人の前から姿を消した衛宮士郎。
その存在を魔法先生、生徒が捜索するが一向に見つからない。魔法を使用しても、その魔法の先に場所に衛宮士郎がいないために発見には至らない。
エヴァンジェリンの話では学園の外に出た様子はないとのこと。
それ以上を話さない為、学園長にもそれ以上をどうすることもできないでいる。ここまで存在を隠すことができる人物も稀有だろうが、責任感や使命感の強い衛宮士郎が任された仕事を放棄したことが信じられない。
「どうしたのかのう…」
一人の学長室で呟くが、当然応える人物はいない。
その部屋にノックの音が響く。
「失礼します」
入ってきたのはネギだった。
ネギもまた、士郎の行方を心配してここに来たのだった。
しかし、その話をしても結果は同じ。見つかっていない。それが今の事実だ。
仮契約をしているメドゥーサに居場所を聞いてみても、魔力は供給されているが居場所まではわからないとのこと。
二人の姉は今の現状にまったくの興味を持っていない。そのことに疑問に思いながらもメドゥーサは日々を過ごすしかないでいた。
ある雨の酷い日。
エヴァンジェリンはネギ達一向を見送った後に何かに反応した。
衛宮士郎が外に出たのかと考えたが、その反応がいささか違う。気の所為かと放置する。
しかし、その数時間後にその考えを改めることになる。
それは微弱ながらも魔の気配。
しかも隠密に優れているらしく、他の魔法先生等は気がついていないかもしれないほどだ。唯一気がついているとすれば学園長だろうが今はそれを確かめている暇がない。
自分の弟子が生活している場所へ向かっていく。
もしも何かあればそこまでのことだと諦めのつくのかもしれないが、それはそれでおもしろくはない。
しょうがない、と席を立ち、反応がした方向へ向かおうとすると、ログハウスの前で強烈な気配がする。
茶々丸も反応を示す。
が、あくまでエヴァンジェリンは毅然とした面持ちで表へ出る。
表へ出ると、そこにはレインコートに身を包んだ青年がいる。笑みを浮かべながらこちらを見ている。
そして、この気配は人のものではない。
「ほぉ、やはり吸血鬼の真祖ともなると魔力を封印されていても存在感が違いますね。
容姿に惑わされて油断をすれば、気がついた時にはあの世だ」
「油断をせずともあの世へ逝くのは貴様か?
こうして私の目の前に姿を現す愚かな者は逝くというより堕とすが合っているかもしれん。
何用だ」
一片の油断もなく両者は視線を交わす。
「余計な言葉は不要ですな。
礼儀を欠くのは趣味ではないものでこうして参上いたしました。他者の領域に土足で踏みいる訳ですので。
要件はこの学園を戦場とさせていただきます。あなたのではなく、あなたの弟子のね」
女子寮に向かったのはそのためかと予想がつくが、こうしてエヴァンジェリンに知らせる必要は無いはずだ。
その本当の意味は他にあることだろう。
「そしてあなたには手を出さないでいただきたい。あなたの弟子を殺す訳ではありませんが、こちらとしても仕事を済ませないことには我々の沽券に関わるもので」
「くどい、私を動かせない条件を言え」
「これは失礼、しかし話が早くて助かります」
鋭い視線で目の前の男を威圧する。
だが、それに動揺を見せることもなく飄々と話を進めようとする。
半端な条件であれば鼻で笑い飛ばして目の前の男も消し飛ばすまでだ。
しかし、興味のある条件であれば呑んでやらないこともない。
「条件は―――」
男の言葉はエヴァンジェリンの興味を抱かせるには十分だった。
男が去り、エヴァンジェリンは中へ戻り、茶々丸にお茶を要求する。
茶々丸は用意を始めるが、聞きたいことがあるという表情をしている。
「私がこうして条件を呑むことが意外か?」
