夜になるぞ?」
夜は吸血鬼の時間だぞ、と脅してやる。
まったく、本当に困った奴だ。
「う、早く帰らないと木乃香に怪しまれるわね」
そっちか……お前、本当に私を怖がってないな?
一回噛む真似でもしてやろうか? まったく。
そもそも、普通の人間は相手を吸血鬼か、なんて疑ったりしないと思うがな。
どう怪しまれるのか聞いてもみたいが、面倒なだけだろう。
「ネギもあのオコジョと一緒じゃ不安だし」
「……さっさと戻れ」
不安というより、これ以上厄介事を増やされるのが面倒だ。
昼にじじいに聞いた話だと、女子寮で飼育するらしいが……どうなることやら。
願わくは、下手に喋って一般人を巻き込まなければ良いが。
――ちなみにその場合、ネギ=スプリングフィールドはオコジョになり
あのオコジョは、まぁ、なんだ……去勢、されるらしい。
そのうえで、魔法界の牢獄に入れられるとか。
「あーもう、関わるなって言ったり、早く戻れって言ったり」
「当たり前だろうが」
というか、好き好んで吸血鬼に関わろうとする奴の気が知れん。
「私は吸血鬼なんだぞ? ぼーやの魔法を見たんだろう? 本物だ」
「げ、ネギの事も知ってるんだ……」
「知られてないと思ってるそっちが凄いぞ、ある意味」
アレだけ人前で魔法を使っておいて、と。
まぁ、最近はもうほとんど使って無いみたいだが。
「う……」
「吸血鬼は怖いんだろう? さっさと帰って……今日の事は忘れてしまえ」
そう言って――小さく溜息。
そう、自分で自分を傷つけてしまう言葉を、口にした。
それが……痛い。
「忘れろ。それがお前の為だ」
「嫌よ。何で忘れた方が私の為なのよ?」
「……知らない方が幸せ、という言葉を知らんのか?」
「あ、え……あー、うん。知らない」
「知っておけ、その方が良い」
きっとそれは、お前の為になる。
勉強とか、そんなのは関係無く――きっと、お前の為になる。
そう、言う。
それが、私からの最後の言葉だ。
さて、と。
「帰るぞ、茶々丸」
「ちょ、ちょっとエヴァ!?」
「……なんだ、次から次に」
私が吸血鬼かどうか知りたかったんじゃないのか?
「そうじゃなくて。それだけじゃなくてねっ」
「分かった、聞く。聞くから落ち着け」
――私も、ずいぶん丸くなったものだ。
それに、この馬鹿な時間もこれで最後だと思うからか……。
はぁ。聞いてやるから……だから大声で喚くな、耳が痛い。
「え、っとね? 私、頭良くないからアレだけど」
「そんなの最初からわかってるから、さっさと言え」
ひどいぃ、という声は無視。
お前が言葉を選ぼうがどうしようが、どうせ伝えたい事の半分も伝わらんだろ。
「えっと……そう、そうね」
だから、言葉を選ぶなというのに……まったく。
苦笑してしまう。
今更、何を遠慮しようとしているのか。
「待っていてやるから、早く言え」
「ど、どっちよ!?」
この静かに流れる時間の大切さを知っている。
この時間がどれだけ尊く――儚いものか、知っている。
私は吸血鬼だ。しかも、たった一人の。
だから余計に、時間と記憶に対して敏感なのだろう。
誰もが私を置いていく。
だが、私の中には確かにその時間が残っているのだ。
置き去りにされるのは慣れている。
嫌われる事にも、憎まれる事にも慣れている。
けど……だからこそ、こんな時間がどれほど大切か知っているつもりだ。
「ちゃんと待っているから、言いたい事を言ってみろ」
「わ、判ってるわよっ」
どうして魔法使いは、簡単に記憶を消す、なんて選択を出来るのだろう。
たかだか100年の命だから、そう簡単に言えるのだろうか?
数百、もしかしたら数千の命を生きれる私がおかしいのだろうか?
―――そんな事を、考えてしまう。
きっと、私はこの時間をいつか忘れてしまうだろう。
それでも、どんなに辛い記憶でも……消そうだなんて、思えないと言うのに。
でも、
「私は、エヴァは怖くないよ」
「……吸血鬼は怖いんだろう?」
「うん。吸血鬼は怖い、でもエヴァは怖くないわ」
そう、胸を張って言える……言ってくれる少女が、傍らに居た。
それがまるで当たり前のように。
当然と、胸を張り――笑顔で、私の隣に居る。
訳が判らなかった。
なんだそれは、と。
「私は吸血鬼だぞ?」
「うん……でも、エヴァよ」
何を言いたいのか、何を伝えたいのか――。
お前の言葉は……本当に、簡単過ぎて……逆に判らないぞ。
「吸血鬼って良く判らないから怖いのよねぇ。ほら、お化けと一緒」
「……あんなのと一緒にしてくれるな」
私は、もっと高等な存在なんだがな。
「でも、エヴァの事はよく知ってるわ」
「そうか?」
「国語が苦手で、口が悪い」
「……お前が私をどう見てるか、良く判ったよ」
でも、と。
「私の友達よ」
「……そうか」
友達、か。
「私は、そんな風に見た事は一度も無いがな」
「はいはい、照れない照れない」
「撫でるな、バカっ」
まったく――髪が乱れるだろうが。
「ねぇ、エヴァ?」
「なんだ? バカ」
「ひ、ひどい……えっとね」
はぁ、と溜息が出た。
「酷くない!? 私真面目な事言ってるのにっ」
「お前が真面目だと調子が狂う」
「…………茶々丸さぁん」
はぁ、と……溜息が洩れた。
「言いたい事はそれだけか?」
「え? う、うん」
「なら、さっさと帰れ。ぼーや一人であのオコジョの相手は難しいだろう」
なにせ、下着ドロだ。
ぼーやがそう言う趣味ではないと思うが……場所が場所だしな。
「あまり魔法に関わり過ぎるなよ?」
「え、えっと……気を付ける」
「それと、あのオコジョからはあまり目を離すなとぼーやに言っておけ」
「う、うん」
それから――
「後は、夜は危ないからあまり出歩くなよ?」
「子供じゃないんだから」
「どうだか……じゃあな」
はぁ、と。
吐いた息が熱い――。
まるで喉が焼けるよう。
どうしてこうまで、そう感じるのか……。
「うん。また明日ね、エヴァ」
「ああ……また明日な、神楽坂明日菜」
静かに、本当に静かに――もう一度、息を吐く。
熱い――まるで、風邪でも患ったかのような、吐息。
……友達、か。
駆けていくその背を、目で追う。
元気な奴だ、と。
「帰るか、茶々丸」
「はい」
どうしてこうなったのだろう?
今まで通りに生き、今まで通りに過ごしていたはずなのに。
……友達なんか、出来てしまった。
「なぁ、茶々丸」
「なんでしょうか?」
「……明日は、少し早く起きるか」
「はい――かしこまりました」
どうして、こうなってしまったのか……。