「はい、ネギ先生が関わることもそうですが、何故、あの人なのかも私には答えを求められません」
あの男の条件は興味を持つには十分だった。
弟子であるネギが傷つこうとも構わないと宣言しているのだから。
だが、程度はどうあれこの苦境を乗り切れないのであればそれこそ弟子をとる価値は無いともエヴァンジェリンは判断した。
経験は成長を促す。経験は今までの修行という蓄積がどのように表れるか、そして本物の戦いはただの修行の日々を凝縮したものになる。それが良い方向へ動けば今回の戦闘でネギの真価がわかる。ダメならばそこまでの話だ。このことに迷いはない。
「人の内に秘めたものを見るというのは中々に骨が折れる。
隠している者が色々な意味で強ければ尚更だ。だが、それはある条件によって見ることができる。
己が無視できない時だ。大切な物、人、立場など種類は様々だが、失いたくないもの大きければ大きいほど見られる可能性は高くなる。その人物の本性も然り、だ。守るためには可能な限り手を尽くすのが人というものだからだ。
あいつにとって大切なものはこの学園などでは納まりきらん。だからこそ真実が見られる。
ここに来た男はぼーやでは確実に敵わん。あの男自身が戦うのだろうさ。それほどの力はあるだろうし、今の学園で私とじじぃを除けば勝てる者など一人しかいない」
用意されたお茶を飲みながら語るエヴァンジェリンは笑みを浮かべる。
いったいどれほどのものなのか、興味があるのだ。
用意されているであろう娯楽に心躍らせる子供のように、笑みは残酷なほどに無邪気だった。
ドロドロ、ヌルヌルの生物のようなものに浚われたのは10人。
水牢に入れられた近衛このか、古菲、朝倉和美、宮崎のどか、綾瀬夕映。そして水牢に入れられ、さらに眠りにつかされている生徒が桜咲刹那、那波千鶴だ。
そしてステージの上で腕を拘束された状態になっているのは神楽坂明日菜だ。今ままだ眠っている。
生徒はこの8人。残りの2人はさらに特別な水牢に入れられている。
「伯爵、それはあなたの趣味ですか?」
「いやいや、これの方が雰囲気が出るだろう?
囚われのお姫様がパジャマ姿というのはやはりこう「真剣に語ってんじゃないわよ
―っ!!」ろもっ!?」
目が覚めた明日菜に蹴りの一撃を入れられながらも気取るヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵。
ほぼ下着姿の明日菜にとっては日々のことも含めてトラウマになりかねない。
そして自分の他に囚われた友人を見て驚きを隠せない。
「彼女達は観客だ。
人質というには君を含めて6人だ」
刹那と千鶴と共に眠りにつかされている人物は明日菜には見覚えがある。
「メドゥーサさんにお姉さんまで…
ネギに関係のない人まで巻き込んでどうするつもりよ」
「君達とネギ君だけなら今後の脅威になるかならないかの“調査”だが、彼女達は違う。人質と…リミッターを外す役割を担っている。
エミヤシロウという不思議な人物の真の姿を見たい。依頼者にはそう依頼されている。ここで果てるならばそれでよし、叶わぬならばその能力を知る。
と、来たようだね」
ヘルマンの視線の先には二人の姿が見えている。明日菜の目にも映るその姿。見なれた少年ともう一人、何故と考える少年がいる。
そしてネギから放たれた魔法がこちらに向かってくる。
しかし、その魔法はヘルマンの手に触れた瞬間に消えてしまう。
同じ瞬間に明日菜に下げられたネックレスによっておかしな感覚が走る。
彼の姿に明日菜達は安堵し、そしてもう一人の少年にやはり驚きを隠せない。
「小太郎君!!」
犬上小太郎。修学旅行の一件でネギと戦い、そして士郎に敗れた少年。
「あなたはいったい誰なんです!?
こんなことをする目的は!?」
「いや、手荒な真似をして悪かったネギ君。
ただ、人質でも取らねば君や…エミヤシロウは本気で戦ってくれないと判断したのでね。
とりあえず、主役が揃うまで自己紹介と行こう。
私はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。爵位は伯爵だ」
「私はティーラン・デフール・ディー・ベルフ。同じく伯爵です…おや、ようやく来たようです。
呼びかけ通り正面から来ていただけるとはありがたいですね」
おそらく、結界が張ってあったのだろう。これほどのものが近くに来たというのに気がつかないはずがない。
殺気。それも射抜くような視線の圧力。
それを感じたネギと小太郎は背筋が凍る思いだ。これほどのものは体験したことがないのだろう。そして外に身をさらしている明日菜は他の思考ができないほど頭が真っ白になっている。ここからいなくなりたい。そんな気持ちにさせられる。
戦う者として、古菲はその眼にとらえた士郎に恐怖する。
あれが自分の知る衛宮士郎なのかと。確かに修学旅行の時は厳しい表情をしていたが、これほどまでに恐怖を抱いただろうか。
赤い外套に身を包み、ゆっくりとした歩調でこちらに向かってくる。
「ふふふっ、こちらの招待を快く受け取ってもらえたようです」
この空気の中、笑みを浮かべるベルフ。その眼もそれまでの柔和な目ではなくなっている。
ヘルマンとは確かに同じ爵位ではある。先程までは柔和な笑顔、他人から見ても美青年である。流れるような金髪が自分と同じ帽子から出ている。
ベルフのことをヘルマンはよく知らない。依頼者が封印を解いた時にはこうして共にいた。
行動を共にして使命を果たせと命を受けた。
丁寧な口調で、常に楽しそうにしていたがこうした表情を見せるとは思わなかった。そしてスライムたちを連れていったかと思うと、人ではない者を連れて来た。それは命に関係することだったからまだいい。しかし、吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンに堂々と正面から出向き、交渉するとは思わなかった。うまくいったから良いものの、一歩間違えれば厄介な相手になるところだった。
しかし、それも早いか遅いかの違いだったのだろうと判断できる。
エミヤシロウ。この人物の力を見極め、可能であれば消す。
最初こそ手こずるだろうができると考えたが、これは自分では殺すことができない。自分の力が足りない。
そしてそれをベルフができるのか。それがわからない。
まだこの青年の力は未知数だ。力はあるのだろうがそれを感じ取らせないのだ。隠しているのだが、それがどれほどのものなのかがわからない。
しかし、伯爵の爵位にいる彼がエミヤシロウを倒せるとは思えない。
「招待状はお気に召したかな?」
「…」
無言。しかし、こちらに対する視線の圧力が増す。彼がエミヤシロウに対して何をしたかは知らないが、この圧力から察するにはよほどのことをしたのだろう。
実際に相手をするのはベルフだ。ヘルマンは自分がエミヤシロウの相手をしなくていいことに内心、ほっとする。
ヘルマンの興味はあくまでネギだ。
それを楽しむことができないまま元の世界に還るというのはなんとも味気ない。
「その殺気を抑えないと彼女達に影響しますよ?
ほら、彼女なんか蒼白になっているじゃ―――おっと」
明日菜に触れようとした瞬間にベルフがいた空間に剣が突き刺さっていた。
「合図もなく手を出すのは闘う者としてはどうなんでしょうね」
殺気はなくならないが、方向性のない殺気ではなくなった。
ベルフに殺気は向けられ、少しだけであるが明日菜達の気は楽になる。
だが、明日菜達は今も目の前にいる士郎が自分達の知る人物と同じ人物であるというのが信じられない。
明日菜は修学旅行でこのかが浚われた時に士郎の怖さを知っている。千草に対して殺気を向け、あの時は士郎が怖いと思ったが今ほどではない。
その表現するよく方法がわからないが、空気が濃いのだろうと明日菜はギリギリの思考で考えている。
士郎がここにいることによって何かの空気が濃くなったのだと。
「本気ですね。良い眼です。
ですがここでは少々狭いですね、場所を変えましょう。ヘルマン伯爵、こちらは任せました。
私は―――」
ベルフが言った言葉を明日菜達は聞き取れなかったが、ヘルマンは当然だが聞こえた。
“私は楽しく、殺します”
そう言っていた。
「さて、ネギ君。ようやく君と戦える環境になった訳だ。
遮るものも邪魔する者も手助けしてくれる者もいない。彼女達を返して欲しければ私を倒すことだ」
そして戦いは始まる。
木々の間を駆け、二つの影は止まった。
ベルフと士郎。両者は一定の距離も保ったままここまで来たが、いつ戦闘が始まってもおかしくないほどの空気だった。
「さて、ここでいいでしょう。
ここにも結界は張ってありますから思う存分力をだせますよ」
いまだに士郎は無言だが、殺気はステージよりも増している。
あれでも抑えていたのだ。だが、抑えきれない感情が殺気として漏れ出していた。
「おや? もしかして怒っているのですか?
別にあなたと深い関係にあるわけでもないでしょう。気にする必要があるのですか?」
「…何故、巻き込んだ」
士郎の殺気をその身に受けてもベルフは飄々としている。
「あなたがどこにいるのかわからなかったので、血の匂いなら気がついて来てくれると思ったのですよ。
案の定、あなたは来た」
あのステージにはメドゥーサとエウリュアレしかいなかった。ステンノ一人がいない。
「血で書かれた招待状は気にいりましたか?」
無数の剣がベルフに向かって放たれる。
それをベルフは避ける。
いつの間にかその手には鉤爪があり、それで剣を弾く。
士郎もそれだけに頼らず、自ら前に出て干将・莫耶を振るう。
打ち込まれた干将をどうということもなく鉤爪で防ぐ。
防いだベルフは笑みを浮かべる。
「ほぉ、良い剣ですね。これではヘルマン伯爵の拳も傷ついてしまうでしょう。
そしてと唐突に現れた剣、その威力…普通の魔法使いや悪魔ではすぐに消されてしまいますね」
鍔迫り合いの状態から士郎を突き放してベルフは帽子を取って士郎を見る。
「すでに気がついているかもしれませんが、私ももう一人も悪魔です。
遅れてしまいましたが私はティーラン・デフール・ディー・ベルフといいます。爵位は伯爵。
依頼者の命に従い、あなたを殺します」
名乗り、構えを取るが攻撃をしてくる様子はない。
士郎にも名乗れと言っている。
「衛宮士郎…」
瞬間、士郎の目の前に姿を現し、鉤爪で突く。
それ士郎は莫耶で弾き、干将で返すが防がれる。
お互いが両手での戦闘が可能。
しかし、まだ士郎の方が士郎の方が動きが鋭く、戦況を展開させていく。
だが、変則的な動きで士郎の攻めを掻い潜り、反撃をするベルフ。
数合打ち合い、二人の間合いが開く。
そして次の行動に移るのは士郎の方が速い。
弓を構え、瞬く間に無数の矢を放つ。
矢はベルフに殺到するが、矢は鉤爪に防がれ、避けられる。
「私の急所を確実に捉え、この威力…凄まじい…
すばらしい。召喚されてこれほど愉快なことはありません」
笑顔で語り、足を止める。士郎もまた足を止めているが無表情でそちらを見ている。
「…戦いが楽しいものか」
即座に弓を構え、放つ。
今度は矢ではなく、剣を放った。
土砂が舞い上がり、視界が悪くなった。
それでも士郎の殺気が収まることはなかった。
拳が突き出され、それを避けられずに倒される。
倒されたままにはならず、すぐに立ち上がって反撃を試みる。
「良い連携だ。
ここにスライム達が入れば少しの足止めにしかならなかっただろう。
しかし…」
ヘルマンから放たれる拳は魔法の射手よりも威力があり、詠唱もなく速い。そしてその一撃は重く、ネギ達のダメージは重くなっていく。
二対一。ヘルマン対ネギ・小太郎の戦いは依然としてヘルマンの優勢のままになっている。
瓶には四体封印されていた。ヘルマンとスライムが三体だったのが、ステージにはその中のヘルマンしかいない。
何故か。それはスライムを利用してライダーとエウリュアレを眠りという牢獄を作り上げたからだ。
そうしなければライダーの対魔力がただの水牢、眠りの魔法や効果を打ち消してしまうからだ。
スライム三体の命という糧をライダーの水牢に使用している。
ベルフがライダーとエウリュアレをここに運び、普通の水牢では意味がないということを理解した時、ベルフが三体の命を糧に水牢をという提案をした。
しかし、それをスライムは拒否をした。自分達が何故、戦いという娯楽を楽しむこともできずに、そして命を糧にそんなことをしなければならないのかと。
そんなことをするぐらいであれば殺してしまえと、気絶している今ならそんなことも容易いだろうと。
だが、スライムの拒否をさらにベルフは拒否した。
笑顔で一体のスライムを吊るし上げると、目に見えぬ何かで少しずつ削られていった。復元することもなく、ただ削られた。
響く絶叫を心地よいオペラを聴いているかのように目を閉じる。
その光景を他のスライムが見ている。恐怖しながら、ただ見ている。
彼等は悪魔だ。恐怖・畏怖の象徴である彼等にとって恐怖とはあまり関係のないものだったはずだ。なのに恐怖する。同じ悪魔のはずなのに、そうと思っていない。
すると、ベルフが言う。
どうしろという説明もなく、なんの感情も乗らない言葉を吐き出す。
「やれ」
残酷に殺されるぐらいなら、自ら命を投げ出す方がいい。その方がプライドは傷つかない。
そうスライム達は判断して、命を糧に水牢を作り出した。
そのことをヘルマン知っている。
だからこそベルフの行動に恐ろしさを感じることがある。悪魔であるその身にはいらない感情のはずなのに。
ネギは今の状況に焦る。
彼等を封じていた瓶はその役割をなさず、小太郎との攻撃はことごとく拳で返される。
その行動にまだ余裕すら感じさせるヘルマンの動き。
ネギはそれにまだ付いていくことができない。
「つまらないな」
一人飛び出した小太郎は拳によって吹き飛ばされ、地面を砕きながらようやく停止した。
「本気で戦っているようにも思えない。だからといってこちらに意識を集中していないわけでもない。
中途半端な気構えでここに立っているという訳か。なんとも彼とは違う。
戦うという意思ではなく、巻き込んだという偽善に近い責任感。まったくつまらない」
「ぼ、僕は本気で…!」
反論するようなネギの言葉をヘルマンは無視して己の言葉を出す。
ヘルマンの言葉はネギの心に圧し掛かる。
小太郎のように強くなる喜びを感じていない訳ではないが、今の状況でそれを感じられることはない。
ネギはどうやってヘルマンから囚われている人を助けられるかを考えている。倒すということも考えていない訳ではないが、それよりも助けたいという気持ちの方が強い。
それを見抜かれている。
「間違いだと一蹴するつもりはないよ。
エミヤシロウもそれに近い感情だ。今までは、だがね。
今の彼は激昂している。表面では冷静を装っていても、内面ではそれこそ地獄の業火に匹敵するだろう怒りの炎。
何が変化を与えたのかは私にはわかりかねるが、それも強さの一つだ。
相手を倒す。そうではなく、殺す。その違いが戦場では大きな差だ。気持ち一つで人はいくらでも残酷になれる。
海の上に投げ出され、自分を浮かべる木片は隣に浮かんでる者が掴んでいる。自分が助かる為にはどうする? 奪うしかないだろう。
他者を押しのけ、奪い、必要とあれば殺す。それも一つの強さだろう?
自分が生きたいという気持ちが奪った者より強かったのだから。残酷な選択が自分を強くする。他者を押しのける強さが君にはあるか? それだけのことをする気持ちがあるかい?」
殺気を飛ばす。
その殺気はネギを硬直させ、明日菜達が震えるには十分なものだった。
「ほら、今の気持はどうかね?
逃げたい、そう考えているだろう? 逃げればこれ以上痛い思いをしなくてすむ。彼女達は犠牲になろうとも自分だけは助かる
しかし、それを否定する自分もいる。だが君の気持は逃げたいという気持ちが大きいかもしれないな。
君は今も逃げている。あの忌まわしい雪の夜の記憶から逃げている。
しかし、これはどうかな?」
ヘルマンが帽子を取り、一瞬顔が隠れ、次に移った顔は違うものだった。
「これを見ても逃げるかな?
自分の村を壊滅させた張本人を前にしても、まだ逃げるかな?」
ネギの目の前には自分の村人を石に変えた仇がいる。
他のことが考えられない。
ここに仇がいる。
ではどうする?
あの夜の記憶が蘇る。
自分を守るために二人の人が立っている。
誰?
自分の代わりに石化の攻撃を受けている。
足が砕けて倒れる。
誰?
姉だった。
何かが変わる気がした―――
音が消え、ネギはその中で爆ぜた。